ある日~突然

もうかなり前にある日~突然、左目が見えなくなった 当時は50キロ四方周辺に眼科が無くて取りあえず総合病院に行ったが ナンヤラ脳のチ~がドッタラとか首の血管がドッタラと大騒ぎなって数時間の検査の結果はどこも異常はなく後日左目の角膜が切れてるとの事だった。
そう言えば以前から時々見えなくなる事があったが それは呑み過ぎのせいだべ~と思っていたが違ったのだ。
角膜は外からのバイ菌などを防ぐ作用もあり体調で見えなくなる事があり
最初は100均のメガネを数種類持って使っていたが左右が全然違う為に右目が出来の悪い弟をかばうように眼球疲労で変って来た。
いつもゆく眼科はメガネを作れとは言わずに角膜移植か上手に付き合うしかないと言われて来た。
8年近く通ってよいよメガネを作りましょうかと言われて作る事になったが高いのなんの数万円もする物を数種類造って
逆さまになって作業する事が多いので胸から落とす事が多く外の作業は100均で座って作業は高いメガネと使い分けている。
角膜保護の薬を二種類ジャブジャブと味覚が変になるほど毎日4回使う

左右全然違うレンズに傷が付いたらメガネをすぐ交換するのだが数万円の物はそうは簡単には替えられないが
やはり高い物は楽で消耗品ともう諦め状態になってる。
しかし不思議で仕方ないのだ なんで天気でレンズの色がひとりでに変わるのか なんか光に作用があると思うのだが 
俺はすぐ頭にチ~が登りカチンと来たら目の色が変わるので そんな時に平和の為にもレンズの 色が七色に変わる物は出来ないものだろうかと思っているのだが

不思議と言えばなんで写真が写るのかも不思議で仕方ないのだ。見てる物体がペラペラった印画紙に跡が残るほど何か強力な光でも放っているのか 
そんなものを何十年も見続けて目がおかしくなるのも当たり前と思うので諦め
角膜移植も数が足りないらしいので先の長い若い人にゆずって目の現状維持に努める事に

そんな訳で北極の王者 白熊の肝臓に匹敵するらしい八つ目ウナギを新鮮なうちに〆て食ってしまう事に決定~
少しは目付きの悪いのも治るかもしれん
何をするにも自分が納得せんと動かん訳が欲しい面倒臭い奴なのだ。
八つ目はやったらチ~が出るんだょ~ ひぇ~

なんだかんで

カワ八つ目は箱事全部持って行けと貰ってシマッタが 水槽に移す時にも箱事掘り込んだので数は数えていないが30匹ほどいる。 このままではエライ事になってしまうので上野駅前立体交差点横にある漢方薬屋にある乾燥八つ目のようにするか冷凍にするか どっちにせ食うしかないのだ。
昔はカワ八つ目を留萌川で獲ってよく食ったが八つ目ウナギとは言うが ウナギは四の五の言えるほど食ってないが味はこちらの方が野生の味がして格段に美味いのだが~
ちなみのこの漢方薬屋のウインドには田舎にはそこらになんぼでも有る物が結構な、お値段で売っているので帰って来てから早速御料地の山奥に取りに行ったが 欲を掻くと駄目なのか空振りで戻って来た事がある。
田舎ではタダでも由緒正しい西郷さんの上野では結構な お値段がするこの八つ目ウナギはカラカラに干されて一本数千円でビックリした記憶がある。

車庫らしき物も猛吹雪でまだ完成してないが 外壁はその辺りにある板やらテントを張ってるのだが なんやらサムライ部落のようになって来た。
うんうんそうだ、いっその事 崖下村をサムライ部落にしてしまおうかなどと思った。
ふっと藤圭子も居たと言われている忠別川にあったサムライ部落を思い出した。
藤圭子の自称叔父さんと言う(本当らしい)人と今でも年に数回の定例会で逢うが年食っても歌がやたら上手い 持ち歌は「風雪流れ旅 」で歌っているオヤジの情感がなんともいえんのだ。

北海道の場合は部落と言っても普通に村より小さい集積した処を部落と言いい 内地の言う部落とはまったく違う 北海道民の素晴らしい処はあまり人様を区分けしないので初めて内地に行った時には あそこの地区は行ってはいけないと言う事を聞くと コイツらは頭がおかしいと思ったし 言われると余計行きたくなるのが俺の性格だったので よく出入りしていた。

「 奴はサムライだ 」と言う場合は大概は貧乏などまったく気にしないでやりたい事を通す人を指す事が多いと思うのだが最近は滅多に聞く事が無いし サムライ部落と言う、いい方はどうも北海道だけらしい
留萌にもサムライ部落らしき場所はあって今の花園公園の辺りあった、そのすぐ横で御幼少時代を健やかにすごしたので いまだに細民窟のような場所には郷愁のようなものがある。
もしかして人間本来の生き方かもと思いながら雪の中で拾った板を張付けながら あの人に逢いたい この人にも逢いたいと

神よゆるしたまえ~


左は空知の沼ですくって来た時は5センチほどだった野鯉 右はおよそ40センチあるカワ八つ目

ある兼業川漁師さんから電話を貰いカワ八つ目は目に良いから食えと言われ お心遣いに感謝して昨日猛吹雪の中に峠を越えて行って来た。
冬には初めてゆく場所で真っ平な雪原のどこを走ってるかわからずに道に迷ってやっとこさ着く

生簀の中から沢山貰って来たが生きてるので戻ってすぐ水槽に入れてみた。
今まで砂八つ目は何度も飼育して大きくしたが 水槽にいるカワ八つ目は初めてなので水槽に入れて見たのが間違い 

砂八つ目は砂の中の微生物を食ってらしく一年ほどで15~18センチほどに大きくなり体色も青光りするのだが水槽内で繁殖してるかどうか確認が取れていない
外の池は凍結する前に池の水を抜きそこにいる魚を室内の水槽に移動する時に砂八つ目も居るが繁殖したものかどうかは分からない

うっかり興味半分でカワ八つ目を水槽に入れたのはマズカッタ
最初は目が悪いのでビタミンAが多く 目の為にも食う気満々だったが よくよく見てると食えなくなってシマッタ
どっどするべ~円口類のカワ八つ目は砂八つ目と違い魚に食いつきその口でむさぼり食ってしまうらしい 


珪藻土レンガの下にカワ八つ目が群れている 右は芦別ですくって来た時は数センチだったのが巨大化してシマッタ、ニジマスの背中

白熊の肝臓に含まれてるのとほぼ同じ位のビタミンAは食い過ぎると駄目らしい
誰かきっと白熊の肝臓を食った奴が居るのだろうが その白熊や深海サメにも匹敵するほどの目には良いカワ八つ目だが食い過ぎると駄目らしいし
早く食ってしまわないと他の魚が食われるかも知れないし
しかし目があるもので生きてると中々食えないのだ 

日本酒でいいコンコロ持ちに酔わせて一気に〆てしまうか 
つくづく俺は偽善者だと思う。 神よゆるしたまえ~

スガ漏り解放器


単管車庫が完成しつつある後はその辺にある板を拾って来て張付けて完成としよう。
屋根に透明とパステルカラーの二色の波トタンを使う処に 
そこはかとなく滲み出るオシャレなセンスが

車を入れようと思ったら早速スノーモービルの修理が入って来た、古いバックが出来ないタイプなので今までは外で修理していたが屋根だけでもあると作業が楽になった。結局は車は外に
建て増しか~負のスパイラルが~
この後に雪より始末の悪い雨が降ってきた 雨と言えば昔は雨が降ると雨返しと言う猛吹雪が来たが今はまったく雨返しが無い時もある なんか変だぞ

屋根の雪降ろしをしないで3年目になった実験結果は少ない数千円の費用でも昨シーズンは一度も雪降ろしをしないで済んだ。

捨てようと思った壊れたボートフックのアルミのパイプに穴を沢山あけて水道用ヒーターを巻き付け
これを幅3間 縦6間半の水切り勾配の屋根に置くだけ 雪は氷河のように少しづつ動くので配線がブチ切れないようにロープを下でしっかりと結んでおく
無落雪の屋根にも水の流れる道を確保する為にこれは使えると思うのだが


これで後は雪を掛けて終わり 春まで一度も雪降ろしをしないでもスガ漏りもしない 
ただ軒にシトシトピッチャン シトピッチャン シトシトピッチャンと出来たツララを取り除くだけ 
涙隠して 折角出来たツララを斬る~大五郎~
子供の頃は軒下に出来たツララのトンネルをよく くぐって遊んだ中はなんてゆうか万華鏡のような美しがあった。
大きくなると少しづつ失ってゆくのか

部屋の温度で下から溶けるのか いつもなら屋根に1メーター以上積もるのだがこれをしてからは半分も積もらんのだ。
この屋根の下には護岸されたコンクリートがむきだしの用水路があり落ちたら確実にオッチヌその危険からたった数千円の費用で危険な雪おろしから解放されてる。
みんなもやってミソ

もらい~

病院にゆく前はやたら調子悪くV6エンジンの半分くらいのプラグがカブってるのではないのかと言うほど調子悪く昼寝をしたら中々起き上がれなかったのが今は快調に暮らしてる。
病院から薬などは出ていないし これと言ったものも無い なぜこんなに調子がいいのか
思うに三日で食った物は おかゆが二杯 ナンチャラジュースが二杯と菓子が二個でほとんど食っていないでも身体の調子が良かった。
 ただ超ビビりで根性無しなので切り取った後はチャンと固く結んだのか、舫い結びで解けて無いべなとビビりにビビりまくったが他は調子がいい
今まで暴飲暴食で食い過ぎていたのか それとも三日休んだのが良かったのか
なら働くと言う事はどれほど健康に悪い事なのかと思うのだが 以前も適度に息抜きをしながらやって来たのでさほどではないと思うのだが 
壊れる前の機械のようにやたら調子がいい

退院後から連日雪か波が堤防を越えて来る大荒れで車庫を作る計画が延び延びになっている このままでは折角EIJIがいい車を売ってくれたのに錆びだらけになる。
いつまで待ても雪はやまんので雪降る中で決行したが兎に角 単管の上の雪で足がすべる。

高さ3メーター 横4メーター奥行4メーターで二台が入る大きさにする事にしたが~
231にはそこら中にこの足場があるが土方のオヤジは超頭がいい事がわかった アメリカ規格の単管に日本の規格の3×6尺を合わせないとイカン事に気付かず作ってシマッタので解体して組み直ししたが単管は溶接と違い単管の太さの、のり代が必要で互い違いに組む事をしなければ無い事に気付いた でまた再度解体
クランプを50個以上使ったので昇ったり下りたりが数十回ではきかない マウンテンゴリラか旭山動物園のオランウータンかと言うほど登ったが これも病院の医療関係者のネエチャンやお姉さま達のおかげ
今日こそ屋根を付けて屋根の上で胸をマウンテンゴリラみたいにボコボコやってみようと思うのだが

この嵐の中で操業してる桁船の若い漁師が夜に魚を持って来てくれた 相変わらず量が多いので皆で分ける事に
まともに考えたらこのシケ続きの凍てつく海で働こうとは思わない
それでも漁師は漁に出てゆく ただただ魚を獲りに朝暗いうちに出て夜遅く帰ってくる 夜の海は波が見えないので恐さはさほどではないが 波を事前に除ける事が出来ずにブローチングをくらって身体ごと飛ばされデッキや操舵機に叩き付けら身体中が痛くなる。

どこの国でも漁師は一本も二本もどこか抜けていないと この漁師稼業は出来ない
安全な処に身を置いてなんか面倒臭い事をゴチャゴチャ言う俺は
一次産業にはかなわないと目の前の海を見る時に思う。

黙して語らず

生きる事は妥協で妥協がなければ生きてはゆけない
妥協とは左右のバランスを取る事で物事すべて作用と反作用で成立ち支えられる。
生きる為にはバランスが必要でそれが左右バランス妥協となってゆく
だが両極端の端っこを知ってこそ妥協が出来るので20歳や30歳のニイチャンに言われるのは間違いで
上っ面をテレビか何かでサラッとなぞって妥協などと言うと お前に何がわかると一喝されるのがオチ 
人間は本来は少しチョット賢いくらいの動物でやはり最後は自分の身体で感じ覚えた事がもっとも生きてゆくには役に立つのではないのか
何かが便利になり自分に地位や銭など何かしらのものを持ったりすると少しづつ生き抜く力が衰えるような気がしてならない

日本海と太平洋の海に出た者ならわかると思うが同じ海では無い
太平洋より日本海の方が波の波長も短くはるかに厳しい そこにあの粗末な木造船で着る物も食料もロクな物が無かったろうに 冬の日本海を漂流して来てどうして生き抜いたか不思議で仕方ない
生き抜く為に何が必要かを暗示してるような気がしてならないのだ。
俺の処に流れ着いたらバイクでもテレビでもタマネギ一袋とサバ缶一箱と日本酒となんでもやる持ってけ泥棒
あれも無くなったこれも無くなったとニュースで切り取られて顔を出して語るが それは冬の凍てつく厳しい日本海で稼ぐ漁師の総意ではない

リモコンで頭カチ割り 可愛がりと称して若い子がオッチンデしまう 八百長相撲はするそんな業界に闇の部分が無いのはおかしいし そう簡単に綺麗に片付くと思えない
貴乃花の黙して語らずは大相撲を残そうとしてる固い決意に感じるのだが
言えば言うほどなんの責任も取らん連中が無責任に大勢でアッタラコッタラとやってくる。結果はロクな事にならん事は分かり切ってる。
木造船も黙して語らずらしいが どっちも端っこを知った者の凄まじい生き方に思える。

あ~俺ですか~言いたい~言いたい~あれもこれも言いたいと

ごめんね~は日本の文化

海外に一度も行った事が無いのに偉そうに言ってスミマセンが
日本は謝りの文化なのだと思う 何がすまないのかすべてスミマセンで始まりスミマセンで終わる。
雪の中に出来た一本道ですれ違う時に少しづつよけてスミマセンと言うから相手もスミマセンと言う。
無言で通り過ぎる奴は滅多にいない
この子が頭悪いのは私のせいですスミマセン この場合は多少の因果関係があるからまだマシだが
字を間違えたスミマセンと便箋にあやまり
天気が悪いのも雪が降るのもスミマセンすみません
お歳暮貰ったスミマセン
散々殴りあってからスミマセン
「 すみません 」と言うから相手も「 こっちもすまん 」と言う。
どっちがどっちかか何がなんだかわからんが兎にも角にもスミマセン
江戸時代は「 誠にすみませんが 」を三回繰り返す時には痛いなんて、もんでない陰腹を切って、その上にサラシを巻いて腹にチ~滲ませながら「 誠にすみませんが 」を三回繰り返したのちに こと切れてオッチンデしまうのが由緒正しい日本の文化なのだ。
なので三回スミマセンを言った相手を責めてはいけない 
そこを間違えてグズグズ言うと刃傷沙汰になったり恐ろしい返り討ちに合ったり置手紙一つで荷物持って出て行かれたりする。 

日本には謝った相手を責める事は器量が狭い 寛容の精神が足りないと言われるのだ。
日本で普通の人がたいした用事もないのに車を持ち始めたのは昭和40年代頃が始まりになるが
その年代頃から先に謝ってはいけないと言われ始め 謝るのは自分が悪いと認める事で交通事故の場合は謝ると先に謝った方が弁償させられると言われ始めた。
欧米では決して謝らないのが普通と一度も欧米に行った事も無いオヤジから運転を習った、時についでに教えられた。

俺は思うのだがその郡に入ったらその郡に従うのが一番穏やかに暮らす方法と思うのだが
『 郷に入っては郷に従え 』ちゅうやつで日本が発祥かと思ったらどうも違うらしい
世界中に同じ意味の言葉あるらしい
『 ローマにいるときにはローマ人がするようにせよ 』と言うらしい

騒動の発端を作った一方の当事者の白鳳の背中にモンゴルがドッタラコッタラと書いてあるのは
このままゆくと国対国の争いに発展させる端緒になるかも知れないし
今後は国籍に注意となってゆくかも
その時に白鳳の品格にクエッションが付き
45歳の若い貴乃花が横綱の品格に危惧してる事なら
貴乃花部屋は日本国籍だけでまとめるべきだったのか知れんな~
若さゆえか~

大相撲はガチンコ勝負を欠いた時は廃れてれゆくだろう
若い貴乃花に方法に間違えがあるとしてもヤメ検の印象操作や裏で情報操作などせんで堂々とガチンコで受け止めてやるのが執行部の大人の男の器量と思うのだが
経験上、角ばかりの八角親方も貴乃花のようなタイプには本気でぶつかり本気で怒鳴りあった方がいいと思う。
土俵で裸で回しを掴み取り組んだらいいかも

「 すみませんでした 」を人の三倍は謝り続けた俺が大きな口を叩いてスミマセン~スミマセン~


取りあえず謝っておいて後でバカ野郎~と うん、違うか~

裸の大将

ママ 「 成績優秀な日馬くん どうして貴岩君の頭カチ割ったの~ 」

日馬 「 だって~先輩の白鳳君が皆で貴岩君を取り囲んで説教垂れてる時スマホをいじってるから頭カチ割ってやったの~ 」

ママ 「 じゃ~ママは謝りに行かなくていいわね~ 」

日馬 「 ママの知合いで給料払ってるヤメ検がいるしょ 繋いで上手い事やって~ 」

ヤメ検 「 日馬くんが日頃可愛がっていたのに貴岩の態度が生意気で睨み返したから頭カチ割った~点々 」

ほんとうに可愛がっていたのか 可愛がっていたら頭カチ割っていいのか 睨んだら頭カチ割っていいのか
常日頃ただ呑んで説教たれていたのかも

喧嘩ぱ早い俺が言うから間違いない暴力を振るうのは頭が悪い証拠 
説教は背中で 諭すは言葉で それでわからん奴は見捨てるしかない

普通の会社で自分のとこの若い衆が同業の集まりで他社の若い衆に怪我させたら 親方はどんな行動すべきか皆分かっていると思うが

高血圧の裸のデブの集まりに給料貰って言い訳する ヤメ検 秋霜烈日のバッチを付けていた奴の発言とは思えん 結局は立場で自分の意見信念がコロッと変わる 立場には金が付きまとう 
どいつもこいつもおかしい


苦労に苦労を重ねても この立姿 お千代さん 俺だったらお千代さんには苦労はさせん

さいなら三角また来て八角は無い

親方は親ではない 
実親は無償の愛があり見返りを求める事もない 実親子関係以外は仕事が出来る間は親方と子方で 自分の言う事や施設のルールを守る間は愛情を注ぎましょうと言う関係がほとんどで 
本当の無償の愛は中々存在しないし成立させる事はかなり難しい 実親の愛はそれは離れてみて少しわかり 失くしてすべてを悟り。親はたとえ子が何か不始末をしたとしても超バカで眉毛剃り落しパンチパーマーの子であってもそれは変る事はない
大きな愛情で凍えた手をさすり包んでくれる。それを早くに失った体験した子の心中は他の人にはわからない 
生まれた実家の建物が残っていても その屋根の下に親が居なくなった途端にそれはもう兄弟の家であって実家ではない

自分の子が怪我させられて帰って来て それも数人が居ても止めもせずにビール瓶で殴られたと聞いたらクタバッタかも知れんと思うだろう。
それを聞いた親は何するんだと台所に飛んでいって包丁を握りしめても何もおかしくはない 
その姿を回りに止められて少し落ち着いたとしても 怪我させた相手の親は何も言って来ない その場に居た連中の親方連中も誰も何も言って来ない そりゃおかしい筋が違うだろう トコトンやってやろう この子を守ってやらな誰が守るんだ となってゆくのは当然で疑似家族であっても無償の愛を注ごうと思えば思うほど当たり前の行動になってゆく

「 電話して謝った 」 お前はバカか仮にも親方と呼ばれる人間の詫びる作法ではない
どっちがドッタラコッタラではない怪我をさせた方がすっ飛んでゆき土下座をするのが作法で筋と思うが
八角か六角か知らんが その角だらけの総元締めが丸く収めてとは相撲の存続を願う事で 取引であって商売人そのもので幼くして一人ショッパイ川を超えて来た人の子を預かる仮親とはおもえん
そのどこかに他人事では相撲協会そのものを考え直し無くなるなら 国技だろうが親方がバカの集まりでタニマチも相撲評論家もバカの集まりなら それは無くなっても仕方ない事なのだ。
国技と言う言葉に甘えた連中が人としておかしいと思うのだが

飲酒運転でよその子を跳ねたなどアンタには同じくクタバッテ貰おう それが塀の中で叶わないのなら我れの子で同じ思いをして貰おうと考える親が居ても何も不思議ではない
  
貴乃花親方は境遇からも親をやろうとしてる気がしてならないのだが

酒は楽しく


三陸宮古2008年秋に 宮古駅前の小さな養老居酒屋で夜一人で酒を呑んでいたら宮古での演劇公演が終わったらしい10人前後の団体さんがドヤドヤと入って来た。
中の親方らしいオヤジが店のオヤジに いつもの盃持って来てくれと言って 出された盃が一升入りそうでやたら大きい それに日本酒を入れて皆んなで回し呑みしていた。
メンツを見るとどれもこれも どこか身体の具合が悪そうな年寄でヨレヨレばかり 
親方は酒の無理強いする訳でもなく何が美味いとかアッタラコッタラとクッチャべり他の者達は食うのが忙しそうだった。
メンツの殆どがこの親方から離れたら老後は生きて行けないだろうと思うような人達の宴会と言うか食事会だった。
一行の劇団名は梅沢 富美男劇団だった。
彼くらいになったら何か食えと言って銭だけ渡して自分はどこかで、とやってもいいものを
いいもの見せて貰った三陸の夜だった。


11年前の宮古駅前にて

北緯47度55分の極寒の地で8歳で母を亡くし異国に来て16歳で父を亡くした力士は生きる為の普通にある常識や知恵を伝承し受けて来なかった事は容易に想像が出来る。
その27歳のニイチャンに向かい30発も殴る事は瞬発力を売りにしてる業界なのに回りの人間も止める事出来ないなどおかしい
出来レースかとさえ思う。
経験者の俺が言うのもなんだが酒の呑み方を間違えてるし加害者側の親方のありようもおかしいと思うのだ。
国技と言いい田舎神社で行う子供相撲を考える時に引退など当然の結末だが
自分の罪には自分の中ではいつまでも時効は無いのは当たり前で引退だけですむ話ではない
結果は27歳の若い者を将来にも渡って潰す切っ掛けを作った事は間違えない
クソ寒い北緯47度55分のふる里に若者が帰れる道を作ってやるのが元横綱の器量ではないのか
ふる里は出る時も帰る時もかみしめるには飛行機では駄目なのだ。

嫌な事が辛い事あったら呑んでは誤魔化す事になるのでそれでは先に進まん
呑んだら金の話はしない説教もしない楽しく呑むのは酒呑みの常識と思うが