毎年ここの前で花火が上がり普段は閑散とした住民6人の通りが大渋滞になる

ここの町は桜が多く見れる町でもある
思うのは皆は桜や花火が好きだよなと
この両方に共通するのは散り際の良さで花火が電飾の様にいつまでも消えないとしたら
それは花火とは言わない 桜も同じで咲いてさっと散っていく
時間の止まった喫茶店の枯れる事のないドライフラワーと
その下にセットであるマイセン擬きのほりゃ!と片手をあげた陶器の人形など誰も目を停めてくれない
ちなみに入ってイラッシャイ~と言われない喫茶店は好き
花火にも桜にもそこには日本の心意気があるのだろうと思うが
花火は光も大事だが僅かに遅れて来る音も両方セットで花火で
最近は花火も銭出さないと見れない花火もあるらしい
貧乏人も金持ちも等しく見れるのが花火で日本人の心意気は何処にいってしまったのだと
貧乏人は音だけ聞いていれは そのうち五月蠅いから中止せと言われても不思議ではない
毎年行われる花火は誰と見るか、どういう状況や環境で見るかはとても大事で
そこから振り返る夏の自分史でもあり
家族で見たものがひとりで見る羽目になってしまう場合もあるが
誰かにいい思い出を残せてやる事も出来る
唯々派手で華美で数さあれば良いとはならない それが花火だと思う
花の咲く部分と茎になる部分も火薬は必要で銭は掛かるが
小さな町の数十発の花火でも充分で家で寝てる病人にも見えるように高さが必要だと思う
俺は牡丹や柳のようにシンプルな花火を1~2キロほど離れた処で
光が消えた2~3秒後に音が聞こえるその間が好きなのだがここは近すぎるが
そんな光と音が同時にあがる風情にチョットかける花火がここの前で7月25日に上がる















