IMGP8151

いったん暴力に頼り暴力を振るうと暴力は癖になるし。
その仕組みに取り込まれてゆく
30歳が40歳を張倒しても大した事はないが
中学一年生が二年生を張倒す事はとんでもない事になる。
今度は二年生全体が敵になる。
順々にリーグ戦を勝ち上がったら、今度は学校外のロクデナシが出てくる。
こうなるともう癖どころか毎日が恐怖との戦いになる。
命が惜しかったら場所を変えて一からやり直すか懐に飛び込むしかない。
それとて田舎出の中学一年では普通はどうしょうも無いだろう。

生まれてこの方、一本もタバコを吸った事はない
当時は悪ガキにまずタバコを吸えと強要される。
むせ返るのを見ていて回りが面白がる。
ところがどっこい父親が家にいる時は原野二線から吹雪だろうが雨だろうが
留萌駅前に毎日タバコを買いに行かされて、どんな事があってもタバコは吸わないと脳裏に焼き付いていたので吸う事は無かった。
次は万引きに誘われる。
ご幼少の時から金を稼ぐ苦労を知っていた俺にはそんな事も出来なかった。
結局は頭が超が付くくらい悪かったので腕力で対抗せざるをえなかった。
通り魔のように
刃物を持っていたら靴を脱ぎ着てるジャンバーに包それ振り回しブッ叩く
仏陀

時代はまだ義理と人情などというものがあった時代で
角を曲がったらヤクザのオヤジか地回りが一人はいた時代だった。
素情は元をただせば貧乏人か戦争崩れが多い時代で
『 実はあの人はいい所の出だぎゃ~なも~』
などと言わるのは不名誉と取られる。
『 なんでそんないい所の出の坊ちゃんが不良になるぎゃ~なも 』
きっと根性無しかこらえ性がないかもと取られ凄く恥ずかしいとされた。
グレには貧乏の出でなければなかった時代
ガキはガキなりに筋を通せば認めて貰える時代だった。

職安に行けば言葉がおかしいと察すると
「あんちゃん何処から来たの 切符とか何か証明する物あるかい 」と聞かれる。
当時は町工場でもどこでも就職すると切符さえ持ってると職安から旅費が貰えた。
仕事さえ付くと今度はその仕事場が自分を守ってくれる。
自分の所の若い衆が殴られたら、職場全体が対処する総力戦になって守って呉れる。
そうなら為にも身の振り方や作法を覚える。
それが同じ釜の飯を食うと言う事になる。
一定の役目を持った地回りや弱気を助け強気を???で任侠などと思ってる地元ヤクザが居なくなって街はすっかり浄化されたが
おかしいじゃないか目に青タンを作って歩いてる子が居て誰も助けないなんて
もしここ崖下村をそんな子が歩いていたら追い駆けて行っても訳を聞く
たった25戸くらいしかない村だが
西からツラツラと考えても、ここまで何も聞かれづに来る事は無いだろう。
二の腕に女の名前を彫ってシマッタ爺や大工か第八かのオヤジや町長様や自称吉本興業見習いの手品師などがいらっしゃる。
ここより先にも超面倒臭いオヤジがいる。
みんな身体を使って苦労して世界の海や街で稼いできたオヤジ達なのだ。

パン屋から金物屋に魚屋まで自営業や小商いは常に決断を求められる。
こんなに仕入れて売れるのか 銭はと日々決断の連続なのだ
そのかわり根性が座ってるオヤジやおっかさんが多い

弱気を挫き強気を助ける為に大店法を解除して町や通りに多様性が無くなった
小商いの商売人は常に通りに面して立って居て通りの人を見ていてくれるのだがいまは無い、
そんな街の通りを歩く田舎出の小さな子はどんなに辛かったろうと思うと
いま一度街のあり方を考える時期に来ている。
灯りは付いていても真っ暗闇の街をさまよったRyotaは
今の時代に生まれた俺の姿だったのかも知れない

俺はこう思うんだ。
どんな子も最初から悪ガキはいないと思う。
その子がもし違う環境で育ったなら、違っていたのではないだろうかと
字名に憧れ田舎にドップリハマって暮らしてる俺には
どう考えても都会の生活が人間本来の暮らしではないと 
それでも食って行くために都会で暮らして行かざるをない親 
自分の中の矛盾や夢をお金に換えて、
その枚数で自分を納得させるしかない親
そこに付いて行かざるをえない子供達
学校の先生なら問題を起こしそうな子の家庭環境や性格は早くからわかると思う。
そんな子を早い小学生の頃に、学校推薦などで
交通費から宿泊費まで自費を一切出さないで夏休みの一週間くらいを田舎で暮らさせてやる事は出来ないのだろうか
土を耕し川で遊び腹一杯食わせてやって
これから大変な人生に踏み出さざるをえない一時期にそんな思い出を作ってやったら
少しは違うのではないかと俺は思うのだが
田舎には人間本来の生活と暇な爺婆は沢山いる。
都会にはありもしないゲームやロクでもない稼業で稼いでる企業は沢山ある。
銭だせ。
13歳で逝った子を少しでも意味のあるものにしなければならい。

もしやる団体があるなら不便だが一カ月程度なら暮らせる部屋を貸す事も出来るし
超貧者の一灯を差し上げましょう。
連絡はここに
office@kaiei.net

北海道の田舎の中学から南区浜田町にある 少し前まで悪いと言われる中学に転校した。
学年は一年だった。
25メーターしかないプールがあったが日本海で鍛えた泳ぎにはあまりにも小さ過ぎた。
泳ぐたびに「きゃ~あ~あ~」と言われていた。
その学校で最初にあった洗礼は
もう時効なので構わないが
身分証明代わりに後生大事に持っている卒業アルバムを今見てもクソズルそうな顔で写っている。
一人では喧嘩も出来ない高遠に授業中に後ろからパイプ椅子で殴られた。
が~授業は何事も無かったように進行したと記憶してる。
そこで悟ったのは そう言う学校と土地に行ってシマッタと言う事だった。
高遠を凹にしたら学校帰りには誰かが外で待っている日々で
一人では対抗出来ない事を悟った俺は異端児を探す事だった。
沖縄の剛とハーフの淳を仲間に入れて一人では歩かない事を心掛けた。
それでも凹凹にされることが何度もあり
俺の場合も学校は安全地帯では無かった 副作用は残ったが
運良く自分達で乗り越えた。

田舎の子供は耐えられるような大人になるまで都会にゆくな
都会のチョット悪い子程度でも田舎の凶悪犯ほど違う。
可哀想すぎるじゃないか。
苦しんで周囲に助け求めたろうに結果は生まれて来なかった方がいかったと言える。

『 真実を知りたい 』知ったからと言って生き返る訳ではない
その前にやるべき事はあった。
明らかに傷害事件ではないか傷害事件は親告罪ではない親は警察に届けるべきだった。
どんな理由があろうがボコボコになった子を守ってやれないで親とはいえん
ニュースは警察官の失敗ばかり取り上げるが
おかしな警察官がニュースになんぼなろうが全国25万人のほぼ全員の警察官は被害者や弱い奴の味方なのだ。

相談してもどうせダメと考える事は大きな間違いなのだ。

今シーズンは一度も山に入っていない、自分のミスは全体を危険に引き込む山の危険な仕事は止めて、のんびりとしてるが体重が増えて困ってる。
モービルは一台だけ残し全部処分しつつある。
大幅な収入ダウンの中でも歩くスキーを買おうかと思ったりしてるが熊さんコンニチハも恐い気もする。

一応経営者と言われる事を数十年やったが無借金経営をやると言う事は相当のご先祖様の自己資金か成長を望まないかのどちらかだと思う。
利益が出るとそれを元手に銀行から借金をして新しい仕事に投資をする、そうして会社を成長をさせるのが経営者の性なのだ。
これは熊さんが逃げるものには追い駆け獲物にガブリと噛みつく習性となんら変わらん
上手く稼いだが新たな投資先が見つからない場合はキャッシュフローが起きる。
その場合はどうするかと言うと金利の掛かるものは先に返済処理をするのが原則
アベノミックスとやらの成長戦略などは大多数の従業員にとってはいい結果は生まれない
なぜ?
それは絶えず成長を目指す事を要求される企業の性で習性だから
その習性に拍車を掛けるのは
その辺りを闊歩してる小金持ちの普通の一般人が自らの首を絞める方向に向かわされた。
その仕掛けはNISAなどと言う少額投資によって、
ごく普通の人達が企業に人件費よりキャッシュフローを求める方向と株式公開してる大企業だけに向かわせた。
未来永劫固定しそうな恐怖を感じる従業員の給料UPなど遥か先の先なのだ。

小さな町の経営の場合は無借金経営などは皆無と考えた方が正解と思う。
その小さな町を自立に近い状態に持って行く場合は
給料取を年収3万円をUPする事は大変な事だが
一次産業の町の穴だらけの流通や商品の見直しなどで一次産業従事者の所得を3万増やす事はさほど難しい事ではないので
田舎の絶対多数の一次産業従事者の所得を増やす方向に持って行く長の方が町全体にとってはいい方向に向かう事は間違いない
以前は町の金持ちが自分の見える範囲で金融を
(昭和58年までは金融は無許可で出来た)して地元の企業を助けるという事をやったが
今は田舎に圧倒的な金持ちが居なくなった。
原因は儲けた金は株式投資などで中央に吸い取られる構造が出来た事による
田舎の小金持ち参勤交代なのだ。

一つの田舎の長を選ぶ事に税金で成り立ってるすべての団体は首を出すべきではない
地元を重視する事が結局は自分に帰ってくる。
一揆じゃ一揆 鍬を持て鋤を持て~鎖国だ~鎖国~じりつじゃ~じりつ

びっくりこいた。

細く長く海岸の崖下に広がるおよそ23戸か25戸くらいしかない勝手に付けた名前の崖下村から町長が誕生した。
およそと言うのは殆どが顔見知りで数えた事がないし数える必要もない
一班がおよそ4戸くらいからなり4班位で構成されていると思う。
全体の集まりになるとそれでも、この人誰だろうと言う人がいる。
まさに今更聞けないのであるが、それでも何の不自由もない
増毛町民はおよそ4500人ほどいるらしいが そこの町長が黄昏た限界集落のここ崖下村から出た。
びっくりこいた。

駅と踏切と夕方は社会のるつぼと言っていいと思う。
クソガキの頃 踏切に立つと何度も電車に飛び込んでみたいという衝動に駆られた。
カウントするように聞こえる踏切のチャイム音に列車のドップラー音
どこに土があり草があるのだドブ川にはゴミが溜まる。
しょうないのでチョットグレてみるかと思った。
ガキの頃から加減のない俺だが、それでもとことんグレる事が出来なかったのは故郷の山河と多くの情けだった。
ハッキリ言って田舎の人間は都会の人間の半分も働いていない
都会で多くのものを犠牲にして働き日本経済を支えて働き多くの赤字地方を救っている。
都会では「 会社に出てきて面白くもね~ツラしてるなら迷惑だから出社するな 」と言われる。
それが田舎ではどっちが、お客よと言うくらいのブ~タレ、ツラが受付に座って銭を貰える。

いま誰にこの日本でメシを食わせて貰ってるかをもう一度考えるべきだと思う。
ここ増毛は観光地と思われてるらしいが俺には、そうは思えないし何しに人が来るかわからん
一次産業の増毛は観光客が来ようが来よまいが誰も困らん
ただし一次産業の町は殆どすべての人達はお客さんである可能性が高い
それも大都会で人間性を犠牲にして働いて税金を払ってる人達に感謝をしなければならない。

いま自分を安全地帯に置いておき都会の雑踏に紛れ居酒屋で呑む事をたまにやる。
そこで聞くのは北海道に一度行って見たいと言う声を聞く
充分企業戦士として働いた人達に夏の間だけでもゆっくり休んで貰えるような一次産業の北海道にするべきではないかと思う。
山菜採って魚釣って山に登って海を見て何も構わんが ゆっくりしてくれやと言う観光地でない一次産業の町が出来るかもしれない
なんぼでもある公共の空き地に勝手に野菜を作り漬物にして箸別川でシャケ釣って塩シャケにして都会に持って帰る。
町に一円も落ちんでも喜んでもらえる。
そんな期待を持たせる一次産業の町に一歩近づいたかもしれん

何やっても加減と言う事を知らない俺は一時これでもかと言うぐらい写真を撮った。

そんな時に滝川駅前の鈴蘭通りの、これでもかと言うくらい寂れたビル前に止まっていた。
目の前の横断歩道を思いっ切り腰の曲がった、おばあさんが背中に小さなリュックを背負い杖を付いて歩いていた。
その身姿から国領か新城峠辺りから山超え谷超えして滝川に出て来た事を想像させた。
そのおばあさんの横に今風の二十歳位の若者が付いていて、おばあさんの手を引いていた。
その若者の優しい後ろ姿にカメラをダッシュボードから出しそうになったが
ちょっと違和感がありしばらく見ていた。

若者は肩には大きなカバンを担いでいた。
きっとこれから滝川駅からどこか都会に行くのだろうと想像出来た。
それをおばあさんは見送りに駅まで来たのだろう。
その若者の田舎の子と見えない見姿からは再度都会に出る事は容易に想像出来た。
俺は何が嫌いと言って足に合わない靴を履いてる奴が大嫌い 大都会をさまよい歩き、履き古した革靴が歩く度にカッポンカッポンと踵から外れる姿を見るのが大嫌い
その若者は頭と上はそれなりだが靴が苦労を物語っていた。
今どき車も無く駅に向かう。
おばあさんの手を優しく引き滝川駅に向かう姿に親はどこ行ったのだ。
今までなんど田舎の若者が都会の荒波に呑まれ潰されて行ったのを見た事か
落ち始めたら容赦がないのが都会なのだ。
最初は優しい若者と感激して写真と思ったが それはその子の苦労の始まりだったかも知れない
戻れ、お前のような優しい子は都会にゆくなと蹴り倒してやりたかった。

シリアに行った写真屋は
『 感激した最高の一枚はまだ一枚も撮っていない感動した場面は沢山見たが 』
と言った。
俺も感動する場面に沢山出会ったし生きていてよかったと思った事が何度もある。
滝川のマックスバリューでツナギを着て白い長靴を履いた、若い牛飼いの夫婦と思われる二人が相談するまでも無い安い食料品を相談して買ってる姿は凄く感動した。
それはその場に居た人にすぐ頼めば写真にする事は出来る、
でもそれは切ったらチが出る本物ではない 
今の瞬間を目に脳に日光写真のようにじっくり焼き付けて見ていたいと思うようになってから
それ以降あまり写真を取る事が無くなった。

俺は今でもシリアに行って溺れてる奴を冷徹にネガに写し込める事が出来なかった写真屋はほとぼりが冷めた頃にラクダに乗ってヒョコヒョコと戻って来るような気がしてならない。

働く姿は国を超えて美しい

働く姿は国を超えて美しい
TIGから半自動 全自動と進化するがどんな進化してもビートを綺麗に出すには人の手業
朝から晩までバケットに入り人と話す事もなく無心にビートを見つめ続ける姿は美しく
少しづつ形になってゆく

年端もいかない子にガス吸わせてキャ~キャ~ワ~ワ~とメデアと秋元康がバカを作る。
ジャーナリスト? 
まとめて腹切れ~腹
毎日毎日目の前に正当に評価されるべき人達が沢山いる。

『 柄く星日本はあっちとラクダ押す。』

覚悟して行った奴を利用して
馬ッ鹿じゃね~の助けに武器持って自衛隊を出す事を検討するらしい。
世界中に散らばってる仕事してる日本人を守り助けるそうだが、
その基準は
何人、人品は、

迷彩色を着た団体が一発でも撃ったら それは日本の軍隊で
撃たれた身内は何がどうであれ一度は仕返しを考える。
結果世界の現場に散らばり稼いでいる日本人が危険にさらされる 
救出される相手はそれに見合う相手なのか
危険地帯に行きたきゃ勝手に一人で行って泣き言言うな帰って来るな。

俺は今でも滑舌が悪く 言葉を喋れるようになったのは小学校に行くようになってからで
なぜ上手く言葉が出ないかは脳の問題と言うのはよく分かっている。
代わりにすぐ手も足も出た。
喧嘩に負けたら錬成館で鍛錬に行くを繰り返したので
イジメにはあった記憶はないが
上手くしゃべれない奴、滑舌の悪い奴は問題がある。
怒ってる時は10分は近くに寄らない方がいい、感情を自分でコントロール出来ていない

攻撃はアドレナリンとドーパミンがカクテルになって出るし
守りには過剰に反応する。
どっちにせ感情を自分でコントロール出来ない危ない奴は
人前に立たない、表に出ない、危ない所には近づかないのが
世の為、人の為、自分の為

感情を自分でコントロール出来ない奴にも、いい処は当然ある。
それは感情の起伏が激しい分 些細な事で喜び感激し 
喜びが安がりにお手軽に経験出来る。
堤防のコンクリーの隙間に去年と同じタンポポが咲いただけで感激して、その日一日が楽しい
『 タンポポに肥料をやるバカ野郎。』 

百田 尚樹『永遠の零』が実写化されるそうだが同じ時代を書いた。
浅田次郎の『シェエラザード』や『日輪の遺産』と読み比べると明らかに
百田 尚樹は目的を持って書き、官にすり寄る姿が透けて見れる。

言い出したら止まらん

最近 ダイゴとか言う芸能人は素晴らしいなと思うようになった。
それに比べ満州国の実力者で昭和の妖怪と言われた人の孫

お~お~い チョットまてよと言いたい。
記憶ではこれだけ自分の名前を連呼した総理は記憶にない
西郊通りのお好み焼きでもあるまいし
「 アベノミックスが~アベノミックスが~ 」
「 私の政権が~私の政権が~ 」
それが自分が標的になりそうになり命が掛かりそうになったら
「 我々は許しません 日本として戦います 」
「 国際社会と連携し絶対に許しません 償わせます 」
覚悟あって行った一個人の事を
一国の総理が感情を高ぶらせて
「 何があっても恨まないで 」
と言って行った一個人の事を
一国の総理が何をどう許さんのか どう償わせるのか

メデアも仲間だからか? ニュースで事実だけを流すだけで言いべ
毎日落語でも流し一切無視すれば
木で出来た家に住み生魚を食らい腹切り神風かと思えばソニーにホンダにトヨタ
不思議の国の日本人なんか誘拐しても使えん金にならんと思ったかもしれん
彼が望んでいない方向に向かっている。

何をどう許さんのか どう償わせるのか
口から出た限りは実現させる為のその手段は
一度口から出た言葉は呑み込みませんで 
その反作用は
いままで通り
『 私が決して許しません 』
と言えば男も上がったと思うのだが
一国の首相は防御システムが強固な官邸に住むのが最善と思うのに
なぜ?
いまだ官邸に入ろうとしないが
身に迫ったら官邸に入るかも
確かにいる危ない場面になるまでは威勢がよく実際の場面になったら
集合時間に来ない 行く時もうしろから来るタイプ

俺はどこの政党でも構わんしトヨタも乗ればマツダにも乗る。
イエス様のケーキも食えば柏手も打つし、おちょぼ稲荷に行けば揚げも供える。
イスラム教徒の〇〇〇チョさんとも普通に付合い嫌がる事はしないし言わない。
自分の名前を隠してまで、この国で生きて行こうとする半島出身の〇〇さんとも普通に付き合う。

イスラム国と名古屋殺人事件はリンクしてるのではないかと感じる。
19歳女子大生は簡単に言えばチに飢えていてシリアなどは憧れの地なのかもしれない
秋葉原事件を忘れていたが 望んだ事なのにまさかの控訴しているとは
いま世界中にそんな身勝手な奴は沢山いてイスラムは口実なのかもしれない
ナショナリズムに上手く乗っかり 
WW2に持って行ったのはボヘミアの伍長と言われた目じりの下がったヒットラーだ。

ヒステリー状態になって世界はどこに行くのだ。
せめて日本だけでも落ち着けと思うのだが
なにかスカンジナビアだったと思うが海に飛び込むネズミを思ってしまう。
恐ろしい事だ。
日本のすべての宗教や神は万民の幸せの為にあり根っこは同じと言うのは争いを無くすると思う。
ナンマンダ~ 右の頬を叩かれたら右の頬を? あら~は偉大なり~

たった数十年前は日本の天気は日本だけのもんだと思われていたのが
いまは南米の海の温度が世界の経済までを変える事があると分かって来ている。

この世での出来事は南米の塩水と同じですべては繋がっている。
投機株も私の損は貴方の儲け
貴方の不幸は私の幸せ 私の不幸は貴方の幸せ
順繰りですべての人が一遍に幸せになる事は絶対に無いだろうと思うが。

それでも性悪説は信じていないし 絶対悪などと言う奴に逢った事はないので、
いまだ信じてはいないが
見るかに悪い奴や話も出来ない奴は確かにいる。
それとてブチ殺したりはせん
どこか遠い国の話で気を付けろと言われたって
なるようになるしかない
商売の場合は注意はするが、かえって相手を疑る事による損失の方が遥かに大きい
見るからに疑り深そうな奴で金持ちを見た事は無いし
セコイ奴の財布にはセコイ銭しか入っとらん

現代のサムライかドンキホーテかと言う彼は絶対に生きて戻ると信じていたのに
予測では修羅を生きる者同士のどこかに分かり合えるものがあって
お互いのメンツも世間が忘れ、ほとぼりが冷めた頃にサバクにラクダと一緒に放り出されると思ったのだが
聞くところではイスラムでは
『 聖戦で死んだ兵士は天国に生まれ変わって
若い奥さん7人と宴会三昧 』らしい
彼にとっての聖戦は終わったが
明日何か一ついい事をしたら海流に乗って、いつか誰かにいい事がある。