修理屋が見る231~232

国道231号線は留萌の元川交差点が終点だが起点は札幌で
時代の荒波をもろに被った道でもあるが現在は海の塩水をもろに被ってちょくちょく通行止めになる道でもある。
海沿いの道は多文化が入る入口でもあるが商売には不向きで小樽や室蘭と後退するのも早く
苫小牧や函館は長いほうと言っていいと思う。
231と232は内陸と違い店の商圏が半分しか無くさらに海岸隆起で使いづらい土地なのである。
ニシンが来て大儲けしたり交通の形態が変わる事などで突然寂れたりと周期が早いののも海岸町の特徴で231は依然そとう儲けたと思われる建物が突然の没落でそのまま化石か琥珀のようになって残っている。
反面時代や物が片側一列に凝縮してる地域で商売としては告知と物流はやり易い地域とも言える。
ハッキリとした物や文化の分水嶺がハッキリ見る事が出来る面白さもある地域と思うのだが
その為に地域事に鎖国をするのが将来の為になるような気がするのだが
最近気になってしょうがないのが何処にでもあるコンビニで隣地との距離が大きい北海道では近い将来コンビニ文化は海岸から終焉を迎えるのではと思っている。
理由は半分の商圏ではフランチャイズ料が負担になる事と。
大きくなり過ぎる事によるガタイを維持する為だけの管理の弊害が出る事は世の常なのだ。

代わりに生活必需品の物流のみを担う会社が出来ると思う。
どう言う事かと言うと今ある店の一角だけを管理して半分は地元の志向に任せ半分は流通業が管理すると言った形態が出て来ると思う。
例えば御冬などはタバコや生活必需品を買える店は一軒もないが今まで営業してた店舗があるので商品管理は物流業者がやって現在の店主は、お茶でも飲みながら店番でもすればいいと言った形態が横一列の海岸町は成立つのではないかと思っている。
集落事に食堂との併設のように他業種との併設が成り立つのが231や232号線ではないのかと思うのだが
と言うか最近の海岸の天気動向を見ると恐ろしい話だが地域住民も店を育て見直さざるを得ないと思う。

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フェデリコ・フェリーニ監督 ジュリエッタ・マシーナ アンソニー・クイン 道

修理屋が見る275

基本的には修理屋を稼業としてるが とう言うよりしていたと言う方が正しい
修理はまず現状に気付き原因を探す、そこから想像を働かし対処をする。
推理がゲームのようにピッタンコと言った喜びと使う人の顔が報酬となる。
どちらかと言うと銭は副産物と言っていいのが修理屋の醍醐味と言ってよく
使う人の顔の見える範囲の仕事が修理屋の面白さでもある。

小さな修理工場にゆくと今でもテーブルにお菓子が置いてあり 近在のお客が集まりお茶を飲み駄法螺を語って居る。
結果は修理代の内訳はサロンの会費を払ってるに近い店が今でも残っている。
現代ではある程度の技術力とサロンの会費を両立出来た工場だけが生き残ろう事が出来るのだろうと
思う、
樺戸本を読んでから最近時間があれば遠回りなるが275号線を走る事が多く
財務実態は知る由もないが国道275号線にはそうとしか思えない工場や店が多くあり
一つの商売の有るべき姿と成功事例として見ている。
12号線とははっきりとした違いを見る事が出来る。
多分275のサロン会費は米とか野菜ではないのかと思うのだが

職人と言う仕事は言葉では表せれない微妙な手捌きや六感などの世界で
修理屋は職人の分類には入らないと思う。
殆どが予習と復習で大概は左に回せば外れ右に回せば締まる。
それを頭で考えるようではマダマダなのである。
右ウインカーはどちらから見ても右ウインカーなのとネジを右に回してる裏の手は同じ作業なのに逆に回す。
乗り物を扱う修理屋は右左は身体が覚えていて右手が右と言う認識はあまりない
それが証拠に修理屋は右と左が分からない奴が多い
メシ食ってる最中に左右ウロウロ迷い箸をする奴は修理屋かもしれないぞ

修理は時間が掛かるか早く出来るかの違いくらいしか無く 時間が何年掛かって良ければ誰でも出来る作業でもある。
もっとも見習い工ならかなりケツを蹴り飛ばされる事にはなるが。

昔のメーカーは小さいがゆえに使う人と近い位置にあり市場調査もよくやり
作る側も喜ばれる物を作ると言う、それが良い物を作る原動力になった事は間違いない
返り見て、
機械組立工が兵器を作り 輸出し手にし使う人を想像などをしたりする事を考えると
日本人と言う作業員の人の根幹を揺るがしかねない仕事になる可能性もある気がするのだが

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動き流れるものは後ろ姿が華かなと思うようになりました。
永くないかもナンマンダブ~

三猿

20年前の1月17日は
達布川上から苫前霧立峠に抜ける冬期間閉鎖道路を迂回してトンネルを作る事前調査の雪崩と積雪調査で雪山に入り三日間の調査が終わり ベースキャンプに戻ったところ何かとんでもない大地震があったらしい知った。
あれから20年早かったような遅かったような
その2年前の丁度7月17日増毛祭りの酒を飲んでる最中に何か大きな地震があったらしいと言い
港の漁船が夜の海に津波を避ける為に一斉に沖に出ていった。
奥尻では30メーターを超える波を観測して当時増毛港も数隻の船が壊れるなどしたが
ここ崖下村は日方岬からの潮が巻く為に奥尻からの漂流物が溜まり人を探す人達も来ていた。

なぜあの時に
原発関係者は当時の教訓を学んでいないばかりか 
三猿野郎は目をつぶろうとしたのではないのかと思うのだが
自分を安全圏に置いてものを言うあざとい人達による原発事故は人災なのだょ。
やはり電気を沢山使う人の所に議事堂の地下にでも原発でも何でも作るべきだと思う。
それが嫌な奴は田舎に逃げればいいので一番の地方再生になるだろう。

俺自身の20年はそれまでの人生の中でも2番目に濃過ぎて、トマトジュースにカボチャジュースを混ぜ、そこに好物の鯖味噌をブチ込んだようなどんでん返しに挑戦し
力づくで物も環境も手当たり次第に壊れてゆき、自分自身を試され多くの教訓を学び
生涯の友が出来 数人の永遠の別れとを煮詰めた20年だった。

懲りない奴ら

誰かフランスにサラリーマン川柳とか山科けいすけをフランス語に翻訳してやれ。
フランス野郎に日本の風刺を教えてやる必要がある。

シャルリは大昔前の危ないオジサン達が縄張り拡大に使った手口にそっくり
結局はお互い失うものは有っても何も得るものは無い
キリストを揶揄する事は許されないのと同じと思うのだが
生鮮食品や北限の酒処の産地増毛を代表してる訳では無いのでご理解を

ル・コルドン・ブルーで 『 これ生きが下がって食えね~ 』 
『 何でもかんでもいいから掛けて焼いて見ろ 』
★三つ とか
時はWW2 チャーチルやスターリンを押しのけて
シャルルがチョビ髭総統にお待ちしてましたとワイン倉庫の鍵を渡す。
とか風刺画を書いたら

それは表現の自由 言論の自由とフランス人はうんうんと見るのだろうか
決してそうはならないだろう。
自分はされるのは嫌だが相手は構わんと言う事なのかな
フランスと言うと移住先に行っても同化する事を嫌いフランス語圏を作り我関さずを貫く
プライドばかり強いイメージがある。

道内で多く見る、必死で日本語を使うロシア人は同じ寒い国と言うせいか心情は道産子に近いと思う。
彼らは戦場に出てる経験者も多いと言う事を念頭に置く必要があり
時間はかなり大雑把だが行動はやたら早い 
普通の日本人的な感覚で深く付き合うのは、おおっとっと思う瞬間もあるが
義理堅いのは日本人より凄いかも
逃げられた元嫁さんが数十年前にロシア人の化膿した足の傷の手当をした事があり、
そのロシア人達は異国の地だったせいか、それをいつまでも覚えて形にして来る。
ロシアが早くウクライナから撤退してルーブルが安定して欲しいと思ってる道民は多いと思う。
商売人はどんな相手にも尊敬と敬意を忘れたらアキマセン

言論の自由

昨年暮れ12月はお世話になった会社や身近な方や自分の仕事のやり方にも終焉を迎えた大きな区切りの12月となり いい潮時と今シーズンは各種デンジャラスな作業は断り静かな年明けを送っている。すこし物足りないが

言論の自由とか表現の自由とか言っても何をやっても言っても、いいという事ではない
人の嫌がる事を言うには愛が必要で、その事で少しでも前に進める事が大事で相手を揶揄したり小馬鹿にしたりクタバッテ言っても詮無い事を言い、死者にムチを打ったり笑い者にする事はそれ相当の覚悟は当然いる。
自分の親や義理ある恩人が他の人から見てどれほどロクデナシだろうが間抜けだろうがバカだろうが、
それを他人に言われたら、やはりそれなりのお返しをしなければ日本では軽く見られる。
昔から仇討を許され、か弱き婦女子に近い者は助太刀を雇う事も許されてきているのだ。

フランスにしてもアメリカにしても白人と有色人種 オリエンタルと欧米と骨の髄まで上下感や優越感を持ってる白人が有色人種を揶揄したり小馬鹿にする事は自国民を揶揄するのとは違い
全く違った効果をもたらす事になる事を理解するべきだと思う。
同じ意味合いの事を言っても言った者の立場によっては効果は大きく違い
金持ちが「 貧乏も病気の一種 」などと言うのと貧乏人が「 貧乏も病気の一種 」と言うのとは全く違った効果をもたらす事に気付くべきだと思う。

藤沢周平は口から出ない言葉を好み胸にある思いを大事にした作家で多くの日本人の心情と言っていい
それが日本がテロに合わない一つの大きな要因になってると思う。
なんでもかんでも欧米に合わせる事はない
これからしばらくはフランスとアメリカ旅行はリスクは大きい
オーベ~カ~

ニュースを見てビックリこいた。

どこかのスキー場で行方不明になったニュースを見てビックリこいた。
ヘリで助けに行った奴が最後の一人に
「 何やってるんだ 俺たちも命がドッタラコッタラ!何考えてるだ~ 」
助けに行って意外と思われるかも知れないが現場で怒ったりはしない してはいけないのだ。
怒ると次の行動が普段普通に出来るものが出来なくり
さらに怒ると委縮した一人の失敗が全員を危うくする危険があるからなのだ。
助けに行った奴が自分の命がドッタラコッタラと現場で言うなら その仕事は辞めれなはれ
〆るのは陸にしっかり戻ってからで遅くはない
ヘリ救助だけに上から目線かな~

お姉さま二人もだよ離さず三人がバラバラにならないうちに動く事を止めた判断は素晴らしい
バラバラになった場合はおそらく誰かがクタバッテいたと思われるし探す方もタイヘンなのだ。
いつその判断をし誰がしたのか携帯スコップや雪洞を塞いだシートはどんな物をわざわざ持っていたのか
雪国育ちは一度はカマクラや雪洞を作った事はあるだろうが見た目ほど簡単には出来ない
作ってる最中に汗をかかない事も重要
坊主にしたらスットンキョな目をクリンクリンさせながら、どこかでこだわりラーメンとか作っていそうな都会人が使う訓練はしていたのか それとも何かで見て覚え用意したのか
その辺りがニュース会見でも一番重要だと思うのだが
ホワイトアウトになり玄関先でも凍死する北海道で暮らす連中には
生身の人間を使ったいいチャンスを記者もテレビも逃した。

スコップは小さな軽くて伸縮できるいい物があるがホームセンターで売ってる安物は数回使用でアウトになる。 
会見でエマジェンシーシートの実物を見せたら車のダッシュボードに入れて置こうと言う人は大勢出たと思う。車で吹雪に閉じ込められたらそれで助かる人はきっといるだろう。
大きさは石鹸位の大きさでポケットに入るが安物を絶対買ってはいけない
スットンキョ目のクリンクリンは単なるホンズ無しではない、助かるべくして助かったと言える。

この場合はレジャ~で命が助かったので〆て3人分の1年の年収をどこかの施設に寄付などを助ける前に約束させればよかったのにゼニコでじわじわ〆るのがいいかなと
危険な事をしたがる奴は山ほどいる。
隣のビルにゆくのにわざわざ屋上にロープを張って行く奴もいるし
登山届箱を置くと言う事はそのスキー場はコース外滑走してもいいと言ってるので
対策は登山届箱に救助費用のメニューを上生から冷凍まで書いておけばいいと思うのだが

一度はクタバル事を覚悟したスットンキョ目のクリンクリンはこれからきっといい仕事をすると思う。 

大荒れ

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波が堤防を越えて来て家の窓ガラスに当たる。
ズシンと来るのでカメラを持って出ると大きい波が来ないし
波飛沫でカメラ壊れそうと中に入ろうとすると大波がズシンと来る
道路は海水が流れて沖はベーリング海なみなのだ。

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車ですれ違う度に雪がベタベタでワイパーは効かない一瞬何も見えなくなるが雪が落ちるまでしばらく全く前が見えない状態で走る事になる。
お互いに止まって静々と行きかわなければ正面衝突をしそうになる。
今時は任意保険に入っていない車が多いので、こんな日は急用でもなければ出歩かないのが一番 

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初めて行った穂別でありがたい~名前のアパートを見つけた。
住人はみな呑んだくればかりなのだろうか
穂別は多くの家の屋根の色が煉瓦色で統一してる。

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しかし増毛にいると腹が減ったと感じる事が無くなったが空腹と餓えとは全く違い
財布には何がしかの銭は入ってるし
住みかに畳一枚ほどの通路があるがそこは何時もマイナスに近いので冷蔵庫代わりにしてる。
ほとんどが貰い物で一月位は籠城出来るくらい魚や食糧や酒などが積まさってる。
そんな生活では今困ってる人の事はもう心底は分からない俺になってるだろうと思う。
春になったら夏の商売を赤貧スタッフと一緒にやるのだが、これが俺にしては結構神経を使ってる気がするのだが 暮れにお世話になりましたと四合瓶を貰ってしまった。
本当の所は赤貧スタッフの事は何もわかっていないのかも知れないと道々思った。

川を見に

そう言えば海から上がる太陽を見た記憶がない
と思い 暮れから裏側に行って見るかと思ったが凄い吹雪で断念して元旦に出発
元旦は前日の猛吹雪は嘘のように晴れ渡っていた。

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美々川は放水路計画がありいつ見れなくなるのか分からないのでまず美々川を見に行って来ました。
雪が無く同じ北海道とは思えない気象だがとにかく寒い
前日に増毛はスタンドが休みで燃料を半分で走って来たので迂回して36号線に出てどこかで給油をしようと思うがどこもやっていない
そのうちに国道に鹿専用の横断歩道があった。人と区別する為に鹿歩道は黄色に塗られていたが
鹿が左右見て済まなさそうに渡るのか こりゃ~珍百景行ってるなと思った。
鹿と衝突し、あの足でフロントガラスを蹴破られたらマイクタイソンのパンチを優に超えてるだろう。

燃料はもうすでに限界に近いので引換えし苫小牧に出るがそれでもやっていない
北海道の正月は出歩くなと言う事か
と思ったら沼ノ端にやたらデカいイオン発見 さらにイオンの駐車場でスタンドがやってるではないか
スタンドのオヤジはどこもスタンドはやっていないと言っていたが
イオンはスタンド業界の掟破りか それにしてもデカいし人も車もイオンの敷地で渋滞していた。
巨大戦艦どころか一つの街になってる。 こりゃ~地元の店は潰れると思った。
ここに比べたら増毛や留萌の方が遥かにマシ

ウトナイ湖道の駅まで戻る。
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売店もメシ食う所もみな休みで
車を止めてイオンで仕入れた物で食事をするが 
そう言えばここ40年以上も腹が減った記憶がない時間が来たので食ってるが餓えた記憶がない
こりゃ~いくない今年は餓えを体験せんと餓える辛さを忘れそうだ。
何年かに一回は歩いたりするのだが暖かくなったら何も持たないで稲田線でも歩いてみようかと思った。
俺の脚はアチコチ継ぎはぎなので何百キロは無理だが数10キロくらいなら何とかなると思う。不思議な事に継ぎはぎした右足の方が長い
おもえば今のご時世歩く事くらい贅沢はない

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朝5時に起きて巨大赤字の苫東勇払原野に朝日を見にゆくが、海から見える朝日を見るにはどう考えても方向が違う気がする。
燃料も満タンだし、3日までに帰ればいいのでま~いいかと前進