お客様は神様です。言い過ぎた

石原慎太郎は「日本は戦争をする覚悟を持て」と言う。

なぜ圧倒的少数の暴力団が怖いか、それは法を全く無視するからである。
一度もめ事が起きると頭がなんぼ抑えようと末端の枝葉の元々乱暴者は元気百倍で抑えが利かなくなり
法を全く無視し手頃な火器を集め行動に走る。
だから怖いのである。
刺青で皮膚呼吸が出来ない上に徹夜の賭博で体力はほぼゼロに近い
法を守る暴力団など恐くもなんともないのである。

日本がこの地球上で戦争をする為にはたとえ戦争であってもジュネーブ条約や人道法などの国際法を守らなければならない。
法を守りながら戦争をする、老人大国で引き籠りで少子化の国がなんぼ吠えても殆どの国は怖くもなんともないのである。
小国の日本が怖がらせ交渉の手段に戦争を使うなら 法を無視しテロリスト国家とならなけばならない
それは北朝鮮やリビアのような国になる事を意味する。

先人達が一度戦争を放棄し国内では工場が精度の高い物を作り、お父さん達は世界中をお客さんとして海外に物を持って行き苦労の末に買って貰い成功したのだ。
たとえ相手国が分からず屋でも、そこから儲けさせて貰うのだ。
無視はできないし そのおかげで日本では子供達が誰も物乞いもしない、娘を売りに出す事もなくなった戦後の日本は成功したのだ。
商いの鉄則はお互いの利益と地域への貢献

法を無視した脅しのテロリスト国家になった暁には誰が物を買ってくれようか今までの苦労は水の泡と化すのだ。
さらに世界中の外国で働く日本人の安全は誰が守る事が出来るのだ
頭からラーメンの汁を掛けられずに安心してラーメンを食える事が出来るのか 

いまのこの時も異国のどこかで一所懸命行商している商社マンや働いてる日本人達に
もし石原慎太郎が指導者の一員としての自覚があるなら騒動の責任を取り
石原慎太郎は切腹に値する
日本には法を守り秩序だった辛抱強い交渉しか道は残されていない。

吠えてばかりのヤクザは上には行けないし ヤクザに酒飲みは少ない

暇と小判がほしい~


暖かい時はトランクにテントを積んでテントを張るのだが 今回は寒そうなので帯広の東横イン 朝食付き2980円に泊まる事にし帯広まで戻ることにした。すると前から猛スピードのクラウンのパトカー次々と来る。状況レベル3ほどの猛スピード。
思うに気のせいかパトカーはクラウンばかりのような気がする。セドリックやグロリアのパトカーは見た覚えがない。それに引き替え消防車は日産が多いような気がするのだが。
何か訳でもあるのだろうか
昔のクラウンパトカーは6気筒を乗せていて驚いたことを覚えてる。いまも何かトヨタだけの特殊なエンジンなのだろうか、それともなにか警察官僚出身の薩摩と豊田家との密約でもあるのだろうか、
などと考えていたら要所要所に検問があるが
なぜか俺の赤い車は相手にしてくれない見てると色で分けてるらしい 川で魚をすくう網セットも積んでいないし 何時もなら一台に二本は積んでいるナイフも山に入る予定もなかったのでダッシュボードにはナイフも無いそんな時に限って何も止めもせずに何も聞いてもくれない
それも拍子抜けで寂しい
明治維新以降、刀とちょんまげは禁止されたらしい廃刀令のおかげで現在も手ぶらで夜道山道を歩けるのだが
現在は刃渡り6センチを超える物は所持することは禁止でカッターナイフでも正当な理由をなく持ち歩くことは禁止である。これなどは世界にまれなる時の官僚政策の大成功と言っていいと思う。
などと考えていたら宿に着いた。

以前、中山道や金谷の宿を少し歩いたことがあったが、なぜこんな道があるのか当時の道徳観や宗教観が行き渡ってなければ為替やカードなどの無い時代に商人や路銀など、いま以上の多額の現金を持ち歩く人々が歩ける訳がないと思うのだが
いったいどんな価値観が江戸時代の人々にあったのか、なぜ明治時代に入ってから他国に攻め込むことが多くなったのか 色々くだらん事を考えながら歩く これが内地の田舎を歩く楽しみなのだがしばらく銭も暇もなく歩いていない 
いまは一週間休めたら石狩から増毛まで歩いてみたい この増毛から石狩間はあちこち貧乏旅した俺が思うに何日も掛けて歩く価値のある、かなりイケてるベスト5に入る場所なのだ。 他には富良野から老節布などの裏道を新得に向け歩く狩勝峠の眺めは歩いた者には最高の場所と今回も思った。あと石狩川の堤防を河口に向けて歩くのもいいと思う。

夜は帯広の屋台で呑むのが楽しみと宿に到着

「角曲がったらそこから旅 」と言ったのは泳六輔だが あ~あ~暇と小判一枚が欲しい~

一本道かな

たとえば左側が山、右側が崖の一本道
こちらは運転手付の軽自動車、前からはボロボロのマイクロバス、中には紹興酒の呑み過ぎベロンベロンオヤジに青竜刀を持ったオヤジなどが満載 お互いに少し下がったら、すれ違える待避所がある。
貴方ならどうする。

あろうことか運転手付の軽自動車の後ろに乗っていたジジは自分は途中で車を降りて子や孫達に「戦争をする覚悟」で突っ込めと運転手に怒鳴る。
こう言うのを日本では卑怯者と言う 親もおかしければ息子もおかしい
貴方が引き起こし問題を大きくした尖閣諸島問題でしょ 
横田基地返還を選挙公約にブチ上げて都知事に当選したのは誰
そんで横田基地はなにか進展したのですか
オリンピック誘致は血税を山ほど使ってどうなりましたか 
どっかの島でこれまた血税を使いレースをしたが結果は
尖閣諸島問題は「戦争をする覚悟」でと言うが本当に戦争になったら、
こういう卑怯者は必ず言う「覚悟と言っただけでそこまでせと言っていない」と覚悟とはそんな物なのか
元知事の言うところの生理的に大嫌いなバカでも 
バカの本当の怖さは自分がバカと気づいていないところ
強気一辺倒でなんでもかんでも解決すると思うのは危険


大正町から海に向かい走ったが
道路淵になんの意味があるのか柱が束になって適当に立ってる駐車場に車を止めてキノコでも探そうかとあたりを見るとなんか怪しいログハウスの建物があちこち見える。
中札内美術村と言うらしい500円払うと見れると書いてあったが芸術はまったく縁が無いので500円はパス
かと思ったら無料の看板 蜘蛛の巣に引かれるようにドアを開けようとしたら。
待ってましたとばかりにドアが開き 超利口そうなお姉さまが帰さないぞと言う眼力でどうぞと言う。
中には草刈民代風のお姉さまとなんらや利口そうな口髭のオヤジとスタッフらしきお姉さま
「さ~さ~どうぞ奥に 」と引きづり込まれた。
もう少しで開演になりますからと言う。
よくもコーデユーロのダブルのズボンに革ジャンの堅気っぽくない服装の俺を引きづり込んだと感謝し
言われるままに奥に
間口4間高さ1間半ほどの一面ガラス 額縁のように切り取った、そこから見える秋の景色は素晴らしくもうそこに長い事たたずんでしまった。
このガラスが欲しい たまらなく欲しいと思ったが景色も買う訳にはイカンと気づき冷静になったところで開演ですと言う。
何が始まるのかと思ったら、バイオリンの演奏会との事で帰ろうかと思ったら
本日はたった一人しか観客はいませんという 帰るに変えられない状況になった。
深窓の令嬢のようお嬢様がバイオリンを弾くが俺にはよくわからんが
生まれて初めて生のバイオリンのス~ヌ~たくなる様な音を聞いたし実物を初めて見たが あの小さな楽器からこれほど凄い音量がどうして出るのか不思議で仕方ない
結局途中で訳あり風の二人づれと観客とスタッフで6人ほどで終了

黄昏たころで終了なので駐車場ではキノコを採らずに国道に出るとなんやら雰囲気がレベル3ほど怪しい
時は22日夕刻

こんなのや、あんなのが一杯


これは一部、他にもなんぼあるのか数えるの面倒と言うくらいある。


ホンダホリデー カタログにもないらしい当然初めて見た。


ハーレーではない和製ハーレーと言われた陸王750 フットクラッチでハンドチェンジ


ダイヤモンドフリーエンジンとBSモーターエンジンが前と後ろに二基付いている。全開したらどうなる事やらどうも町工場が自分で作ったらしく 当時はバイクメーカーがおよそ200社超えあったらしい。


ホッピーは浅草の酔っ払いオジサンの飲み物 これはトーハツ、パピーまさしく原付自転車

帯広大正二輪館
一度は行ってみたいと思った場所で帯広とは言っても、はるかはずれ昔は独立した行政区ではないかと思う。都会ではないここの田舎にある事に大きな意味があり田舎活性化のヒントがあると思う。
ここに個人が集めた物で買った物もあるそうだ。集めた本人が色々と説明してくれるのは最高。
入場料は500円と安い、ここではCB72あれを見たいとか、DSKがあればと思っても
館長本人が誰よりも思っていると思うので口には出さないのが礼儀
館内は撮影禁止らしいが帯広大正二輪館館長で牧野燃料店当主で元大正商店街会長に頼んだらあっさりOK
これだけの物が残っていた ここの土地柄と集め保存した好きだけではないと思われる気力に修理屋の経験者として、お礼を言って去る。 

雨が~雪に~

今年の異常天気にコロッと騙され除雪機の整備が3週間以上遅れている。
先月の今頃は真夏だったのに、なんてコッタと思い急いでいるが突然の変化にボートの上架もまだ済んでいない。
雪が降ると除雪機も壊れるのでまったく出掛けることは出来ないし 今年こそはゆっくり内地を回る計画もアウト
何の為に休日もろくに休まずに毎日遅くまで働いたのか
テレビと言えば毎日毎日ロクでもないニュースにこれほどの悪顔はないべと言う、石破ナンタラを筆頭にガキの遊びのような政治家達のニュース
被害者も家族も一生苦しめ、どん底に落とす沖縄のニュース、頼まれてもいないのに女や子供に手を出す奴は仇討を認めるか両手首を切り落とせと思う。
さらに追い打ちを掛けるような尼崎の悲惨なニュース 渦中にある時は冷静な周りでは考えられない事が起きる見本のような悲惨さ
なんで警察が頼りにならんかったのか当時の担当者は厳しく責任を問うべきだと思う。
犯罪の防止、抑止力として税金から禄をもらい生活が成り立ち、自ら志願したのではないのか
人間の恐怖感を利用したあの犯罪の恐ろしさは普通に誰にでも起こりうる事なのだ。
警察が頼りにならんと思った時点で誰か犯罪に詳しい者に相談するべきだったと思うが、そいつも怪しい誰もかも頼りにならんと思った時点で不信の連鎖が始まり。
そこに付け入り恐怖感を利用される。
最後の砦の警察が信頼出来ないと思った被害者の気持ちを思うと可哀想でならない
どんな些細な違反でも捕まった時点で許してくれとは一度も言ったことはない それは一般人がいざとなったら頼りになる存在だからと思うからなのだが
もし警察が頼りにならんと感じ自分で対処できない場合は弁護士が一番で 
弁護士はどんな悪い奴の依頼でも依頼者を守る守秘義務がある。
金額はタダから せいぜい20万でかなりの問題解決が出来る事を頭の隅に入れておくべき。

いますぐ警察の『困りごと相談所』の看板を外せ。なにがどんな小さな事でも相談下さいよ
一般の良民たる市民の用心棒としてミジカメ料を獲ってる警察はなんの為にあるんだ。
お坊ちゃん警察官よ、もっと野生の嗅覚を持て、
毎日毎日悪い奴ばかり見ていたら誰でもおかしくなると思う、その為に警察官が羽目を外すのは必要経費と市民も見なければならない。
猫が道路でクタバッテるから片付けろとか、鹿が道路を渡ってるから撃て、とかで110番をするな!
そんな事は自分でやれ
警察本来の犯罪防止を優先させれと思う。

クッソ~どこかに出掛けないとイカンと思い仕事を放棄して行って参りました。
12万キロ超えのロードスターに夏タイヤしかないので雪が降ったら 近場の駅から汽車に乗ろうと思い
線路沿いに走り帯広から十勝平野に行く事に早くも新得で道を間違えお菓子の館に出てしまった。
毎度の行き当たりばったり旅で さらに帯広で道を間違え何の因果か牛が草を食う野原の真ん中の暴力の遺産を見ることに
時代は1944年航空機の時代に何をトチ狂ったのか こんな所にトーチカが、渦中にある時は何をしだすかわからん見本のようなトーチカの遺産 終戦直前に作られたとある。銃眼は二か所しかなくそれも角度は30度ほどと狭い ここに入った人間は生きては戻れんだろう。大樹町 トーチカはもっと沢山あるらしい

クソ寒かった。

大雪山に初冠雪 例年より19日ほど遅いらしいが
今年の暑さは異常で太陽に向かってる方はジリジリと熱く反対側の体はなんとか耐えられる。
こんな感じは北海道に来て初めてのような気がする。思うにこの現象は太陽と地球が近づいていると思うのだが違うのだろうか 
この熱さは何かの呪いか玄関先にイモリの黒焼きかニンニクの花飾りでも置いた方がいいかもと思ってしまうほどだったのに昨日は凍死するかと思うほど寒かった。
先日来の2度もあった世にも恐ろしい恐怖体験は後日にさておいて

昨日は通りで除雪機の整備をしたが ここの歩道は結構な金が掛かったと思われる歩道で修理作業をするのには広さも充分で部品を落としても、すぐに見つかるしで快適で外で出来る物は外で作業をしている。
まるで俺の為の市松模様の石畳なのだ。
その代わりと言っちゃ~なんだが始発駅は終着駅でもあるので、一人でも多くの人に声を掛けるようにしてる。
昨日は午前中に6歳くらいのやたらハシャグ男の子と10歳くらいの女の子と青白い顔のお母さんが通った。
子供は元気がいいなと思っていたが、ちょうど除雪機の下をのぞいていたので声を掛けれなかった。
駅の方に向かい今度は手に増毛の観光案内書を持って反対側の通りを通った。
そんなこんなで同じ場所を午後3時頃まで何度も何度も通る。
そのつど中に居たり二階に居たりしてタイミングが合わずに声を掛けれずにいたが お母さんは顔色が悪く何か考えてるように見えた。
最後に見かけた午後三時に思い込みが激しい俺はどうにも気になって仕方がない 
今日は子供達は休みで無いはずだし、なんであんなにハシャグのか女の子は大人しく歩いてるのに親子で出掛けるのは珍しいのだろうかと ここから見える港は波飛沫がザプンピュ~と打ち上げるしで今までの寸での所まで掴んでおきながら逝ったバカ野郎達の事が脳裏を横切った。
どんどん不安になり反対通りの角にある観光案内所の辺りを観光案内所のお姉さまと探したが忽然と消えてしまった。 不安は頂点に達したところにパン屋のスカンピンが来たので見かけたら声を掛けてやってほしいと頼んだ。
パン屋のスカンピンは出は琵琶湖らしく顔は鮎に似ているが、ほんといい奴ですぐに国宝だかなんだかの文化財らしい本間家の事務所に行き見かけたら声を掛けてほしいと伝えにいってくれた。
したら本間家を見学して行ったそうで家に入ったら親子で楽しそうにして、なんも心配いらんとの事だからとパン屋のスカンピンは報告に来てくれた。  顔色の悪いのは寒さのせいではないかとの事だった。
始発駅でも終着駅でも駅前にいる者は通りを歩く人に少しでも声を掛ける為にも三和土や事務所は通りに面して作り昔あったタバコ屋のおじちゃんやオバチャンのようにガラス越しでも沢山の人の顔が見えたら いいと思うのだが。
昨日はほんとクソ寒かった。

さいなら三角~また来て四角~


画像は栄生千原

昨日、踏みつけにして諦めていたパソコンのデーターが戻ってきたので中を見ていたら40年前のバイクを乗っていた時代の中村区栄生のたまり場の写真が出てきた。
数年前には建物は残っていたが みんなどこにいったのか都合の悪いとこは忘れて懐かしさでいっぱいだが反省~
写真を見る度にどこを切り取っても外すこともできない出会いすべてが 今の自分の一部で大切なものなのだとつくづく思うのです。

画像が入ってるメモリーのパックを見るとチューインガムより小さな百円ライターのような物に全部が収まっているのにはびっくり
考えてみると忘れてる物もあると言うことは俺の脳味噌の記憶はこの小さな物程度しかないと言うことか
以前に体重計に頭を乗っけて頭の重量を計ると、およそ4キロと出た。
お~お~なんとまた軽い事かと思ったが
どうも中身はもっと軽くこの百円ライターもどき程度しかないのかも
負け惜しみを言わせてもらえばパソコンに勝てるのは決断が出来るかどうかだと思うのだが
最近はそれも怪しい どうも酒の呑み過ぎのせいらしいが決断力も怪しい
ここは怒るべきところなのだがと思っても怒る決断も出来ないことが多くなった。

ここ数週間は懐かしいメンバーで集まったり出会いと別れなどが続き、素面では耐えられないので酒を呑む為に宴会続きで酒を呑み続けているが
呑むと以前は手紙魔だったが今は電話魔とメール魔である その為にまずい電話番号は削除をするようにしてるのだが
それでもたまにポカをして電話をしてしまったりしてしまう。
土曜日にもついうっかり相手の都合も考えず電話をしてしまった。酒は恐い~

何年振りで集まり呑んで昔を思い出し楽しかったです。
また必ず。

俺の話を聞け

先週はたくさん色々な事があったが
よいよ北海道のボート業界もアウトか 今シーズンを限りにボートを止めて引き揚げる人が続出してる。
それもこのクソ寒い閉ざされる冬を向かえる時期に
どうせなら寂しい話は新緑燃える春に聞きたい 俺の話を聞け~と説得してみたいのだが

この状態が来ることは、かなり前に北海道の規制や景気や、ほぼメンテナスフリーのエンジンなど色々な事情が重なり予測されていた事なのだ。

同じ状態を以前に経験したバイク業界も1982年には328万台も売れた国内バイク業界もそれ以後はトコトンすたれ落ちる一方で今は若干上向いたとは言え45万台しか売れていない
その中でもハーレーだけが販売を伸ばし続けている。
ハーレーは決して乗りやすいバイクではなく価格もべらぼーに高いし国産のバイクに比べると30年は遅れてると言ってよい
それなのに販売が伸び続ける。
その事は趣味の物は便利で故障が少ないと売れるかと、いったら一概には言えないということを示している。
バイク業界が壊滅的な販売不振に陥った時にバイクの種類を乱発して やっと手にした新車が来月には旧型となったりした。
当然末端の販売店には極秘で行われるのだが
その事が生産コストを上げたのと選択肢を増やしたが不良在庫を抱える原因にもなってメーカーは苦しい経営に陥ったが
そのシワ寄せは末端販売店におよび100万売って粗利益が5万などは当たり前になった。
いままたボート業界も同じ道をたどってるような気がしてならない
今日のエンジンは来月には旧型になるその兆候が見えてしかたない
同じエンジンや物を長く作り続けることが今流行りのエコにもなると思うのだが

販売にはロストユーザーという考え方あって多い場合は年に10~15パーセントを見たりする。
それは一人一人付き合いの深い業界ほど本当に寂しい事で 業界全体の業績不振は生身の人間と別れることを意味する。
商売は新しいユーザーを開拓し攻めることばかり言われるが一緒に年食ってきたユーザーと別れるのは辛いし
物が無くなった時点で終わった思われる商売人は結構辛い

師匠と言われた男

画像はシャイな師匠Tではなく北方系のゴッチン
シャケは他にも80のクーラーに満杯

毎日が熱い日が続き 海水温も高くまだ生温い その為かシャケなどがどこも不漁で
増毛のシャケ祭りの目玉であるシャケつかみ取りが中止になったり。
そんな中で土曜日に一人で稚内から日本海側をぶっこみ釣りと浮き釣りで釣りながら南下し抜海から初山別 増毛と来たTは釣りも釣ったり
総数は45~46匹 そのうち銀毛のメスばかり数十匹をここに持って来て
ここは水産加工場と化した。シャケは腹を裂き下こしらえしたが

抜海港などはアザラシの巣で楽したいアザラシは港内に二百頭ほどがハーレムを作っている。
抜海には水族館があり電気ウナギが居て水槽には電流計が設置され怒らすと怒りあんばいで電燈が沢山点灯するようになっている。
別海のアザラシはここから逃げたものもきっといるだろうと思う。
飼われたアザラシは芸をするので横取されて悔し泣きの真似ぐらいはしたかもしれない
そんなアザラシと戦っても勝 Tは釣りは趣味なので王道に恥ずかしくない孤高の釣りしかしないそうで
次の日は昼近くに箸別に出掛け あっと言う間に3匹を釣りあげました。

 

中に腹に傷があるシャケが一匹 これはアザラシから横取りしブチキッて引き揚げたらしい
エスキモーもアイヌも顔負けだべ~