崖下村資本論とアンダーキャリッジ

かなり太った男だったが必死に逃げてるのにカメラマンは凄い 札幌の市内の階段や地下街を重いカメラを持って走っていても普通に画面を見る事が出来る。

何気にメシ食いながらテレビの音だけ聞いていたら播州弁が聞えてきた。
播州弁は極道の皆さんはどこの出自でも構わず悪用し一般人を脅す時や恐喝などに舌を回して使う言葉で恫喝にはたいした役に立つ。
さらに驚くのは身柄確保だけでなく播州弁でその場で取り調べまで始まるが
抜身のナイフだったら思わぬ結果になる可能性もあった。(極道の皆さんは他所の家に入って一番に警戒するのは台所、覚悟を決めた素人は恐いのを承知してる)
丁度共謀罪反対デモを警戒中で現場に居たのだろうが失言でもなんでもなくきっと一般市民を見る時に思っている言葉なのだろう。
一瞬寒気がした。
共謀罪衆議院通過


三沢航空博物館
商売は手取り早いのは自分で修練して作るより物を他所から仕入れてドンドン売れる事で
一番儲かるのは戦争
物が不良品だろうがなんだろうが構いませんどの道、ブッ壊すのだから

機械は戦争という狂気によって大きく進化するのは歴史が証明してる。

1930年代後半まで飛行機はのんびり車輪を出して飛んでいたのがスピード遅いイコール撃ち落とされ家族と永遠の別れとなる為に一番の空気抵抗になる車輪を格納するアンダーキャリッジが急速に開発される。
車輪を格納させる事は飛行機を空に飛ばす事より難しくWW2が始まるまでは殆んど手を付けられる事は無かった。
それがわずか一年で実用化されるが
またわずか4~5年でどうせ戻ってこんのだからと格納車輪など要らんべや~となって飛び終わったら捨てる車輪や元々車輪の無い実機が作られてゆく
空気の薄い上空1万メーターを飛ぶB29を向かい撃つ為にタービン技術の無かった日本は希薄燃焼ヘッドを開発した。
現在は各車メーカーが省エネの為に今頃採用してる。

確かに戦争は技術の向上はさせたが今頃言ってる省エネの何倍もの化石燃料を消費させた。
物が動く時に銭も動くいかに効率よく大量に独占して販売するか囲碁のように一発逆転を常に考えるのも
資本論の根幹

若い人達孫子(そんしではない)に平和な時代を譲る対策は物に価値観を持つのでなく足るを知る事
必要以上にやたらいい車や家などはある意味 埋める事の出来ない気持ちを物で埋めてる。
言ってみれば劣等感の表れ
物欲と劣等感とスケベの固まりだった俺だったから良く分かるのだ。

ナマンダブ~ ア~メン アラ~は偉大なり~

崖下村資本論と金色夜叉


冗談かよと思う様な少ない量の昼飯と夕飯セット食ってから

旭川のここに検査に行って来た。
前回は肺の検査をここで書いたら アチコチから連絡貰ったりわざわざ内地から見舞いに来てくれたが
丁度崖下村の会館掃除と宴会で末期の酒とばかりにガッパガッパと呑んでいる最中で心配で内地から来てやったのにとエライ怒られてシマッタ
絶対に病院の仕事は出来ないと再確認した大変すぎる。
美形のお姉さんが大腸洗浄に付き合ってくれたが、かえって上手く行かずにナンチャラ言う液体を7杯も呑んでしまった。
美形のお姉さん達は『 何照れてるんだこのクソ爺い早くせ~ 』と思ってると思う。

生まれて初めての検査でポリープが4個見つかりうち二個は年内に取った方がいいらしいが
一人暮らしをいい事にオラ~ヤギでネ~ぞと野菜大嫌いで暴飲暴食の見本のような俺がこの程度なら
折角検査でヒデイ目に遭ったので次の検査まで野菜食って根性でポリープを今月今夜のこの月夜まで俺が自力で消してやろうと思う。


そんな訳で道端でヤチブキを取って来て油炒めで食ってみた 結構美味い

資本家にお宮を横取りされた寛一は金貸しになったらしい そんな根性だからお宮に逃げられる。
売上が倍になったら固定費が変わらない場合でも給料は倍にはならない事は先刻承知
売上1000万 粗利200万で人件費など固定費100万で利益が100万出る場合
同じ施設で1500万の場合は粗利300万 固定費100万で純利は倍の200万出る。
これが過重労働の原因になっている。
儲かっても内部留保で人件費では分配はしない 
明日は負けて倒産かの恐怖が付きまとう常に戦いの中にいる商人の業と言っていい
生き残った経営者は戦いを勝を抜いた勝組で力の信奉者でもある。
数十年の経営側の経験から拡大戦略を止めると
財布に余裕が出来るのは 事実で
それを政府は景気拡大は魔法の杖でいかにもバラ色の未来が見えるように言っているが
拡大戦略は意外に経費が掛かり無駄金に終わる事が多い

現在は資本家側と労働者側に分かれると思うが常に戦っている 資本家側は戦いに慣れてる為に労働者側とは勝負にならないが数では負ける。
その為に景気と言うニンジンをぶら下げて票を集め政治を牛耳ろうとする。
結果は政治家などは人品卑しかろうが資本家の三百代言であればよいのだ。
ガン患者は「 働かないばいい 」と言うのは失言でも何でも無く本音なのだから謝る事は無い
本心を隠して謝るのはひでい~恥知らずの嘘吐きで、
ただただ来期も三百代言をやりたいだけなのだ。
自分さい良ければ東京でなければ震災ドント来い復興景気でガッパと儲けまっせと言うのも本音
数を持っているうちに争いに持ってゆくのも戦略のうち 責任は一票入れた側にある。

北前船

久し振りに沖から歩古丹などを見た。
5月の海況は漁師でさえ予測が付かない事があるほど30分単位で目まぐるしく変わる。

20日の午前中の海況が嘘のように穏やかになって往復約2時間30分でゆく時にやや70~80リッターの燃料を使ったが帰りの北上は春の潮と風に乗り40リッター程度で戻る。
この日本海側の風と潮が北前船航路発展の大きな要因になった。


瀬棚

日本海側海岸を見るに付け北前船の通った後はペンペン草も生えない事がわかる。
関西商人などが瀬戸内海を回り境、新潟と北海道に入り北海道と交易をしたが
アイヌとの交易などほぼ搾取に近い交易でその後はニシンをカスと呼び綿花の肥料にする為に大阪や四国などに運んで来る時は古着や綿を積んで来たのが北前船の役目だったが 
それはとても対等な取引と呼べるものではなかった。
なぜかアイヌ語地名は多くあるがコタン集落は西海岸側には残っていない

その後は内地の大手漁業が出張って来て利益と才のある者も内地に持って行き残されたものはザップンピュ~の黄昏た廃番屋だけになった。
これが北海道内でもたった山一つ越えたら経済が全く違う元になった北前船のほぼ実態なのだ。
西日本から見る北前船と北海道から見る北前船の立つ位置により全然違う光と影になる。
政治家がよく読むのは明治維新など時代の指導的人物をよく書いていた司馬遼太郎が多いらしいが
のちに司馬遼太郎は方針転換を図り街道をゆくなどを現地の商人や庶民目線から執筆してるが少々遅く途中でアウトに

物の公平な対価かどうかはその時その時で変わるのは仕方のない事だが
内地資本が北海道に支配人を置き経営をして引揚げる時に人財までを連れ戻る人の移動は後々にまでザップンピュ~の黄昏た大きな原因なったのでないだろうか
北前船景気に躍らせられる事の無かった東海岸や内陸と現在の西海岸との格差はその土地にしがみつくしかない者や百姓などの知恵と辛抱粘り勝ちと言う事なのだろう。  


ここに残る者は宝だと、

まだ崖の下に残る歩古丹学校跡を久し振りに見てそんな事を思ってシマッタ

落水

落水事故から二日たった 
20数年の間に年平均2~4隻が何かしらあって引いて来たりしたが経験上思うのは
手伝わない何もしない奴は声が大きい 
現場を知らないから思い付きでものを言う
それはニュースキャスター程度のレベルでかなり恥ずかしい事で
本当に思い願うなら口より先に身体か財布が動くべきだと思う。

船から船に飛び移るには工具を持参しない修理工などは口先三寸のタダ飯食いにしかならない工具はおよそ5キロある。
それを片手に揺れる海上で相手の船に飛び移る。

船から落ちた場合は自力で上がる事はほぼ出来ないと思った方がいい
陸にいて両手で自分の体重以上の物が持てない奴ははずみを付ける事も出来ない足を掛ける事が出来ない海からは上がれない
縄梯子やスイミングラダーがあっても下が固定されていない場合は両腕の腕力と訓練なしでは上がる事は出来ない

落水した場合は
敵味方問わず多くの若者を海の底に引きづり込んだ旧帝国海軍の泳法で千葉県安房地域に古来より伝わる古式泳法でなければ役には立たない!  
テレビで見る泳ぎ方はオリンピックだろうがなんだろうが それはタダタダ相手を記録で倒す競技でしかないのだ。
そもそも人間は有袋類で基本的には泳げるのが普通なのだが過保護と自信過剰で泳ぐ事が出来なくなっている。
泳ぎはなにもせず浮く事が基本で救命胴衣は衣服の一番上に着るのが基本なので救命胴衣は自前の物を持たなければない

ボートは安全性の観点からL/Wは3/1がほとんどだが漁船は作業をする事と造船場からの輸送コストの為に安全性は犠牲になっている。
業の場合は収益と安全性は合致しない全ての現場はそのせめぎ合いで
バカと煙は高い所に上がり必要以上に高い建物は作業員の危険の上に成り立っている。

小型漁船の横幅は運ぶ道幅に合わせ3メーター未満が多く浅海漁師の船は海の底を見る為に傾く事も必要でL/W、7/1や10/1以上などもある。
その為に横波を受けやすく常に転覆の危険と闘っている。
港の間口にいるタコイサリの船のそばを全速で走るボートを多く見るがそれは後を振りかえると自船の引き波でどれだけイサリ漁の船が揺れてるかわかるはずだが さっさと海は止めて山菜採りか陸でナンパでもしてれと思うのだが
引き波は船底の構造で決まり一般的にはボートは同じ大きさの漁船に比べて引き波は大きい

時系列でも何も出来ないかも知れないがこれからの若い人達が前に進む為に若い漁師は大きな教訓を残してくれた。

落水

帝国海軍 伊型潜水艦のようにも見える白い建物はマリーナーの建物 
手前の幅三尺深さ一尺五寸程度の小さな船は浅海漁のウニやタコイサリ漁の船 冬はこの船に炭を積んで手をあぶりながら夜明け前から漁をする。

俺が増毛に来た時はここは漁船の船着き場だった 数年後漁船をどかせてマリーナーを作った。
レジャーの釣りと生活者の漁師と同じ物を取りあっている。 
レジャーボートが来る事によって漁業者に何らかの恩恵がなければただの邪魔者以上でしかないうえに両者は情報が共有される事は無い

百年一日のごとく建前だけで年に一度講習会などが保安庁や各役所、新聞社などから出張って来るがそれは食い扶持を貰う為で誰も本気で事故を未然に防ごうとか事故が起きたら協力しようなどと思ってはいない
なぜ5月14日午後0時頃らしいが 現場の海域には10隻近いボートが居たはずなのに
なぜ情報は普段から共有されないのか

落水時に意識があったとしたらなぜ家族にも連絡が一切ないのか
以前にもスマホは落水時は使えない事をここで書いた 理由はどうも水に身体が使っている為に人体の静電気を感知して操作する事にあるらしい
そうなると防水カバーがあっても操作出来るかは疑問符が付く 


桶に水と携帯を入れた状態
ガラケイ防水携帯は水の中からも発信は出来るが何を言ってるわからないし電波が乱れるのか着信側に雑音がひどい 水から少しでも出すと会話は出来る。
携帯メーカーも防水スマホは水から守るだけで使用は出来ないと書くべきだと思うし
毎年安全講習が行われるが防水携帯が防水カバーがどったらと目の前でクッチャベる何処かの役所のオヤジは実際に使った事は無い事がわかる。
なぜ担当は自分が実際に落水して使ってみんのか

浜には津波が来たら知らせる防災放送があるが話し手次第では何をクッチャべってるか聞き取れない。
その放送が一番多いのは国道231号線が封鎖された事を知らせる事とどこそこの爺婆が家に帰って来ないと言う放送が次に多い

障害物の無い海で落水者を探すのは数は重要な要素になる。
浜に並んで建ってる漁師の家は双眼鏡は殆どの家が持っている。
沖合せいぜい1~2キロで操業する浅海漁師が落水した場合は浜の漁家が表に立ったら見える範囲なのだ。

なぜ爺婆が行方不明になったら防災無線で放送され 若い32歳の浅海漁師が落水したら放送が無いのか

すべてはただやってると言う他人事なのだ。

当人や関係者にとっては100パーセントの不幸をメシの種にするキャスターは残された者のイキチを啜ってニュースはタレ流され 
各役所も個人情報とやらで検証は公開もされずに教訓は生かされる事も無く責任追及と罰則の為にただただ立件する為に動く 

ここの自営の若い浅海漁師の贅沢はせいぜい軽トラにアルミホイルを履かせるか、たまにススキノのキャバクラに遊びにゆくくらいで食ってゆく為に普段の日常に戻って危険な海にでてゆく  

恐いですね~

職質はエンジンのすべての部品を疑ってみる修理屋と同じで疑るのが正解 
程度の差はあるがア~タ~は善人ですょね~などと言っていては治安は守られない
その為に人を見る目がまだ出来ていない 若い元気のいい奴に職質に掛かると手間が掛かるのは仕方ない事なのだ。
人を見たら泥棒と思えと言う可哀想と言えば可哀想な職業ではある。


金谷の宿 ここから扇城横の急で今でも山賊が出そうな山道に入ってゆく


中山道 馬篭の宿 旧道入口


途中はこんな感じ前を歩いてるオヤジはドイツから旅行に来たナンタラさん

昔は目の届かない所でも治安を守る為にはある程度の恐怖が必要で地獄の釜などはいい例なのだ。
宿場は女子供が一日に歩ける二里くらいに一か所の割合であり、その宿場で盗賊や無法者に襲われないように一定の集団で山道や難所を超えていった。
どうして山道を路銀を持った一般人が旅を安全に出来たかは嫌疑を掛けられただけでとんでもない事になると言う前提があり
10両盗めば問答無用でシザイ 
死罪も色々ある中でも街道に晒されるノコギリ引きなど結構残酷で恐怖が治安を守った。


出雲崎の獄門跡


出雲崎  
あちこちに無縁仏があり これを見る度に当時の役人はどんな気持ちになったのかしばし瞑想してしまった。

当時は恐いですね~と思う気持ちが治安を守った事も事実だが その時代時代で治安を守る方法は変ってゆく
それは一般その他大勢が川の流れのように必然として招いた結果だった。
その時の天気とお奉行様の機嫌の胸先三寸で決まるような お白洲(実際は砂ではなく30~50ミリ位の砂利だったらしい)に引き出される事のないように一般大衆はあらぬ嫌疑を掛けられないように声を上げずに委縮し考える事をやめ必要以上に身辺を守った。

誰が一票入れたのか知らんがあんな動作も言葉も品のないタコ法務大臣は江戸か明治の亡霊か

小間切れ休み

火曜日は午後から休んで三日月湖?沼?に行って来た春は魚は一気に川に下るので大量に見る事は出来ないが気休めにアチコチゆくがウグイ以外はヨシノボリなど数匹見ただけだった。
帰りにヤチブキ(エゾリュウキンカ)を取ってくる これは食っても美味いが山菜採ってもテロ等準備罪になるかも知れないので山であたりを警戒しながら取って来た。
恐い世の中になった。


これを水の浄化になるかも知れないと水槽に入れて花を咲かせるのだが?

四角い木の箱は箱メガネで川底を見るのに晴男さんに貰ったもので今まではゴムの小さい物だったがこちらの方が使い勝手はいい。

北海道は山菜を採るのは普通に行われてるが勝手に山に入る事も厳密には難しいものがあるらしいが
個人の山とハッキリわかる場所以外はそんなものは無視だが テロ等準備罪が成立した場合はチョット違った意味合いが出て来るだろう。 お前は山菜のヤチブキを取ってネットで食えると扇動したろうなどと言われるかも知れん 
そもそも山菜はタヌキもパッと食わん山の雑草なのだ。
安倍晋三やパッとせん金田法務大臣が言い出す山菜などと言うのは実質王政復古の明治6年の地租改正の入会が根拠になってるような気がしてならないのだが

世界中が似たり寄ったりの政治家が多くなったのは政治などは誰がやっても大した変らんと言う事で実際は官僚が動かしてるのは間違いないと言う事なのだろう。
その官僚達が目指してるものは支配する側とされる側にハッキリ分かれる専制君主の王政復古だと思うのだが 
あ~た~ね~タマ取ってね 専制君主に使える宦官も結構痛い~痛い~思いをすると思うのだが
数百年後は革命がまた起き同志諸君と言ってみた処で逢った事は無いがレーニンにしても将軍様にしても結構いい加減だったらしい。
どっちにせ歴史は繰り返されるがその時その時を誠一杯に生きるのが大事だと思うのだが
コツコツ地道に足元見て生きた者にはかなわないと言うのは実感なのだ。 


靴より大きい直径28センチ以上ある量から言ってヒグマの糞だと思うのだがこんなのはエッと思うような処に北海道は沢山あるが
クソしてる現場を見た事がない 
ヒグマはミタな~とか言って照れ隠しに襲ってくる来る事は充分考えられるので そんな時の為に結構頑丈なナイフを常に持っているのだが!
ナイフ一本で勝つとは思えないが素手でヒグマにテメ~と言うよりはナイフ一本でもあれば迫力も違い引いて呉れるかも知れないと思うので持っている。
さらに車の中には主に水草の根を土ごと掘る為に剣先スコップに折りたたみスコップと刃渡り14センチ未満の刃物が2~3丁あるし これは返答次第では逮捕されかねない物で
どんな場合はアウトかを知っておかなければないが職質の相手次第になってしまう。

やっと連休終わってくれた。

やっと連休も終わり お客さんの目の前でクーラー付水槽から貝付成貝を二個取り出してむき身をドンぶりに掘り込むのが良かったのか予想以上にホタテラーメンが売れて忙しかった。
産地なら美味いか安いかが重要だと思うのだが

ホタテをこれでもかと試食した成果が出てよかった。
食って食って食いまくった結果は意外と美味い食い方は地味だが味付けも何もせずに蒸すのが美味いと言う事が分かった。
ラーメン屋担当さんには当然の賃金だが自分の手で稼ぐ喜びを実感し味わって貰う事は大きい
考えてばかりいても腹は膨れん食えなくなったらラーメン屋


船外機の点検はこれで今年は終了
七か月間もエンジンを始動しない立て型エンジンはオイルもすっかりオイルタンクに下がり内部も錆びる事で音が変わってしまう。
オイル交換前に始動して中間で始動してオイル交換後に始動してと何度も始動してやっと音が正常に戻る。
職業柄音や振動や目の前の事に対しては非常に敏感になってしまってる。
もうそろそろいいべゃと思うのだ
毎年の事だが人様の遊ぶ時が忙しい仕事なので船の廻航が終わったら遅れて連休を取ろうと思う。


体長18センチこれだけデカク育ったスナヤツメは滅多にいない出来る限り小さな個体を選んでいるのだがやや3年ほど飼っている。他に3匹いる。
川にも沼にも行きたい、たまに東北もいい 他所の店が作るラーメンも食いたい
275もまだまだ行きたい処がある。

プロミス

俺に尻尾が付いているとしたら内側に丸まっているだろう。
船外機を点検するのは費用対効果の為に分解してまではしない 音を聞く事とプラグの点検にオイルの状態を見て最後にオイル交換になるが他はアヤカンを感じない限りは海水で冷却するエンジンは分解したりはしない
なんとなく怪しい勘が働くその勘が何かをしながら働く事が無くなった。
そんな訳で人が来る連休は尻尾を巻いて仕事は中断してのらりくらりとやっている。


一度は行ってみたい松山から送って頂いた
早くにすべての仕事を辞めたいのだが国民年金など諸藩の事情で辞めるわけにはいかないが
いつか念願の和歌山から四国瀬戸内と島々を一年掛けて回ってみたいなどとミカンを食いながら思いました有難うございます。


食ってから思いだし写真を撮ったので量が少ないが本来は沢山入っている水戸納豆 奥茨城の名誉の為に補足

俺のバイクが10ヶ月振りにプロミスの水戸納豆と共に戻って来た。
途中でヘッドガスケットが抜けてしまい奥茨城に車を取りに戻って奥茨城から車に積んでわざわざ運んできた。

見た瞬間は去年とは変ったと感じた。
メシは食ってるから大きくはなったと思うが何かしら自信のような感じと明るくなっている。
もっとも旅先でバイクが故障すれば不安にもなるが一回り大きくなって戻って気がする。

プロミス 約束、契約、保証、明るい見込み、有望

明日から五月めげそうになったら。

仕事社会に出て少しでも前に進みたかったら

自分にとって苦手な上司に毎日挨拶をし続け理解しようとする事
得るものは多い

自分に優しい事を言ってくれる上司に耳を傾ける事
得るものは少なくとも大事なビタミンと癒しになる。

身体を張っても付き合える一生の友達を大事にする事
得るものより損が多いかも知れないが人生が楽しくなり黄昏期に一番に思い出すかも

順不同これがあれば銭は無くとも楽しい仕事か楽しい人生が待ってる。

煮タコの美味しい食べ方は海水を薄めて茹で2~3日くらい浜風にさらし干す 
海みながら少しづつかじる超美味い

明後日からやっと休みだ~さ~タコ茹でるかな~