共生か寄生


バラバラになった家族をもう一度まとめる為に商売をし始めたが俺が商売をする上でバイブルとして昭和45年からこの本を持っている。
自分で探し選んで買ったとは思えんのだが古書店南陽堂のオヤジに進められたのか忘れた。
オヤジは通りに面した処に座ってこれで商売になるのかと思うほど通る人といつも世間話をしていた。
この本「 道をひらく 」はこれから商売をしようと言う人に中古本を探して贈ったり読んでみれと薦めている。

売る側、買う側と言う時に圧倒的に売る側が強い立場にいる。
そうでない場合は早晩ジエンドになる可能性が強く
それは買う側に比べると資産は少ないかも知れんが売る側は売る物に圧倒的に知識や情報を持っている量が違う。
その知識を駆使する事で修理業は成り立ちメシも食えるし情報は今売るべきか待つべきか設備投資をするべきかを教えて呉れる。
決して買う側と共生ではないのだ。買う側を育て共に育って行くように見えるが
売った物で何らかの利便や利益をえらせてそこに寄生をしてるのだ。
その為にも売る側には強い倫理が求めらる。
この本「 道をひらく 」には実際に例を出しそう書いてあるが現在はその倫理すら儲かりさえすればいい倫理ナンノコッチャと言い売る側が忘れている企業が多い
コロナはそれをもう一度思い起こせと言ってるのだ。

近くの人達の湯治の為にあったはずの観光地は観光だけの為に巨大かし本来の癒しになっていないのではないか
忙しい時や家族のハレの日の特別な食の為の食堂もその重量を支える事が出来ない
北海道など店に入ったら自分一人しかいないと言う店はなんぼでもあり、それでも営業を続けている。
適度を越えてしまった店はいつも資金繰りに陥りやがてトホホになってしまう事は身をもって知っている。

人々の足になればいいと作り始めたポンポンバイクも巨大企業化し世界に羽ばたいてるが札幌を出て石狩から稚内までおよそ300キロ間に修理が出来る処は知る限りでは5軒しかない それも羽幌を超えると150キロ間一軒もない 小さな修理と兼業出来るはずのスタンドもろくにない
なぜそうなったかはメーカーの方針による処も大きい 人より鹿と牛が多い地方に過酷な販売条件を掲示し それをクリア出来ない店には一番困る部品供給をしないなどして締め付ける。
完成車のバイクなどは売れんでも元々爺のションベン程度しか利益がないので大した困らんが一度売ってしまった物をお客さんが維持する為の部品供給が止まる事は
壊れる物を作ったのはメーカーだが一番末端でお客さんに接する売った側の倫理の問題になって責められる。
日本で生産される製品のほとんどを海外で販売する様になったメーカーは誰にここまで育てて貰ったのよ 日本のユーザーではないのかと思う。
なにがメイドインジャパンと思うこの頃なのである。

このままでは海外製の社外部品が出てそれを買って一台出来てしまう日もそう遠くはなく
それは大企業の社長の茶坊主や腰巾着の官僚化で起きてる事で
何が大切かを考えなおす切っ掛けになりそうだと思うのだが

町長アンタは間違っている。


ラーメン屋今期終了 常夜灯だけ

俺だったら文献調査だけで20億を懐に入れて逃げ切るなど見せ〆の為にも許さん
道路作る学校を手直しするなど国に頼み事が起きても
「 ハァ~何言ってる こっちの頼みも聞かん町になんでせんならん 顔洗って出成して来い 」
となる事は誰でも想像出来る。
一度でも文献調査に応募すると言う事はそう言う事なのだ。

対岸は泊村原発

積丹半島の泊村原発労働者は何処に住んで居るかと言ったら殆どが岩内町に住んでいて
朝の通勤時間帯になると岩内町から泊村に行く道路は結構混雑して殆どが原発に吸い込まれて行く
現在の泊を見ると店もろくにない その構造は幌延も同じなのだ。
そもそもがゴミも処理出来ん物を作る方がおかしい 現在のゴミを処理したら原発はすべて廃止すると言うなら少しはまともだと思うが狂っている。
現在の幌延を見る時に隣にある豊富町は520km2 幌延は574km2とたしたかわらん面積と黄昏た日本海側にあるが現在の人口は豊富町は3800人 幌延は2200人
だが町の中心地に入ると豊富町とは商業形態は明らかに違うと感じる。
幌延町の商業形態は小さな店がなくかわりに えっと思う誰を対象にしてるのと言うスーパーが一軒と飲み屋数軒とビジネスホテル数軒がある。
これは原発関連に依存した者は儲かりそうでない者は自然と淘汰された結果なのだと思うが
それは高齢化で人口は減っていった時に町の身の丈を越えたものは大きさゆえの経費倒れの為に撤退し結果は日用品すら買えなくなってゆく
それを防ぐ為には町に見合った商業施設の集約が必要で駅前の空き店舗に同じ形態の店が同居し商品も同じ物は置かないなど回転率を上げる事と留守番やチョット手が欲しいなど助け合う事が出来る。
それは高齢になってもなんとかやっていける可能性と店番によって店主の生き甲斐対策にもなる。


こんな騒ぎになる前の春に食った寿都カキ番屋吉野商店のシラス丼美味かった。

田舎にゆくとこれほど広い売り場は要らんだろうと言う店をよく見掛けるが
その広さゆえに商品の無駄や光熱費の無駄が生じるので空いてるスペースに違う店を入れるなどする必要が生じるのだが
それが出来ないのは店主の考えの固まりが阻害している様な気がしてならない
それは狭い町だからこそ起きる、お互いを商売敵と認識しチキンレースが共倒れするかクタバルまで続く

田舎の選挙で政策より相手を如何に倒すか相手より票を沢山取るかで
閉塞されどうにもならん田舎の普段の憂さ晴らしを選挙と言う水面下の祭りで鼻の穴を広げている様に見えるのだ。

話は本題に北海道は大事な食料生産基地であり そこに活路はありこれほど情報と流通が進んだ今 今後は生産物の少量自前加工も進んでゆき北海道ブランドはもっと進むだろう。
その時に自分で処理も出来ん放射能は害になっても利にはなる事は絶対ないし
寿都も神恵内も海続きの黄昏た日本海側のチマチマとその日生きる漁師を裏切る事になってゆき自分達以外の集落を消滅に進ませる。

商売も政治も下を見続ける事で成り立ち お客さんに国民に寄生する事で成り立つが寄生は宿主より大きくなる事は許されない
宿主を食い潰したその時は寄生はジエンドを迎える。
村長も町長もアンタは間違っている。

船主列伝

朝起きたら幅3.6メーター高さ4メーター以上の船がド~デンとあった
電線がある為にクレーンは使えずトレーラーも使わず
この先500メーターの港から難所をくぐり抜けて一晩でどうやって運ばれたのかは それはランクルとレバーブロックを使い船主によって思いも掛けない方法で運ばれたが真似されたら困るので内緒だが
皆が無茶だと言う この船を別荘替わり使う計画はここの土地を買って貰ってから着々と一年練って自分で船台の制作から実行され成功した。

これほど大きい船はエンジンだけでも1千万を軽く超えて
毎年軽自動車新車か100馬力程度の船外機を買える位の維持費をケチると対岸のロシアに流れ着く事になる。
乗り物は空飛ぶ物以外は自転車を始め殆ど売って来たが
船まで持つ人は何かに付けてスケールが違う 一番にきれい好きが多く何らかの事情で放置された以外は汚い船を見る事は少ない
さらに手先が器用で真面目にコツコツやる人が多い
ボートを一度でも買って貰ったらその付合いはボートが無くなろうが金銭のやり取りが無くなろうが付き合う事が多く
物は始まりの切っ掛けでしかない
そして付き合ううちに知るのはガキの頃は何かに付けて問題児が多い事だ。
高校にはホンダのS600で通っただのCB750K0に乗って通ったなどもいる。給料が3万程度の時代にだが
中には派手こそ命 義理と人情を看板にしてる業界のご子息もいたが、
その他多くはアルバイトして単車や車を買った者が多く 働けば子供でも暮らして行けた時代に育った人たちが現在のボートユーザーに多い
現在はどうしてるかわからんが高校の夏休み中 毎日一台解体する度に幾らと貰う廃車の車を機械で解体してカワサキバイソンの中古を買った子はその後三沢のジェットパイロットになった。
何が今と違うのかわからんが確実に言える事は暑いだの、寒いだの、あれが無い、これが無いと人間の劣化が始まっている。

酔うとアイマイミー、アイマイミーとガキの頃は一人で生きて行くしかなかった言う目の奥に悲しみの灯が見える船主はただの酔っ払いではなかったのである。

ウニ駆逐する。

池袋暴走事故の公判が始まった。
機械の暴走が絶対無いとは言えない、それは暴走した車を組み直しても徹底的に解明されるべきで もし機械の暴走であればそれはメーカーの今後に掛かる そこまでやって旧通産省工業技術院元院長の過失となれば そこまで掛かった費用も含めて賠償をする事が必要と思う。
それが工業技術に関わった者の覚悟でないのか
多少なりとも機械に関わった者ならありとあらゆる可能性が瞬時に頭の中を駆け巡るものなのだ。

この人は何を守ろうとしてるのか旧通産省工業技術院元院長という名誉なのか
もしそうなら絶対に無いとは言えない機械の暴走を防ぐ為にも今後の事故防止の為にも真摯になって協力をして行くべきではないのか、
それか収監される事を恐れてるのか、
それとも旧通産省工業技術院院長までやって貯めた持っているだろう財産か、
頭は相当良いだろうし弁護士も付いているだろうから
今後は被害者の為にも重大事故が起きたなら、
事故後第一当事者の財産を即刻仮差押えをするべきだと思うのだが


某日 積丹ブルー

株価がドッタラコッタラと連日報道されるが自分の手を一切使う事も無く金が金を生む金融経済で一番助かるのは富裕層と年金を株で運用し支払いをしている年金機構などが上位でないのか
もしそうなら富裕層には累進課税を徹底すべきだし現アメリカ大統領の様にたった数万円しか払わないなど許される事ではない
年金を株で生み出してるなら、それは老害でしかないのだ。
パイは決まっているそのパイを一生掛かっても使い切れない食い切れないほど年金世帯が取る事は
その余剰マネーがさらに金融経済に投資されて実体経済にいる若者の未来を年寄りが奪っている事になる。
どっちにせ来月も年金は入るのだせめて年金世帯は孫や子に渡す前に自分で自分の手で手渡し出来る地域ですべて使い切る事が社会貢献になると思うのだが
年寄りがわざわざ南極にオーロラを見に行かんでも冬に天北原野に行けばクタバリそうになるほどの寒さも経験出来るしオーロラは見えんかも知れんが
原野を行く者の道しるべと言う ななつ星がハッキリ見え凍えた身体は初山別温泉 岬の湯が待って居る。
これからは持ってる紙幣や小銭を自分の手で相手に渡せる範囲で使うのが年寄りが若者を育てて行く事に繋がる様な気がしてならない

旧通産省工業技術院元院長がもし収監もされない無罪なっても持ってる全財産を被害者弁償とこれからの工業技術の為に吐き出し年金だけで暮らしたならわずかでも名誉だけは残ると思うのだが


某日積丹半島で俺年寄りがウニを未来ある若者の健康の為にプリン体を駆逐する。
3500円 ( ̄ー ̄)

1ミリ野郎 小さい秋みつけた~

 

今年のラーメン屋の営業がやっと終了した。
金曜日は6時に起きて鶏ガラとトンコツを別々の寸胴で火にかけ鶏ガラは2時間で終了しトンコツは12時間で骨のゼラチンが溶けるまで炊くが素材か気温か日によってかなり違う。

サラシを玉ねぎの網で包み夕方別々に絞に入る。
が~素材から作るので中々難しい いっそのこと業務用の素材を使った方が効率もよく無駄も無いのだが それでは面白くないのだ。
うどん屋と蕎麦屋はいかにも真面目一筋でこの道をやっていますと言う風の人が多いがラーメン屋は昔チョットと思う人が多い
それだけラーメン屋は昔はどうであれ努力次第でなんとかなると言う商売でもある。

今年は忙し過ぎてこれから遅れている冬の作業に入るのだが
除雪機を積む為にも少し中を改良をしようと

FFヒーターを上に移動した。これでまずは除雪機を遠い順番から回収に行ったが・・・・・・

ここからおよそ25キロある山奥に2002年に売ったハイブリット除雪機を回収に行ったがバッテリーを一度も交換をした事がなくさらに半年放置なのでバッテリーが上がっていてエンジンは始動しない
それでも山奥の車庫にはかなりの工具がある事を知っていたので充電器を
いつもの猫なで声で貸して下さい~と言ったが
数十年の間に除雪機を数台買って貰い世話になった先代はすでいなく最近内地から来た息子が
「 おまえはそんなバッテリーも上がる様な物をオヤジに売ったのか 」と他にも1ミリもつけ入る隙もなく散々怒鳴られた。
こいつは嫁子もいない山奥で一人暮らしだし埋めたろうか それとも揉み手しながら言い包め高額の請求をしたろうかと思ったが面倒臭いしこんな奴は付合いたくないのでや~めたと
先代には大変お世話になったがお前には1ミリの義理も無い
この山奥で除雪機なしで好きにさらせと帰って来た。

商売は対価に見合った物やサービスを渡す事でお客とは対等な立場にあり
お客が店を選ぶ事が出来る様に店側もお客を選ぶ事が出来る。
餃子作りで忙しい餃子屋で口から先に生まれた様な面倒臭い議論など言う小さい1ミリ野郎ホリエモンなどもいい迷惑なだけで気分悪い塩撒けとなる。

出鼻を挫かれたので仕事は止めてパンケの湯に風呂入りに行く
火曜日は350円

上砂川にラーメン屋発見 中通りにありちょっとわかりずらい場所にある。
人様の作った物はなに喰っても美味い 今回は醬油ラーメンを食ったが今度は塩ラーメンを食いに行こうと思う。

自分の主張を1ミリも譲らんバカな奴同士が武器を持ち中東を始め世界中で紛争を起こし弱い者が犠牲になってゆく
小さい1ミリ野郎なバカには近寄るな構うな~

ニッパチ パトレーの法則

貯蓄の二文字はまったくないが儲けるのは大好きでそこそこに何度かは狭い業界ではあるが上位を占めた経験からパトレーの法則は本当だと思う。
自営し始めた時にまず一番近い商圏の地図を毎日見続ける そこにその中から自分のユーザーのサイレントユーザーを拾う事が大事なのだが全てを拾う事が出来たなら業界の地域制覇も夢ではなくなるが・・・・・・・

その業界の売上は全体の2割の人が全体売上金額の80パーセントを占めていて残り20パーセントの売上金額を全体の8割の人達が分け合っている。
問屋もどうしても売上金額の多い店に行った方が手間もないし買う側は流動資金も大きいので仕入れを叩く事も出来る為に力を持った者は自然と勝ち続ける事が出来る。
だが人は必ず歳を食うのと同じで企業も歳を食う。自分や会社がやって来た事は注意深く観察され模写をされ隙を突かれ代替わりが起きる。
その代替わり間隔はどれほどあるのかは業種によって違うだろうが感覚的に感じるのは大型倒産には一定のサイクルがあり大企業と言えどもそこからは逃れられないような気がしてならない
山一しかりリーマンしかりで製造業ではタナカやパナソニックプラズマディスプレイなどがある。
では業界の絶対的地位の寡占化まで成功しながらなぜ倒産してしまうかは
すべては内部の人間性の問題に尽きるのだ。
一番端的に表れるのはこの2-8-2パトレーの法則で傘下の下請けや販売店や顧客をパトレーの法則に従って集約をし始める事にあるだろう。
全体の20パーセントしか売上を上げる事が出来ない8割の人達の中に次の世代が居る事を忘れていたり
サイレントユーザーを無視する態度などそこに全体を崩壊させる芽があるような気がしてならない
逆に8割に目を掛けやせ我慢して歯を喰いしばりしているうちは大丈夫と言えるかも知れんのだ。

北海道は今着々と見えない処で新幹線が進行しているがそのあおりを食って地方の在来線がどんどん廃線になっていく それは今までの大型倒産の歩んで来た道に似ていてJR北海道の倒産の可能性も無いとは言えない
2-8の8にも人が居て家族がいて血が通い生きている事を忘れ地方や弱者を見捨て調子こいた政権や企業には未来は無い。

衰退の一定のサイクルはマイナスから始まる終戦で始まり安定期に入った時点で力がすべてと言う慢心が生み出されてまた戦争で終わり
始まりを忘れた中で繰り返してる様に思えてならない。

ボヤキのりょうチャン

先週は兎に角忙しかった それも残り少ない生涯だが忘れる事は無いだろうと言う事ばっかしだった。
月曜日は誰がどう見ても無理だろうと言う15年ほど置いておいたフライブリッジ付きの結構大きな船の引渡し作業の為に青森からMさんとT市からFさん夫婦と俺は増毛からと北空知の山奥に集結した。
俺も青森のMさんも150キロ離れた場所に移動は絶対無理だと言うのにFさんは重機を一切使わず黙々と作業をし続けメシ食う処も無いので一日メシも食わずに現場で船の引渡しが終わり解散したのは夕方だった。
この夫婦が古代エジプトに生まれたならピラミッドでも簡単に作るだろうと思った。
そこから150キロ離れた場所にどう移動するかは大問題だが。現地引渡しなので後はどうするかは引き取り手の問題なので皆解散したが
そこから驚きの状態が始まったが画像を載せたいのだが色々支障があるので却下して

「 あんたこれで何かあったらテレビニュースに出るんだょ 」
「 諦めると言う事を知らない人だから 」
と言い続けるが奥さんの手はちゃんと動き続け手伝う俺達に労を労う言葉が絶えづ出て来る。
夫婦の凄さを見せつけられた。
俺も青森のMさんもかなり無茶だと思うが二人合わせた以上の無茶だと思ったがなんと三日掛かりで行程150キロをFさん夫婦だけの自力で移動させる事に成功したと連絡が入る。
自宅の真ん前が大きな幼稚園だと言う その幼稚園の子達は幸せだなと思った。


水曜日はこれから私達結婚しますとわざわざ遠方から挨拶に来てくれたので呑まない二人相手に酒盛りをする。
すっかり酔っぱらった俺に片付けをしてお握りを二つ置いて行ってくれた。
先に凄い夫婦を見たのでここぞとばかりに二人に言ってしまった。
ま~いっか嬉しい事なのでと


次の日はまだ暗いうちに出て此処に船の仕事に来た。
右は砂運搬船 左はケーソンを作る作業船 ケーソンが完成すると船に水を入れ沈めてケーソンを取り出す 沈めた時に使う通船の作業に来たが仕事で片道130キロ以上を日帰りで走るのは結構辛い
途中道の駅が留萌、鬼鹿、苫前、羽幌、初山別、遠別、天塩と7か所もあるが寄る処は決まっている。
以前の遠別道の駅は屋台より少し大きい位の店で焼き鳥と蕎麦を世間話をしながら食うが
油汚れの作業服なのと今年道の駅が立派になり過ぎたのでシッコだけ
品物は何も変わらんし一回見れば充分だと何も買わないので中には入らん。

半端もんの積丹ブルー

美国で夜通し釣れないオヤジを見ていたらクッソ~忘れていた昔を思い出した。
よど号事件が起きた頃 借金が出来て返す為にそれまで散々世話になった西郊通7丁目6番地の大将の処をナップサック一つ持って後足で砂を掛ける様にして夜逃げし包里で働いた。
そこは田んぼの中に作られたバラック建ての小さな作業所の集まりで
毎日毎日同じ物を作り続けて一個作ると確か20円ほどが貰えた。
主にKE43や45のステアリングギヤボックスを取付ける部分を作った。 8個ほどの部品を溶接で組み立てる作業で作業効率を上げる為に元受けから指導員が来てどちらの足から動かすか身体はどの角度にするかと事細かく決められていた。
ある程度の数が出来ると大江工場に納品に行くのだが孫請けのさらに下で5次下請けか何かわからんほど末端でも納品はそのメーカーの車を乗って行かなければ電車通りから工場の中に入る事は許されなく後は台車に積んで遥か先まで押すか誰かにそのメーカーの車を借りるしかなかった。
それは何処の車メーカーも同じだった。
数物をやると数か月で最初の三倍は製品が作れる様になるが
そうなると一個当たりの単価の値下げを要求されるがそれは度々ありそれでも溶棒代を抜いてもかなりの稼ぎになった。
朝起きると手はパンパンにむくみメシを食う箸も握れないほどだった。
爪も真っ黒に汚れオガ屑に石鹸を混ぜてなんぼ洗っても落ちる事は無く 色気ついていた俺は爪をギリギリまで切り詰めるのだが爪を残して置かなければ部品を爪で起こす時に不便なので一本だけは残していたがやがて諦めて爪を切るのを止めた。
隣の畳み4~5枚の作業所のオヤジは朝から晩まで旋盤前に立ち続けブレーキのアジャスターネジを切っていた。
当時からトヨタで言うジャスト・イン・タイム カンバン方式に近いものはありそれはどれほど末端の枝葉が苦しむかで成立している。
数人しかいない作業所でも納品時間には交通渋滞は起きない 作業員は怪我しない 病気にもならない事を下請けに要求されそれは絶対で、その為に枝葉は作り置きを貯める必要がありそれは自腹だったし
手持ち在庫は変更などしょっちゅうありやがて廃棄になってしまう。
大企業の何かの華々しい改善は日本の中小零細企業99.7%の枝葉が泣く事で成立する事が多い
せめて政治は99.7%の見方であって欲しいと思うのだが

朝の納品に間に合わす為に夜通しで作り続け深夜放送でよくこの曲が流れていた。
やがて耐え切れなくなり18ケ月でそこも逃げ出す事になったが 今度は極め道を歩く人達が大勢居る危険な飯場暮らしに

みな世の中は甘くないと言うが 生まれがどうであろうがどうしてたった一度しか生きないのに甘い事があってもいいだろうと機械油が染みついた手を見る。

留萌からまた小樽に

留萌を出てここに来た。俺は何処かに行くと同じ処を何度もゆく
南小樽市場は新南小樽市場と二か所あり
ここはわかりにくい場所にあるがなぜか観光客が多い

小樽は物価が安いと言えないがなぜかあちこちに地元客用のマーケットがあり様々な物が売っているし
大手スーパーにはないひとを人間を感じるのだ。
ここのから揚げ屋さんの鳥半身から揚げは他ではない味で俺は大好きなのだ。
鳥半身から揚げと言えば、なると、が有名だが一度も食った事がなくここのばかり食っている。

落ち着きがないのでよくあちこち行くがいわゆる観光地はあまり行かないで普通の生活をしてる処を見るのが好きなのだ。
裏を返せば普段の生活が普通でないのかも知れん自分ではあまり意識はしていないのだが他所様から見ると普通でないらしい

観光地はどうしても作ってる感があり、そこに何かシックリこないものを感じてしまうのだ
朝になったら新聞屋がおきて夕方になったら皆が家路に着く普通の生活や雑踏や流れに憧れがあるのだと思うが

これからは適度な田舎の普通の生活が観光の要素になると思っている。
それは一分一秒も気が抜けない太平洋ベルト地帯で働き日本中の経済を支えて自分をすり潰し働き税金を納め経済を回す。
現在ではお金も大事でそうせざる得ない仕組みの中でほっと息が付ける場所が普通の場所で
銭を払う客と銭を貰う側と言うなにかもっと違う行き来があって良いのではないかと思うのだが

美国川の砂が港に入るのを防ぐ為に作った堤防の駐車場で車中泊の車の中から外を見る。

何処かのオヤジが夜通し釣りをしていたが釣れてる風はない
美国の3海里ほど沖ではマグロがぴょんぴょん跳ねていたが
沿岸の海を数十年潜り続けた俺は魚が居る場所はおよその検討が付くがここは釣れない
朝になってオヤジが乗って来た車を見た時になぜこの釣れない場所で夜通し釣ってるのか知った様な気がした。
あちこち傷だらけの軽の黒ナンバーだった。
大手宅急便の口車に乗って軽を買って傭車で入っても儲かる処か食って行くのもやっとで仕事があるのは盆と正月がせいぜいで
都合が悪くなったら切る為に傭車があるのだ。
親なら子の面倒をみんかいと・・・・・

留萌道の駅考


留萌に道の駅が出来た
その近くの飲食店街にチョット変わった作り方をするラーメン屋があるとハッピーフーズのオヤジに教えて貰った。開店は20時からと遅く道の駅に車を止めて数分歩いて行って来た。


歩いて一分ほどの処にあるローソンを左に曲がると留萌駅だが近々に廃線になるらしい
赤字の真っ赤っかの新幹線は作っても田舎の路線は潰す。
縦割り弊害だと思う駅にコンビニから郵便局まで一緒に入れ家賃収入や利便性を考慮する事が出来ない自治体と鉄道会社の知恵の無さだと思うが それはほっておき駅前には鮮魚店が二軒ある。

ここを素通りしてあるラーメン屋に入る。

以前からこう作ったら美味いだろうと考えていたのであっさりとも言えん大いに参考になった。
こういう時は俺はラーメン作ってると言って正々堂々食った方がいいのかと時々思うので極珠に将来はラーメン屋で食って行きたいと言う時があるが
砂川のラーメン屋では最初に言って呉れたら大盛サービスするのにと言われた事があった。

留萌の道の駅はすぐ前が港で岩内や寿都、網走の道の駅に似ている。
留萌の道の駅は地元民は皆が狭いと言うが決してそんな事はなく岩内や寿都から比べると遥かに広い さらに周辺に明朗会計で抜群に美味い居酒屋 将軍や飲食店やコンビニもあり港では釣りも出来るなど
車中泊をかなりこなして来たが やり様によっては留萌道の駅は道内きっての道の駅になる可能性は大きい
俺が勝手に考える道の駅は箱を出来るだけ小さくしないと閑散期の設備費償却の為に中で売ってる物は高い
それはこの町の特産品ですょ
となった時に その町に来る人達にこの町の特産品は高いと宣伝してるのとかわらん
道の駅は町内の紹介の場であるべきで その失敗から数年で行き詰り
展示してる商品もいつのモンよと言う処も多い
結局は人件費も出なくなり 町内何処でも雇って貰えないブ~タレたネエチャンを使う羽目になり
そんなロシアンルーレット,ネエチャンに出遭ったら折角の旅も台無しになる事もある。
道の駅で売れる物は精々ソフトクリームぐらいが関の山になってしまうのだょ。
箱が良ければ良いほど中の接客も期待をされるが それは田舎の接客ではなくなる。
箱に掛ける予算は出来る限り小さくして中の人を吉本にでも数か月研修に行かした方がよっぽどマシだと思うのだが
箱物で競っていてはデカい町には勝つ事は出来ない

観光は景色や味などもあるがメインはやはり人で その人の対応でまた来ようと思うしこれほど何処に行って美味い物が食えるご時世なので隠し一味はやはり人なのだ。
車中泊のいい処は地酒が呑める事だと俺は考えているが
酒が入る店の肝心な処は明朗会計に尽きるのではないだろうか
そう考えた時にどうしても居酒屋になってしまう。
その明朗会計の保証を観光案内所などがやり適合マークなどを貼ると全然違うと思う。
道の駅がこれほど普及する前や道の駅が無い場合は駅前駐車場で寝て駅前食堂でメシ食って居酒屋を紹介して貰い飲み歩いたのだが
特に三陸や東北の居酒屋はなんとも言えない人情と風情があり 自分を全く知らない処で飲むのは楽しくいい勉強になった。

なんかこのまま帰るのもなんだし明日からこれと言った急ぎの仕事は無くこのまま放浪の旅に