3月6日木曜日


一方通行でない さ~どっち 北海道では見かける事はないが歴史が長い内地は大八車基準の道幅はよくあり
自分が正しいと直感で感じた裏を張り出たとこ勝負の楽しさは一人旅の面白さでもある
カーナビを使うのは道の駅とメシの食う場所検索に使うがそれ以外は無視
車には方角計が付いてあり大体の方角を目指して進むだけ


小雨の中で着いた先が大臣直轄組織の舞鶴海上自衛隊
きっとスパイがそこら中にいっぱい居るのだろうと思うが
スパイが007の様にスパイと一目でわかる事は無いだろうと思うと怪しい奴ばかりで面白い面白過ぎる
ここを犬を散歩させてるオヤジや公園で体操してるオヤジや何か食いながら歩いてる美男美女過ぎるアベックなどもっとも怪しいのである。
俺は若い頃はいっかた職務質問に合う奴だったが和製ケリーグラントかショーンナンチャラに似てたのかも知れない


向かいは海軍基地を再活用した赤レンガ博物館


中はこんな感じ 舞鶴は海軍基地だったせいか水の付く水曜日は何処もかしこも定休日が多くここだけが開いていた。


族滅に遭ったロシア最後の皇帝 ニコライ一家

未来は今の延長線上にあり、今は過去の延長線上にあり未来を予測する為には過去を見る必要があるが
問題は今でたった今はすぐ過去になってゆくほんと今の目の前の事を大事にせんといかんと思う。

3月5日水曜日

翌朝 敦賀フェリー乗り場を出てすぐ正面にある釣り公園 いつもここが定宿だったが
ここを左に曲り突き当たりにも駐車場とトイレがあるのでそちらに移動して車中泊


気になったのは先客の北海道ナンバーのこの車  昨夜から荷物をドッサリ積んで動きが無い
いまは以前と違い何処もフェリー乗り場は時間外は締め出されるのだが周辺には対岸ナンバーの車が長期で止まってる事がよくある。
津軽海峡をショッパイ川と呼ぶ人もいるが
なぜ海でなく川なのか、海は母は成る海と言うくらいで恵みの海でもある実際に一歩海に入れば食糧は沢山あるが
川は中々食糧は確保出来ないし流れがあり渡る事もそう簡単ではない
そう言う意味でショッパイ川と言われたのだと思うが
ここから北海道は1500キロほどあるが34000円あれば一日で着く距離も銭がない為に渡る事が出来ないのか
ショッパイ川は歩いては行く事は出来ないのである
俺はベーシックインカムには反対で欲しい人が貰えばいいと思ってるしタダで貰った銭にまだ魅力は感じない
一応商人(あきんど)の端くれなので銭は自分の手で競争して策を弄して奪い取るのが趣味なのだ。
平和にはなるだろうと思うが
いつか自分が労せずに入って来る銭に慣れて無計画になってしまうのが恐い様な気がする。

家族友人の記憶のある地に戻る計画を立てるその為には戦時中じゃないので入りと出を見ながら辛抱も我慢もせんといかんと思う
それでもどうにもならん時はこの国に生きている者は外国人でも満遍なく消費税を払っているので
この地に生きる者は何国人であろうが 困った時はお上の世話になる事は当然だと思っている
帰りもここから出航したが その時もまだこの車はあった。
大江川沿いを下がって臨港に見える貨物船で密航して留萌港に行きたいと思った事を思い出してしまった。


RORO船着き場の先にある火力発電所ここは何もかもが大きい
海を渡る海を渡ると考えてしまって そうだあそこに初めて行こうと県道141をゆく


なんやら歴史がありそうな 敦賀浜西八幡神社 困った時の神頼みで浜にはやたら神社がある


これもそこら辺にあり赤い字幕が流れていた


ここにもある シーベルト計


原発銀座にある松本零士バス停
いい風に利用されてる自分で始末出来ないモノは作るなとメーテルも泣いてるぜ


狭い海岸を通りの着いた先がなんのコッチャ メシだメシを食いに行こう


なんのコッチャ ここも休み

3月4日出発


出発に際して不安のあるフロントショックを分解して対策をして3月2日出発となったが暴風が続きフェリーが欠航になってしまって
結局は小樽舞鶴間は諦めて3月4日苫小牧東から23時30分発の敦賀行に乗船する事になってしまった。
この予定変更は仕事ではないので全然気にならないし変化を楽しめるが今回は問題が発生したのはガラ携からスマホに変わった事で予約が出来ない!使いこなせないのだ
電話に出る事も掛ける事もまだまだ充分に出来ていない
予約センターの電話は時間外が多すぎて繋がらない もう電話の時代ではないのかも知れんが何か釈然としない
世の中 お客様の便利を考えて紙の請求書もありません集金もありませんとなったが
カーボン紙を挟んで、請求書を書き、切手貼って、ポストに投函して、五、十日(ゴトウビ)には集金に行っていたのが今は一切無いが余ったはずの時間は何処さに消えたのだと?


小樽へ直接電話してやっと予約が出来て苫小牧東に向かい苫小牧で食糧を仕入れて23時まで待機

船内で呑む酒と好物のイカリング揚げとホタルイカ寿司と買ったが
よく考えると何もここ北海道でホタルイカを買う事はないべと思った。
北陸で今が旬のホタルイカを苫小牧まで運んで寿司にして、それを俺が腹に入れてまた北陸に運ぶのだ。
敦賀にいくと毎回アトム回転寿司にいってホタルイカを食うのだがたいして味は変わらん気がするのだ。
今回は食う事と行って見たい処がある それが現地にいって猛烈にショックを受けてしまったが長いので後

欠航した便が苫東に集まり第1甲板にぎゅうぎゅう詰めになって横にしたり縦にしたりと
現場誘導員はいったいどんな頭の構造になってるのか車を見て瞬時に待てとか進めとか横にせとか言っている。
もう職人技と言っていいが毎日夜から働いて他の時間は何してるのか
趣味は囲碁か詰将棋かと思ってしまったが
時間が亥ノ刻からと不規則で大変な仕事だと思うせめて挨拶だけはと


この奥がドライバーズルームなのだが軽や乗用車の何倍も乗船料を払っていっかた乗船してると思うのだが
いったい船室はどんな豪華な構造になってるのか不思議
政治家先生と同じく天井からはミラーボールが下がり酒池肉林の世界がと・・・・・


揺れに揺れて宵五ツ雨の中敦賀に到着
敦賀ラーメン屋台松月で醤油ラーメンを食す美味い
若い店主いわく敦賀はラーメン屋台の発祥の地らしい

食った後はいつものフェリー乗り場の出口にある釣り公園で車中泊なのだが工事中で出来なく
もっと奥の駐車場で寝る事にしたが その光景はフェリー乗り場ではたまに見る光景で
身に詰まされる光景だった。