何やっても加減と言う事を知らない俺は一時これでもかと言うぐらい写真を撮った。
そんな時に滝川駅前の鈴蘭通りの、これでもかと言うくらい寂れたビル前に止まっていた。
目の前の横断歩道を思いっ切り腰の曲がった、おばあさんが背中に小さなリュックを背負い杖を付いて歩いていた。
その身姿から国領か新城峠辺りから山超え谷超えして滝川に出て来た事を想像させた。
そのおばあさんの横に今風の二十歳位の若者が付いていて、おばあさんの手を引いていた。
その若者の優しい後ろ姿にカメラをダッシュボードから出しそうになったが
ちょっと違和感がありしばらく見ていた。
若者は肩には大きなカバンを担いでいた。
きっとこれから滝川駅からどこか都会に行くのだろうと想像出来た。
それをおばあさんは見送りに駅まで来たのだろう。
その若者の田舎の子と見えない見姿からは再度都会に出る事は容易に想像出来た。
俺は何が嫌いと言って足に合わない靴を履いてる奴が大嫌い 大都会をさまよい歩き、履き古した革靴が歩く度にカッポンカッポンと踵から外れる姿を見るのが大嫌い
その若者は頭と上はそれなりだが靴が苦労を物語っていた。
今どき車も無く駅に向かう。
おばあさんの手を優しく引き滝川駅に向かう姿に親はどこ行ったのだ。
今までなんど田舎の若者が都会の荒波に呑まれ潰されて行ったのを見た事か
落ち始めたら容赦がないのが都会なのだ。
最初は優しい若者と感激して写真と思ったが それはその子の苦労の始まりだったかも知れない
戻れ、お前のような優しい子は都会にゆくなと蹴り倒してやりたかった。
シリアに行った写真屋は
『 感激した最高の一枚はまだ一枚も撮っていない感動した場面は沢山見たが 』
と言った。
俺も感動する場面に沢山出会ったし生きていてよかったと思った事が何度もある。
滝川のマックスバリューでツナギを着て白い長靴を履いた、若い牛飼いの夫婦と思われる二人が相談するまでも無い安い食料品を相談して買ってる姿は凄く感動した。
それはその場に居た人にすぐ頼めば写真にする事は出来る、
でもそれは切ったらチが出る本物ではない
今の瞬間を目に脳に日光写真のようにじっくり焼き付けて見ていたいと思うようになってから
それ以降あまり写真を取る事が無くなった。
俺は今でもシリアに行って溺れてる奴を冷徹にネガに写し込める事が出来なかった写真屋はほとぼりが冷めた頃にラクダに乗ってヒョコヒョコと戻って来るような気がしてならない。