船越英一郎様

昨日地元ホテルの日帰り風呂に行った。
玄関正面に救急車がドデ~ンと止まっている。
俺は嫁からやっと逃げ切る事が出来たサスペンスドラマの帝王船越英一郎状態になり
寂れた北の漁村にあるたった一軒のホテルの湯船に人が浮いてる状態が眼に浮かんだ。
野郎なのか女性なのか女性であってもここは限界集落の町なのでどっちにせ見てはいけないと思った。

ここ数日ホテルは工事関係者で駐車場は狭くなっていて狭い処に駐車した車を俺はそろりそろりとバックさせた。
時間が夕方5時だった事もあり俺がバックしてる傍を次から次と漁師の軽トラが突っ込んで来る。
漁師の野郎どもはツラこいて救急車の横をすり抜けて玄関に入っていく
俺はすげ~な~としばし車の中から様子を見ていたが
夜道で出遭ったらそのダミ声と吊上がった眉毛で失神しそうな小樽真内(現在はこの地名は番号に変わった)の船頭のKアニーがノシノシと入っていく
いまから40キロも離れた北竜温泉に行くのも面倒だしと俺は意を決して真っ赤に染まっているであろう
湯船に向かった。

そこには救急車には乗らんとだはんこいてる風呂場で転んだジジイが居た。
乗らんと言ってる者を無理くり乗せる訳にもいかんし、かと言って置いていってその晩にポックリ行かれても寝覚めが悪いし
救急隊員も浜の漁師相手は大変だなと横目で見ながら風呂に入り浜の一日は暮れていく


墓の画像が送られて来たので姪っ子とあ~でもないこうでもないと思案するが
面倒なのでM町公営墓地に一緒に行って墓石を色々見て回ったが、
意外や意外、その人の生前の様々な人生を垣間見る型や想いがあり墓地はまったく面白いのである。
ここでも船越英一郎状態になり本の一冊二冊くらいはすぐ書けるわいと
こりゃ~黄昏た町のM町中央情報局CAIと言われる暗号名フ~コお姉様と一緒に来るべきだったと思った。

どうせいつかオッチヌのである恨みつらみ、恨(ハン)も現世に置いて行きせめてあの世とやらでは愉快に楽しく過ごしたいと
だから誰でもいい誰かが面白いと思って貰える墓にしょうと
すでに一緒に入りたいと言う希望者が数人いるので横に置く墓誌に自分が入る時は面白い言葉を考えろと言ってある。


今週土日は久しぶりにエビ祭りが再開されるが~
毎回の事だがこの道が通行止めになり俺の店には入る事が出来なくなる
祭り期間中はラーメン屋は逆に黄昏て超暇になる。
港の広い駐車場を使う為にはこの海岸通りを通行止めにするのが一番いい方法とは思うが
ここに住んでる住民には決定する前に事前に一言あってもいいと思うのだが
こ言うのは顔で笑っても眼は笑わない、で結構~恨み貯めちゃうんだょね~ のんきな役所だぜ~

ま~通行止めはベストな方法とは思うし出来レースの公的集まりには一切出ない主義で
自分で代替え案も浮かばないので好きにさらせと思っている。
この通行止めをトレーラーは通年通して行うと通告があったが流石にそれは俺一人の問題ではないので闘ったが
もともと海上保安庁であれ警察であれ役所であれ協力はするが出来れば関わりたくないと言うのは俺の一環した基本方針なのだ。


エビ祭り期間中はドョ~ンとこんな感じになる。
それでも通行止めを強行突破して来る人も居るのでラーメン屋は営業はする。

ここでは食ったカキやホタテは外に掘り投げながら食っている。
貝殻の中に使わない携帯なども埋めて2000年後には新文明貝塚発見などと思っている。

老者舞


多和平展望台から根室半島方面を見る。
この何もぱっとした設備の無い360度が見える展望台もいい
木がちょろっとあるだけで森がまったくないここの冬はどんなのかと思うと恐い
猛吹雪でも森の中に入ると木々がざわめくだけで中は静かで逃げ込むにはいい場所になり
雪原で猛吹雪に巻き込まれたら天候が回復するまで動かないのが一番
その為には車だったら必ず毛布を積んで置くことが必要で防寒保温シートと言う物もあるが
防寒保温シートはピンからキリで買ったら必ず試してみる事が必要
粗悪品はタダのビニールにアルミ塗装もあり命に係わる。


網走方面を見る

ここから弟子屈まで25キロ 標茶まで20キロ
だたぴろい放牧地に家がポツリポツリと見える 人が暮らして居るのだろうと思うが
冬なら雪に閉ざされて町に行く事も難しい中で家族が一番の楽しみなのだと思うが
どうやって暮らしてるのか同じ北海道の西海岸の少し辺鄙な処にひとり住んでいる俺には想像が出来ない
自業自得 覆水盆に返らず


糸魚沢小学校廃校


降りる


さらに降りる

道道から急な坂を1キロほど降りて着いた先が日本でも有数の地滑り地区
砂礫と石の断層が海岸隆起で崖となっている
老者舞漁港(おしゃまっぷ)ざっと見た感じでは100人ほどが暮らしていそうだが
この辺鄙な漁港は一軒づつがかなり裕福そうな建物で同じ海岸淵でも北海道西海岸側とは全然違う
こうして同じ北海道でも地政学的にも同じ経済になる事は無いので自分の住んでる場所にあった出来る事をやっていく事が大事かなと最近つくづく思う。
もっと早くに気付いていたならと思うが生きてるだけでもま~いっかと思う。

この後釧路で用事を済ませ戻ってする事があるので一泊二日の急ぎ旅終了。
大好物の花咲カニは一番美味いと思ってるがロシアからの輸入が減ったのか一匹3000円もした、
普段なら数百円なのにとクッソ~戦争早く止めれと未練タラタラに横眼で見ながら花咲カニは諦めて釧之助でメシ食って霧で見えなかった美幌峠を再度見る為に北見回りで戻る


俺の住処 北海道大字道西小字西海岸字崖下村と俺が勝手に呼んでいる
ほとんどが朽ち果てた空き家で崖下村の住人は10人だけ
ここに来てから数十年になるがいつの間にか住所地名が番号だけになった処も多い
誰が音頭を取って地名変更をしたか知らんがそこで暮らした人達の歴史もヘッタクリもない地名変更はその根拠はなんだったのか頭のいい奴のやる事はわからん

道東駆け抜ける 


美幌峠 道の駅

15日から動けるうちにと用事も兼ねて道東に行って来た。
美幌道の駅で車中泊をするが雄大な景色が霧でほぼ見えない

視界はおよそ30メーター前後 たまに前から車がゆっくり走って来るが
美幌峠は北緯42度38分だが、それが北緯48度、東経38度だったらキャタピラ付きの車両が見えた時点でこの世とはおさらばになる。
緯度一度はおよそ111キロで5度違いの555キロ先では今も殺戮が行われている。

世界の指導者はほんと天狗が多すぎでさらに欲たかりが多くいったいどんな育ち方をしたのかと思う。
お前の様な馬鹿野郎で欲たかりの為に下々は五里霧中、陰陰滅滅の恐怖の中で暮らしをしてると思うと物の値上がりなど大した事はない
命さえあったら大型乗用車は普通車に替え普通車は軽に替えてなんとか時をやり過ごす事も出来る。
どうでもいいからサッサと止めてくれと思う。
あとは自国内で穏便に
穏便とは言っても鴨の水かきなんだろうが野生の鴨は後処理を上手にやらないと不味い


物標もない雪で閉ざされた原野の真っただ中に置かれたら地位も銭もヘッタクリも無い
生きる為には食い延びる事が大事でその為には水と土に近く自らの手を使う者が生き残る。

食糧生産基地の北海道は水産物は釧路 農産物は十勝と北海道の中心は道東で札幌ではない
札幌は地方が作った生産物を横にただ回してるにすぎない、自覚は無いだろうが
北海道には道東、道南、道北、道央と言うがなぜかしら道西と言う地区はない
なんでだろう~

先月自分の墓を建てる為に公共墓地の権利を得たが条件は落日は散々経験したので西向きは却下で東向きにして
墓石なのだがデザインは稼がして貰ったドライバーとスパナを両方に立て中心にオイルエレメントをと思ったが墓掃除をして貰う姪に即却下されてしまったので
あとは修理工兼商人(あきんど)なので、こっそり銭を入れるレジ型にしようかと
チ~ンとおりんを叩く度に銭入れんかいとガシャン!と引き出しが開くのもいいかなと
レジ型は結構多い

連休終了 

29日から普段は土日のみで再開したラーメン屋も今年は1日20食限定で旗日は全部営業して結構忙しくま~ま~で連休が終わった。


峠を越えた処には出汁の出そうな白鳥は沢山いるが
ラーメンダシに使う採卵鳥は鳥インフルエンザで撃滅して美味い鶏ガラは手に入れる事が出来なく
あ~でもない~こうでもないと試食の毎日で29日再開にやっと方針も決まって今年も土日営業再開


太る物は美味い!

背油を使用する事にしたがこれもまた市販の物でなく
自分でチマチマと採った背油は美味いが営業前日は朝5時起きで仕込みを始めるので結構キツイ


屋台に屋根が掛かったような店
午後3時で店は終了してあとはその場に居る人達でツマミ持ち込みで楽しく宴会の日々

ラーメンは昨年よりはおおむね評価も良かったような気がする。
無ければ無いように何とかしてしまうのが物を作る人の本骨頂なのだと思うが
元々は修理工が本業なので人様の作った物をボルトを外してバラシて組むのが仕事で
自分で白紙の上に何かを作る事は出来ない
性格的にも調色をしていてこれでもかと色を混ぜて結局はダメにする性格なので
何も無い処からネジ一本でも野菜でも何かを作る人は凄いなといつも思う。

毎年一回だけ連休に必ず来て呉れる人や常連さんなどで賑わったが
飲食業は儲け度返しでお客さんの顔を見る為に営業してる人は多く
お客さんと作っていると言っていいと思う。