2017年末

親に寂しい思をさせた奴は自分も寂しい思いをするのが動物と人間の違いだと思う。
相撲は何をゴチャゴチャやってるのかわからん 無抵抗の人様に怪我をさせた奴は国技だろうが何だろうがどんな事があっても人間として許されるべきではないし決して擁護されるべきではない
そんな奴は道の端っこ歩け

それより北朝鮮の船の方が大問題で身勝手、自分勝手、身内贔屓な指導者をゆるし続けるとドアノブまでカッパわらなけれない羽目に陥る事になる事を思い知った。
独裁者の行き付先は相討ちする事さえ出来ない基盤が出来てしまう恐さを知るべきだと思う。
独裁者はやがては疑心暗鬼になり狼の巣だの鷹の巣だのナンチャラの巣など作ったりし枝葉の末端はそれに振り回される事になってゆくのは歴史が証明している。
人の頭に立つ指導者の忖度はキッチリと検証すべきで許す事はしてはいけない 
その為にアクセルとブレーキと監視機能としての選挙を棄権する事は許されない

90近い爺様の医療ミスを訴えて数千万の慰謝料に 聞くだけで具合悪くなる作業工程のチ~の管に管がドッタラコッタラとクドクドと説明する訳を知った。
何もかもが病んでいる現代に

松前さくら漁協の佐藤正美組合長は「今後交渉について私どもはないものと考えています」
弁償して要らんと言った。
「悪いものは悪い、と筋を通したかった。今後は司法の判断を注視したい」と語った。
どんな思いがあったのかわからんがシャケもダメ、イカもダメけっして裕福ではない西海岸寒村の漁組組合長の言葉に灯台もどこかに行ってしまう厳しい冬の日本海を知る男の姿を見る。
北の難破船に乗っている遺体はセコイ事言っていないで荼毘に付し丁重に家族の元に送り返して欲しいと願わずにはいられない
どんな時でも前を向いてゆくのがいいかなと年末に思う。


さくらが歌う鈴懸の道

品格について


品格などまったく持合わせていないので暮れると言う物は真田幸村と同じで
病気以外は何でも有難く頂くタチなので気が変わらないうちに留萌港の白灯台も吹っ飛んだ
26日暴風の真っ只中船を積んで留萌から走って来たが萱泊を過ぎたあたりでバォ~ンと突風で煽られ車が飛んで行きそうになったがラッシングが外れて船だけが横にづれてセーフにロープが無ければアウトになったかも
経験上ラッシングとロープではラッシングの方が荷崩れを超しやすいと思う。
ロープを掛ける時は引張と引張を2点掛けがよろしいかな~と

俺もかなり乱暴とは思うが

もっと凶暴なオヤジが大型二台で27日暴風の中に予てからの予定通り結構大きいボートを取りに来た。
冬にスリングベルトで2トンもある船を吊るのは無謀でスリングで吊る時はボブスレーを吊るのと一緒 結果は2台とも諦めて戻って行った怪我人を出さずに済んで賢明な判断だと思う。
北海道人なら天気わかるべ~と思うが俺もどっちも無謀でお互いに品格ゼロ

毎日毎日大相撲がドッタラコッタラ 
モンゴル相撲のブブに日本人が品格を見つける事は出来ないしだろうし理解が出来ないだろう。
横綱の品格を言うのであれば日本人か国籍取得した者だけで行うべきで何が品格なのかはその民族が永い事培ってきたもので その国の大多数がそれが品格と言ってしまえば品格なのだ。
外人は親方にはさせないが苦労しても場だけを盛り上げてくれと外国人に頼った時点で協会の品格はゼロ

うどんをラーメンだと言って出せば怒られるしラーメンをうどんだと言って出せば怒られる。 豚肉が入ってるうどんもあるし鳴門が入ってるラーメンもあるし 最近は冠水が入っていない麺もあるし中にはカレ~は入ってるは  これはオヤジ~きし麺だべ~と言う太い麺もある。
さらに汁がないラーメンもうどんもある
ラーメンもうどんも色々あるがどっちも小麦粉でも漠然としながらも全然違うし
うどん屋は苦労に辛抱をかさねてここまで来ましたと 白い上っ張りに涙が染みてます~みたい処があり
ラーメン屋はここまでやりたい放題 好き放題やってここに落ち着きました愛車はハーレーローライダーみたいな処がある。

品格などはラーメンかうどん程度のもんで自分が決めるものなのだと思う。
揉め事は理由はどうあれ一番先にすがって来た者を助けるのも品格だと思うので
相撲はもう聞き飽きた。

年末はやはりこれ 全国製麺連合会の寄合でソバ派うどん派やラーメン派で麺の品格について三つ巴で麺棒で麺ん~なんちゃってチャンバラでも殴り合いでもして日本中に一月話題を振ってくれ~
 ラーメン屋のオヤジにも立派に資格はあると思うが麺倒臭いからダメか~

ザップンピュ~

2日続きのシケで留萌港の白灯台が波でどこかに行ったらしい直径は3~5メーターほどあった記憶がある。
以前は堤防の基礎で3000トンのケーソンが流されている。

留萌は日本海の中でもチョット特殊な地形でジェットエンジンで言えば壱岐や対馬がベンチュリー部分にあたりそこから大きく広がり最大流速のあるノズルの部分にあたるのが留萌や稚内沿岸になる 
その中でも留萌は積丹半島の返り波が丁度当たる位置にある為に海難事故の多いところで座礁した貨物船がそこらに普通にあった。

増毛は日方岬と暑寒岳の蔭にあり比較的穏やかな海域になっていて その境目は舎熊で今のセーコーマートがある辺りが海象の境目になる。
穏やかな海域の増毛は北前船が来て留萌より早くに栄えた場所で留萌管内では最初に裁判所などもあったそうだ。
それを見ていた現在の留萌港が見える高台に住んで居た五十嵐億太郎翁が負けてなるものかと私財を投じて作ったのが留萌港なのだ。
その結果は五十嵐億太郎翁と家族はスッテンテンになり今の海上保安庁の庁舎裏に末裔が住んで居た。
五十嵐億太郎翁と家族がスッテンテンになる代わりに地理的にも不利な留萌が増毛と立場が逆転する事になってゆく
今でも留萌十字街から大町や明元町に掛けて当時の面影を見る事が出来る処がアチコチにある。
それもすぐ見る事は出来なくなってゆくだろう。
その土地がどんなにマイナス要素があろうが切り開いてゆくのは人でしかない

網走やオホーツク地方は今でも風の強い日は火山灰が飛び先が見えなくなる 火山灰地そこにあれだけの大農作地帯を作って来た先人達がいた。
留萌にも偉大な先人が居た事を忘れてはいけない
留萌郵便局を港に向かって降りてゆくと(車は急すぎて通行禁止)沿岸バス車庫にゆき着くどん詰まりに左には早とちりで廃線してシマッタ増毛線の背の低いガードがある そこの角には今でも水が湧き出ていて水を貯める丸い大きな水槽がある。
その界隈は岡田造船の社宅がありチョット乱暴者の製缶工がたくさん住んでいた。
昔と今どっちが良かったのか今でもわからない 
ただ人々が今ほどセコクなかったような気がしてならない

カップ麺


ハエマツ ハエサクラにハエカシノキ何もかもが海岸からの強風でハエハエ状態でも草も木も春になると芽が出る。

平手でビンタとグーでパンチは一秒間に殴れる回数が全然違う グーはプロの格闘家で0,2秒に一発 30発は6秒以上掛かるさらに瓶は落ちたらしいが物で頭をカチ割る。瞬発力が売りで頂点を極めた連中が止めないのはリンチでイジメ もし自分の息子がやられたなら 義理の子ならなおさらで同じ手が禁じ手なら銭の力を借りてでも立場を捨ててでも相手の首を獲りに掛かっても何も不思議でない
さらにその気概が無いといつまで待っても拉致家族は連れ帰れない
人様に手を出す時は覚悟せ~後から泣き言いうなという事だと思う。


西海岸と東海岸の頂点 稚内北防波堤ドーム 以前見た時より何か変わったような気がする。
終戦後ここで下船した者としなかった者の運命は大きく違う結果になり
横綱大鵬は母親の介抱の為にここで下船している。一旦戦争になると指導者の問題だけではなく必ず弱い者から犠牲になる 普段から小さな小競合いに大事にならないように学ばなければないのだが悲しいかな人類の歴史は繰り返される。


島ゆきフェリーに無人車で積み込んで、お仕事完了 ここまで来た俺の車が車なのでお仕事内容はナイショ

フェリー乗り場にある島民休憩室
シケや流氷で何日も島に帰れずに待たされる島民の為に用意されているのか
乗船時間が過ぎると待合室が閉鎖されるフェリー乗り場もある 某大手の何処とは言わんが~
 

中は結構いい 
アチコチのフェリー乗り場を見たが横になれる休憩室があるのは初めて見た。
こんな部屋が何室かある ハートランドフェリー

帰りは豊富を経由して海岸を通らず275を戻るが100キロ間で数台すれ違っただけで大雪の下りカーブで突っ込み大失敗で増毛着までに7時間掛かった。俺のミニキャブ改に低速ローが付いていてよかった。
車には二三日はエンジンを止めても暮らせるほどの食糧や装備はあるが 天北は暮らすならいいと思うが冬に旅で来るのはわびしいものがあるので天北はやはり夏がいい

全道を3年掛けて東海岸、西海岸とぐるっと回ったが観光面から見ると留萌増毛は観光を貴重な収入源とするならかなり恵まれた地形になる。
人間が大嫌いで厳しい自然が大好きょ~ などと言いながら人様が汗水流して作った文明の利器で排ガスを撒きながら車で来る、よっぽど変わった奴でない限りは人の居ない処に観光にはいかない 
観光名所そこに何千何万人来ようが そこに行った人は景色も売店のオヤジも掃除のオバチャンもラーメン屋のオヤジもエゾタヌキも誰でも全員に自分一人を見ていて欲しいと認めて欲しいと願う。
それが非日常でありその為に日頃カップ麺を食べて貯めた銭を使いに来る。

北に~

土曜日から留萌南部に続いた猛吹雪と大雪は留萌市内の国道ですら通行が出来ずに迂回路が出来るほどだった。
なぜ増毛には除雪組合があるのに留萌には無いんだ~ま~いいっか。

最北の島に届け物があるがど~ど~するべ~と思ったが予定通り13時出航までに着くように朝5時出発 海の近くは朝凪と夕凪で風が止まる時間帯があり その隙をついて天塩まで走り抜けようと走って走る 夜は対向車のライトが有るので正面衝突は避けられるが それでも何度も止まってしまった。
モービルを乗り30年以上になるが方々の地で帰って来ない者を探しに出たり閉じ込められたりと様々だったが
ま~道があるだけマシかとドンドン進む明るくなる前に天塩に着きたいと思ったが初山別で日が出てしまった。
一発屋の性格はなおらんな~


海のすぐ傍を走ると地吹雪が無く楽に走る事が出来る。

相変わらずの日本海 思うにここに木の木っ端のような船で漁に出る事自体が間違えてる
どうにもならん聞く耳を持たん指導者を持つとヒデ~メに合う見本 
東京から稚内より近い処にある対岸の国の事なのだが聞く耳を持たん身内贔屓を許すとどれほど危険な事かを知るべきだと思うのだが 
それでも半数近い人が選挙を棄権し現政権に白紙委任状を渡す。
指導者でも経営者でも頭に立てば叩かれるのは当たり前で それにヒステリックに反応する処は異常な精神の兆候なのだと思うのだが
頭に立つ者は絶対にあってはいけない卑しい身内贔屓に忖度のゆき着く先がすぐ目の前に国にあるのにもかかわらずなのだ。
秘密保護法などは隠した事は何なのかもわからんのが秘~密 バレなければ文句は出ん

この海を見ながら毎日暮らしてる俺は海の厳しさも少しは知っていると思う。
おかしな指導者を持った国に生まれてシマッタばっかりにドアノブまでカッパラわなければない羽目に陥ってしまった。 
帰国したとて あの国が一度違う世界を見てさらに官憲の取調べを受けた者をそのまま生かして置くとは到底思えんし
どの道 返済や弁償など取りようが無いのは明らかなので被害にあった方達も同じ厳しい日本海でシノギをする者として
罪は罪で片を付け家族の為に この冬の厳しい日本海に出て来た者に何か温かい物でも食うわして末期の情(なさけ)を掛けてやって欲しいと願わずにはいられない
一人の漁師がメグンでやったと思えばと言っていた事に日本海漁師の根(ハン、恨ではない)を見る。


オトンルイの風車

昔は鍵の方のロックスミスだったので練習用にドアノブを一杯持っていた 今でも何処かにあるハズだが なんだったらドアノブをお土産にやってもいいのだがダメか

ある日~突然

もうかなり前にある日~突然、左目が見えなくなった 当時は50キロ四方周辺に眼科が無くて取りあえず総合病院に行ったが ナンヤラ脳のチ~がドッタラとか首の血管がドッタラと大騒ぎなって数時間の検査の結果はどこも異常はなく後日左目の角膜が切れてるとの事だった。
そう言えば以前から時々見えなくなる事があったが それは呑み過ぎのせいだべ~と思っていたが違ったのだ。
角膜は外からのバイ菌などを防ぐ作用もあり体調で見えなくなる事があり
最初は100均のメガネを数種類持って使っていたが左右が全然違う為に右目が出来の悪い弟をかばうように眼球疲労で変って来た。
いつもゆく眼科はメガネを作れとは言わずに角膜移植か上手に付き合うしかないと言われて来た。
8年近く通ってよいよメガネを作りましょうかと言われて作る事になったが高いのなんの数万円もする物を数種類造って
逆さまになって作業する事が多いので胸から落とす事が多く外の作業は100均で座って作業は高いメガネと使い分けている。
角膜保護の薬を二種類ジャブジャブと味覚が変になるほど毎日4回使う

左右全然違うレンズに傷が付いたらメガネをすぐ交換するのだが数万円の物はそうは簡単には替えられないが
やはり高い物は楽で消耗品ともう諦め状態になってる。
しかし不思議で仕方ないのだ なんで天気でレンズの色がひとりでに変わるのか なんか光に作用があると思うのだが 
俺はすぐ頭にチ~が登りカチンと来たら目の色が変わるので そんな時に平和の為にもレンズの 色が七色に変わる物は出来ないものだろうかと思っているのだが

不思議と言えばなんで写真が写るのかも不思議で仕方ないのだ。見てる物体がペラペラった印画紙に跡が残るほど何か強力な光でも放っているのか 
そんなものを何十年も見続けて目がおかしくなるのも当たり前と思うので諦め
角膜移植も数が足りないらしいので先の長い若い人にゆずって目の現状維持に努める事に

そんな訳で北極の王者 白熊の肝臓に匹敵するらしい八つ目ウナギを新鮮なうちに〆て食ってしまう事に決定~
少しは目付きの悪いのも治るかもしれん
何をするにも自分が納得せんと動かん訳が欲しい面倒臭い奴なのだ。
八つ目はやったらチ~が出るんだょ~ ひぇ~

なんだかんで

カワ八つ目は箱事全部持って行けと貰ってシマッタが 水槽に移す時にも箱事掘り込んだので数は数えていないが30匹ほどいる。 このままではエライ事になってしまうので上野駅前立体交差点横にある漢方薬屋にある乾燥八つ目のようにするか冷凍にするか どっちにせ食うしかないのだ。
昔はカワ八つ目を留萌川で獲ってよく食ったが八つ目ウナギとは言うが ウナギは四の五の言えるほど食ってないが味はこちらの方が野生の味がして格段に美味いのだが~
ちなみのこの漢方薬屋のウインドには田舎にはそこらになんぼでも有る物が結構な、お値段で売っているので帰って来てから早速御料地の山奥に取りに行ったが 欲を掻くと駄目なのか空振りで戻って来た事がある。
田舎ではタダでも由緒正しい西郷さんの上野では結構な お値段がするこの八つ目ウナギはカラカラに干されて一本数千円でビックリした記憶がある。

車庫らしき物も猛吹雪でまだ完成してないが 外壁はその辺りにある板やらテントを張ってるのだが なんやらサムライ部落のようになって来た。
うんうんそうだ、いっその事 崖下村をサムライ部落にしてしまおうかなどと思った。
ふっと藤圭子も居たと言われている忠別川にあったサムライ部落を思い出した。
藤圭子の自称叔父さんと言う(本当らしい)人と今でも年に数回の定例会で逢うが年食っても歌がやたら上手い 持ち歌は「風雪流れ旅 」で歌っているオヤジの情感がなんともいえんのだ。

北海道の場合は部落と言っても普通に村より小さい集積した処を部落と言いい 内地の言う部落とはまったく違う 北海道民の素晴らしい処はあまり人様を区分けしないので初めて内地に行った時には あそこの地区は行ってはいけないと言う事を聞くと コイツらは頭がおかしいと思ったし 言われると余計行きたくなるのが俺の性格だったので よく出入りしていた。

「 奴はサムライだ 」と言う場合は大概は貧乏などまったく気にしないでやりたい事を通す人を指す事が多いと思うのだが最近は滅多に聞く事が無いし サムライ部落と言う、いい方はどうも北海道だけらしい
留萌にもサムライ部落らしき場所はあって今の花園公園の辺りあった、そのすぐ横で御幼少時代を健やかにすごしたので いまだに細民窟のような場所には郷愁のようなものがある。
もしかして人間本来の生き方かもと思いながら雪の中で拾った板を張付けながら あの人に逢いたい この人にも逢いたいと

神よゆるしたまえ~


左は空知の沼ですくって来た時は5センチほどだった野鯉 右はおよそ40センチあるカワ八つ目

ある兼業川漁師さんから電話を貰いカワ八つ目は目に良いから食えと言われ お心遣いに感謝して昨日猛吹雪の中に峠を越えて行って来た。
冬には初めてゆく場所で真っ平な雪原のどこを走ってるかわからずに道に迷ってやっとこさ着く

生簀の中から沢山貰って来たが生きてるので戻ってすぐ水槽に入れてみた。
今まで砂八つ目は何度も飼育して大きくしたが 水槽にいるカワ八つ目は初めてなので水槽に入れて見たのが間違い 

砂八つ目は砂の中の微生物を食ってらしく一年ほどで15~18センチほどに大きくなり体色も青光りするのだが水槽内で繁殖してるかどうか確認が取れていない
外の池は凍結する前に池の水を抜きそこにいる魚を室内の水槽に移動する時に砂八つ目も居るが繁殖したものかどうかは分からない

うっかり興味半分でカワ八つ目を水槽に入れたのはマズカッタ
最初は目が悪いのでビタミンAが多く 目の為にも食う気満々だったが よくよく見てると食えなくなってシマッタ
どっどするべ~円口類のカワ八つ目は砂八つ目と違い魚に食いつきその口でむさぼり食ってしまうらしい 


珪藻土レンガの下にカワ八つ目が群れている 右は芦別ですくって来た時は数センチだったのが巨大化してシマッタ、ニジマスの背中

白熊の肝臓に含まれてるのとほぼ同じ位のビタミンAは食い過ぎると駄目らしい
誰かきっと白熊の肝臓を食った奴が居るのだろうが その白熊や深海サメにも匹敵するほどの目には良いカワ八つ目だが食い過ぎると駄目らしいし
早く食ってしまわないと他の魚が食われるかも知れないし
しかし目があるもので生きてると中々食えないのだ 

日本酒でいいコンコロ持ちに酔わせて一気に〆てしまうか 
つくづく俺は偽善者だと思う。 神よゆるしたまえ~

スガ漏り解放器


単管車庫が完成しつつある後はその辺にある板を拾って来て張付けて完成としよう。
屋根に透明とパステルカラーの二色の波トタンを使う処に 
そこはかとなく滲み出るオシャレなセンスが

車を入れようと思ったら早速スノーモービルの修理が入って来た、古いバックが出来ないタイプなので今までは外で修理していたが屋根だけでもあると作業が楽になった。結局は車は外に
建て増しか~負のスパイラルが~
この後に雪より始末の悪い雨が降ってきた 雨と言えば昔は雨が降ると雨返しと言う猛吹雪が来たが今はまったく雨返しが無い時もある なんか変だぞ

屋根の雪降ろしをしないで3年目になった実験結果は少ない数千円の費用でも昨シーズンは一度も雪降ろしをしないで済んだ。

捨てようと思った壊れたボートフックのアルミのパイプに穴を沢山あけて水道用ヒーターを巻き付け
これを幅3間 縦6間半の水切り勾配の屋根に置くだけ 雪は氷河のように少しづつ動くので配線がブチ切れないようにロープを下でしっかりと結んでおく
無落雪の屋根にも水の流れる道を確保する為にこれは使えると思うのだが


これで後は雪を掛けて終わり 春まで一度も雪降ろしをしないでもスガ漏りもしない 
ただ軒にシトシトピッチャン シトピッチャン シトシトピッチャンと出来たツララを取り除くだけ 
涙隠して 折角出来たツララを斬る~大五郎~
子供の頃は軒下に出来たツララのトンネルをよく くぐって遊んだ中はなんてゆうか万華鏡のような美しがあった。
大きくなると少しづつ失ってゆくのか

部屋の温度で下から溶けるのか いつもなら屋根に1メーター以上積もるのだがこれをしてからは半分も積もらんのだ。
この屋根の下には護岸されたコンクリートがむきだしの用水路があり落ちたら確実にオッチヌその危険からたった数千円の費用で危険な雪おろしから解放されてる。
みんなもやってミソ

もらい~

病院にゆく前はやたら調子悪くV6エンジンの半分くらいのプラグがカブってるのではないのかと言うほど調子悪く昼寝をしたら中々起き上がれなかったのが今は快調に暮らしてる。
病院から薬などは出ていないし これと言ったものも無い なぜこんなに調子がいいのか
思うに三日で食った物は おかゆが二杯 ナンチャラジュースが二杯と菓子が二個でほとんど食っていないでも身体の調子が良かった。
 ただ超ビビりで根性無しなので切り取った後はチャンと固く結んだのか、舫い結びで解けて無いべなとビビりにビビりまくったが他は調子がいい
今まで暴飲暴食で食い過ぎていたのか それとも三日休んだのが良かったのか
なら働くと言う事はどれほど健康に悪い事なのかと思うのだが 以前も適度に息抜きをしながらやって来たのでさほどではないと思うのだが 
壊れる前の機械のようにやたら調子がいい

退院後から連日雪か波が堤防を越えて来る大荒れで車庫を作る計画が延び延びになっている このままでは折角EIJIがいい車を売ってくれたのに錆びだらけになる。
いつまで待ても雪はやまんので雪降る中で決行したが兎に角 単管の上の雪で足がすべる。

高さ3メーター 横4メーター奥行4メーターで二台が入る大きさにする事にしたが~
231にはそこら中にこの足場があるが土方のオヤジは超頭がいい事がわかった アメリカ規格の単管に日本の規格の3×6尺を合わせないとイカン事に気付かず作ってシマッタので解体して組み直ししたが単管は溶接と違い単管の太さの、のり代が必要で互い違いに組む事をしなければ無い事に気付いた でまた再度解体
クランプを50個以上使ったので昇ったり下りたりが数十回ではきかない マウンテンゴリラか旭山動物園のオランウータンかと言うほど登ったが これも病院の医療関係者のネエチャンやお姉さま達のおかげ
今日こそ屋根を付けて屋根の上で胸をマウンテンゴリラみたいにボコボコやってみようと思うのだが

この嵐の中で操業してる桁船の若い漁師が夜に魚を持って来てくれた 相変わらず量が多いので皆で分ける事に
まともに考えたらこのシケ続きの凍てつく海で働こうとは思わない
それでも漁師は漁に出てゆく ただただ魚を獲りに朝暗いうちに出て夜遅く帰ってくる 夜の海は波が見えないので恐さはさほどではないが 波を事前に除ける事が出来ずにブローチングをくらって身体ごと飛ばされデッキや操舵機に叩き付けら身体中が痛くなる。

どこの国でも漁師は一本も二本もどこか抜けていないと この漁師稼業は出来ない
安全な処に身を置いてなんか面倒臭い事をゴチャゴチャ言う俺は
一次産業にはかなわないと目の前の海を見る時に思う。