今朝の海

今年は台風接近で月曜日8月と言うのにすでに船の上架をした。
今季の船の上架がすべて終わったら冬になる前の長期の休暇が取れるのだが

最近はなぜかその時は金欠でチマチマッた所しかいけないのが現実
金欠になる一番の理由は記憶の欠如
探し物で時間を取られるうちはまだ序の口
後先が逆になり余計な出費や無くした物の買換えなどは専用工具で結構な出費
性格の悪い神様が忠告してるようになぜか買って来ると無くした物は出て来るのだ。
俺の知ってる奴で嫁に逃げれ諦め再婚したら元嫁から電話が~
その後、男は立ち直るまで数年掛かった
使い道自由の税金で食ってる女が別れてしまった元亭主を公で四の五の言ったり画面だけで貧困がドったらと言ったり
地上最悪の性悪女で性格が顔に出てバカな政治家は使いやすい見本の片山さつきを筆頭に女は身勝手で恐いのだ。

かくして何もせんのが皆にも迷惑も掛けず損もしないで一番と分かる年代になった
が~始末に困るのは意識が追いついていないのだ
知ってる顔の会社が大きくなると自分と見比べてしまうし
最悪は時は戻す事は出来ないのに
『 あ~あ~あの時にもっと、、、、、すれば俺も今頃は~ 』などと本気で思ったりする。
時計の針が逆に回るのは床屋の時計くらいと知ってはいるのに
蹴りあげる足も肩までしか上がらないのにである。 

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8月31日 今朝の海 
5マイル程度の近場を見る限りは穏やかだが海は実際に出て見なければ波は分からない
冬は波が堤防を越えて来るので表に置いた車は錆びだらけで俺の車以上錆びてる車は見た事がないくらい錆びてるのでホームセンターに駐車すると
錆びたハイルーフの屋根で何処に置いたかすぐわかる。

台風は増毛には滅多に来ない代わりに銭も滅多に来ないが
北海道札幌は全国でも断トツ1位の大阪と肩を並べる貧困率で全国平均3倍弱なのだが
増毛では食ってないと思われる子供を見た事がない
もっとも子供自体を見ないが大人でも滅多に食っていないと思われる人を見た事がない
全く天は二物を与えてはくれない

シキソクゼクウ ナマンダブ~ アラ~偉大なり~ 右の頬を叩かれたら~、、、、、

ニイニイ蝉

普通に機械物を買って保証は一年と書いてあった場合は365日を意味する。
それが370日で壊れた場合はすんなりと保証が切れてますとはいかない
買った側のプロミスはホゴにされる場合がほとんどで
ではすんなり保証は切れてますとゆくのは500日なのか730日なのかは
その時々の状況による。
多いのが
『 故障は買った時から始まって現象として出て来たのが今日だ 』
と言うセリフ
お前はミンミン蝉かニイニイ蝉かと思うが恐くて口には出せない

たかだか機械でも作った者の対応でその後が伸びるかどうかが変わってくる。
壊れた場合は作った者と販売店の責任の比率はどれほどあるかと言うと大概は
9対1程度と思うのだが根拠は手元に残った金額で按分してるのだが
窓口でムッタシ文句を言われるのは末端の販売店なので
同じメーカーでも機種によって得手不得手があり
その為にどこのメーカーのどの機種を薦めるかを決めてる場合が多い

クレーム処理には以前はメーカーの体質がハッキリしていたが 最近はよくわからん
同じ部品を送って来るメーカー
改良部品を作るまでととりあえずと部品を送って来るメーカー
ムッタシ四の五の言ってなかなか送って来ないメーカー
何処が何処とは言えないが
稚内行こうが斜里に行こうがどこまで修理に行っても時間がなんぼ掛かっても部品だけ送って
9対1の按分は無視され作ったメーカーは工賃を販売店に払う気はほとんどない

たかだか機械でも約束の保証期間は押し切られ事が多く
ましてや人間なら未成年だろがなんだろうが親の責任は大きい

さらに養育費の未払いなどは人間としてすでにネジが抜けてる。
ネジが一本抜けているからよけい上がり下がりもあるだろうがそんな時は金額ではない
お前の事を見守ってると言う形を金に替えてるのだ
額は少なくても毎月続ける事に意味が有ると思うが
自分の辛抱は車が買えなければバイク バイクが買えなければ自転車
靴が買えなければ980円の雪駄
子供に対する責任を取れないものはやはり安く見られる。
逆を言えば生さぬ仲であろうがなんであれ形振り構わず子供を育てる事が出来る者はボロ着ようがどうであろうが評価され
商売も自然と上手く行く

あ~あ~雨続き

やっとオリンピックが終わった。
今回はやたらオリンピックばかりで殆どテレビを見ていない
たった一人の勝者に大勢の負け組 勝負事は自分が努力すれば相手も同じだけ努力する。
その差は何分の一秒差 数ミリの差 最後の数ミリを縮めるのに膨大な努力と犠牲
努力する過程に意義があると思うし、どうしてここで金だの銅だのと自分は見てるだけで上下白黒を付けんならんかと思うと見ていられないのでチャンネルを変える。
バイクレースなども草レースで楽しみでやってる中にメーカーの援助が入ると勝は誰の目にもハッキリわかり回りは
商売で銭が見え隠れし一気に冷めそのレースは没落してゆくのを何度も見て来た。
オリンピックにもどうも同じようなものを感じてしまうのだ。
ここまで来たらセコク金だの銅だの言っていないで重量減らして皆んなに小さな金やれと思うが
ただ柔道だけは技はどう掛けるのかを見る。
日本の武道の中で柔道、剣道、空手と有ると思うが柔道は一本取った時点で勝負は終わりになり
止めを刺す事を勝、負の要素とはしていない
その為に花技となる背負い投げは膝を折る事はなく投げると同時に横襟を手前に持ち上げる。
膝を折り襟を離すのは危険でレスリング技になる。

剣の道などは一旦勝負となるとタダでは済まない 
小~手~などとやっても決まった暁には手は無くなり、その後の生活に困る事になり
ツ~キ~などと決まった暁には子供はその日から生活に困る事になる。

侍がウヨウヨいた時代はいかに勝負に持ち込まない事、
刀を抜かない事に主眼を置いて練習したような気がしてならない
それでないと恐怖と危なくてその他大勢九割の農工商民は生活出来ないと思うのだが
それとも あいや~あいや~ちょっと待て~と止め専門男でも居たのだろうか
深く追求すると紛争解決の手法が見えるかも知れん

空手は沖縄の友人知念剛と一緒に、
やった内にも入らないが形だけは教えて貰った
そもそもの発祥が琉球で本土人による武装解除に対抗する為に空手をするようになったらしいので仕留める事が目的になり生ぬるい事ではなく
寸止めが無かったので根性無くして辞めてしまった。
ただ一秒が長く感じ見切る事になってバイクで何度も転んだが頭を打った事はない。
若い時の話だが
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テレビを見ていないと
崖と護岸に囲まれてる崖下村は風が除ける為に台風が来てる事も知らなかったのだ
日本海側には滅多に台風は来ないし大雨になっても地形が山に囲まれてるせいか中々水害にはならない
農地が少ない分災害も少ないがまったく天は二物を与えない
もしかして平らな広い裕福な農地は太古からの水害によって作られたのかも

今回収穫寸前に水害被害にあった方達には言葉しかないが頑張って欲しい

やいや~忙しい~

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何がなんだか毎日が目まぐるしい
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数日前の雨の日に今どき珍しいシャコタン改造車がバリバリと音を立ててラーメンの旗立てコンクリートに乗り上げて来た。
ハンドルは片手鍋の蓋くらいの大きさ
まったく上手いのか事故慣れしてるのかコンクリートに乗り上げたのにさほど傷が無い
降りて来たのは生きる化石かと思うような湘南江口洋助風のニイチャン
札幌に住むと言う 最初はぎごちないが慣れて来ると無造作に置いてある俺のカブが余程気に入ったのか自己紹介と質問攻め
いつものパターンに入りつつある。
なんの因果でこんな事が起きるのか 
帰りはキッチリと挨拶してまた来ますと言って去って行った。
俺の決め事は自分より弱い者に手を出すな!どんな仕事でもいいから働け!
( 60歳以上は例外 年寄が若者の仕事を取るな )
この二つだけ
この二つを続けていける男は辛抱我慢できる男だと言う事だと思う。
片付けも出来ない頭も悪い乱暴な俺にもし褒めれれる事があったとしたら
それは決め事を守って呉れるなら誰も排除はしない事くらいだと思う。
排除は憎しみの連鎖を呼ぶ 
何があったから知らんが少しでも穏やかに流れる時間があったなら大概の事は時間が解決してくれる。
どうにもならん事は笑って誤魔化せ

日曜日は二度の対面のカムカムさん
そばに居た恐そうなアニーのせいかアッと言う間に居なくなってしまった。
もっと北光公園に住む魚の話を聞きたかったのだが
 そばに居た恐そうなアニーは今は奥さんを大事にする気持ちのいいとっても優しい男です。
作り笑いか何か面白い話でもせんと皆恐がるべやと言っておきました。
今度は土曜日に来て泊まって魚の話を聞かせて下さい。

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もう十年振りくらいの懐かしい人が海を見に来たほんと懐かしい どんどん減ってゆく
そんなに海が見たいならとここをもっと海が見えるように近々改装をする事にしました。

反省すみません

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博物館は整理整頓が原則なのに片付けがまったく出来ない俺に四の五の言われたくないわい
と天の声が聞えた。
まったくその通りでやっぱり俺は何にでも文句を付ける奴なのだと朝になったら思った。
反省~すみません
しかし以前は確か300円程度の有料で今回は無料だったが~
俺的には有料でもなんも構わないし以前の宝物探し状態が好きだった。
改装後は流氷をイメージしたのか白を基調にした内装で何かサッパリし過ぎと博物館の猥雑さが~
まだ言うかと怒られそうなので退散

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8月16日でお盆休みの来客は一段落したので再度オホーツクに行ってみる今度はなるべく国道を通らないようにして行った。
そこら中に鹿のフン

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自給自足の仙人が棲むという大成地区 家はあったし人もいたが凄い

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遊び出たら地元に銭を落とそうと思うのだが
羽幌から山道ばかり通り店は全く無く朝から何も食っていない 
やっと見つけた黒を基調の農協スーパー
アチコチにある農協スーパーは中は広く品数も多いが
外観はどこもほぼ同じなのはきっと上部団体のお偉いさんの意向なのだと思う。

ここに入ったのは正解 カップ麺を買うと若い子がお湯を入れてくれる。
どこかあまり人の通らん所を通り浜頓別に行きたいと言うと
知駒峠がいいとわざわざ電話して開通してるかどうか調べてくれた。

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問寒別駅舎は客車の古い物を再利用で中に手書きの絵が沢山貼っている。

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この地元の人の手作り感が素晴らしいなと思う
抒情詩を読み続ける。

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水の中に時期外れのエゾサンショウウオがぐっちゃりいた 緑の藻の点々はサンショウ
北緯45度らへんで寒いのかまだエラがあった。
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海に近くなって富良野や十勝地方ではあまり見られない廃屋が続く
海に山にとアチコチ走って思うのは海沿いは廃屋が多くなるのは漁業と農業の違いだと感じる。
漁業は土地に対してあまり執着がなく魚が取れればどこにでもゆき 
魚が居なくなったら最終的には家は放置され
大手漁業会社は儲けた金も同時に内地本社に持ち帰る。

漁村は流れ者の要素があり自分も流れて来たので余所者を受け入れ
春のニシン漁のように短い期間の内地からの労働者を受け入れる習慣がある。
いわゆるヤン衆で地元のネイチャンとアッタラコッタラとなりそのまま居つくのが多いのも漁業の村の特徴
中には内地と北海道と二重に家庭を持つ豪の者もいる当然秘密

農業は何が何でもここで暮らす為には稲作がダメならジャガイモそれがダメならソバと
作物を替えてもそこの土地を爺婆と一家で守ろうとする。
チャンスは年に一回でいい時も悪い時も入れて人生でせいぜい50回程度しかなく
厳しい世界である事は間違えない 
作物選びから客土など何世代かの挑戦のうえにやっとなんとか食えるようになった土地に
何事も無かったかのように移住して来る人を拒む事は当然の事なのだ。
ここに漁業の村と農業の村の大きな違いが有り
農村は土着の指導的立場の人次第で地域の衰退が掛かっている。
海の出の総理はあまり聞かない

消え去る集落を残す手段はそんなに大変な事なのだろうか
それには店や駅が絶対に必要で内地の山奥にゆくと小さな駅に店の機能を持たせる所を見かける。
これからは高齢化で車に頼る事が難しくなり10軒の家があったら一軒の宅急便や各種取次などの複合店が成立つと思うのだが
駅亭の機能を残そうとして大損したばかりなのに!
甘いか~懲りていないな~
次はうしだやさんの英知と努力に期待をしよう。

田舎者バンザイ~

お盆期間中毎日酒浸りの日々
酒は醒める瞬間の感覚が危ないのでどこかで元に戻さんといかんと思いながら
来客が嬉しくてまた呑むを繰り返してしまう日々

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8月9日 オホーツクに行く途中の港に寄り以前から頼まれたエンジンの再調整
今時はすべてコンピューター制御でアナログ人間には面倒の一言だが
メーカーは便利便利と恩着せがましいが一旦制御回路を作ってしまったら小さなセンサーと回路だけなのでコストも材料費も安く出来るのだと思う。
便利わ便利だが壊れてしまった場合は?

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遠回りして275の朱鞠内光顕寺に寄る いつもだが来ると身震いがする。
何度来て読んでも読んでも新たに読んでるようで尽きない
宗派を持たないので適当に手を合わせナンマンダブと唱える。

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母子里 今やどこが集落だったかうっすらとあるだけ

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枝幸オホーツクミュージアム
今回ここに来る事を一番楽しみにしていた。
前回見てもう一度見たいと思い昨年バイクで来たが改装中で見る事が出来なかったので再挑戦した。
中に入ってあれ~俺の感覚はどこかおかしいのかとまず最初に思った

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それとも俺は何にでもただただ文句を言うだけの奴なのか
普段から文句の多い奴な事は間違えないが

博物館の類(たぐい)が大好きで見かけると時間があれば大小問わずに入るが、
ここはまた来たいと思うと少しづつページをめくるように通う。
地方の小さな博物館でも時空を超えて、そこに最初に入植した一家を想像しそこで寝てみたいと思う博物館が沢山ある。
自分でもアチコチの冬山を駆け回ったので月形集冶監などは脱獄犯はどうやって粗末な服で耐えたのか地図も無しで山越えは方角はどうしたのか  
自分だったらどう逃げるかと身を置き換えると不思議な事が沢山ある。

枝幸オホーツクミュージアムは以前と比べてハッキリ言ってガッカリだったのだ。
展示品は数字的には増えたそうだが俺にはそうは思えなかった。
博物館を今まで数々見て来たが地方の博物館の良さがすっかり無くなっているのだ。
これは都会のコンサル会社の提案に都会はこうですよ、将来はこれですとかナントカ言って
まんまと乗ったのだと思うのだが
田舎者で乱暴者の俺なりの考え方だが博物館は未完成だからこそいいので歴史の解釈などそれぞれが見て感じて系譜を見て何度も来て帰ってまた不思議と思う部分が出て来てまた確認にゆく

もう一度見たい確かめてみたいと思う、その解釈を見た本人に任せるのがいいと思うのだが
どの道、何億年も何千年も前の事など今更どうしようもない 
過去を見る事で自分に都合よく解釈してこれからのいい道標に出来たらいいと思うのだが
俺のオヤジの前世はタヌキだった。

ハッキリ言って地方の博物館を東京の会社に任せる事はこれからは止めた方が良いと思う。
田舎には田舎の風雪がありそこで経過した時間がある。
どの道、学者か先生でもない限り二度も三度も来るのはあまりないと思うので
自分なりの解釈や見解の宝探しをさせるのも博物館の大事な事だと思うのだが

改装前は通ると必ず寄った留辺蘂の山の水族館もガッカリだったが
もしかして田舎者と言うコンプレックスがその地方の行政の中にあり
思わぬ改変させるのかも
帰り道は色々と考えてしまった。

オホーツクだぞオホーツク

滝川から帰り今度は白老に荷物を積んでポロト湖や苫小牧で魚などあちこち見ながらゆっくり配達にと思っていたが
浜頓別にも配達が出た、ど~ど~しようオホーツクだぞオホーツク、仕事は2,8に夏枯れで暇なのだが11日までは戻らんといかんしどっちに重点を置くか
もう欲たかり状態になり悩んで悩んで白老は今回は日帰りしてオホーツに重点を置く事に

三笠から栗山に抜ける途中に段ボールに苫小牧と書いた人が立って居た。
今はいい車が多いので埃被ったヒッチハイカーを乗せる車は中々ないし
トラックはお客様の大事な荷物を運んでいるのでどこの馬の骨かわからんものを乗せる事は会社で禁じられてる為に決して乗せてくれる事はない
仕方ないと止まり動くゴミステーションの俺の車に乗せて
若者に俺が居眠り運転をしないようにしゃべり続けろと言った。
さわやか風の10代後半くらいの若者は内地までゆくらしい白老のローソンで東北はぜひ通ってくれと言い別れる。
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久し振りに太平洋を見た、
しかしなんだな~日本海の歌は沢山あるが太平洋の歌はあまり聞かない
さらに漁師の歌は沢山あるが農家の歌はあまり聞かない
道行で騙され不幸の真っ最中の女の歌は沢山あるが幸せ真っ最中の女の歌はあまり聞かない

ようは人の不幸は蜜の味がするのだ。
増毛本線~冬景色~ザップンぴゅ~
そう思って見ると演歌作者は結構性格悪いのかもなどと思ったら眠気も覚めた。

俺の車はエァコンは動かいので窓は全開、ラジオは数年前に壊れて直していない
その分何かしら考え事をしてるのだがこれはバイクなら当たり前の事で
余分な物がないバイクは細かい所まで旅を楽しめる一つの要因だと思うのだが

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明日はオホーツクだ楽しみ

東に南と北に二百二十里

連日28度と言うあまりにも暑い日が続く
ここは小樽のフェリーが5時着なので朝8時頃にここ崖下村の道路を稚内に向かいバイクの一団が通り過ぎてゆく
あ~あ~年金を全額掛けていなかったので貰えないが食えるなら仕事を辞めて一緒にかたってオホーツクにゆきたいと何時も思っている。
せめてどこかにゆきたいと思っていたら。
出ました地方のお仕事が滝川に白老に浜頓別にとお仕事が

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空知からの帰りはいつもここの木の木陰で寝る。
この木の下で寝てるといつも雨の降る音がする。
ポプラの木の下は雨の音がする。
雨の音はニコヨンをしていた母親が雨で仕事が出来ずに家に居る音なのだ。

沢山の子供を母親一人で食わす為に
冬はガンガンを担ぎ留萌駅から北空知に魚とコメを交換に出掛け、吹雪で汽車が止まり戻って来る事も出来ない事も何回もあった。
そんな時は留萌駅にゆき轟々と燃える石炭ストーブの前に座り、雪でクタッバテルのでないか駅にはたどり着けたのだろうかとたまらなく押し寄せる不安を隠し夜通し帰りを待ち続けた。
暖かい駅にはルンペンも居たり同じく母親の帰りを待つ同級生も居た。

こんなに母親が苦労するのはオヤジがだらしないからだと強く思っていた。
良い所の出らしいパッと働かないオヤジはいつも身なりはシャキッとしていたが口ばかりで嫌っていた。
その反動か身なりはいまだに年から年中、雪駄にTシャツ一枚と腹巻に作業ズボンかツナギだけである。
金を稼がない奴は男でないと強く思って当時から空き瓶や鉄屑を拾っては西田雑品屋に売りに行って
帰りにお世話になった布施板金と加地外科の横にあった闇米屋から僅かばかりのコメを袋に入れて貰って帰る。
母親はどんなに喜ぶだろうと思って原野二線まで足早に戻るが
喜んでくれる事はとうとう無かった。
バカな俺は量が少ないんだべか と思って次はもっと沢山買えるといいなと思った。
次はもっと大物を狙い線路を歩き人造石油跡地や旧大和田炭鉱跡地のポロユードロに行き閉山し貧乏のどん底にいる地頭のクソガキどもをケリ飛ばしても一杯拾って背負ってこようと
母親の苦労を思うと何も大した事ではないと何度も行ったが
金になる砲金のアカ金(アカガネ、銅)はすでに無く重たいばかりの鉄クズしか残っていなかった。

当時も今もなんの因果か線路伝いに住んで踏切の音を時計替りに暮らしている。
もうすぐこの時計替りの音も消える。

8,6と言うと車と思われる時代になったが

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ジョー、オダネル

なぜか平和は三世代はなかなか続かない
いつか40数年前に行った広島に再度行って今度は原爆ドームをこの目で見てみたいと思い始めてる。

なんぼ正しい道でもたんに方向性を示すだけで身銭もきらずに上手く行く事などありえない
それはもがき苦しみ 自分の力の無さにどうにも出来ない悔しさに唇を噛む大多数の庶民は皆わかってる事なのだ。

言うのは私、
手を汚すのは貴方
斥候兵が弾で倒れるのを見てから迂回する。
指揮するのは私 
倒れるのは貴方
毎日膨大なニュースの上っ面をなぞり
ニュースペーパーを読むのは私
ニュースになるような事をしてくれるのは貴方

自分の中にエサにした連中の墓を建て位牌を持ち続けるなら 
おのずと立姿はかわって来ると思うのだが
薄っぺらな動き見ただけでわかるようなニュースキャスターを統一候補に出すなど
( 話をしてる時に立ち肘を付く奴は信じるな! )
勝さえすれば後は野となれ山となれと言う
大多数から乖離した党は終わった。
こいてるだけでは腹にドスを呑み込み手を汚す者には勝てない