EU離脱

作られた機械が壊れてゆく時は弱い物に力が集中して壊れる いわゆる集中応力で
その為に残酷な話だが最初からこれは壊れていいと言う物を作ってゆく、高価なクランクシャフトに対して割安なメタル 
さらに最初から使い捨てられる為に高いメタルに対してオイルと
すべての物が永久に使われる事は絶対に無く 弱いもの安いものから順番に捨てられる
その中でも捨てられるもので有っても別の場所で再利用と言う道が残されてゆく
それは有り余るものの中では振り向かれる事は無く
少ないものの中で初めて目を向けられ生かされてゆく
それは狭い目に見える場所だからこそ可能性は高く
いま有るものの中で地域循環がなされないといけない 

イギリスがEUから離脱を決めたが
中途半端に今持ってる物を失う事なくさらに良くなろうと言う事は絶対に無い
イギリスが良くなるとしたら富の再分配が出来るかどうかに掛かっている。
残念ながらそうはならないだろう
混乱は弱いものにシワ寄せがゆくのは機械も同じで
近い将来動乱に近い状態になるだろう。
そうならない為には電波も物も封鎖した鎖国以外に道はないが
現実には電波は野を越え山超えして飛んで来る。

経済封鎖で鎖国に近い状態の国が持ち堪えるのは地域循環が上手に回ってるからで
物は少ないが毎日が楽しく暮らせるなら、そこに道を見つけるのも一つの生き方だと思うのだが
はたして豊かな世界とはデートの最中にスマホとやらをいじくり続ける世界なのか
目の前にいる物や者を飽きもせずに見続ける事が出来る世界なのか
すべてはいま目の前にあるものの価値を見直す事から始まるような気がしてる、
この歳になって

見ようとする者に見え~

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元大工だった兄~がラーメン屋に転進して作った釧路ラーメン 隣がガソリンスタンドここで燃料補給をしなかったのが間違え釧路地方ではスタンドが見えたら補給したほうがいい

昨年から釧路は3回目だが何か見えた気がした。
市内やアチコチ回り帰りは道東道の旧道を帰ろうと庶路インターチェンジを降りるが帰って来るまで392号線と思い込んでこれは凄い国道と思って走ったが実は道道242号線だった。
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滝が見えるここでもまだ道を間違えてる事に気付かない
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庶路ダム 思い込みは恐ろしいまだ国道392号線と思っている。この国道は途中から242号に切り替わるはず何かよくわからんと思いながら走ってる。
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まだ国道でないと気付いていない酷道この後数十キロ走りやっと舗装に出るスタッドレスで良かった。
昔は和歌山県の国道はこんなのが普通だった。

釧路や帯広に数回来て何かが違うと思ったが
38号線から道東ではどんな奥地でも廃屋は中々無い事に気付いた。
日本海側では農家は百姓と言い
富良野ではナンチャラファームと言い
道東ではアグリファクトリーと言う
同じ北海道ではないのだ、
もう狩勝峠周辺と峠を超えた先には何も学ぶべきものはナイ

修理工で独身で自営業は心底遊ぶと言う事は出来ない
何を見ても勉強と思い商売に反映させようとする寝ても覚めてもなのだ。
稼ぐ大変さが身に染みてるのと生来がセコイので500円以上の物を自分の為に使うには大大決断をする。
悲しいかな3日間の休憩と思っていてもどこかにメシの種はないかと探してしまうのだ。
なんぼ探しても無い物は無いのだ。
天塩山脈を越えた向こうとは土俵が違うのだ。
廃屋が無いと言う事は片付ける余裕があると言う事なのだ。
それに比べて日本海側は夜逃げ同然の廃屋だらけ片付ける余裕すら無い、
さらに石碑は結構な銭が掛かると思うが石碑もアチコチにやたら滅多らある。
読むとご先祖様がここに入植し苦労の末に美田を作りナンチャラカンチャラ子孫一同とか
田んぼに水引いたドッタラコッタラを記念してドッタラとあちこちにやたらある。
増毛では飯場が雪崩に合い18人もオッチンデも何処からか転がして来たようは無記名の石が二個あるだけ残された家族が記念碑どころでない、どれほどの苦労をしたかを表してる。
何もかもすべてが違う

富良野はなぜかやたら学校があった
丘陵地の地下には目には見えない巨大な水タンクが沢山あった目に見えない物になぜ気付くかと言うと、魚を見るのに小川を探して歩くが突然小川が消えてその先には地下タンクの空気栓がある。
何もかもが違うのだ。

無い物はなんぼ探しても無い 
与えられた条件で生きてゆくしかない事を痛感した。
増毛はパッとした観光地でもないし小規模な一次産業の地なのだ。
外に売上を求めつつ地元を重視しなければメシは食っていけない事を思い知らされた3日間だった。
そこら中の川の中を見ながら麓郷の小野田そばを食って一泊して戻った。
小野田そばの店内にびっしりと名刺や小さな紙が数百枚以上貼っていた
一枚はそば一杯食ったと思うが700円掛ける枚数と売上を計算してシマッタ
悲しい~

釧路

出先のテレビでセコク超恥ずかしい舛添都知事の辞任を知る。
政治家は税金で温泉に浸かり見た事も無いようなメシを子供と一緒に食ってる そんな連中には庶民などの気持ちはわかる訳がない 選挙の時だけ消費税は上げないと言う本当に国の事が心配で必要なら消費税は上げれ
安全保障は争点にはしないと言う どれくらいヤバいか分かっているからだと思う。
この政治家は本当にずるく信念が無い
もはや政治家は信じてはいかん人種になった。
いっその事、東京都だけ大政奉還したらどうだ警視庁もあるし御料地もある事だし意外と上手く行くかも

雨の中38号線を外れ新得から鹿追と抜け初めて行った本別から早く食いたいので無料高速で釧路にゆく
目的は大好物のあれ

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釧路は毎回ここで食糧を調達ここは何でも安い 時期は早いが花咲カニを調達
一匹398円だったが旬にはまだ早かった。

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湿原展望台入館料470円は事前に雨で何も見えないがいいかと聞かれたが本当に雨で何も見えんかった。
見えたとしても展示品等から見ても少々高いロクに食っていなそうなイトウとニジマス数匹しか居なかった。
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これだけの大湿原に生き物はこれだけではないべ~タダだべ手網ですくってこいやと思ったが
どこの博物館もすべては館長の人格次第

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釧路太平洋炭鉱博物館のドラムカッター
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構内運搬車 運転席が二つあり一つは入構時に反対側は出構に使う
このタイプの車両を見ると東名三ヶ日トンネル工事時代を思い出す。
プラントと修理工もセットで各飯場を移動させられた古いトンネルマンの時代で仕来りも厳しく今の自分を作られた忘れられない時代だった。
各飯場には名主のような人物が必ず居て相手を間違えるとその後の作業に関わって多少危険な目にも遭った。
当時の現場作業の人夫は殆どが高倉健と思って間違えない 落盤など何かあった時には顔が潰れても自分を証明する為に刺青をしていた。
そんな高倉健達は何かヘマをすると当たったら多少は命の危険がありそうなスコップや物がこちらを目掛けて飛んで来る時代で
すべては仕事が出来るかどうかで歯切れのいい言葉などは大した参考にならないと言う事もその時代に覚えた。
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南富良野

薬を貰ってから吐く事は少なくなったが少し食うのが怖い
こんな具合悪いのは初めての事で多分強いストレスだと思うが皆は俺にはストレスなどある訳が無いと言う。
このブログを書きストレスはかなり発散してるが、多分普通よりは人様の話は余計に聞いてる方だと思う。
その俺が大法則を発見した
『 ストレス不滅の法則 』でストレスは言う方は発散するかもしれないが聞く方に置いてゆく事になり次から次と伝わり聞く方に大きな影響を与える事が最近俺の研究で分かってきた。
病院の先生などは聞くだけで大変な苦労をしてると思う。
どこにも出掛けないでネットの字面だけ見てるネトウヨなど世の中ヒステリー状態になってるのかも
そんな訳でこのブログを読むのは少し注意が必要かと!
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工具重量約20キロあとプラーがあれば殆どのエンジンはバラバラに出来る。

クッソ~20日朝までにギヤケースを何がなんでも組まんとイカンのだが注文したブッシュが見当たらない
伝票には確かに番号はあるし員数点検でもあったのにと夜中の8時過ぎに逆切れで確かあの時は誰かが声掛けたと記憶を一つ一つたどるがどこに行ったのかわからん
絶対にこの家からは出ていないと強い信念で2時間探してやっと探し当てるが
なんとガムテープにふっついていたのだ。
組あがって全部終わったのは日付が変わっていた。
20日請求書の支払を終わらしてサッサとどこかに行こうとカップ麺を持って出掛ける事に
夜8時頃に南富良野道の駅に到着
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早朝の道の駅

駐車中の車は殆どが他府県の車で観光地である事は確かここで一泊
こんな1000人いるかどうかわからん場所に居酒屋が6軒あるらしい
幾寅の居酒屋「 旨いもん屋 旬香 」でメシを食うがビックリ
メニューが凄い大分県のナンチャラの干物に富山のホタルイカ 他にも甘エビ唐揚げとビックリメニューが
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1人なので他のお客さんの会話が自然と耳に入る。
「 うちの娘がお父さんと離婚したらどっちに来ると聞いたら離婚って何と聞いて来た 」
「 辞典で調べなさい 」
「 お父さんに付いてゆく 」と
理由はお父さんはご飯作れないからと
なんと人の数より鹿とタヌキが多い幾寅は素晴らしいのかと感動した
離婚して都会に出たら狼地獄だぞと言うと思ったが言葉を呑んだ。
地方に行ったらその土地の話を聞けるのは本当に楽しい、旅行の仕方は人様々だが地元の人の話を聞けないのは勿体ない
言うには南富良野は幾寅、落合、金山、東鹿越、北落合、下金山からなっていて人口は2500人程度らしいが大きな修理屋が数軒あるし金山湖の裏に金かダイヤモンドか銅か知らんが何かの鉱山か大きな施設が見える
先人の苦労も有ったろうが日本海側と違い裕福な土地である事は間違えない
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これは何でもある旨いもん屋旬香の鳥半身唐揚げ 最近ハマッ食ってる。
今回は二泊三日深く考えさせられる事が多かった。

広告

広告を重視して来たので雑誌などに長期にわたって思った通りにやらせて頂いた。
もう充分にやって何も思い残す事もないが
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広告は買ってシマッタ顧客に恥を掻かせないない事が大事な要素で、
どこで買ったのよと聞かれてなんだと言われない店でなければならないし
稼ぎを何に使うかを告知するのも広告の大きな要素でもある。
その為に店の者は普段も身を慎まなければならない

広告は将来顧客なるかも知れない芽のうちから育てる事も大事で
レジャー商品は特に使い方から周囲への気配りや安全への対処の仕方を売る前に告知をするのが広告の大きな要素
特にレジャー商品は欲しいと思った時期から実際に手にするまでが長い商品である事は間違えないので衝動買いをさせないようにする事も大事な要素になる。
ローンで買おうとする人には、思った時から現金を三分の一貯めて、それでも欲しいと思ったら買う様にするとかが必要で
レジャー商品で頭金ゼロなどと言うのはいい広告とは言えない。

広告の意外な要素はそこで働いてる従業員向けに出すのも大事で
『 あ~あ~そこの会社で働いているなら大丈夫でしょう 』と思って貰えるような広告を出す事も大事
言ってみれば営業マンだけでなく従業員も知事も大事な広告塔なのだ。

俺が好きな広告は
「 この木なんの木 」や「 走れいすゞのトラック 」で
その会社で働く者に向けたり、買った後の顧客向けで全くよく出来た広告で成長する会社は内向きの広告も大事にする事がわかる。
そこまで行かんでもチラシのほんの隅にでも表現出来たらといいと思うのだが

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真水だけで18センチを超えて大きくなったカワカレイ
これが生息してる場所を見つけるのに苦節4年 
3センチから5センチを10匹連れ帰り一年後で6匹残った。
今年は一度も行っていないぞ
行きたい

移転して一月がたち少し落ち着いた来週は絶対に三日休むぞ~休めないのは手際の悪さが原因だが
これも立派な広告で来週は少し休むと宣言した。

やい hiroyuki

やい hiroyuki 平蔵先生が倒れてドクターヘリで運ばれ猫がドッタラコッタラ、まさにヘリドクター運ぶだが面白可笑しく言いやがって

もうすぐ薬が切れるので病院に行かんとないのに先生は運ばれていない
他の病院の先生は同じクラスでガキの頃いじめた覚えがあるので行ったら、どれほど注射されるかと思うと恐くていけんし
どうしたらいいべと毎日悩んでしまった。
やい hiroyuki 一週間ほど前から食ったら3~4時間後に吐くを繰り返し2~3キロ痩せてしまったぞ
先生は居ないし、こなりやアルコールで消毒しかないと日曜日昼から数人で2升を空けたら、その日は吐かんかった。
呑んでる最中に崖下村のお姉さまもとり丸さんも言うには
「 なんもだ先生戻って来て居たぞ 」と言う。 
今日は先生に再会して薬を貰ったがまだ飲んでいないのに吐かない
こんなに毎日吐くのは初めての経験だったがどうもストレスから来てるらしい
ストレスなどどんな形してるだ~と言う俺だったが結構苦労してるのかも

深川の名物居酒屋 光進丸さんからチョット相談に乗ってやれと紹介されて恵岱別峠を超えて北空知の農村地帯に船を見に何度か出掛けている。
火曜日はただ通り過ぎるだけの農村地帯だったがビックリの連続だった。
船を置いてある倉庫の隅に珍しい年代物の発動機が置いてあったので聞くと
「 俺はただの物を拾って来て手を掛けるのが好きなんだ 」と言う
見ると隅にも何台もの発動機がある
他にも畑の傍の丘から拾って来た物は下は黒曜石の矢じりから土器の欠片まで様々な物が大量にあり
綺麗にしてショーケースに入れてあった。
3人の子供を男手で育て今は1人暮らしらしいその人の家は博物館と化していた。
いつか道路際に見せる為の建物を建てるのだと言っていたのでバラバラになる前に早く立つ事を願っている。
写真を撮る事さえ忘れるほどの圧巻だった花ちゃんならビックリする事間違えなし
いつでも見に来て下さいと言っていたぞ、航空券予約して来たら

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最近Kお内儀さんの影響か小さな神社と言うのか社と言うのか気を付けて見るようになった。
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奉納者の銘版
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すぐ傍にも手入れの行き届いた神社らしいのがあった。
俺は能神楽は農神楽ではないかと思っている新潟に行った時に場所は忘れたが実際に農舞台という物を見た事がある。
農民が農作業が出来る晴れた農天気に感謝して踊ったと書いてあった。
ただ青々と見える稲作地帯は鶏脚鴨掻、24時間が仕事で仕事の為に寝る人生の大半の農作業はどこかにふっと抜ける楽しさがなければ乗り越える事も出来なかったろうと思う。
地域を見直さなければない時に来てると思うのだが

天気相手の大変な作業を子供を育てながらやり通した結果の船なので
海を見てどこかに何かふっと抜けるのなら船屋の本望だと思うが
出来る事なら見てるだけで海に出て欲しくないのだが

人って逢った瞬間にこの人とは永い付合いになるなと思う瞬間があり
火曜日は仕事になったが人生は様々だとつくづく思った。

潔この夜

小学生の頃 峠下に熊が出ると言う話を聞いて
くせ毛でやたら背が高くチョット変わった転校生の潔に
熊を見にゆくべ~と自転車を持って来いと言い二人乗りで峠下に熊を見に行った。
留萌からずっと砂利道で二人乗りの自転車は幌糠でパンクしてしまい、そこから押して帰り真夜中になってしまった。
戻ると学校の先生や近所の人達で大騒ぎになっていた。
当然主犯格の俺はこっぴどく怒られたが懲りる事は無く
今度はあの山登るべと暑寒岳を指さした。
二人は入念に計画を立てに図書館に行きノーチラス冒険記からロビンソンクルーなどを読み漁った。
字がパッと読めん俺は潔と一緒に図書館にゆき潔に字を教えて貰ったようなものだった。
そこで学んだのは水が一番大切だと言う事だった 水筒を買う事が出来なかった貧乏人の俺は一升瓶に水を積めて背中に背負ってゆく事に いざゆかんと言う時に計画は先生にバレてこっぴどく怒られたが
そんなに登りたいならと何の会か知らんが担任の先生と大人数人のグループと潔と俺が一緒に小6の時に暑寒岳に初登頂をした。
その副産物で図書館利用記録は一番になった。
面倒な字は省いて読み、絵の多い本を都合よく解釈するので読むスピードは速かったのは道理である。
潔はその頃は確かエジプト人と言う本を読んでいてエジプト人の色恋の話を読み聞かせて貰い衝撃を受けた事が今でも思い出す。
その後も冬山にウサギを獲りに行こうと言ったり礼受の港にカキを剥がしに行ったりとしたが
心優しい潔はウサギを食うのは可哀想とか言って中止になった。
原野二線には養豚農家や密殺場があって肉を食う事は普通に行われていたが
大人になってからあまりにのリアルさがフラッシュバックして肉が全く食えない時期が数年間続いた事があるのだ。
ある時は自衛隊の大和田射撃場に潜り込み小銃の弾を沢山拾って来て東光小学校のストーブに乗せ曳光弾を破裂させて遊んでいたが筋金入りの貧乏人の俺は弾を向かいの雑品屋に売りに行って生活費にした。
付合いは俺が学校を辞める中一まで続き その後に潔も親の仕事でどこかに転校して行って国立大学に入ったと風の噂で聞いた。
何を考えて何をするかわからん食うや食わずのクソガキ時代だったが字は潔に教えて貰い 楽しい時代だった。
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俺は言葉を喋れたのが小学2~3年生頃だったので多分今でいう発達障害だったと思うのだが
その時期があったから いまではすっかり変わった名古屋駅裏中村区のスラム街で耐えられたと思う。
潔は今頃何をしてるのか縁があったらどこかの沼か川でバッタリと遭うかもしれん

定期点検のすすめ

階段を一段昇る事に大概は孤独になってゆく
何かを得る為には何かを差し出す、

趣味が高じて本業になってシマッタ場合は今まではただの趣味仲間だったものが
お客様になってしまいそれなりの扱いをしければメシが食えない羽目になってしまう場合もある。
趣味仲間の場合は『 オ~メ~それも分からんか~ 』とやってもいいが
神様である、お客様には絶対に禁句で
神様がいつも上機嫌とは限らんので付合いが多くなるほど、物を持てば持つほど相手との間合いを取り
自分を律すると言う事が必要になって
金を得る為に友人知人を差し出したりして孤独になってゆく
何か物を持つ事はそれに近づく者も増えやがて猜疑心が生まれる。
その猜疑心の為に多くのものを失いさらに孤独になってゆく
そうならない為には常に己の定期点検が必要で自分のまったく知らない
どこか全く違う世界に出掛け、違う世界で
困ってみる側 相手の立場になって見る事も必要になって来ると思うのだが


オヤブンの好きな倍賞千恵子 頭冷やして冷静に子を守るのが親の務め

最近は頭の構造はどうなってるのかと思う、
どう見ても税金泥棒としか見えん知事や困っている家族を追い込むオカマらしい教育評論家など
メデアが作り出した裸の王様化したおかしな奴が多過ぎ
普通に考えて小さな子供に犯罪の片棒を担がせる事は出来ないし難しい
警察はアヤカンと思えば子供だろうが、その時の事情を一字一句違えないで同じ事を繰り返し繰り返し何度も聞く
嘘付いていたら通常の子供がその状況に耐えられる事などありえない
一緒に居た姉のケアが必要と思うのだが
普通に考えても単純な行方不明なのにテレビに出てくる元捜査関係者や教育評論家と言う連中をもっとも怒ったのは地元函館警察ではないかと思う。

税金泥棒も教育評論家とも取り巻きに自分に都合のいい奴を従えて階段を登る事におかしくなってゆく好例だと思う。
そならない為には動きを止めてバラせる所は分解して定期点検をする事をお勧め致します。

定期点検には費用対効果が必要でバラしても現在の価値に見合わない場合は中止して部品取りにするのがいいかと
恐い~怖すぎる~

もう時効と思うので書いて置こうと思う。
今から30数年前に経営してたバイク販売店にある16歳の子供が店に来た以前から何度も来てた口数の少ない子だった。
原付バイクの免許書を見せてスズキのガンマ50を新車で呉れと言った。
見た目ではわからないが動きが少しドンくさかった。
俺はガンマは止めてクラッチ操作の無いスクーターを買う事を薦めた。
その子はガンマ50を買うのが夢でその為に数十万を貯めたと言い何度言って諦める事はなくこちらが折れてしまった。
納車してから数日でフロントカウルを少しだけ傷を付け交換してくれとバイクを持って来た。
俺は高価なのでまた転んで傷を付けるだろうから運転が上手になったら交換しようと交換する事を頑なに反対した。
その子は違うバイク販売店にゆき交換を頼んだがその販売店は交換が面倒だったのか忙しかったのか
部品だけ渡し交換は自分でするようにと言ったらしい
その子は部品を持って俺の店に来た。
俺は丁度留守で部品を置いて店の裏道を通って帰った。
店の裏道は一時停止が何カ所かありその数十秒後に二度と店に戻る事は無かった。
いまはその道は公園にして通り抜ける事は出来ない
その子はクラッチ操作が下手で止まって再スタートが上手く出来なかった。
40キロで走る車は秒速11メーターですれ違うにはたったコンマ数秒の違いでしかない
たったのコンマ数秒なのだ。
バイクを売るべきでなかった、どこかで言う事を聞いて呉れたなら部品だけ売らなかったらと
何か所もの運をスルリスルリとかわし運を使い果たした結果だった。

浜の倉庫に無傷の走行70キロほどのヤマハのRV250を15年ほど預かっているが
もう誰もこのバイクの縁者も相続人もいない
ある日突然昔なじみの奴が留萌からバイクで俺を訪ねて来た
その時も丁度留守で若い者が俺が居ないと言うとバイクを預かってくれと言い残し駅まで歩き汽車で帰ったそうだ。
汽車から見えるどんな海を見て帰ったのか
バイクは置いてゆきそのまま二度と取りに来る事は無かった。
どれほどの悩みがあったのか何か所もの運をスルリスルリとかわし運を使い果たした結果だった。

生きてゆく事、命を繋いでゆく事は物凄い偶然で生きてゆく
明日かも知れないその偶然を毎日毎日大事に生きてゆくのが生きる者の務めなのだ。
どうしたら命を繋ぐ事を出来るのか悔いなく生きる事が出来るのか
どうしたら運を使い果たす事なく平和に暮らせるのか
俺のようないい加減で乱暴者が考えて考えて得た結論は
強運を誰かに送り分け続ける事、
日々いま生きてる事と生かされてる事を感謝する事だと思う。


ボートも預かったままになっているいつか時間が来たら事の顛末を明らかにしたいと思っている。
RV250は浜に置いていたら錆びて朽ち果てるだろうから、いつか帯広の大正二輪館に置いてこようと思っている。
とってもいい奴だったので天国にいると思うので取りに来る時は帯広大正町に行ってくれ

や~びっくり

なんとチョッとアンポンタンな親の為にイスカンダルに行って来た、宇宙戦艦ヤマトの捜索費用を請求せと言う意見の方が多いらしい
ここに来て20数年その間にここの海で亡くなった人は覚えてるだけで5~6人いる
その捜索に漁師の人達は燃料からその日の稼ぎも投げて「 なんもだ~ 」と無償で出てる。
困った時の為にコーストガードの海上保安庁があり警察も消防も自衛隊も税金で賄っている。
税金の一部は困った時やチョッとドジ踏んだ時ようのある種の保険なのだ
自己責任、自己責任、自己負担と馬鹿の一つ覚えのように
いい時は税金を払い困った時に何もして呉れないなら何の為の税金なのだ。
民間会社は売れてる時だけメーカーの日雇い人足だが困ったら何もしてくれる事は無い!
絶対に無い!
そんな民間より甘いがパブリックは自分を律するなら国民にはいい加減くらいで丁度いいと思うのは俺だけなのか
国民に対して利益を追求しないから、みんなの国なので何かある度に請求されるなら貧乏人はクタバレと言ってるのと同じではないのか
一人では生きては行けないのに自分では誰にも迷惑を掛けていないと思い込んでる
嫌な奴ら
そんな奴らやメーカーも一人で大きくなった気をして幼稚園が五月蠅いと言うのと根は同じ

最近は何もかもがガツガツし過ぎ
北海道は広くこの広さに各営業所は撤退して行き 
本州のやり方を通そうとする
浜は半分は海で人は住んで居ない上に6カ月は雪の中
本州並みに稼げと言うがどうやって稼げと言うのか稼げる訳ねえべ~
タコが銭持って何か買いに来るのか~


本日も支離滅裂に