俺は思うのだが


昨日は北の町 苫前と羽幌の2か所に仕事に行ったが
昔は大層な賑わいだった羽幌駅前大通りも空き店舗が多くて閑散としてた。
北海道の空家は家自体に熱を発生しない為に建物との間の雪が解けずに
空家にしておくと壁や屋根が2~3年程度でコタコタに壊れてくる。
家屋の崩壊前に家を壊し土地を売ったとしても解体費などに遠くおよばず
増毛の土地の実勢価格などは評価額の三分の一で売れたら、おんの字なのだが、それでさえ売れないのである。
評価額の全国一の下落を誇る 留萌の原野二線、今の五十嵐町などあるが
自治体は固定資産税を実勢価格にあわせ大幅な見直をしようとしないので、自分で建物の評価額を見直しを申請する為には
不動産鑑定士に評価をして貰わなければならない為にかなりの金額が掛かり、その費用すら出ないのが現実なのです。
結果 誰か貰ってくれる人がいるならタダでやってしまった方が金銭的にも楽になれるし
いまや田舎の家や土地などは持ってるだけで苦しくなる。

俺は思うのだが消費税はなんの為に上げるのか議員の自己満足の懐に入るのでなく もし本当に福利厚生に使われるなら
上げた消費税で生活保護費を全額国が持っとしたら。
それも一人幾らでなく一世帯に幾らと払ったら 最低限食って生きるだけだとしたら
田舎に帰って暮らす人が増えるのではないだろうか
迎える自治体側は住民は増える病院や学校の最低維持人数も増える。
空家はタダでくれるか貸してしまえば危険家屋と化す空家は無くなる。
どこを見ても空地だらけの北海道は空地には健康を兼ねて畑を作る。
川をせき止めてヤマベをかぱらって保存食のヤマベの飯寿司にする 山に行けば山菜は山ほどあるし
そこら中にある空地に勝手に作った野菜も余ったら金持ちの年寄りに売ると
国が生活保護費を全額持ったら、なんかいい事ずくめに思うのだが

議員のツラも世界に通用する面構えが必要になると思うのだが石原ナンタヤラとか、あの根性悪の代表のような石破ドッタラやスッペ下がりのハンベの安部ドッタラや本当にエイリアンだった鳩山ドッタラなども
ホント見るに堪えない不細工ばっかり
国会議員は国全体の行く末を思案し 道会議員は道全体の行く末を思案し 町会議員は町全体の行く末を思案する。その為に議員を選挙区の利益代表に使ってはいけない。
自分の事は自分でやる 。 
TPPがなった暁には約束を守る事はない米国から脱却し、蝦夷地は津軽海峡を封鎖し独立して平和の国ブータン王国にならいモウ~チャン王国にしなければならない
国王は牛 モ~モ~儲かる~ 

沖縄のMさんから頂いた沖縄のドラゴンフルーツに海ブドウ美味い 初めて見た物なので封を切った瞬間なにかの冗談かと思った。

最近は食い物もあちこちから貰い物だらけでスーパー買い出しに一週間以上も行っていない
田舎で暮らすならせいぜい8万程度で暮らせると思うし
俺の所は冬の暖房灯油は春までせいぜい100リッター1万円程度であとはマキを焚いている
数年焚く分のマキの山を一回30分程度電動ノコでマキを切ると二日間の暖房が出来るのだが
ストーブの煙突掃除が大変なのだ。
誰かここに住んで自分の銭で暖房を使ってくれる人を探してる。

損こいた。

斉弘での観楓会も27日に延期になり健康な一日を過ごしたが
昨日はとうとう雪が降った、なんてこった今年は夏のバカ騒ぎを洗い流すような一瞬水が透明になり水の中の小石が綺麗に見える9月の海を見ていない
9月の海の水を見ないのは本当に勿体ない
なんか損をこいた気がしてならないし浜の石を拾って水槽に入れるのだが今年は一個も入れていないのだ
以前と違いそんなに忙しくないのに最近は時間の使い方も下手になっている事を実感し始めてる。

今年は秋がなかったのだ 秋を感じれなかった事はなんと勿体ないと損した気がしてならない
雪解け水がチョチョロと水が流れ始める箸別の沢で暑寒岳を観ながら見る春は世界で一番と思っているし
暑い夏は海を見ながらのバカ騒ぎで終わるのもいいし。
 丸加高原から見る空知平野の落ち着いた黄金色の秋  厳しい冬と四季を感じる事が出来るのは北海道の一番いいところで感性も養われるのではないかと思ってるのだが
今年は損コイタ 秋が無かったのだ大好きな秋を飛び越して雪が降ってしまった。
かならずもう一度行くと思っていた天北原野のエゾカンゾウも見に行っていない
それなのに雪が降ってしまった。

東京に行くなら距離的にはロシア領カラフトの方がはるかに近い事を実感させてくれる冬
トレーラーにスノーモービルを積んで雪を追い駆けていたのが冬をムッタシ感じる年になってしまった。
車にフライパンとカセットコンロと寝袋を積んで俺の秋を取り戻しに南に行きそうになる。

俺は思うのだが緯度と音楽は密接な関係があると思うのだが

空気を読む 実は

藤山ですこし仕事をしたのだが久々のいい天気だったので増毛に戻る気がしなくなって 
そのまま晩秋のグリーンフィールドを見にドライブに行ったのだが
仕事をさぼったのがイカンのか、なんの因果か目の前のトラックの荷台に豚が載っていた。
大昔に留萌の原野2線貧乏人部落界隈 いまの五十嵐町に家畜の密殺場があったが
その真ん前で暮らした俺はそのせいか大人になって肉が一切食えなくなった時期があった事を思い出した。
豚と目が合う前に家畜運搬車は追い越そうと思っても中々追い越せず藤山から碧水を通り 一度は近道をして追い越すがさすがプロなぜかまた再びケツに付いて雨竜まで一緒に走ってしまった。
何か違う事を考えないとイカンと思い色々無理くり考えたのが排気量計算だった。
今どきのエンジンは4サイクルなのでアクセル開度に関係なくRPMに60掛けて合計を二分の一にするのが正解ですよ。

や~今日は留萌から275に回って滝川に用品を探しに行ってきたが往復2時間
考えるに2000CCの車で60キロ程度の速度で2000RPMで往復二時間走ると
エンジンに吸込まれて消費された空気はおよそ24万リッターになる。
これはそこらを走ってる大型タンクローリの容量とほぼ同じで世界中で 
上はジェット機から下は蝋燭の灯まで こんな調子で空気を燃やしていて無くならないのかと心配になってきた。
どこかの国で酸素を作って放出してるなど聞いた事はないので内燃機関が無かった江戸時代よりは地球上の酸素の量は減って薄くなってるのではないか
そう思い始めると江戸時代は火打石でカチカチやって火が着くのは酸素が多かったからではないのかと言う結論に達したが

それにしても地球上の酸素はどこでどうして作られて消費に間に合ってるのだろうか
本日の疑問でした。

やっと終盤に

やっとこさ除雪機の整備が終わりに近づいたのだ。
これで来週20日には畑中4丁目にある呑み放題、歌い放題の『斉弘』で観楓会が出来る。
カラオケの練習だ~い~

それが終わったら今度は除雪機を配達に掛かるのだが
毎年必ず一人くらいは「こんな小さな除雪機は俺のでね~人間正直が一番だぞ~」と言う爺様がいる。
除雪機はどれもこれも殆どが同じ型で部品の供給や整備の手順を考えて沢山ある機種の中から
使い易い機種を絞り込んで販売しているので絶対に間違えないとは言えないが
大きさは間違えたりはしないしフレーム番号を控えて、
さらに車体にマジックで顧客名を書いているので間違うなどはあり得ないのだが
原因を色々考えるに冬に雪で狭くなった場所で使うと大きく感じるからだと思う事にしてる。
上は90歳の人もいるので仕方ないと言えば仕方ないのだが
どうも機械の操作をすると気がしっかりするらしいしボケ防止になるらしい
 機械物でも特に自転車などは左右のペダルにバラバラに力を入れながら体はペダルと反対に傾けるので絶妙なバランス感覚が無いと自転車は乗れない、これがシャッキとするにはいいらしいのだ。
増毛には90歳や80歳などを超えてなお自転車に乗って、さらに誰にも世話にならね~と浅海漁に出てる爺様達がいるので
浜で自転車を見かけたら徐行か大きく迂回をしてやってほしい


今日はラーメンの下準備の日 HBCラジオで札幌の姉妹の孤立死の特集の再放送をやっている。聞きながら思うのだが
ラーメンはひどい日には半分が売れ残り捨てられる。どうせ捨てられのならタダでも食って貰ったほうが
まだまし そんな俺には余って捨てられる物がありながら片側に必要な人がいる。
家を数件持ち部屋は合計すると30室以上を超える、そんな俺ならきっとなんとかなったと思う。
間違いなくなんとかなると思う 大きな勘違いかもしれないが 
これからも一生そんな勘違いをして生きて行きたいと思う。
ここにはそんなに暖かくはないが雨露をしのげる部屋と食うものがある。

HOを見過ぎて腹減った~

あと少し8台で除雪機の整備が終わる。
この同じ事をし続ける事は凄い大変で何が大変と言ってバラして見なくても絶対大丈夫と思う所をバラす事が何十台もやると苦痛で最後は修行僧のような状況に陥り面まで変わる。
殆どの人はこのような作業を毎日毎日真面目に繰り返しているのだし これが俺の人生だとか大袈裟に思いながらボルトを数十本外しカバーを外しキャップを取りグリスを入れて絶対に大丈夫と思われるクラッチの点検をし毎日の作業をしている。
動かしてみて大丈夫とは思うがクラッチの付き回りは人に怪我をさせる事になるので嫌でもバラすしかないのだ。
これが終わり雪が降らなければ内地に遊びに行こうかと思ったり 再び帯広に行き洋子に行こうかと思ったり
楽しい事を考えながら作業をしている。

帯広は走行900キロ超えだったがHOの旅雑誌を後から見ると、あそこも行けばよかった ここも行けば良かったと思う所ばかりが出てきた。
クッソ~なんでわざわざHOを持って行ったのにコンビニ弁当と中札内の若鶏から揚げと落葉キノコ採りしか記憶にないのだ。
なんでもかんでも感激する奴なのでそっちが優先で写真など滅多に撮らんし~

行き当たりバッタリ旅を楽しむ俺は旅雑誌など買った事はないが なぜかこのHOは違う。
内容が写真も本の作りも素晴らしいのだがなんか庶民感覚なのだ、
他人の事なのだが、どのお店もこの営業を継続する為の利益を出せるのかと心配になるほどで
きっと出される物に自分達の気持ちと儲け度外視が乗かってるのではないかと思うのです。
なんでも理由があるし、どこかに数値化された共通項あるはずと考える俺はなぜ違うのか考えた。
さらに考える為に
この際だとバックナンバーをまとめて買ってしまえと一昨日注文したら昨日着いた。
さらに一晩掛かって数冊を読んだと言うか繰り返し眺めた そこで気付いた事は

HOの関係者はそんなお店を応援したいと言う気持ちが強くあるのではないかと思っているのです。
それと殆どの店は店主が造っていて店頭に立ち接客も販売もしてる事に気付いた。
最低賃金で一時間働いた賃金で腹一杯にならないB級グルメなどB級グルメではない
その為にも経費節約の為に経営者が自ら店頭に立つのは、計り知れない効能があるといつも言ってる事なのだ。
気付いて見れば経営者は現場に立て、自分の立ち位置は誰に向かって商いしてるかを忘れるなと酔っ払いの俺が何時も言ってる事だった。
そこが記事内容が俺にはピッタリでえらく気に入った事に気付いた。
仕事であちこち行く車用に内地の連中に北海道の自慢する為にもう数セット、
や~い~ほ~HO~欲しいだろう~

恐怖の自販機

帯広での検問は白い車でのひき逃げがあったらしい なんで検問で無視されたのか理由がわかった。俺の車は赤いのである。
車に乗る身としては自分が絶対に逃げないと言う気持ちはあるが本当に逃げない強い俺であって欲しいと自分に言い聞かせている。

先日たまに缶コーヒーを買う向かいの観光協会の自動販売機で120円を入れて二個のボタンを同時押しをしたが
一個しか出て来なかった。
すると自販機が「コンニチワ~ 」と言う。
セコイ同時押しをした後ろめたい気持ちがあり 
『お~お~ここの自販機も犯罪防止にとうとう最新型を入れたのか』と思ったが
以前の型と同じに見える自販機がまた「コンニチワ~ 」と言う。
俺はセコイ真似をしたのでマズイな自販機に謝った方がいいかなと思って自販機の肩に
親しげに片手を掛けて謝ろうとしたが
今度は「サイトウ~サン~」と言った。
いま確かに自販機が「サイトウ~サン~」と言った。
え~え~この自販機は酒自販機のように人を認識し、さらになんで名前までわかるんかと驚愕してると
また「サイトウサン~」と言った。
俺は自販機から手を離しやや1メターほど後ろに飛び跳ねた。
以前自分の所の自販機のステンレスの8ミリほどあるチェーンをブチ切って壊され中の僅かな金を盗まれた。
その時にこれほどの時代に何をしてるのだと思った。
壊されそうになったらカメラで犯人の顔を撮影して送信するとか自販機の真ん中に電動ガンでも仕込み犯人に撃ちまくるなどは簡単に出来るではないかと思い、もしかしたら自販機メーカーは壊されなければ儲からないのかなどと考えた事があった事など走馬灯のように思い出していた。

しばし車道に近い場所で立ちすくむとまた「サイトウサン~」と聞こえる。
今度は後ろから聞こえた。
後ろを振り返るといつも本を買う増毛すずらん通りの富士屋書店の若い頃はちょっとタイプのお姉さまが反対車線の車の中から呼んでいた。
前に向いて付いている耳には3台並んでいる自販機のプラスチックに声が反射してまるで自販機が呼んでいるように聞こえたのだ。
このお姉さまは俺の驚き様を一部始終見ていたので車に蹴りを入れてやろうかと思ったが
いつも本などで世話になっているのと観光協会のお姉さま達も見ていたので笑って誤魔化しました。

教訓 自販機で物を買ってる人に声を掛けてはいけません。びっくりこいたホント。

ボートさえありゃ~

帯広の夜は屋台村に行って呑む予定で宿にチェックインしてから屋台村に行くが駅前の通りが何か分かりにくく侘しい感じがした。
今どきの道内の主要都市の宿泊費は朝飯付でせいぜい3000円もあれば十分で車の中で寝る必要もない
浮かした銭は呑み代として北の屋台村に行くが すぐ傍に十勝屋台村が新しく出来ていて
そちらから片付ける事にして一番暇そうな店を選んで入る。

今は作り酒屋、国稀酒造の9軒隣で仕事しているし、あちこちから送って頂ける酒で、特別いい酒は飲んでると感謝してます。
が、特別に酒にうるさい訳ではないので出されればなんでもカッポンカッポン呑む
最初の一杯はじっくりと味わって呑み二杯目は何かを食うか 何かいい加減な会話をしながら呑むので
年を食ってからは酒を呑んで悪酔いをした覚えはあまりない。
酒は楽しく呑む事が一番で悪酔いもしない
その為には嫌な事があったら呑むなが俺なりの決め事で結構硬く守っている。

屋台村は梯子酒をしたが屋台と名乗るなら全体的にかなり高いと思った、俺的にはやはり場末の飲み屋か立ち飲み屋台がぴったりだと感じた。
旅雑誌HOの十勝再び編に出ていた1000円で呑める洋子と言う お店の場所をマスターに聞くと後から入ってきた隣合わせのお客さんが
「あんた~洋子に行くのかい~」と言ってきた。
「洋子にいくらなら覚悟しなさい~私も行くんだけどさ~」
と駅前の物置のような建物でコタコタで風で飛んでるかもしれないと言う。
俺はそれこそが俺の求める店だと話すが「あんた~甘いね~」とさらに言ってくる。
帰ろうとするとさらに言ってくるので話を聞きながら呑み直しして、お隣さんとカンパイ~カンパイ~と何がカンパイなのかしらんが呑み過ぎてしまった。
洋子は後日の楽しみにと言ったら
「あんた~早く行ったらいいよ、そうとうの年だから来年はないかも~よ~」と引き止めて置きながら洋子ママの椅子の座りかたを真似てみせてくれた。
たった一軒の飲み屋さんでこんなに話が盛り上がるのも楽しい 
地元の人と話をせんのなら観光の楽しみは半滅すると考えてるし学術調査ではないので話に正確さは必要でない
そんなんでまた帯広に行き今度は居酒屋洋子に呑みに行く事にしようと思う。

戻って数日したらKさんからのお手紙で 長い事お世話になったボート免許の白川先生が亡くなった事を知った。
波乱万丈の人生を送りながらも人を楽しませる事に心を砕いた人で一つの時代の終焉を感じて寂しいが
三途の川もこの曲でも聞きながら船長帽を斜に被りボートで渡った事だろうと思う。