五畿八道

ラーメン食いてい~
今日は年末から元旦も一日も全休はせずに稼いだがやっと余裕が出来たので早めに今日の仕事を片付けて以前から目星を付けていた400円ラーメンを食いに行って見ようと思う。
度胸だとか根性だとか一切ないのでデカい銭に縁はないが
コロナの昨年から絶対にイケると踏んでコツコツと半年間準備した結果はまんまと当り超忙しかった。
この忙しい時と言うのは稼いだ銭を使う暇もないのでキャッシュフローは進む一方になる。

余裕は販売価格を下げる方向に行く者と
余裕が急いで売る必要がないから高値で売れるまで待つ方向に行く者とに分かれる。
申し訳ない事に筋金入りの貧乏人の俺は待つと言う事が出来ないので売れる内はサッサと叩き売ってしまえとなり明日の1万より今日の千円なのだ。

それはこれだけ情報スピードが速く情報格差が無くなった時代で
さらに場所コストが低い黄昏た田舎は都会とは比較にならない処か勝負にさえならない事に田舎の商人は早く気付くべきなのだ。
あと数日で今期の勝負は付く
もっとも勝負する相手は自分自身で作った自分でしかないのだ。
コロナは人の移動を妨げたが地域の内需を掘り起こした。
それは地域内で今までどう商いをして来たかが問われ
自分の足で稼ぐ範囲の見直しが必要になったのだ。
情報を集め地域に還元出来るシステムを作った者が田舎では生き残ってゆく事が出来るのだ。

文中になんの関係もない竜泊ライン

申告が終わったら現在の五畿八道確認の旅に出たい
その前に今日はラ~メンを食いに峠を越えよう。

専門家会議

専門家、専門家と毎日聞かない日はないが
いわゆるプロ、専門家に門外者、早い話が素人はそれはどんなに頑張ってもほぼ勝つ事はまず出来ない
たかだかそこらのオヤジが作った機械であってもたった単純なシャフト一本が出来るまで素材工学から調達と加工され組み立てられ流通に乗せられる
永い年数が掛かり改良された品は末端販売店からユーザーに手渡せられる。
そして品が誰かの手に一回移動する度に口銭が入りそれで家族の生活を支えて食っていっている。

何か異常が異変が起きた時に素人が時間を生活を投げうってもその縦系列に戦いを挑んで勝つ事は絶対に出来ない
せいぜい勝てるのは知ったかぶりにチョットかじったオヤジが
俺の除雪機のタンクは何リッター入るのょ~などと聞いて
そったら事をいちいち知る必要がないプロは意外と知らない
そこで実際にメスシリンダーで入れて4127㏄入ったべや~
などと鼻の穴を広げる程度なのだ。
30パーセント負荷を掛ける時もあれば80パーセント負荷を長時間掛けるなど様々な使い方をされる機械のタンク容量などは単なる目安程度でしかない
ま~面倒臭いオヤジだから鼻を持たせてやるかとあしらわれるのだ。
だが一旦自分の領域に入る事に成りそうになった時にその専門家系列は壁となって立ちはだかる。

頭は相当良いだろう政治家で勝てると思って挑んだのが民主党の事業仕分けなのだ。
見方にして共に進む相手を敵に回した あの勘違いがなければアベ夫婦政治など無かっただろう。
アベの訴追を防ぐ為だけに出来たガースー傀儡政権はコロナなどまさに時間と国民の目を背ける事に都合よく利用してると思われても仕方ないのだ。
それでなければ専門家の忠告も聞かずにGOTOトラブルを強行してコロナを全国にバラ蒔いた意図がわからん
その意図を隠す為に莫大な負の遺産を次世代に残していく

どんな専門家も役所も絶対やっていけない事は素人を
「言い包める」
事だけは絶対にやってはいけない
それは勝てない相手に対して不満を無限に増幅させてゆく事になる。
失敗は誰でもあるその時には物であれば結局は金で責任を取るか切腹で責任を取るしかないのだが
切腹は相当痛いしチ~も相当出るし天国にはいけん。

買い戻す事が出来ない財力以上の物は売るべきではないし
使用者側に使い方などの問題がある場合でもどんなバカ野郎であっても説明し
80パーセントまで行かないでも納得を得る努力をしなければならない
後の10パーセントは真摯に説明する誠意でチャラにして貰い
残り10パーセントは笑って誤魔化し手打ちをする。
どうにもならん時は笑って誤魔化し 誤魔化されてやる。
その余裕が機械には絶対必要なバックラッシュとしてインプット側もカウンター側もお互いを破壊から守るのだ。

ま~どっちにせ「言い包める」専門の政治家だけにはなりたくないな~
俺なんか手を油で汚す事しか出来ん正真正銘のバカでよかったょ~まったく

覚悟せぇ~

若い者がいい車を乗っていたら自分はボロでもいいやとサニーの四駆ライトバンに乗っていた
そんなクソ生意気な時代に多重衝突で真ん中に挟まった。
まったく前が見えない時に突然前に人の様なものが見えたクラクションを鳴らすと同時にもう止まれないと判断した俺は左の雪山に飛び込んだが車は勢いで横になって止まった。
テメ~この野郎と表に出ようと外を確認したら僅かに灯りが見えたのでハンドルを握って身構えた途端に横にブツけられ折角止まったのに前に止まってる車まで飛ばされてぶつかりさらに前の車もぶつかって行った。
俺のボロサニーに突っ込んで来た車はスカイラインGTRにクソ生意気そうなニイチャン
サイドガラスにシコタマ頭を打ちながら そのニイチャンを捉まえに行った。
前の車は事故を起こして次に突っ込んで来る車を止める為に道路に出て手を振っていたのは女の人だった。
その人は私が最初に事故を起こしたばかりにと半狂乱になっていた。
結局は4台の中で一番ボロイ俺の車は修理代も残存価格10万でしか出なかった。
そんな事でゆるしてなるものかと
当時の事務所にニイチャンを呼んで説教をする事に・・・・・・

前が見えない時は人でも跳ねない限り外に出てはいけない
運転者が見てる車のガラスは透明ではない
それにしてもGTRなどサモッもたらしくバンバーは飛び散るはライトは何処かに吹っ飛んでゆくはでさもさもなのだ。
子供が具合悪くなって猛吹雪の中で病院に運ぶ途中だった半狂乱のおばさんも救急車を呼べばよいものを
一旦何かがあった時に他罰、自罰、無罰があるが
ひたすら自分を責めたそのおばさんの子はその後どうなったのか。

政治家はひたすら無罰のみでよく恥ずかしくも無く生きてるょなと思う。
そいつらの口がコロナで入院や検査を拒否したら懲役だと言う
いったいどの頭で言ってるのょ 頭は大丈夫かと思う。
懲役は役と言うだけあって労働があり簡単な鉄工作業や製本などでその労働費は月に5000円程度で出所時にまとめて貰えるが中に居る間は年金は掛けられないので
出てから親兄弟に縁を切られ身を寄せる処が無い者は半年間は厚生施設に入る事も出来るがその間に次が見つからない者はそれまた
その日に口にする物すらない地獄が始まり中の方がいいとなる。
この仕組みが無くなる様に国も世間も回りが作らないと再犯は無くならない
俺は中で職業訓練をしっかり超一流になるまでやるべきだと思う。
人間誰でも間違えはある、真摯に反省が出来たら歩留まりもよく食材の無駄も少ないラーメン屋か焼き鳥屋をやれって思う。
ラーメン屋は学歴も前もへったくれもない誰も聞きもせん
今年も4月頃から土日だけラーメン屋をやる。
ラーメン屋を数軒作った俺は家さえ確保出来ればリサイクル品ですべて揃え田舎なら100万チョット店が出来る。
後は自分の覚悟次第


三陸 朝暗いうちから来て地べたに座り このおばちゃんの今日の稼ぎ

あらゆる場面で覚悟決めましたと何度も何度も聞いて来たが口に出せる覚悟など大した事はない
このコロナでテレビに映る自営業の覚悟など大した事ないないと・・・・・
皆の衆覚悟はいいかぇ~
おばちゃんに続け~

情けは~自分の為に

毎日の雪掻きで左腕を痛めてしまった。
ここに薬局はないので14キロ離れた留萌のサツドラまで湿布薬を買いに行ったが
酷い吹雪で戻ろうかと思っても舎熊のセイコーマートは駐車場にすら入れんで下手にユータンすれば突っ込まれるので前に行くしかない

2インチアップ車高は2メートル超えでデフロック付きでさらにドッタラコッタラの俺のスーパーキャリーは突っ込んでも出る事が出来る 正面衝突は嫌なので左り左りと走ると
なんと度胸があると言うかアホと言うか右を追い越していった軽がいた。
乗用タイプの車高の低い軽は案の定 追い越したはいいが止まってシマッタ
若気の至りと言うか
もっとも浜は老いも若きも大体が危ない奴が多い

254(ニコヨン)をしながら子供達を育てた鳥取の出の母親はどんなに貧乏しようが困ってる人を見たら素通りをする事は無く
お祭りになると何処から現れるのか救世軍の社会鍋も白い病衣を着て松葉杖を使い片足で立ちアコーデオンを弾く傷痍軍人も必ず小銭を入れて通る人だった。
原野2線のボロ小屋の家に物売りが来ると手放した子供は都会で誰かの世話になってるだろうとなけなしの銭を出して僅かでも買う人だった。
「 上を見たらキリがない下見て暮らしなさいみんなに可愛がって貰いなさい 」
と留萌駅で別れ際に言った。

銭が無くなり食って行けなくなると家に戻って来る内弁慶で何かと言うと
「 俺はこんな処にいる人間ではない 」と暴力を振るうロクデナシの父親は
「 お祭りが終われば足は生えってくるのだ 」と言った。
それでも母親は自分が食うかどうかと言う時でさえ小銭を入れ困ってる人を見捨てる事はしない人だった。
だが母親のチ~とロクデナシ父親のチ~が半分づつ入ってる俺は


昨年念願だった母親の出の鳥取に行って来たが きっとこんな処の出だったのではないかと思う。
実際に行った印象では山間部の空は狭い浜は砂だらけの鳥取県に比べたら北海道は夢の圀だと思った。

多重衝突で真ん中に挟まった経験がある俺はこの前でスタックしてる車を助けには行かなかった。
オッカ~さん~ロクデナシの次男坊をゆるしておくれ~

大は小を兼ねない

機械に関しては大は小を兼ねない 大き過ぎると狭い処に入れないし大きさゆえの自分本体を支える為に強度が必要になり又それに付随した装置も必要になってゆく
除雪機を言えば小さな幅60センチ程度の物でも100キロ位になるがまだ手で左右に向ける事は出来る。
幅がたった15センチ程度大きくなると200キロを超えてしまい手で方向を変える事は難しくなりそれに付随した装置が必要になってゆく さらに死角や取りこぼしが起きる。
小さな除雪機は時間を掛ける事で作業を隅々までやる事が出来るので建設機械と同じで大きい事が必ずしもいい事ではない
同じ車体に過ぎる馬力は故障の原因にもなってゆく
スピード狂が泣いて喜ぶアウトバーンがあるドイツのベンツには
「 シャーシーはエンジンより速く 」と言う言葉がある。
これは事故になった時に乗員を守る車体が優先する事を言っている。
およそ人が乗る物や操縦する物に関しては力だけ馬力だけで押し切るのはダメなのだ。

昨年12月のある大都会の公園で雪の中でカップ麺を食ってるオヤジが居た。
近くのコンビニから買って食ってるのだと思うが湯が冷めるだろうに
どんな事情があるか知らんが結構優秀な営業マンの俺には見知らぬ相手でも一年くらいなら食わしてやる財力もある場所もある知恵もあると思っていたが
だがこの時はなぜか声を掛ける事を躊躇してシマッタ画像には入っていないがすぐ傍に人が居たのだ。
戻った時にはもう居なかったダメだよな修行が足りんと思った。

社会も隅々まで行き渡る為には大きすぎる組織ではダメなのだと思う。
小さい中で地域で時間を掛けて網を掛ける様にして行かなければないのだ
田舎の良さは食うだけなら困らん事なのだ。
コロナで家賃が入らんでも雪国では出てゆかれて空き家になったら人の住まん家は春までに相当壊れるのは目に見えてるのだ。
家賃などコロナが終わったら出世払いで貸した方が得策なのだ。

今から8年前の1月に札幌で姉妹が亡くなった。
もう大都会は大き過ぎるゆえんの限界を超えた。
大は小を兼ねない

帰れ帰れ

伊勢湾台風の4年後に海の潮の満ち引きで流れる事のないゴミがいつも漂っていた大江川のすぐ横海抜0メートル地帯
元塩町4丁目の3畳一間のアパートに秋から住んだ。
中一で食って行くのがやっとだったがたまには学校にも顔を出さんとない
その中でこれは変だぞ おかしいと思い始めたのが雪が降らん事だった。
川の土手にも空襲で出来たと言う大同製鋼の穴にも枯れた草がそのままあるのだ。
雪深い北海道から行った俺は何かがおかしい変だぞと思い始めたが それが何だったのかは当時はわからなかった。

田舎者なので歩く事は苦にならなかったが着た切り雀の俺がだだでさえ排他的に感じる名古屋で買い物が出来る場所は栄や熱田ではなく
一番落ち着く場所は今の新幹線ホームがある駅西駅裏だった。
昭和38年代の駅裏は人の背丈程度のバラックの集まりだったが服が普通に50円程度で売られているなどなにせ物価が安い
そこに生活必需品や食料を買い行くのだが明かに言葉は違っていたが
元々留萌の旧市立東病院のすぐ横の出なので言葉の違いなど身近で見て聞いた俺には大した気にもならなかったが
季節の移ろいが無いのだけは体内時計がある様に体内四季を感じて育った俺にはどうしても違和感は残っていった。
もしその時に体内四季を感じる事が出来ない身体だったら現在の俺は生存していないとハッキリ思う。
何か大きく道を踏み外そうとする時に生まれた地で身体に根付いた体内四季が揺り戻すのだ。
帰れ帰れと


雪国の一本道ですれ違えない場合は
歩きで相手が女だったら雪国の男は雪の中に入り道を譲る
逆をやるとそれはもう男ではない、それまでの奴と値付けされる。
それが普通の事なのだ。
車でも大きい車か四輪駆動車が道を譲る強い者、力のある者が道を譲る。
それがどうだこのコロナになっても額に汗する実体経済を押しのけ金融経済が一人勝ちし強い者が力のある者が弱い者を押しのけていいと
男の侠気五常はどこにいったのだ。
避ける事が出来ない厳しい季節が人を作ってゆく
帰れ帰れと戻ってこいと雪が舞っている。

バッカみたい

7割のテレワーク?
8割と言えば専門家会議に丸々従った様に聞こえるから7割
7割の根拠は
ここにクズな政治家とクソ役人の性根が見える。
もう何も期待をする事はやめて東京の隔壁は閉じて人が出る事は禁止した方がいい
金をばら蒔いた土地だけで後からコロナ復興税の収支を付けろ

や~思い出したある市の住〇江町の地方の役所に申請書を貰いに行ったら書き込む処に親切にマーカーで印を付けて寄こした。
お前はバカと
鉛筆で印を付ければ消して其のまま使えるのに
そいつはバカではなかったのだ役所を お上とも思わん奴に対する底意地の悪さなのだ。
即刻その申請書をそのまんま持って某市の幸町にある国の役所にどうやって書いたらいいか聞きにいったもんね~
自分が一番エライ政治!役所などそんなもんなのだ。
他にも一杯あるがやめておく
や~俺も飽きもせずに文句ばっかり言ってるなと思うが
これってストレスなど一切知らん俺の健康法なのだと思う皆の衆スマン

五畿七道

江戸時代と明治時代との大きな違いのひとつに五畿七道と言う区分けが大きく変わった事だ。
江戸時代の五畿七道は関所によって人の往来も制限されおよその区分けは山々の常によって分けられ文化もまったく違う場合もある。
それが明治新政府によってトンネルを掘る 西風に逆らい上る事が出来る蒸気船によって東京にゆく事を主に考えられて道の再編が行われて東京に行く道は上り
遠ざかる道は下りと言われ現在でも成田空港に降りると東京はすぐ行けるがすぐ隣の茨城に行くには簡単には行く事は出来ない
そうして江戸時代後期にも見られる中央集権化を図った結果が今回のガ~スと二階だか三階だか知らんが中央の役所によって地方にまで広げられた人災に繋がってゆく

震災前の岩手県浄土ヶ浜を船上から見る。

山々の常や川が人々の往来を妨げて文化も変わる
それは今回の様な疫病が出た場合の自然の防波堤となってゆく 後半になっても岩手に感染者は出なかったのは地政学的なものが大きかったのではないかと20年ほど東北の隅々まで回って歩いて思う。
三陸リアス海岸を持つ岩手県は各地に車でゆくのも大変な集落や地域が現在でも沢山あり
その交通の不便さが地域内の持続可能な物流と生活圏を作って来た。
じぇじぇの小袖集落はよほど行く気がなければ通り越してしまい行くにしても急で狭い車一台がやっと通る坂道を降りて行かなければならない そんな処が東山道陸奥の圀 現在の岩手には沢山ある。
良くなる時はゆっくりと悪くなる時は加速されるのは世の常
これからさらに強力な疫病が襲って来るだろう そうなった時には船上火災の様に隔壁の閉鎖が必要になってゆく
ここに住んでやや28年ここ崖下村には船の解体船台もある為にニュースにならないだけで船上火災の船を数度見て来た。
なぜ自分は助かったのか隔壁の閉鎖それは誰の犠牲の上に助かったのかと最後まで自問自答し苦しむ姿も見た。
その人達は町の健康診断にもいかん悪くなっても病院にもいかん ただただお迎えの時期をジッと待っている。
そして意識が朦朧として家族に看取られて壮絶な人生の最後を迎える。
2年間人の裏を見た修羅場を一緒に過ごし泣いて笑った。ある船の機関長Kさんは医療を拒否して焼酎を呑んでゆっくりと旅立った。
外を歩く時は糊の効いたシャツをパリッと着て地面を蹴る様にして洋式歩行で歩く姿は忘れる事は出来ない

呑み屋が未来の子供達にツケを回しても休業補償が欲しい足りない
なにを甘い事をと思わずにいられない
もう現在の都市の限界は来たのだ地方だけは残せ 往生際が悪いぞサッサと隔壁は閉じろ
と田舎に住んでいたら思うと同時に五畿七道を思う。

ひとり正月に思う。

暮れはせめて道南に行こうと思っていたが猛吹雪で留萌にすら行けなかったので
何処にも行かずに籠ったのでやる事がない
それならと一日も休まずに仕事をしまくった結果は、結構稼いだが
妹と親の仏壇を見ていたら母親にはボロイ小さな家は買ってやったが お年玉を一度もやった事が無かった事に気付いた。
なんてこった使ってこその銭と言う信念が新、年、早々ガラガラと崩れるではないか
いま現存生存して貧乏真っ最中の姉に母親代わりに人生初めてお年玉をやった。
さすが俺の姉で「 お~よ~よ~りょうじ~ 」と電話の向こうで小芝居を打ちやがる。
まったくロクでもない父親を持ったばかりに苦労ばかりだった母親と姉だったが
この男社会では女は可哀想だなと思う。
暮れのスーパーに行くと500円にもみたない僅かばかりの総菜をジッと見詰めて買わない年配の女の人を見ると男は何処にいったのよと思う。
俺は男尊女卑の見本のような男で男は女子供を食わす為に生存してると思っている。
成人した野郎は乞食しようがベンチで寝ようがすべての責任はそいつにあるのだ。


なにがあったのか新橋カプセルホテルから下を見る生きて生き抜いてこその男なのだ。

留萌港は下北半島風間村下風呂で生まれた五十嵐億太郎が中心になって私財を投げうった民間によって初めて作られた港で現在もあちこちに痕跡を見る事が出来る。
現在の大町に湊神社がある場所が五十嵐億太郎の私邸があった場所になり大町や本町の路地や建物に当時の面影を現在も見る事が出来る。
五十嵐家のその後を知っている人によれば慎ましい生活だったと言う。
もう時効なのでいいだろうが何を隠そうそれを聞いたのはすぐ隣住んで居た
その当時の小野小町か大町小町かと言われた美貌の持ち主から聞いたのだが
そしてその大町小町は逃げられた元嫁さんなのだ。
原石をさらに磨いたのは俺なのだがスミマセンでした懺悔

我らが貧乏人が住む原野二線のいつも川が氾濫する低湿地帯とは違い
海岸隆起によって出来た小高い大町や本町は事業家の住居や商家が多く点在していたが商売人の生活はやはり贅沢をせずに質素な生活が多かった。
昔の商売人(あきんど)の私生活は有事や災害に備えて大概は質素と言うのが本当の処なのだ。
コロナ、コロナと言ったって弾が飛んで来る訳でもない空からクラスター爆弾が降って来る訳でもない
従業員が従業員ガースと従業員を人質に取って銭寄こせと物言いする商売人も
我が事しか考えん背中のショボい政治家も腹括って私財は諦めろと言いたい

何処にもいけんで一人正月をした負け惜しみで失うものが無いのも一つの財産だと思うぜまったく

温故知新

ここ崖下村にはとても興味深い人が数人いる。
一人は法律制定前から漁業に従事していた為に特例で貰った船舶免許以外なに一つ免許も携帯も持っていない
厳しい自然界を相手に生と死の狭間の海に出て魚を獲って来る事を生業として2キロ四方から出る事もなく言動もなんの衒いもなく其のままに発言し行動をする。
その人を見てると時代を何処まで遡ったらこのタイプの人達が多数を占めていた時代に戻るだろと思う。
平成か昭和か昭和は戦前と戦後を分けて考え同じ昭和と言う考え方にはならないだろうと思う。
長く封鎖され陸の孤島と言われた処から来た思うままに生きるその人はどう考えても平成ではない昭和だろう それも戦前の昭和の地方の田舎ではないのかと思う。
もっとも俺は生存していないので希望的観点も入ってるが
昭和初期の地方の田舎とは分業制がまったく見知らぬ人や想像も付かない人達によって行われず、ある程度想像が付く時代だった。
その証拠に機械物に関しては各地に製造メーカーがあり、
それは地方の鍛冶屋が材料や原料を生かして行われて来た。
エンジンでさえ地方には地方のメーカーがあったほどで砂で型を作られて溶かした鉄を鋳型に流し込んで作られた。


近江長浜ヤンマーミュージアム ダイムラージーゼルエンジン
石油発動機ではクボタは尼崎が発祥で内燃機械でさえチョット頑張ればそこらの田舎でさえ作る事が出来た時代があったのだ。

2021年はもう一度地方のあり方が見直され土と水のある処に帰る元年になるだろう。
地方は使える物は使い倒し買替年数を伸ばし地方から出てゆく銭を少なくし区域内で循環をさせる事が重要になってゆくだろう。
三方よしの近江商人は全国各地で慎ましい日々を過ごしながら行商をして戻り
近江の国に入った途端に列車から身を乗り出して弁当やお茶を買ったと言う。
それは地元に落ちる銭なのだと言う。
時代は急ぎ過ぎたのだ今一度自分の足で歩いて行ける処の再確認が必要になったのだ。

立ち話、雑談の薦め上越高田雁木通り 下手な町内会館より雁木

嫁に逃げられメシに洗濯の俺が言うのもなんだがこれからは足元を見つめ直した者が幸せを掴む