増毛駅前海栄館は今日で営業終わり

昨日はいい事が二つ 悪い事が一つ
一つは8か月間も自分がどれほどヒトデナシだったかを反省し続けた事が終わった。
昨年7月の休みに甘エビ唐揚げ屋が超が付くくらい忙しかった。
その忙しいさ中に唐揚げ屋お姉さんの一人息子が友達を数人連れて来て
「 お母さん腹減った 」と言う
今は忙しいから後から来るようにと母親は言ったが言う事を聞かないで
「 腹減ってシにそうだ 」と何度も言う
この忙しい時にクソガキとムカついて
「 腹減ったくらいでシぬ言うんならシネ 」と言ってシマッタ
その子は一瞬暗い顔になり帰って行った。

唐揚げお姉さんの息子はオッカサンの働く姿を皆に見せる為に連れて来たのだと
悟った時はすでに遅しだった。
ヒトデナシの俺でもガラガラと崩れて行くのがわかった。
まさに『 一度吐いた唾は呑み込めないぞ 』だった

手紙魔なので詫びの手紙を書こうかと思ったが本当の詫びは相手の顔を見てが信条なので
何度かアルバイトをせと呼ぶが日にちが合わないと来る事は無かった。
それが昨日何も無かったような顔をしてアルバイトに来たのだ。

昨年お前が言った事を覚えてるかと聞くと
「 有ったかも知れない 」と言う 覚えていたのだ
俺は本当に済まなかったと心から詫び許して貰い手を握った。
俺よりはるかに大人の16歳の祥太郎にやっと救われて昨日は本当にいい日だった。

もう一つは
出世払いは出世する意欲と隠し事をしない事が条件
男なのだから常に対案を持って来いと掘り出し 
もう少し苦労をさせる事に決定した奴が意外と元気だった事が良かった。

悪い事は一つだったが時間と共に意外といい結果になるかも

俺はよく人に変わらないね~などと言われる。
それは褒め言葉と思っていたが違ったのだ
『 あ~た~は進歩してない! バカは変わらないのネ~ 』
と言う意味だった事がわかった。

takakenさん

ありがとうございます。
先日も屋根屋のhiroyukiに黙って大人しくしてられる訳はないべ言われました。
まったくその通りだと思うのですが
危ない橋を渡る歳でもないのでチビチビと酒を呑み大人しくしたいと思っています~!

毎年この時期になると
誰が一体 北海道には仕事がない田舎には仕事がないと言うのかと思うと
ケリ倒してやりたくなるほど腹が立つのです。
takakenさんのように引く手あまたでトレードされても諦める人もいるのに
6人に1人が食っていない子が居るらしい都会には仕事があるのか
我が子に満足に食わせれない仕事がそれが本当に仕事と言えるのか
仕事を与えてると親方と経営者は人の親と言えるのか
ちょっと待てよと思うのです。
それは消費社会に組み込まれなければいいだけの話で
一人しか乗らん近くのスーパーに買い物行くだけにやたらデカい車に
見ていて船酔いしそうなデカイテレビ
耐えられる子はイケイケドンドンでもいいだろうが 
それがすべての様なコマーシャル
テレビも映らん崖下村
どんな車も波を被ってすぐ錆びる崖下村
店まで2、5キロ、金など大した役に立たん崖下村

上野駅ホームのあの雑踏で
兄貴~兄貴~と呼ぶ声がして
振り返ったら 佐々木みよ彦がいた。
なにしに上野駅に居たのか 
俺の姿を見つけ八重洲口から追い駆けて来たと言う。
どうしてあの雑踏で俺の姿を見つけれたのか
いいメはなさそうだった
今ならもういいべやと連れて帰るかもしれん


みよ彦ょ
住所は当時と変わったが俺は
もうここから動く事はない

看護学校の卒業式が終わり多くの子が
貸与型のセコイ奨学金を返す為に指定された病院に就職する。

以前は個々の家で終末を見届けたのが今は病院で送る事になって
看護に携わる者達は命を助ける仕事に付く代わりに終末をも身内の代わりに見届ける事になっていった
今年も卒業する多くの子達に命を助ける喜びと同時に大変な心の苦労を幼い子達にさせる。
順天堂大学病院は一歩裏に回ると都の下水道の終末処理場と護岸された水路があり水は綺麗なのだが
何も生きていない川底
その両側をコンクリート壁で固められた道をスラッジ運搬車が巻き上げる埃が立つ中を
みんなが背負わせた重荷を背負って毎日毎日黙々と  
雪が溶け一番に黄色の花が咲くエゾリュウキンカを見て育った子が
都会のアスファルトとコンクリートに囲まれて病院に通う。

都会に就職する時はあっとう言う間に着く飛行機では駄目 
防音壁で囲まれた新幹線でも駄目
必ず汽車で行けと言う。
少しづつ変わってゆく景色に臭い 
世話になった人達の顔 
歩いては戻る事の出来ない海
次の駅で降りてもいいのだと
いつでも戻って来いと春の雪山の稜線も野の花も言っている。

この電気の線の先の峠を越えた山の麓に お前のふるさとがある。
CIMG0036

せめて駅前の景色だけは変えてやらないのが故郷に住む者の心意気ではないのか

あと数日で駅前の建物の引渡しが済むハズ
思えば6年前に自分の能力を過信して買ってシマッタが
当時別の買手が壊して新しい建物が建つ予定だったのを横取りしたのだが
今度の買手は そのまま通りに合わせて使うとの確約を貰った。
それであれば駅前の景観は持ち主だけの財産ではないと言う大きな目標は果たされ 
新車を稲田線の電柱にぶつけ恵岱別ダムに落とした位の銭も少しは町の役にたったと自画自賛している。
あと数日でこのホームページも閉鎖し道を掃除して開けておかんと

これからは逢いたい人に逢い 
海に浮かぶ入道雲でも見ながらチビチビと酒を呑み
老春を暮らそうと思う。
何の因果もない者を奪う飲酒運転は絶対にさせん泊まるバンガローも二棟用意する
以前からの酒を呑むルールは名前も聞かん何をしてるかも聞かん
いまを正にいまを生き呑む。

三誉さんにも逢いたい南部清にも遭いたい剛にもジュンにも遭いたい( こっちはこの字 )
みんな雲になってシマッタが多くのものを貰った。

IMGP0439

うん~うん反省

IMG_1503

上芦別北都物産さんのツーバイホーを雪の上に簡単な水平を出してパッキンで調整しながら
組立始めてたった一日でここまで出来た。
床をきちっと組めれば後は説明書通りパタパタと組んでゆくだけ
最初はスーパーハウスの中古を考えていたがスーパーハウスの中古より安い
完成後はクレーンで吊って移動させ移動店舗として使うのだ。
まったく良く出来た構造で工具以外すべての部品が入っているので電動ドリルがあれば
素人でも簡単に組み立てる事が出来た。

修理屋は昔は多少は合わない物は削るなり穴を空け直して取付したが今は返品が出来なくなるので
今どきの修理屋なので俺は寸法を測ると言う事は全く出来ない
それでも説明書とDVDを見ると簡単に組む事が出来る。

国会議員は世界の中の日本の立ち位置を考えるのが仕事で地域の代表ではない
国会議員⇒国全体 道会議員⇒北海道全体 町会議員⇒町全体
小売店⇒お客さんが一番 問屋⇒小売店  メーカー⇒問屋
小売店はメーカーの家来でもなく銀行の僕(しもべ)でもない
この⇒がどちらに向くか軸足をどっちに置くかで栄枯盛衰が決まる。
全くの素人が組む事が出来るこのキットはまさにお客を真近で見てるからこそ出来る技なのだと感心しました。

自分が順調な時に調子こいた奴はど゙坪にハマる。
6年前はまさに自分がど壺にハマった時期だった
何もかも家庭も家も店舗も機械も作っては壊し作っては壊しの人生だったが
これを最後にしようと思っている。

IMG_1500
6年前の反省をして無借金と現金が原則なので銭が無く稲田線のセイコーマートに行って半額の物ばかり買って来て生活してるのだ。
あまり早くゆくと近所の年寄の取り分が無くなるので遅くゆく事にしてる。

 

あきれる 3

IMG_1501
栗キントン~ヒノノニトン~ヒノノニトン~とヒノノヨントンで38号線を東上して帰りに
新たな基地を作る資材を上芦別の北都物産さんから買いました。
北都物産現会長は生まれ持って会長になるべくしてなったような人で
内地から戻って右も左もわからん海の者とも山の者ともわからん俺に
機械などを何も言わずに沢山買って頂きました。
もう20年以上もご無沙汰しているが 木材を見て感慨もひとしをなのだ。
増毛に来てしばらくしてから片手が不自由な新聞配達のオジサンに留萌の道路でバッタリ出くわした。
朝晩新聞を配達して貰うだけで何もこれった付き合いはなかったが向こうから
「 元気かい増毛で儲けてるね 」と言われた時は
自分の身体が不自由なのに雨の日も吹雪の日も新聞の束を不自由な身体に括り付けて配達して
こんなに一生懸命生きてる人にまで俺は気に掛けて貰ったのかと涙が出そうになった。

本当に俺の運の良さは多くの人達に蔭ながら支えられて来た。
雲のような多くの人達に受けた恩を返す事など出来ない
いまの俺に出来る恩返しはせめてゆっくりして貰う事しか出来ない
その為にもここの広さが必要なのだ。
ゆっくり出来る場があればお客さん同士で雑談も出来る。
見知ら者同士などの雑談には多くの効用があり江戸時代の持続した繁栄はあらゆる意味で木賃宿にあったのでは
ないかと思うのだ。
お互いの情報の交換と他業種の背中を見れる事が繁栄に繋がったのだと東北や北陸の様々な奥地を歩いた時に感じた
背中に教えられる事は多く それは感じる感性や環境が自分に育った事を意味する。
IMGP0770
3年前に適当にその辺にあったバイクに荷物を積んで人に逢いに青森大釈迦村へ

不思議で仕方ない事はここ増毛で貧困の子を見た事はない 旭川や滝川など12号線ではあきらかに食っていないと思う子は何度か見てる。
余計なお世話だとは思うが 一声自分は増毛から来てる事を告げ海を見に来たら寄るように言う事にしてる。
中歌崖下村に居た時は本当に訪ねて来て呉れた子が数人いる。
本当に来てくれた時は嬉しい
それが多くの蔭ながら応援してくれた世間にたいする俺の恩返しだと勝手に思っている。

ここに来る汽車は無くなるらしいが枝葉を切って幹だけで木は育つのか~オリャ~

あきれる 2

俺には忘れられない事が幾つかあり その一つがクドイが赤平から札幌に出て餓死した姉妹の事で
修理屋の癖で何でも機械に置き換え考えるのだが

IMG_1495コンピューター制御エンジンが海の上でコンロッドクラッシュ

機械使用者は小さな音や振動などから起きてる現象に早く気付く事が大事な事で
それが早ければ早いほどさほどの手間も金も掛からずに対処できる。
次はなぜそうなったか原因を探す それは二度起こさな為にどうしても知る必要がある。
使う方も機械側にも完璧などありえないのだ 
能力以上の事をしたのか間違った使い方対応をしたのか
機械の構造的な問題なのか材質の問題なのか
点検整備した者の問題なのか

上富良野の土の館にゆくと幅広い年代の農機具が展示していて機械の歴史を見る事が出来る。
当時は使う方もダマしダマし使ったりとかなりの職人技が必要だった事がわかる。
一見ただの意志のない冷たい鉄の作り物だが機械に合わせて使う事によって持てる性能を引き出されて
意志のない機械と人と一体になり 草原の大地を耕すと言ういい仕事が出来、寿命も延びる。

何事も起きてる事にどうしようもないと諦めた所がジエンドになる。
それでも何か無いかと探すのが修理屋の真骨頂なのだ。

上冨の土の館の機械には作った人達の鼻高々の顔が機械の隙間に見えるような気がして何度行っても飽きないのだ。

修理屋が考える貧困の連鎖を防ぐ手立ては
時間だ~これから留萌から233~275~38号線を4トン車でクリキントン~ヒノノニトン~ヒノノニトン~と東に登る。続きは

あきれる 1

昨日朝にテレビを見ていた。
IMG_1499

まだ6人に1人が貧困児童だと言うのに数々の関連案件が先送りされたそうだ
       日本の政治家や行政はバカなのか
子供が餓える希望を持てないと言う事がどんな事か想像も出来んのか
数字的にもそんな環境で育った子が大人になりその辺歩いてる奴らの6人に1人がその環境で育った大人と言う事になってゆく
町内に3軒に一軒はそんな家と言う事になる 
今の考えられない子供虐待や迷惑近所やゴミ屋敷は成るべくしてなった事なのだ
性格は修理屋の俺のようにネジ曲がり
貧乏を経験したせいか物を捨てる事が出来ない さらに教育を受けて無いから感情だけで行動するし整理整頓も出来ない
このまま放置していたらそんな奴が町内のいたる所に居る事になったら
タレ目パンダ面のナンチャラ言う議員や使い込み野郎議員よ路チューババ~よ
想像してみろ恐ろしいと思わんのか
世界のAランクの貧困国を今なんとかせ
日本の政治家や行政はバカなのか

食えない子はカッパラッテも食え 稼げるようになったら必ず必ずお詫びにゆけ
まともな教育も受けてない貧乏人は身体が資本なのだから 
身体させ丈夫なら天下り役人を食わせる為に作った 現業の国家資格など寝ていても取れる。
50近くなってさすがに字も書けんではイカンと思い定時制に通ったが
びっくりこいたのは夕方5時半に始まる授業で仕事場からメシも食う暇も無く学校に行き給食で出される物はコンビニ握りと牛乳だった。
育ち盛りの子が途中で半端なものを食うと夕飯はシッカリ食えないではないか
留萌駅前に学生ラーメンを作ったのはそんな思いもあったのだが

背丈の大小は遺伝もあるので一概に言えんが身体に比べて腕の細い子は食っていない
飲食業に携わる者は食ってない子に何かオマケしてやれ 国がセンと言うなら自分達がやってやれ
それこそ男ではないか
経営的にも必ず帰って来る。

コッソリやって来た飲食店のオヤジは大勢いたと思うが
多分留萌では学生ラーメンを表示したのは初めてだと思う。お子様ラーメン表示では駄目なのだ。
当時自分が学生と思えば誰でも 値段は忘れてしまったが確か300円か400円くらいだった思う
新規開店してまもなく学生が学校で広めたのか次から次と 次は親が来て
繁盛店になった。

食えない子は春休みに這ってもズッテも俺の処に来い腹一杯食わせてやる
正式な場所は増毛町中歌22-13
090-8274-7710

あ~あ~ドン底

もうすぐ落ち葉マークを付ける大台に入る年代になったので多少の事は許されてもいいと思うので言いっ放しで
だけど枯れ葉マークか落ち葉マークか知らんが 
あれを世に出し貼り付けさせる感覚や構造仕組みが笑える。
俺だったら天下御免で遊んで良いのだからラッキーカラーの黄色かピ~ン~クだな

わりとボートなど上は数千万など高額な物を売って来たが
仕様見積書くらいで契約書などは滅多に書いた事は無い契約書なしでどうやるかと言ったら
それはその人そのものを見る事に尽きる。
遊びに来たりボートなど遊び物を買うのに名刺を出す人は滅多にいないので
貰う事も滅多にない代わりに名刺も出さん

人は落ち目になった時に分かると言う人もいるが
俺はそうは思わない 
誰でも失敗した時やどん底時は反省もするし謙虚になる
むしろ好調な時にどうするかで決まると思う。
自分が好調な時や人様より優に立った時にどう振る舞うか
呑みに行ってそこの店員さんにどんな態度をするか
クソ寒い道路で旗を振ってる人の面前で驚かすように止まってみたりと
そういう些細な事が積み重なり品格となって立振る舞いに出て来てその人なりが分かる。
一番端的に分かるのは議員で絶好調の当選と同時に笑えるくらい勘違いする連中が多い

それが好調な時に油断する奴は先が無い 
そんな奴に船を売ると現物が有る限り付合いが発生するので
ロクタ事にならないのがオチなのだ。
逆に相手が落ち目の時は気持ちに負担を掛けないようにこちらが尊大な態度をする時もある。
色々あって船を手放した時はそこからは五分の付き合いで 
お、友、達となりその後の付き合いが永い
腹減らしてる奴に『 もってけ泥棒 』などと言うのは一種の愛なのだ。
悔しかったら盛り返せと言ってるのだ。
プライドなどクソくらえでプライドでメシは食えないが矜持だけは失いたくない

122
鍋の底見せられて うな垂れる弥生人?亭主の図 
ここからドン底なる言葉が? 上野国立博物館

深刻だった

税理士に年間に数十万円を払うのを止めて自分で申告するようになって三度目の申告に
行った日が3月11日午後で黙祷の最中だったのであるだけ持って行けと思ってシマッタ
実際は経費を減らした分税金を多く払ってるがそれでも苦労はするが少し残る。

何が嫌いと言って一に病院と二に税務署と銀行だったが
いまの税務署は消費税があるせいか昔と隔世の感がある 
一時でも早く出たいので少々の事なら払って早く出たいが今は懇切丁寧に節税を教えてくれる。
チマチマた小商いは儲けてる所は少ないだろうが 
それでも仕入れや経費の相手先は課税業者なので消費税は必ず払う。
粗利が2割もある小売業者がある事は珍しく売上1000万に対して200万の粗利でそこから経費を払うと食うのがやっと
田舎の小商いの店で毎日3万も売上がある店は少ないと思う。
ラーメンだったら雨の日も雪の日も50杯 ボールペンなら毎日300本か?
崖下村の全人口よりはるかに多い
自前の償却資産だから暮らせるだけの話なので
そんなチマチマッタ小売業者をなんぼ叩いても時間の無駄なのだ、
それよりは消費税を貧乏人だろうが病人だろうが布団をシッペ剥がし
シッカリ集金して税務署に持って来いと言った方が遥かに効率が良い事に気付いた結果なのだ。

なんとなく聞こえる隣の婆様が機具がドッタラコッタラと
職員 「 一度綺麗に数字を合わせましょう 」
婆様 「 機械を買った私が悪くて合わないのです 」 爺は婆に面倒を押し付けたのだろう。
職員 「 査察が入った時は困るが それでも一度数字を合わせましょ 」
想像するには多分減価償却か棚卸が合わないのだと思うのだが
減価償却が面倒で儲かってるならリースかレンタルがいいのだが
黄昏た日本海側の小商いは中々そこまでは出来ない人が多いのが実情なのだ。

プロの修理屋は一言二言状況を聞いたら捨てた方がいいか直した方が良いかが分かる
頭を使うのが嫌で身体を使う仕事になった者が銭のプロの税務署職員をダマす事など出来ないと思った方がいい
職員は年寄が期限まで申告に来るだけマシでそんなチマチマッタ所には
査察も入らんから数字を綺麗にして
やり易くした方が精神的にもいいと暗に言っているのだと思った。
婆様は税金が過分に掛り生活費が無くなる事を恐れてるのか延々と繰り返す
その話を隣で聞いていてもしかして
最近の乞食かホイト同然の野々村竜太郎など政治家もどきの税金ゴマカシなどを一番怒ってるのは
チマチマッタ零細小売や三反伍畝の農家を見続けた税務署職員かもと思った。