喧嘩両成敗 踏み台編

ほとんどすべてと言っていいほど構造物は強度と弱さを兼ね備えている。
弱さは弱度とは言わんそれは、
しなやか、と言い 嫋やかとも、靭やかとも、撓やかとも言う。
その強さと弱さの相反するものを持たない強度一辺倒の物は倒壊や自己の重みを支え切れずに自ら破壊に繋がってゆく
自然界ではよく柳に枝折れなしと言い 普通に目にする物は踏み台で
踏まれる部分は小さいが下が大きくなっている。
足蹴にされ踏み付けられ座られる事で存在する意義のある踏み台は実際はその大きさよりさらに大きい者を支えている。
風呂屋のケツに敷く芸術品のケロリン椅子から踏み台まで真四角は無いし真四角は転倒などを招き危険なのだ
さらにケロリンは片付ける時にも便利と言う構造を持っているとそんな訳なのだ。

全体的に見ると力を受ける先端部分は小さく下にゆくほど大きく強度を持たせる。
そこには材料コストと言うものもあるが斜めに作るには技術的難しさがあって
いまはキャドなどと言う物があるので原寸は書かんらしいが
昔しは大きな構造物を作る工場はそれと同じ原寸を書く為に工場の二階全部が原寸場になっていた。
原寸を細分化してブリキ板に写しポンチを打つのだが大きな現場はその現場を渡り歩く流れ者ポンチ打ち職人が居たほどなのだ。
それほど斜めの構造物を作る事が難しかったのだ。
それでも余計な強度は危険を招き要らない 強度と弱さは一体なってこそなのだ。

その構造物は鉄塔であり電柱であり外からの風など外圧を受ける物ほど外圧を受けるしなやかさを持っている。
同じ材質を持ち噛み合う歯車でも力を逃がす構造になっていてそれは相手の力を100パーセント次の歯車に力が伝わらない構造になっている。
それでもいけない時はどちらかの材質を変えるなりして作ったりする。

一つの構造物に二つの矛盾する強度と弱さを持たせる事は大事な事で人間でも中に矛盾する強度と弱さを持ってる人ほど全体的に見たら強い人なのかも知れん
などと思ってシマッタ。

喧嘩両成敗 3 

独断と偏見だが内地の山奥で他県の者と結婚する事がないと思われる山奥まで旅して歩くと一定の顔立ちを持つ人達を見る地域がある。
どうもそれは石川県から和歌山に掛けての地域に多く感じるのだ。
元々はおよそ1万8千年の縄文時代があり それを渡来人が大陸から渡って来て縄文時代の駆逐が始まった。
その渡来人のベルト地帯が工業化されなかった地域に今でも残ってるのではないかと考えている。

広島県 比~ナンチャラ 名前忘れた

日本は弥生時代以降アメリカ軍の駐留以外に他国の軍隊が入って統治した歴史は無い

隣の国の日韓を考える時に家と家として考えると
隣家の夫婦喧嘩に隣のオヤジが包丁を持って仲裁に入り そのまま家に居座って
その家の娘にちこう寄れと酒の酌をさせたと同じ事なのだ。
俺なら命ある限り姉や妹に酌をさせたそのオヤジは恨み命は狙うだろう。
俺は日本酒しか呑まんが一緒に呑んだ人は見てると思うがたとえ店であっても手酌でしか呑まん

統治された記憶を持ってる人達が居る限り他人の家に乗り込んだ事は詫びておかなければいけないし自分の命も子孫の命も危ない事になる。
いっその事ダメ元で中東テロリストの様にトコトンやってしまえば遺恨も残らんのかも知れんが
稲作文化圏は耐える事が出来る。
その耐える事によって胸の内に遺恨がいつまでも残ってゆく事になって行く
いまだかって隣国韓国の人が日本のビルを爆破したとか飛行機を落としたとかは無い
それどころか日本に遊びに来てせっせと稼いだ銭を惜しげもなく使って呉れる。

韓国は言葉は悪いがハッタリ状態で胸の内を聞いて呉れよと言ってるのにすぎない
ここの崖下村にもそう言う嫌われオヤジが居るが
由緒正しいらしい弥生人の俺には釣った魚を持って来て呉れる。
まだまだ記憶にある人達が生存してる現代において
隣国に、隣の家に武器を持って統治した事は間違えない
それはせめて記憶にある者が在命のうちは聞く耳を持ち続ける事が大事な事なのだ。
何度も言う
いまだかって隣国韓国の人が日本のビルを爆破したとか飛行機を落としたとかは無い
それどころか日本に遊びに来てせっせと稼いだ銭を惜しげもなく使って呉れるのだ。

鉄塔などボルト数本外すとすぐ倒れる。
世界中をざっと見渡して稲作文化圏にはテロリストはいないが
それは胡坐をかき同じ釜の飯を食い酒を呑み胸の内を聞き続けると言う事がとても大切な事なのだ。

人の話も聞けん者には指導者の資格はない 腹を召され

喧嘩両成敗 2


一回づつ表に出て跳ね上げ式のドア開けて出入りが面倒なので後の窓ガラスを外してそこから後ろの箱に出入りしている。

冷蔵庫を壊さんように跨いでオッコラショと出入りする この間の壁がボルト止めならなんぼ楽かと思う。
腹は出てるが身体は結構柔いのだ。

最近車メーカーやあちこちからアンケートだとか送られて来るが
ふっと思うのはアンケートに書き込む事はもうすでに過去の事で自社の車や製品を使ってる人の大勢はどうなってるのかを調べてるのだと思うが
買ってしまった大勢が決まってしまったものを今更調べてどうするのだと思ってシマッタ
俺は貧乏人なので買ってしまった物は自分なりに合わせて使うしかなく
それもまた結構面白いのだ。

未来の事これからの事はまだ芽が出ていない状態か二つ葉が出た瞬間にこれは実を付ける葉か実を付けない葉かを見分けるに等しいと思うのだが
そう思うとアンケートの中の極少数の意見の中にしか未来はないのかも知れない
その極少数意見をこれはイケルかもと見分ける目が必要になってゆく
そうでなければすでに過去の意見や後ろ向きの意見に縛らてゆく事になって
10年20年と売れ続ける商品は作れない
売れない商品を作る事は大量廃棄に繋がり未来には決していい事ではない

現在の日韓関係は誰かを恨む事で自分の立場を維持しようとしてる。
その状態は両方の下品な政治家達が人気投票に近い支持率はすでに過去の事になってるのに 
次世代の子供達に渡さなければならない未来を人を恨む事で摘み取ってゆく
そんな人間が指導者として存在する事がすでにそいつは末期症状を向かえている。
AKBだか何だか知らんがそれとたいした変らん支持率と言う人気投票で一喜一憂する政治家の姿がさもしいのだ。


何もする気が起きないが時間が空いたので月曜日からまた釧路から網走と道東に行って来た。
居酒屋で客 二人が韓国はどうしようもないドッタラコッタラと話をしていた。
貴方は韓国行った事はありますか 韓国人の知合いは居ますかと聞いてみたかったが
二人相手の喧嘩は勝てないので言葉を呑んだ。
こんな場末の居酒屋でもそんな話題が出るようになった事は両方のでき損ない政権の策略で罠なのだ。

いま大事な事は韓国からお客が来なくなった売り上げが減った困ったと言う、
場当たり的な事ではなく
人間として付合い50年先100年先を考える事だと生クジラ食いながら思った。

今回は厚岸のスーパー福原でクジラを買ったが安くなっていた。
花咲カニは価格が高騰していて仕入れが出来んそうで何処に行っても売っていなかった。
残念~無念~

続 等価交換

京急線のようになったらどうすれば良いか関東圏の合材ダンプ乗りに聞いてみた。
関東圏の道路は北海道に比べると4車線から終戦直後の道までなんの脈絡もなくメチャクチャだそうだ。
現場までの地図と別に手書きの地図が渡されるそうだがコンビニとガソリンスタンドは出来てはすぐ消えてが激しく そこら中にあり目印にはまったく当てにならないと言う。

合材ダンプは毎度変わる現場が狭い道の場合はダンプが2トン車とか指定されるらしいが間違えて指定されずに11トンが配車されて狭い道にぶつかって延々とバックする時があるらしい
そんな時はパトカーを呼びバックを先導して貰うのが一番だと言う。
多少怒られるが切符は無いそうだ 
都内のパトカーにしたら田舎から来たダンプのバックの先導などほのぼのとした いい一日だべ~

同じトラック乗りとして身に詰まされるものがあると言っていたが
4軸は都内走行には向かないと言う 
やはりプロは見てるものが違う それ以上はまだ推測域なので省略しよう。

困った時の為に税金を払ってる。


運転手さん さ~田舎に帰ろう~合掌

等価交換

遥か昔仕事が無い冬期間は鮮魚運搬トラックに乗った。


11年前に大井川傍の昼は食堂 夜はスナックで釧路から来て帰っていないと言うダンプ乗りの彼が切々と歌う
 吾亦紅 
ちびた靴に年から年中着た切りスズメ 車持込庸車ダンプの可処分所得は時給1000円以下 
じゃ~やらなけれ言いべと言うのはそれでは誰がジャリを運び誰が砂を運び建物は誰が作るのか
最後はダンプを東南アジアに売って釜ヶ崎に山谷にと流れ着く
そうなる前に身体が動く内に少しでも田舎の役に立つうちに田舎に帰れと思う。

シワ寄せは弱い処に弱い処にと寄せてゆく 車の中での生活は人間性を破壊されてさらに弱い子供達にといく
田舎者の俺達に出来る事はバカと言われようが何と言われようが声を掛ける相手には声を掛け続け
都会しか生活出来ないと言うのは間違えだと言い続ける事だと思う。
サクランボもぎから魚網外しリンゴもぎと田舎にこそ人間らしい暮らしが待っている。

言いたい事は一杯ある。

京急線事故に思う。

一昨年からカーナビを使い軽で内地のあちこち走って思う事は抜け道を指示する為に 
もしこれがたまに乗る4トン車だったら曲がり切れないと思う道に誘導される事はいっかたある。

トラックやダンプ乗りに知合いが数人いるが
営業所から営業所を走る路線トラックなら毎日走る道は決まっているが
そうではない一車貸切のいわゆるチャーター便トラックなら その日その日で走る道は変ってゆく
そうするとカーナビに頼る事が多くなってしまうのではないかと思う。
過酷な貸切トラックは路線トラックから定年退職者が乗る事が多く
さらに運賃をトコトン値切られたトラックは有料道路を避けて走り大都市を横断する時は危険が一杯な中を走る。

冬に内地に出稼ぎに出た合材ダンプなどは毎日現場が替わり走る道も変わる。
その為に思った本数が走れずに借金丸めになり北海道に戻る事さえ出来なくなって客死してしまった者もいる。
根本は過酷なトラック乗りは60歳になったら2000万貯めてトラックから降りる様にしてやらなければならないし
早く高齢ドライバー用のトラック専用のカーナビが必要と思う。

運賃値切るな

門前仲町の大層高そうな神輿の寄贈者に告ぐ 宅急便トラック運転手にノルマを課すな 

普段から後ろにトラックが付いたならさっさと道を開けてやる事が
やれ送料無料だとか、やれ即日配達は便利だとか、言ってる者の気遣いではないのか
浜中の二車線の右側レーンを走る小型車の奴の気が知れんと思ったら
こないだ普通走行のパトカーも右車線を走っていた。
お前だ~お前~世も末だぜ~ 

喧嘩両成敗 1

暇と言うか何もする気が起きないので
恥かしながら自分の事を
若かりし頃は力ずくで結構あちこちに迷惑を掛けた。
あのあおり運転のオヤジの身体を動かさないで出すストレートパンチはかなり人を殴り慣れてるし訓練してるが
あんな時は参考までに電動なら窓ガラスを上げて手を挟むと手は離せなくなってしまう。
どうするかは貴方の見識で自分のその後と家族の人生とアホの人生も掛かっている。

俺が言うのもなんだが
大岡越前か誰が最初に言ったか知らんが
喧嘩両成敗は中世に出来たらしい発想で揉め事を起こす奴は一方だけを処罰する事は
その先 未来が危険な事をテレビの大岡越前は知っていて実行して来たのだ。
穂高だかア穂高だか知らんが北方領土発言と竹島発言に対して幹事長と言う責任ある立場の人間が一貫した返答がない事はおかしい
その態度が相手がそろそろ変えて行こうかな~と思う芽を摘み取って行く
ガキの喧嘩と思ってしまう一番の理由は このやられたらやり返すと言う。
マンモスを分け合った類人猿でさえ行っていなかったと思われるのに類人猿イカの現在の政治家を見るとそう思うのだ。
これは喧嘩両成敗で日韓共に責任者は切腹腹切ってしまえ他ご一統様は遠島島流し 
いま一度過去から学ぶ事も大事な事なのだと思うのだが


税金泥棒のア穂高の親の顔を見てみたいぜ

尾白利加字国領から増毛 修正

想像したコースと画像に誤りがあったので修正 

尾白利加字国領

この辺りからシュリ川を目指して北に山越え


修理沢 長右衛門開拓記念の松に出る 画面右に曲がると竜西


竜西 左に曲がると恵岱別ダム 真っ直ぐゆくと石油沢 幌糠チバべり方面 チバベリは走破済だが昔も今も歩きでなければいけない


石油沢チバベリにゆく途中で左に曲がり白い橋を渡る。


稲田線 仁奈良山道駅逓この辺りに出る。


御料小学校跡地 ここからさらにおよそ13~15キロほどで舎熊の浜に出る。
このコースが一番可能性があると思うのだが現在は途中、道は途切れていて道は無い
夏は熊の餌食覚悟でなければ走破は難しいが残雪残る4月頃なら可能かと思うが・・・・
それにしても・・・・・・・こんな話は北海道のいたる処にあるのだと思う。
まだ実際に歩いた人達が健在なうちに聞いておく事も大事かも
今回は様々な人に話を聴いた。
人様に聞くと言う事は聞く為の知識も必要になって自分に出来る事と出来ない事がわかって来ると思う。

続等価交換

31日に初めて見た時は小さなほんと小さかった子が交際相手を連れて来た。
関わりのあった人達十数人がアチコチの地方から集まってワイワイガヤガヤと楽しい一日を過ごした。
不思議な事にこの子は俺の事を留萌のオジサンと呼ぶ 終着駅の増毛に来て暫く立ってから知り合ったのに聞いてみたいような 何か聞けないようで訳を聞いた事はない
この子が最後でもう誰とも知り合う事は無いだろうと思う。

4日に少しだけ仕事をしたら予定表が空になってしばらく休みが続くが
何もしたい事がない 
毎年何がなんでも見に行っていたフクベ漁を見に行きたいと強く思う事もない
今年カレイが全滅して川も沼もたいした行ってみたいと思わなくなった。
国領も近い場所なので時間の合間に自分なりに徹底して調べた。
好物の花咲カニも31日に皆で15~16匹ほど食ってカキもウニもガッパリ食った。
もう何も食いたい物もやりたい事も行きたい処も無くなって
燃え尽き症候群で少し危ない状況なので深酒は止めようと思う。

「 恩人の消息 」を読み切った
 樺太からの引揚げ時に命を助けられた人との別れを読む
したたかに生きて戻る女の物語だと思った。
嫁さんに逃げられた後に愛犬トムと一緒に過ごした日々を思いだしたのか
読み終わった晩に18年飼った愛犬の夢を見た名はトム、姓はアイシェパカケン
アイヌ犬とシェパードとカラフト犬の雑種の大きな犬で綱を切って走って行って車に跳ねられた。
墓はいつも散歩に行った浜中海岸の丘に側溝トラフの蓋で作ったが
数年後に風車が立ち墓は無くなっていた。
逃げられた嫁さんはその後に銭のやたら掛かる小型犬にトムと名前を付て飼った。

戦争はどんな事あっても不思議ではないだろう 相手国には非道な事が有ったと攻めるなら
それは人間同士で自分の側にも同じ事が有ったと思うのは普通の事だと思う。
その検証は後世の為に苦しくともしっかりやっておく必要があったと思うが
口を拭った事が現在の世界の状況を生み出していると言っても過言ではないと思うが
それは生きて次世代に繋ぐ生身の人間の生きる為の本能なのかも知れないとこの本を読んで思った。 


今年も厳しく危険な冬の海に魚を獲りに数十マイル沖まで出てゆく桁漁が9月16日から始まる。
人生も魚もぜひ等価交換であって欲しいと思う。
等価交換は商人(あきんど)の生き様であり矜持ではないのか
それにして何も食いたい物がない なんとかせんと

度量

日韓の現在の状況は度量の無い人達によって引き起こされた。
度量は度胸の度であり器量の量なのだ。
一度上げてシマッた拳は相手も拳を上げるし下げる事は難しい 
ハッタリ状態の最初に一歩下がりある程度の間合いを取る事が必要で
命の喧嘩慣れしていない連中が一歩前に出てシマッタ事が事をドンドン大きくして
それ以降は自分の手を離れて勝手に一人歩きをしだしとんでもない方向にいく
今後当事者同士に出来る事はせいぜい 腹を召されるか当事者同士だけで巌流島で果し合いをするしかないが
それが事を大きくした当事者同士の責任の取り方の一つの方法になる。

根性は無いと思うが懐に飛び込む度量があるなら
一番の解決策は心底解決する気持ちを持ってトップ同士が面と向かって握手をする事に尽きる。
後はすっとぼけて何もしない そうする事で金魚のフンも愚衆も忖度して流れが変わる。

1961年6月3日にジョン・F・ケネディとニキータ・フルシチョフがウィーンでトップ会談をしている。
結果的には今日にも戦争が起きると恐怖に慄いた1962年10月の全面核戦争を寸での処で回避している。
逸話ではケネディがフルシチョフの部屋を尋ねた時 
フルシチョフはシャワーを浴びていて
部屋に入って来たケネディにバスタオルを取ってフルチンコになり私には何も隠す事は無いと言ったとある。
ロシア人はジョークが大好きでそのジョークは面白い

ロシアでは頭(かしら)になる人物は下から順番にフルチンコ、ノドチンコ、プーチンと鼻をかみ順番に頭(あたま)に近づく これは俺の創作ジョーク

ロシアンジョーク
 フルシチョフとブレジネフの相違はなんですか?
相違はない。ただ、ブレジネフはそのことに、まだ気づいていない。
これを現代の当事者同士に当てはめてみると・・・・・・・・


8月27日 D級地帯の著者から自筆の返信と注文した二冊と他に二冊を頂いてしまった。
それぞれ一冊は手元に置き一冊は読みたい人に貸し出そうと思う。

「 恩人の消息 」はまだ読み切っていないが著者は北海道開拓農家歴史の証人でありノンフイックションだからこその迫力がある。
8月4日に見たNHKの番組で不思議さを感じてから自分の肌で感じるものは結構正確なのかも知れんと思う出来事だった。


8月27日半ドン 雨竜蜂須賀農場跡地記念館