カラスの勝手


たった一晩で風向き次第では蔵王の樹氷か八甲田山かと言うほどになる。
北から風が回り北西の風が吹くとこうなる。
波と雪が混じり壁から落ちる事が無くFFストーブの吸気筒に雪が詰まり不完全燃焼が起きてアウトになる センサーが故障したら出口にストーブを設置してる為に結構怖い事が起きてゆくだろう。
 こんな状況になるのはまさか俺の家だけではないと思うのだが
FFストーブのメーカーはなぜ対策品が出来ないのか不思議で仕方ないのだ。

逃げる時は窓をぶち抜いて逃げようと思ってるが外はまた用水路で危ないのだ。
気付いた時ははすでに煙を吸って気管炎症で水膨れになり呼吸は出来ないは川にハマるはでは悲惨過ぎるのだが


排気筒と吸気筒がセットになってる為に吸排気筒を囲う事は難しい事は試し済なのだ。
熟睡してる時にセンサーが故障したらアウトになるだろうがFFストーブメーカーもその対策に本腰になって呉れたら本望なのだ。
その時は煙はもう沢山なので線香は無しでお願いしたいと 
ついでにキャバクラなるものに一度もいった事がないのでネエチャン達を呼んで盛大に酒盛りなども
ナンマンダブ~ アラ~は偉大なり~ 右の頬を叩かれたら~


一か所だけツララが出来るのは すがもり対策ヒーターが効いてる証拠で時たまツララを叩くだけで一冬雪下ろしはしないで済む 設置方法が甘かったのか少しづつ南に移動してる。
雪降ろしで毎年何人かが犠牲になるが 年寄が屋根に登るのは雪下ろし業者を頼む費用の問題が大きいと思うのだが
すがもり業者には悪いが この方法はすでに3年目に入ってる結果は全面ヒーターよりこっちの方が効果はあると思うし費用も数千円と安いので国民年金暮らしでもなんとかなる。


金曜日に旭川の医療センターで朝8時から昼まで掛かった検査が終わり帰ろうかと駐車場にゆくとカラスがいた その日は都会にゆくのでいい振りこいて薄着で行ったので足がカクカクとしか動かないほどの物凄い寒さでカラスも飛ぶのも億劫なのか逃げない 
なにせ縁起を担ぐたちなのでシッシと追っ払ったら向かいの車の屋根に止まった。
ここの病院には世話になった人が今も闘ってる最中なのになんか申し訳ない事をしたかも知れん

カラスは嫌いではなく何度か飼った事がある 
黒でなく白い鳥だったら
コンドルが病院の屋根か煙突に常時止まっていたらそこは繁盛するのか~
同じ鳥やカラスでも見た目と時と場所なのだが俺も人間も勝手だなと思う。

高額医療で持ち合わせが無くカードで払ったがこれなら医者には掛かれん人も少なからず居るだろうと感じシェーンを思い出した。
この寒空にどこでどうしてるやら

FFストーブムッタシ

車を入れ替えた二日後から何か恨みでもあるのかと言うほど いっかた海が荒れている。
昨夜も一晩中テトラがぶつかる音がしていた 火曜日は峠を越えて自分の為に病院に行って来た明日もまた病院にゆく為に峠を超えないといけない 

稲田線は頂上で行政区が変わる為に除雪の仕方が違う これは増毛側で増毛の人が銭を使いに滝川や旭川にゆく為にこの道路を通る事が多い為に綺麗に除雪してるが
恵袋別頂上から空知になり逆に増毛には来る人は少ない為にカーブを曲がった途端に除雪をしてない場合が結構ある調子こいて身動き取れなった時もあった。
特に夜は危ない
その日も空知側はチョットマズイかなと思ったが帰って来る事は出来たが夜になって通行止めになった。
いっその事に道が無ければ一次産業の町なので町は裕福になるのではと思ったりする時がある。

そう思うと もし榎本武揚によって蝦夷地が独立国になったとしたら内地と互角になった可能性もあったかも知れない 
世界地図を見ると北緯43度以北の方が地続きでも気持ちの裕福な首都は多い 感覚では内地と北海道の大きな違いは北海道は官に依存してると感じる事が多く立場も官が偉~そう~に感じるのだ。
これは田舎にゆくほど強く黒田清隆から来る官軍依存の遺伝子なのかも知れないと思うのだが

官軍側の城

どうしても気持ちは箱物に依存しそうになってゆくが官や公に頼らずに持続的な銭の回転方法は何か無いのか
そう思って北海道をアチコチ回り続けたがまだ答えは出ていない 
最近注目してるのは江別なのだ。そう思って考えると江別は意識して行った事が無い事に気付いた。
雪がとけたら江別にゆっくり行ってみようと思うここからは札幌より遠いのだ。
投資は遥か先を見て気持ちは足元の半歩先を見る事に尽きると思うようになった。


朝タイマーで点くFFストーブがこんな事になってる 家が燃えるのが先か直るのが先かと放置していたが警報で消えてしまった再度点火を繰り返すが直らんので ムッタシ来たが仕方ないシッカリ着込んで暴風の中 ヤカンでお湯を沸かし外に出る事に

ムッタシの原因はコイツ

夜ストーブを止めてる時に外に雪が詰まるとこうなる でヤカンでお湯を掛けて終了
だが貧乏人の棲む平屋の一階だからいいが2階建てに住んでるなら暴風の時に起きる現象なのでかなりの危険が伴う。
爺様が~アレ~とかナントカ言って落下などあるだろう。

こんな現象はなんぼでも事例はあるだろうに対策はそんな面倒な事は無いと思う。
現象が出た時だけ吸気口にヒーターを付けるなり吸気口を下げて室内からお湯を流せれるようにするなど簡単な事だと思う。
出来ないのは生産者が使用する人や末端販売店の意見をクソの役にもたたんプライドを持ち聞く耳を持たない事にある。
それは新幹線亀裂でも根はほぼ同じで一度でも人命に関わる失敗こいた奴はプライドがあり過ぎてさらなら隠蔽体質があり自浄努力は出来ない 全員左遷して狩勝峠の線路雪掻き人足がいいかと 

3年前のフェリー火災以降は海を超える北海道の物流が大きく変る切っ掛けになった。
早い話が箱に入っていない積重ねが出来ない異形の変な物は運ばなくなったのだ。
かくして俺の収入がもろに減る一因になってゆき同時に物忘れと目の問題が同時進行してる。
やりたい放題やったがこれからは乾いたタオルを絞る作業が始まる。

整理整頓


整理整頓が商売の基本中の基本と教えられてきたのだが それが全く出来ないのだ原因は頭の悪さと欲深な事に尽きる。
何もかも手にしようと捨てる事が出来ない さらにあれもしたいこれもしてみたい 損するのは嫌だといつまでも抱える。
昨年から何を思ったのか整理整頓に目覚めたのだ。
まずはメールアドレスの整理っと二十数年前に逃げられた元嫁さんのアドレスを消去っと
あの人もこの人の思い出も なぜか野郎との強烈な思い出が多いのだが纏めて削除
外回りは車も入りそうな産廃回収ボックスにありとあらゆる物を掘り込んで
金物は軽トラを買ったので雑品屋に捨て 
新たな旅を探す事に今度はなにやるべ~


あれ昨年もこの集団は見たぞ~館自警団の刺し子半纏 
そのまま江差向かって北上するが昨年早めに増毛を出たのだが又引き寄せられるように再度出逢った事はたいした変った事はしていない事になる。

漁が無くなったのか高齢化か放置され朽ち果てる浜小屋が浜沿い延々と続く

漁のあてが外れたのか使用済みかわからんがまだまだ充分使えそうな魚箱がアチコチに放置されている。
松前の城下と江差は町の規模がかなり違う松前は殿のおわす処で江差はニシン漁で栄えた ニシン漁は浅海定置網が基本なので地形はどうしょうも無い その点、江差は湾になっていて条件が良かった事と北前船の入港で発展して来た。
北前船で儲けた銭や技術は一体どこに蓄積されたのか 北海道と関西は本当に対等貿易だったのか一方的な搾取ではなかったのかと考えるようになった。 その結果が現在の西海岸と東海岸との差ではないのかと
現在も何もかもが関東に吸い込まれてゆく


年季の入った消防ポンプを引く静浦自警団 「エンジンは掛かるのかい」と言う問いには「大丈夫だ~」強風の中に軽くはないポンプを引いて歩く姿にまだまだとの余裕を見る。

自警団は行きあう時間の問題もあるが内地と松前方面で見るだけで道内では見かけた事はない
これから北にはゆくにつれて規模が小さくなりやがて刺し子の半纏がカッパになり人数も減ってゆく


ロウソクボッケの丸干し ここの浜の強風にさらされて初めて丸干しの味が出のだ。 

今回は強く商人でもある自分を意識した。
人間はどんな時も生延びる事が一番大事で、その後に礼節が来る まずは生きる事、食う事が大事
それは北だろうが南だろうが右も左も関係ない 厳しい海を乗り越えて生きてる人間にも生きようとした人間にも礼節を持って相対すべきなのだ。

いま自分の呼吸に合わせて自分の足元を自分の目で見ると不思議が一杯でまるで万華鏡のような世界が自分の足元にある事に気付くだろう。
すべての商売は一次産業が基本になっている その産品を適正価格で次の生産に繋がるように流通させてゆき次の鍬でも鋤でも生産機械を造り何処かに運び適正価格で流通させてゆく それが商人の品格になってゆく
何千年と言う商売の歴史の中で おそらく今ほど品格を失った商人道は無いのではないだろうか
請求書すらメールで来て銭はオートマチックに引き落とし 
ならもうアンタ達は要らんのだょ~ 
仕事は生きる人生の中の大事な要素ではあるがすべてではない 
仕事は笑って暮らす為にあり仕事中も笑えるなら まとめて最高の人生ではないのか

仕事中に話掛けられたくらいで物忘れをするようになったら、
それは人様の生死の掛かる修理工はすぐに即刻辞めなさいと言う事なのだ。
次は何か最低限食ってゆく為の何かを売る人になろうと思うのだ。
魂し~以外をね

自称キャンピングカー


ミニキャブバンは積載物も入れておよそ1000キロ弱 タイヤの選択には悩んだがサイズは最初は145-80R12に鉄ホイルだったが 荷物を少ししか載せないので135-80R13に接地面を狭くして中古で4本8000円で買ったアルミホイルに変更 回転部分の軽量化は車体の軽量化より燃費向上に貢献をする。
タイヤ幅が小さいと面圧が上がるので冬道は有利かと考えたが三泊四日で1400キロ走ってすべて二駆だけで走破出来たし燃費もよく平均リッター18キロ走った。
タイヤ幅があり過ぎるとスリップの危険が増大すると考えたのは正解かもしれん
もしこれからあるのならもっとタイヤ幅を狭くしてみたい
275でホワイトアウトと出し過ぎで突っ込んだ俺が言うのもなんだが国内の道路を標準仕様のタイヤで指示速度で走ったら雪道でも曲がりきれない道路はないと確信した。


以前のタウンエースは車内で石油コンロを窓を開けて使っていたが今度は狭いのとカセットガスにしたので一酸化炭素警報機を付けたが

狭い車内でカセットガス暖房は絶対にやめた方がいい
 
安全実験はカセットガスを事前に点けて車内を暖めて置いてから 車内に入るとすぐ頭が痛くなるのに警報機は一酸化炭素警報機なので一切鳴らん 
警報機を作業場に置いてるとチョットしたマキストーブでいっかた警報が鳴るのにだ。
警報器は鳴らなくとも車内は狭いので酸欠になってしまうのだろう。
酸欠は警報機の代わりにカナリヤをつがいで掘り込んで置いたらいいかと思うがそれも可哀想なので却下してっと
カセットガスは載せてると使うかも知れんので降ろす事にした。


優れ物の逆流防止付ソーラーパネル これで使っていない時も予備バッテリーが充電される

走行中は1+2を停車中は2に切替えて予備バッテリーを使う これでバッテリーを使い切ってもエンジンだけは始動できる。


渡島地方はこの寝具で充分暖かくて寝袋から手を出して寝ていた暖房器具はいらん
毛布はN先生からの頂き物で迷彩色のカッパも沖縄のMさんからの頂き物 本物の米軍の物で作りは大きいが実践向きに出来ている「 にふぇーでーびる 」
人んちの庭先に落ちて来る物はヘリコも装備も竹やりで身包み剥がして売り飛ばし許す~
県条例発布


4000円で買ったチョット怪しい500Wの交流インバーターこれでタブレットと水槽のエアーポンプを駆動させてる
入院して初めてなま物アレルギーがある事が判明したがそれでも、なま物が好きで地方の食糧を調達してメシを食うのが楽しみなので冷蔵庫は必需品なのだ。 
この冷蔵庫は作っては壊し作っては壊しと何度もやったが発泡の箱約30リッターという容量に対してペルチェ素子が小さいのかと思い容量を18リッターにして2980円のペルチェ素子は2個付けたが車内温度から2度しか下がらないのだ。
もうペルチェ素子では冷えないのではないかと諦め掛かったが どうも発泡スチロール自体が発熱するのではないかと思うのだが 実際に外に置いてる発泡でさえも触っても暖かいのだ
中全面にアルミ板を敷いて外にはガムテープでグルグル巻きにしたら6度くらいに冷えるようになった。

貯蓄精神ゼロで貧乏なのであまり銭を掛けられないから色々考えまだまだ改良の余地があると思うと貧乏も楽しみ
一月ほど休み和歌山から瀬戸内に行き帰りは山陰と行きたいのだが、、、、、

シャンシャン委員会

小樽で31日給油して島牧で一泊し福島でカス欠寸前になる 前回に来た時も同じで函館まで給油に行きセーコーマートが元日閉店で腹減ったので函館に食糧買出しと風呂に入り森の道の駅で二泊目 七重から半島横断し松前に戻るつもりが地図を見ると遠いのでまた来た道を戻る。

波の形が道北沿岸とは全然違い海面の浅い処を三角波が走っている。

海底の地形と風の関係かと思うのだが小型船にとっては次の波の予測の付きにくい浅海漁業にとっては恵みの地形でもあり危険も大きい海域だろう。

飛行機乗せてやるとか白いメシをタラフク食わしてやるとか言ってこの厳しい浜から右も左もわからん 道路に光る青い電気を見てから道路を渡るんだと教えるような田舎の
中学生を連れていって部屋住にして 
文句あったら土俵の上で言え とかなんとかうまい事言われ
ひたすら朝から晩まで健康に悪そうな体格を格闘技でシゴキ 言葉でなく土俵でという子供らに
口先三寸の稼業をシノギにしてる化け猫ババの評議委員会やヤメ検のオヤジの危機管理委員会は
お前らがシャンシャン委員会を続けたから今回の騒動が起きたのだろう。と言いたい

モンゴルはモンゴルで軒先を借りて日本の母屋を乗っ取るべ~と思ってるだろうし
化け猫ババアやヤメ検は呼び出しに応じん私をコケにした態度が大事にした言うが元々そういう世界なのだ。

どんな世界もある程度やると上には上がいる事を知るし見た瞬間に勝てる相手かどうかを値踏み出来るようになってゆく 
一旦口から出た言葉を呑み込めん世界の人達の無用の争いを避ける為の技術と思う。


松前イカ船 5トン程度だろうかこれで身体張って一晩中波に揺られて操業する。


松前城 大体が何一つ生産せんくせに武器を持ってるヤバい集団で殿は放蕩三昧 大奥を支えたのは農民であり漁民なのだ。
銭金に疎い一次産業を支えるのが商人で 一次産業あっての商人であるべきで殿にすり寄るのは間違えの元 
商人の本音は殿などいない方がいいと思っていたと思うのだが
こんな処に城があったばっかりに下々は苦労したべな~


たまにはこんな事も


寒そうな処でネエチャンが稼いでるのでお御籤を引くが大吉を引く

雪中松柏


円空上人も通ったかもしれない道 雪や草が少ない今時期しか見る事は出来ない

下に漁村 ここも出入りが大変そう。

居酒屋が二軒ある漁村 いつか来てみたい通しは浜干しホッケの丸干しかもこれが美味いんだ~
食った事ないべ~


もう作る事が出来ない木造船は山から伐採する時点で作る船に合わせて曲がっても筋の通った木を切って来て
さらに一枚の板を釜で蒸し曲げて隙間に杉の木の皮を入れて水洩れを防ぐ 船大工のカンナは曲線に合わせ丸く削る事が出来る。留萌の現在の舟場町や明元町はそうした工場(こうば)が沢山あった。


一晩中発電機を回し続けるイカ漁は燃料代との闘い


白神岬を挟んで福島 白神崎は別格の崎でトンネル一つで突然海象が変わる。松前側が厳しい


全国旅から旅への出稼ぎの町福島町にある塩釜 奥に千代の富士の生家がある。

雪中松柏
山から村を見る。杉の木を切り櫓を漕ぐ青鼻を垂らした被爆二世の秋元 貢少年がやがて横綱に

みんなが秋元 貢少年を待つふる里


対岸の津軽鰺ヶ沢には舞の海記念館がある。
横綱の品格とは痩せ我慢しても堂々と逃げずに筋を通し、ふる里に明日への夢と希望を与える灯りを灯し続ける事ではないのか。
ふる里とは自分を記憶してくれる人達のいる処 江部乙村岩橋 英遠 
大相撲の役目は終わった。
俺だったら理事選など出ん 一門鬼の軍団になってガチンコ勝負に出てやる。

3S

本年度は3Sで行こうと思う 始末、算用、才覚で 整理整頓、電卓確認暗算禁止、才覚は危ない橋は渡らん事に

昨年は275で雪に突っ込んでエライ目に遭ったので北は止めて雪の無い処を目指しひたすら南下する事に

鵜泊漁港昔はここは行き止まりだったが現在はトンネルが出来て通る事が出来る。
ここには長い事大変お世話になった人が昨年からここで田舎暮しをしている。
数十年前は居酒屋らしきものがあったが現在は見当たらないがう~ん


開基1454年 太田神社ここは昨年初詣をし危ない目にあったので才覚でパス
ロープに掴まらないと登れないほど急で石段幅は狭く靴は半分しか掛からん


これだけ古いと風雪にさらされ狛犬か何かわからん お賽銭は奮発して百円を 


松前赤神にある話題の松前さくら漁協 おもな魚は加工用のイカとスケソウと浅海漁とマグロ
仕事柄長い事、港を見続けたので港を見るとおよその景気がわかる 
裕福そうには見えないしガソリンスタンドのアニ~が言うには漁師はなんで食っているのかと言う。
その主な収入源は東京方面の出稼ぎでそのまま盆と正月しか戻って来ない漁師も多いと言う。
松前は江差とは地理的に大きく違い海象も三角波が多いと感じた一枚波と違い三角波は恐い
松前には白神、松前、赤神、江良。原口などの小さな漁港があるがどれも間の入り口が特殊な型をしているのはそれだけ出入りが大変だと言う事は一目でわかる

出入りが大変だと言う事はそれだけ出漁回数が減る事になり稼ぎに直結する。
しかし農産物は葉っぱ一枚でも輸入となると日本中が大騒ぎに成るが漁師の物はサバでもマスでも海産物輸入はされたからと言って大騒ぎなる事は無い この違いはなんのだろうかと思ってしまった。
畑などの大規模灌漑設備に対して浜はせいぜい漁港を国か道に作って貰うだけでサ~行ってらっしゃいで終わる。
その港も最近ではコスパを求められている。
耐える漁師の歌は山ほどあるが農家の歌は与作しか無いような気がするのだが?
他にも勝手に思うには農村は小顔が多いが漁師は顔の作りが縦に対して吉幾三のように横がガッチリしてる人が多い
北海道渡島西海岸にはまだ顔から見る顔地図分布図があるようで面白いのだ。

遊漁やボートでの釣りに節度を求める事をこれからもしていかないとないとと強く思う。
勝手に思う桧山渡島3泊4日旅続く

2017年末

親に寂しい思をさせた奴は自分も寂しい思いをするのが動物と人間の違いだと思う。
相撲は何をゴチャゴチャやってるのかわからん 無抵抗の人様に怪我をさせた奴は国技だろうが何だろうがどんな事があっても人間として許されるべきではないし決して擁護されるべきではない
そんな奴は道の端っこ歩け

それより北朝鮮の船の方が大問題で身勝手、自分勝手、身内贔屓な指導者をゆるし続けるとドアノブまでカッパわらなけれない羽目に陥る事になる事を思い知った。
独裁者の行き付先は相討ちする事さえ出来ない基盤が出来てしまう恐さを知るべきだと思う。
独裁者はやがては疑心暗鬼になり狼の巣だの鷹の巣だのナンチャラの巣など作ったりし枝葉の末端はそれに振り回される事になってゆくのは歴史が証明している。
人の頭に立つ指導者の忖度はキッチリと検証すべきで許す事はしてはいけない 
その為にアクセルとブレーキと監視機能としての選挙を棄権する事は許されない

90近い爺様の医療ミスを訴えて数千万の慰謝料に 聞くだけで具合悪くなる作業工程のチ~の管に管がドッタラコッタラとクドクドと説明する訳を知った。
何もかもが病んでいる現代に

松前さくら漁協の佐藤正美組合長は「今後交渉について私どもはないものと考えています」
弁償して要らんと言った。
「悪いものは悪い、と筋を通したかった。今後は司法の判断を注視したい」と語った。
どんな思いがあったのかわからんがシャケもダメ、イカもダメけっして裕福ではない西海岸寒村の漁組組合長の言葉に灯台もどこかに行ってしまう厳しい冬の日本海を知る男の姿を見る。
北の難破船に乗っている遺体はセコイ事言っていないで荼毘に付し丁重に家族の元に送り返して欲しいと願わずにはいられない
どんな時でも前を向いてゆくのがいいかなと年末に思う。


さくらが歌う鈴懸の道

品格について


品格などまったく持合わせていないので暮れると言う物は真田幸村と同じで
病気以外は何でも有難く頂くタチなので気が変わらないうちに留萌港の白灯台も吹っ飛んだ
26日暴風の真っ只中船を積んで留萌から走って来たが萱泊を過ぎたあたりでバォ~ンと突風で煽られ車が飛んで行きそうになったがラッシングが外れて船だけが横にづれてセーフにロープが無ければアウトになったかも
経験上ラッシングとロープではラッシングの方が荷崩れを超しやすいと思う。
ロープを掛ける時は引張と引張を2点掛けがよろしいかな~と

俺もかなり乱暴とは思うが

もっと凶暴なオヤジが大型二台で27日暴風の中に予てからの予定通り結構大きいボートを取りに来た。
冬にスリングベルトで2トンもある船を吊るのは無謀でスリングで吊る時はボブスレーを吊るのと一緒 結果は2台とも諦めて戻って行った怪我人を出さずに済んで賢明な判断だと思う。
北海道人なら天気わかるべ~と思うが俺もどっちも無謀でお互いに品格ゼロ

毎日毎日大相撲がドッタラコッタラ 
モンゴル相撲のブブに日本人が品格を見つける事は出来ないしだろうし理解が出来ないだろう。
横綱の品格を言うのであれば日本人か国籍取得した者だけで行うべきで何が品格なのかはその民族が永い事培ってきたもので その国の大多数がそれが品格と言ってしまえば品格なのだ。
外人は親方にはさせないが苦労しても場だけを盛り上げてくれと外国人に頼った時点で協会の品格はゼロ

うどんをラーメンだと言って出せば怒られるしラーメンをうどんだと言って出せば怒られる。 豚肉が入ってるうどんもあるし鳴門が入ってるラーメンもあるし 最近は冠水が入っていない麺もあるし中にはカレ~は入ってるは  これはオヤジ~きし麺だべ~と言う太い麺もある。
さらに汁がないラーメンもうどんもある
ラーメンもうどんも色々あるがどっちも小麦粉でも漠然としながらも全然違うし
うどん屋は苦労に辛抱をかさねてここまで来ましたと 白い上っ張りに涙が染みてます~みたい処があり
ラーメン屋はここまでやりたい放題 好き放題やってここに落ち着きました愛車はハーレーローライダーみたいな処がある。

品格などはラーメンかうどん程度のもんで自分が決めるものなのだと思う。
揉め事は理由はどうあれ一番先にすがって来た者を助けるのも品格だと思うので
相撲はもう聞き飽きた。

年末はやはりこれ 全国製麺連合会の寄合でソバ派うどん派やラーメン派で麺の品格について三つ巴で麺棒で麺ん~なんちゃってチャンバラでも殴り合いでもして日本中に一月話題を振ってくれ~
 ラーメン屋のオヤジにも立派に資格はあると思うが麺倒臭いからダメか~

ザップンピュ~

2日続きのシケで留萌港の白灯台が波でどこかに行ったらしい直径は3~5メーターほどあった記憶がある。
以前は堤防の基礎で3000トンのケーソンが流されている。

留萌は日本海の中でもチョット特殊な地形でジェットエンジンで言えば壱岐や対馬がベンチュリー部分にあたりそこから大きく広がり最大流速のあるノズルの部分にあたるのが留萌や稚内沿岸になる 
その中でも留萌は積丹半島の返り波が丁度当たる位置にある為に海難事故の多いところで座礁した貨物船がそこらに普通にあった。

増毛は日方岬と暑寒岳の蔭にあり比較的穏やかな海域になっていて その境目は舎熊で今のセーコーマートがある辺りが海象の境目になる。
穏やかな海域の増毛は北前船が来て留萌より早くに栄えた場所で留萌管内では最初に裁判所などもあったそうだ。
それを見ていた現在の留萌港が見える高台に住んで居た五十嵐億太郎翁が負けてなるものかと私財を投じて作ったのが留萌港なのだ。
その結果は五十嵐億太郎翁と家族はスッテンテンになり今の海上保安庁の庁舎裏に末裔が住んで居た。
五十嵐億太郎翁と家族がスッテンテンになる代わりに地理的にも不利な留萌が増毛と立場が逆転する事になってゆく
今でも留萌十字街から大町や明元町に掛けて当時の面影を見る事が出来る処がアチコチにある。
それもすぐ見る事は出来なくなってゆくだろう。
その土地がどんなにマイナス要素があろうが切り開いてゆくのは人でしかない

網走やオホーツク地方は今でも風の強い日は火山灰が飛び先が見えなくなる 火山灰地そこにあれだけの大農作地帯を作って来た先人達がいた。
留萌にも偉大な先人が居た事を忘れてはいけない
留萌郵便局を港に向かって降りてゆくと(車は急すぎて通行禁止)沿岸バス車庫にゆき着くどん詰まりに左には早とちりで廃線してシマッタ増毛線の背の低いガードがある そこの角には今でも水が湧き出ていて水を貯める丸い大きな水槽がある。
その界隈は岡田造船の社宅がありチョット乱暴者の製缶工がたくさん住んでいた。
昔と今どっちが良かったのか今でもわからない 
ただ人々が今ほどセコクなかったような気がしてならない