借り

20年ほど前に寝耳に水のニッサン危機 
当時の俺の稼ぎの中心だったニッサンは経営危機をカルロス、ゴーンによって立て直す事が出来た。
しがらみをバッタバッタと切る事は内部の人間では出来なかったろうしカルロス、ゴーンの才覚による処は大きかっただろう。
当時日本の誰もが助けなかったニッサンはカルロス、ゴーンに報酬は払ったが助けられ借りが出来たのである。
海外との合弁事業の失敗は数々あるが大きい処ではサハリン2などは途中で国が入って来ていい風にされたとの見方が出来る。
当時やはりロシアとの合弁は危ないとの見方も広がった。

ニッサンがフランスでルノーが日本と国を置き換えて見た場合は功労者で借りが出来た相手を自分達は司法取引で安全な処にいて 司直の手によって処分したと見えなくもない
功績に応じて名誉の引退をさせる事 誰か引導を渡す人物はいなかったのかとも思うが

一般大衆をお客として相手にする企業が功労者に対して司直の手を借りたと受け取られない事はとても危険な事でもある。
ニッサン舟艇には25年以上前から散々世話になり今の自分を作って呉れた舟艇部門は無くなったが身近な問題だけに神経にさわる。

その最たるものは テレビで恵みナンチャラが芸人や落選したヤメ検などを集めてカルロス、ゴーンを皆でバカ笑いしてる  ムッタシ来てチャンネルを切り替えると今度は坂上忍も同じく芸人を集めてカルロス、ゴーンを皆でバカ笑いしてる。
総体売上に対してたったの50億 誰でも人生の中で功罪は出来ると思う。
皆が汗水流して働いてるのにどう処理したのかどっかの創業家の御曹司はカジノで100億もスッテンテン 
224億円もの絵画を寄贈ではなく棺桶に入れようとした者など儲けると勘違いする者は日本でもなんぼでもいる。
 
当時日本の誰もが助けなかった日本の企業を立て直し 数万人の日本の雇用を支えたカルロス、ゴーンを笑い者にする 恵と坂上忍は俺でさえコイツらは人間ではないなと思った
コイツらを日本在住のフランス人が見た時に この状態を許すテレビ局や日本人に対してどう思うか容易に想像出来る。

もし日本にも武士道なるものがあるならフランスにも騎士道というものがある。
名誉の切腹の道はなかったのか
日本人の義理と人情はどこに行ったのだ。
義理は借り 人情は情(なさけ)
貸した側はその場で忘れてしまうのが一番だが 借りた側は終生忘れる事は許されない

あっと驚く為五郎

少しの間ニッサンの末端の枝葉をやって少し儲けさせて貰ったがボート生産終了になって最後は枯れ葉となり落ち葉となって散ったが
ゴーン逮捕にびっくりだった。
果たして重箱の隅を壊れても突く日本の国税を相手に稼ぎの半分も隠す事など本当に出来たのだろうか
昔は技術のニッサン 販売のトヨタと言われ そのいい例がサニートラックとパブリカトラックだった
ハッキリとしたコンセプトの違いは乗ればすぐわかるほどだったが
ルノーと言えば日野がノックダウンした日野ルノーがあるが 特徴的な作りは当時の日本車に様々な影響を与えた。
日野ルノーで安と蟹江の橋の上から流れるドブ川を眺めた事を思い出した。

ニッサン危機を知った当時は日本車がフランスの大衆車ルノーの傘下に入るなど日本や日産コンツェルンはなにやってるのだと思いがあったが
これはフランスがドッタラでなく純粋に技術と言う面に置いてそう思ったのだ。

ルノー傘下になってからのニッサンはこちらの日々の稼ぎに直結する問題だったのでフランスの国民性などを気にして見て来たが
フランスは自国の事になったらシャンソンばかり歌ってる訳ではない傭兵から枯れ葉までなんでもありの感じがせんでもないし
海に囲まれた日本と違いヨーロッパー諸国は隣国と地続きの国 喧嘩慣れの底力は生半可ではないと思うのだが
今回は何かに付けて強気一辺倒の政権による国策でない事を祈るばかり
不用意に揚げた拳も下げたら小指が一本足りないなどと言う事ないように 

釧路港

どうやったらいいかを見る為に海難事故の例を幾つも見て参考にしている 見てる間に気が滅入るのでシーズン中は見ない
やり方は同じで風上に回りロープを風と潮を見て流す 下に付くと自船がやられる付かず離れずの間合いを取る操船は相手が動かない着岸などと違いかなり難しい
マルシップの船員はインドネシア、パプアニューギニア、フィリピン、ベトナム、中国と外国人が多い 
いま新鮮だのドッタラだの言っても楽な仕事ばかりを選ぶ日本人は外国人がいなければ日本食は成立たない処までいってる。

身体を張った現場は最後になったら誰それも国も関係ない目の前の事に専念するのみなのだ 
助けられた船員の足の細い事
銭の多い少ないではない誰かの為に身体を張って少しづつ男が出来てゆくような気がしてならない 

白糠道の駅で車中泊をした ここはコンビニが横にありトラックなど車中泊するにはとても便利だ。
ぞくぞくトラックが集まり車中泊している。
肩幅ギリギリの車内ベットで服着たまま寝て荷物を下ろしたと思ったらまた帰り荷で今度はどこまで走るかもわからん
それが一週間も続く事もある トレーラーでない庸車トラックは何日もそんな生活をしてる事が多い 
それがトラック乗りの生活なのだ 今はシャーシー移動で少しは楽になったがそれでも走行距離はそんなに変わらん

道あけてやれと思うのだが


朝日に向かって一路また釧路港を目指す。


釧路港到着 何か懐かしい魚を拾いにいった当時の留萌港を思い出させる。

13日火曜日から携帯で呼び戻されるまでの三日間の釧路旅でもっとも印象に残った。
南浜付近早朝をいま時珍しい背筋を伸ばし大手を振って歩く漢の後ろ姿に感動して こっそり付いて行って後ろから盗った。
地べたをしっかり踏み蹴りあげる洋式の歩き方で陸にいる事を確認するかのようなその後ろ姿にきっと世界の海を股に魚を追掛け凄い人生を背負って生きて来たのだろうと思う。

浜大樹特攻トーチカ群

ひと月間毎日同じ事をし続けやっと終わった。
人間の医者も病気にならない為の医療と怪我してシマッタのを直す医療と分かれると思うが
機械物でも故障を未然に防ぐ点検整備ほど退屈なものはないが こちらの方が根気も真面目さもいる。
俺はどうもこの点検整備が苦手で苦痛なのだが責任もあるし食っていかんないのでやっとこさやっている。
それが今季やっと終わった。
ご褒美に休暇を取ってまた釧路に今回は不思議な沼や川を沢山見て来ようと呼び戻されるまで行って来た。
本当は携帯など大樹のロケットに積んでやりたいのだが


浜大樹で玉砂利に埋まってしまってやっと脱出した 知る限りではこんな場所で一番力を発揮するのはジムニーでその性能には追い付く車は国産車では無いと思う。最初に腹がつかえるのはフレームでトランスファーを守るからして全然違うのだ
早くジムニーのキャブバンが出てくれないかと思ってるのだが


延々と続くトーチカ群


一辺がおよそ6~7メーターほどあった。


ほふく前進で進み中に入って見る 広そうに見えるが前に見える銃眼の縦が20センチ程度、幅がおよそ50~60センチ程度なので広さは畳み二枚程度しかない
ここに機関銃と弾箱と兵士二人と食糧を持って守るのだろうが 前に見えるのは戦艦なのだ一発当たれば破壊はしなくとも熱とガスで一発アウトだし 
一か所しかない銃眼は左右30度くらいしかない ハイ手榴弾ですと投げ込まれたらハイさいならと身体はバラバラ
中の兵士の退却などは一切考えていない陣地で特攻と同じ思想の作りだと思う。
不遜だが零細事業主を思い出してしまった 税務署から呼び出され引く事も許されない
ケツまくるしかないのだが評価額以下でも売れない下手な財産があるとケツまくるにも資金がいる。
すまん不遜だった。

狙った弾が飛ぶ先にも親も子もいるただの人間でしかない 
守るこちらも親も子もいるただの人間でしかない
それが一番わかっていないのが政治家と大本営だったのだろう。
戦争は政治の最大の失敗で政治家が強い者か弱い者かどっちを向くかで決まる。
戦争と経済は密接に絡み儲ける奴がいて後ろで糸引く奴が必ずいるのだ。
まず最初に逢った事も無いそこらの奴を憎むように仕向けられる 
それからそいつの国全体を一括りして憎む様に仕向けられる。
次は殺やらなきゃ殺やられると自国を守るのだと教えられる。
見た事もない相手をドッタラコッタラと憎むのは組み込まれ始めてる証拠だと思うのだが
俺が言うのもなんだが ま~ま~落ち着け~一息吸え~

十勝の空はやけに青い

煽ってないべゃ~ベア~は熊 

「 何であんたがあおってくるからでしょ! 」 (しょ)を小さく区切るのが北海道弁
「 おかしいしょ! 」
「 何がおかしいんだよ。煽ってないべゃ~ この野郎~ 」 (べゃ~)と状況に応じて伸ばすのが北海道弁 語尾が上がると危ない

見事な緊迫感で北海道弁を全国に披露して呉れた 止めされた方にも止めさせた方にも道民え~え~ょ~賞をあげたらいいべゃ~。
道路上で止めさせるのは危険でもってのほかだが
「 おかしいしょ! 」側にもまったく因果がないとはとても思えないのだが

かなり昔に冬期間は魚を木箱に入れて4トン車で運んだ経験からトラックはすべて一般ユーザーの都合だけで動いている。
冬の網走から石北峠を超えて留萌間を6時間で計算されそれを元にその時一番高く売れる各地のセリに合せて走る。
魚を船から受取るのは天候と漁模様次第で決まった時間など無いが各地のセリの時間は朝6~7時頃と大体決まっている。網走から留萌間は5キロ早く走ると途中で約20分の仮眠が取れる。
何がなんでも走る それでなければ朝どれ鮮魚は一気に価格が下がってしまう。
今は携帯があるが当時は途中何度も掛ける公衆電話でその行き先変更など指示される。
セリに間に合う様に早く着きたいが眠たい10分以上寝るとそのまま寝落ちしてしまうので
10分ほどの仮眠もしたいと思って走っている。
俺なんか山の中の住民は鮮魚など食わんで塩サバでも食ってれと何時も思っていた。

大好物のサバ 安くて美味い

先日日没後 落合からトラック車が追い越し禁止区間で追越し出来ずにつながっていた。 
俺は小さい事を利用してドンドン先にいった その渋滞の先に居たのは荷物を運ぶ赤い軽キャブバンが山部まで60キロ制限の一車線の国道を50キロきっかりで走っていた。
後には「 私は安全運転をしています 」と書いてあった。
俺なんか育ちが悪いので『 うるせ~横に除けれ 』とクラックションを鳴らしたべ~ゃ~。
それでも除けない
お前~ょ~追越し禁止標識を勘違いしてないかと怒鳴ってやりたかった。
追越し禁止標識がある処は補助標識が無い場合は正確には
「 追越しの為の右側部分はみ出し通行禁止 」なので右側部分、黄色の標示車線をハミ出さなければ追越しても良く
他にも右折や停止中の車がある場合は右側部分にハミ出していいのだ。
標識の下に補助標識で「追越し禁止」とある場合はハミ出さなくとも追越してはいけないが補助標識は道内の道路はほとんど無く見た記憶がない
遅い車はバス停など横に避ける場所がある場合は除ける事によって後続車は違反せずに追越しがスムーズに出来るのだ。
道路法規は弱い者を守る為と交通の円滑 すなわちサッサと走る事を目的に出来ている為に広道優先などがある
道路は左側部分を遅い車から順に左寄りを走れて書いてあるべ~。
浜中の二車線をパトカーまで左側の右寄りを走るのは間違えてるべ~

これはハミダシ禁止標識 速度標識の下に棒が引いてあったらそれ以下の速度で走ってはいけない 左は歩道自転車通行可標識 下にあるのは補助標識

しかし何処にいっても小包配達の赤い軽自動車が50キロ以上で走ってるのを見た記憶がない
リンゴ道路か田んぼのあぜ道でも走ってるのなら構わんが追越し禁止のある道はサッサと除ければいいべゃ~
同じ荷物を運ぶ者の罪人を作らん為だと思うのだが そう思わんか局長

青森か釧路か

メシを食うのも体力がいると言う事がわかる年代になった。
メシを食ったら兎に角眠たいのだ 仕事して炊事洗濯風呂掃除と家事を一人でこなし洗濯中に寝てしまったり風呂で寝たりと睡魔に負けて寝てしまうのが早すぎて深夜に起きてしまうのだ。
俺の場合は逃げられたが嫁の務めは亭主より長生きをするのが嫁の務めだと心底思う。
聞く処によると嫁が居なくなると男は3年位しか持たないらしいが 実際に近場で目に付くのは平均して男が残った場合は一年以内が多い
逆に嫁は平均して10年以上生きてさらに若くなるらしい
最初は『 アン~タ~ 』などと言っても一年もするとキラキラった軽自動車を買ってあっちこっち出掛けて活き活きし始めるのだ。
ま~男にとっては本望だと思うが
また一方では嫁に逃げられた男の場合は結構これで人生を楽しんでいる連中が多い
好き勝手にやって逃げられた場合は最初はウダウダ落ち込んでも一年もするとオリャ~これで好き放題
遊びまくる事が出来ると開眼するからなのかボートを買って釣り三昧などは普通にいる。
だがそれも70代になるといきなりガックシ来るので
やはり生き物はなんだかんだ言ってもツガイが一般的な生息パターンなのだろう思うに至った。

月初めに一週間休む計画もどこかに行ってシマッタが
今週こそ最低4日連休をして釧路にコンブを返しに行きたいと思ってる時に意外な訪問者が来た。
それも青森でビックリ仰天の転職を果たし 青森の田舎の話にドンドン引きづり込まれて青森にもまた行って見たくなった。
函館まで8時間そこから2時間で大間に着く佐井など周辺を散策して4日間か釧路コンブ返却街道か悩んでいる。


5年前のノスタルジック航路船内 バイクはスズキK50 銭が無かったのでテントを積んで野宿しながら青森旅

青森に行く時はユーチューブで中国人モンちゃんがいくを見ると参考になるのでいっかた見てる。
繰り返しいっかた見て思ったのは 中国人モンちゃんはこの子の人間性は凄い
編集もあるのかも知れんが最初と最後では一緒に出てる日本人の所作が変ってゆくのがわかるほど変ってしまう場面がある。
さ~もう一回寝ると朝が来る。

すーぱーちゅうずで~

天候と段取りが悪すぎで船の上架もままならずで一週間休む予定だったが次々と予定変更で休みなど何処の話よと言う週なのだ。

昨日火曜日は誰とは言えんが北隣の元漁師のオヤジが朝こっ早くからここに血相変えて来た。
血相もなにも元々10年前からガンでもうダメだ~が口癖でヨレヨレだが眼力だけはあるので少々面倒臭いオヤジなのだ。
そのオヤジが言うにはゴミ箱の鍵を誰かが勝手に替えてしまって使えないと言う。 
俺はそんな気の利いた事をする奴ではないので後は3軒しかないので南隣のこれまた元漁師のオヤジしかいない 
こっちは荒海で稼いだ元北転船漁師で黙っていても少々凄味がある。
そっかシャッチョ~ではないのかと
おりゃ~おりゃ~と北隣の元漁師が南隣の漁師に怒鳴り込みに行った。

ゴミ箱の戸がバタバタするので南隣の漁師のカカァが取りあえず付けた南京錠が
俺に断りも無く取付けるとはなんだ~と怒りまくっている。
もっとも鍵を勝手に替えるとゴミ箱の戸が誰でも開かなくなるので そりゃ~もっともだが
カカァ~はカカァ~で元北転船漁師のカカァの意地を掛けて一歩も下がらないのである。
そもそも両者船員年金で銭も時間もタップリあるのがマズイのだ。
共同で使っていた南京錠を元漁師のカカァ~が無くしたらしいが そうは白状はしないのである。
ここのゴミ箱使用者は一軒減りまた一軒減りと今は俺も含めて三軒しか居ないので
南朝側か北朝側かさ~どっちに付く
自称余命は明日にも無くなる予定の北朝側元漁師のオヤジも最後の意地を掛けて朝こっ早くから一歩も下がらんのである。

歴史上両極の争い事はこの様に簡単で些末な出来事が大事に発展してゆくのだろうと思った
巻込まれる力の無いその他大勢にとってはエライ大問題なので
鍵の必要な南京錠はやめてカンヌキ方式がいいのではないかと提案した。
それならお前が付けろと言うご沙汰が下り このクソ忙しいさ中に留萌まで走って買って来た。

南朝側も北朝側も幾らしたとは聞いて呉れるが マッタどちらから貰うか三等分するかでまた争い事が起きそうなので
涙を呑んで自腹を切った。
そんと時だけ南朝側も北朝側も「 そっかありがとさん 」で一致
今までは拾って来たような板っこを打ちつけていたのに
カンヌキは560円だったが車の燃料代と商売人の時給の方が高いぞと思ったが平和の為にダンマリを決め込む
ゴミ箱所有者の役場に請求してやろうかとも思ったが面倒臭いので止めた。
平和維持など大した事ないのである。お互い面と向かって言いたい事を言って解決の道を探ればいいだけなのだ。
問題を拗らせるのは行政や政治に頼り過ぎ調子こかせるからなのだとスーパーチュウズなんちゃら言う選挙を見て思った。

続続自己責任

他人の事で物を言う者には三通りある。
「 知ってるからこそ 言う者 」
「 知ってるからこそ 言わない者 」
「 知らないからこそ 言う者 」

始末の悪いのが知らないからこそ言い、
その口からは経験していないからこそ出る 思い付きの絵空事を言いい 
その簡単明瞭な言葉に皆がひきつけられてゆく
その言葉の責任も取らない 
いかに覚悟があると言おうが現実に自分の命が掛かった場合は 
その覚悟など一瞬に吹き飛んでありとあらゆる神に命乞いをするのが人間だと思う。

実際に命が掛かった恐怖で身体が動かなくなると何時間ものあいだ一秒が目の前の事が
パラパラ画のようにスローモーで過ぎてゆく
その恐怖は経験した者にしかわからない
 
「 知らないからこそ言う者 」

ピンネに雪が

目が覚めたら11月だった。
今の時期は一年で一番忙しく 年々忙しくなってゆく なぜかと言うと一般では定年を迎えてノンビリが許される世代だと自分に言い聞かせて遊んでばかりで仕事を先送りしてるからなのだ。
キリギリス生活で食ってゆく為にそこそこに稼がんとイカンので
この時期は地方で稼いでる事が多いのだ。
俺は思うのだが70歳定年など政府が年金や社会制度が充実出来ない事を誤魔化すのと労働者を奴隷と思ってるからで
誰がそこそこに食う金があったらクタバルまで働きたいのか 
仕事には責任が付き物で仕事上で失敗しても下手すりゃ自己責任と言われかねないのに

以前は50歳で仕事を辞めるのが目標だったのにナンノコッチャ~


戻って来たら隣の家が解体されて無くなっている。
部屋からオーシャーンビューになったのだが今年からはきっと寒いだろう。
もう持っていても仕方ないのと無年金者に近いので周辺に持ってる使っていない土地を処分してるが価格はバブルに買った価格の七分の一を目安に売ってるが
バッテングするほど売れているのだ。 増毛の土地が売れないと言うのは高いからで安けりゃ売れるのだ。
目安は6万円あったら ここでは一月生延びる事が出来ると思って処分しているのだ。
へ~いらっしゃ~


厚田側から見たピンネの山々に雪が降った 北海道は一年の締め括りは10月だと思うのだが
それまでに冬籠りの準備をして春まで半年間ジッと辛抱なのだ。以前は雪が降るのが待ちどうしかったが今は雪を見るとムッタシくる。

暫らく大都会に居て少し稼いだので帰りはゆっくりと275線を通り帰るのだが夕方の帰路は戻りたくなくなる。
アクセルを踏む足に力が抜けてゆくのがわかる 
当別でうどん食って帰ろうとか浦臼で焼き鳥買って帰ろうか
下徳富で風花でお茶っこでも呑むか、とん太ラーメンでも食おうか雨竜のまこと屋のカツでも食おうかなどと思いながら頑張って走って帰ってくる。
食い物に執着があり様々な物を食ったが年食うと何食っても店の対応が一番の味付けになる。
それだけ年寄相手の商売は難しいのかも知れんが量はいらんし 愛想だけで逆にいい商売も出来るとも思うのだが

先延ばしした仕事もあと少しで終了するのだが
『 百里を行く者は九十を半ばとす 』 一番危ない時期でもある。 
うん待てょ~百歳まで生きると九十で五十歳て意味か~

ラーメン屋今季終了


この黄昏た場所で5月から一人でやった土日ラーメンが昨日で今シーズンは終了した。


週2日間の営業の為に前日金曜日に仕込みをするので営業60日 仕込み30日で計90日間働き
自分の人件費は取る事は出来なかったが水道ガス電気以外はすべて前金仕入れで残りはこれ
28、760円1日当りの粗利は429円 
減価償却はなし 奥消費も見ていないが試食と奥消費の区別は分けにくいので勘案はしないが食材は残り4日間では食い尽くせない
途中から掃除以外は自分でやる羽目になったが試行錯誤の繰り返しだった。
いいホタテが思う様に買えなかった事と原価率を考えた事が裏目に出て思うような味が出なかった。
終盤に入って一日の目標を20杯に下げて思い切って勿体ないがその日の食材は毎日その日に処分するようになって少しは思った味が出るようになったが
7か月間で出した杯数はおよそ1500杯×平均600円 計約90万 
自分の人件費を1日6000円と見た場合は仕込みも含め90日働いたので540.000円
自分の事を考えると全くの赤字
問題は1日でも30日でもスタート準備に1日掛かる事で毎日営業した場合は無駄が大幅に減る。
営業は1日40杯までは自分一人で充分出来る。
俺の場合は本業があるので土日しか出来ないが毎日専念したらもっと良い結果が出る事は間違えない
開店の為に150万ほどの資金があれば誰に文句言われる訳でないラーメン屋が人生やり直しには向いていると言う根拠になっている。

人件費の掛かるテーブル席は作らないメニューも増やさない 経費は徹底的に減らしその分材料費に掛け
仕入れ先と近所付き合いを徹底するこれに尽きるような気がするのだが

25年前に誰が今の状況を想像しただろうか 街中にはテレビ電話を子供でさえ持ち歩き
車などはタダで貰う事さえ出来 土地付き家さえも貰い手がいない
あと数年後には無愛想な店員や窓口嬢に変りAI嬢がお客を瞬時にヨイショしながら店番をして呉れるだろう。
物販業ももう店舗では利益は出ないだろう終わってしまった。

軽トラからキャンプ用の箱を降ろす為に通販で買ったスリングベルト 幅25ミリ 長さ4メーター 価格は一本540円
あまりに安く何が送ってくるかと思ったが 吊ってる最中に切れたとしても高さ5センチ程度しか上げないので問題はないが勧めはしない

超巨大企業の車業界でさえ危ない状況のなか生き残るのは超優秀な頭の持ち主か損得を優先するAIが関わらない損する業界以外は生き残る事は出来ないだろう。
損をする業界とは割に合わない業界で働いてもバカ臭い それも一人でチマチマとやり食っていけさえすれば良いと言う業界が残る可能性は多いだろうと思う。
もう地球全体が消費を中心に成長し続ける事は無理があると思うので
来年も楽しく悩んでチマチマとラーメン屋をやろうと思うのだ。
ラーメン一緒に食ったら親友らしいぞ 毎度ありがとうございました。