俺が言うのもなんだが

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丸加山から見る雨竜 たった一日でこんな事に
これがあと五ヵ月続くのかと思ったら見なかった事に無かった事にしよう。

金持ちにはたった千円でも貧乏人は千円あれば今日一日生きてゆく事が出来るし
貧乏人はその為にたった千円でも身体を張って挙句は命まで張ったりする
同じ物でも相手によって価値の違いがある事は充分理解をしなければならない
金が力のある奴はすぐに忘れる事でも力の無い弱い奴は一生の思いとなって受け継がれ
一発に掛け用意周到に策を練って来るので恐さは人一倍ある。

力のある奴は結局は昔から言う様に「 負けるが勝ち 」で
また日本では「 金持ち喧嘩せず 」とも言う。
どこか分からん処で帳尻を合わせる事が出来るのが金持ちなのだから
強い者が一歩譲るのが一番で平和になると言う状態になるしかないのだ。

上手な料理人が作る鯉の生き作りは鯉は自分が食われてる事もわからんらしいぞ~
俺は食わんが

今年は春から人様の船はぶつけるわ自分の船は沈めそうになるは
挙句のはては種無しで役立たずの金玉を収納してる陰嚢をサンダーで削り落としそうになるは
売った物は次々とクレームは付くはとトラブル続きだったが
クレーム処理もトラブル処理でも大事な事は相手の言い分をサラになって聞く事に尽きる。
自分に出来る事は何なのかを相手と右と左に分かれ歩み寄るしかない
クレームとトラブルとの違いは大したないがクレームは宝 トラブルは損

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日本品質?最高傑作はどうやって付けたのかと言う開かない蓋などなど色々思いだしますナ~
「 沈黙の大多数 」を持った会社は潰れる。

不思議な事に漠然と思うのはトラブルは3~4年周期的にやって来るような気がするのだ
因果応報が溜まるのか
あまりにも続くと逃げ出したくなる。 
逃げても何も解決はしないと言うが自分より弱い相手にはその場を逃げて欲しいと思っている事は多い
時が解決して時間と共に相手も少しは賢くなり自分も頭に昇ったチ~も下がったりする。
一番気を付ける事は感情に任せて報復だけはやってはいけない
そんな奴は己をしり人前に立たない表に出ないのが
世の為、人の為、自分の為

俺が言うのもなんだが長い事生きて少しは賢くなりましたハイ

踊るアホ~に見るアホ~

ロシアもトルコもこいつらバカか
武器を持っていれば現場の功名心や酔っ払いやらで、
こんな事は当然おきてやがては泥沼に落ちる事は歴史が証明してる。
かつて命のやり取りの決断をする立場の元首相は
「 どこが戦場かそんな事私に分かる訳ない 」と無責任に言ったが
それは本当でどこでも何時でも戦場になる可能性はあるのだ。
喧嘩なんて一旦始まれば最初の原因など関係なくなるのが喧嘩
そんな危ない所には貧乏しても近づかない

もしかして日本の仏教は独自の進化を遂げたのではないのか
武士道と言うが一割しか居なかったどちらかと言うと
搾取側の規範を農民やその他が心底受けいれ昇華させる事が本当にあったのか
庶民の矜持や道徳はもしかして仏教によって形を作られたのではないのだろうか

今頃十字軍がドッタらオスマン帝国がドッタらと遺恨をそこまで遡るならいっその事恐竜時代にまで遡って
すべてのご先祖様はアフリカのナンチャラ川の出である事を確認したら
どうして日本は数々の戦や明治維新や第二次世界戦争などでもその後の遺恨を残さずに国が繁栄してゆくのか
もしかして日本独自進化した仏教思想があって大きく影響してるのではないのか
と思うに至った。
アッチコッチもヒステリー状態の今こそ世界に冷静になれと手打ちを呼びかける事が出来る
数少ない資格のある国だと思うのだが

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神居岩の沢 かすかに見える道に地蔵さんが沢山並んでいたと思ったが一体も無い
どこさ歩いて行ったのか

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半世紀も前の出来事の為に置かれた地蔵さん誰が手入れをしてるのか手入れが行き届いている。

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いかん今度は仏教や寺院にハマりそうだ杖持ってカブに乗っていたら俺かも
チ~が出るほどの喧嘩になったら、あきらかに強い者が勝つと後々面倒になるのはその道の常識

割り箸

天は二物を与えては呉れない
海のものとも山のものとも分からん何も無い所に投資をするのはリターンも大きいが 
そんなリスクを追う奴はその後の維持管理が出来ないタイプが多い
また維持管理に長けた奴は何が面白いのか重箱の隅を突っつき、突っついて突っついて
重箱に穴を空け何も無くする。

いつまでも成功の過去にしがみ付くと結果は稼いだ銭も無くし破綻させる事になるが
悔やみさえしなければそれはそれで充分だと思うが
防ぐ手立ては
誰にでも欠点はある、それは分かっちゃいるけど♪~直せない♪~
どんな奴でもいい処は必ず在る そのいい処を沢山実行する事で 
それで全体をチャラに持って行けたら最高ではないか

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新聞紙に包んでいるのは小清水の長いも一本は食ってシマッタ
Uがオホーツクからわざわざ持って来た新聞紙に包んであるのが、
なんとも言えん なんと言ったらいいのか気持ちと哀愁が漂ってる。
長いご無沙汰だったがオホーツクに居た。
顔を見ると昔話が尽きない

日曜日に玄関を開けていたら 見た事ないどっかのオヤジがコメの袋を持って入って来た。
あの時のと言うが思い出せん
そう言えば今年崖下村をスーパーカブを押してたオヤジが居た。
留萌のサファリラリー帰りみたいにバイクを押して筋トレかと思ったが声を掛けた 
そん時のお礼にと言う。
おいおいコメ2キロの方が高いぞと思ったが貰ってシマッタ

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この海の景色を見ると日本では本当の名前では暮らせないと
今から船に乗りますと福岡から素麺を送ってくれ韓国に戻った金さんを思い出す。
俺の玄関はいつでも空いている。

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トレーラー引いていたので駐車場の広い山岡屋ラーメンに
雁来は久し振りで券売機が新しく変わっていて間違って塩ラーメンを食ってシマッタ
ニイチャンに何がなんだか分からんと言うと全員そうなんですよ~と言う。
俺の後に婆様と若いニイチャンが入って来てニイチャンが婆様を気遣って油少な目でと言う。
なんか山岡屋は場末のラーメン屋と言う感じがして好きなのだ。
若いニイチャンが小さな場所でも一生懸命働く姿は美しい 

ラーメンは何が何でも割り箸で食うのが俺の決め事 
割り箸の無いラーメン屋にはどんな口に合っても二度と食いにはいかん
環境が環境が言うなら洗剤で箸洗うな 車乗るなチャリ乗れ

今年に入って今までにはないドンぶりを一個、茶碗を二個、皿を二枚を落として割ってシマッタ
なんだろう。

マジシャン

南二軒隣に元漁師の魔術師でなく
マジシャンの爺様が居る
元々たいした人のいない村で唯一の観客の婆様が入院したので
他の趣味のジグソーパズルと日がな一日戦っている。
難しいのはあまり個性のない絵との事
俺自身はいま朝令暮改どころか朝令昼改で何が何だか物凄いスピードで毎日が変化してる。
それなのに家を空けて遊んでいられるのは移動式のナンチャラ言うパソコンを買ったからなのだ
携帯電話と数台のパソコンに操られ、
まるで脱走はしたけれど町内を首輪を付けて引き綱を引きづりながら
俺は自由だワンと歩いてる犬と大した変わらんのだ。
最低限の生きる野生の勘が失われてる気がするのだが
長かったのか短かったのか今
自分の人生パズルに何かわからんピースが薄らぼんやり
これを埋めたら出来上がりと見えるような気がしてるのだが
けれどそれがなんなのか分からない
或る日はとてもいい子で
道に困った人がいるとわざわざ車を停めて降りる事もするが
又ある日は目の前に有る物が宙を飛んでゆく
商売は何もない処にするのがリターンは大きいが商売人は人の半歩前を歩くのが商売だとも思うし
何がなんだかわからん

終盤のピースを埋めるのに一体何を埋めて完成としたいのか分からない
ただ言える事は駅前で行きかう人を見て酒呑んであっちゃに手を振りこっちゃに手を振りして帰る道々の景色が好きなのだ。

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小平川上

バンゴべに新たらしく出来たトンネルを超えて
ここの本流でエビを採取と思ったが一匹もいない魚もいない 
アイツがみな食ってしまったのだ。
そりゃそうだょな~と諦めて休憩に寝て次に移動
大きなものが出来るとその事前調査に10年以上前に冬山の荷物運びに入るのが冬のアルバイトだったので
ここもダムが出来る前に何度も来た。
集落があった時を知ってるので生活をいきなり断ち切るダムもなんだかとおもう

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霧立に向かってドンドン山奥に冬期間閉鎖区域だったが雪崩調査の為に観測機器を運んで山から下りたら阪神大震災をラジオで知った。
あれから20年

ドンドン川筋を北上するがヤマベしかいない下手に連れ帰ると
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こんな事になってしまうのだ。
食い過ぎないようにエサをやらないと夜陰に乗じて隣の水槽の仕切り板を飛び越えて口に入るものは何でもたらふく食ってしまう。
夜中は水槽にぶつかる音が聞こえるくらい凄く鼻の軟骨が潰れている。
ボクサーかよ

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稜線を超えたここは散々探したがヤチウグイはいない、やはり説は正しいのか
いぜん天北原野で牧場に空き缶を埋めて天北原野に生物分岐線が有る事を発見した
小学生の女の子が居たと思ったが琵琶湖にはシジミを茹でると身が反対に付くのを不思議と思って教授になった人もいた。
大した役にもたたん事をやるくらい楽しい事はない

今回は道北と空知地方を二日間で一回り
車には何日も生かして置く事が出来る電池式と100V用のエァーポンプが付いてるので水草を入れ過ぎなければ何日でも大丈夫
カブにも付いているので後数年で4輪免許を返上したらカブでアチコチ移動するのが夢

二台あったうち夏しか乗らない車を一台減らしたので任意保険やら車検やらで経費だけで年に20万は減った
今の車には燃料費も入れると年に60万以上掛かってる
これだけあれば汽車とタクシーとバイクが有れば充分お釣りはくる。
崖下村では走ってる車を誰彼かまわなく止めて町まで乗せれと言いドリンク一箱暮れる婆様がいた

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連れ帰った魚はこの本で確認してる。
以前は地方の図書館で見つけて その本を富士屋さんに頼んだりしたが最近は中古本が安いのでネットが多い
左の本は表紙の色が違うだけで中は同じネットで買うとこんな事も起きる。
偶然見つけた少し前まで居たという川の民の本が混ざっている
子供を連れて一家で箕を作ったり修理したりして川筋を移動していた箕作り人達は
安いプラスチックの箕が出て来てから春になっても来なくなったそうだ。
道内でもかなり奥地の沢に入るとその存在を知っていると言う人に何人にも逢ってる。
あと数年で何もかも変わって忘れされるのか

ヤチウグイ

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大正時代に馬で土を運んで作られたと言う農業用ため池
沼の麓に爺様が暇そうに立って居たので話掛けた。
ヤチウグイを知っていて山の向こうにはいないと魚にやたら詳しかった。
農民はなぜか博士か詩人かと思う人が多い

以前水を抜いた事があったそうだが居るのはドブ貝とヤチウグイとフナ、エビだけだったそうだ
北海道の鯉は移入種だと言うのは本当かも知れん
この陸封された沼に居る魚が本来の北海道の貴重な原種かも知れない

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ぽつぽつと見えるのはドブ貝
この沼の放水路 この上流先は高さ2~3メーター以上ある沼の水抜きパイプで一度出たものは戻る事は出来ない
下流も高さ2~3メーターほどのパイプによる落差溝
沼から流れたドブ貝2~3センチほどが沢山見えるが
落差溝のパイプまで延長100メーターほどのU字溝に大きいものは一個もないのは越冬出来ない事を示してる。
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川真珠貝と違いこの大きさは水槽では育つ事は無いので元に戻して来年また見に来ようと思う。

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同じU字溝で
石のように見えるのはカワニナで小さなエビが沢山いた水抜き用のパイプから流れ落ちたものと思うが元のさやでなく、沼に戻る事は出来ないし越冬も出来ない
カワニナとエビは連れ帰り水槽で飼育して見る事に川エビは動作も面白いし30センチ程度の水槽でよく飼育も簡単ですぐ増える。
よ~く見ると楽しいので一家に10匹

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落差溝より3キロほど下流でどんな種類か知らんが冷たい川によく見かけるカエル
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どこにでも沢山居るヤマベこれを連れ帰るとデカくなって大変なのでカエルと共に川に戻す。
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どこででもごちゃまんと獲れる川エビ
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同じ場所でカワカジカ日本海側とは明らかに違うがカジカは生息域で模様が変わると思う。
魚を人間の手で触ると魚はヤケドするので厳禁
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採取場所はナイショ
体長5センチほどのヤチウグイこの大きさは珍しい
川や沼を探索する事何十年にもなるが
標高200~300メーターほどの留萌峠下より西ではヤチウグイはいない
トゲウオは見るがエゾトミヨも見た事が無い留萌側は魚の種類が極端に少ない
見つけれないのかなぜなのか不思議
太古の時代に何か辛い事でもあったのか

雪が降る寸前の川は越冬地の沼に戻る魚が大挙して押し寄せるが戻る事の出来ない人口施設が多すぎ
今週から雪なので仕事もせずに二日掛けて各地の川と沼めぐりをして今シーズンは終了

富良野二股青葉

あさ~雨だった。
オラ~オラ~追い越し車線をチンタラ走ってるんでね~ぞ
北海道に来て食えない冬は鮮魚運送トラックに乗ったので遅い車が追い越し車線をチンタラ走ってるのは不思議で仕方ない内地で追い越し車線をチンタラ走っていたらパトカーにまで注意される。
交通法規は安全ともう一つは物流の確保がある江戸にゆく為の上り路線と大動脈路線の為に広道優先や優先道路などを決めてるのだ。
混載の職業ドライバーに午後に集荷させて明日の午前中着などと平気で言ってのける連中は追い越し車線をチンタラ走ってはいけない
それが職業ドライバーにストレスを与え仮眠をも奪っているのだ。
遅い車はさっさと道を譲るべきだと思う。

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芦別野花南から道道70号線に入ってしばらくして冬期間通行止め
だけど通行止めの中に分水嶺を超えたあっち側の旭ナンバーのジムニーが止まってるぞ
ここを突破出来なければ富良野を回なければならず時間に間に合わない
横道を探すが中々無い右側のブロックを蹴り倒し入ってやろかと思ったが出口を考えて断念

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怪しいトンネル発見さらに上に仏舎利塔のような建物がチラッと見える 芦別は怪しい建物が多い
さすが旧産炭地と諦めて富良野に迂回する。
何かあったら道路管理者が道路管理者がと言われるからなのかいまは本当に通行止めが多い
何から何まで大の大人が自分で決められないのかな
山の向こうは聞くだけでも怖ろしい熊山 

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反対側の富良野二股青葉通行止め

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青葉のすぐ横にあった廃屋ここに住んで居た人はどんな生活をしたのか
火縄銃一丁とおぬぐる一個持たせられて
「 ここを好ぎなだけ開墾したら自分の土地だ~ 」
となんとかひでなしされて栃木辺りから入植したのだろう。勝手な想像

昔 神居岩からマサリベツに抜ける山奥に身体が不自由なタカコ(仮名)が居た。
猛吹雪の日は留萌川を越え原野二線を越え五十嵐町まで来て赤旗が立ってると学校は休み
あまりの吹雪に学校にゆくと怒られる時もあって貧乏人一団が青鼻垂らし固まりになって自力で帰らなければならなかった。
留萌川には当時穴らだらけの三尺幅ほどの橋が掛かっていたが学校に来るのも命掛け帰るにも命掛けだった。
何人もがその橋から落ちて行方不明になったが貧乏人の子はそんな事もあったか程度で済まされたような気がする。
文盲だったらしい親がカタカナで付けた名前のタカコの妹も川に落ちてしまった。
落ちて地蔵さんになった子もいる川の傍に今でもあると思う。
その時になして助けなかったと一人残った子を皆で責める酷い話が残って人間の怖さを経験してシマッタ
その川のすぐ横に住んで居た俺は尻馬に乗って提灯を付け相手にも自分にも悔やんでも悔やんでも悔やみきれない傷を残した。
東光小学校は今のジャイアンツパチンコの傍にあって場所的にはアルミの弁当箱を持てる町の子と海苔付オニギリなど滅多に食えない東の極貧の子と朝鮮半島の部落の子が混在する場所で
貧乏人はみんな昼飯は外に出ていた。

川の傍の原野二線は家畜の密殺場だった、丈夫な橋は鉄橋を渡るか留萌橋まで下がなければなかったのに
なして橋に穴が空いていたりすぐ割れる板で橋が作られたのだ貧乏は嫌だった。
そこはほぼ住井すゑの世界だった。

川を越えた山の中に小道があり道脇に誰が何を願ったのか昔から地蔵さんが何十体も置かれている。

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地方のスーパーに入るのが大好き
帰りに寄った芦別のフードD食彩館スーパーここはお気入りでこれで二回目

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なすて~なすて~増毛や留萌では売っていない生筋子がフードD食彩館にあるのだ
まさかTさんが釣って来て卸してるんでないべな、なんか納得するが?
芦別山をぐるっと囲む旧産炭地にあるスーパーはお客さんの風体がどことなく違い労働者と言う感じで生きてると言う感じが凄くして大好きなのだ。
肉やらここまで来て魚やら3800円ほど買ってシマッタ。

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雨で午後からの予定は変更になったので滝川のワンさん飯店にラーメンを食いに
根岸季衣に似た片言の日本語を操るお姉さんに中国ではラーメンを食う時にず~ず~と音を立てないらしいがと聞いた。
昼時だったので衆人は手を止め一斉に聞き耳を立て前にいたネエチャンは後ろを振り向いた。
根岸季衣似は口元に手をやりこうするとやって見せた。
初めて笑顔を見た。
嫌韓だの嫌中だの自分の身に振り掛かってから振り払う自信もまだまだあるので俺にゃなんの関係もない

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半年海で使った船外機を丸二日淡水を流して塩抜きする。

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水源は線路を超えた崖下にある川、自称俺螺背渓流から増毛は綺麗な水が豊富でどこにでもある。
いまや水はガソリンより高い
食えなくなったら お上の保証付き水道水をペットボトルに入れて売るかと思った事もあった。
増毛の水道水は直接水槽に入れてもヤマベくらいなら充分育つのだ。
商品名は『 暑寒伏流水蛇口仕様 』 5合で108円でどうだ~
 
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朱文別沢で用水路掃除してたら獲れたとハナカジカを持って来てくれた。
あきらかに石狩川水系と違う
増毛のハナカジカはなぜか数年もとはあまり長生きはしない多分降海型なのだと思うのだが
石狩川水系は長い事生きてこれがハナカジカと思うほど15センチを超えてデカくなる。

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小さな倒福 幸せは探してこそ

これから夜が明けたら初めて道道70号線を通り美瑛にゆく
ヘッドだけなので往復約200キロ予定時間は4時間で昼までに増毛に戻らんとイカン
しかし神居山は大した高い山でないのに旭川にゆく横断道路がないのか不思議
神居山横断道路がないのは先住民のアイヌが関係あるのかも
北海道の地名は殆どがアイヌ語が元になってる、誰だったかアイヌは先住民で無いと言ったエライ先生がいたが
オイオイ頭大丈夫か~

季節の変わり目は毎日がせわしい今週は休みなしだった。
フッとなぜカレンダーは日曜日から始まるのか
古い奴なので働いてから休むなら月曜日から始まると思うのだが 
イタリアあたりは金曜日から始まりそうだが
ま~どっちでも月月火水木金金でないだけいいか~

今日通りを歩いていたら兄さんちょっと待ってと声がして
素直に待っていたら酒を貰ってしまった。
折角なので滅多に一人では呑まないのだが珍しく工場(こうば)で呑んでしまった。
工場(こうば)で油にまみれて呑む酒くらい美味い酒はない
この酒は高い酒なのでワンカップの佳撰を呑んでしこたま酔ってから大事に呑もうと思う。
俺はいつも美味い物は後まで取って置いて誰かに取られる奴なのだ。

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一人で呑んでいたら昔に出逢った奴らのあの時この時と思いだしなんか涙が止まらん
もしかして俺は成仏出来ないでまだ夢の中なのだろうか
もう欲しものは何もない
お前らも家族を大事に今を大事に生きろ今の先に明日がある

増毛には中国から歩いては帰れん海を渡って親元を離れて年端もいかん子供達が
水産加工場(こうば)でクソ冷たい水仕事をしに来てる。
宿舎の横に弁天市場を作ってから この子達は何が一番喜ぶのだろうとずっと5年考えて来た。
その喜びそうなお呪いの札 倒福が今日届いた!それもおまけ付きで
明日通りの窓に貼りに行こうと思う
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なんか知らんが涙止まらんもう少し酒呑んで寝る。

日本品質

日本品質?何こいたもんだ、
たった半世紀ほど前には消耗品のコンタックットブレーカーを替える為にエンジンをそっくり降ろさんならん軽自動車があったし ラジェーターホースを交換するのにラジェーター本体を外さんならん車もあった。
鍋田干拓で日本車など遥か彼方に置き去りされたのもチョット前の話
それが改良され現在まで来るまでどれほど物心ともに下請けも販売店も修理屋も泣かせたかわからない
大企業の連中は今では忘れ去ったのか忘れた振りしてるのか

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六郷土手にて本文とは何も関係ありません

東名高速が開通した頃に訳あって数物屋で一年半働いた。
某メーカーの1000ccセダンのステアリングギヤボックスをフレームに取付ける為に3本のボルトで取付けるのだがプレス屋から来た大きさ15センチの鉄板を溶接で二枚合わせる、手間賃は確か一個10円くらいだった気がする。
夜も昼も無い言われた数を納期まで何がなんでも納めなくてはならなかった。
親方は製品を一立方(いちりゅうべ)ほどあるパレットに入れ、そこのメーカーの工場にトラックに積んで行くのだがパレットの一個を抜き取り検査をして不合格になると全量戻って来るのだった。
これはイジメではないかと思う事も沢山あった。
2トントラックはいすゞが一番丈夫で誰もが使っていたが他のメーカーの車で工場に入る事は許されなかったので相手先メーカーのトラックをどこから借りて来なければなかったのだ。
工場抜き打ち検査などは工場をチョロッと見て後は近くの喫茶店に連れて行き親方が油で汚れた手でテーブルの下から封筒を渡す。
そんな時代がちょっと前まであったのだ。
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六郷土手にて本文とは何も何も関係ありません

心のどこかに国鉄も大企業なども信じたらイカンと思う気持ちがある。
それでも性格が弱いので間合いが取れないのだ。
思いっ切り走るからぶつかった時の衝撃も大きいのだ、適当にチンタラ走ってればいいのだが逢った事もないご先祖様から受け継いだ性格はどうしようもない

力には金の力と腕力とがあると思うが金が掛かった時は貧乏人でさらに田舎の会社はなすすべが無い
機械物を売ってると製品を売らせて貰えいない事より一旦売ってシマッタ製品の部品供給を止められるのが一番怖い
それを承知と言うか武器に大企業は自分達だけで決めた方針を迫って来る
目の前のお客さんからは直せと迫らるが部品が有るのに買えない直せない
俺なんかはもう黄昏て覚悟決めた奴なので怖くもなんともないが
そんな自分を信じて買ってくれたお客さんを見捨てる恐ろしい事が実際に今でもあるしチラ付かせる。
散々苦労を掛けたはずの零細企業を見限って海外に工場を作り、
作った製品は日本市場などたったの数パーセントしかないと日本の弱小販売店や顧客など眼中にない大企業
政治だけではなく政治と結託した大企業とガッチリと組み込まれた日本で若い者や田舎が育つはずなど無いのだよ。
杭打ち作業の時だけ大企業の社員だったらしい作業員 
作業員が~作業員が~えっホントかょ