ラーメン屋 のぶりん

書き出しで誰かがひぇ~とか言ってオッチヌのは松本清張
書き出しで初老のオヤジが訪ねて来て過去を語るのは森村誠一

左は国境の海 右はなんと言うのか内浦か 幅200メーターもあるかどうかと言う砂丘の上に舗装道路
社会派と言われたらしい両作家が好みそうな場所を先端を目指し走る。

ドンドンゆくとなんだなんだ何かの旗が

なんと会津の旗ではないか なんでまたと思い書き出しを読むと
万延元年から慶応3年までここに会津藩200名も居たらしい こんな吹きさらしの処にと思ったが後で知る。

砂丘をドンドンゆく

野付半島は海流の影響でこの不思議な砂丘が続いているが今世紀に入って消滅しつつあるらしい。


ここに来るには漁業者以外は この先通行止めと看板があり大概の車はその看板を見て戻ってゆく
道路はかなり悪いがおりゃ~はその為にこの低速付四駆車を買ったのだ。
タカミが生きてりゃ~アニキ~それりゃダメだ~環境がとかなんとか言いそうだが
もうすでのオッチンデしまってるので、、、、、、
看板によると先端は漁業者だけが入れるらしいここまで来て戻る内地の車が数台あった
すぐ目の前の力によって境界を造られた国境の海の半島に民営のこの先立入禁止の境界看板を見るとなんか複雑な思いがあるのだが
まぁ~いいっか~

灯台の横に根室半島を向いて新しい地蔵さんが立っている物事なんでも最初はあるが新しい地蔵さんは有難味が薄れる。
書いてる字も消えてしまい何が何だかわからんくなってやっと有難味が出るのも不思議な話だが
それも まぁ~いいっか~

途中にネイ~チャンセンターとかナントカがあって主に野鳥がドッタラコッタラと説明がある
俺は鳥はカラスしか興味がないのでサラッと見るが加賀伝蔵は読むと面白い

窓から外を見て気になる風景があったのでそこに居たネエチャンに聞く

留萌港の川口にポツンと建ってる電柱のような物はあれは下に結構大きい貨物船が今でも埋まっていて数人が犠牲になった。

なので聞くが遥か海上に木が枯れて立ってるらしい難破船かと思ったぜ~と言った。
少し利口そうな環境庁ご用達風のネエチャンは呆れたような顔をする 
俺は冬期間は環境庁の仕事を結構やったので
この手の扱いは上手なのだ質問に質問で攻める。
利口そうなネエチャンによるとこの半島は年に1,5センチほど消滅してるそうだ。
それも今世紀に入って加速されているそうなのだ このアリューシャン列島に繋がるこの半島が
消滅の危機にさらされているらしい。
落ち込む時は加速されるのは世の習いなのだ。
空知の宮島沼も消滅の危機にある 何か数千年しかない資本経済と因果関係があるのではないのかと疑ってしまった。
考えてもどうしようもないが自分なりの大河ドラマを造っているのだ。

5月28日から突然出て来た道東も30日には数年振りで逢う約束があるので何が何でも戻らんといかん
明るいうちにいける処まで行って寝て早朝に増毛に戻る事に
夕食は見る度に感心する安国のラーメン屋、のぶりんでラーメンを食し丸瀬布道の駅で寝る。
突然旅おし~まい~

さけ科学館

次の目的地は標津サケ科学館 
道内で生息する魚のかなりの数をとっ捕まえて水槽で飼ってるが 
水槽内の魚はいま時期は産卵時期で少し可哀想なのだ。

黒いのはヌマチチブ
ヌマチチブが水槽内で世代交代してる この魚は穴に潜る習性があり穴の沢山あいた石を置いておくと産卵して世代交代する。


標津を目指して山また山の中にそびえ立つ雌阿寒岳と思われる山を左に見ながら東に進む
今回の道は38号線以外は初めて走る道で雄大でこれが北海道と言う感じがいい これだけ広いと何処かに仙人のような暮らしをしてる人がいるのではないかと思うのだが

車の旅は車で泊まってこその面白さがある。
ひとつは気の向くままどこにでもガソリンさえあれば予定変更はし放題
もう一つは夜明けと共に行動出来てその土地の朝の顔が見れる 
夜明けは新聞配達や漁師や農家など働き始める人達で昼とは全然違った顔があり面白い


標津サケ科学館 ヤマベの群れ 
ここは飼育をして研究してるので産卵から世代交代と変ってゆくさまが見れてとても参考になった。


いまは無い寧楽小学校には廊下に水槽が沢山あって地元の川や沼の魚を飼育していた。
それがすごく面白くN先生の心意気を感じた。
意外と地元の川には沢山の種類がいてなぜそこで その種類が多いのかと調べると面白いのだが
地元の魚を知らずにやれ熱帯魚だ、やれナンチャラフィッシュなどと言ってると
チコちゃんに「ボーっと生きてんじゃねえよ!」と叱られと思うのだが


だいたいいい処は見たので展望台にあがって見る。
冬は怖そうな大地 仕事柄どうしても冬を想像してしまい平らな大地は怖い
冬になると平原はたった数メーターが命の境目になってゆくのだ。
冬の平原はまった 恐ろしい事に冬が過ぎてしまえば何事もなかったかの様にしれっと美しい自然が待ち構えている。
近づく者を容赦なく食ってしまう まったくハエトリ草かウツボカズラかと思うような綺麗さがある。
思うに食虫植物のケバさはハエでさえケバさを求めてるのかょと人類の端っこの俺は思う。

大地を延々と開拓してゆく先人達の苦労と何が何でもものにするその根性が俺には欠けている。
多少ボッチに出来の問題があっても根性があればそのうちに何んとかなるべ~と言う世代なのだが
どっちもダメなのだ。
せめて世間様の迷惑にならんように出来る事をやって過ごしてゆこうなどとこの広い怖そうな大地を見て思った。

カーナビのお蔭で時間が出来た 一度行って見たかった場所に移動する事に

何時

よいよ最初の目的地に近づいた 朝早く着きすぎ店は開いていなかった。
ブラブラして開くのを待つ 

てんこ盛り さ~食うぞ~ウチダザリガニ


たらふく食った 近所のアイヌの人達の話など健康そうなお姉さんと楽しく 
お話ししながらやや40分以上掛かった。
一人で食うには量が多いので数人で行って他の物もワカサギの天麩羅やニジマスなどを注文して食うのがいいと思う。
味はシャコか花咲カニに似ている。
下手な冷凍シャコや冷凍のカニを食うならこちらの方が味は濃く遥かに美味い
伊勢湾でもシャコは獲れるが北海道のシャコは倉庫くらいの大きさがある。

場所は阿寒湖の遊覧船乗り場100メーターほど東の釣り堀屋さんで店の名前は食い気で確認し忘れたが
ウチダザリガニを食わして呉れる処と聞くとすぐわかる。
竿も貸してくれさらに釣ったニジマスは食わしてくれる。
中に入ると簡素な造りで食堂かなとチョット思うが 
俺は歯は丈夫なので歯で割って食ったり手掴みで殻がアチコチに飛び散るので 
このシンプルな店がいい事がわかった。
食い物は手づかみで食らうと美味しさが倍増するのだ。

二風谷コタンから始まりポロトコタンと回り混沌とした現代を商人(あきんど)として生きる方法が見え始めている。

坂を登り切った左側の店に入る。
早朝で客は俺一人 おばちゃんからグイ呑みとシャツを買う。
ここはアイヌの血統をひいた者だけが店を出す事が許される。
各地のアイヌコタンをみる度に逃げようのない血統を引いた者達の生き様を少しでも見たい知りたいと
思い続けてる。
北海道旧土人保護法と言うメチャクチャな法律によって土地に住む権利や物の搾取と差別を明治32年から平成9年まで続けてきた歴史があり
その中でも逞しく生きる様が凄いのだ。

現代の資本主義の原型は弥生人≒渡来人によって持ち込まれ様々な方法で狩猟民族の縄文人を北と南に分断し占拠して来た。
その方法は保存の効く穀物を使う。
縄文系は狩猟を生業としていて獲った獲物は保存が出来ない為に皆で分けるのが習慣となっている為にその日暮しが身に付いてる。
山にゆけばその日はダメでも明日は何とかなると言う楽天的な性格なのだ。

「 おらおら縄文家ょ~種籾まで食っちまったなら種籾貸してやってもいいぞ~ 」
「 弥生様~ 」
秋になって
「 おらおら縄文家ょ~返す量が違うんでね~か~ 」
「 一粒から600粒が出来るんだぞ~可哀想だから8は縁起がいい数字だべ~8粒はやるが残り592粒はよこさんかい~ 」
となって資本家と労働者に分かれた。
現代に至ってもアイヌの人達に銀行がすんなり融資をするとは考えづらいので
ここに並ぶ店店は木を手で彫り売れたら次を造りやがて1個売れたら食い扶持を節約して2個商品を仕入れと少しづつ在庫を並べていったと思うのだ。
俺が思うには最初に弥生人に種籾を借りたのが間違いだと思うのだ。
小商いは身の丈に合わせた無借金経営が基本で俺もっと早くわかっていたならと思う。
アイヌの人達はすべての物に神が宿るとするが弥生や資本家は神は一つとして崇める。
その手法を商いに利用し支配を続けさらなる格差を生み続ける事になってゆく

ア~メン 払いたまえ~救い玉枝~ いま何時なんじ信じる者は救われる~

いえ

38号線を東にどんどんゆく 以前はカーナビなど使うものかと抵抗していたが
タブレットとか言うカーナビを使う様になって目的地に直行出来るようになって時間の短縮がかなり出来てる。
高速と有料道路は使わないと設定してるせいか車が少ない場所ばかり走っているし街中はほとんど迂回してる。
これは目的をハッキリさせんとただの輸送トラックになってしまいそうだ。
道の駅 ピア21士幌に泊まる人気がないのか車はトラックばかり


拘束時間が長い長距離トラックは車の中で暮らすと言う普通では考えられない勤務体系になっている。
国産トラックは中も狭くせめてボルボにくらいにならないと次の世代はトラック乗りにはならないだろう。
ベットもクソ狭い棚でなく畳一枚程度にしてコーヒーやチョットした物を食える湯沸かし器程度は標準装備であってもいいのではないかと思う。
トラック乗りはこれからの北海道は大変だと言う夜明けとともに雲霞の如くキャンピングカーや道外ナンバーが動きだし 突然止まるわ追い越し車線をへっちゃらでのろのろ走る。
やはり観光はその土地を横からチョロッと見せて貰うと言う事が大前提になる。
よそから来て自分の流儀や何かをそこに残してゆく事は御法度だと思うのだが
その為には生活の邪魔にならないように後の車と間合いをとってサッサと除ける事が大事になってくる。

夜明けと共に足寄国道を走る 螺湾小学校を少し過ぎた峠の頂きの草原にポツンと一軒家があった。

古いが放置家屋と言うよりは残してあると言う感じでしっかりと立っている。
この峠を走るドライバーにとってはどんなに心の支えになっただろう事は容易に想像できるし
出稼ぎ先から車に夜具を積んで阿寒や弟子屈に帰る人達にもやっと故郷に帰って来たと思わせただろう。

昔の農村によくある家の作りになっている。
左に正面玄関 右に幅一杯の縁側 中は見てないが大体の作りは間仕切りで部屋を区切り間仕切りを外すと大きな一部屋が出来る。
そこは嫁を取り嫁に出し婚儀の宴会場になり 時には葬儀の場にもなってゆく 農作業で土の付いた野良着を脱ぐ事もなくチョコッと腰掛けて一服や世間話も出来る構造になっている。
目的のない雑談には上下を超えた情報の交換や癒しを生み続ける。
たった数センチ高い所に上がっただけで見えるものや感じるものが違って来る。
雑談それは子供の目線と大人の目線との情報交換の場にもなってゆく
縁側や雁木には越中富山の万金丹ほどの物凄い効用と効果があるのである。

一軒の家が家と家との婚儀などその家族の歴史を見守り続けてきた。
あそこの家なら大事な娘を大切にして呉れるだろうと近在の家に娘を嫁がせ地域を育ててきて次を育てる。
もし何かあったなら相談にも乗れる なんだったら怒鳴り込みも出来る
 その重石を背負って風雪に耐えて凛として
この家は立っている。

ここの崖下村は昔は道が無くどん詰まりで殆どが親戚で幼馴染で住民同士はたまに喧嘩もするが仲はいい
その中に住んで12回も住民票を替えた俺がここが一番住みやすいと感じ思うのは 
その延々と繋がっている家と言う集落の中に居るからなのだと感謝してる。

なんかへんだぞ

ブオンブオ~ンと店の前にXJ1300Rが止まるヘルメットを被ったオヤジがこちらに親愛の情をチラつかせながら寄ってくる。
こんなムサイオヤジなど知らんワイと思ってるとヘルメット脱ぐと数十年振りの再会になる。
「 嫁も亡くしてぼんやり窓から外ばかり見ていてもな~と思ってバイク買って来た 」と言う。
若い頃のバイク仲間である。以前はCB750に乗っていたが
「 年金貰いながらXJ1300Rかょ~危ない辞めれ~ 」
「 バイクはいっても一人だからょ~ 」

日曜日はバフバフ~今度はアチコチにランプを付けたレブル250が
同じくヘルメットを被ったオヤジがこちらに親愛の情をチラつかせながら寄ってくる。
どっかで見たような気がしたが こちらは元業界の大先輩である。

同じ日にチャリに乗ったオヤジがサングラスを付けたままこちらに親愛の情をチラつかせながら寄ってくる。
白髪頭のサングラスを取るまでわからない本当にわからない
30年以上立つ再会である。
男は顔でない 地位でもない、金カサでもない 以前からどうしてるかなと思い逢いたい人だった。
商売上の行違いから逢う事は出来ないでいた人だった。
わざわざ車でスポーツタイプの電動チャリを運んで海岸を走りに来たと言う次から次と取り留めもない話が途切れる事が無く続いた。
なんか変だぞ~
みなお暇乞いかと思いながらも みな必ずの今度は泊り掛けでの再会を約束して別れた。

土曜日は沖縄のMさんが波照間島内での流通を目的として造られている酒をわざわざ送ってくれた 
泡波一升瓶二本を立てて夕方から友人達と皆で酒をカックライ 日曜日は昼から可愛い子供同然の子達と酒をカックライ ベロンベロンに酔って寝た。
深夜枕元に坊ちゃん刈りの元義理の弟 逃げられた嫁さんの弟カツノリが普通に立っている。
逃げられた元嫁さんが将来にわたって幸せにしてくれる新しい相手を見つけるまでは再婚はしないと決めていた。
カツノリは『 アニキ もう好きにしていいんだょ 』と言って消えた。

そうだミニキャブのウオーターポンプを交換しクーラーのベルトを外したらやたら調子良く軽く回るのだ 
旅に出ようと
月曜日に宮崎焼き鳥のとり丸さんのお見舞いに本棚から
 サブタイトル 奇跡ふたたび 「 月のしずく 」 短編集を選んで届けにゆきそのまま東に向かった。

ラ~麺一丁

縮めて麺丁 

今シーズンの仕事が大体終了して秋まで暇になるのでラーメン作りにハマッている。

具材をギリギリ入れて落とし蓋をする。
 

鶏ガラや椎茸コンブなどを取り除くと これで60食分なのだが中々思っている味にならない 勿体ないが捨てる事が多くなる。それも勿体ないので自分で悔い続ける。
捨てるくらいなら誰かに食って貰えたら助かるのだが ここには誰もいない
味ったって好みの問題だし何も上位を目指さんでもいいと思えばOKなのだが。
思えば問題が起きるのは上位がチラつき始めると無理に無理を重ねる事から問題行動が生じてくる。
これは我が身を振り返っても商売も同じで上位何番などと意識し始めた頃の時がおかしい事が置き始め
利益もたいした上がらんくなる。
メーカー各社は小売店の利益など眼中にはなく むしろ利益を出し小売店が主導権を取る事を好んではいないのではないかと思う方法を取る事が多い 
まった田舎者はそれにハマッテしまうのだ。販売店会議などと言って傘下の小売店を集めて皆さまのご意見をお聞かせ下さいなどと
都会の赤い灯、青い灯のきらびやかな会議に召集するが 
その席順は右から売上順に座らせたりと参勤交代かょ~と思い
今度は席順を一個でも上げてアイツを追い越してやろうと追越す事が目的なってゆく そして結果は無理な販売方法になり売上はあるのに利益が無いという状況になってゆき 売上が落ちる事に恐怖を感じ始めて一丁あがりとなってゆく

ところが一旦どん底に落ちてしまい それまでの事を見直しをした時に成長戦略は人生全体で見た時に必ずしも正解とは言えない事に気付く
道路をバイクで走っていていつも自分が先頭を走ってる事に気付き始めなんでだろうと思う。
それは前を走る車をムリクリ追越し続けた結果なのだ。
その危険リスクをかさねる事を止めた時に そこそこの位置を走るが 
そこには燃費や危険から解放される事になってゆく
皆が一番になる事は絶対にない 人生そこそこの人生も楽しいしあってもいいと思い始めてる。
反省~につぐ反省~

数日前から偏った食事のせいか忙しかったストレスのせいか顔の中心にニキビがぷっちと出来た 
顔の中心のニキビは ラ~麺一丁、縮めて麺丁~ メンチョウと言って命にも関わるらしい
結構痛いが面白いのでブログに載せようと自画像を撮ったが
宮川さんはしかし凄い 俺なんかいまだに世間に顔を晒す度胸も根性もない

忖度

アメフトの構図は名前を入れ替えると美しい日本を作るらしい 政権にしがみ続ける現政権にそっくり当てはまる。
すでに対外的にも内閣の体はなしていない

「 私は客観的にものを見る事が出来る 」と言って潔く辞任したのは福田元総理
鉄鋼会社は製品の強度偽装 プロペラ機より早い新幹線は異音が出ても走り続ける。狭い日本を数十分縮める為に毛細血管の地方路線を官民あげてぶった切る 国技は隠蔽 官庁は忖度と嘘の付き放題 ネットは沖縄問題は政権の下請けとして嘘を流し叩き続ける。東京の街中にヘリコの窓が落ちて来たらそれはタマタマ仕方ないと言うのか
嘘吐きはドロボウの始まり 責任者は武士の作法にのっとり腹切れ~腹を召され~
いまの日本のどこに美しさがある。


トヨタ自動車博物館 フェアレデーSR311
車の美しさは走り去る後姿にあると思っている俺には最近の車の後ろ姿や前面グルリは獲物を狙うようなスタイルが多く
少し怖いが言って見ればヒステリー女のようなイメージが多い 北海道だって10分も思いっ切り走れる道はないそれでも挑戦的な風貌は世相を表してるのか 

乖離とは「 そむきはなれること 」とあるが誰もそんな事は信じていない むしろ忖度させた。
筋肉が強いから精神構造も強いとは言えない 二十歳の若者がこれから世間の好奇の目に耐えて生きてゆかねばならない それでも顔をさらして世間に出て来た 
それは自分自身との闘いになってゆく、そうして潰れて行った者を実際に見聞きして来た。

連日のテレビで大した頭のいい連中の官僚や役人は恥ずかしい思いをした者は多いと思うのが
身近にもコイツにはもの言うだけムダと思う奴がゴロゴロいる。
森友,加計担当の頭の良い連中はきっとたかだかアメフトとは背負ってるものが違うと自分に言い聞かせてるのだろうが 
背負ってるものが違うからこそ二十歳の若者のように決着を付けるべきではないのか
それでも言い逃れしようとするサルみたい顔したヤナセなんとか連中は
頭の良さは世間とは乖離してるのか~
貧乏人ほど重くのしかかる税金で大学まで行かせたのに ひどい話だぜまったく


日本の車にただ走るだけではない美しさと夢を見せたのは1960年代頃 
それ以降は生産効率重視に移行してゆく

クボタND15


ある農家の倉庫にあったジーゼルエンジンをじっと見ていたら もってゆけと言う。
重量は一トン近いと思う 貰っても移動にクレーンが要るし終活の最中なので邪魔要らんと言ったが
ある日家に戻ってみたら留守の間にド~デンと置いてあった。

エンジンは動くと言うが平ベルトで動かす機械は持っていないし貰い物は売り飛ばす訳にもいかない 
ここの金物はすぐ錆びる浜では定期的にエンジンを始動させる必要がある。
少し困ったが農林大臣賞を貰ったと銘版がある内燃機エンジンは回転するエンジンの原型でもある。
以前に書いたミニキャブのエンジン回転方向が違うと書いたが その後に気になって昨年買った横向きエンジンのダイハツハイゼットも見てみたが回転方向はミニキャブと同じ方向に回っている。 
耐久性より乗り心地を重視したのだろうと思うのだが横向きエンジンの場合は回転方向はエンジンの寿命と大きな因果関係がある。
このジーゼルエンジンは耐久性より乗り心地が優先される自動車エンジンとは違い回転方向が車と逆になっている 

クボタの歴史は長く創業明治23年に大出権四郎が大阪で鋳物製造に始まり長く 
このエンジンは左書きになってる処を見ると戦後すぐに生産されたかと思うんだが 
日本には横書きと言う書き方はそもそも無かったらしいが文明開化とともに右書き左書きと銘々勝手に書きたい放題にしたらしい 
それが第二次世界戦争で欧米文化の書き方を真似るのはいかんと一時右書きに統一されたそうだ。
だが戦闘機のエンジンなどは結構アルファベットは使われていて実際に何度も見た事があり
軍部などと言ってもご都合主義で大した事がないのである。
小型エンジンに関してはヤンマーも山岡孫吉によって明治45年に創業されている
当然同じ大阪発の先駆けクボタの存在が大きかっただろうと想像出来る。
数年前に長浜のヤンマー博物館を見た事があり
どこか地道にコツコツと農林水産関連の会社という冒頓感があった。
小型エンジンは大阪 バイクや織機は静岡と地域に先を照らす者が一人でもいると模写する者、後を追う者とその地域が発展してゆく セコイ指導者でなく胸襟を開く先覚者がいると地域は大きく発展してゆく
それは北海道でも同じで天塩山脈を境にして東にゆくほど所得格差が出来てゆく
その様はコンバインや農機具に表れてゆく

以前は古いエンジンなどは全く興味が無かったのだが心境の変化か
今となってはただただ古びた鉄の塊だが色々と面白いのである。
さ~どうするべ~先ずユニック付レンタカーを借りてこんと

IR⇒イ、ラン

IR法案は闇カジノや町のパチンコ屋の規模ではなく
最後は機関銃で蜂の巣にされたベンジャミン・シーゲルが作ったラスベガスのような規模を目指している。
日本は何かと言うとアメリカ、アメリカと言うがアメリカの手法は建国たった二百数十年で行き詰りが見え始めている。
一番の大きな理由は力があれば何をやっても許されると思う所に勘違いがあり 
それが昨年以来の氷山の一角の安倍一強や相撲やレスリング、アメフットと勝てばいいと筋肉バカ業界の不祥事と共通しそのリーダーも人間であり誰でも条件が整えばバカに狂人になる可能性がある事を示した。

俺が思うには何かの依存症の芽は誰にでもあり
依存症になるのは散々誘惑しておいて自分を管理出来ないのは自己責任ですと言う
依存症になる人達は儲かる数人の利益の為に人損必要経費ですと確信犯的な考えでいるのではないかと思うのです。

カジノがあれば、資本家が儲かれば、地域は潤うという。
トリクルダウン理論は誤りで 確信犯的情報操作だと言うのが海外は一度も行った事はないが世界の常識で
世界の数パセントの経営者が世界中の富の大半を持っていても儲かっても
人ひとり食う物は大した食わんし食えんし買う車も結局は二台あれば充分で
一定の金を持ってしまうと金は使わんくなるのが常識なのだ。
日本でも儲かった金は内部留保に回ったではないか 
それはマネーゲームに回ってゆくのは自然な流れとなってゆく
その辺りは超富豪のニック・ハノーアーがTEDで警告してユーチューブで見る事が出来る。

甲府から南アルプスをこぴっと見る。

俺の人生で数回の超貧乏と数回の超小規模バブルを経験した結果は
今はごく普通の貧乏人だが終盤に向かって 
たまにムカつくがごく普通の貧乏人になれた事は少し良かったと思っている。

一旦儲かると儲ける事だけがゲーム感覚で日常の目的になってしまう。
その後遺症はいかんとは思っているが今も残っていて 
何を見てもどこに行ってもどうしたら儲かるかを常に考えているのだ。
そして欲しい欲しいと思っていた物はいつでも買える時になったら不思議な事に要らないのだ。
それは買う事が目的で買ってしまったら大した使わんし暇もない事に気付き始める。
あれほど欲しい欲しいと思ったナンチャラ車も年食った足にはクラッチは重たいしハンドルは重いし目の前には車が詰まってる状態でアクセルは十分の一も吹かせん もう買う気は失せた。

結局はそこまでコツコツと貯めた銭の行き場を失ってゆく
それを自分の理論を証明しようとし大損をするを繰り返すが 
まぐれで大当たりもあったりするから始末が悪いので。
だったら
そこそこの銭が溜まったら儲ける事が上手い奴に託せばいいのだ
それは先を見て儲かりそうな処に先に投資をすればいいいのだ。
世間が儲かると気付いた時には売ってしまうのが肝心寛容

IR法案が通りそうになったらゲーム機やカジノ関連に投資をすれば確実に( 少し )だけ儲かる。
その金がないなら
丈夫な身体一つで元手要らずに儲けるには 
これからは兵器関連完成品でなく( 兵器関連の小さな部品 )を作ってる会社が穴場!
理由は色々あるがそこに就職して これで何人ブチ殺せると思いながら部品を作り
その会社の株を買い 売り買いを繰り返すのが確実に儲かる。
それは世間が儲かる会社と気付く遥か数年も前に試作品が持ち込まれ何度も作られ現場が最初に肌で気付く

汚れた手で我が子を抱く事に躊躇しなければ儲ける道は沢山あるのだが!
己の罪は子が背負う 因果応報 

地域の小金持ちは鼻持ちならない嫌な奴で 嫌われ者で大概がセコイ
それに気付かずいる事自体が悲しいのだょ~

IR法案=博打、賭場、

男と女は2サイクルエンジンと4サイクルエンジンほど全然違う 
どっちがどっちとは恐くて言えんが
ギャンギャン五月蠅くチャンバーから煙を吐くのは2サイクル 
低速馬力があり静かで煙をあまり吐かないのは4サイクルエンジン

トヨタ自動車博物館 マツダオート三輪 ここの良さは自分のメーカーだけでなく自動車の歴史を見る事が出来るさすがトヨタ。

そこら中にパチンコ屋がある。
平均して4000人から6000人に一軒 どこも日中から大繁盛してその寺銭は国外に持ち出される。
悲しい事だが知ってる限りでは 女の各種依存症は直らない 理由は色々あると思うが 
野郎との違いは女にはそれなりの資金源や獲得するすべがある。 
それは家族や回りを巻込んで関係者全員で奈落へと落ちてゆく
男のバカはなんとかなるが 女のバカはどうにもならん

日本は世界平均の四倍も居るという 
ギャンブル依存症に対応が出来ないうちになんでそんなに急いでIR法案を通そうとするのか
IR法案などと言ってみても博打打ち呼び込み法案なのだ。
さらに驚く事に誘致に名乗りを上げる自治体がある事が驚きなのだ。
博打で帰りの旅費まですった外人がその自治体に不法滞在や野宿をし始める事は目にみえてる
昔大森で俺を道連れにしようとした野郎はその後東京の一室で誰にも看取られずにクタバッて発見された。

すったスッテンテン野郎はタタキかカッパライしかなくなるが それは犯罪になるので外人なら逮捕強制送還
女はもっと巧妙にするしさせられる。 
それは本当に始末が悪く取り締まりにも時間も金も掛かってくる。
IR法案など何が起きるか恐ろしいと思わないのは世間を知らない能天気なだけなのか
確信犯なのか

IR⇒暴力団⇒ヤクザ⇒極道⇒侠客⇒博徒⇒蜂の巣ベンジャミン・シーゲル
どんなに鳶や運送業など正業で稼ごうが
(ヤクザ看板では家族を食わせれないので結構真面目に稼いでる者は多い 理由はいつか又 )
ヤクザの事務所に2回以上ラーメン出前を持ってゆくと暴力団新法で捕まるほどの
じゅっぱひとからあげの人権を無視した暴力団新法を成立させて 
親分の縛りが効かない状態にしそれぞれを野に放ったのに
ヤクザ( 博打で言う、893、ブタ )からシノギを取り上げて公営博打をやりたい政府与党や自治体はいったい何を目指してるのか

偶然の奇跡に苦労して稼いだ金を掛けるなど博打にいい事は何ひとつもないし観光で来る外国人も日本の良さにギャンブルを求めてはいない