報道に信念はないのか

どうも気になって仕方ない
日本には裁判制度は無いのか 容疑者は裁判が終わり有罪にならなければ犯人ではない
以前は容疑者にはフード付コートを着せて顔を見せないようにしたのが最近はもろに顔を見せる。
悪く言う知合いや近所の者を探しだし選んで放送したり容疑者の悪そうな顔を選んでテレビに映す事で裁判員裁判を有利に進めようとしてるのか
農薬混入の容疑者などはメデァもこれでもかと関係ないものまで出す 
カブトムシがどったらとか
バイクがドッタラと
家を画像に出し転がったバケツや片付れない印象を植え付け
さ~テレビご覧の皆さんこんな悪い奴ですょ 僕が見つけましたみんなで裁きましょうと
そんな画像は今回の事件の本質とどう関係があるのか
メデァ関係者はもし容疑者が無罪になったら一体どうお詫びをするのか 
いままで容疑者の親の多くが自殺している事を知らない訳ではないだろう。
松本サリン事件報道がまったく教訓になっていない カエルのツラにションベンか

家には事件には関係ない家族が住んでいるし
家族まで容疑者と同様に村八分の状態に追い込む事は社会に対する恨みを持つ者を増やすだけで
報道だからとこんな事が許されるなら本人の更生の上からも社会全体の上からも決していい結果は招かない
反省は一人でも出来るが更生は一人では出来ないと言われてるのに 
出所後の更生に一番頼りにしなければならない家族が村八分や虐めで崩壊していては更生は難しくなるばかりで結局は振り込み詐欺やその他の裏社会で生きるしかなくなる。
報道カメラを持つ者や関わる者がこれでもかと刺激的にあおる姿に悪意すら感じてしまう。
報道に関わる者は公正中立と
『 罪を憎んで人を憎まず 』を肝に命ずるべきだと思うのだが でなければ報道の仕事は辞めてしまえ。
『 罪を憎んで人を憎まず 』それが再犯を防ぐ一番の方法だと俺は信じている。

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