疾風迅雷

木曜日に老人が引き戸を開けて何かを言っているのだが姿かたちもしばらくわからなかったが
その声は聞き覚えがあった。

北海道に戻って来て40数年経つが戻って来るにあたって内地にもその名が轟いていた
旭川の某所に顔を出す事にして初対面だったが受入れて呉れた。
そこで知り合ってから現在までお付き合いをさせて頂き崖下村に移ってからは業態も変わり逢う事もなくなり電話で年に数回商売の話をする程度だった。
旭川の浮き沈みの激しい業界の裏も表も見続けた生き証人と言っていい人なのだが
年代は同じで逢う事がなくなって30年
思い出した瞬間に出た言葉は最後に逢ったのが30年前で現在のその姿に「いったいどうしたの」と思わず出た
病気に掛り終業を決意してそのお暇乞いを夫妻で来たのだった。
本を何冊も書けるほどの時代を疾風迅雷のごとく一緒に走り抜けた皆の消息や聞きたい事が山ほどあり胸が一杯になった。


俺だけ置いていかないでと
走り去る車が見えなくなるまで手を振った。

AI平和利用

車の免許更新して貰って来た。
ただでさえガラが悪いので坊主に近い短髪頭はやめて髪を伸ばしたら顔写真が少し大人しそうに見える
中身は何も変わっていないのに
世の中にテレビと言う物が出現して駅前にあった電気店でテレビを見る為に前に人だかりが出来た頃
金が無くなると戻って来るオヤジの酒を買いにカラの酒ビンを抱えて夏も冬も関係無くトボトボと何キロも歩いて留萌駅前の酒屋に酒を買いに行っていた。
酔って来ると俺はこんな処でクスぶってる人間ではないと暴れるのがいつものパターンだった。
子供心に暴れるなら外で素面で暴れてこいと思っていた。
その酒癖の悪さは普段は借りて来た猫の実兄が受け継いだ

留萌の丘陵地帯に「姉妹星の碑」と言う碑が立っているがなぜそんな暴風雪の日にお使いに出されたかわからないが
俺の場合はいつ暴れるかわからんオヤジと子供を家に残して母親が家を出る事はさせたくなかった。
ここに居たら一生目は出ないと思っても家には弟や妹の位牌や母親もいたのだ。

俺は生涯、酒とタバコはやらないと誓ってタバコは一本も吸った事はないが酒だけは新天地に移った頃から飯場暮らしをして早くから呑んでしまった
早くから呑んで良かった事は酒の呑み方を教えられた事で嫌な事があったら呑むなが
基本で自分では酒癖は悪くはないと思っている。
早くから悪い酒の飲み方をする奴は身内も含めて知ってはいるので酒呑みの対処方法は少しは知ってるつもりだが
歳食って力ずくは中々難しくなったので銭があったらAIとやらをカウンターに置いて対応させてやりたい
AIの平和利用だぞ絶対面白いと思うのだが
ど~だ~

ニュースでやっていた自転車ひょっこりニイチャンも酒飲みも制御出来ないのは基本はたいした変わらんのではないかと思う。
ひっこりニイチャンも仕事は真面目にやっていたと言う
爺婆ダマす奴よりは遥かにマシで一年真面目に働いて銭貯めて北海道に遊びに来てほしい
ホタテラーメンゴチするぞ
経験上思うのは酒の呑み方が悪いと言う奴は意外と仕事はきっちりやって出来る奴が多いと思うのだ
カウンターにAIを置いたらまずはどんな相手でも認めてやる事からAIに教え込まんとイカンなと思っている。

アルコール類解禁

土曜日午前10時頃 ラーメン屋の準備中に問題の吞兵衛が旧産炭地からリョウちゃん~と満面笑顔で来た先週の事を覚えていないのだ。

土日のみの営業だがラーメン屋の仕込みは木曜日夜に寸胴にシイタケと根昆布を入れて金曜日はさらに鶏ガラと豚骨を水1リッターに対して1羽と1本を入れ9時間煮込み一日掛けて造る
美味そうな香りがするのは火を付けて1時間くらいなのだが、その時点でラーメンを作っても美味くない7時間くらいでいいのだが他にも仕事があり時間配分で9時間になってしまう。
水と材料比率は最初は3対1だったが1対1になって採算割れに向かっているが好きでやってるので面白いのだ。

常連吞兵衛コンビは毎度の呑み方はここの店だけでの事なのか分からないが
酒はすべて撤去を知らせると項垂れて自分の別荘小屋に向かった。
いつもなら11時開店と同時に来て夕方まで居座るのだが開店しても来ない
午後2時頃に二人で来て何処が悪かったのか教えて呉れと言って来た
説明と説教大好き男なので二人にラーメンを作りながら延々と説教をすると
「 言ってくれてありがとう 」と言って帰っていった。
俺は項垂れて戻る背中に向かって店が閉まる4時に来いと言ってしまった。
4時までの間にビールサーバーを元に戻し日本酒を一本用意して待った


俺は前の店でだいぶ前に知り合ったNちゃんにコーヒーと越後湯沢の酒を貰った
「 酒ばっかり呑んでネーでーこれでも飲め 」
と言って年に一回程度しか逢わないが少ない給金でコーヒーと酒を持って来て呉れる。
Nちゃんはいままで自分ではどうしようもない不運に遭って来たがこれからも何度でも跳ね返して生きていってほしいと願わずにはいられない
すっかり大人になったなとしみじみと手酌で呑んだ。


旧産炭地は土日二日に渡ってタラフク呑んで二人で帰っていった。
そんな訳でアルコール類禁止はたった4時間で解除になってしまった。

先週は人が訪ねて来てくれ ある人の訃報を数か月遅れて知った。
もうこの歳になると寂しいが悲しくもなんともない
フォーを貰って食ったなとか、あの時はこうだったとか楽しかった事ばかりを思い出していた。
俺も楽しかったと思って貰えるそんな人生を送りたいと思った。

まったく忙しい

自分で招いてる事とは思うがまったく忙しい

ひとが読む字を書けないので書いて貰い店のいたる処に貼紙をしてビールサーバーから酒ビンなどを全部撤去に金曜日一日いっぱい掛かってしまった。
原文はもっと厳しいのだが書いて貰った人が間にたった一人はいっただけで俺の原文は却下されこの文面になった。
とんでもない文章が校正もされずに印刷され世間に出回る事が不思議でしかたない


さらに先週からこのホタテラーメン用の冷蔵水槽がまったく冷えない
ホタテは水温は10度以下でないと産卵が始まり美味くない なんてコッタ
容積は90リッター コンプレッサー方式なのだが海水でボロボロになってガスが抜けてしまった。
アチコチ探したが道内には無く内地にあってもこの大きさは注文で40万近くしさらに送料
ホタテラーメンは普通サイズの生貝が2個入って800円なのだが材料費が昨年から1割から2割弱値上げになってしまってさらにガス代も値上げ
用意した食材が全部売れる事も珍しく歩留まり8分程度なので40万で買っても元を取るには
これだけで4年は掛かる
ラーメン屋での吞兵衛にもムッタシ来たのでこの際なので店を止めようかとも思ったが

最後のあがきに冷蔵水槽を自分で造ってみようと挑戦してみる事にペルチェ方式なら簡単だが
ペルチェ方式で50リッターを冷やすには電気代が掛るしさほど冷えないのでコンプレッサー方式で造る事に
それから冷蔵庫の仕組みを夜な夜な調べて調べて冷蔵水槽や熱交換は分野外だが色々な事がわかった
アマゾンで買って持っていた1万6千円のコンプレッサー方式車載冷凍冷蔵庫は直流12V マイナス20度まで冷えるので利用する事に

冷蔵庫は交流より直流の方が性能はいいらしく中にステンレスパイプをコイル状にして入れて海水を循環させた


発泡容器は2480円 50リッターで発泡自体が熱を発生してるのか温かいので箱の内側にアルミ複合板を貼り付けて
熱交換は計算式があるらしいがやった事がないので行き当たりばったりで実験開始
外気温22度でも水の温度は11度まで下がった
さらに実験を重ねて現在は6.8度まで下がって一応使える状態になった
やってみて面白事に気付いたが長くなるので端折る


中に入れる海水は一度沸かし殺菌した沸騰海水を使用してる
貝類の中でもホタテは口が閉まらない為に海水から上げた時点で乾燥が始まり美味くなくなる
一度貝付きホタテを使うと産地としての意地もありこの方法以外は選択肢はない

銭がないからこそ知恵を絞り色々楽しめる
アマゾンで買った手持ちの冷凍庫や発泡箱とホースやパイプ類は倉庫にあった物を使ったので合計しても2万以下だが
1万6千円もした冷凍庫に一歩進んで穴を開けた時点で後戻りは出来ない間違って配管や配線に傷付けないか冷えるのかチョットおっかなびっくり

川上大臣もいま叩かれてるが
最初の一歩をした者を岡目八目で言う事は簡単だと思う
俺は選挙は野党に一票入れるが自民党も野党も好きではない特に野党はテレビの映し方の問題もあるかも知れないが!
ヒステリックな批判ばかりで最初の一歩をやってる様に見えないからなのだ
野党は塀のある家に住んではいけない

言と葉

ラーメン屋に毎度居座る吞兵衛が言うには呑まない奴は信用出来ないと言う
この言葉はよく吞兵衛連中から聞く中にはエンレイソウの最高学府を出た吞兵衛でさえ言うので本当の事だとすると
では吞兵衛の言葉は信用してもいい確率が高いのだと言う事になる。
俺もそこそこ吞むが吞兵衛の言う事はほぼ信用していない
だから聞いてられるのだが
だからと言って誰に何を言ってもいいと言う事にはならない
その言葉は信用に値するらしい吞兵衛様の言葉なのだが先日は元炭鉱棒頭の言葉はさすがにカチンと来た。
暖簾をくぐって入って来た者を守るのは店主の役目でもある。
寂しいがアルコール類は消毒液以外はすべて撤去をする事にした。
食材はすべて1割5分から2割の値上げで客待ち中に付けっ放しのガス代は日に3000円も掛かる。
それでも旧価格でやってる店は多い そこに言われたらやってられるか
呑みたければ消毒液でも飲め!止めはせん

火曜日は用事があり久々に233を通り深川に行って来た
米どころ北空知の深川は美味い店が多く種類も豊富なのだ。
遅い昼メシは深川魚丸で回転寿司を食う
正確には寿司は回ってはいない 食いたい物を紙に書いて手渡しで店員に渡し寿司は手渡しで渡して呉れる。
自分より遥かに若い働いてるネエチャンが手渡しして呉れる時には必ず客であっても商いは等価交換が基本なので
「ありがとう」の一言があるべきでその言葉がいつかその若い子の中で育っていくだろうと思う。

土方と各種工事屋はひと区切り毎に「 ご苦労様です 」と言うがこの広い世の中
きっと何処かで一皿毎に「 ご苦労様です 」と言う奴は居るだろうと思ったら可笑しかった。
そのひと人間の口から出る言って枝葉を広げていく言葉を大事に育てんと

俺は字はパッと書けないが魚丸のこのシステムが好きなのだ 客が少ない時は直接口で言う
そこで働く兄ちゃんいわくには年配者は言葉での注文が多いらしい


フェリー食堂
いまは流行の半纏で何処もかしこもタブレット注文が多く旅のフェリーでさえもこの状態なのだ。
ほぼ温め直しのメシなのでべつにフェリー食堂で食う必要はないが・・・・・

人との接点を減らされ人の見極めと言葉の責任を持てない、応酬話法が出来ない、人間がドンドン出来ていく
結果は自分の思う事だけを口に出す吞兵衛と変わらん一方的に口や画面の字面に出す連中が増えそれは素面の吞兵衛なのだ
商いで銭を持って来るのは葉っぱを銭に変えるおキツネ様とおタヌキ様以外は全員ひとなのだ。

商人と立方根

金曜日に留萌の寿児童センターの前をツルハに向かってランドセルを背負った女の子が二人と男の子が二人の四人が歩いていた
一番小さな子が背中にランドセルを背負って手にもランドセルを持って歩いていた。
一番ガタイの良い子は手ぶらで草むらに入って塀に登ったりしている。
ふっとイジメかなと思ったがツルハの信号が青になって流れに乗ってそのまま進んでしまった。
一周回って戻って車を降りて聞いてみようとも思ったがそれをせずに進んでしまった。

俺は修理工でもあるがそこそこの商人(あきんど)でもある。
商人は誰かが造った物を誰かに売る事を生業にしているが
船は船体とエンジンは別に売る為に船体とエンジンが別々のメーカーと言う事はざらにあり
船体とエンジンの耐用年数が大きく違い 金額が高いから大きからと言っていい事ではなくそのセットは使用目的と予算の妥協の産物なのだ
この妥協を納得させる事が出来ないと商人は出来ない
小さな子であってもその手法は通用するのに
これが江戸時代で歩きだったら当然声は掛け聞くだろう
車に乗る便利になる 功と罪(ざい)を思った。

土曜日は旧産炭地から船を引取りに来た人が自分の隣にある船を見て26フィートかと聞いた。
隣の船は自分の船とはたった1フィート違う24フィートなのだが
今までなんの疑問も持たなかったが言われて1フィート違いがなんでそんなに大きく見えるのだろうと考えた。
いままで生きて来て初めて単純に比例してはいない事に気付いた
船の場合は長さが1フィート違うと横幅も縦幅も違うので大きさは全然違うが
呼称23フィートが24フィートになると平方根ではなく立方根になるのでガタイが違ってくる
23×23=529だが24×24=576で増え嵩は47になるが単純に縦横を掛けると増え嵩は1657になるこの嵩高が船のガタイの違いになってくる事に数字で初めて気付いた。

土曜日に呑み過ぎてべろべろに酔った頭で思うのは俺は義務教育をしっかりと行ってなかったがもっとしっかり行っておけばよかったと思ったよまったく
読み書き算盤を習う義務教育は行けるものならしっかりと行った方がいい
4人組の子は留小の学区なので今度同じ場面を見掛けたら必ず車を止めて説得してみようと思う
アッチもコッチも妥協させるのは商人の十八番なのだ。

商いも買い手に作り手の思いを重ねる事が出来たなら立方根の商いが出来て
何かしらの大きない違いが出来るのではないかとふっと思った。

大都会と自然治癒力

火曜日は久し振りに全休にしてテレビ見てゴロゴロしていたが飽きたので厚田にメシ食いに行って来た。

ワイドショーで居酒屋経営者夫婦の事件をやっていたが考えさせられる事が多かった。
実行犯に一時期脚光を浴びたらしい地方出の子役がいたがテレビ業界は華やかな場面だけを強調する事で勘違いさせ人を食い潰していく業界である事が見て来る
画面に写るその華やかさや金額にひかれて首都圏に人が集中して行くのだろうと思うがその陰の部分が出たのではないかと思う
指示役と実行犯が違う事件は過去にもあったが その事件は指示役は無期になり実行犯は極刑になった裁判員制度になってから最長の期間になった事件でもある。
主犯でなくても極刑になる事もあるのに若者が従犯として犯罪に走ってしまうその思考力に何か構造的なものを感じてしまうのだ
モノが形になるそれまでの過程や時間を端折って成功=金の嵩のみを見てしまったのではないか

俺の様なド田舎者には都会にはもう自然治癒力はないのではないかと思ってしまうのだ。
半世紀も前なら怒鳴ったり罵倒する事は日常にあり周辺も耐性があり誰でも彼でも罵倒したりすると窮鼠猫を嚙みその場で返り討ちなども普通にあったが
現在の日本に置いてはその様な日常は無く若者にも耐性もない事に気付くべきだった。
江戸時代には1割が武士で恥を掻かされるくらいなら腹を切ってしまえと言う武士道などと言うものもあった国なので
現在に置いても人前で一人の人格を持った人間を罵倒する事はやってはいけない


熱田神宮宝物館 真剣 持つ事が出来るがカッパワレないように鎖が付いてる

結局は金儲けの為には人を罵倒する事を厭わなかった人が金の為なら何でもすると言った人達よって人生を終えてしまった。
人生には楽しい事は沢山あってその多くは人と人の間にあるのだろうと思う
俺が言うのもなんだが罵倒していては人は寄って来ません

思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから
言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから
行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから
習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから
性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから
あなたは、あなたであればいい
マザーテレサ

神かまうな仏ほっとけ

本業とラーメンと仕事が重なる5月連休がやっと終わった。
今年からラーメンは地図に出ない様にしたお蔭でわりとゆっくりラーメンを作る事が出来た。
ラーメンを食ったら好きなだけその場所に居ていいと言うのがコンセプトなので少々五月蠅いが
それでもいいと言う人向きのラーメン屋なので一般客には向かないが
来て呉れる人が来て呉れたらいい後は10月初旬まで土日のみ営業する。


やっと二階部分を解体出来た。

その間に冬の暴風雪で屋根の一部が風で飛んでしまったD型倉庫の解体をしなければならない
年齢的な事もあり修理はやめて中の品々は処分して解体をする事にした。
立ててやや28年ほどたつが浜風に曝されながらよく持って呉れた。
最近この倉庫に足を踏み入れるとバタン、バタンと音がするのだ
最初は戸を開ける事で風が入り屋根のトタンが動くのだと思っていたが
だんだん風の無い日でも足を踏み入れるとバタンバタンと数回音がする事に気付き
きっと万物の霊が壊さないでワタシ~を捨てない~でと言ってるのか思い始めたが
俺は神も仏も霊も信じてはいない
神や仏があるならウクライナもパレスチナも毎日毎日なんの罪もない子供が犠牲になる事はないだろう
神も仏もすべては自分自身の中にあり状況を作り出すのも変えるのも自分自身なのだ
そうは言っても生身の人間は頑張ってばかりいられない
そんな時は困り事は事前に神様お助け下さいと
感謝は仏様アリガタヤアリガタヤと使い分ける事が肝心かと
未練がましく現世に出て来る霊などそんな奴にはろくた奴はいない ア~霊~

最初はボートの格納庫だったがバブル以降は格納するボートが無くなり空いた倉庫は何でも珍しがる性格で何でもかんでもなんの脈絡もなく詰まっている。
古い物では昭和初期などゴロゴロしていて折角型があって生まれた物を少ない設備と工具でどうやって作ったのか採算性はどうだったのかと考えてしまい捨てる事は中々出来ない
それらを処分するのだが逃げられた嫁さんの弟で離縁したので元義理の弟カツノリの物も捨てる事が出来ずに残っている。
物にも自分にも確実に寿命がある事をもっと真剣に考えていたならこんな事には成らなかっただろうと思うが
そんな中でも片付けをしてると運と人に恵まれて来た幸運な人生だった事をつくづく感じるのだ。
ま~仕方ね~ゃと冬までに中の物はバイクも含めてすべて片付けようと思う

五畿七道ラーメン

釣りに出たボートからホッケを貰ったこんなに貰ってもと思ったが置いていってシマッタ
魚大好きで新鮮な魚を食いたくて老後はここでゆっくり暮らそうと移住して来たが銭が無いのでゆっくりは出来ていないが新鮮な海産物には当たっている
それでもいまやホッケは高級魚で食べるのは数年振りになる。
外に干せばカラスの餌食 屋内に干せばクロテンの餌食になってしまう
浜は外に干した魚と屋内で干した魚は味が違うのでカラスの餌食になる覚悟で外に干す事にしよう

最近では岸壁でもホッケが釣れている。イワシは掬いホッケは釣る。

土日営業のラーメンは先週から再開してるが連休前半がやっとこさ終った。
ここ崖下村は来た当時は40人ほど居たのがいまや8人しかいないので
冬は何日も人に逢わない事もあり
場末も場末の崖下村ラーメン屋は生身の人間と対話をする場所になるので赤字にならなければそんなに沢山来てくれる事は望んでいないが
天候もあり連休前半は真っ赤で終わる。

ホタテラーメンは臼谷のホタテを使っているが
数年やっていくうちに海産物を使うラーメンには産地から離れた場所では難しいのではないかと思い始めた。
その一番の理由は時間と共に干ささるからではないかと思うのだが
ホタテなどは他の貝類と違い口がきちっと閉じる事がないので時間と共に干ささる代表格と思う。
水槽も10度を超えると産卵が始まり味も落ちてしまうので冷蔵水槽に2日間保存するのだが手間が掛かるが中々美味い
醤油ラーメンはブロイラーの鶏ガラは味が出ないので玉子鶏の親鳥を使うのだが今や親鳥ガラは鳥インフルエンザの影響もあり争奪戦で土日しかしないラーメン屋には中々当たらないので苦戦している。
見掛けたら買って買い置きしてある在庫はあと78羽しかなく何か対策をと考えているがラーメンで時給を超える物はラーメンとは言わないと思っている土日ラーメン屋で600円を維持するにはこれと言った対策はない
これと言った対策が無いから面白いのだが
煮干しラーメンから豚骨ラーメンや中華ソバと何でもありと思われるラーメンはハッキリとした五畿七道ご当地味がある事は各地で食って来て確信している。
その一番の理由は子供の頃に親と食ったラーメンの味が景色とともに脳内に引き継がれているからだと思う。

仕事の為の仕事

昨日は朝コッ早く留萌港に呼ばれ修理をするが早く終わって時間があったので会費要員だが久し振りにチョットした会合にいく
その会合は行政と民間との混合で苦手なのでスルーしていたが開始時間が中途半端な午前11時 う~んメシでも食わしてくれるのかと参加する事に
会費は払ってるがメシは当たらんかった
ようは腹減る時間に合わせサッサとしゃんしゃんと手締めをして終わらせと言う出来レースだった。


戦艦「陸奥」の主砲身 全長18.8メートル 室蘭で作られた

参加人数はおよそ30人ほどで発言する人はバッチを付けた数人がほぼ言うが内容より発言する事に意義があるのか何を言いたいのかよくわからん
これはこれでクックとなるほど次回の選挙を思うと面白かったが
そんな中で座長がこのナンチャラ会合について
「 やってる事が町(まち)の為になってるのか うんぬん・・・・・ 」と言う
さすが儲けてる企業人と思った。
自分のやってる事が何かの役に立ってるのか
仕事の為の仕事になってはいないだろうかと年に一回くらいは振り返る事は仕事をする人間は大事な事だと思う。

改めて自分を振り返ると歳は食ってるがこれがまった結構役に立ってるのである
修理と言う仕事はほんと面白く ゲームをやってる様に動かない物が動き出し何かしらの役に立つていく
これが製造業や修理業の面白さなのだ さらに出来高払いだが銭が貰える
冬山での仕事は一人の失敗が全体を命の危険にさらす その危うい場面を何度も見て来て自分の限界を見極め10年前にすべて止めて今は海関連になっているが

周辺で問題がさらに起きていくだろうと思う事があってその対処も細々と進んでいない様に見える
一番の原因は食い扶持を保証された人達の仕事の為の仕事をしてる処にあるのではないかと思っている町も各課の人事異動はあるのだろうと思うが
費用対効果を見る事が難しい課と数字を見る事が必要な課とがあって
老婆心ながら各課を横断したコラボが必要でないかと思うのだが

うん! 老婆はよく聞くが老爺は聞かんぞ~なんでだ~


寒いの~借金だらけの人生だったが終活中で個人情報が詰まってる銀行から借りた証書を燃やして暖を取る

東北は何処にいっても東北弁だが播但地域はとうとう播州弁を聞く事はなかった。