カ~ンカン~ 瀬戸方久でっせ~

天蓋なしの路地は北海道には滅多にありません、それは雪が降るからです。
一説では道路幅が6メーター超えると向かい側は同じ地域という感覚が無くなるそうです。

商売上の2/8( 2割の人が全体の過半数を制覇し残りを8割の人が分け合う )の原則は破る事は難しい事を知っているし2割の人が過半数を取るとその立場を維持する為には以下同文などは構っては居られなくなり自己責任と言う言葉で締めくくられる。

若い時は人の下に付く事など真っ平御免で俺が俺がと人を押し退けて、
兎に角一番を目指し実際に幾つかの分野でトップになる事数回果たした。
その中で俺を知らんのはモグリと思いがってゆく
限界に近づいた数字を一ポイント上げるのは、それまでの何倍もの努力と経費が掛かる。
その為に見えなくなるもの失うものは大きく今になって見るとそこまでやるべきでは無かったと思う事は多いが

若い人はやはり一度は限界に挑戦して見る事は大事と思う。
その中で勝つ者が居れば必ず負ける者が居る事も自分が何をすべきか知るべきで
それがたった一度しかない自分の人生に満足と幸福をもたらす思う。

一度でも頭を取った経験は自分が出来る事と出来ない事を知り 
虎の威を借り事はなくなってゆく
今の自民党は恥を知らない政党だが政治の空白を作る事も出来ない 
次の真っ当な政治家が育つまでの仕方ないから選ぶ程度しかないが一党独占は危険な事は近隣の国を見ると一目でわかる。
その為にも何党であれ一人勝ちを許す事は危険なのだ。

俺は何とでも言える言葉などは全面的には信じない 
路地に迷った場合も冬道に迷った場合でも目の前にいる危ないオヤジでも危険を回避するのは損得抜きにした勘も大事な要素になってゆく
ヘビに噛まれた人やヘビに何か悪さをされた人は滅多にいないと思うが人はヘビを見た時点で驚く
勘は人類が長い事培った危険を回避する大事なものだと思う。
いま若い者が選挙にいかんと選挙が趣味のように息を吹き返す黄昏た爺婆だけの世の中になってしまう。
若い者の稼ぎを食い潰す10年年金がいい例だべ~
選挙もいかん奴がグズグズ言う事はゆるされん

こわいですね~

『 撃たんかい 』で本当に撃たれてシマッタ人もいる。
立場上 刑期の軽い嘱託殺人にはならんと思うが 
言葉は本当に恐い
安倍首相は解散を「 イチイチ報告はしない 」
正しくは⇒最低でも『 逐一報告はしません 』が正解
普段は人の何倍も慇懃無礼な言葉使いだが短い言葉の中に本性が現れるのでございます~

全長6000キロもある日本をどうすりゃ~いいのと言う 
寝ぼけてる時に鳴る Jアラートを上手く利用した解散で森友も加計も禊は済みましたと言うのか、であれば 
どんな人でも刑期が終われば禊は済んだと扱うべきで中にサイコパスの様な奴が居てもそれは別の扱いをされるべきで
全体をそういう目で見る事は絶対にやってはいけないし全員を排除すると社会の損失になってしまう。
まった世の中上手く出来てるもので危ないオヤジが傍に居ても全然気になりませんと言う人達もいる。
そういう人達はそう言う人達の論理で集まるので一般の人が恐いもの見たさで近寄ってはいけない

ただ驚くのは国の行く末を考えるべき国会議員が一日に30件の地方の寄合やお祭りに顔を出すのはビックリ
寝ないで身を粉にして働くらしいので24時間で割ると一軒あたり移動も含め48分しかない珠には一線を超えない一夜を明かしたりもするらしいが
健康な男女が二人っきりで一線を超えない一夜は相手に対して失礼だと思うのだが

朝ドラの谷田部実さんは女優の川本世津子が一緒に暮らしていたと分かった時点で視聴率は相当下がると予想したがまんま下がりっ放し
だいたいがょ~同じ屋根の下で健康な男女が二年も暮らしたりした日にゃ~
相手は別嬪さんで演技も上手と来たら一線超えは想像するって
せん方がおかしいのだが谷田部実さんは何事も無かったように奥茨城に戻ったが
普通ならありゃ~しません
相手は別嬪さんで片側は土をいじり荒れた手でモンペ 
話に無理があった。
谷田部実さんはいっその事 赤坂根城の的屋に拾われバナナでも売っていた方が視聴率は稼げたと思いました〇
『 覆水盆に返らず 』と言うが男女間だけは帰る盆すらも無いのが普通~
あんた~覚悟しなはれ~

突如消えたオホーツク人像だったかな? 忘れたザップンピュ~

話は元に
票が欲しさに30軒も回ってそこまでして国の行く末を考える事が出来るのか
思うに只々票が欲しいだけの行動で国会議員としての行動ではないが
それは国民の側の自分の地域さえよければいいと言う 全国一律にあれが欲しい これが欲しいと言う乞食根性がそうさせている。

見た目だけで言葉の端々にその人の姿を捉える事が出来ないのはひとえに平和だからなのだ。
こうして歴史はスクラップ&ビルドが繰り返されて来たが
作用と反作用ですべてのものは成立っている いま出来る事は力の均衡 

荒れ予報で稼ぎも無く暇だ~

狂気の刈り上げのおかげでトランプも安倍首相も存在感を示して助かっている。
超法規を何度もやって来た世界なのだから のり弁のように水面下でやれと思うのだが
三人とも俺が俺がと言う出たがり屋 無視するとフテ腐れ、おだてりゃ~どこまでも昇る面倒なタイプ 

恐怖を煽るようにわざわざやってると思う Jアラートが鳴ったからって如何すりゃ~いいんだ
鍋でも被るのか~対処のしようが無いのに恐怖を煽る。
Jアラートが鳴る度に小さな子に与える影響を考えると恐いものがあると思うのだが
いまも中東やアフリカでは人を狙って撃って来る弾にミサイルその下で暮らしてる人達が大勢いる。
ミサイルが飛ぶ度に少し思いをはせ寄付でもしよう。 書き損じのハガキでもOK
局にゆくと送料無料などもある。

ヘイトスピーチやネトウヨなど世界では誰かを生贄にして狂った様に叩いて叩き憂さを晴らしてる様はまさに狂っていると思う。
Jアラートに対して T(地方)アラートを出した方がいいかも
『 ただいま~週刊誌の記者が駅に降りました~皆さま家から出ないようにし回転ベットで遊んでる人達は平和の為にすぐさまアリバイ工作を~ 』
若さと勢いで別れて6人に1人の食えない子を出さないようにしましょう。

すべては貧困から来てると思うのだが
商売にも様々な形態があるが大きく分け人様が困ると儲かる商売と安定で儲かる商売があり
武器商売に一旦手を出すとどこかで困った事が起きないと困る事になり そのサイクルが繰り返される所に武器商売の問題がある。
原発は処理方法すら確率されていない一旦手を出した事で延々と続づけてゆく事になってシマッタ
ミサイル着弾でなんで東京では被害がこれだけと出ると恐怖を煽るが 
原発はどうするのスカッドミサイルを電力各社が自前で用意したとしても破壊後の破片が音速を超えて原発に降りかかる対策も必要と思うが誰もなにも言わん
もっともそんな事態には絶対にならん
猿人から様々な淘汰が繰り返され生延びた人類はそれほどバカではないが
原発は税金で処理をする為に税金を上げざるをえない 
法人税などはその為にも安価な電気が必要といい原発の為の原発が必要となってゆく
武器商売も武器の為の紛争が必要となってゆく
パンドラの箱を抱えてルビコン川を渡った者の罪は深い

恐いと思った事は7000万年の猿人だった祖先から学習して来た本能なのだから
恐いと思ったら理屈抜きでサッサと止めましょう。

猿の惑星では猿が支配者になったがカラスが支配者になった場合はもっと恐い なにせ空から監視され税金や年貢など逃れようがないのだ。
夜は見えないしカラス出版社大儲けなど

サイクルに組み込まれる事は恐い
もっと恐いのは連れ合いに
『 いままで我慢したが~言わせて貰う~ 』
などとこれは間違ってもダメ 核兵器並みの報復がある。
恐いですね~こわいですね~

火の昇る東に

しかし流氷の下でどうやって2年から3年の出荷出来るまでの養殖が出来るのか
数年前に比べて現在は稚貝の大量生産も盛んにおこなわれている。
ホタテは自然にあったそうだが自然界では突然全滅に近いほど数が減る事が繰り返され安定的に出荷は出来ないものだったそうだ。
そこに漁師の窮乏を救う為に新谷広治氏と木下虎一郎氏が陸奥湾などで行われていた養殖技術の可能性を流氷のサロマ湖に探る事になったが苦難は次の人に次の人にと受け継がれてゆく
当然回りの人にはアッタラコッタラと言われただろう
銭も出さん手も貸さん奴ほど言う事はメチャクチャなのは今も昔も変わらんと思う。
途中で諦めていたらなら現在もゴザムシロ戸だったかも知れないし日本海側のように廃屋ばかりになっていたかも知れない。

ミンククジラを獲っていた捕鯨船の廃船 波を割って進む為に普通の船と型が全然違う。


北海道を東西に割った時に東の現在の繁栄に対して西のザップンピュ~は格段の差があり
最近は北前船の光と影を感じてしょうがないのだ。
勝手に想像するには東の現在の繁栄は西の和人に対して、
条件の悪い所に悪い所にと追いやられて行っても生き抜きぬいた、
厳しい自然と共に生きた根性の縄文や擦文やオホーツク人やアイヌの人達と何か関係はあるのだろうかなどと推理してるのです。

そんな訳で来週も~36時間をなどと 
燃料代5000円と食費と雑費3000円を来週までに稼がんとイカン~


前回食った花咲カニ 地元のスーパーでつい買ってシマッタ

網、走る

毎年9月に行っていた網走詣でも今年は終わった。
昨年の水害の影響がやはりあり漁獲は低調と通常の見られる小魚が少なかった。
オホーツク方面は石狩川水系と違い外来種は少なく 多いのは鯉くらいと思う一つにはやはり寒さなのかも 普通に見られるウチダなども漁師さんでも網走湖では一回しか見た事が無いという。

網走湖湖畔の石は軽石がほとんどで水に浮く水が浸みこみ沈むまでの相当の時間が掛かるし舗装していない道路などは軽い為にいつまでももうもうと土埃が舞っている。そこに根性で何世代にも渡って客土をして今の豊かな土地が出来たのだ。

ホタテ養殖発祥の地 
1934年から延々とやって食えるようになったのが1960年代じつに26年掛かっている その後も紆余曲折した。
流氷で半年漁が出来ないオホーツクの漁師は戸が買えない貧乏人ばかりでゴザを戸の代わりにしてると言われていたのが今ではホタテ御殿などと言われる豪邸が軒並み建って居る。
その恩恵は大工から機械屋まで裾野は広がる。

皆は成功の秘訣を一言で聴きたがるが そんな一言で語れるものではないがすぐ目の前に見える人の成功は周辺に暮らす人達に一つの方法と灯りを照らす。
大工の息子豊田佐吉は静岡県湖西の出身で
静岡からはアート商会修理工丁稚の本田宗一郎、
二刀流の山葉 寅楠、大工の鈴木道雄などが世界に羽ばたいた。

地域の誰かの成功は背中を見せる事で地域全体に大きく影響する  現在のオホーツクの繁栄は新谷広治氏と木下虎一郎氏が苦難の末に導いたものなのだろう。
『 成功体験は前に進む力になり失敗体験は横に広がり その人の幅を作る。 』 by俺、
う~ん 渋いぞ~渋いぞ~

俺の場合は何やっても失敗と言う認識が無い!
ので懲りていないのが現在の貧乏暮らし

先週の網走で見掛けた大好物の花咲カニを食ってしまい今回の食費を先食い食い潰したので北見のスーパー見切り品の天ぷらセットと三食うどんで二日間凌いだ。
毎度食う前に写真と思うがカツレているのと雨で外では調理は出来んかったのだ。
ザップン~ピュ~

補選


羽幌町 232 オロロン鳥

大昔はこんなサイズのケッコナンチャラ言う鳥が国境を越えて空を飛んでいたのだから下々も大変だったろう 
現在もこんなのが飛んでいたら子供達が学校通うにも大変だろう
村は一体どんな対策を取るのかが面白い ヘルメットどころの話ではナイ、
殲滅か共存か~ 時代は成るようにして成なった。

そういえば最近この辺のカラスは空を飛ばん 国道でさえ歩いて横断しようとする、
その歩き方はトントンとトントン日野の二トンとチョコマカと10センチ程度づつ飛んで歩く
車が行っても除ける気配がないが車が傷付くし無益な殺生はやめておきたいと思う心を
見透かしているのか飛べないわけではない 相手の出かた次第では飛んでゆく 
その舐め切った態度が最近やたらムカつくが空飛ぶはずのカラスはやたら車に引かれてる。 
何十年に一回くらいスズメが車に当たって来るくらいでカラス以外の鳥が車に引かれてる処を見かける事はまずない スズメはぼちぼちいこか~と歩いている処を引かれた訳ではない鳥の威厳を守り飛んでる最中に事故にあってるのだ。

この鳥本来の職責と矜持を放棄したようなカラスの舐め切った態度はどこか 
人の上に立つはずなのに職責も使命も矜持もアルマーニーか何かのブランド小銭入れ程度にしか思っていない議員先生にも似てる。
ま~不倫は下準備にも時間が掛かるし 
お互いの時間の摺合せが必要なので夫婦の何倍も時間も金も掛かり政務活動費も盗られる。

もすぐ24時間国民の為に命を掛けてスヌ~気~になって働くとワァ~ワァ~と騒ぐカラスに一票が始まる。

9月5日の道立北方民族博物館

修理工は想像するのが仕事で今起こってる現象の点を繋ぎ合わせて機械の中で起こってる事を想像し近い部分を分解し確認して修理する。
闇雲に分解すると実は誤診だった場合は故障原因が再現出来なくなってしまう。
苦労して作った機械が作った人達の思わぬ故障が起きるのでアラ探しになるが
それはそれは面白い仕事で毎日が銭を貰いながらゲームをしてる。
想像するという事は人間社会では大事なことなのだ


9月5日の道立北方民族博物館入館料は常設展、特別展全部見ると800円 最低賃金より高い
二十歳以下はタダにせ~どの道経費は変らんべ~
昔は更生者はほうぼうの博物館のタダ券が貰えた。

博物館の多くは展示物で成立ってるが その展示物を見る事でどうやって使われ どうして必要とされ作られたのかを想像する。
博物館は騒ぐ場所ではない想像をする思考する場所なのだが9月5日の館内は兎に角うるさい

1 説明員らしいおばさんはハイヒールで歩きカツカツと館内に音が響く 誰も居ないので暇なのか俺が何かをカッパラい腹巻に入れて逃げると思ってるのかカツカツと響かせ近寄っては去ってカツカツと近寄って次の順路はコッチと言っては去るを繰り返す。
館員全員が自分でも気付かないのか鈍感なのか
何もカッパらわないから心配するなと言いそうになった。
博物館を見にゆくと言ったらローファーで音のしない靴にワンピースで麦藁帽子と決まってる
いかにも賢そうでね~か~
9月5日俺は雪駄にハラマキだったがダメか~


山に生活を支える神が住んでると説明中のテレビつけっぱ

2 館内の全部の説明テレビが点けっ放しでアチコチから別々の説明が同時に聞こえて来る。
パチンコ屋か黄昏た下町商店街の大売り出しと変わらん

馬が馬を捕まえるのに人間に協力中のテレビつけっぱ
 


テレビつけっぱ

ピカソの絵にちんどん屋の音楽は合うと思うのだが
五月蠅い博物館など経験した事が無い 館員が自分で金を払って入る気は絶対に無いだろう。
どの道自分の金ではないから旭川の動物園に学ぼうとも思っていない道立北方民族博物館
ラーメンは食ってから払うが ここは先払いストリップ劇場か~閉館した方がいいって 

3 アイヌ民族の着物が試着出来るが姿見が近くに無く探してやっと見つける。

一人なので着ても自分で見れない地鶏棒とかでも持参すればいいのかどうするんだと探したらあった全身が見れないセコクサイ姿見
着丈があったら呉れるのか~

などなど他にも最低賃金を出して見るほどの事はない折角網走なのだから 
この着物の素材のアザラシやトドなどは現在でも海岸に流れ着くのだからケツの皮でも剥いで来て手で触れる展示をするといいと思うのだが
海獣の毛は逆なでは出来ない事や硬さがわかり道外の人には実感出来ると思うのだが
アンケートに書いてやろうかと思ったがや~めた~
どの道 役所など一般の意見は聴く振りするだけな事は北海道漁港管理条例で散々学んだのだ。


8月29日火曜日昼過ぎのオホーツクミュージアム
こっちは入館料300円で体験出来るコーナーなどありマシだが
おいおい新しくなった方が面白くない元に戻せとチャランケ(アイヌ語)付けたら定休日でないのに戸があかんぞ~新聞が溜まって落ちてるぞ~

日野皓正

俺があの立場だったらクソガキをケリ倒している。
いまでも同じ状況ならたいした変らんと思うが手に切れがなくなった事と躊躇が入る。
体罰や暴力は決してよくない 掛からないエンジンを幾ら叩いても直らない
例え叩かれた子供がなんと言っても  
世界の日野皓正と呼ばれてるらしいクソオヤジに叩かれた自分のこれからを忖度した時に何をどう言えばいいかはわかっていて言ってると思う。

昔は体罰は普通にあったし ひどい目にあってあんな事やこんな事もあって学校にゆくのをやめた。
言葉だけで実行出来ない兄貴は人前で俺を殴る事で自分が偉くなった思ってる節があった。
勝手に思うに 
親世代が戦争という狂気の時代で暴力と体罰を受けてきた世代だった。
昔は普通にあったが皆いい子に育ったなどと言うのは浅はかだと思う。もっと違うやり方をされたならもっといい子になったかも知れない
暴力や暴言やイジメは癖になり受け継がれ連鎖し最悪は自分で気付いても止める事さえ出来なくなる。
誰でも裏と表の大小はあるだろうが
俺が言うのもなんだが暴力でしか相手を屈服できないそんな奴が顔を世間に堂々と出したりする事自体が間違っているのだ。

芸術はまったくわからないが 幾ら稼ぐか有名かが物差しになってると思うのだが
人に出来ない指の動きや手や口の動きなどを出来るからなら
そんなもんその辺に一杯いる。
弘前城前の煎餅焼きオヤジなど煎餅を置いた板が焦げるほど熱い煎餅を素手で持ちきっちりと仕事をする芸術家なのだ~
生きてゆく大衆の生活に役立たない芸術などあってたまるかと思うのです。
そんなのはただの趣味 なにもそんなに有難がる事ではない


芸術だ芸術の爆発だ~ 擦文土器と縄文土器の芸術品の数々 道立北方民族博物館

様々な博物館を見てあるいたが9月5日の道立北方民族博物館は内容に比較して木戸銭が極端に高い 
目指すところもレベルも最悪に低い 道外観光客にもと思うなら恥臭いので閉館を 
数年前と責任者が変わったのか?
どこかは追って~沙汰を

土日ラーメン 神の子

エンジンは手前から一番と呼び順々に2.3.4番となってゆくが
点火爆発順序は一番から始まり次は2番 次は4番目 次が3番目となってゆく 
1、2、4、3と順番に異物を入れて狂わす事によって共振する事によるクランクを破壊する 大きな振動になる事を防ぐ 
1,2,4,3,1,2,4,3、1,2,4,3、と回ってゆく
六気筒は1,5,3,6,2,4
最初のエンジン始動を何番から始まるかエンジンそのものが右回りか左回りかでどこが異かはまったく変ってゆく
誰もが右でも左でも意見を言える社会になったが
人間社会いま何が基準なのか右回りなのか左回りなのかは誰もわからない

半世紀も機械の業界にいて色々な乗り物を売ったり乗ったりしてきたが
馬力と人間の目の色は反比例するような気がしてならないのだ。
歩く人、自転車に乗る人以外に神様が送ってくれた申し子のような綺麗な目をした人を見た記憶がない
いまでも記憶にあるのは望来と何十年も前にパンクした自転車を押してきた夫婦と思われる人達と数人だけなのだ。
惰性に流され共振する事の恐さを忠告するように現れる人達はまさに神様が送ってくれた申し子なのだ。
その相手の目の色に写る自分こそ異物だっだのかも知れない。

土日ラーメン屋


ここ崖下村の黄昏た場所に小さな店を作って一年ちょっとたつ 

自分で散々乗って暴走しておいて言うのもなんだが だからわかるのかも知れんが一人しか乗らんのに大馬力のバイクに何千CCと言う車 それは身体に刻む刺青や茶髪とたいしたかわらんと思うのだ。みんな大バカ野郎達なのだ。
俺は 私は ここに居ると叫んでいるように見える。
ここはラーメン一杯 コーヒー一杯で一日居ようが全然かまわないのだ。
ここだからこそ来てくれる人達がいる。
ここの店は外も中もたいしたかわらん金の掛けていない小さな小さな店なのだ。
子供が騒ぐからと ペットがいるからと 身体が不自由だからと
 

ダ、スビダーニャ

15~6年ほど前の少し荒れてる時期だったが、
ここから南に約100キロほど行った所に望来と言う集落がある.
そこに「 お多福 」と言う通りからは見えない小さな店があった。
見えない処にあるその店に夜遅く何か食おうと入ったが
車で通ったのになぜ入ったのかいまもわからない
中に客は一組だけで若いカップルと思われる先客が居て二人ともどこか知恵遅れの障碍者と思われた。
その二人は七つの大罪すべて振り払ったような目で美味しいね、美味しいね、と交互に言い合いながら食べる姿に荒れた物欲の固まりの俺は心を打たれ反省した事を今でも思い出す。
乱闘が続いたり少しばかり荒れてる時期だったので神様が送ってくれた申し子達だったのかも知れない
いまはその店はない

先週はちょっと強面の訳あり風のご一行さんがラーメン食いながらポツリポツリと語る言葉に美味いラーメンを作りたいと痛切に思った。