能登和倉温泉七輪の謎 はぐれ刑事純情派ふう

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連休前の超忙しさが今年は雪解けが遅くさらに輪を掛けている。
これでもかと言うほどモミ殻融雪剤をまいて除雪機で雪割りをしてやっとこさ3隻を移動して新たに2隻を入れてと超忙しい。
融雪剤もどこをポイントに撒いてどこの雪を割ったら早いかが長年の成果でわかるようになったのだ。

今年ほどフキノトウが待ち遠しかったことはない
姿形もまったく違うフキノトウとフキは本当に同じ根なのか単純作業に飽きたので手にしていたスコップで掘ってみた結果は本当に同じ根だった事が判明
いまは本当に便利な時代で中古本一冊平均300円と安く本が買えるので買って買って買いまくっているが日本の雑草という本でもフキに関してはあまり載っていない 雑草も花が咲かない雑草は見向きもされないのか
雑草の本を4冊買ったがフキはやはり誰も書くにも値しないのか詳しく書いた本は無かった。
が人生数十年にしてフキとフキノトウは初めて確認してみた。本当だったのだ。
掘り越したフキは室内の温室に入れて観察する事に日中は外仕事で夕方以降は家に戻り室内の水槽や温室を飽きずに眺めてと至って健康的な生活を送っている。
山裾に抱かれながらの生活が好きで10代に大反省して安城の農業高校に入学しようかと学校を見に行ったりと真剣に考えたほどだったが生活費やナンヤカンヤで断念してしまった。
行き当たりバッタリの現状満足派なので反省は沢山あるが後悔は全くないのでこれはこれでいいのだ。

そんな中で七輪の謎がさらに深まりメールで能登珪藻土研究会なる所にメールを送るとメールが能登七尾商工会議所のMさんと言う方からすぐ返信が来た。
やはり珪藻土の比重は土中にある時は2,2~2,5が本当らしいとの事だったが~七輪になると比重0,5になるらしい
そうなるとあの珪藻土切だし古武士オヤジは132キロの物を下げたり上げたりしてる事になる。
半分としても物凄い事になる。
いったいどこに計算違いがあるのか以前数物屋で稼いだ経験から人間かなり弱っちそうな奴でも三ヶ月も真剣にやると、とんでもない重量とスピードが出る事を目にしてるし自分でもやったが 珪藻土切だし古武士オヤジは別格で凄い
折角メールも頂いたので能登珪藻土七輪を買ってみるべと あちこち調べてある一社から送って貰った。
あの画像の珠洲市の七輪が欲しいのだが それは後日直接買いに行く事にして連休に間に合わせる為にとりあえず七尾の七輪を買う事にして(七尾で作る七つの輪かとも思うのだが)
メールでは味気ないので画像を見ながら直接電話して能登の訛りを聞いた。価格は一番安い地べたに置くタイプでなくテーブルに置くタイプの物を選んで4300円なにがどうなってるのか値切った訳でもないのに五個買ったら送料込みでさらに安かった。
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左は能登製、右はホーマックの中国製の1280円が~ヒロユキが言うには数日後に980円になっていたそうだ。
オノレ~貧乏人の俺が買って数日後に23,4375パーセントも安くしやがって
と思ったが不思議な事が判明
珪藻土が一立方が平均2,3トンが七輪になると0,5トンたとえ水が全部無くなったとしても体積は変わらんば
能登の一立方の水の重量は1,8トンもあることになる。アルキメデスもビックリ
能登の七輪をトックリ返しひっくり返すがますますわからん
もし本当なら能登製の七輪は水に浮く事になるはずだが 七輪本来の使い方ではないので水には掘り込む事は出来ないししてはイカンとは思うのだが!
今度能登に行って確かめなければクタバッテもクタバリ切れないのだ。

連休後半は部品供給が無く仕事も休みなので、
いつも通り誰が誰だかわからん中で持ち込みで能登七輪と中国七輪の食べ比べ焼き肉パーテーやるぞ~

オヤジすまん!追伸

昨日留萌に除雪機の回収に行ったついでにホーマックに行って買物をしたが
七輪が1280円と安い~といつも通り衝動買いをしてシマッタ。
買ってこれで一人焼き肉や色々あれやこれやとウヒッヒと勇んで帰ると 何か皆の目線が冷てい~
元北転船漁師のタカさんは「それ土で固めたやつだからすぐダメになるべ 」と言うなんでもドッタラコッタラデ材質が違うらしい
ラーメン屋のアニーは一目で中国製だと言う。
なに~由緒正しい七輪にまで中国製とわ、と思い やっと読める小さな字を読むとメイドインチャイナとある。
自分の知識不足を七輪までを中国で作らせる商社に許せん~と
得意の責任転嫁をしてタカさんの言うナンタラとか言う七輪をネットで調べてみると正しい七輪は削り出しが正しい作り方だと知った。
さらに調べてると動画を発見
能登珠洲市宝立町(ホタテ町ではない)は以前ムキになって除雪機を直接届けに行って大赤字を出したがいい思い出がある。

この動画に出てくる無駄のない古武士のような動きにオヤジの汗を見たとたんに珠洲市製と大した値段の変わらん中国製の七輪を買った事が物凄く申し訳なく思ってしまった。
オヤジすまん!
1280円と言えば大金なので、中国製七輪がブ壊れたら次は必ず能登珠洲市天然珪藻土製2600円の切り出し七輪でオヤジの汗で塩味の効いた七輪で一人焼き肉をするそれまで元気でいてくれ

昨夜からこの一個の重量はいったいどれほどあるのか気になり計算するが奥行34,5センチは確定だがテッポウノミの幅4,5センチから想像すると幅約34センチ縦約51センチ  10センチ四角が60個取れる計算になるが水なら60キロ 土なら約108キロ
71歳の古武士が一番上の固まりをサラッと降ろしサラッと運び、また積み上げてる。
計算に間違いがあるのか 買った七輪は穴だらけでも6,5キロもある、
45年間ひたすら穴に潜り続けた者だけが会得した技なのか 
あの穴にはなにかパワースポットでもあるのか 確かに筋肉は凄いが
「 一芸に秀でた者はすべてに通づ 」の技なのか何か計算間違いでもあるのか凄すぎる。

ピンポン

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以前から気なっていた事が解決をしたと思う。
それは江戸時代には庶民はどうやって来客にお茶を出したかと言う事で それが昨夜焼き肉を食っていてはたと閃いたのだ。
答えは炭(炭は皆さんが言ってましたが!)と七輪ではないかと七輪であればすぐ沸くし燃料も少なくてすむ
(北海道では炭=七輪ではありません 北海道では炭=ドラム缶の半割で七輪は思っても見なかったのです。) 
沸くまでの間の雑談も楽しいと思うし庶民は江戸小話などの一発ギャグの話芸が磨かれたのかもしれない

そう言えばしばらく図書館に行っていないのだ ネットで調べ物をしてそれで知った気をしてしまってる。猛反省をしなければならない
知ってる事と自分が出来る事は違うのだと  このままではタコのように頭ばかりデカくなって知ってはいるが何も出来ない軽薄な奴になってしまう。
タコさんスミマセン タコは軽薄ではありません知る限りではかなり賢いと思う。

しかし昔は火星人と言えばタコを書いておけば話は通るが
いつから火星人と言えばタコが描かれていたのか最初に描いたひとは凄い人だと思う。
ネット依存で頭ばかり大きなググル現象の現在につながる警告だったのかも知れない
ここ増毛はタコの産地でタコを見たら毎度コイツは宇宙船の故障で帰りそこねた火星人と言って茹でて食っていたが いつか増毛は火星からの逆襲に合うかもしれん
今年の増毛の集中豪雪と猛吹雪はその前兆か タコ獲り漁師の三人の首を火星人に差し出して来冬は勘弁して頂きたい

いま上野科学博物館ではグレートジャーニー展をやってると案内とポスターを貰ったので見に行きたいのだが銭が無い 
旅の一番の贅沢は歩くことで次が自転車で次がバイクであとは有っても無くてもいいような交通手段だと思う俺は
お伊勢さん参りのように歩いてあちこち行って見たいと思ってるのだが
誰が言い出したのか65歳定年 これは社会が60歳になっても働かな いかん構造を誰かが誤魔化してる思うのは俺だけなのだろうか

春さんの手

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昨日はマリーナーの使用者説明会があって毎年恒例の説明会で皆の顔を見ると春が来たと言う感じになる。
一日一日が身体に刻み込むような日々で今年の冬ほど厳しい冬はなかった

説明会が終わってから数人で鹿を焼いて食っていたら 中歌崖の上に住む大工の春さんが植えたというアイヌネギを持って来てくれた。この人は信砂我路(のぶしゃがろう)の出で この人のなんとはなしに出る話はいつ聞いても感動すると言うか凄い
思うに大工の職人さんは一人の建て主さんと完成まで数か月、その後も永い付き合いをしてきた結果で
まさしく仕事がその人を作るといった事ではないのかと思うのだが

まるで松山善三の「小説厚田村」版、春さんの「小説増毛村」である。
信砂御料は今の稲田線で豪雪地帯だが、我路から上の御料は水が無く空も狭い為に日照時間が短く食うや食わずの大変な苦労をして生きて来た人が多く 平均して背丈は5尺足らずでも皆が指が物凄く太く、その苦労を物語っている。
春さんも御料地の人達も冬は造材山に夏は農作業の合間に十数キロもある浜まで歩いて降りて浜仕事の出面に出てと つい30年から40年前の話なのだが。
いつも人の話を聞くときに「そうだべ~そうだべ~うんだべ~」と相槌が癖の大工の春さんは今は冬の暇な時は椅子やテーブルを作り絵を描いたりといつも黙ってると言う事のない 
春さんの話は一篇の増毛抒情詩を聞くように美しく感動し時には涙が出る。
その話の中は全くの無名の人達がほとんどだが、このガンタは玉田鍛冶屋のオヤジが作っていたとか
この籠は買う事が出来なかった人は自分で作ったが、どうやって編んで作り間に桜の皮を挟んでとやって見せる。
土をいじり手を荒らしてきた、五尺三寸の背に合わないその大きな手は春さんの人生そのもだと思う。
今回の話は稲田線チャチャの沢に我路や御料周辺の人々が働く冬の造材飯場があったが
そこに大きな雪崩で飯場が流され25人ほどの人達は亡くなったそうだ。悲劇はその飯場には夫婦で働いている人が多くいて 我路や御料には子供達だけが取り残され福祉など全く行き届かなかった時に残された子供達がどうやって生き延びたかを我路に生まれ住んだ春さんが語った。
春さんの家は代々、増毛郡内を流転した由緒正しい小作人だったが爺さまの代に我路に住んだ、そこに雪崩で取残された10歳前後の子供達4人が小作人のさらに小作地に御料から毎日通って来て二枚の田んぼに自分達が食う分だけのコメを作ったという。
小作人の小作人は借地料は田植えや稲刈りの手伝いをして身体で払い、
それでも下の弟達には10キロ近くも歩いた所にあった学校に通わせた。授業中は疲れてよく寝ていたが先生は起こす事はしなかったそうだ。
稲田線は眼下に海が見えてからまだ数キロも歩かなければ学校には着かない
何を見て何を思って学校に通ったのか
「苦あれば楽ありと言うが、親代わりの一番兄はあれは苦あれば苦ありだったな~」と春さんは語る。
その子供達を最後に見かけたのは今の暑寒歯科近辺の長屋でいまも生きていれば70歳位らしい
多くの子供達を残して無念にも逝った人達の慰霊碑は信砂稲田線の今のゴミ捨て場近くの道路の南側に慰霊碑があるらしいが、いまは縁者もいなくなり花を手向ける人はいないらしい。
はやく桜が咲いてやって欲しいと思うのである。

じぇ!じぇ!

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前回の朝ドラは実生活からあまりにもかけ離れていて面白くなく見てなかったが
今回の朝ドラは何かどこかで見た感じだったが
じぇ~じぇ! 行った事のある三陸の久慈小袖ではないか
いつ撮ったのか堤防も流されていたのが港も綺麗に直っていたが 海女さん達が新築して一年しか立っていない浜の食堂は跡形も無く流され後に作ったスーパーハウスの仮設の食堂がチラッと写っていたので震災後なのは確実だと思う。
まだ借金もあるだろうに知人も行方不明になってると言うし北限の海女さんの暗い瞳が気になった。
小袖海岸はかなりの崖に囲まれていて行く気でなければ行く事は難しい所にあって
このあたりで言えば送毛のような場所にある。
人だけはいち早く崖を登り非難して人は助かったらしいが漁師の財産はすべて流されてしまって貰ったという小舟が数席あっただけだった。
ここでも震災の話を色々沢山聞いた。
どこでも俺が聞いた限りでは3月のクソ寒い中に一番最初に防寒着などをトラックに積んで運んできたのは手続一切無視の業界 親分の鶴の一声で動くあきらかに堅気とは思えない人達だったらしい
俺は思うのだが物を受け取ってもらって震災以後堅気になった人は多いと思う。

「ほりゃ~車の中にある物なんでも持ってケ 」と言ってあれやこれやを貰ってもらった。
事前の調べでは什器類が足りないとの情報があったので、
ある閉店した飲食店から引き上げてきた什器類をかなり持って行ったので喜ばれた。
お礼にと仮設の店の商品をくれようとするのだったが断ると
これだけは持っていってくれとくれたのがこの日本手ぬぐい
中の一人の元気のいい「なんとかなるさ 」と元気一杯のおばちゃんは荷物の中に昔着ていた。
二度と着る事はない、ちょっとロクデナシぽい背広を見つけ「これくれや爺さんに着せるから 」と言って貰ってくれた
おばちゃんは自分の出自をよそ者の俺に語った。
言わなければ見た目にはわからない、おばちゃんはきっと俺に聞かせたのではなく
自分の出自をよそ者の俺に語る事によって、そんな自分を今まで見守ってくれた地域の周りの人に今までの感謝を伝えたのだと思った。
ハングルおばちゃんはいつか北海道に行きたいと言った。
「 お~いつでも来てくれや~ 」と俺は大柄に言った。
観光地は元気を与える為にあるのだから