魔宮の迷路 自虐ネタ

ほとんどの人は乱暴な面とやたら優しい面と二面性を持っていると思う。
ただその振れ幅が多いか少ないかだけで
乱暴な面は社会で受け入れないのと優しい面を出してる方が生きて行く上では楽だから そうしてるだけなのだと思う。
北海道では鹿などは害獣である事もあるが
ハイ~ハイ~じっとして頂戴 静かに静かに は~い は~い ドンと一発~ ゲームの一環として狩られている。
実は狩猟の免許を取ろうと思って通った時期があったが なぜかその時は滅多にでない優しい面が出てる時期だったのか 
講習を終えた時点で止め それ以後行っていなので狩猟免許も銃の所持免許も申請する事はなかった。
結果から行くとそれは俺にとっては大正解でいい判断だったと思っている。
人にとっての害獣駆除は理性があり自分を厳しく律する事が出来る人( 回りを見る限りかなり怪しいが )にやって貰うのが一番

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開運町界隈を縄張りに走り回っていたガキの頃は道銀の斜め向かいに小林鍛冶屋があって真っ赤な鉄が様々な形に変わって行くのを飽きるほど眺めて 路地を左に回り有楽トンネルの隣のトンネルに出る、
そこの肉屋では豚が半身吊るされていて解体され肉になるのを見て 原野二線は密殺場があったので豚の味は知っていた。
そこを通り過ぎてまた左に回ると人が入れるほどの大きな木の桶が沢山あって、それを横倒しにして散々遊んでから 
お金持ちの白い顔した子が通う幼稚園のガキに石をぶつけて泣かせてから路地をまた左に回り今の浪速湯の斜め向かいの第一自動車に行き 
飽きるほど色々なエンジンが動く様を見て それから飲み屋街で拾って後生大事に抱えた一升瓶を西田雑品屋に売りにゆく
これが大体のコースだった。
俺がもし小林鍛冶屋が無かったら もし第一自動車が無かったら修理屋としての職人の道は歩んでいないと思うし 
昔の職人の厳しい世界を知る事は無かったかもしれない 修理屋をやってる間は乱暴な自分は少しだけヘッコンでいる。  
技術は盗んで覚えれと教えられ手取り足取りなどは無かったし見てると怒鳴れる事も多くあった時代に
大きなプラントごとに刺身のつま程度の維持管理の機械屋として
工事現場の飯場を渡り歩いた、その狭い場所を交代要員が来るまで同じ顔を見続ける事になるが
乱暴者の多かったトンネル現場や工事現場は上には上がいて、その中で青二才が生きるすべを叩き込まれた。
やってはいけない事も教えて貰いそれは今でも守っている。

相手の失敗や弱みを責めない 
相手の身体を笑いものにしない
目上はどんな奴でも立てろと
どんな相手でも指はささない
指の無い奴が自分の頭に指刺さってしまいました~と自虐ネタで頭に突き立てるのを五分同士が笑うのは構わないが
その場面を年下が笑うととんでもない事になるなど
修理屋の生意気なガキだった事で現場では沢山、身体で教えられた。
すべては小林鍛冶屋や開運町界隈から始まってる気がしてならない

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俺は思うんだが今は店や通りは綺麗になったが身体を使って働く場面が見えない 
金を稼がない事務所は裏に作って職人の働く場面が沢山見えたらいいなと
まったくいい時代に生きたと思う。

魔宮の迷路

秋は各種集まりがあったり宴会があったりで結構忙しい
年になると酒に飲まれる事が多くなり
若い時のその場限りの乱闘とは違って性質が悪い事に気付いた。

年に一回の集まりの ほとんど冗談ばかりの宴会では
久しぶりに顔会わす連中は今度あったらなんて言って笑わせようかと思っている。
大人の集まりなので他人をエサにはしないので、
ほとんどが自虐ネタばかりで失敗をいかに面白く話し
その場の主導権を握ろうかと虎視眈眈と狙っている。

散々苦労を掛けられた若い衆がそばに居て一緒に笑ったりする時がある。
そんな時はそばに居る誰かが笑ってる若い衆に
『 お前が笑う場面でないょ 』
と優しくたしなめたりするが
最近はそんな気の利いた奴も少なくなった。
若い時は礼儀の知らない若い奴には一発ケリをなどとしたりするのが年食ったら
 抑えるようになったのが災いしてるのか
『いいよいいよ笑っておくれ』と言いながら根に持つようになった。
そう言えば最近は時候の挨拶も遅れがちだなとか 
缶コーヒーをおごっても気に入らないのかすぐ飲まんとか
若いお姉さまと話をしてるのに割り込んで来るとか
俺が食おうと思っているの先に食いやがった 
俺は美味い物は最後に食う性格なのは知ってるだろうと
散々苦労掛けてるのになんだその態度はなどと
恩着せがましく色々セコク考える。
男は恩を売ってはイカンとか言いながらも色々考える。


 
ようは自分が一番でヨイショして貰わなければないのだ。
もともとセコイ性格なのとイジケ易いのと 
こうなると思い込みの激しい性格とである。
自分でもどこかで切り替えなければと思いつつ
どこか誰も知らない所に旅に出なければない
まさかそのままどこかで野垂れシねとか思っていないべな、
真坂の坂は登ってみなけりゃ分からん、などと魔宮の迷路も最高潮に達してる。

株依存症

2日は「初代なな海 」をやってくれたナルミが参加出来ると言うので弁天町の切り上げを急遽やった。
おじさん達の可愛い可愛いナルミはバッチリ付けマツゲを付けてやって来た。
レデーにお年を聞くと成人したと言うが おじさん達にはいつまでも可愛いい子供と同じで年は喰わないのである。
なな海の店は、まともな大人に出会うまでどうやって生きて来たのかという、この子の努力で店の礎を気付いてくれた事を とり丸さんも俺も忘れる事はない
留萌の将軍で急遽やるが前日では予約が満杯で椅子席になってしまった。
酔っぱらって寝たまま椅子から落ちて顔面強打し救急車呼ぼうかと騒ぎになったのは俺ではない

居酒屋将軍は内地のお客さんには飛行機代を掛けて来てもいいと言うくらい大好評でいつも満杯
留萌はここが元気なうちは外部資本の居酒屋チェーンは絶対に勝てない
ここには50過ぎてから夜学に通った時の先輩がいて夜学生の時の顔と働いてる顔は全く別人で
毎日遅くまでフロアーで働く姿に尊敬してるので帰りは後輩としてキッチリお礼を言い帰る。

毎回記念写真を撮るのだが目にギザギザなど入れるのは それはチョット違うだろうとここに載せる事は出来ない
だが逆境でありながら この頑張る子達を忘れないようにどこかで出したいと思うのだが 
替わってやる事を出来ない逆境を生きる子達の顔を簡単に出す事は出来ない、
可愛い顔を書けない文章能力が無い自分に少しだけムッタシくる。
なんでもカラオケがしたいと言うのでカラオケ屋に行ったが 
おじさん達の『義理ゃ~人情ノ~ 逃げた女房ニャ~未練ハ~』に混ざり 
やたらにぎやかなナンチャラでカンチャラでウンチャラでと若い子達の歌を聞き
『ナルミわ 出会ってよかった~』と言う言葉におじさん達は寝たふりしながら涙し聴くのだった。

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朝 二日酔いの頭で宅急便ボックスを開けると中に待望のオイルクーラーが届いていた。
午前中は即刻休業で届いた品物を取付したが
カブ専用ではないので付属のプレートでは取付出来ないので 白い鉄板を切り取付プレートを作り取付するが
なんか上手い事ボルトが付かない 何度やっても付かないそのうちに二日酔いかと諦め掛けた時に
よく見ると4本セットのバンジョーボルトが一本だけサイズが違う事に気付いた。
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そうだよな~それでなきゃ面白くない 安い安すぎる全部で2850円のオイルクーラーだぞ
と思い手持ちのボルトを取り付けてオイルクーラー分のオイルを足して完成試運転
バッチリ
しかしこれで2850円だぞ 
パッキンだって安物の銅パッキンではなく200気圧ジーゼルで使うシール付パッキンで大手メーカーはなんぼ儲けてるのかわからん
沼田まで通算一週間も通って最終的に手に出来る金は10万円以下 
メシは生きてる限りどこでも食うので経費ではないが、そこから燃料代や経費を引くと幾ら残るのよと思うが仕事があるだけマシと考える事はヤメ
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除雪機などの汎用エンジンなどはすでに国産は無い 
タイが水害になれば日本は風邪を引き肺炎になる事はすでに実証済みなのだ
下請けの裾野の広い機械関係の製作は国を出た時点で技術は流失する事は当然で同じ物が出回る事は当たり前なのである。
それを承知で海外に出る事は自分の首を自分で〆てる事になると思ってる奴もいるだろうが
実は自分の首と思ったのは自分の首でなく次の世代の息子の首なのかも知れないと 
このどこの国で作ったかもわからんオイルクーラーを見て思った。
怖いですね~と思いながら次はオイル温度計が欲しくなった。

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取り回しの悪かったマフラーは複雑なEXパイプは既存のを切断して使い途中から繋いだらスッキリ収まった。
排気慣性を無視した作りのマフラーは燃費は相当悪くなったと思うが早く長距離を乗ってみたい
トンネルの中はさぞかしいい音がするだろうと思う。ウヒヒ~

世の中は広い

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クッソ~電源取出しは俺だけかと思ったらバイクから12ボルト電源取出しなどそこら中でやってる。
世の中は広いぜまったく
コイルを4ポールに替えてレギュレターも交換してと夜遅くまで掛かってやったのに
最近はなんでもバイク専用ナビなどがあって 
その為に電源がいるらしいので結構みんなは付けてるらしい

ここまで来たらLEDの明かりが欲しいので格安をネットで探すが中々ない ネットは振込料や送料を入れると意外と高いので留萌のイエローハットまで見に行った。
おお~これはいいと言う物をみっけ~で買った、お値段は998円でやった~ネットで買うより断然格安~と思ってレジに行くが外税で1078円だった。

消費税が3パーセントの時に今は無きキャバレー銀馬車のお姉さまのMがスーパーのレジに行って消費税を足されるので
銭が足りなくなり品物をまた棚に戻さなければならないと言っていた事を思い出した。
たった3パーセントだったが外税は買う方はチョット辛いかも
男運の悪すぎる数人の呑み屋の、お姉さま達の話は八柳鐵郎さんのように書く事で残してやりたいと思う気持ちはあるのだが
文章能力に問題があり綺麗に書けないので思いとどまってる。

今度は10パーセントになるかも知れないがまた棚に戻す人が増えるだろう。
可処分所得が200万以下の人は20万が税金で消える事になるが
いまの政治家に聞いてみたい国民年金の半分が円安の燃料費で消える北海道は何をどうしたら人並みの生活が出来のるかと
何が嫌と言って年食ったお姉さまがスーパーでたいした高くもない食料品をじっと見つめ考えてる姿を見る事はほんと嫌で野郎はどこに行ったと後ろからカゴに品物を掘り込んでやりたくなる。

こうなったら稼げる奴は銭をバッコンバッコン使い店頭価格にダブルスタンダードを付けるしかない
その為にも地元消費が必要になり北海道で作ってない物は極力買わないなど
田舎こそ車などもとことん乗る事も必要かも

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S社のインジェクションに交換 この下取りエンジンは海外に行く事になる。

ここ数日沼田や滝川で仕事をしてる。
俺の場合は稼ぎの99パーセントは地方で稼ぐので その稼ぎを地元で使う事になるが買う商店が無い
これは店側の問題で服屋が3軒があったら一軒は子供服 一軒は婦人服 一軒は紳士服と業態を分け品揃えに
立ての深さを持たせる事が必要で同じ商品を並べる事は価格競争と共倒しかなくなる。
同業同士はもはや商売敵ではなく後の無い戦友のようなものだと地方で仕事すると強く思う。
その為にも同業ほど仲良くしなければない。

旅は行き当たりバッタリなのでバイクカーナビは意地でも買わない
ランプも買ったしコンロも小型にしたしフライパンは洗ったし仕事が片付いたらどこかに行こうと思う。

頑張ろういつか今を笑ったろう。

頭を右に振ると白い物が見える 元々左目の角膜は駄目なので その日によっては全く見えない日もあり定期的に眼医者に行くのをサボっていたので木曜日に滝川の眼医者に行って来ました。
昨年の恐山のすぐそばを通ったのでア~霊でも背負って来たかと思ったけど
先生はやおらゲゲゲの鬼太郎の様な輪切りを持ち出し、これがアンデ何がどうしてアッタラコッタラと説明するにはたまに自分の目ん玉の中が見える事が有るとの事だった。

それで趣味は少し休んで夜NHKを見ていたら子供6人に一人がメシを食っていないらしい
中の一人の話はあれ~これは昔あったなと懐かしく思い出した。
昭和35年頃と思うが東光小学校の前の西田雑品屋の隣に小さなパン屋があった。
そこでピーナツバターかなんかを挟んだパンをガキ達が並んで買っていた。
どんな味がするのか食ってみたいと思ったが貧乏のどん底の我が家にはガキ達誰が食っていようが
食う事などはどんな事しても出来る訳が無かった。

ランドセルも持ていない俺は30年代当時 空から飛行機がバラ撒いて降ってくるビラを沢山拾って それに穴開けて紐で綴じて作ったノートと貰った教科書を風呂敷に包んでたまに学校に通った。
飛行機の爆音が聞こえる日は学校に行く為の教材集めの日で学校など行ってられるかと言う大事な日だった。
や~走った走った。
当時は両面印刷などはなく
もしかして俺の為に片面は残してくれたのではないかと今でも思っている。
留萌川の河川敷に勝手に作った畑に ジャガイモの芽を残すようにして四つに切った種イモを灰汁と一緒に植えて
収穫時期が来たら10円玉くらいの小さなイモはタライに入れて洗濯板でゴシゴシと回し皮を剥いて食って
大きなイモは来年の為に取って置いて
何か旗日が来る前は川を越えて線路に行って熊笹を取って川で洗って
留萌駅前の沢山あったお菓子屋に売りに行った。
いまのトヨタがある所が国道で冬は加工場に魚を運ぶ馬ソリから揺れる度に、こぼれる魚を拾い家に持ち帰らなければならなかった。
沢山拾った日は忙しくてチマチマとお絵描きに学校など行ってられるかと言う日々だったが
おかげで兄弟の中でも一番身体がデカくなった。

今どきは道路には魚は落ちていないだろうし線路の笹を買ってくれる人もいないだろうが
どんなに腹が減っても希望をだけは無くさないで欲しい
先に希望を持ってさえいればどんな貧乏にも耐えられると思っている。
その頃の俺の夢と希望は米びつ一杯のコメと味噌がいつもある家を夢見ていた。

道路に魚も落ちていないし空からノートも降って来ない時代なら学校給食くらいタダで食わせ
それをする金が無いならそこら中が公園のような北海道は公園は潰せ 
住民はガキじゃない側溝の蓋が外れたくらいで役所を呼ぶな
堤防にヒビが入ったくらいで役所呼ぶな どうせ直さないのだから
地主がエラそうに空き地で遊ぶなとわざわざ書くなバカ野郎

元戦闘機乗りだったかもしれない飛行機乗りは
購買力ゼロの俺たち貧乏人しか住まん原野二線にビラをわざわざ巻いてくれたのかもしれない
馬喰朗のオヤジはわざわざ馬ソリを轍に入れ魚を振り落としてくれたのかもしれない
どんな困った時でも希望だけは失わないで欲しいと 
希望さえ持ってればなんとかなると頑張れと俺が言っている。
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頑固一徹

takakennさんお久しぶりです。
60歳代と言うと大概の場合は戦争体験者に育てられたと事と何か関係があるのかも知れません
その親世代は信じていたものは大きく変わり何を信じていいのか分からない中で
回りに流されない自分自身の絶対に守らなければならない価値観を子供に伝えたのかも知れません

俺自身は若い頃は笑った事が無いと言われ 冗談は許さんと口より先に手が出るくらいだったのが 
いつの頃からか悪い奴と言われたくないと思うようになってから、
どうも調子が狂って怒りも内に貯めるようになり 目の前の奴に怒ってもなにか先の先が見えるのです。

若い奴だけでなくいい年したオヤジまでが作法が酷いのです。
車で道を譲っても知らん顔 返礼も出来ないほど運転に余裕が無いなら危ないから免許書返せと 
店でお釣りを渡す時に小銭をパラパラと手に撒く奴 テメ~どんな親に育てられたんだと
テレビに出て人を指さすエラソな奴 テメ~に指さされる覚えは無いぞとケリ入れてやれと
何か言っても返事しない奴 聞こえない返事は返事でない!工事現場なら相方を怪我させる一発見舞ってやれと
自分自身の損得立場だけで物事を考える政治家や企業家などは飼い葉と一緒に馬に食わせと
自分より弱い女子供に手を出す奴などは最低で一体どんな親やぬるま湯で育てられて 
どうしたらこんな奴が出来るんだと思うのですが
も一つおまけに、
まだNHKの花子とアンが終わってないのに毎日マッサン、マッサンとまるでガキがラーメンを食い終わってないのに
ドンブリを下げようとするラーメン屋のオヤジのようで凄く嫌だ。


 
時代を超えた価値観を持ち理屈を超えた頑固一徹に生きたい、
何か一つ譲ると何もかもそこから崩れ、立ち直れるほど頭は良くないと思った時期もありました。
意固地や偏屈とは違うどうしても譲る事の出来ない何かを持って生きたいとは思ってます。
そんな事を言う奴に限ってほんとうは大した事ないのは世の常なのですが
ハミ出そうとする自分に言い聞かせてるのです。
 
 
 
毎晩仕事終わってから遅くまでバイクをアンデモナイコンデモナイとバラしていたら頭を振ると右側に何か白いものが見えるようになった。
気のせいかと思ったが右を振り向くとやはり右側に白い何か輪のようなものが一瞬見える。
試しに電気を消して振り向くとやっぱり何かが一瞬見える。
さらに目をつぶって振り向くとやっぱり一瞬何かが見える、
無情にもバラしたバイクの霊かエライコッチャと早く寝たが目が早く覚めてしまった
昨夜の事は一体なんだんだろう。

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バイクのヘッドからの異音は直ったが このエンジンを作った人達の名誉の為に言っておくが
異音の原因は俺にあった、
オイルの吐出量を増やす為に2,5倍の吐出量があると言う大容量オイルポンプに交換した事が原因だった。
あまりにもオイルを多く送る為に高速で走ると戻るオイルの量が足りなくなる事が分かった。
対策は走りに合わせてオイルをがっぱり入れる事とカムシャフト側のオイル出口を狭く加工したが~

カブ依存症 ちょっと不良

ちょっと不良かも
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ツーリングと町乗りなので音は静かな方がいいのだが ネットを見たらマフラーが他機種だがタダ同然で手に入ったのでハッタリに付けて見た。
早速試運転するが音がちょっと不良の音がする。
札幌の西区界隈には今でもナンバーが全く見えないで外観も暴走族仕様のバイクが走っている。
バイク乗りには街中を乗り回すタイプとツーリングするタイプと二通りいて峠小僧や走り屋などは元々は暴走族が多い
ツーリングタイプは便利さからバイクを選んだので言って見ればバイク乗りとはちょっとずれがあり
どちらも共通してるのは何か事があったら相手が良いとか悪いとか言っても 
その代償は殆どの場合は自分の身体で払わなければならない
たとえ相手が信号無視や一時停止無視をして来てもである。
その覚悟とどんな時にでも身を守る野生の感とすべが無ければバイクに乗ってはいけない
良いの悪いの言ってもオッチンではジエンドなのだ
その点で俺はあんな操縦性の悪いバイクに乗りバイク暴走族などになるニイチャンは凄いと思う。
そいつらも見守ってやればやがて峠を越え山の向こうをみたいと思うようになる時が来る。
毎朝パトカーは連れて来るは振り切って逃げては来るは喧嘩はしてくるはわで
一軒のバイク屋が抱え切れる人数はせいぜい10人が限度でそれ以上になると収拾が付かなくなる。
10人程度なら抑えも効きたまにはどこかに一緒に行ってやる事も出来る。
そんなバイク屋が社会に対する貢献度は大きいと思うし今一度メーカーは考え方を少し修正した方がいいと思うだが。
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やはりヘッドから聞こえる音が気になるのでバラシて見た。
虫眼鏡で見なければわからないようなカジリがカムにもロッカーアームにも見える オイルはリッター1800円もするオイルを入れてるのだが
材質と言っても今どき高周波焼入れでまだ14キロしか乗っていないので症状が出るにはまだ早いと思うのだが
部屋に持ち込んでメシ食いながら見てるが 
何が~悪いのか~いまもわからない~
誰が~悪い~のか~いまもわからない~


たった14キロでカジリが出るようでは内地には行けない スズキ50の時は壊れたら置いてこようと思ったが
このバイクは4台バラして一台になってるので少々勿体ない気がするのだが
内地から押して帰るほどの根性は無いし工具一式持って行けば なんとかなると思うが一揃え20キロ以上あるし
工具も部品も持っていない修理屋は終末が人様より早めにわかるただのオヤジ
 どどうしよう~

カブ依存症 ハンパーカブ

グフフ~
見て見て頂戴~
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カブなどの原付バイクのいい所はCDI点火でバッテリーが無くともエンジンは始動する。
さらにキック付なのでバッテリー上がりは関係ない
このバイクの何が凄いかと言うと
おそらく日本中探してもそんなには無いと思う?

画像のサイドカバーのホンダステッカーの上にポッチとある丸い物はシガライタータイプの電源ソケットでさらにボートで使う防水型、これにLEDランプを繋ぐとバッテリーの有る限りテントの中は明るい
CDIなのでバッテリーは上がっても一向に構わないが 
これを付ける為に充電量を増やすのに12ボルトでスター結線に変えてあるのだ。
我ながらなかなか良い出来  うんうん~
さらにもう一つメーターが鶴のオヤジから貰ったR&Pのトリップカウンター付 
これで一日の走行距離とガス欠が防止できる。
うんうん凄いぞ凄い我ながら良い出来あんばい
後はフロントブレーキをCD50でなく大きい90用を付けたいがシャフト径が合わないので付かない
のでどこかに90のスクラップはないのかと探してる。
バイクはフロントブレーキが命なので多少金が掛かってもと思ってるのだが中々ない

カブが出た当初は車を買えない層に向けて作られて 言ってみれば貧乏人が乗る自家用車であり運搬車であり後ろの荷物台に座布団を敷くとデートの道具なのだ。
ハンターカブ中古が400.000円もで売られる事はあってはイカン
意地でもハンターカブは買わない このカブをハンパーカブと命名する事にした。 
原付バイクはあんでもないこんでもないと金を掛けないで楽しむのが正統派、和風総本家、元祖、正調派津軽じょんがら節、ナンチャラカンチャラなのだ。

あれやこれやと組んでは真夜中にマリーナー駐車場まで走ってるので きっと防犯カメラに写ってるだろうと思うが怪しい者ではない真夜中のライダーなのだ。
今日は駅前に乗って行こう。
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一カ月休めたら和歌山から四国に行きたいのだが年金が貰えないので稼がないとイカンので無理
15日休めたら山陰に行きたいが これもボート格納点検と除雪機シーズンが始まるので無理
琵琶湖一周に8日掛かったので今も一週間休んでどこに行こうかと悩んでいるのだ。
琵琶湖は雪に逢ったし去年は台風にあって大間でブッ飛ばされてバイクが壊れたので 
今度こそ天気を見て線香上げてから10月に入ったら出発しようと思う。

カブ依存症

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ハイブリット除雪機の左キャタが負荷が掛かり過ぎるのかモーターの動きが悪くなるのでモーターを初めて分解  
どこと言って悪い所はない 組む時はブラシが6個もあって苦労した。

毎日5時半に仕事を終えてカブを少しづつ組んでいる。
フロントの足回りはCD50のフロントをそっくり移植 ハンドルとウインカーやライトスイッチはCD125のをバランサーごと両側3センチ切り詰めて使用バイクは必要ない幅は狭い方が安全に繋がる。
今まで前に荷物を積むとライトが見えないのでR&Pのライト回りを移植したがホンダの配線は同じメーカーでも規格がバラバラ
これでサスストロークが伸びたので山は楽になる。
来年の春は暑寒山系の山菜を根こそぎ引っこ抜いて全部売り飛ばしたら何億にもなるだろう。
などと考えてる 食えなくなったら山菜採りでもやったろう。

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高い所に上げて作業をすると作業は楽だが部品を落とすと跳ねてどこかに飛んでしまい探すのに苦労する事が分かった。一応下にはゴムマットは引いてるのだが

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電装品は元の90ccのホンダの純正に交換 驚く事に殆どの部品はぴったり合う本当にコピーなのだが
どこ製と生産国は書いていないが 本当はホンダが会社ぐるみで横流してるのではないかと思ってしまったが

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エンジン部分は完成したのでワコーの高級オイルを入れてキックするがたった2回でエンジンが始動してシマッタ
音も静かで早速試運転するがギヤが4速リターンになったせいか低速も効いて以前より乗りやすい 
 9時半頃からマリーナーまで行ったり来たりしたが調子は良いがシリンダーヘッドからはタペット音がする事と
やたら熱を持つので早速オイルクーラーを倉庫で探してる
明日は再度ヘッドを分解してみようと思う。

俺は思うんだが、あのコンビニの件はどちらかが自分の非を認め相手に詫びを入れたら 
相手のその後の人生は大きく変わると思うのだが 

旅に出れ

とうとう秋になってしまった。
4時まで駅前でホタテ焼いてから修理見積もりを作りに沼田に行って来ました。
留萌を回り下を通り峠下を通って沼田に
時間の有る限り下を走るが黄金色の稲穂がなんとも言えない美しさがある。
芸術という物がまったく分からん俺には稲刈りの後に残る稲穂を勿体ないからと拾う姿を書いただけの
ミレーの落穂拾いに何億もの金で売られる事自体がよくわからん
そんな絵に金を出さんでも秋になれば国道から一本裏を通れば
稲穂を切ったら朝は日の出と共に起きて夜は灯りを付けて働く人のチ~が出るような景色が見れる。

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もしかしたら荘園制度や小作制度があった時代に 
この景色を一つの絵として維持しようと考えた領主がいたかもしれない 
来年もまた来年もとこの景色を見たいと考え 元気で笑い顔の領民を来年もと 一服の絵になるようにと考え村全体に大枚を叩いた領主が、もしいたとしたらその領主様は偉大な芸術家と言っていいかもしれない
収穫が始まる前に これからあちこちで始まる村祭りにそっと忍び込んで漁師とは違う
農民の酒でも呑んだらどんな味がするのだろう。
ふとそんな思いがした。

新潟を旅行した時に小さな村に小さな能舞台を見た事があった。
その時に能とは農作業が出来る晴れを願った農天気から来た能天気を願い神に奉納したのが能ではないのかと
本当は農舞台が正しいのではと新説を考えた。

増毛駅前にいれば海外や日本中のそこら中から旅人が来るが
大概の人は学術調査ではないと思うので同じ物を見ても解釈は勝手にしてもいいと思うし
その勝手な解釈をする余裕を残すのも楽しさだと思うし
また同じ所に自分の説を検証に出掛けるのも楽しいかなと思う。

何度も何度もコンビニの子達の動画を見てたら悲しくなった。
バイクに乗ってるらしいが外に出たら足洗いの旅に出れ 北海道の旅に出れ。
俺のとこの甘エビの唐揚げ200円を食いに来い きっちり200円は受け取ってやる。
俺の処の甘エビの唐揚げはチマチマッた煎餅にするような甘エビでないぞ!大きいぞ!