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ヒネクレ者の俺は災害が起きる度に忘れないで下さい共有して下さい 
といつまで言ってるのだと思って腹立つのだ。
支援してる側は支援金を元手に何倍にもして欲しい為に支援してるのだ思うのだが

「 忘れないで下さい 」
それは自分に言い聞かせる事で他の人に悲しみを押し付けるべきではない
小さな個人に次から次と起きる災害や不幸を分配していったらタダでさえ生きてゆくのが大変なのにさらに心に溜めさせて行ってどうなるのだと
それは災害地もふるさと納税の様に宣伝合戦でパイの奪い合いになってゆく
テレビ向かったらこんなになりましたよ
あの時はありがとうございました。ではないのか
東北震災物資を運んだ時に
「恩は忘れません」 「ありがとう」 と家の窓々に手書きで書いてあった。
心配を掛けたくないと言って歯を喰いしばって頑張る人も沢山いるのに

これは激辛ラーメンの様に実態から離れた過激であれば受けると思っている
ニュースを流す側の見識の問題だとも思うのだが

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1月17日は上記念にベースキャンプを作り霧平トンネルを作る為の雪崩調査に2日間の予定で山に入り上記念に戻った時に車のラジオで震災を知った。


くつ塚
ここは伊勢湾台風の被害者が一番多く出た海抜ゼロメートル地帯で大江川のすぐそば
ここから歩いて1分程度の元塩町4丁目の二畳半矢作アパートに伊勢湾台風の4年後から一年超えて住んだ
当時はアパートの壁に水害の証明の様にクッキリと跡が残っていて
学校は南光中学でNHK中学生日記の舞台になった学校で先生は実在の先生でホントボロボロの校舎で二階に上がるのも怖かった。
さらに夕方になるとコウモリの大群が学校に戻って来るわで北海道にはいないコウモリを初めて見た俺はいつチ~吸われるかと恐怖のどん底だった。
南光中学の卒業アルバムは何処に行っても顔写真が載った唯一の証明なので今でも持っている。
学校も被災地の中心だった為か生きているかたまに顔出せと言う程度で
辛うじて立っていたアパートには海抜ゼロメートル地帯で家賃が安かったからか様々な人が住んでいて
その日のメシの種に日雇いの仕事を笠寺観音のテキヤの手伝いからネジ切りと学校にも行かんで食う為になんでもやったが
日当は早朝から夜暗くなるまでやって200円が相場だった。
大江川は満潮になると汚い港の水が逆流してくる川ですぐ傍の大きい工場は製鋼所だと思ったがカーバイトなども大量に捨てられていて拾いにいった。
そんな中でも高度成長期だったせいかそんなに皆に悲壮感はなかった様な気がする

俺には共有と言う言葉は無い
それは男なら他の人を引きずり込むなと言う思いもあり どんな境遇でもまずは自分の精一杯の努力の上に共有があると思うのだが
「 ニイチャン頑張れょ 誰が見ていなくてもお天道様は見てるょ 」
とどれほど言われた事か
いまはすっかり変わってしまった名古屋に沢山のものを捨てて来た。
俺の中にもし共有と言うものがあればそれは自分の為なのだ

17日は早朝から年始の挨拶に231を通り札幌に

俺は思うのだがこのクソ寒い中鼻水たらして眼もショボくれた旗振りオヤジに止まらずに右に出る時は必ずウインカーを出してやるべきだし停止線に余裕を持って止まるべきだと思う。
それでないと運転手が自分を確認してるかどうか確認のしようがない

帰りは遠回りして一度行ってみたかった市場に 色々買って来た。

古い市場は自分が立っていた場所の確認なのか懐かしいのだ。

予言者牡牛モ~ゼ~

雪が降らず暇だ~若かりし頃なら雪を求めて山に行ったものだが もう全然そんな気も起きない 
かと言って片付けもする気が起きなく何となくテレビを見てる生活なのだが
世の中は凄い人もいるもんだと感心してしまった。
創業からたった20年足らずで売った会社の代金1000億円も通帳に記帳したらしい
それも歳は40代前半らしく凄いぞ~ぞ~
40代前半と言えばプライベート自転車も買えなかった俺が初めて新艇のプライベートボートを買った頃なのだ。
ただ残念なのはその若さならほぼ怖いものなど有るかって言うくらいの時期だと思うのだが
折角1000億円も記帳して公開したなら その金で世界の若者の為とかなんとか言って井戸掘り財団でも作ってスッテンテンのゼロ円を再度記帳して公開しそこから再度立ち上がったら 
そりゃ~拍手喝采ものだったのに残念~

だが会社とは資産とはなんだと言う問題を多く考えさせられたニュースだった。
現在は穀物が作られた時から始まった資本主義の限界を人類は出くわしてるのだ。
人類は何かしらを口に入れ続けないと生きては行けない 
その大事なものを生産してる現場を置き去りにし投機の対象にして有名になったのが十勝の赤いダイヤである。
赤いダイヤはなんぼ高くなろうが安い時と何も変わらない小豆なのだ。
そこに天候と言う不確実な物を織り込んで投機の対象にしてしまったがその手法は生産者の汗水を博打の材料にしたのだ。

今から400年ほど前にオランダでチューリップ球根が投機の対象になり最高高値はその球根一個が肥えた牡牛40頭分に匹敵するまでに価格が上がった。
食えもせん花しか咲かんただの球根なのだ。
いま考えるとなんとバカなと思うのが投機でほぼ実体のない博打なのだ。
日本の小豆なども投機の対象になっていい迷惑は実際にそれを使って細々と餡コロ餅を作る人達で価格が上がっても末端の餡コロ餅には価格転嫁は出来ない部分を自分達の身を削っている。
生産現場が世界に広がっている現在はその実態が見えづらくなっているが
もうそろそろ限界が来るだろう。
口に入れる物に一番近い処に住んでコツコツと働く者が世界を救うと思うし正しく評価されるべきだと思う。
北海道や日本に博打場のIRなど絶対に要らん

最近深川の農業を教えてる学校にある物を持ていったが
そこで20代の実直な若者と出会ったが俺の説は確信にかわった。
俺は丑年なのでこんどから俺の事を予言者牡牛モ~ゼ~と呼んでもらうか

サルもの追わず。

たかだか銭金で済む物と済まないものがあるし
誰でも人を見間違える事はある。それも苦しい時はなおさらで
あんな奴だとは思わんかったと言って離婚なども普通にあるし
超大企業の日産は倒産寸前にまでいっても日本の企業も政府も誰も助ける事はなかった。
その泥船にルノーは代貸しゴ~ンを送り込み見事に再生した。
日本の関係者よりニッサンの可能性と資質を見る目があったのだ。
人が困った時、苦しい時に揉み手して乗り込んで来るのは新興宗教と怖いオジサンと相場は決まっている。
ここでは書けないが何度も身近で見て来た。

良くなったら苦しかった時の事は忘れて恩も義理も忘れるのも、
なんも政治の世界だけではない
通常にある事なのだ。
ご~んょ~手切れ金持って行け泥棒なのだ。
丁度年の瀬ではないか ご~んなのだ ご~ん
面子を潰された連中はあの手この手で躍起になるだろうが

後ろ向きに囚われるより
大事な事は安全に関わる品質を落とさない事で日産首脳陣のやる事は
現場に戻りラインや末端販売店で働く派遣社員、正規社員を問わず謝罪と頑張って下さいと頭を下げる事ではないのかと思うのだが

10億もヨッコしたオバサンだって銭は戻ってこない 
いい迷惑は馬で桜に肉にされるかもしれない
青森のアニ~タ~だって回収は出来ていない
人を見る目を養いましょう~見間違えた時には授業料は当然払う事になる。
反省の為に書類の廃棄はやめましょう~ 
反省だけならはサルでも出来るらしい~ぞ
元ニッサンボート販売店より

質素倹約

嫌な時代になった
皆で決めた事から離脱して経済封鎖をしちょっかい最初に出したのはトランプで
裁判にも掛けずに抹殺していいのは戦争だけで人間のクズトランプやアメリカは狂ってる。
制御の効かない状態が起きてウクライナやカナダ人はトランプの犠牲になった。
一人一人に親も居れば子もいる数ではなくさっきまで生きていた人なのだ。

俺は自分の生活を60代より一割下げて暮らす事を目指して来て
銭を掛けないからこその工夫など楽しさがある事に気づいてる。

どうやったら安くできるかと散々考えて
箱の構造は安い3×6センチ角を半分に切って銭の節約と軽量化を図って
間に居れる発泡ウレタンがすじかいの代わりになって構造的にハニカムになっている。
寝ながら星を見る天窓は捨ててあった雪印の冷蔵ショーケースの二重扉を使った。
ただただ銭出して買った物よりは数倍楽しめたのだ。

どこの道の駅でも車中泊していても見学者が来るほどで説明する俺の鼻の穴がピクピク動くのだ。

もう金や馬力にものを言わせる時代は終わった。
青龍刀より日本刀、元々質素倹約は日本の伝統なのだ。
浮いた金で落ち着いて考え
儲かれば人さえ殺す国や連中と間を取って暮らす事を目指すべきだと思うのだが
俺が言うのもなんだが喧嘩して徳になる事は何も無い

見境ないライフルマントランプ

今や世界を危機に陥れるのは間違いなく政治家で指導者達だと言う事がわかる。

やたら高いビルの屋上の淵と歩いてみたり バイクで飛んでみたりとする
普通では考えられない事をする者は沢山いて自分では出来ないので誰かがやってるのをわざわざ銭払って見たりする者も沢山いる。
人間の中にそういった狂気の部分を持っている者は沢山いる これは紛れもない事実なのだ。
俺は自分の中にある狂気の部分には早くから気付かされていたので
自分で決めた決め事と御法度は馬に食わすほど持っているしそれが無ければ今は無い
臆病であれ臆病者に油断はない

トランプなども裁判にも掛けずに特定の人を抹殺してしまうなど狂人に近い 
当然国として損失に見合ったレベルまで報復は行われるだろう。
それが国レベルで行われるうちは制御は出来るかもしれないが
良識を超えた狂気の人達が個人レベルで行う弔い合戦や正義の名を借りたうっ憤晴らしは続いてゆくだろう。
その制御の効かない報復はやがて一人歩きをしてゆくだろう
背後で笑うのは北朝鮮とアメリカ石油メジャーと防衛産業
突然ガソリン価格は10円もあがりその膨大な利益は何処に
世界は危ないと言いトランプマッチポンプに追従して戦闘機にイージス・アショアは買わされるはで まったく質の悪い狼少年のようなトランプ

歳食ったトランプマンの弾はどこ飛んでいくかわからん 近づいたら危ない

北朝鮮は敵の敵は味方でミサイル物を運ぶと流石に危ないので者に託してミサイル開発技術を中東に売り込みを掛けるだろう。
その為に品評会の様に試し打ちを披露してゆく必要があり
いま起きてる事象に右往左往してるのはもう遅いのだ。
そのもっと先を見越して世界中と縁を繋いで置く事が必要で
俺はお前は嫌いだがお前は俺を好きになれは絶対にないと思うのだが
隗より始めよかも 

かなり前になるが9月に倉庫が満杯になる半年分の仕入れを一気にしていた。
それはメーカーの方針と自分の過信と自惚れだったが気象にも左右され売れ残ったらホント大変だった。
予測を外した年は売れ残った支払いの為に鮮魚トラックに乗ったりスノーモービルで冬山の資材運びとなんでもやった。
その為に春から その年の後半気象予測を立てるのだが
その方法は測候所に通ったり某大学の気象講義を聴きに行ったりとしたが
その時に学んだ事は今起きてる事象に右往左往しては、すでに遅いと言う事と
気象は世界中密接に繋がっていると言う事だった。
そのどうしようも無い中で大事な事は自分の器量を知り
財務内容と自己資本の充実だったが~
その為に苦労を掛け続けた嫁さんには逃げられたが
いまは銭だけを言えばセイコーマートの半額総菜で暮らしてる俺よりは 
メールアドレスと口座番号しか教えてくれない元嫁さんは財務内容は充実してると思う。 
一人の人生を奪った事は間違えないとは思うのだが 
結構冷たい奴で最近はメールも年に一回 新年明けましておめでとう だけ! 

どうも政治の世界の人達には御法度は無いらしいし
元検事が弁護士をやるヤメ検も何かシックリこんのだが

時間切れ仕事せんとイカン

結婚が5割の博打かと言えばこいつと結婚したいと思って結婚出来た時点で峠は越えてる。
峠は山の上下で半分を超えた博打は5割成立 
俺は物事は殆ど結婚と同じだと思う。
物を売りたけりゃ~買う相手を好きになれ、そしてそのお客さんと一緒に歳食っていけりゃ~いいと思うのだ。
その関係は余程の事がなければ生涯続いて欲しいと思う。
5割は自分が相手に与えるモノ 5割は相手から頂くモノ 
その関係が大きく崩れた時に家に帰っても電気は付いていないストーブも付いていない状態になる。

ここ崖下村は裏の崖にはウドも採れる港では魚も釣れる浜を歩けば魚外しで魚が貰える天国のような処だが
田舎暮らしも結婚と同じで頂くモノと相手に与えるモノのバランスを大きく崩した時には成立はしない。
若い時はどうしても頂く事が多くなり下手すりゃ力づくで分捕り状態になる事も多い
競争に勝つと言う事はそいう状態になる。

どうせなら人生一度くらいは互角の相手とトコトン闘って相手を打ちのめすのか
打ちのめさせられるといい 
勝ち負けの差はいったい何だったのか 
そこに僅かな運と差しかない事を知る闘いを経験した方がいいと思うのだが

いかん何時もだが筆が走ると言うか活字が走ってしまい全然違う事を書いている。
本当はZOZOなんちゃらさんを書こうと思ったのだが

もうそろそろ記憶も途切れる頃なのでここでは書けない事も
その時その時で一生懸命生きて来たのに
鼻から忘れ去られる人達の事も実名で書いて残しておきたいと思う この頃なのだが
なにせここではチョットマズい事も多いので、、、、、、、
イカン顔洗って仕事をせんと

寺銭

国民を売る様な真似をする国会議員がハッキリとした形になって表れた。
今は全く通常の博打はしない
何故かそれは今までの人生が博打とほぼ同じでわざわざ時間と銭を無駄にせんでもいいからで それは今を生きてる人ほぼ全員と言っていい
釣りなどは確立は競馬以上にリターンが少ない博打だし 明日オッチヌかも知れんし 結婚そのものが勝率5割の博打で残り5割は自分次第だと思うのだが

通常言われる博打にも寺銭は2種類あり
勝った者から寺銭を頂いちゃう方式と参加した者全員から頂いちゃう方式がある。
仲間内で観楓会や温泉旅行でバスの中で酔っ払い爺が丼にサイコロを投げるチンチロリンなどは寺銭はゼロでその勝った銭は酔っぱらい爺の仲間内に還元されてゆく
公営ギャンブルは寺銭が最も高く率は5割を超えるものもあり
一見高そうな丁半や手本引きなどは二分から三分程度だが
勝った者から寺銭を頂くのだがこれは全員が見てる前で決済が行われる
パチンコなどは一割五分程度でカジノも一分五厘程度なのだが
賭ける者が一人しか居なくても賭けは続行される
カジノもパチンコも賭け金は積み立て方式で その分配が公正に行われてるかどうかは胴元にしかわからないのである。
その仕組みはとてつもない巨額の銭が胴元に蓄えられる事になって
その資金は何処かに流出し続けるだろう。
それは花札やマージャンなどとは全く違う異次元なのだ。


夜明け前が一番暗い 2020年新年釧路検疫錨泊地

単純な賭け事で寺銭が一割の場合は1000円を10人が賭けて10000円から寺銭1000円を引き9000円を総取りした場合は還元率は9倍になるが
残りの運に見放されたドン臭い連中にそこで
ハタと正気になってドアに向かって行って貰っては困り少しでも多くの人に軽い依存症になって貰わなければ
電気代や箱代を掛けた胴元としては身も蓋もないのである。
これが博打の中身なのだ。
何事も360度回りを見渡せる余裕を噛ました奴には勝てない
強い者は勝ち続けるのは当たり前なのだが 
それでは富の集中が起きて格差が広がり しいてはやる気が起きなくなってゆき国全体の荒廃と治安の乱れが起きる。
10人いたら一人の勝ち組より還りは少なくても半分の勝ち組の方がチャンス確率は多く 多いイコール希望になってゆく

その高みの見物をする者、強い者を制御するのが議員の役目なのだ。
今や親分が嘘とスットボケだから下までも嘘で通せると思ってる最低野郎の議員達だが
そいつらをハタと正気にさせ動かすには 
貴方達の首は何時でも挿げ替えられますょと見せなければならない
その為にも誰を選ぼうが選挙に行く事が絶対に必要なのだ。

1000円あったら子供にアイスクリームを笑って食わせてやる事だって出来るじゃね~か~バッカくせ~

初日の出

今年は年賀状も早々と書き終えたが
毎年年賀状を書き始めると夢に起こされそれもカラーでハッキリ見てしまうのだ。

年賀状の画像はその時その時で一番心に残ったものを使っているのでチョット添え書きをと思うのだが全体のバランスを崩すような気がして中々書けないでいる。
そんな中でも名前も顔もハッキリわかるのに住所がわからん
 今どき何処でなにしてる事やら。
何処かでガード下で雨露を凌ぐその姿は昔の俺の姿なのだがオッチンだのもそうでないのも俺の気持ちの中ではいつも生き続けている。

俺は稀にみる幸運の持ち主なのだが年末は色々考えてしまいほんと疲れて歩くもやっとなのだ。

〆縄もホームセンターで売ってるのを見て そんなにご利益は無さそうなので
今は二種類をどんど焼きに出さずに毎年使い回している。
掃除などいつでも出来るわいと考えてサッサと〆縄をさげて受けた恩を忘れないように
ぬるま湯から年末の寒空に逃げ出すのだが
年末は猛吹雪予報なのでもしかしたら生涯で初めての日の出を見に太平洋に変更してドンドンゆく

寄り道につぐ寄り道で31日夜はこのままではガス欠かと思った処でガソリンスタンド発見そこで聞いた初日の出情報をもとに道の駅で車中泊と車中飲酒と夕飯


元旦は白糠道の駅にドンドン車が集まり始めて海岸に人が降りてゆく 俺もおりて日の出を拝むが何も頼み事がないが
とりあえず手を合わせる。


釧路桜ケ丘トライアルに食料調達に行く途中でお~お~飼いシカか~

昨年は安倍政権批判を繰り返したせいかこのブログに 403 Forbidden と出て投稿が出来ないので古いパソコンを起動させたが どうやったらいいかわからん もう風前の灯状態だぞ~

ソコソコに

除雪機を全部運び終わったら後ろの出っ張りは要らなくなったのと歩いてる人がぶつかると危ないが
突然の運搬もあるのでなんとかならんかと毎日考えて折り畳み式にしてみたが~
物を折り畳むと言う事は凄い難しい事だと今更ながら知った。
折り畳むと言う事は背と表と縮む側と伸びる側が交互に入れ替わらないとないのだ。
さらに下着の様な袋状の物は首を最後に脱ぐと裏と表がひっくり変えるが向いてる方角はかわらんのだ。
さらに箱で扉である。その難しさは俺の頭では出来ない事が判明しかけた。
日本では扉の復旧はおそらく忍者屋敷以外では江戸時代以降と思われる
それも開閉は85度程度で180度開く為にはこれまた俺の頭脳では無理と判明したが 一か月以上の日々の努力により

こんな感じに出来上がりました 必要な時は箱袋が飛び出します
細かい処は抜きにして お~お~なんと素晴らしいと自画自賛しております。
掛かった費用は砂川の宮本テント屋さんに払った3800円であとはその辺りにあった物を使った。
ひと月折り畳む物や扉と言う戸はじっくり観察しまくった。単純に扉と言ってもその種類は沢山ありその緻密さ奥深さに今更ながら驚いているのだ。
あまりにも扉を見つめ続けたので扉がひとりでに閉まってしまうと
お~お~こいつ照れてやがるなと思ってシマッタ


さらに星は月と七つ星以外は知らんが 天井には天窓が付いていて満開の星空が見えるのだ。
このガラスは雪印の冷蔵ショーケースの二重になった蓋を使っているので断熱効果は抜群なのだが上に雪が積もっても溶けないのがチョット難点

超田舎者でひねくれ者で芸術などまったわからんので以前から都会ではライトアップだ光のシャワーなどとニュースになるが 
なんでわざわざライトアップするのかわからん
何処か忘れたが棚田に光のイルミネーションをしたのは狂気の沙汰にしか思えんのであります。
都会にも住んだが本質を見間違えるのか意図的に見えなくさせるのか
芸術は狂気なのか
俺が言うのもなんだがホント夜は平和の為におとなしく寝ましょう。 
何事もソコソコがいいのかと思うこの頃なのであります。