また凍ってシマッタ。

懲役18年は亡くなった二人だけでなく二人の子の将来まで変えた事になると短いような気もするが求刑に対して8割が今回も出た。

先に出来た阪神高速と東名高速を繋ぐ工事現場に重機修理工でいた事がある。
修理班は大概は3ヶ月で交代だったがなぜか東名高速の延伸と共に移動するプラントと一緒に危ない飯場に一年も置かれた
そこには九州の作業員も居た。
飯場は荒くれ者が多く喧嘩など日常でメシを食うにも注意が必要だった。
当時は出身地で相手を見る事も結構大事で一見おとなしく見えても危ない奴がバックにいたりと何かに付けて出張って来たりした。

現在は何もかもがシャッフルされ何処の出など関係ないが昔はそうではなかった。
炭鉱町には炭鉱気質があり沖中士には沖中士気質があり またそれに沿って行こうと言う処がある。
やがて炭鉱も無くなり港湾も機械化されてその人達は危険なトンネル先端工事現場などで自分の出自を支えに全国を渡り歩いた人達が現在の日本を作って来た。
中間市は筑豊の遠賀川沿いにありいわゆる川筋もんがいる地方になる 
『 女房質に入れても友達を大事にせ 』と言う 
それほど仲間意識が強いと言う事でこれは危険な作業を先端でする者に共通した意識になる。
この川筋もんの有名人には高倉健がいたが現在は麻生太郎であの押し出しと態度に表明されているが彼は幼少期にしか筑豊にはいないが
麻生太郎は自分は川筋の男だと言う意識があるのではないか
そういう風に見て来ると筑豊中間市の石橋和歩の態度にも多少の理解が出来る。
俺には彼は控訴しないような気がしてならない

弁護士にも色々いるが裁判官が辞めて弁護士になるのはわかるが
検事が辞めて弁護士になるのだけはおかしいと思う 
それで自分の、男の一分が通るのか 
検事を辞めたら仏壇に向合う生活をすべきではないのか
 
弱いからこそ強がって見せるそうしなければ生きてゆけない地域だったのかも知れない
狭い拘置所でこれから先の事や犯した罪の重さでいっそクタバッテしまった方がいいと言う
延々と続く恐怖
窓の狭さ高さ目の前に通る制服の色(あの色には理由がある)までが強烈に迫ってくる。
他は知らんが石橋和歩は慣れたらいかん 罪を償って満期で44歳そこから一生また償いの人生を歩んで欲しいとせつに願っている。

一昔前は留萌も大和田炭鉱と石炭積出しや荷物の積出し人夫の町で明元町や大和田と言ったハッキリと色が違う町だったのだ。
そこで貧乏したからこそアチコチ渡り歩け現在があるのかも知れん

 
またホースが凍ってシマッタ先に見える灯りをめざしてカルバートを匍匐前進で進む 
凍結しないように何かいい方法はないのかと考え中に7ミリのエァーホースを通して見る事にした。 
ホースが完全に雪で覆われると春まで凍らないのでそれまで凍った時にお湯を通して溶かそうかと思うのだが

先に少しでも灯りが見えるのと見えないのでは大違い なんでもかんでも袋叩きにするのはいい事ではない


あちこちから貰った日本酒で何か空き瓶でさえ一気に捨てられんのだが足の踏み場も無くなってちょびちょびと表に出している
俺はそう言う気の小さいセコイ性格なのだ。

知者の一失愚者の一得

人間大小はあるだろうが誰しも功罪はあると思うし振り返ると恥ずかしくて穴に入りたくなる事など沢山あるだろう。
思い出してスダレが落ちて来るくらいならまだマシだが 
その辺りの物をブチ壊したり暫く何処かにいかんとないと思うほど落ち込む事もあるだろう。

もし全然無いと言う お方がいたら それは余程のアホか無神経かどこかおかしいのだ。
経験上 バカが世間に迷惑掛けてもせいぜい半径500メーターだが頭の良い奴が掛ける迷惑は
議員先生からしてその頭の良さに比例して迷惑掛ける半径は大きくなってゆく 
車の免許を取る頭があったばっかしに迷惑掛ける半径も大きくなってゆく

東名高速の事件はもうすぐ判決がでる罪は罪として償ってゆかんとないが 
どうしてあんなバカ野郎が出来上がって来たのか徹底的に検証をし今後に生かされんと犠牲になった者も残された子供達も浮かばれんと思う。
他にもバカ野郎は沢山いるここにも一人

まだ若いのに子は生れて来る環境は選ぶ事は出来ない事を証明したような事件だと思う。
車は動けばそれで役目は果たしているが 車は金さえ出せば自分を勘違いさせる事が出来る代物なのだ。 
本当の金持ちが高い車を乗ると言う事はパッと稼がんでいいのだから時間なども気にせん先に行きたきゃサッサと行けと譲る。
貧乏人は時間を金で買う事が出来ない 
自分の身体を酷使する事でしか時間を作る事が出来ないのが貧乏人の悲しい処なのだょ~
だから貧乏人はせっかちなのだ。
貧乏人が無理して買った車に乗った時に自分の立ち位置も一緒に月賦で買ったので
オリャ~オリャ~となり乗ると性格が変わると言う事はでないのか
どっちにせなんぼ稼いでも庶民は億は稼げん
貧乏人は貧乏を楽しまんと損 バカはバカを楽しまんと損
 
唯一救いは「 彼女は身体が弱いから自分が守ってやらんとない 」と言う
なら親から離された年端もいかん子の事を考えた時に自分がするべき事もわかってくる。
誰かを守ると言う事を知ってると言う事はもしかして自分が乗ってる車より小さい車は煽る事は無かったのかも知れん
自分が世間一般から見た場合でも弱いと自覚してるからこそ世間に噛みつく事は若い時は誰にでもある事ではないのか

どこかで自分の生き方を180度変えるような出会いはなかったのか 
この若い者の価値を早くに見つけ認めてやる事が出来る誰かがいなかったのかと思う時に
このバカ野郎が可哀想でならない
やはり男は仕事で鍛えられ仕事で育てられる現場の職長の生き方は若い者に大きく影響する。

除雪機と司法取引

現在は除雪機と言うと赤か青と言うくらいになってしまったが 
その前は様々メーカーがあった某社の開発段階から知っているがエンジンはテカムシ製でエンジンが始動する前に春が来るんでないかと言うくらい冬は始動しなかった。 
やがて国産ですべて賄おうと開発に掛かるが 基本構造はすでに国内あちこちにある物をパクって寄せ集めて20台が最初に造られて 色は現在の色ではない
それは道内に販売され使われていった。
試作品などは全くの素人が使うのが一番で多少でも知ってる人間が使うと壊れそうなとこはカバーして使うので
短期間で故障は起きなくてあまり意味はなくなる。

初期は10時間から20時間で必ず壊れると言うシロモノだった。
その時の開発技術者はこれでもかこれでもかと言うほど様々な部品を作っては吹雪の中に来て試すを繰り返すだった。
除雪機はワイヤーなどは凍結がある為に製作の手間は掛かるが極力ロッドで操作する構造にしたりと現場は慣れない寒さの中で頑張った。
意外だったのは極端に寒い処の除雪機は壊れないと言う事だった。
半端に暖かいと雪が溶けて曝露部分に染みこみ夜中に凍結して動かなったり 浜に近いと塩分を含んだ雪によって電食でエンジンすら掛からなくなってゆくなど様々事が起きてゆく

多くは狭いエリアに温暖な処と極端に寒い処が集中している北海道でも道北地方で試されて試作品が作られていった。
中には旭川や赤平の自転車店のオヤジが考えた構造が取り入れてその後は普通に普及していったモノもある。
そのオヤジが言うには「 俺が考えたのにお茶一袋しか暮れん 」と言いながらまた考えていった。

その後も一般に普及する事によって様々な人が使い想定外な事が発生してゆき 
初期の末端現場では壊した者に対してどうして壊れたのか時間帯はその時の天候はと聞き取りを行い
その一つ一つに真剣に対応していった結果が現在に繋がってゆく
通常1年保証があったが一年で使い切る物ではないので 
聞き取りも相手にしたら無償で直るのか有償なのかの境目がある為に本当の事を中々言わない奴もいるのだ。


 
ゴロついた位では取引は成立しないが珍しい故障の場合は保証期間が過ぎても取引され現物は回収されてゆくがそれはすべては前に進む為が前提になってやがて対策部品として無償で配られてゆく
吹雪の中 車のボンネットを外して走れば壊れるのが当たり前だと思うが除雪機は常にその状態にある。 
え!そんな使い方したら壊れるの当たり前ジャン!と言う事も多くあったがそれを解決して行って現在の女子供でも使える除雪機が完成した。

司法取引が一個人の救済の為にあるのはおかしいと思う
最低限組織全体が前を向く為になければないと思うのだが
戦国時代は城主の切腹と引換えに兵達は残されのではないのか 
幹部は下々の為に切腹せ~ 
策士策に溺れる 見込み違いしてやがんの~

続趣味の世界

俺も物好きで軽レンタカーから小さい処では合鍵屋にこれは全く無い鍵を作る処までやって結構稼いだ 
元手を掛け過ぎたラーメン屋に 
パンク修理屋から修理工と様々なモノに手を出して殆どが収益面から見たら失敗に終わっている。
何かをする時にそれが幾らになり儲かったら何をしようと殆ど考えなかったモノほどのちに収益に貢献する事の方が多かった。

日本製品の良さは国の狭さが良いのだと思う。
使う人と作る人の近さが製品に反映されて来たのだ。世界三大バイクメーカーは本田、ヤマハ、スズキだが
販売店が地元密着店だった 末端の使う者の意見がすぐ汲み上げられ製品に反映されてゆく
海外に一度も行った事は無いが 末端の今にも倒れそうな零細販売店の意見が真剣に取り入れらるなどは世界でも珍しいのではないのか
国が狭いそれが世界に支持されていったのだ。

夕方に旋盤から離れた雪駄に腹巻のオヤジが道路で夕涼みしてる時の近所の旋盤屋のオヤジが自分の今日の成果を自慢に来る。
素人は素人なりに作る苦労も考えずにアッタラコッタラ言いに来る ムッタシ来たオヤジは改良を考える。
働く、物を作る、 その事自体が採算を度外視した趣味の世界に入ってしまった結果
趣味の世界だから良いモノが生まれて来たと言っていい
良いモノが出来て喜ばれ やがては関わる人達も 
働く事 生きる事 自体が採算や収入を度外視した趣味の世界になってゆく
そうなった時にイライラやアオリ運転や製品偽装なども無くなってゆくような気がしてならない

珪藻培養 趣味の世界は怖い

火曜日から荒れるとの予報で月曜日は午前中で仕事を片付けて今年最後の川と沼巡りに行って来たが
あ~あ~こんな処で春まで誰もこんべな~雨竜川左岸で路肩から滑り落ちてシマッタ 夏ならどって事ない場所なのだが低速四駆に入れようがどうしょうが上がらん 一時間やって駄目でJAFに電話するが場所の物標が何もない
川があって山があって~田んぼが見えて~ドッタラコッタラ 
スコップを積んまんとないと思いながら積んでこないと言う 日常をそもそも舐めって掛かる態度が悪いのだ。
そこに何だなんだ工事現場用の敷鉄板を積んだ大型トラックが一台入って来て引っ張って呉れた。
お礼にと何度も差し出すが何も要らんと固辞される 車は岩見沢のH運輸の車だった 
これ以上言うと元に戻されるかも知れんので有難く引き下がる。
冬の間にデフロックの付いたハイゼットを完成させんとイカンと思った。

しかし欲望の固まりの俺はこれでいいと言う事がない

ドブ貝

数年前から難しいと言われてるドブ貝の飼育に挑戦しているのだ 
毎日毎日数年間見続けてるがカワシンジュ貝は飼育成功して少しづつだが大きくなっているが
それは成功と言うよりここの地理的条件が良いだけなのだ。
ドブ貝は一年以上は育たない どうもエサになる珪藻が不足してるらしい 
観察を続けてると舌と言うのか足と言うのかベロがドブ貝は下を向きカワシンジュ貝は上を向いている。
それはエサの採り方の違いで食ってるエサも実は違うのではないかと思うのだが 
本当に珪藻だけを食ってるのか カワシンジュ貝はそこらに沢山見掛けるが あまりにも上流では見掛ける事はない中流域から少し上が生息域だと思うのだが
そのてんドブ貝は沼や取付河川の一部になんぼで居たのが不思議な事に最近は何処にいってもほとんど見る事が無くなった。
誰か商売に採ってるのか環境の変化か俺のせいか!何だろう不思議 ドブ貝は今年は3個しか採れんかった。
冬季間は流れる水が少なくなると小川のドブ貝は凍えてしまうのか口が開いたダメな貝が多くなる。

ドブ貝も 『 パトラッシュ~疲れたろう~~なんだかとても眠いんだ~~~パトラッシュ~~ 』と言う感じなのか
ドブ貝に関しては今の時期がシーズン最後のチャンスなのだ。それにしても数年前にはあれほど居たドブ貝がほとんどいない不思議
水槽の中には昨年のドブ貝と今回のドブ貝と合わせて10個入れている。
エサ不足にならないように珪藻の培養をしてるのだが何度やっても上手く行っていない
カワシンジュ貝と違い一年でアウトになってしまう。


珪藻土で珪藻培養中
ドブ貝やタナゴの養殖に成功したからと言って何もないのだが趣味の世界は恐ろしい 


今回は大きければエサ不足は少しでもいいべと思って水槽2,75メーター部分を使ってドブ貝を飼育する事にした。


これは全部ドブ貝

川シンジュ貝はこの水槽内でも流れのある一か所に集まる傾向にあり やはり流れて来るエサを採取するのかと思うのだが
ドブ貝は結構速いスピードで水槽の中を移動してる と言う事は条件のいい処を探してるのだからその集まってる場所がいい場所と思いそうだが
どうもドブ貝は違うかも知れない
土の中のエサを食ってるのではないのかと思って今回は空知の沼底の汚い土を大量に持ち帰った。
その中にある養分を培養してみる事に

今回は意外な盲点で稚内にナンチャラ言う素晴らしい珪藻土があるとの事で取り寄せてみる事にしたが
いつもは能登半島の珪藻土500グラム380円だったが こんな近くに良質の珪藻土があるとは知らんかった
灯台下暗しを地で行っている。
何に使うか知らんが内地まで貸切貨物船で運ぶ位なので超安く ついうっかり40キロも買ってシマッタ
一節には火薬と混ぜるとダイナマイトになるらしい 

バーコードが入った魚を買って食えば数百円のモノを釣りを知ってシマッタばっかりに船買って
ホッケ一匹何万円にもなってる人もいるほど
趣味の世界はハマッてしまうと事ほど左様に怖く暫くはウドンだけを食う生活をせんとイカンのです。

カジノ

カジノ産業や軍需産業には正義はない
そこまでして儲けようとする時に孫子(そんしではない)の代まで祟る事は間違えない 
運不運で勝つ者、負ける者を生みそれで良しとする事がまかり通り 目の前に普通に目にする状況になったら誰も真面目に稼ぐ事はなくなる。
実際にギャブルで一時儲けたが落ちて行った者は身近に何人もいる 
いまは依存症と言われてるがその切っ掛けを自分が作ったのだ 
残った人生で自分の価値があるなら その様を教訓として寒空に世間に晒す事しかない

モノを売る商売人は買う者より肝心な事を多くを知っている事が条件で買う者に替わって使う者の予算内で最適な物を選んで進めている
最低限命に関わる事に関しては譲る事はないそれが無くなった場合は
それは商売人ではないし商売が永く続く事はない
身近な例でも除雪機などは大は小を兼ねる事はない 小さな場所を大きい除雪機を使用するとその場旋回出来ないし巻まれたり怪我の元になる。小さな場合は時間が掛かるが隅々まで出来るし操作も簡単
目安は30分で終わる場合はおおむね適してる。最近の除雪機は操作が電動で動く事が多く 狭い場所で旋回が多いと左右入れ替わるそのつど電気を使用する為にバッテリー上がりが多くなるなど それ以外の事でも除雪場所の環境が重要になってくる。
売上が大きいからと大型除雪機を誰にでも売るのは間違えている。

同じ飛んでゆく物でも弾などは雪と違い その目的はブチ殺す事が目的でそんな商売を孫子に喜んで進める商売ではない
それはそれで良しとする連中に造らせるべきでいまの日本人がやる事でない 
ことほど左様に作る者や売る者は結構気を使っているのだょ~
そりゃどうでも沢山売れるのは嬉しかったが日々食ってゆけるならそれで充分でないのかと思うこの頃なのだ。

今まで数々とあった横領事件 
年金横領問題 バレた金額だけで 約3億4274万円 おいおい関係者
外務省機密費流用事件 バレた金額だけで 約9億8800万円 機密、マル秘、ナイショ~
長野県建設業厚生年金基金横領事件 バレた金額だけで 約28億8000万円
アニータに貢いだ銭はおおよそ14億5900万円 
ちなみに最高額は安中市土地開発公社 バレた金額だけで約51億円

自分で稼いだカルロス、ゴーンは事前聴取も無く拘置所に突然掘り込まれる事なのか 
外国人労働者だからなのか国策でないのか どうなんょと思うがよくわからん
世話になったニッサンに軽クリッパートラックを持って来いと電話しそうになるが
使うのは一人なのに車が三台になるのはさすがにマズイので堪えてるが
店の前を通ると火曜日休みで電気が消えている意地でも出て来て明かりを付けてくれと思ってしまう。

商売は通りに灯りを点け続け そこで待ち続ける事なのだ。

カルロス、ゴーンの示したもの

世界の中の日本を見た時に位置的には日本の中の増毛に近い 増毛も観光地とは言われるが小樽とは人数も違う
コイツの車にぶつけたら一生掛かっても弁償出来ないべな~と言う やたら高そうな車は来ない 
周辺市町村からそこそこの車で来て銭の掛からん海を眺める日帰り観光客で大金持ちは来ない 

日本もメガヨットやプライベートジェットなどの超大金持ちは来ないし選ばない
ゴーンも日本の城ではなく西洋の城を選んだ 日本は海外の超大金持ちに選ばれる事は少ないのだ。
タコ焼き~ワンダフル~焼き鳥バンザイ~と喜ぶ海外の人には日本は世界の庶民の観光地なのだ。
そこを勘違いしてカジノなどを誘致するなどは勘違いも甚だしい せめて北海道だけでもカジノは作らんで欲しい

労働集約型産業と言われた車業界は世界的にも大変な時を迎えてる 部品点数の多いエンジンもトランスミッションもデフも要らなくなり当然下請けは消滅する。 汎用小型エンジンなどは日本のマークは入ってるが殆どが海外で生産されている。
日本が生き残る選択肢の一つに観光業は入るだろう だがそれは世界の庶民に愛される観光地の道しか残っていない
観光は景色、食。伝統、人、などがあるが一番儲からんのが景色で景色をタダ見るだけで銭は落とさんし周辺施設は整備せんといかん 食となんだか良くわからん伝統が一番儲かるのだ 食はどの道、味は比べようがないそれを食べる食べさせる環境が大事なのでタコ焼き 焼き鳥は日本の口八丁手八丁のオヤジでなければないし 唯一わんこそばが絣着物のお姉さんになる。
 
遠い海外から来たら日本国内にはどこも距離的不利はない
これから一番大事な事は日本らしさ日本人らしさでそこを大事にせんとやがて誰も来なくなる。
逆を言えば大した金も掛けないで今のままを守り続ける事で観光業はやってゆける。

寂しいがこれから機械産業はどんどん海外の国を食い潰して移動してゆくだろう もし日本の機械産業が生き残ろう事が出来るなら地域に根差した特殊な機械が残ってゆくだろう 
網走湖にゆくとこんな凄い機械が地元で生産されているのかと驚き、それは世界を相手に出来るだろうとさえ思わせる。
その土地にだけの機械はそこら中に在るだろう北海道では見る事はない筑水キャニコムやミカン農家の機械など日本はこの狭いからこその 崖があったと思えば海もあるし平野もありその土地だけの機械が沢山ある それを早食いせずに守ってゆく事で機械産業も縮小しながらも生きてゆけると思うのだが

司直の手を借りてまで車に執着しても時代は大きく変わってゆく なぜ社内で切腹覚悟で話合いが出来ず現在まで放置されたのか言い方は悪いが泳がせたのか不思議で仕方ない 
これから功罪の中で罪の部分だけが官民あげてリークされてゆくだろう なぜこうなったのかを探らなければ日本は世界では生きてゆけない事をゴーンは示した。

ネットだのニュースだのに惑わされずに自分の今を見直し大事にする事で食ってゆく道はひらかれる。
へ~イラッシャ~~オ~安ウ~シトキマッセ~

愛マイミ~ 愛マイミ~

早い話しは  親戚も誰も助けようとしなかった傾いた旧家に将来の可能性を見出し巨額の投資をするに付けて監視役の嫁も向かい入れたのだ。
生れも育ちも転々として苦労した分やり手だった嫁を向かい入れて家運は盛り返した。
嫁の実家は見る目があったと言う事なのだ。
別に愛があった訳ではない結婚だったので投資を回収するのは当たり前でそこに助けて貰った事など忘れ 
『 幾ら助けて貰ったからって稼ぎを嫁の実家に送金するなどおかしいべゃ~ 』
と親戚一同あったらコッタラ言い出した。
しかし異人でも助けて貰えなかったら親戚一同に見捨てられた旧家は今頃人手に渡り更地にされてるのだ。
ご~ん嫁はコストカッターだのなんだの言われてもガムシャラに稼いで一生懸命やったが
嫁ぎ先が楽になったら親戚一同の雰囲気がおかしい事に気付き始める。
レバノン人の両親を持ちブラジルで生まれレバノンに行きフランスで学び稼ぎ レバノンとブラジルとフランスの多重国籍を持ってるが人生三分の一に近い年月を家族と共に住んだ日本国籍は持っていない
日本に来た当初は少しは愛は有ったのかも知れないがそれを大きく育てる事が出来なかったのは嫁ぎ先の責任でもある。
安住の地を求めて世界を歩いたからこそ本当の無償の愛を人以上に欲していたのでは
 ご~ん~はこう言っている。
「人は多様性から学び、そして共通性に安らぎを感じる。」と
フランスやイギリスなど上流階級と庶民階級がハッキリ分かれる国ではレバノン人はどこか疎外感があったのではないか
義理と人情の国日本 おもてなしの国日本、階級の無い国日本 期待値の大きい国だったが結構セコイ親戚一同 それが銭に走る動機だったような気がしてならない

嫁を追い出す離婚の仕方にも色々あるが少々乱暴だと思うのだが
実力があるのだからニッサンのある神奈川 北条の城か古寺の一つでもやって日本の愛を見せてヨイショしておけば違ったのかも知れない
倒産寸前でもコストカットすれば恨まれるのは当たり前だが愛があればなんとか耐えられるのに親戚にロクた事言われんようになったら後は銭しかないべ~

愛はあいまいで適当がいいのだょ~お互いが育てるのだょ~
愛マイミ~はクラウンな呑み方をするYの酔ったら出る口癖 愛マイミ~ 愛マイミ~
もう充分頑張ったドーランは落としていいのだょ 愛マイミ~ 愛マイミ~

友子制度

20年前にカルロス、ゴーンがいなければニッサン舟艇部門はもっと早く終わりを迎えていたかも知れない
そう言う意味では良かったのだが
今回は色々考えさせられた それまで他のメーカーを売っていたのだが取引条件の厳しさで毎年の赤字続きで苦しんだ。
これだけ海のそばに居るのだからいつか目が出るだろうと寝る間も惜しんで副業や他の事で稼いだ金は支払に回し食ってゆくのもやっとだった。

世界三大メーカーと対等に取引する事などは地方の零細事業主では資金力から地域性からして無理があったのだ。
仕入れをニッサンに替えた その時に来たメガネを掛けた担当者によって助けられ業績V字回復を成し遂げて過去の借金も清算出来た。
俺にはその時その時で偉大な師匠がいたがどの師匠も言う事はほぼ同じだった。
ひとつにはメーカーそものでなく自分の処に来る担当者を見れと言う事だった。
小売り店はメーカーからしたら金を払う客側になるのだが 中々そうはならない売らしてやるのだと言う扱いなど普通にあり 昔のような親と子の関係はなく
メーカーや上司の意志が末端担当者にも表れてゆく

ボートなど高額商品を売ってると金のある奴ばかりと付き逢う事になるが
意外と変な奴や嫌な奴はいない逆を言えば そんな奴は大きな金を儲ける事など出来ないと言う事なのかも知れない
一隻一隻売って来たが あ~この人には買って貰いたいと思う人が多くボートも辞めてしまっても付き逢いが続く事が多い
逆にコイツには買って貰いたくないと思う事もあるがどうしても資金繰りで売ってしまった場合は自分が心の底に在るからなのか その後は上手く行かない事や長い付合いで損する事がある。 
何フィートなどと物の大きさではない その人そのものに売る事が出来た時には商売人冥利に付その気持ちはたとえ物が無くなっても変らん

商売は人そものを見るに尽きると大恩ある師匠達に教わったが 
自分は恩に報えるほど少しでも成長出来たのだろうかいつも後ろを振り返る。


最近はどのこ博物館も写真は撮っても構わないと言う処が多い
釧路炭鉱 末端も末端 地の底でお互いを切磋琢磨しただろう親と子の友子制度 この事は高橋揆一郎の本に書いてあるそうなので高橋揆一郎の本を集めてるが読んだらどうするべ~また本が溜まってしまうのだ。

しりと町

殆どの紛争の端緒は損か得かが根にあり経済が密接に絡み合う。
そもそも日本人は自分が我慢すれば丸く収まると言う事が多い 争いを好まない民族なのだ。
欧米人に比べて自分の主張をする事があまりなく仕事にしても成し遂げる事に生甲斐を見出し報酬は二の次になっている。
カルロス、ゴーンが生まれも育ちもフランス上流階級の出でない事が多少影響があったのかなとも思うし生粋のフランス人でない事が国民感情を巻込んだ大きな争にならない気がする。
俺などは歩いた後にペンペン草も残らんほど何をやってもやり過ぎる傾向にあって今ですら時々反省しなければと思う時がある。


筋金入りの貧乏人だったが今は充分食っていける欲を掻くなと言い聞かせる
地べたを這うような生活を思い出させる路地が好きだ 早朝ドンドン中に入ってゆく

ゆき止りで太平洋炭鉱の石炭置場か
粉炭にも見えるがこの界隈は粉塵で風の吹く日は洗濯物も表に出せずに鼻の穴は真っ黒になるし生活も大変だったろうと思う。
こういう条件の悪い処には地べたを這うような生活の人達が住み それは一種の連帯を生んで独特の地域性を持ってゆき
余所者は近寄りがたい雰囲気を醸し出してゆく

ゆき止りの処でお姉さんが線路でコンブを干していた 
「 いいコンブだね 」と声を掛ける 言葉が少し不自由そうだった この向うは砂浜だが少し沖は岩盤なのか海が黒い その浜から流れコンブを拾って来るのだろうか 線路に干すなど本業ではない事はすぐ想像出来る。
俺自身は清廉潔白ではまったくないしその時その時で筋も曲げる。 
この粉炭の舞う地区に住みコンブを拾うこの言葉も少し不自由そうでコンブを拾う事がダメなのだと言う事が理解出来てなさそうなお姉さんを見て 
今回は前回拾ったコンブを返す旅でもあったが返すのはや~めた~っと変更
人間食って生きてゆく事が一番に来る事は身を持って経験している。
どんなに頑張っても自分のどこか不自由な為にそれを出来ない人達もいる 
折角働いても稼ぎを雇い主にまでダマされ続ける人もいる 
そういう人を健常者は稼ぎの中から税金として払い生活保護などで守ってやらなければならない
中には不正に受け取る者もいるだろうがそちらにばかり目が行ってしまうと
実際に困ってる人を見逃してしまう事になってゆく
生粋かどうかわからんが海外は一度も行った事がなく日本で生まれ育った俺は成し遂げる事に、縄張りを広げる事に、生甲斐を見出して生きて来たので銭などは点数程度と思うように自分に言い聞かせてる。
そこが頭も稼ぎも天文学的に違うがカルロス、ゴーンとは違う。
粉炭舞うここは知る人は知る シリト町


釧路博物館
左下端にちょっと違うのではと気になる説明があった。

ガキの頃学校にゆくのが嫌になって小学校を途中で辞めた 
その時に一緒に行った神居岩村のみんなも誘って学校ゆくの辞めるべと言ったが
みなは吹雪の日もクソ熱い日も一時間以上歩いても学校にいきたかったのではないかと釧路博物館で思った。