津軽に行きたいと

今年こそ東北にゆっくり旅に出れるかもしれない
津軽海峡を渡るのはやっぱり船でなければいけない 
俺は思うのだが
就職や進学で親元を離れるにはやっぱり汽車か船がいいと思う。
反省のある奴はゆっくり反省して
感謝のある奴はゆっくり感謝して
簡単には帰れないとこれからの先の心構えも出来てくる。
車で千歳まで送って貰って小一時間で羽田ではあまりにも情がねえ~えと思うのだが

『津軽のふるさと』を唄っている島津亜矢にそっくりのお姉さんが郵便局にいて赤い軽の4輪駆動車で小包の集荷と配達して歩いてる。
骨格が似てると声も同じらしいので小包50個出荷で唄っこ一回、唄わんべかと思っている。
増毛は最北のリンゴ産地でぴったりだと思ってるのだが
いま集荷に来る度に似てると言ってるので そのうちに反射神経で玄関を開けたら唄い出すと思うのだが
先に思い込みが激しい俺が赤い車を見たら
十三湖辺りを郵便を配って歩いている小椋佳と思い始め歌ってるかもしれん。
 が~

同じ青森でも今度は十三湖辺りを4~5日掛けて回ってみたいと思っているのだが
不思議な事に倶知安以北には内地の八甲田や岩手山などの富士山タイプの山は無いし
青森は場所が少し違うと言葉が違い地元の人と話をするのが楽しいのです。
言葉が観光資源になってる場所が多々あるが下北と津軽は別格だと思うのだが
や~なんか楽しみ5日がダメなら3日でも行きたい

一番星みつけた~

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目の前に島がありゃ泳いででも行って見たくなる。
目の前に峠がありゃ峠の向こうの町を見てみたくなる。
目の前に綺麗なお姉さんが居れば口説いてみたくなる。
目の前に山があれば登ってみたくなる。
目の前に機械があればバラして中を見てみたくなる。
目の前に出来ない難しいと言う仕事があったなら
とうにかくやってみる。
砂漠だろうが出掛けてゆく
男ってそんな生き物で皆に迷惑を掛けて生きてゆく
そしていつか
そっとしゃがんで手を出してやれる。
それが男の生き方

人生賛歌

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バレンタインデーにあと3時間16分という時にホームページにメールが飛び込ん出来た。
それはまさしく飛び込んで来たと言っていい
あっと驚くとともに今までこんな楽しい写真があったろうか考えた。添付された写真には増毛に観光に来て一度言葉を交わした子が写っていた。ボア、ジャンパーとサングラスにマスクという何んとも怪しい姿
多分家にあったものを揃えて撮ったのだろうから一円も掛かっていないだろう。お金を一円も掛けないでも、こんなに楽しいバレンタインデーのプレゼントを貰った事があったろうかと今までの人生を振り返ってみたがない 
常々写真は写真を撮った人が撮りたいものを残したにすぎないと考えてるので、写真は素人が撮る写真が誰がなんと言おうが写真の基本と思っているのです。
肩越しに見える年代物のふすまに慎ましい生活を心豊かに暮らしてる一家の姿が見えるのです。
この写真を保存をする為に表題を付けるとしたら、どんな表題が良いだろうと二日も楽しく考えた。十代なのでスッピンだろう。
さらに冬山に入る事の多い俺はジャンバーにはうるさい、その俺が見てもこれはいいと思うジャンバーで極北仕様かと思われるほどの質実剛健のジャンバーに見える。中がボアで両脇のジッパーが上下逆なら、かなりハードな使用状況を想定したと仕様と想像できる。そこまでは無くとも厳しい冬を乗り越えさせる為に選んで買って与えた親の愛情が見て取れるのです。
そんなんでスッピン美女で極北の『スピッツベルゲンの美女』などはどうだろうかと思ったり、怪しい姿から『家政婦のミタ 町方同心心得』がいいかなどと考えたが長すぎるので保存表題はやはり『スピッツベルゲンの美女』が良いだろうという結論に至った。
これからいつまでドン底人生が続くのかと思った10代がもうすぐ終わるという時によく当たると言われた笠寺観音の占い婆さんに手相を見て貰いに行ったが占い婆さんは手相は変わると言った。 その婆さんは結局は自分の人生は自分で変えれと言ったのだと思う。 
この素直に伸びた手にこれからどんな手相を書いて行くのだろうか
男の主義も主張もすべては子供達に銭などを超えた気持ちの豊かな未来を手渡す為にあると再確認しこのご一家のように、いま目の前にある幸せと足下にある幸せに気付き大事に出来るならどんなに嫌なニュースが減るだろうと思うのです。
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TPP対策

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二日間 山に生活費を稼ぎに行ってきました。 行く度に毎度思うのだがたった半世紀ほど前に幌糠の国道から7~10キロほど入った増毛の稲田線との中間あたりのダムの下に辺りにも何軒かの家があったらしいし
ここ増毛でも信砂御料地から圀堺の恵袋別までに20軒ほどの集落があったらしい それが今では一軒もない
一極集中されて都会に出てしまったのだろうか。なんでこんな事になったかと言うと生活の便利さが大きな理由だと思うのだが北海道に比べて内地はどうしてこんな不便な所に人が住んでいるのかと思うような所に人が住んでいる。
以前にまだ雪がある時に新潟から三国峠のトンネルを抜けた右側の崖下に人家があり煙が昇っていた。
どんな暮らしか経済はどったら事になってるのかと思って下がろうとしたが取付道路がわからず行けなかった。
内地にはそんな車も入れん場所があちこちに沢山あるが北海道はそんな所に住む者はよっぽどの変わり者くらいである。
俺が思うに内地と北海道の大きな違いは歴史の違いで一か所にそれこそ1000年以上を超えて長い事先祖代々住んでる人が沢山いるが北海道はそんな人はアイヌ以外はいない それだけに道内の和人は積み重ねた歴史が無いから
簡単に圀を捨てる事が出来るのだと思う。
俺なんか住民票を数えるの面倒なくらい10回以上も変えてどこがどこだかわかんない
そんな俺が思うのだがもしTPPになれば食糧生産基地でアメリカ型の北海道にも変化が起こり
近い将来はヨーロッパ型に移行するだろう。原っぱはよく遊んだが一度も行った事はないがヨーロッパは極端な二重社会と思う。アメリカには無い車構造なのだが車はどれもかしこもファットなどやミニクーパーなど必要最低限の大きさが主流だが、そうかと思えば極端なフェラーリなどの高級車もある。
こういう小型車や高級車の作り方や会社はアメリカには無い
危機に出くわした場合は小さい事と多様性だけが生き残る秘訣と信じてる俺にはこれからは大きな商売と狭い地域だけに生きる商売と二重の構造が出来ると思っている。
これからは問屋制度の復活と市場と言うかマーケットが復活すると思う。
誰が言い出したのか高付加価値などとバカの一つ覚えのように言い 
農産物に至っては生産量の8割が商品の価値ブランドを保つ為に規格外で廃棄されている。片や食う物が無い人がいるのにのも関わらずにである。 これからは高齢化などでどのみち高い物は買えない人が増えるのだから規格外を市場に流す仕組みが必然と出来て来るだろう。

こんな田舎でもなんでもかんでも包装してパックでないと買えない 魚ですらパック販売には一番美味い部分が捨てられ全体の半分も店頭には出ていないだろう、さらに売れ残りと本当にそんな事でいいのだろうか。
パックには大手の製造業者が遠く地方に送る事を考えた発送方法と中身は大して変わらんのに包装紙に描いたデザインだけで全国に売ろうとするセコイ奴がデザイナーなどと企くらんで考え出した販売方法に過ぎない 売る為のデザインの編み出し方法というものもあるが
製造元は一個二個なら手間にもならんからと その発送方法を考えたのが過剰包装のパック包装で納豆の3個セットなどは下敷きを敷いてラップまでして何がなんでも3個を売る。
これらは市場がもっと沢山出来たら過剰包装やパック販売は解消される。もっともっと地域を小さく市場を小さくしたら生きる道があると思うのだが
歌舞伎など一生見んでもいいしフェラーリなどくれるなら貰ってやるが金出してまで乗らんでもいい
土星の輪っこが無くなろうが宇宙船が火星に行こうがどこを飛ぼうが関係ない
それより軽のキャンピングカーが欲しい
これからは一流どころに努めてるとか金を持ってるとかという価値観でものを見てるようでは活きていけません、ただ生きてるだけですがな~魚と一緒、いま目の前にある日々の幸せ、活きが大事かと ハイ。

ナツコ沖縄密貿易の女王

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石さんからの紹介で読んでみたが字が難しいしフリ仮名がほとんど無いクッソ!
沖縄にケーキ(景気)と言われた終戦直後の僅か5~6年の時代があったそうだ。
ナツコ 終戦直後、沖縄から遠く台湾、香港と船を仕立て南西諸島界隈を自由自在に密貿易に走った。女性ナツコの一代記
戦争に巻き込まれ本土の犠牲になり爆弾の嵐に合いさらに勝てば官軍のアメリカの占領下にありながら凄いの一言
ノンフィックションの特徴で事実が時系列に淡々と進んで行くが
上梓するまで12年の歳月とよくもこれだけ調べたものだと感動すらする。その原動力は

規制が厳しければ厳しいほどリターンは大きくなり、そして競争が起きるが大きな身方はその規制した官庁で裏を掻く者の身方となってゆくのは物の道理である。
密貿易などの裏世界は品物がダブついては意味がないので競争相手を追い落とすには密告という手段で規制官庁に告げる事によって規制官庁の手によって競争相手は消えてゆく事になる。驚くの広い南西諸島を次から次と股に掛けながら渡り、このナツコがそうはされなかった。
それは儲けた金を一人占めしなかった事と行った先の地元を優先した事と商売敵にも銭金を超えた尊敬を得た事が大きな要因ではなかったかと思うのである。裏を走る者や言葉も文化も違う者達とやって行くには哲学が無ければ裏世界では生きて行けない事を
沖縄はヤマト世の犠牲になりさらにアメリカ世と厳しい歴史の中を生きたナツコの身体に身に付いた本物の哲学ではないかと著者奥野修司は思ったのではないか

よく田舎に住みたいと言うが田舎はキャバクラと一緒である。ただ若いネエチャンなのか多少食ってるかの違いだけでほとんど変わらん
田舎のどこがいいのかなぜ田舎に住みたいと思うのか
のんびりした暮らしに生活費の安さか風景かに癒しを求める、これらが大きな理由と思うが
日本国籍を持ってれば執行猶予中以外はどこに住もうが勝手と思われるが、長い事爺婆しか居ない平穏無事の田舎に突然見知らぬ人に来られた住民はそりゃ迷惑でしかない そこに何かしらの癒しや自分にとっての都合を求めて来た者は、ではその田舎に代わりに何を差し出す事が出来ますかと言う事になると思う。いわゆるバーターである。持ってる銭なのか、物なのか、持ってる知識による先住民の便利さなのか
田舎から頂いた癒しには何らかの報酬を払わなければならないキャバクラと一緒である。ナツコ達は莫大な稼ぎをしたはずだが、南西諸島のどこにバラ撒いたのかその痕跡は御殿を残すでもなく跡形も無く消えて、最後は銭にも困窮したらしい その潔さが凄いのである。
ナツコは子供達、幸子や愛子に「会社や会社の金は一切あてにするな 」と常々言い聞かす。これは時を同じくして駆け抜けた本田宗一郎や藤沢武夫も常々子供達に言った。

南西諸島と言えばカエルのツラにションベンのコマッタチャン達の隣国との揉め事は北海道にとって重大な岐路に立たされる事になる。武力で勝てない日本の世論はアメリカとの協調をしていかざるを得ないと大勢は傾くだろうし日本はアメリカに借りを作る事になる。それは例外無き関税撤廃反対などは、どこかに吹っ飛ぶ話に繋がって行く事になり、
アメリカ合衆国国務長官に言わせれば
『そんな強気でいいのかな安倍くん~ジョンがケリ~入れるょ~』となる、
アメリカのいち早い声明にはそんな思いが確信としてあると思うのだが
これから北海道は大きな転換点を数年のうちに迎える事になるが、、、、、手はない訳ではないと思うし断言できる 
また次回に、、、、、

ガビ~ン

最近 落ちる、落ちる、また落ちると最初は雪山からトラックに飛び乗ろうとして自分の足の長さを計算しきれずに雪山とトラックの間の僅かな隙間を引っ掛かりながら、ひと広くらい頭から落下 首筋がグギといって着地
次は行けると思った所が行けず叩き落ちる俺のスペアリブがグキと言って着地
また今日はモービルで叩き落ち右足がグギる。
左目が悪く物を3Dで見れない状態なのか落ち目の一途
気持ちも頭の中身もタカミ達と野山を駆け回った二十代の頃と何も変わっていないが体だけが遥か先を進んでいる。
藤田先生についでに健康診断をして貰ったが背が40代の頃より 頭から落ちたせいか3センチほど縮んで169センチになってしまいさらにメタボと言われてしまった。
たった3センチだが170の大台から外れた事は非常にショックでどれくらいショックかと言うと
49歳と364日が50歳になったくらいショックでガビン~である。
若くはない事を悟りました数日でした。
三階に元書院があるがそこに誰でも入れるメモリアルルームでも作って眼下に広がる海を見ながら
皆で大人しく今日渡さんに貰った酒でも飲もうか 本でも読みながら眠ろうか 最近は昔の事ばかり思い出す事が多いが
ほとんどが恥ずかしい事ばかりだがそんな記憶に限って、まったくこれがじっくり焼き付けた日光写真のようにいつまでも脳裏に焼き付いているが墓場まで持って行くので関係者はご安心を

かなり以前に階段の踊り場に立った時に
後ろに人の気配を感じてとっさに振り向くより先にそいつの首を捩じって捻挫させた事があった。
あの頃は右も左もロクデナシばかりで恐怖があったが後ろにいたのは逃げられた嫁さんでまったく済まない事をしてしまった。あの頃は超大馬鹿物で
やられる前にやれを信条にしてたので、まったくあちこちに申し訳ない事ばかりで危ない事ばかり
格闘技も生半可にやると見切りが出来ないで先に手が出る。生兵法怪我の元である。
もしも俺が護衛艦に乗っていたら恐怖で相手艦船にAPDSをブチ込んで今頃は第三次世界戦争になっていたかもしれない
まったくいきなり持ち慣れない銭を持つとロクな事をしない見本
銭を持つと慣れないオモチャを持って気が大きくなってるのか照準をロックするなど危ない奴らだ、こちらが優秀な自衛官だから良かったものを
自衛官に座布団3枚

船名APDSを半沈させたのは俺です 晴さんに懺悔スミマセンまたいつか一杯