枝葉の相対商売について


先日長い事 言葉には言い尽くせないくらい お世話になった方が
とうとう廃業した。時代の流れとはいえ廃業は早かった。

小売業は貨幣が出来る前から物々交換という形であったと
思うのだが  
何千年と続いた小売業という形態が ここの百年くらいで
劇的に変化をしたと言っていいと思う。
枝葉の商売の原則は顔を見て商売をする ここに銭金に変える事が
出来ない価値がある。

そもそも貨幣は物々交換の物を持って歩くのが大変なので 
時の田舎の権力者が私貨幣として出し 金(ゴールド)や
生産力が裏付けとしてあって、
貨幣そのものが稼ぐという事はなかった。
それがいまは投機によって貨幣そのものに価値を付け 
ただ単に貨幣さえ持っていたら価値があると勘違いされてる。
実際はどんなに印刷した紙幣があっても原野の真ん中や使い道が
分からない者にとっては あまり意味がない 

やがて遠からず皆が気付き始め。
その時に延々と何千年も続いた小売業という商売が改めて
見直されるだろうと思っている。
すぐそこ10年以内まで来てる 価値の見直しの時まで生き延びる為に 
今はネットという商いに目を向けるべきだと思っている。
小売業にせ生産者にせ 個人営業者は最高の年金を貰っても月に6万2千円
しか貰えない
廃業するにしても売れ残った 廃棄する商品でさえ資産として計上され
税金の対象になるし 仕入れた時点ですでに消費税を払っている
それなら残った商品を息子なり娘なりがネットで売り少しでも
老後の生活資金か継続の手段として考えて欲しいと思って
ネットオークションを公開して来たが これは業種とやり方では両刃の剣に
なりかねない そんなんで そろそろ非公開にしようと思っています。
大雑把な感じだが どんな小さな小売業でも生産業でも、
もしネットで地道に売り飛ばしたら最低でも数百万から数千万はあると思うので
老後の資金にして欲しいと思っている。

ネットは場所も時も選ばないし 俺でさえ出来る。

点灯わナンバーさん

点灯わナンバーさんから投稿が来てるのを昨日知った。

昨年の暮れ頃だと思ったが ハッキリ覚えていないが増毛駅前の作業場の前を
怪しい人物が前日からうろうろして家の中を覗いていた。
見るからに学業優秀そうで手にはノートなどを持ってる。
近頃はヤクザも東大を出てるご時世なので見た眼で判断は危ない
そこで道行く不審者に「どこから来てどこに行くの 」と聞いた。
若者は突然胸の内ポケットに手を入れた。
俺は撃たれるのかと、のけぞったが手には拳銃でもナイフでもなく
こう言う者ですと名刺を出した。
名刺には朝日新聞記者と書いてあって「駅前シリーズを取材中です 」と言った。
駅前シリーズと言ったら伴淳三郎だべ~と思ったが
あまりにも真面目そうな若者が切羽詰まっていそうなので言えなかった。

俺は駅前に付いてはシリーズである原稿を書いてきたのでチョットうるさい
観光の町作りと言うが 
俺は思うのだが初めて来る人を迎えるのもいいが
ここから出て行った人達に思いを馳せる、そんな町作りもあってもいいのではないかと常日頃思っていて 
そんな人達に変わらない町を残して置き
なにかに詰まった時に思い出して 竿でも持って、来て貰うのも必要だと思う。
それは日本経済の為にも充分意義があると思うのである。

後日カメラマンが一緒に来て写真を撮るという。
顔を出す事を控えてるのでと言ったが却下で 玄関先に置いているお気に入りにの椅子に座って撮るという。
俺は二階和室にある日本刀を持って来て、土方歳三よろしく刀を立っててボカして
撮ってもらうと思ったがカメラマンの目が真剣だったのでこれも言わずに終わった。

毎年毎年ここから出て行った縁者を数えると観光客に匹敵するのではないだろうかと漠然と考えている。
だいたい観光客は去年は登別、今年は定山渓と渡り歩くのが主流と思うので
ここ増毛の出身者は固定客で宣伝マンで上客でもあると思うのだが
その為に町並み 特に駅前などはあまり変えないのがいいと思うのだが
と駅前シリーズの汽車でなかった記者に言った。

そんな考えがあるので『点灯わナンバーさん 』の書き込みはめっちゃ~嬉しい

画像は本文に全然関係ないが作業場から見える 高台にある増毛役場の火の見櫓 
これで俺が真面目に稼いでるか監督して 
稼ぎが溜まったあたりに税金と水道料金を集金に降りてくる。

 

 

さっさとモタモタせんと春よこい


吉本ナントカ言う思想家がシンだらしい
電話の向こうで60過ぎのオヤジが俺の青春は吉本ナントカと
ともに終わったと言った。
60も過ぎりゃ 青春はとっくに終わってると思うのだが

青い春これは雪国に生きる者の特権ではないのかと思うのである。
内地は寒椿などは冬でも咲いているし田んぼの畦には去年の雑草が
枯れた、
枯れ色のまま残って、そこにいつのまにかチョボらっと草が生えて
雪国のように一面が白から心情的な青い春とはいかない 半年もの間
人も草花も厳しい
風雪に耐えて爆発するように葉や花が咲く まさしく青い春である。

俺は思うのだが北国の人間の辛抱強さと感性は、ここで養われたと思う。
ここには爆発するような四季があり 生き延びた事に喜びも感謝もある。
温かくなって作業場の戸を開けると通りには
あの手この手で生きた市井の人達が声を掛けてくれる。

ソファーローレンとマストロヤンニの共演でヒマワリと言う映画に
戦争で別れ別れになった相手をやっと探しあてたが
マストロヤンニにはすでに一緒に暮らしてる相手がいた
無情のその場面に一面のヒマワリが咲いてる。
映画「ヒマワリ 」と同じように場面一面を黄色の菜の花に変えるのが映画「八甲田山 」
でどちら も多少の変節があろうと
四季は必ず巡ってくると感じさせてくれる大好きな場面で
かなり昔に見た映画だが、この場面だけは覚えている。
二作品とも言ってみれば、この場面の為に作られたのではないかと思うくらいで

青い春は先に厳しい冬があっての青い春だと思うのだが
さっさとモタモタせんと春よこい
年寄りは気が短いけんだよ~

 

巻爪友達


今日は朝、表に出ると雪が10センチほど積もっている。
一旦は暖かくなりもうすぐ春だと思ったのに おまけに今日は留萌から
峠下を越えて沼田まで走らなければないのにムッタシ

この熊の爪のすぐ横で2時間ほど作業をしたが寒かった。
爪の大きさは俺の人差し指より大きい  それも完璧なる巻爪これは痛い
かなり痛い 人様を蹴ったりした罰か俺も巻爪だったのでよくわかる
巻爪で20年ほど苦しんだが
最初は手術で半分ほど切取ったが それでも数年で元に戻るを繰り返した。
歩くたびに爪が指の神経に喰い込むので、その痛さたるや相当な痛さで
それでも病院に行く事を考えると我慢が出来たが しまいにはチ~が出てくる
わ化膿してくるわで大変だった。
いまは定期的に爪を電気コードを切るニッパに消毒液を掛けながら爪と肉球の
間に入れ横をグッサリと切ってるので段々と改善され歩くには支障がなくなった。
これがやり過ぎるとチ~がブッシャと~出てくるのだが爪を切ったら楽になるので快感になってる。
この爪友達のような熊に、お前も熊に生まれなければ鉄砲などという力で
こんなにならんですんだものを、と同情してしまった。

思うに西暦の60年代は力と力のぶつかりあいで今のような言いたい放題で後は知らんでは
なかったように思う。
警察でさえ逆らえばボコボコにされたし 田舎の役所でも逆らえば兵糧攻めで、その業者は干される。
恐そうなオヤジに逆らえばこれまた ボコボコ、
力に向う時は、それなりの覚悟で腹巻きに週刊誌を挟んで 向って行った。
それは60年代の学生運動やソ連などの冷戦下など世界的風潮でなかったのかと思う。
力に屈して、どうしようもない悔しさ虚しさがないまぜになった時代で
それが音楽にも現れてるような気がする。http://www.youtube.com/watch?v=9lrNWAs9kls&feature=related

その全力で力に立ち向かった時代だから懐かしく思い出されるのではと思うのだが
90年代が数十年後に、こんなに懐かしく思い出されるとは思えない
ロクデナシから奪った、女を守る為に三菱ミニカのトランクにガソリンを入れたポリタンクをいつも積んでいた奴がいた。
そいつと金山のジュークボックスがあった喫茶店で別れ、その後はまったく
会っていない  逃げのびてどこかで幸せになってる事だろう。

いい案募集中

ま~朝から命を掛けてと威勢のいい声がテレビから聞こえてきたが
お~お~本当に命を掛けるのか腹でも切るのか最低でも指詰めでもするのかと思ったが、考えるだけバカくさい
今までの経験から平常時に威勢のいい奴は頼りにならん 
黙り者の屁は臭い
鳩山だの石原だの野田だの この連中を見るとスケッティーノが頭に浮かぶ
http://www.youtube.com/watch?v=5EzWLTbvb3k

沖縄のMさんからメールが来た。
文中の一行に沖縄の苦悩が詰まってるような気がして
メールコピーと酒を持って円章さんの所に再度今週土曜日に行こうと思っていたが
木曜日から、あれ~おかしいフラフラする喉が痛い咳は出るで風邪を引いたらしい
バカが風邪を引くなんってあるわけないと思ったが風邪らしい
富山の置き薬の中から風邪薬を出して半日ごろごろしてたら元に戻ってしまった。
普段から薬は飲まない、注射は生まれてこのかた20回は絶対に打っていないので薬を飲むとすぐ聞く安上がり奴なのである。

4トン車のナンチャラ、リアクターと言う装置のせいか停車中の車内温度が
まったく上がらない どうせ上がらないなら高い燃料が無駄とエンジンを切って寝たのがまずかったらしい。寒さで目が覚めたのが今頃来たのか
風邪など根性無しが引くと思ったが、親から貰った頑丈な身体にタバコを
吸わないで鍛えた身体もそろそろ後先を考えろと言うお知らせか

運のいい事に駅前の海栄館の前が1万人以上も集まる、増毛の物産祭りが5月26日27日開かれこの辺りが会場になるらしい
ここを買う時にまったく想像もしてなかったので運がいいとしか思えない
この運を誰かに お裾分けをせんといかんな~

津波が来たら アもスもない場所繋がりで三陸物産でも売ろうかと思ったりしてる。
折角なので何かいい案はないのか~募集中です。
よろしくお願いします。

鉄の街

久しぶりに室蘭に行ってきました。

この景色と同じ景色は工業都市、名港の景色で40年以上前にもこんな景色を何度も見た。
住んでいた、元塩町から大江川を宝生町に向い堤防を下ると名港に出るはずなのだが途中にバリケードがありよじ登らなければならなかった。
帰る旅賃が無かった俺は名港に停泊中の貨物船にもぐり込んで北海道に戻る。
計画を立てて何度もこれと同じ景色を見た。
当時同じ事を考えた奴がいたが、そいつはもうこの世にいない
そいつは似たような境遇だったが何が違ったのか いまはハッキリどこが違っていたかわかる。
思えば何もかも一つの筋書き通りに生かされてきた気がするのである、
35歳まで笑った事が無いと言われた俺が、ではこれからどんな筋書きが待ってるのだろうかと思うと恐さも頭をよぎるのである。

タダ読みしかしない俺に難しい字を噛んで含めるように読んで教えてくれた古本屋の南陽堂のオヤジはもうこの世にはいないだろう。
皮の脚絆を付けてアークを飛ばしていた 流れの溶接工の毛利のオヤジも
もういないだろう。
この景色を見るとずいぶんと皆に迷惑を掛けたり世話になったことが
昨日のように思い出し義理に利息を付けて返す年になった。
その頃どこに行くあてのない俺は南陽通りに継ぎ足しだらけで画面に
雨が思いっきり降る 古いフイルムばかりを集めて上映してる一日見放題の
映画館があって http://www.youtube.com/watch?v=7wxOf6WvN9s を当時
見た。

早く春になって欲しいと思うこの頃である。

田中円章さん


円章さんとの付き合いはある事件をきっかけにかれこれ30年程になる。
初対面はどこの極道オヤジかと思ったら工業高校の先生だった。
年末と年始は一緒に呑もうと決めてるが お互い忙しいので中々逢う事は出来ないで
今年の新年顔合わせは3月の17日にやっと行ける事が出来ました。

すぐそばにある生協で朝まで呑む為の食料を仕入れに行く
生協は夕方過ぎに半額セールが始まるので中国から研修と言う出稼ぎに来てる、
お姉さん達と半額セールの食料品を奪いあいながら会計に行く
後は円章さんの部屋の下に100歳に近いお姉さまと少し若いお姉さまが住んでいるので
何かしらの手土産が必要となる。前回はキューイフルーツ2個だったので
今回はタマネギを一袋買って持っていった。

沖縄のMさんから頂いた沖縄で唯一作られてる酒を持って行ったが話題はラベルの事だった
沖縄と言えば琉球といった れっきとした独立国で薩摩によって併合させられ
その後も太平洋戦争で唯一地上戦が行われ悲惨な結果をむかえ さらに米軍基地が残る
これは言ってみれば飛び道具を使った本家同士の喧嘩で負けたら
隣のオヤジが別家の娘も息子も居る  我家の一部屋に飛び道具を持って住んだも同然で
それも毛むじゃらのガタイがでかい オヤジがどんどん増殖してるのだ。

当然 琉球人は本土に対して良い感情は持っていない事が想像出来るのだが
沖縄の日本酒に浮世絵風のラベルがある事に不思議な気がして円章さんと論議になった
なにか沖縄の人は北海道人の想像を超える部分がある事は数人の付き合いで何となくわかる。
がその辺りをこんど聞いてみようと言う話になった。

いい加減呑んだ所で階下の住民には大迷惑な恒例の張り手大会である。
お互いの右足を付けて横一直線に並び、どんな手を使ってもいいから相手を飛ばせば勝ち
これが円章さんは11歳も年が上なのに中々勝てない さすが空手の4段だったか5段だったかの有段者である。
この手法は柔道には無い裏拳やローキックからハイキックまで何でもありで
足が横に開いているので身体は数メーター飛んでしまう 飛んだ先には堅そうな木で出来た象がいて
 これにぶつかるとかなり痛いので象には気を付けなくてはいけない
1勝ち2負けで今年も負けてしまった。
なんの因果か勉強大嫌いで学校もろくに行かない俺が工業高校の元先生と呑み仲間になって
しまったが何を聞いても その知識は豊富で正確なのである、
まるで今時のウイキペデァ並みで
今回の講義はイエスキリストは身内に裏切られたアンポンタンではなくユダヤ教のいきさつから
新約聖書と十字軍までの話だったが殆ど覚えていない
異文化の歴史を知ると言う事はこんなに楽しいのかと思う一瞬でもある
まったく頭はいいわ喧嘩は強いは先生よりは あっち系なら相当儲けたろうと思う人なのだ。

18日は早朝に起きて室蘭に行かなければないので起きてくる前に失礼して来ました。

崖下村商人


ひと~つ  人の世の生き血をすすり
ふた~つ  不埒な悪行三昧
みぃ~つ  醜い浮き世の鬼を 退治してくれよう桃太郎

どちらかと言うと、もも太郎侍にぶった切られる方の側の商人としては
ぶった切られる前に商売の終息をそろそろ10年計画で考えなければいけないと唐突に思い

旭川、美瑛、富良野、滝川と一回りして来ました。
印象に残ったのは地元の人に紹介された ネットではまったく無名の〇島商店、
小さな店だったが絶対に残って欲しい店で
子供にお金の使い方を教える為にも顔の見える商売の原点ではないのかと思いました。
大人が行ったら必ず買い物をするのが来店の礼儀です。あれやこれや沢山買ったが
総額300円にしかならんで紙袋に入れてくれるのだが申し訳ないくらいでした。
なるほど、この顔ね この顔だから商売が続いたのか この商売だから、この顔に
なったのか福顔でした。
 
ネットで結構知られた店にラーメンを食いに
この一角だけで小ジャレタ、ラーメン屋が4軒もありました。
食った感じもネットの弊害を見る思いがしました。
小商いはやはり地元に愛されないと続かないし、一時の売上に惑わされ地元を
無視してはいけないと、遅ればせながら我が身に
俺も気付けようっと思いました。マル

さらに印象に残ったのは ある町の一画 石炭によって栄えた古い町だが今は空き店舗
だらけで残ってるのは手に職を持った店と地域密着形の店と思われる店ばかり
これからの地方のあり方が漠然とだが見える気がしました。


強い男 タイガーマスクかな


今日こそ全休するぞ~今年に入って火曜日定休日のまともな休みを取っていない
今日はあちこち行ってみたい

ガキの頃から柔道や武道をやった俺にはなぜ今時 武道が必修なのかわからん
柔道は下手な奴と乱取りをすると危ない事この上ない 大外刈りばかり言われるが
背負い投げでも背負いきれない場合に膝が崩れ頭を強打する。
安全そうな寝技でも頸椎を絞め技で絞め目を落とす。
その点 空手は基本寸止めで板割も痛いだけで柔道より危険が少ないと思うが、
なぜか必修科目にないらしい
強い男は何も武道だけが強い男の条件ではない
知り合いに空手の4段だったか5段だったかが いるが年食っても酒飲めば結構狂暴な
オヤジで今週土曜日は遅まきの新年会で飲み会 無事に帰れるかどうか
ア~メン、ラ~メン

俺が思う強い男は軍手をして自分の手を使って 焼き鳥を焼き
木を見たら鋸で切り 釘を打ち物を作れる人 クソ熱い餡で菓子を作れる人
水を見たら飛び込み潜り泳ぎが出来る人
武道が 出来てもあんまし使う機会はないし 喧嘩して下手に勝ったら人数が倍になって
戻ってくる。
生兵法 大怪我の元

雪は降ったが

出勤してメールを開くと見知らぬ人からの思わぬメールを貰い
数年前にこのHPを作る時に目指した事が間違っていない事が証明されたようで、嬉しくて今日は天気は悪いが
ルンルンである。
誰でも頑張れば報われるとは思っていないが そんな中でも頑張ってみようと思わせる事が出来るなら、
HPの管理者としては そんな幸せな事はない
ここの関係者は自分の生き抜く力はみな抜群なのだから 
どこにいても ボロ着ていても弱い奴に優しく 手を差し出してやれ、それが本当に強い男の矜持と俺は思う。