憲法9条

夜は仕事の段取りや復習をしてるか、いっかた地図を見ている
日本は海に囲まれているので全体を見てさらに細かく見る
奥尻地震の後に対馬海流に乗って船や生活用品などがここ崖下村に漂着したが
その時にここはなぜに対馬海流の影になってるのに沢山漂着するのかと思った
歴史上対馬海流で日本に流れ着いたのは物だけでなく人も沢山流れ着いたと考えると
潮流の影になる部分に渡来人が多く流れ集まったと考えるのは妥当だと思う
その場所が石川、福井周辺ではと数年掛けて福井から和歌山、山陰などを彷徨って見た。


徐福が不老不死の薬を探しに来たと言う熊野の地
そんなもんある訳ないべ~徐福もいい迷惑

日本の古墳時代は3世紀頃と言われている
その頃、中国では三国時代の戦乱が収まりつつある時代になる
大陸から戦乱を逃れて来た渡来人達が一緒に持ち込んだ技術と武器によって
縄文人を押しのけて日本で権力を持ち始め戦が始まる時代になる。


時空を超えて 但馬のまほろば
日本の王政は世界でも一番長いが誰も見る事が出来ない三種の神器が作られたのはこの辺りの時代

北海道は和人より先に住んで居たのはアイヌの人達で現在も沢山いて先に住む者、先住者なのだ
日本は島国だからと言って百田 尚樹の言う日本人単独人種などと言うのは
神話を祭り上げる者にとっては都合がいいだろうがない


たたら刀剣館

スサノオノミコトがここ、たたら製鉄で作られた刀剣で退治したと言うヤマタノオロチ
日本は神話を作る事によって長い王政を維持して来たが争いを繰返し飛鳥時代に行って
次は平城遷都になって日本を支配した奈良時代になっていく

いま世界はトランプやネタニヤフ、プーチンなどによって毎日女子供が虐殺されている。
狭い空間では小さな爆風でも鼓膜は破れ身体は壁に叩き付けられる。
この3人の怖さは選ばれて指導者となっている事で
この狂った巨人達を選んだ国民にも責任があり
トランプは大統領を超えて神になり神話を作りたいのだと想像出来る。
その狂った巨人に抱き着いたのが奈良の女
日本の総理が「日本の女」ではなく「奈良の女」と
自分の出自の地を利用して神話の流れに組込もうとする
その言葉の裏を思う時に「奈良の女」の危険性を感じずには居られないのだ。

今回は憲法9条があったから狂ったトランプに言われるままにホルムズ海峡に行けなかったが
9条が無かったらと考えると恐ろしい
危険な指導者を選ぶのは文明の発達と共に欲に目が眩み人を見る目も失っていくのか


自民党支持者ではないが八頭郡郡家
軽食喫茶樫で前総理も食ったであろう焼きそばを食った。
駐車場で長い立ち話を聞いた。

明けの月末

2026年度末を持って手形取引は終了となる
もし「明けの月末」身をもって知っていれば相当の苦労人と思う

手形の歴史は長く江戸時代まで遡るが
通常は4月21日に仕事が終わると請求書は5月20日に出され支払日は6月20日になる
さらに3カ月手形など普通にあり支払う側は9月末までに必死に銭を搔き集めればいい事になる
月末が土日なら銀行は休みなので窮地は延びて明けの月末になる
手形決済は資金力がない自転車操業をおこなう者にとっては10万の3カ月手形であっても
繰返すと50万の借金をしてる事になる
逆に資金力がある者にとっては50万のキャッシュフローが起きる
同じ手形でも立場によってまったく違う返し技になる
その手形にも台風手形やお産手形などと言ったものもあった
台風手形は切った日から210日7カ月後、お産手形は十月十日10カ月後の現金決済になる
この様に異常に長い手形を切る側は元受けなど強者が多く大概は泣き寝入りをさせる。

一度界隈では誰でも知ってる会社から不手際を責められ台風手形を貰った事があった
額は家が2軒は立つ8桁でその間も支払いもあるメシも食っていかないとない
銀行に持っていき裏書をして高額な割引料を払い現金化をする事になってしまって
結局は儲からない事に
身の丈にあった商売をしていたなら悔しい思いもせずに済んだものをと思った。

   

なぜに備蓄原油はあるのに値上げや出荷停止など物流が止まるのかは
石油大手が強者で資金力もあるからで
発送先をこのトランプ危機に乗じて選別しようとしてるからなのだ。
そんな事ばかりしてると強い者だけが残り結局は都会対田舎の構図になりかねないのだ。
都会でバリバリ稼いでる紳士淑女が親の地を苦しめてないかと・・・・・

 
八頭郡郡家

さ~どっち行こうか

 
峠を越えた昔も数十人しか居なかったと思われる山間の集落に紳士服ヤマモトと錆びた看板が
僅かでも買って欲しくて風呂敷に包んだ服を背負って行商人が回って歩いたのではと

温泉津港

 
温泉津港 職業がら港を見るとその町のおよその状況がわかる
一次産業でも特に海は仕入れ値はほぼゼロだが海の状況に大きく左右される
海沿いは食うだけなら誰でも生きていけると思う。
今は6人しか住まない崖下村に移住して来たのが30年まえで
その時にひとつひとつを身の丈と能力に合わせ地道に仕事をして来たならと
全然違った展開があったと悔やむ事がある

たった30キロ程度の海峡が封鎖されただけで備蓄はあるのに出荷停止や値上げと大騒ぎ
一人で暮らしてるが2~3日程度でゴミの袋は一杯になる その殆どが石油由来、
世界はもう戻る事は出来ないのか
俺はひねくれ者だから自分ではやったのにスポーツ番組はまったく見ない
普通のひとが頑張って勝ったよねと言う程度なら見てもいいかと思うが
人間の身体に1/1000秒を争うのはもう、ひとのやる事ではない
年端もいかない子供の身体にシンジケートが寄ってたかって
メシの種に仕立てあげるのが見てられないのだ。

戦争や闘いは得るのもが無いと襲われない北朝鮮は核もミサイルもあるのに戦争にならない
沢山のひとが亡くなってるのに経済優先をさらに目指す
そろそろ、ひとが生きて行くのに何が一番大切かを見直す時が来てる事を
この世界中で起きてる戦争が示してる。
魚は魚屋から買い、肉は肉屋から買い、野菜は八百屋から買い、薄皮か新聞紙で包む
そんな時代に戻れるならいいなと思う。

地図上では朝鮮半島に約200キロほどに近づいたので
何処かでオモニのいる韓国焼肉を食べようと思ってたのだが
中々出会いとチャンスがない

 
あちこち行過ぎて今回の目的地を通り超してしまった。
戻る事に

温泉津温泉

別に特別な場所にいたとは思わんが
身近で誰々が殴っただの蹴っただのは週に何度もあり 刺しただの刺されただのは年に数回あった
刑法犯が現在の5倍以上もあった時代が昭和40年前後にあった
そんな時代にも刑務所に行く事も死刑になる事もかまわんと言う
覚悟を持った者が居て強いか弱いかは関係なく恐いが
その中でも喧嘩の質と言うか品を問われる
上には上が必ずいて上に行くほど周りや付き合いが広がり揉め事は多くなるのは必然なのだ
ストレスは溜まるがその時にいちいち対処していたら身が持たない
自分が我慢してその場が過ぎるならと我慢辛抱を覚えてゆく
自分が恥を掻かされた位で喧嘩をする者は我慢辛抱がなく品がないと言われるのだが
なんぼ出来の悪い親や兄弟でも身内や若い衆を悪く言われたら怒らないと
それは唯の根性無しと言われる
そんな時代があった。

現在は情報伝発が早いから事件が多いような気がするが今はとても住みやすい時代と言える

 
温泉津温泉

喧嘩もするのは簡単だが後始末が大変なのは仕事でも離縁でもなんでも同じ
いったん始まった喧嘩をシマッタと思い悔やんでも後の祭りで
終わらせるには仲介者が必要で条件は
コイつになら胸襟を開き語ってもいいと思わせ
双方の言葉に出来ない言葉や後悔や様々な思いを呑み込む懐の深さが必要になっていく
鹿をケッタだの私に恥を掻かせるな、などと言ってるようではまだまだかなと

仲介者は途轍もなく辛いがパキスタンにはぜひ頑張ってほしい
終わったら自分に勲章を

 
普通 ほとんどの仕事をしてるひとは黒子で表に出る事はないが
そのやった事は電柱になって立ってるか機械になって動いてるか
なにかしらの形となって残っていく
俺が言うのもなんだが我慢辛抱それが漢の生きる道なのさ

奥出雲


木の板で作られた吹子は田舎の鍛冶屋に行くとつい最近まで使われていて
木炭の代わりにコークスを使ってる場面を何度か見ている
壊れたら簡単に治るしシンプルイズベストと言う事なのか
 

ここを見た当日は何か不思議な感じの服装や雰囲気の人が沢山いて
窓口で聞くと刀剣乱舞ナンチャラの日と言う事で来館者が多いのだと言う
途中から高校生らしい二人連れが丁寧に説明してくれて、
なんでそんなに詳しいのか聞いたら授業で教えられるとの事
帰り際にまた島根に来て下さいと言われた
アイデンティティと言うのかなんか凛として育ちが違う様な気がして
その感じは会津に行った時も感じた。
これは浜田藩は戊辰戦争の時に長州藩に散々な目にあっているのは
会津も同じで子も親も何もかもを失って生きる支えは心しかなかったと言う事なのかと思った。
その後も島根は虐められように目まぐるしく廃藩置県を何度もされている

 
民家なのか寺なのかわからん石州瓦の大きな家がそこら中にある

 
たった数キロに博物館やナンチャラ記念館が沢山あり多すぎて全部見る事は断念する
寺は山門のような建物が多くありその形は北海道では珍しい
ここで墓参りに来ていた人と立ち話をさせて貰った
出会う人はみなさん北海道に行きたいと言う
何処にと聞くと食べ物が美味しいし景色がと言う
うどんを蕎麦と言って出せば店は潰れる蕎麦をうどんと言って店を出せば潰れる
唯一許されるのはラーメンでカニが丸ごと入っていようがホタテは殻ごと入っていようが
ラーメンはなんでもありなのだが
今時戦後の闇市ではないので食わしてやると言う態度はない
過剰な愛想は要らないが飲食店ひとつとっても歴史の長さが垣間見える
北海道はアメリカ西部開拓の様な粗野さと地を這う逞しさはあるが
山陰のような雅や侘びなどはないな~

奥出雲たたらと刀剣館

クズ野郎のトランプのありようは世界全体に影響を及ぼす
法を無視して誰が難癖を付けて攻めて来るか、わからないから軍備を整えろと言う声が大きなり
それは限られた財政の中でやがて一致団結の旗頭の元に民生を我慢させられる事になり
趣味で釣りや大型バイクなど非国民と言われる時が来る

オイルは毎年春に一年分を一気に仕入れる
オイルが無くなったので担当者に電話した
話し中で何回か電話したが繋がらない
ま~いいや~折返し電話来るべと思ったら来ない
う~ん~ノルマがキツく押売りする業界だからオッチンだかなと心配してたら
本人が来て一括仕入れは出来ないと言う さらに1割8分の値上げだと言う
決済は自動引き落としで取引に何も問題はない
そのオイルはいつの原油から作られたの?
これはオオカミ少年以下の嘘つき勘違い野郎で
ノーベル賞が貰えないと決まったら何でもやるのは
子供が買って貰えらえなら万引きでもなんでもするガキと同じクズ野郎のトランプに
便乗し混乱に乗じ出荷停止や便乗値上げをする
事前協議も無しに契約条項を変える事は商道徳に反する日本の会社として記憶されるべきだろう。

 
滋賀国友の鉄砲 金屋子神の草薙神剣 本物は熱田神宮にあり非公開
熱田神宮のレプリカは滅茶苦茶大きく人では持つ事は出来ない

古墳時代後期から江戸時代まで鉄はここ山陰地方で製鉄されている

 
青銅器時代を鉄器時代が駆逐していった鉄を作ったのは山陰から始まったと言えるが
たたら製鉄はヒッタイト文明が元になっていて、「たたら」の語源もタータラらしい
「たたらを踏む」「かわりばんこ」「一代(ひとよ)」などもここが語源らしい
武器を手に入れた者達がやがてハッキリしない事を利用しようとする者が現れる
ヤマタノオロチを退治したのがスサノオノミコトで
退治したヤマタノオロチのケツから出てきたのが草薙神剣
戦争は勝った側が正当化しようとして神話を作り誤魔化すのは情報が発達した現代でも同じで
騙されるのは自分自身にかなりの問題があり旅に出て自分を見直す事が大事かなと
現代は様々な政党がことさらに日本神話を持ち上げる事にうん!と思ってしまった。

 

質素倹約


夜の街も大好きだが早朝の陽が昇る町も好き
内地はどんな田舎に行っても子供がいる
今回は少し気になった事があり
横断歩道を渡る子供達に何度か遭遇したが全員がマスクと黄色い帽子をしていて
目だけが出ていて
手を挙げて渡る子供の目を見て
え~子供の目ってこんなにきつかったのかと思った。
それからは子供達の目がきつい事が気になって仕方ないのだ。
俺の偽善者でやましい心を見抜かれたのか
Nさんから頂いたお米は子供食堂に送ったし
ザンビアだか何処だかアフリカの子にも仕送りしてるが
次世代に残すものと方法が間違ってる事を見抜かれてるのか

 
山陰本線の古い橋脚
煉瓦積は氷点下が半年も続く北海道では凍結剥離が起きるから煉瓦はどうなんだろう
見た記憶がない 山陰本線明治30年開業とある
明治30年と言えば北海道では屯田兵が深川一巳に入植した時代
深川一巳と言えばトンネル松と言われた最後の国鉄総裁の実家がある その留萌本線も廃止になる
チッキを覚えてる年代としては北海道新幹線が毎年120億円もの赤字を出し続けてるのに
留萌本線は年間2億円の赤字
駅周辺に学校や病院などを配置するなどして何か残す方法はなかったのかと残念
駅は線路で裏と表と分断させる為に背後地に利用価値の低い場所に在る場合が多く
駅前再開発は難しい位置にある場合が多いので汽車が無くなったら
その町は数年でジ・エンドになる事が多い
俺の寝てる部屋の15メーターほど後ろが元国鉄線路があり今でもレールが残っている。

 


奥出雲に入るとまた雪が降っている
この空の狭い山間(やまあい)に城のような家々が点在してるのが不思議
これは質素倹約、勿体ない精神で築いて来たのだろうと思う
対義語には消費こそ美徳→消費経済→行過ぎた経済優先ではないのかな・・・・・
 
今回の目的地が近づいた

経済と平和と

クソ野郎のトランプはアメリカ国民の選挙で選ばれたのだ。
毎日ニュースを見ていて人類は戻れないのではと思ってしまう
なんでこんなクソ野郎が選ばれるかと言うと元凶は儲ければなんでもやってしまうと言う経済優先なのだ

ニュースキャスターが嚙まないでバブルマンデブ海峡と言えるようになったが
何処を通るか減った場合はどうするかと原油リスク分散をするのは
民間石油会社の役目ではないのかと思うのだが
その為には困った時だけ助けてくれは無く、それは普段どれだけの付き合いをしてるかに寄る

困った時だけ金の力で助けてくれは誰か弱者を押しのける事になっていく
平成5年に起きた米騒動はアジア圏から米の緊急輸入によって切り抜けたが
突然増産出来る物ではない米を輸入した事はアジアから主食を金の力で奪い獲った事になった。
米がなかったらケーキーを・・・・・・

原油は本当に必要な物に回し車はスピードを落とす
惰性が付く車の燃費と速度は形状にも寄るが普通は50~70キロ程度が燃費が良くなるように作られている
惰性の少ない船は速度に密接に関係があり3乗から4乗と言われている
無い物はない 今ある物を大事にして壊れたら修理して使う
それは経済優先から外れるだろうがもう経済優先では破滅に向かう兆候を示してる
以下は長くなるので端折る

 
数年前に裏街道ばかりを通りゴビウスに来た事があって、
その時の記憶ではさほど大きな街とは思っていなかったが
米子も安来も大きい街で驚いたのはこれは北海道では考えられないが
両県の県境は米子駅を数キロ西に行くと島根県安来になるのだが
建物が続いていて境界がわからないのに
県を超えるといきなり車のナンバーが変わるのだ
島根県は島根ナンバーで鳥取県米子に入るといきなり鳥取ナンバーになる
たった数キロで信号待ちの前の車のナンバーが全部変わるのが凄い
メシを食いながら鳥取の店の人に聞いたら鳥取で使った金は鳥取県民に戻って来ると言う
島根で使った金は島根県民に戻る金と言う事が意識としてあると言う事になる
これが島根と鳥取は仲が悪いと言われる由縁なのだろうか
この考え方は近江商人や富山の薬売りは汽車に乗って戻った時に自分の域内になると
それまで慎ましくしてたものが駅弁は買うお茶は買うはと豪勢にして
それは自分に戻って来るお金と言う

北海道は旭川圏だろうが札幌圏だろうがお構えなしに越境して買物をする
俺自身も留萌にホームセンターがあっても60キロ~70キロ離れた滝川や砂川にいく
道北の音威子府などは土日になると買い物で村に誰も居なくなると言う
先祖の土地を持つ者と持たない道民との違いをはっきり感じた。
これはいつでも行ける地元店には必要最小限の物しか買わないが
たまに行く店では余分に買うと言う消費行動にも表れる
結局は地元店を自分で〆てしまいよいよ過疎に拍車が掛かる事になっている
対策は物流がこれだけ整っているので再度問屋制度を見直す時期なのかも知れない

また道に迷った


けっこうでかい倉吉は観光地で駐車場があちこちにあり
車を何処に止めたかわからなくなってしまい
野生と知性はどちらかと言うと野生に近いので方向音痴ではないと思っていたが
カーナビに頼るせいだろううか東西南北がわからなくなる事が多いような気がする。
北海道と違い家々が白壁か茶色で似たような家の壁ばかりなのと
道を聞くにも私は何処から来たのでしょうかとは聞けないし
誰もいない、太陽も出ていない、スマホも満足に使えない
酔っ払いで鍛えた帰巣本能か北海道がある東に向かってしまい川に出てしまった
旅の疲れもあり歯も痛い、足は元々悪いので与太った歩きでもうこうなると徘徊老人である。

川に出たら川を下れば文明と町に出るは間違えで山で道に迷い川を下って命を落とす人は多い
頂上は一つだが裾野は広く船でもなければ下るのは危険
迷ったら助けが来るまでその場を動かない、もしくは登る、頂上はひとつ

すっかり疲れた時に川沿いに交番発見で地図を貰ったが駐車場の名前がわからないから
さらに彷徨い数キロ歩いてやっと車に戻る事が出来た
車に戻ればサバイバル用具はほぼ揃っているがなんてこった

 
腹減って鳥取牛骨ラーメンを初めて食す 広い店内に沢山お客さんが居た。

ご当地味はその地で育った味なので よそ者がドッタラコッタラは余計なお世話
俺が考える旅の鉄則
旅はその地の生活や文化をこっそり覗き見る事で銭以外は考えも何も置いて行く事はいけない
それでなければ日本中が平均化してしまう
田舎移住者がうまく行かないのはこの辺りが違うのではと

北海道ではチョット買い物に砂川滝川にと70キロなど普通に走るので
何をトチ狂ってか予定をふたつ飛び越してゴビウスに行ってしまった。

 
忍者のようなカジカ

この底に住む魚が好きでカジカや沼チチブなど結構な数を飼育してる。
水族館で一番知りたいのがバックヤードが見たい
水を綺麗にする為に珪素や植物プランクトンを濾過してしまうので
皆が水族館で見てるのは見せる為に不自然な状態を見ている。

駒子

俺の人生で芸者さんと言う実物を遠くからでも一度も見た事ない
そんで芸者さんイコール駒子と思っていて三朝温泉の入口に立つ像も駒子と呼んでいる

食えない時期に鮮魚トラックにも乗った
もう時効だし誰に迷惑を掛けた訳ではないので
バカ野郎な男に騙され養育費も貰えず子供を育てながら夜も働くホステスさん達の白タクもやったが
ホステスさんは当時よくて時給1000円程度の日払いでなんぼにもならない
場末のホステスさんの送り迎えをして思ったのは酔っていても絶対に身体には触るなと言う事だった
酔っ払いオヤジの油が付いた手で触られるとやっと買ったスパンコールを
クリーニングに出さなければなくなる
それは自前で1時間酔っ払いの相手をしても足りないクリーニング代が掛かってしまう
それだけ有ったら子供に甘い物を買ってやれると言った子を今でも思い出し
河岸を変える時にその子達にもらったCDを今でも持っている

    
音読みは同じだが俺とは西が齊で違う
佐藤→佐東や齋藤→齊藤なったりと勘当などと言うものがあった時代には
分家する時に格付けの為に字を変えられる事はよくあった事らしい
足湯には湯はなかった

 
この山奥に突如現れる 岡山大学惑星物質研究所

 
倉吉玉川 刃物を研ぐ人が住む町 研屋町

 
信越や濃尾とは家の作りが違う
町家でも間口が広い事と卯建が無い あっても少ない
間口に税金を掛けた時代は間口は狭く奥行きが広いのが普通だが地割がどうなってるのか不思議

この後アクシデントに