タヌキ鯉

IMGP0184
これで三日目
一番大きい50センチほどある鯉が夜になるとこんな状態になり 翌朝は普通泳いでいるのだ
三日前の26日夜中に初めて見た時は息も絶え絶えで苦しそうなので、一思いに介錯をしてやろうと思い
水槽から出すと、いい勢いで暴れたのでもう少し待とうと酸素を多く送り込んだら
朝に普通に泳いでいる。や~介錯せんでよかったぜ~と思っていたら
27日の夜中のクソ寒い中 起きて見回り行くとまたこんな状態 
やっぱりダメかと思い朝になったら
他の魚の為にも嫌だがさばいて原因を探ないとイカンと思って
28日朝に見るとやっぱり普通に泳いでいる。
昨日は夕方自宅に戻ってみるとまたこんな状態で寝てる。
コイつはタヌキ鯉かとダジャレを思ったが何が原因かわからん
曲がる方向は毎度同じなのでもしかして 水槽は長さは8メーターあるのだが幅は60センチしかない狭い水槽で方向転換する時にぎっくり腰にでもなるのだろうか
鯉ヘルペスは聞いた事はあるが鯉ヘルニヤは聞いた事がないな~
だいたい魚はどこから腰なのか 
ドイツだかどこだかにあるらしい人魚ははっきり柳腰なのだが
などと考えているのだが
朝は普通に泳いでるかどうか見るのが怖いのだ。
昔錦鯉の養殖をしていて今は放置された池が山にあり錦鯉が釣れるが鯉はやっぱり野鯉が好きで
あと他にも8匹の鯉がいるので誰か原因と対策のわかる人は居ないだろうか

IMGP0160

数年前からひび割れが凄い電柱がとうとう強風で煽られてるうちに向こうが見えるようになった。
逆光でうまく撮れないが 俺の家側の反対側がかなり酷く幅10センチほどが縦数メーターにわたり落ちてる。
このままでは俺の寝てるベットの上あたりに電線は倒れてくる計算になる
北電にはすでに誰かが連絡すみなのだが中々なおらん
性格の悪い俺はもかしかして俺は3,11以降原発絶対反対なので的にされてるのかとも思ったりしてる、が
誰が悪いのでもない丁度こんな場所に寝所を作った俺が悪いのだ 
道路に倒れて小さな子が乗った車に倒れるくらいなら俺のベットに一気に倒れてくれた方が嬉しい 
電気椅子は世界そこら中にあるらしいが
電気ベットでクタバるのはもしかして世界初かもしれん、思い切って百万ボルトをお願いしたい
電気椅子でトムハンクスのグリーンを思い出してしまったがあれはいい映画だった。
出来る事なら薄暗い劇場で見たいものだが

IMGP0182
人生はなにか大きな神の輪の中で行く所に行くようになってるといつも感じるのだが
昨日28日は引越しの手伝い
大雪連峰のある地方の小さな小学生だった子が看護学校を金銭的にも身体的にも大変な努力の結果 卒業でき勤務地が決まったので引越しの手伝いをさせて貰った。
それが偶然にもタバコも吸わん俺が肺がんの疑いでお世話になった旭川の病院に決まった事を知った。
病院の付属寮のエレベーターのない四階に少ない本当に僅かな家財道具を背負って運び込んだ。
階段は昔の基準か高さもなく狭く家財道具は傷だらけになってしまった。
今度は今までの分を取り戻すくらい沢山沢山幸せになって嫁入り道具を背負って運ぶ日が来て欲しいと思って運んだ。
 
この病院には昨年初めて知ったが ずっと気になっていた人がいる事がわかって顔を出そうか止めようかと悩んでいる。

夜明けのスキャット

増毛に移り住んではや20年
毎日毎日、イケイケドンドンと過酷な競争に明け暮れてた頃に崖下村の3分の一ほどが売りに出たのだ。
こんな生活も長くは続かんといつかリタイヤしたら住んでもいいべと買って置いた。
内地ではバブル期が終わり告げていた頃だったが北海道ではまだまだバブルの余韻があって
北海道はどこもかしこも第三セクターのリゾート、リゾートと大騒ぎした頃。

皆は増毛のマリーナーが出来たからここに移って来たと思われてるが実はここに移って来た頃はマリーナーは影も形も無かった。
住民登録しそれから2年後に1市2町のマリーナー誘致合戦が始まってあれよあれよと言う間に崖下村に国と地方の合体公共マリーナーが出来て行政の手法をたっぷりと見せて貰った数年間だった。

選挙が終われば禊は済んだと言う国会議員先生のおっしゃる通り 内容にもよるが罪は償った時点で公共である限り誰であろうが税金を払ってる限りは公平に扱えと言うのが持論だった。
それまで自由勝手に使っていた海や港から、海は官の海なのだと玄関を作り当然のごとくのように
ある人達は選別され数十名の人達は選ばれる事はなく増毛の海から去っていった。
民間もエグイが行政も結構エグイと感じ身体を張って闘った数年だった。

数十年前 重量鉄骨が崩れる音を聞き駆け付けた時はすべてが終わっていた。
足元の鉄骨を見ながら数分の違いで立場が全く違っていたと感じて何がどう違うのか
悩んで悩んで選択したのは河岸を変える事だった、
下一色で世話になったある人達に後足で砂を掛けるようにして
別れの挨拶をして春の伊吹おろしが吹く寒い明け方にコンパーノベルリーナーのカーラジオで聞いた。

本当に行くのかと何かあったらここを頼れとTアボジ宛のメモを渡してくれた人達の顔を今でも この歌を聴くと思い出し今度は俺がメモを渡す番になったと。

ハイサイさん~

IMGP0114

昨日の外の状況です。
いったいどうなってるのこの天気 危なくて表に出れんのです。
いつもなら3月15日を目途に夏の車を表に出すのだが こんな状況では夏タイヤでは一旦表に出したら
元の場所には戻って来れなくなるべゃ~

今年は例年春の雑誌原稿に使う「春は海からやって来る 」のキャッチコピーが使えない
だいたい最近は海の色が違う、
春が来る色では無い、春の海辺では大葉海苔や仏の耳やビッチコやホヤや様々な物が獲れる。
それが今年は一度しか海辺に降りていない海の水の色も全然違い春の色がしていないのだ。

昨年の9月にもいつもなら夏の終わりを告げるなんとも言えない
これからしっとりとした秋が来るぞと思わせる透明な水の色に一瞬なるのだが
それが無かった。無かったのだ。
北の日本海を毎日見て暮らせる者にとっては 晩夏の海の色と早春の海の色を見れないのは
ご褒美を貰えなかったような騙されたようなそんな気分になる。

なんかススキの靴を脱いで上がるキャッチバーのお姉さんの処で呑んだ翌朝の財布の中を見たような気分になるのである。
由紀さおりをかなりふっくらさせた感じのチョットだけ年食ったキャッチバーの
「私も増毛の海が見たい 」と田舎者の俺に囁くチョイワルお姉さんの方が可愛いと思える 
今年の天気なのである。
晩夏

祝着至極大義

IMGP0086

最近思うのは江戸時代にはどうやってお茶を出したのかが気になりだした。
ポットもガスもマッチも三ツ矢サイダーも無かったろうから どうやってお湯を沸かしたのか、
その湯が沸くまでの時間はどうやって間を繋いだのか
ヤカンも鉄瓶で沸くまで相当掛かったろうにと考え始めたら夜も眠れん
大きな屋敷なら縁側で庭でも見ながらスズメがチュンチュンと鳴いたりしてるのを見ながら寒スズメは美味いだろうなどと考えて間も持ったろうが
一部屋しかない長屋の浪人の所に元上司の足軽頭みたいのが来たら水を飲ますわけにもいかんだろうし
う~ん悩む
話は関係ないが三ツ矢サイダーは毛利元就の遠縁にでもなるのだろうか
会津は長州が大嫌いらしいし 会津では総理の姿や郵便屋の制服を見たらぶっ倒れる婆様も居るかもしれん
 
江戸時代の庶民のお茶に何かおもてなしの原点があるようで気になったら止まらん
湯が沸く間に何か気の利いた話などを元侍の浪人がするとも思えんし 千利休は毎度お湯を沸かしていたろうから参考にはならんし
俺は思うのだが観光業界が「おもてなし」などと殊更言うのはおかしい
 商売人がおもてなしと言うなら商売物をタダでやれ旅館はタダで泊めてやれと毎度だが極端な事を思うのです。
役場なら税金をまけてやれと
う~ん江戸時代のお茶が気になってしかたない
それ以前に遡ると公家の文化で一般にはお茶の文化そんなになかったと思うのだが
それ以前はなんでも水を出したらしいが
北海道のアイヌの人達はお茶を出すには独特の作法があるらしくどんな貧しい人でも作法が綺麗らしい
朝鮮半島出身者の人達も独特の来客作法があり面白いが母国でも同じ作法なのか異国に住む者だけなのか一度聞いてみたいと思う。
「カリが赤木の山に飛んでイカ~」と言った国定忠治関係者の来所作法も面白いが今どきは挨拶もできん若い者が多い

急激なグローバル化で下々の作法は消えつつあると思うのだが身のこなしなどはやはり残しておきたいと思うようになった。

やっと長い事しまってあった海栄ラーメンのノボリを毎日立てる事が出来るようになった。
祝着至極大義である。

背中を拝む

s-002
3月10日は増毛駅前からたった2キロが帰れるだろうかとう言うほどの猛吹雪だった。
途中で道は無くなったが左は堤防で高くなって右は線路で高くなっているので道を踏み外す事は無いべと4輪駆動で無理くり突破してやっと帰った。
線路は高さ6メーター位のところにあり 
真っ暗な崖を後ろに牡丹雪が降る夜に列車が通るさまは宙に浮いているようでまるで宮沢賢冶の銀河鉄道を見るようでなんとも美しい 乗ってる人はどんな人がどんな思いで乗ってどこに行くのだろうかと

021
3月12日はやっと長かった数年が終わった。そう確定申告が終わったのだ北海道どころか全国のボート業界はどん底でここも例外でなく大きくなり過ぎた図体は維持するだけに無駄な出費がどんどん重なり維持を出来なくなった。会社を清算する準備に3年の月日が掛かり万が一の時には踏み倒す順番を決めていた3年間 なんと運のいい事に持ってるゴミ同然の趣味の物や不動産が買った当時の3分の一前後で売れたり、大型エンジンが情けで使いもしないの買って貰ったりと誰にも迷惑を掛けずに終了出来た。個人事業者として再出発の昨年の初めての確定申告が終わったのだ。
扶養家族一切無し守るべき物もない俺から稼ぎの半分近くを各種税金で思いっきり獲るのは正しいと思う。ただ今は銭が無いだけで少々困窮してるだけで 
3年間の清算準備と業務に多額のムダ金を使ったが半分で後ろを見て半分で前を見ての人生だったので終わってみるとなんも大した気にもならない
いままでも仕事で一度赤字を出すと元に戻すまでにおよそ3年は掛かってきたが今は元に戻す事すら出来ない
それは景気がどうのではなく年を食ったのだ、それに会社も年を食って行く事を忘れて行けない設備の更新や技術の更新や新しい道への投資など絶えず手を入れ続ける事が必要で、それを怠った者は誰が悪いのではなく消える運命にあるのだ。
弁天から見上げる所にある役場の税務課の冷たい目線に耐えながらやっとこさ税金も完納してすべて完了
最後は踏み倒してやろうかと思った目の前にある銀行も昨年で完了してこれでジエンド
俺は思うのだが商売は元があっての商売で仕入れ先や銀行があっての商売と師匠に叩きこまれているので一円の不義理もなく完了したのは本当によかったと思っている。

不思議な事に増毛にはお上の世話にもならずどうやって食っているのだと思うオヤジが沢山いる。朝は魚の網外しにリンゴ園の出面さんや山菜採りと何かしらの稼ぎはあるのだろうとは思うのだが
毎日朝一番に向かい側に沢山ある自動販売機に歩いて小銭やタバコを拾いに来てるらしいと噂のオヤジがいる。
俺はそのオヤジにどれほど元気付けられた事か俺も最後はあの手で生きて行こうと決めた。 
畳の上では絶対にクタバラン出来る事ならバカな奴と言われくらいの誰かの為にか人生の大きなターニングポイントだった鶴舞公園の桜でも見ながらベンチで眠るようにくたばってみたいと贅沢な事を考えている。

気分はナンタラ奥地

IMGP0002
留萌の幌糠からモービルで出発してループ橋をいくつか超えてたどり着いた現場
ここを道なりに行くと地図上ではあと2キロほどで信砂御料チャチャの沢に行けるはず、きっと昔の人は通ってると思う。
行って見たいのだが雇われの身では行く事は出来ないが林相も行けると言っているし
等高線も詰まっていないしなんと説明していいのか空が開けている。
気の合った者が3台いたら突破出来ると思うのだがいつか行って見たと思いながら年を食ってしまった。
冬は今の方が通行止めもあり表面上はゆく事は出来ないし夏も熊が出るとかで通行止めらしい
熊が出ようが昔は人が住んで集落が有ったのに大きなお世話と思うのだが

幅3から4メーターほどだが実際の幅がいくつあるのかは雪庇でわからないループ橋があり吹雪いた視界の悪い日は真っ直ぐ走るとかなりの高さを落下しかねないので先頭は怖い
そんな状態をいくつか超えて現場に着くが
何をしてるのか何の役に立ってるのかは俺には全く関係がないし
多少聞いたくらいで理解できるほど簡単な事でもないようなので知りたいとも思わない
それよりは変わりやすい天気と帰りまで天気が変わらない事を願っていつも雲の流れを見ている。
順序としては最初に天気が悪ければ装備も違うのでいいのだが最初が良くて後で悪くなるのは恐い 
それでもやる事は目的地まで先頭を走り叩き落ちない事と荷物を壊さないで届け無事戻る事だけが仕事

IMGP0013
ここはこのまま2キロほど行くと昔の獣道で、このまま真ん中の川筋を選んで行くと空知管内北竜町竜西に出るが源流は崖になっていて歩いて登る事しか出来ないが逆に竜西側からはバイクでもモービルでも落下しながら降りて来る事は出来る。
ここの踏破はなんどか経験済で当時はこの奥地に人が住んでいた。
木で作った大きなダムがあってマスなどがいて獲っていたらしい。
ここは夏に踏破するのは熊にさえ気を付けると簡単に踏破出来ると思うが 
お勧めは幌糠側からのアプローチがいい何が凄いと言って
源流地は未開の奥地状態で気分は一度も外国に行った事はないがアフリカのナンタラ台地と言った感じで最高そこから数十メーターの崖を登ると
そこには一面の水田があり竜西の人が普通に生活をしてる。気分はアフリカの奥地からベトナムの水田地帯に行った感じでそのギャップは苦労してたどり着いた者にとっては世界の人跡未踏を征服した感じである。
これで竜西の人が内地のような傘を被ってくれていたら気分は一日で味わう兼高かおる世界半周オリエント旅行になる事請け合いである。
なんでも兼高かおるは現在二十歳らしい うる年生まれらしい 

場所は幌糠チバべり本流 

残念

IMGP0258

明日から二日間 山に稼ぎに行く
山や少しでも怪カンと思う時に持って行く物をリュックに詰め込んである。
意外と役に立つのはスーパーの袋で川に落ちた時や足を濡らした時に履いたり頭から被ったりして助かった。缶詰はある戦車中隊の糧食でこれはかなり美味い 
ライターは冬は役に立たない防水マッチがいい 
西部劇を見ると西部のロクデナシガンマンが爪先で火を点けてるマッチ
ラジオは熊除けに携帯の手回し充電器これも優れものである。
ネット販売のエマージェンシーシートは絶対に買ってはいけない 
店で買った高価な方はなんでも人工衛星の断熱材と同じ物らしい
が~ネットでこれは安いと買った二枚セットは アルミの塗料らしき物が身体に移って身体中ピカピカに光った。数時間後に残ったのは透明のペラペラのビニール一枚
これでクタバッタらまるで出来そこないのピカピカの菩薩観音かよと思われるのだ。
これはネットでは絶対に買ってはいけない これに頼って安心しては北海道では助からない
命が掛かる物を安いと買う俺もかなりの大バカ野郎だが売る業者もかなりの危険な奴である。
016

なんども猛吹雪で閉じ込められた経験から 動かない事と汗を掻かない事が大事
車で閉じ込められた場合は絶対にエンジンを掛けてはいけない 誘惑に駆られエンジンを掛けたくなるが危険 ドア下の高さ程度の積雪でも車の下には隙間が出来る為にそこに排気ガスが溜まり室内に流入する。コンコロモチ良くなって寝たら最後ジエンドである。エンジンは絶対に掛けるな!
夢の中に外に出なければと思っても身体は動かない金縛り状態になる。俺の場合は運が良かっただけだったと思う。
場所にもよるが車の外には出ない事 
二重遭難との批判を恐れずに言えばスノーモービルに乗ってる連中は毎度こんな状態を走ってるので救助には向いてると思う。
凍結してない川が無い平地ならどんな吹雪でも熟練が五人いれば
人数はそれ以上多くてもダメだが今までの経験上平地なら、ましてや道路なら走り切る事は出来る。
どうやってまったく見えない吹雪の中を目的地まで走るかは長くなるので端折るが中に素人が一人でも居ると全員を危険に巻き込む

助けれたそう思って、残念だと思って、今度は声を掛けて欲しいと思って泣いてる。
モービル乗りは沢山いると思う。
バイク乗りや船乗りなどいるが知る限りではスノーモービル乗りは最強のロクデナシ達が多いが
私生活でも修羅場をくぐってるだけあって、いざとなったらこんな頼りになる連中はいない
面は二度と見たくないロクデナシツラだが救助メンバーのリストに入れるべきだと。
013

今日は歩けないほどの猛吹雪

IMG_0986
年から年中全国各地に荷物を発送するが冬は毎日どこかの東北地方の住所を書いては荷物を送っている
初めて聞く場所は地図で確認して、東北ぶらり旅の大好きの俺は今度はここに行って見たいと思ったりして住所を書く度にボールペンで行く旅行をしてるのです。

言葉などは殆ど信じていない俺だが それでも住所を書いて送ってくるメールの短い3~4行の文だがその短い数行に人間性が垣間見られる時があり、そんな時は一生顔を見る事は無い相手でも育ちや思いやりなどが感じられる時がある。
年に千を超える住所を書いて返信して伝票を手書きしてる俺の勝手な思い込みだと思うのだが文だけで言えば田舎と思われる所ほど相手方に対する文の思いやりが無いような気がする。
例えばいきなり『最後までお願いします。』とかは誠意を持ってやろうと思ってる人間にすると
「最後ってどこまでよ 信じれないなら地元で顔見知りから買え」と言う話になる。他にもビックリする文もたまにある。
それは回りが親戚だらけの田舎で見知らぬ人に会う場数が少ないからかなのだと思うし
どこかに都会モンや見知らぬ他人は騙すし怖い所だと言う思いがあるのかもしれない

ここ留萌支庁管内に船でしか行けない雄冬や岩老などや小平の上記念別のようにすぐそばなのに留萌まで出て来るにも交通手段が無く朝の暗いうちから歩いて帰るにも丸一日掛かったりする場所が少し前まであった。
そんな場所の子が高校に入学するには留萌に下宿するしか進学の手段は無かった。
バイク自転車屋をやっていた時にすぐ傍に工業高校があり川を超えた場所に普通高校があった場所で高校生がよく集まったが
信号機も見た事も無いような山奥から出てきた子は一度悪くなり始めると免疫が無いせいか見る見る悪くなる。それも加減というものが無くなる。
いずれはそのまま都会に出て行く事になるのだが苦労だけでは終わらん先が見えるようで可哀想でならない いまやネットや雑誌などで全国均一と思ってるのかもしれんが、よほどのしっかりした目的と計画を持って行かなければ田舎モンは都会には出るなと思っている。

都会など出んでもメシ食えて暮らせれば牛かキツネしかいない田舎で山や海を見て一生終わってもいいべやと思うのだが
東京で若い女の子がなんの因果も無い奴からいきなり後ろから刺されたが田舎出の女の子にとっては都会はあらゆる意味で恐いのは本当なのです。
野郎は都会だろうが砂漠だろうがどんな経験も無駄になるとは思えんが無駄にするも生かすも自分次第と思う。

今日3月2日はある看護学校の卒業式だった。最後の一年は毎日三時間程度しか寝ない苦しい中でやっとこさの卒業をしたらしい。
誰であろうと一所懸命頑張った子の未来を奪う事は許されない。