メシの数

ここに来て約27年ほどになり引いて来た船も二桁になるが
同じ海の事でもレジャーと漁師ではその場に居合わせた者の対応は違う。
レジャーの場合は全く関係ない、その場に居合わせたと言うだけで
何か自分に不都合が起きたとか不利益が無くとも関係なく第一当事者を責める傾向にある。
ただ野次馬として見ていただけなのにやっと戻った者を責める これは酷いなと思う事も多々あった。
その様は現在のSMナンチャラ言う物で見た事もない相手を袋叩きにする様に似ている。

ここがドコモ携帯の電波圏外の頃ある船が途切れ途切れの連絡で帰港出来ないと連絡が入った。
そこから見える景色で緯度経度とおよその場所を特定し万が一失敗した時
当時の俺のボートは2サイクル175馬力で燃費は時間60リッターなので航続時間は2時間で捜索を終了しないと自分自身が帰港出来ない為に待機のバックアップ要員とバックアップ船の手配をして出航した。
揺れる小型のボート上では双眼鏡はほぼ役に立たないのが普通なので海上で裸眼で見え識別出来る範囲はおよそ2海里が限度なのだが
バッテリー電源喪失 の場合は現在位置特定のGPSも使えずさらにボートが海上に出れる海況の時は回りに結構な数のボートが居る為に要救助ボートの確認を中々取る事は出来ない
その為にすぐ傍に居るにも関わらず時間が掛かる事はよくある。
そうしてなんとか牽引して帰港し戻っても野次馬が皆に心配掛けてなんの詫びもないと言い出す奴がいた。
拡声器でも使い
「 え~この度は~皆様におかれましては~お日柄もよく~ 」
とでも怒鳴れば気が済むのだろうかと思ってしまった。
それは心配はしたかも知れんが陸に足を付けてる奴がなに一つ手助けする訳でもない逆に誤情報で振り回し足を引っ張る場合もある。

漁師はそんな時は紙一重で明日は我が身と実感する。
ある者は自分の船から缶コーヒーを持って来て飲めと差し出す
タオルを差し出す者や無事を確かめその場を黙って去る者


文中には全然関係ないイカを追掛けて船で生活しながら全国を回るイカ船

本当に命が掛かった時は一秒がゆっくり動きその様は粉々に砕け散るガラスの破片すら一枚一枚が数えれるかの様にスローモーションで動き
過ぎ去った時間が走馬灯の様に脳裏を駆け巡る。

「お.も.て.な.し」も「ボランティア」も一円でも受け取ればそれは業なのだ。
業には採算分岐点がある。
現場も状況も今後の事も熟知した仲間に手弁当持ち出しでも探して貰えるか助けて貰えるか
自分の命を守るのは結局は今迄どう生きて来たかと星の数よりメシの数なのだ。

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