巻爪友達


今日は朝、表に出ると雪が10センチほど積もっている。
一旦は暖かくなりもうすぐ春だと思ったのに おまけに今日は留萌から
峠下を越えて沼田まで走らなければないのにムッタシ

この熊の爪のすぐ横で2時間ほど作業をしたが寒かった。
爪の大きさは俺の人差し指より大きい  それも完璧なる巻爪これは痛い
かなり痛い 人様を蹴ったりした罰か俺も巻爪だったのでよくわかる
巻爪で20年ほど苦しんだが
最初は手術で半分ほど切取ったが それでも数年で元に戻るを繰り返した。
歩くたびに爪が指の神経に喰い込むので、その痛さたるや相当な痛さで
それでも病院に行く事を考えると我慢が出来たが しまいにはチ~が出てくる
わ化膿してくるわで大変だった。
いまは定期的に爪を電気コードを切るニッパに消毒液を掛けながら爪と肉球の
間に入れ横をグッサリと切ってるので段々と改善され歩くには支障がなくなった。
これがやり過ぎるとチ~がブッシャと~出てくるのだが爪を切ったら楽になるので快感になってる。
この爪友達のような熊に、お前も熊に生まれなければ鉄砲などという力で
こんなにならんですんだものを、と同情してしまった。

思うに西暦の60年代は力と力のぶつかりあいで今のような言いたい放題で後は知らんでは
なかったように思う。
警察でさえ逆らえばボコボコにされたし 田舎の役所でも逆らえば兵糧攻めで、その業者は干される。
恐そうなオヤジに逆らえばこれまた ボコボコ、
力に向う時は、それなりの覚悟で腹巻きに週刊誌を挟んで 向って行った。
それは60年代の学生運動やソ連などの冷戦下など世界的風潮でなかったのかと思う。
力に屈して、どうしようもない悔しさ虚しさがないまぜになった時代で
それが音楽にも現れてるような気がする。http://www.youtube.com/watch?v=9lrNWAs9kls&feature=related

その全力で力に立ち向かった時代だから懐かしく思い出されるのではと思うのだが
90年代が数十年後に、こんなに懐かしく思い出されるとは思えない
ロクデナシから奪った、女を守る為に三菱ミニカのトランクにガソリンを入れたポリタンクをいつも積んでいた奴がいた。
そいつと金山のジュークボックスがあった喫茶店で別れ、その後はまったく
会っていない  逃げのびてどこかで幸せになってる事だろう。

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