インペラ交換

東京湾横断道路建設をしてる時期に千歳一番の飛行機に乗って日比谷に行きその日の最後の飛行機で日帰りで戻るを何度か繰り返した。
帰りの飛行機の窓から見えるいまは風の塔になってる人口島が工事中でぽっかりと口を開けていた丸い鋼鉄ケーソンの中から煌々と灯りが見えた。
日比谷と言えば公園が有名だがその横には東京地方裁判所があり傍聴などと言ったノンビリしたものではなく通った。

日本は法治国家であり多少の誤差はあっても誰であっても法によって守られ法を守る義務がある
何があってもどんな事があっても裁判が始まるまでは被疑者であり既決囚ではない
それをあたかも被告人のように扱に酷いものは既決囚の様に扱う それは大きな間違えでその結果は重大な副産物を生んでしまう事に気付かないと大小はあっても犯罪予備軍と言っていい
暴風雪で有名になった留萌 数年間の間に事件が続いた地の因果と結び付けてネットなどで報じる人達は
その土地に住む者の何かしらの因果を探そうとするその様は
必ず副産物を生みその責任を果たそうとはしない
被疑者にも家族が居て その家族が息をする事すら難しくさせ社会から離脱をしていかざる得なくさせる。
その居場所をそれを容認して呉れる反社や組織に寄っていく事でしか生きていけなくし
その結果はやはり血筋だの遺伝だのとさらに追い駆けます。
自分には一切の実害もないのにやっている事は犯罪に等しいが現在に置いてはその行為が金を得る手段となっていく


毎日が忙しく DF225のクッソ重たいギヤケースを外しインペラを点検した。


使用しない時間が多く予想通り圧縮側の曲がりがあり交換しかない
機械も使わないとそれだけでダメになっていく

義務教育もたまにしかにいっていない俺には社会に出てからの方が教えられる事が多く
そんな俺が考える学校とは
小学校や中学や高校は知識の吸収と学び方を学ぶ場で社会に出てからは自分で問題に気付き原因を探し同じ事が起きない様に対処方法を考える場ではないかと思っている
その様はまさしく大きく学ぶ 大学ではないかと
社会に居る者は生涯授業中で大学生でありマイケル・サンデルの言うすべてプロフェッサーであり教授であり師の職人なのだ。
反面か正面かはあってもなのだ

作ってやろうじゃないか


上藻別鴻之舞資料館 薪を切る為の直径1メートルほどの刃

平成天皇の結婚パレードがあった年あたりにオヤジは何を思ったのか貧乏のどん底にあった時に
この刃の付いた機械を何処から持って来てリヤカーに乗せて薪切り屋を始めると言い出した。
北海道では冬の暖房の為に金持ちの家では自分で薪を切る事はなくこの薪切り機械で切らせていた。
そこら中が坂の街の中を学校にも行かずに一軒一軒金持ちの家を回る為にオヤジのリヤカーを押して歩いた。
まったなぜか知らん金持ちの家は宮園町など坂の上にあったのだ
どん底の貧乏人の親子が金持ちの家に木を切りに行くのである
羽後本荘の没落名家の出らしいオヤジは長続きせずに止めてしまい機械の借金だけが残り
すべてはこのオヤジが貧乏を持ち込んでいるのだと悟った。
俺は物心付いた時から没落していたので食う事など出来ない菓子を貰えるので結構満足していたが
ケッに当て布したズボンを履いて同級生の深窓の令嬢の家に行くのは嫌だった。


この発動機に平ベルトを掛けて刃を回す
俺は小学校低学年でま~ま~ここまでやったので由緒正しい筋金入りの貧乏人なのだ。

ニュースを見ていて21歳の容疑者が顔を隠し下見て歩いた姿にまだまだ子供だなと思った。
世間に顔向け出来ない罪の大きさや恥を知っているのだ
自分より年下を連れて虚勢を張る事しか出来ない そこにしか自分のアイデンティティを見い出す事が出来ない
その為に集団になると凶行に走ってしまうこれに近い事件は過去に何度もあった
またこれからも起きて来るだろう防ぐ手立ては起きてしまってから罰だけでは防ぐ事は出来ない
未然に防ぐ為には野に放たれてしまう前の義務教育期間に如何に相対するかに掛かっていて
起きてしまってから提灯を付けてネットやユーチューブなどで袋叩きにする事ではない
そうなる前に声を掛ける事が出来る者は声を掛け続けるしかないのだ

朝から晩まで切った薪を金持ちの家のマキ小屋に運んでバス停より少し大きい家に戻ると
家族がいて
原野二線の川を越えた野原には春になると一面に黄色い花が咲く場所があった
野に咲く花は黄色が圧倒的多く
貧乏で食う物も無く母乳が出なかった言う母親は俺を必死に育ててくれた
その母親は黄色は幸せを運ぶ色と言った。
道を逸れそうになったら楽しかった思い出がどれだけあるかだと思うのだが
無いなら作ってやろうじゃないか

みやがわ橋


各種鉱物の見本が多数ある

入館料は無料だがここを見学する時の注意事項は入館すると右手に来場者が記帳したノートが沢山あり読むと面白いがイケイケオヤジがまずこちらにと何処から来たかと書く記帳台がありその横にある募金箱に幾らか入れてくれと言う
屋根が剥がれて直す銭が無いのだろうと思い小銭を財布から出そうとすると出来れば札をとおっしゃるので野口英世を入れた。
そこから見学にあたってと予備知識をと説明が延々とある
五月蠅いくらい付いて来るが博物館大好き男の俺が見てもオイオイ大丈夫かと言う貴重品が多数あった
中でも圧巻なのは・・・・・安全上書かないが


ナンタラ神社の出先らしい賽銭箱に300円を入れると砂金が入ったお守りが頂ける
銭は出してもお守りは買うのではなくあくまでも頂けるのである
イケイケオヤジは身体を張った職業人の傾向で仕来たりにやたら厳しい
オヤジは住友鉱山関係者で
住友と言えば赤平炭鉱である赤平からこちらに移動になって来たらしい
俺はこの赤平と聞くと二日酔いが思い出すほど鬼門なのである
ここで300円を入れようと思ったが最初に野口英世をやってしまい小銭が100円と10円が数枚であとは福沢諭吉のみでさすがに諭吉は手放せないと泣く泣く諦めた
砂金袋を未練タラタラで見てると見かねたオヤジは財布の小銭を全部賽銭箱に入れたら砂金入りのお守りを呉れると言うので頂いた
ここは入館料は無料だが銭の配分を気を付けないといかん


頂いたお守り パンフレット 黒曜石
黒曜石は玄関を出ようとすると持って行けと手渡してくれた
黒曜石はこの辺りでよく出るらしい石器時代に矢じりや包丁代わりに使われていてこの周辺の物はいい物らしいが現在は採掘禁止されている。


みやがわ橋
宮川泰は留萌で生まれ幼い時に冬は寒さも厳しいだろう北海道東部の鴻之舞鉱山に移り住んでこの道を歩いた。
鴻之舞鉱山 銀1243トン 金73トンを産出して1973年に幕を閉じる


俺には経験上の勝手な思い込みだが幼いカラーギャング達も27歳まで失敗や過ちもありながらも弱い者に手を掛けないでなんとかと過ごしたら
守るべき者も出来て分別や我慢も覚えて来ると言う思いがある

上藻別


火曜日11日紋別から丸瀬布線を走り下藻別に向かう
古くから入植したのか右に珍しいレンガ積のサイロがある

20キロほど走ると上藻別驛停があり今は鴻之舞鉱山資料館となっていて鴻之舞鉱山はもう少し先で鉱山跡地の痕跡を見る事が出来る
月曜日は休館日で今回は珍しくしっかり下調べして火曜日に来た。
中にはお歳を召したオヤジが二人と茶色の野ウサギがそこらを走っている。
野ウサギは飼った事があるが人に慣れる事はないと思うがなぜか逃げない
二羽いるらしい崖下村に来たばかりの時に子ウサギを拾って飼ったが指を噛まれ骨まで出てエライ目にあった
齧歯目の歯には気を付けよう
こっちは餌をやってると思っても相手にとっては大きなお世話と言う事もある

細かい資料が沢山あり色々説明を聞けるが一人は控えめで一人は鉱山関係者でイケイケオヤジ

テレビでは大きな凄惨な事件が起きるたびに知人と思われる人にインタビューをしてるが
容疑者は事件を起こしてもおかしくないと言う人が多くいたが
中にそんな事をやりそうに無いと言った人がいた。

このやりそうに無いと言った人がいたと言う事は凶悪犯でも二つの顔を持っていた事を示している。
この二面性は誰でも持っていて恐れられ怒られて孤独に生きるより出来る事ならひとに褒められ認められたいと思っていると思う。
個がしっかり固まる以前の生育過程には両面が交互に出て来るのではないかと思う
その良い面を見せる相手が居た事は多くの場合は幼少期からの知合いではないのかと思う
幼少期は誰でも可愛く少しの仕草でも褒められ認められて育つ
幼少期に楽しかった思い出を沢山与えるのは心の栄養を与える事になると思うのだ
一概に言う事は難しいと思うがカラーギャングと言われる子達の多くはその生育過程に心の栄養が足りていないのではないか
中学1年生と3年生はたった3歳違うだけでまったく違う その多くの事を吸収して育つ生育過程には多くの矛盾も子供達はしっかり見てる事も知らなければならない
今頃の季節の北海道国道は早朝ゴミ袋が道路脇に沢山投げられて その大人の矛盾も子供達はその眼(まなこ)で見続けているのだ。
せめて生育過程の子供達が見てる前だけでも子供なりに納得のいくものや見本となる面を見せ続ける事は大人の我慢ではないのか
北海道には数分で何処までも無垢の大自然に出逢う事が出来る
その言葉を超えた大自然を全国の子供達に見せてやる事も心の栄養になっていく
親が大変で費用が無いならそれは北海道全体で出してやるべきでセコイ事はしてはいけない

自分の人生や他人の人生を少しでも思いやれる分別が付く年齢になるまでは社会全体が見守る必要がありそれが社会全体の安全にも繋がっていく事になると思うのだが
ネットなど誰が書いたものかも知れないものより顔も身元も曝したテレビ等でしっかりとした生い立ちや背景を追い続ける事が必要だと思う
そのうえで犯罪を起こす人を根もとから断つ努力をする事が
ここからたった15キロ程度しか離れていない犠牲者に今できる最大の供養になっていく

無料法律相談


紋別道の駅到着 これはどう見てもズワイガニの爪だと思うのだが動く側の爪が小さいような気がする。
紋別は産地なので間違う事はないと思うので勘違いかも
ここで車中泊をして翌日は鴻之舞に


知床事故で急遽紋別に配備なった巡視船だいせつ 西海岸ではあまり見ない船型でやる気満々な船型


夜はこの辺りで呑もうと思ったが道の駅から遠くタクシー代が往復4000円掛かるとの事だったので貧乏人は断念して
結局中華料理一番点心坊で台湾ラーメンを食ってセコマで買ったツマミと酒呑んで車中泊で寝た
氷紋の駅の食品スーパーしめまるで事前に得た情報では美味い店があるとの事だったが残念

紋別は人口2万人で留萌と2千人程度の違いだが景気は全然違って見え
一次産業の街は裕福そうで外国人の若い労働者が多いと感じた
若い外国労働者を見るとどうか無事に帰国して欲しいと願わずにはいられない
紋別などの地方の一次産業の街では遊んでいる事は許されないだろうが都市になると昼夜逆転した生活を送る若者が一定数居て中にカラーギャングなど普通にいる
それは一時の感情に任せ自分のその後の人生や相手の人生も失う事になる事もいとわない
考える事すらしない者もいる
それら若者と一般人が話合ってどうにかなると言う考え方はしてはいけない
揉めたら直接逢う事は避けて警察に相談する
それでも頼りにならん場合や事情があって警察が嫌な場合はここに電話をする
0164-56ー4312 オロロンひまわり基金
留萌信金本店隣にある信金子会社の信和商事ビル内にあり無料法律相談が出来る
弁護士をよく先生と呼ぶが俺は先生とは思わんが相談者の見方である事は間違えない
弁護士業はいい事があった場合はまったく無縁でトラブルの時にしか用がない職業で
普通は一般人が一生に一回も出逢う事があるかどうかと言う事件や困り事専門で
一般人が何日も悩んで悩む事もすぐ最善の回答を出せる
さらに犯罪者であっても味方をしてくれる有難い職業で
相談者の秘密は絶対に守るのが弁護士の絶対条件なのだ
その弁護士無料相談組織は全国何処にでもあり電話番号は公開されていて
民事刑事など得意分野の弁護士も選んでくれる。
まずは相談で無料になるか有料になるかはその先の話になっていく
とにかく残念でならない

銀色の道

10日月曜日に午前中に仕事を済ませ気分転換に初めて鴻之舞鉱山を見にいく事にした。
ルートは留萌から霧立峠、名寄、興部、紋別を通り鴻之舞 帰りは丸瀬布から333を走る。

霧平トンネル このトンネルには忘れられない記憶がある
現在の小平ダムを超えた川上にベースキャンプを作りこのトンネルを作る為の調査する機材運搬をスノーモービルでやった。
場所的に苫前側から入った方が近い場所にある
雪崩や積雪調査が終わりベースキャンプに戻った時に1995年阪神淡路大震災のニュースをカーラジオで知った。
トンネルの完成はその4年後で完成によって冬季間通行止めは無くなり1年を通して留萌から士別に抜ける事が出来るようになった。
もしこの頃に戻り人生をやり直す事が出来るなら借金しても1000万程度なら出していいと思うが
時間は戻っても精神構造も当時の状態に戻るなら同じ事をしてしまうだろうと思うと銭の無駄
いまは一生懸命道を探し今を生きるしかない
その中でも銭や腕力や立場などで自分より弱い者をイジメたり手に掛ける事をしてしまったら
その後は世間は覚えていてそれが通用する枠や集まりの中でしか生きては行けなくなる
自分自身もいつかは必ず来る力が衰えた時に順送りで抜け出す事が出来ない生き地獄を味わう羽目になっていくのだ。
来世の地獄や天国など信じていないが生き地獄はある。


名寄から下川を超えたあたりで雨になった。
生存本能として人間は天候に左右される生き物だと思う
曇りはやはり気分が落ちて晴れると気分も上昇し何かいい事がありそうな気がする。
その為に揉め事や面倒な話は天候の悪い日や夜などは絶対ダメで
日延べして対策を練ってバックアップを取る事が大事になっていく

名寄はサンピラーの街で売り出してる。
雨で車は雨漏りと気分は下がり気味だが多少曲がっているがサンピラーと思えば思えなくもない
虹が出ていたので気を持ちなおして西興部村に向かうが豪雨だった。


銀色の道 宮川泰 作曲

コロッセ

自分で招いた事なのだが店が思った方向と違う方向に行っている事に嫌気がさしてしまい
ラーメンを始めてから腰が痛く歩けなくなった事以外で初めて店をサボった。
悪事を考えるくらいならラーメン屋をやれがいつもの口癖なのだが
言うだけで自分で出来ないのに何かを言う事は凄く無責任で恥ずべき事と思っている
だから自分でやってこの辺鄙な場所で黒字を出した時点でほぼ目的は達したと思う
黒字を出す事が目的で儲けを貯める事が目的ではないからこその問題が発生してムッタシ来てしまった。

自分が出来ない事を誰かにさせあたかも自分がやってる様にして溜飲を下げるのは古来からよくある事で
古くはローマーのその名も恐ろしいコロッセで行われた猛獣と剣闘士との闘いで自分では出来ない事を他人にさせて剣闘士はライオンにコロッサれて観衆は喜ぶ
その延長線上が現在の各種スポーツにも繋がっていく
極論とは思うがそれは何かを成し遂げる事が出来ない者が誰かが代わりにやってくれる事で満足をしてる様に感じてしまい
自分では殆どのスポーツ観戦はしないし暇もない自分の手でやって見たい事が沢山あるのだ。

今週素人に近いオヤジが自分の縦割り単気筒のバイクエンジンを3回もバラシて組んだと言い見せに来た
エンジンケースには横割りと縦割りエンジンがありその中でも縦割りエンジンは難関のエンジンで根気と知識が必要になっていく
エンジン音は快調に響いていたがよくやったと思う
自分の手を油で汚して完成させるたとえ失敗に終わってドックミッションが破壊されようが
どっちにせ自分のバイクなのでやらんより遥かにマシで
成功体験は自分の骨格を作っていくが失敗体験は筋肉と脳と情を作っていくと思うのだ

ラーメン屋も自分でやらないこそ言える軽い言葉を聞く度にコロッセのど真ん中に掘り込んでライオンの餌にしてやりたくなったので
実行する前に店を休んでみた。


今年春に行った敦賀フェリー乗り場にあった北海道ナンバーの軽
1週間後の帰りまで同じ場所にあった
何があったか知らんが海を歩いては帰れない

諸行無常

自分でも招いている事なのだが落ち込む事が続き火曜は何がなんでも全休して今年初めての川を見に行く事にしたが
早朝から電話がなりっ放しで留萌の高規格道路入口まで差し掛かるとまた電話で緊急事態でどうしても戻る羽目になって仕切り直しで再度出かけると10時なってしまった。
美葉牛と石狩川周辺の三日月湖を見てこようと思ったが夕方には戻らんとなくなって袋地まで行って終わってしまったが
三日月湖の状態が例年の6月一週目と気のせいか何かが違う
戻ってから3年ダイアリーを開くがやっぱり違うのだ。

映画で「郵便配達は二度ベルを鳴らす」と言うジェームス、ケイン原作の映画があったが
それほど怖くはないが郵便配達員が名前を聞いてから渡される郵便物は危ない
国税から書留を貰ってしまった。

悪い奴はよく叩けば埃が出ると言うが俺の場合は整理整頓が出来ないので叩かんでも埃が出っ放しなので
これは色々な事が想像されて恐い3月の申告の件だろうと思い開封すると銭を呉れるらしい
なんの事かすっかり忘れていたが終活で土地を売った時に印紙を貼り過ぎて一旦その場で放棄したのだが再計算で放棄出来る金額を超えた為に何が何でも受け取らんとないらしいとの事だった。ビビったぜ~

そこそこに長い人生で名前をフルネームで先に聞かれてから渡される郵便物を何度か貰った事がある
こっちは色々な召喚状で恐い出来る事なら貰わん穏やかな人生を送りたい
数人のひとの人生の岐路を見て来たが法の下の平等はあるのかもしれないが境遇や銭金だけを言えば人間平等に産まれて来る事はほぼない
渦中にある時はそうは思わないが
だからこそ自分自身が生き抜く面白さがあり
長く生きるただただ生きる事も大事な事だと思う。
生きてさえいればそのうちいい事も必ず確実にあるのだ。

それにしても5月はムッタシ来る事が多かった
若かりし頃はその場で怒り狂い周辺の物をぶち壊したりしてしまいには
ブッタの言う「怒りを地面に書いたような人」なので
なんで怒ってるのかも忘れるほどいつも怒っていたが
今は怒りを内に溜める事が多くなってどっちがいいんだかと思う。
諸行無常~なんちゃって

シンプルイズベスト

先週は次から次へと疲労困憊してしまった。

V6 225馬力 曳航用のボートを点検するが使用時間数が少ないボートの特徴で水の出が悪いのでインペラ交換をする事にして部品注文待ちになった
二桁のボートを曳航した経験から忠告
殆どの一般向けエンジンはその他大勢、大多数、一般常識の元に使われる事を想定して作られている。
その為にあれこの人は一般大衆、その他大勢とはちょっと違うなと言う行動や言動をする人は海でも山でもトラブルに遭う確率は多くなる事を肝に銘じるべきだと思う。


全長8メーターの水槽のエァーポンプが壊れてしまった買い替える事に
2万前後するのでネットオークションで中古を3千円で買ったが2日で壊れてしまったので分解して見ると
ダイヤフラムが2個とも破損しているネットで買う事は安物買いの銭失いになる確率は高いので諦めも肝心
一応大阪の売り主に連絡を入れると返金すると言ってくれたので返品せずに気持ちだけ受取り
部品を探して自分で修理をする事にしたがダイヤフラムが5800円で普通に売ってるのだがセコイので安い処はないかと探すと中京圏で680円で売ってる店があった異常に安すぎと支払いはカードのみとなってるのでかなり怖いので止めた。
関西には3カ月居た事があり関西人の商いはかなり信じていて仕入れ先は大阪が多い
これも部品待ちに


クレーンで吊った船の落下で船外機が破損
振動が気になったのでドライブシャフトの曲がりを見る
振れ幅が0.14ミリ 未加工のこの場所の測り方ではこれが許容範囲なのか正確にはわからないので他のシャフトも実機から外し測定してみた。
たった80センチに満たないシャフトでさえ思案してしまうのに


戦艦大和の主砲を旋盤加工したドイツ製ワグナー大型旋盤 心間31.3メーター ベット41.4メーター 巨大すぎて画像には入り切らない
人類は戦争によって技術は革新的に進歩して来たのは紛れもない事実なのだダイナマイトしかり飛行機もなのだ。
戦争によって開発された技術はその後に平和利用をされていくが歴史は繰り返す


技術が進むと人間の質はドンドン落ちてはアホになる
冬山にはそこそこに登ったりして冬山遭難も経験したが頂上はひとつだが裾野は無限に広がっているので山で遭難したら降りてはいけない。
これを証明したのはスーパーボランティアの尾畑春夫さんで
「 子供は遭難したら上に登る 」と言って3日間も発見されなかった子供をわずか30分で見つけた。
人間が本来持っている生きる本能を大人になると忘れてしまう見本の様な捜索だった
尾畑春夫さんの質素な生活と思想が人間本来の生きる本能を保っているのだと思った。

救助隊が尾畑さんから執拗に子供を渡すように何度も言ったのはかなり恥ずかしい行いで
メンツを潰された県警本部も本当は感謝状など出したくなかったのかも
などと思ってしまう一応技術屋の俺は落ち目のひどいアホになっている。
他の事もありラーメン作りを少し休もうかと思ったり

疾風迅雷

木曜日に老人が引き戸を開けて何かを言っているのだが姿かたちもしばらくわからなかったが
その声は聞き覚えがあった。

北海道に戻って来て40数年経つが戻って来るにあたって内地にもその名が轟いていた
旭川の某所に顔を出す事にして初対面だったが受入れて呉れた。
そこで知り合ってから現在までお付き合いをさせて頂き崖下村に移ってからは業態も変わり逢う事もなくなり電話で年に数回商売の話をする程度だった。
旭川の浮き沈みの激しい業界の裏も表も見続けた生き証人と言っていい人なのだが
年代は同じで逢う事がなくなって30年
思い出した瞬間に出た言葉は最後に逢ったのが30年前で現在のその姿に「いったいどうしたの」と思わず出た
病気に掛り終業を決意してそのお暇乞いを夫妻で来たのだった。
本を何冊も書けるほどの時代を疾風迅雷のごとく一緒に走り抜けた皆の消息や聞きたい事が山ほどあり胸が一杯になった。


俺だけ置いていかないでと
走り去る車が見えなくなるまで手を振った。