道半ば以前

修理屋は大きな故障の原因となる共振や共鳴を嫌うが歌は違うのか

今年は雪が少なく稼ぎもなかったので配達をサービスしたりとよく地方に走った。
増毛に居る時の多くはラーメンを作っているがとうとうガス台がぶっ壊れてシマッタ。
IMG_1486

さらに一般家庭用なので時間制限があるらしく一定時間で安全装置が働くらしい
クソ寒い中羽織ってから一度表に出てAがドッタラCがドッタラと解除が必要になるのだ。

ラーメンは食えなくはないが何かいま十歩なのだ 
納得がいかんのだ、
ここならではの味はないのか 
もっともっとと思うと限界点を破壊点を超えるのか
年輪とともに舌が好みが変わったのか
何かどんぶりに桜の花びらが咲き散って行くような味が欲しいのだ。
北海道最後の山師と言われた安斉源治のオヤジから貰った桜の木のような四季を感じる味が無い無いのだ
そんな中でハタとこれだ~と気付いた。

ドンぶりの中に夢が
過ぎ去った夢と先の夢が表現できればと
でもでもなのである。
同じような歌い手でも浮かぶ景色は微妙に違うのだ
さ~どっちだ~

食ったあとに歌を思い浮かぶような
石狩川江部乙の土手から見える草地のようなラーメンが出来ないのか

その前に大爆発を起こす前に銭を握りしめてガス台を今日こそ買いに行こう。

懲りない奴

エンジンの付いた物以外で儲けたためしがない俺は
再度崖下村で店をやろうとしてる。
今日もバカか懲りない奴と言われたが儲からないでも損しても 
それは俺一代で完結する事で食い潰そうが何をしようが負債を残さないば俺の勝手
それに比べりゃ~原発などはどんなんだ
自分の代では収まらん始末も出来ない小さな子供を表に出す事も出来ずに家に閉じ込める
除染費用と保証と掛かる経費を考えると決して安いとは言えん
日本人は几帳面で真面目なので事故は起きないハズと言う根拠の無い自信で負の遺産を次の世代に送る。
オリンピックのみっともないやり方を見ると日本は武士道はなどと言うのは根拠が無い事はよく分かるではないか
原発の最悪の場合の保険料を見込んでいると思うが困った時は税金頼みでは少々お門違いと思う。
その費用を他の発電方法に使った方がまともだと思うのだが
なぜそうしないのか何か裏でもあるのか
貧乏な村に金をチラつかせる結構汚い手口を用い
原発をこれからも稼働をすると言う 
そんな奴らこそ懲りない反省も無い連中なのだ。

小商いⅢ 

『 食い物が手に入ったのでしばらくは支払が出来る程度で仕事をやろうと思う。』
と朝になったら何を呑気にと
いまラーメン一杯食ったら海見ながら、いつ来るかわからん汽車も見れる
一日居る事が出来る複合店を作る作業開始日だったのだ
銭がなんぼ有っても足りんのだ 稼がんとイカンので持ってる物を売りに出す事にした
銭だ銭~

以前音更の柳月に行ったら どこかの施設の子供達がバスで来て菓子一個づつしか買わないのに販売員のネエチャンが子供達全員にスタンドパックを渡していた
菓子は100円でもサービスのスタンドパックは500円はする感動した。
有る奴からは獲り ない奴には気持ちの大盤振る舞いが出来る店を目指すのだ。
前回のポルシェカレラ新車を電柱にブツケ横転させたに等しい金額の失敗は全部まかせっきりだったのが間違いだった。
多くは望まんが商人である前に人として普通であれと頭に脳味噌の芯まで叩き込んでやる。
今度は崖下村にすべてを集約させ全~部~箸の上げ下げまで何から何まで仕切り
二度も言って聞かん奴は焼尻島島流しかケリを入れてやる
完成予定は桜の咲く頃だが有ってないような気ままに
放置ボートをどこかに片付けて本を沢山置こうと思う。
貸してるバイクの本さっさと返せ ボートはよかせ

小商いⅡ

都会にはほとんど興味が無く
帯広も通り過ぎるだけで特定の場所に行った事がなかった。
びっくりポン住所標識がなんぼ走っても変わらない西10条南10丁目とすると縦に走ろうが横に走ろうがどこまで行っても同じ住所ヤットコサ探し当てて着くと一区画が500メーターあるらしい
一区画におよそ1500軒から2000軒の家が建ってると思う ここ一区画に増毛の町がほぼ入っているのだ
IMG_1454

天塩山系を超えると経済は全く違うが大雪山系を超えるとさらに違いまるで三国峠状態になって同じ北海道ではない

38号線は滝川から帯広まで高速道路が無いので村や町の形態がまだ残っているが
ここに高速道路が出来たら殆どの集落が39号線のようになってしまう事が確実だと思う。
すべての交通網は何もかも違う東京に行く為に作られて
そこに新幹線が出来ると確実にストロー効果の犠牲になる事は内地の街を見ると間違いないだろう。
何をそんなに急いでどこにゆくのだ春になったら花が咲き冬になったら雪が降る
IMG_1452
ネコヤナギに綿毛が付いている
あと少しで春が来る

北海道には北海道の生活があり西には西の生活があり同じ土俵ではない事を痛感する
折角なのであちこち寄って帰りは幾寅から金山に抜ける 鹿がやたらいるがここの鹿は十勝なのに何か個体が小さく
IMG_1459
日本海側とも雰囲気が違いラム状態なのだ
ケツが美味そうなので一度冷燻を作ってみたい

38号線沿いの集落はどこも黄昏ているが39号線よりはマシだと思う。
人生三分の一は寝て、三分の一は働き、三分の一は働いた稼ぎで遊んでいる。
楽しく好きな仕事をしたら稼ぎは食うだけあれば充分でないのか
わざわざ都会の美術館など見にゆかんでも日々変化する山々があり春には青く芽がでる。
そこそこの稼ぎと天の恵みがある北海道の田舎は人生を全うするには最高の地かもしれん
中でも海があり三叉路がある場所は最高と思うのだが

IMG_1450
貰ったナメタなど 一人の漁師さんに貰ってしまうと海は同じなので
この後はタコにハタハタと暫くはお貰い状態が続くのだ。
食い物が手に入ったのでしばらくは支払が出来る程度で仕事をやろうと思う。
貰ったらカ~ラ~ダ~で返す 消費税の掛からん簡単な計算式

小商い

小商いは楽市楽座が近江地方から始まり関西が発祥だと思うが
毎日「 あさ 」を見てるが関西は言葉が柔らかい 
そこには自分が一歩下がり卑下する事によって
相手を立て無用な争いを避ける事が柔らかい言葉として発展して
一歩引きながら肉を切らせて骨を切るとなど 敵にするには結構危ないかも
関東は火事と喧嘩は江戸の華などと言ってみたり 
棒手振り一心太助なる魚売りが
「 さ~コロセ~切れ 」と路上で駄々っ子のように裸になるなど
どちらかと言うと短腹をよしとする一歩間違えばこちらも危ない連中とも言える。
関西も関東もどっちもどっちのような気がするが俺が俺がと言っていては物事は進まん

自分のチ~はどこのルーツに属するのか親はどこから来たのか
いま完成時期を迎えてどんな形のジグソーパズルがパチンとハマるのか物凄く知りたいと思う。
関西では右と左に別れ争ってるらしいが
いまそんな事をしてる場合か
初心に帰ってもう一度考え直すべきだと思うのだが


日本では山から降ろされる事などない性の悪いコブやら細い木に
切れない今にも壊れそうな音のチェンソーに
今どき珍しい古い防滴型モーターにスリップするベルト音 
最後に笑いながら咥えタバコで全部燃えるかもしれないが
貧しくとも一生懸命働く姿は美しく 笑ってさえいれば多くの難問は解決する。 
強き者から一生懸命働く者の笑い顔を守ってやろうと言うのが任侠の華ではないのか

『 こねくりまわす 』Ⅲ

クッソ~駅前の土地建物を売りにだし不動産屋が張り紙したとたんにアチコチから
売るな壊すなと毎日のように誰かが来やがる
一人株主の休眠会社財産をどうしょうが俺の勝手と思うのだが具体案を持って来る事が多くなったが
税務上と会社法の問題が発生し簡単に残す事も貸す事も出来ない
八方ふさがり詰み状態なのだ 
小商いを法人にするメリットは何もない事は法人にしてから知ったが
本当にメリットは何も無いのだ
法人が何かを新規にやる為には定款変更で金が掛かり自分一人で稼いだ資産でも
ポッケすると背任になり会社名義の車でも古くなったからと自分で貰う訳にはいかないのだ
マッタクろくた事が無い 休眠会社なので営業行為の貸す訳にもいかないのだ
貸家業の正規の手続きにはさらに百万以上が必要になる事がわかった。

小商いは絶対に法人にするべきではないと今さながら思っているが
残せ残せの大合唱 特に風よけになってる近隣と由緒あるらしい古い建物なので更地になると景観がドッタラらしい
正規の手続きでは残す方法は銭が掛かり過ぎて無いのだ本当に困っているのだ。
土地価格の推移を見ると平成9年を境に下落の一途で路線価は半額にこのスピードでゆくと
町全体がタダになるのも近く 役場職員と町長を付けて3千円などとなるかも
それも町にとってはJRや国の失敗の割を食って可哀想な事だと思うし残して何かの役に立つならと
思ったり何がなんだか
かくして毎日あでもないこうでもないと『 こねくりまわす 』日々に陥っている。

今週の教訓
小商いの法人化は絶対に損
俺の損は誰かの儲け( 特に税務署と、、、 )

身の程知らずなのだ。

29日は配達を兼ねて江部乙から赤平を抜け芦別と富良野に行くが久し振りに これはヤバいかもと思った。
稲田線は雪をかき分けてヤットコサ走りリッター15キロ計算が10キロ走るかどうかで燃料メーターはどんどん下がる、こんな事もあろうかと満タンにして来たが無給油で戻れないかもと思ってる時に
江竜橋が渋滞、ここでこんな数の車を見た事が無いと思っていたら
12号線が交通止めで275に迂回させられていた。猛吹雪のそんな中で内地のトレーラーか江竜橋のたいした坂ではないが登れずにタイヤチェーンを撒いてる作業中で片側通行
猛吹雪のそんな状態でもライトも点けずに来る車がある自分の事しか頭にないのか余裕がないのか
今日はこんな状態になると分かっているのに余裕がないなら車を運転するなと思いながら先に進む
12号線を横切り枝道に入り赤平に行ったのが間違い
北海道は南北に走る道は要注意なのだった。 止まったらアウト状態になり走り続けると前からタイヤショベルが来て お~お~ラッキー状態に
植松電気の一歩手前を左折してイタガキと言う鞄屋に出る道路がまた通行止めなので直進

収入も運も落ち目の時に縁起担ぎにイタガキのやたら高い財布を買って名前を入れた貰ったが
名前が悪いのか財布の価格より多い銭が入ってくれる事は滅多にない
最初は砂川のソメスで買うとしたのだが店の庭に馬が走っていたので
アイツのケツの皮かと思ったら買うのをやめてイタガキにしたのだ。
財布だけは古い物は滑りやすくなり落とすので使わない方がいいと思うのだが
財布にチェーンを付けて腰からブラ下げてジャラジャラとさせてる人と重機の免許持ちが多い町は砂川ではないかと思うのだが気のせいか
そんな砂川は何かと好きでよく行く

何か最近はどこもかしこも通行止めが多いような気がしてならない
何かあれば行政が叩かれるからなのだと思う
タヌキが出たと言えば役場、鹿が婆様の風呂を覗いた言えば役場 
結局はそれが財政破たんと
自分自身の生きる力を無くす結果になってるような気がしてならない
冬の仕事を辞めてから危ね~なと思う猛吹雪を体験していないのが物足りないので何か無茶をやってみたと思うのだが
歳食った身体と意識にギャップがある事を脳味噌がまだ認めようとしない身の程知らずなのだ。
終末でなかった週末は帯広行が決まった。

『 こねくりまわす 』Ⅱ

記憶は自分に都合のいい事と失敗を記憶してる。
そんな中で失敗こいた記憶は鮮明に覚えており
若い時はトンネル工事など現場での建設機械の修理作業が多く
北海道では冬山での自然相手の作業などは常に命の危険を感じた。
現場での失敗は相方を即ジエンドにさせかねないが
危険な状態は考えないでも自然に身体が生きようとする方向に行く
ところが山を下りて里にゆくと
どこの店で食おうか少ない銭と時間で美味い物を食いたいと店を探すのだが
結構ハズすのだあの時にあの店に行けば良かったとか
常に自分が選択した事は間違いだったと思うようになっている。
道に立って居て車に跳ねられる事一回 
青横断歩道を渡っていて原付バイクに跳ねられる事一回
どちらもむくっと起き上がりクッソ~とケリを入れて終了 何がなんだか普段の生活は運が悪いのだ。
そのせいか常に自分のゆく道や考えも間違いが多いと思うようになっている。
元の形のわからない物は食うなと言う教えで
人生でハンバーグを食ったのは逃げられた嫁さんが作ってくれたハンバーグ以外には食った記憶がないのに
結果ハンバーグのようにああでもないこうでもないと『 こねくりまわす 』事が多い

本当は悪い記憶だけが残っているだけで生きているのだから運はいいのだと思う
仕事や人には恵まれている事は間違いないし 
商売は苦労はしたけれど銭の不義理は一度もせずにこれたし
老後は増毛に住みたいと思い買って置いた土地の目の前に突然マリーナーは出来るし
運はいい方だと思う

これからはこねくりまわさずにもっと自信を持ってシンプルに生きようと思う。
今頃遅せ~か~
遅千チャン~ ナンマンダ~ アラ~は偉大なり~ 右の頬を叩かれたら~右の頬を、、、

『 こねくりまわす 』について

直感を大事にしょうと思うので
人に自己紹介をして貰おうと思う事もないが自分でもした事はない
名刺など一回作ると20年はある、もし見た事がある人が居たら偽物かもしれない
昔し悪い奴がいて人の名刺を溜めてタメにしてる奴がいた注意しよう

自分を自己紹介をするとしたら
結構セコク臆病で頭は悪いのに策士で裏を読み短気で乱暴者で喜怒哀楽はジェットコースター並み
これでほぼ間違いない
だいたいが自分自身にどこか良い所などある訳がないと何時も卑下して落ち込んでいる。
そんな自分が嫌いで逆を装うから話がややこやしくなるのだ。
いい振りこいて 
あ~あ良いよいいよなどと言ってしまいクッソ~儲け損ねたと夜な夜な後悔したりしてるのだ。
そんな『 こねくりまわす 』自分に
付き合って呉れる人なら一見さんであろうがロクデナシであろうが
よほど上から目線や力づくで来る奴など以外は精一杯付き合う事がお返しだと思っている。

商売は高額な物が多かったので常に価格交渉があり
商売上も『 こねくりまわす 』ような日常なので
24時間かなりの部分に『 こねくりまわす 』事に神経を使っていると言っても過言ではないほどで
その点ラーメンなどは価格交渉が無いだけに精神的にも凄く楽なのだ。
結果は作る時にせめてと あ~あでもないこ~うでもないと『 こねくりまわす 』事になってしまう。
素材をもっと生かさなければ食の産地にいる意味がないのかも知れん
昨日は久しぶりにコメのメシを炊いて食った、美味かった
機械物はシンプルがベストなのは間違いないと思う。 
魚は生で食えなけりゃ~焼いて食え、それでも食えなけりゃ~煮て食え
と言う


新たな考え方で明日からまた
半玉~お駒~半玉~お梅~と

それにしても無事着いたと思うが老師の言う
『 こねくりまわす 』は
何か道を踏み外しそうな響きがあると考えるのは俺だけで考え過ぎなのだろうか
シンプルな生き方には憧れてはいるのだが、、、、、

あ~あ~

俺自身は料理経験は全くないし何も知らない
食い物でも色々な考え方があっていいしい阻害すべきものではないし
いいか悪いかは世間が評価すると思う。
たこ焼きでもラーメン屋でも焼きそば屋でも一品物の食い物屋は最低賃金より高い物は必要ないと考えている。

瀬戸物でも水さえ漏らなければどんな物でも使うには困らん
それを難しそうな顔をしてパッカ~ンと割ったりするのは 
それはそれでやりたい奴が朝から晩までパッカ~ン!パッカ~ンとやってりゃ~いいので
貧乏人には使えればいいのだょ
ちなみに愛知県瀬戸市の焼き物はその考え方をし実用品を作り全国に行商して売って来たので
メシ食う茶碗の事を瀬戸物と言う。

ラーメン屋はその最たる食い物である事は間違いないと思うのだが
俺自身はこうやって作れと言うほど作り方は知らないが
それはダルビッシュではないが失敗こいた奴にセカンドチャンスを与えてくれる大事なラーメン屋なのだから
関わる方もその気構えは折に触れ思い出して貰いたいと思う。

そのうちに自分の城が大事に思い始めた時に人様との関わり方も覚えて
お客さんに助けられ育てられたと感じる時が来て 
世の中の見方が180度変わったりする時が来る。
その時は好調な時より苦労してる時にありがたいと感じる事が多いし
そんな経験が人を作っていき味となって完成されるのだと思う。

稚内から与那国まで様々な嗜好があり口に入る物ですべての人を満足させる物があったとしたら
それは水くらいのもんだ。

究極はラーメン一杯で一日居られるラーメン屋を作ってみたい。