落水

帝国海軍 伊型潜水艦のようにも見える白い建物はマリーナーの建物 
手前の幅三尺深さ一尺五寸程度の小さな船は浅海漁のウニやタコイサリ漁の船 冬はこの船に炭を積んで手をあぶりながら夜明け前から漁をする。

俺が増毛に来た時はここは漁船の船着き場だった 数年後漁船をどかせてマリーナーを作った。
レジャーの釣りと生活者の漁師と同じ物を取りあっている。 
レジャーボートが来る事によって漁業者に何らかの恩恵がなければただの邪魔者以上でしかないうえに両者は情報が共有される事は無い

百年一日のごとく建前だけで年に一度講習会などが保安庁や各役所、新聞社などから出張って来るがそれは食い扶持を貰う為で誰も本気で事故を未然に防ごうとか事故が起きたら協力しようなどと思ってはいない
なぜ5月14日午後0時頃らしいが 現場の海域には10隻近いボートが居たはずなのに
なぜ情報は普段から共有されないのか

落水時に意識があったとしたらなぜ家族にも連絡が一切ないのか
以前にもスマホは落水時は使えない事をここで書いた 理由はどうも水に身体が使っている為に人体の静電気を感知して操作する事にあるらしい
そうなると防水カバーがあっても操作出来るかは疑問符が付く 


桶に水と携帯を入れた状態
ガラケイ防水携帯は水の中からも発信は出来るが何を言ってるわからないし電波が乱れるのか着信側に雑音がひどい 水から少しでも出すと会話は出来る。
携帯メーカーも防水スマホは水から守るだけで使用は出来ないと書くべきだと思うし
毎年安全講習が行われるが防水携帯が防水カバーがどったらと目の前でクッチャベる何処かの役所のオヤジは実際に使った事は無い事がわかる。
なぜ担当は自分が実際に落水して使ってみんのか

浜には津波が来たら知らせる防災放送があるが話し手次第では何をクッチャべってるか聞き取れない。
その放送が一番多いのは国道231号線が封鎖された事を知らせる事とどこそこの爺婆が家に帰って来ないと言う放送が次に多い

障害物の無い海で落水者を探すのは数は重要な要素になる。
浜に並んで建ってる漁師の家は双眼鏡は殆どの家が持っている。
沖合せいぜい1~2キロで操業する浅海漁師が落水した場合は浜の漁家が表に立ったら見える範囲なのだ。

なぜ爺婆が行方不明になったら防災無線で放送され 若い32歳の浅海漁師が落水したら放送が無いのか

すべてはただやってると言う他人事なのだ。

当人や関係者にとっては100パーセントの不幸をメシの種にするキャスターは残された者のイキチを啜ってニュースはタレ流され 
各役所も個人情報とやらで検証は公開もされずに教訓は生かされる事も無く責任追及と罰則の為にただただ立件する為に動く 

ここの自営の若い浅海漁師の贅沢はせいぜい軽トラにアルミホイルを履かせるか、たまにススキノのキャバクラに遊びにゆくくらいで食ってゆく為に普段の日常に戻って危険な海にでてゆく  

恐いですね~

職質はエンジンのすべての部品を疑ってみる修理屋と同じで疑るのが正解 
程度の差はあるがア~タ~は善人ですょね~などと言っていては治安は守られない
その為に人を見る目がまだ出来ていない 若い元気のいい奴に職質に掛かると手間が掛かるのは仕方ない事なのだ。
人を見たら泥棒と思えと言う可哀想と言えば可哀想な職業ではある。


金谷の宿 ここから扇城横の急で今でも山賊が出そうな山道に入ってゆく


中山道 馬篭の宿 旧道入口


途中はこんな感じ前を歩いてるオヤジはドイツから旅行に来たナンタラさん

昔は目の届かない所でも治安を守る為にはある程度の恐怖が必要で地獄の釜などはいい例なのだ。
宿場は女子供が一日に歩ける二里くらいに一か所の割合であり、その宿場で盗賊や無法者に襲われないように一定の集団で山道や難所を超えていった。
どうして山道を路銀を持った一般人が旅を安全に出来たかは嫌疑を掛けられただけでとんでもない事になると言う前提があり
10両盗めば問答無用でシザイ 
死罪も色々ある中でも街道に晒されるノコギリ引きなど結構残酷で恐怖が治安を守った。


出雲崎の獄門跡


出雲崎  
あちこちに無縁仏があり これを見る度に当時の役人はどんな気持ちになったのかしばし瞑想してしまった。

当時は恐いですね~と思う気持ちが治安を守った事も事実だが その時代時代で治安を守る方法は変ってゆく
それは一般その他大勢が川の流れのように必然として招いた結果だった。
その時の天気とお奉行様の機嫌の胸先三寸で決まるような お白洲(実際は砂ではなく30~50ミリ位の砂利だったらしい)に引き出される事のないように一般大衆はあらぬ嫌疑を掛けられないように声を上げずに委縮し考える事をやめ必要以上に身辺を守った。

誰が一票入れたのか知らんがあんな動作も言葉も品のないタコ法務大臣は江戸か明治の亡霊か

小間切れ休み

火曜日は午後から休んで三日月湖?沼?に行って来た春は魚は一気に川に下るので大量に見る事は出来ないが気休めにアチコチゆくがウグイ以外はヨシノボリなど数匹見ただけだった。
帰りにヤチブキ(エゾリュウキンカ)を取ってくる これは食っても美味いが山菜採ってもテロ等準備罪になるかも知れないので山であたりを警戒しながら取って来た。
恐い世の中になった。


これを水の浄化になるかも知れないと水槽に入れて花を咲かせるのだが?

四角い木の箱は箱メガネで川底を見るのに晴男さんに貰ったもので今まではゴムの小さい物だったがこちらの方が使い勝手はいい。

北海道は山菜を採るのは普通に行われてるが勝手に山に入る事も厳密には難しいものがあるらしいが
個人の山とハッキリわかる場所以外はそんなものは無視だが テロ等準備罪が成立した場合はチョット違った意味合いが出て来るだろう。 お前は山菜のヤチブキを取ってネットで食えると扇動したろうなどと言われるかも知れん 
そもそも山菜はタヌキもパッと食わん山の雑草なのだ。
安倍晋三やパッとせん金田法務大臣が言い出す山菜などと言うのは実質王政復古の明治6年の地租改正の入会が根拠になってるような気がしてならないのだが

世界中が似たり寄ったりの政治家が多くなったのは政治などは誰がやっても大した変らんと言う事で実際は官僚が動かしてるのは間違いないと言う事なのだろう。
その官僚達が目指してるものは支配する側とされる側にハッキリ分かれる専制君主の王政復古だと思うのだが 
あ~た~ね~タマ取ってね 専制君主に使える宦官も結構痛い~痛い~思いをすると思うのだが
数百年後は革命がまた起き同志諸君と言ってみた処で逢った事は無いがレーニンにしても将軍様にしても結構いい加減だったらしい。
どっちにせ歴史は繰り返されるがその時その時を誠一杯に生きるのが大事だと思うのだが
コツコツ地道に足元見て生きた者にはかなわないと言うのは実感なのだ。 


靴より大きい直径28センチ以上ある量から言ってヒグマの糞だと思うのだがこんなのはエッと思うような処に北海道は沢山あるが
クソしてる現場を見た事がない 
ヒグマはミタな~とか言って照れ隠しに襲ってくる来る事は充分考えられるので そんな時の為に結構頑丈なナイフを常に持っているのだが!
ナイフ一本で勝つとは思えないが素手でヒグマにテメ~と言うよりはナイフ一本でもあれば迫力も違い引いて呉れるかも知れないと思うので持っている。
さらに車の中には主に水草の根を土ごと掘る為に剣先スコップに折りたたみスコップと刃渡り14センチ未満の刃物が2~3丁あるし これは返答次第では逮捕されかねない物で
どんな場合はアウトかを知っておかなければないが職質の相手次第になってしまう。

やっと連休終わってくれた。

やっと連休も終わり お客さんの目の前でクーラー付水槽から貝付成貝を二個取り出してむき身をドンぶりに掘り込むのが良かったのか予想以上にホタテラーメンが売れて忙しかった。
産地なら美味いか安いかが重要だと思うのだが

ホタテをこれでもかと試食した成果が出てよかった。
食って食って食いまくった結果は意外と美味い食い方は地味だが味付けも何もせずに蒸すのが美味いと言う事が分かった。
ラーメン屋担当さんには当然の賃金だが自分の手で稼ぐ喜びを実感し味わって貰う事は大きい
考えてばかりいても腹は膨れん食えなくなったらラーメン屋


船外機の点検はこれで今年は終了
七か月間もエンジンを始動しない立て型エンジンはオイルもすっかりオイルタンクに下がり内部も錆びる事で音が変わってしまう。
オイル交換前に始動して中間で始動してオイル交換後に始動してと何度も始動してやっと音が正常に戻る。
職業柄音や振動や目の前の事に対しては非常に敏感になってしまってる。
もうそろそろいいべゃと思うのだ
毎年の事だが人様の遊ぶ時が忙しい仕事なので船の廻航が終わったら遅れて連休を取ろうと思う。


体長18センチこれだけデカク育ったスナヤツメは滅多にいない出来る限り小さな個体を選んでいるのだがやや3年ほど飼っている。他に3匹いる。
川にも沼にも行きたい、たまに東北もいい 他所の店が作るラーメンも食いたい
275もまだまだ行きたい処がある。

プロミス

俺に尻尾が付いているとしたら内側に丸まっているだろう。
船外機を点検するのは費用対効果の為に分解してまではしない 音を聞く事とプラグの点検にオイルの状態を見て最後にオイル交換になるが他はアヤカンを感じない限りは海水で冷却するエンジンは分解したりはしない
なんとなく怪しい勘が働くその勘が何かをしながら働く事が無くなった。
そんな訳で人が来る連休は尻尾を巻いて仕事は中断してのらりくらりとやっている。


一度は行ってみたい松山から送って頂いた
早くにすべての仕事を辞めたいのだが国民年金など諸藩の事情で辞めるわけにはいかないが
いつか念願の和歌山から四国瀬戸内と島々を一年掛けて回ってみたいなどとミカンを食いながら思いました有難うございます。


食ってから思いだし写真を撮ったので量が少ないが本来は沢山入っている水戸納豆 奥茨城の名誉の為に補足

俺のバイクが10ヶ月振りにプロミスの水戸納豆と共に戻って来た。
途中でヘッドガスケットが抜けてしまい奥茨城に車を取りに戻って奥茨城から車に積んでわざわざ運んできた。

見た瞬間は去年とは変ったと感じた。
メシは食ってるから大きくはなったと思うが何かしら自信のような感じと明るくなっている。
もっとも旅先でバイクが故障すれば不安にもなるが一回り大きくなって戻って気がする。

プロミス 約束、契約、保証、明るい見込み、有望

明日から五月めげそうになったら。

仕事社会に出て少しでも前に進みたかったら

自分にとって苦手な上司に毎日挨拶をし続け理解しようとする事
得るものは多い

自分に優しい事を言ってくれる上司に耳を傾ける事
得るものは少なくとも大事なビタミンと癒しになる。

身体を張っても付き合える一生の友達を大事にする事
得るものより損が多いかも知れないが人生が楽しくなり黄昏期に一番に思い出すかも

順不同これがあれば銭は無くとも楽しい仕事か楽しい人生が待ってる。

煮タコの美味しい食べ方は海水を薄めて茹で2~3日くらい浜風にさらし干す 
海みながら少しづつかじる超美味い

明後日からやっと休みだ~さ~タコ茹でるかな~

星の数よりメンコの数

東大法学部や大学まで出たなら相当頭はいいのだろう。
一を聞いたら十を知るのだろう。
何でも知識がありやってみるまでもなく分かってしまう。
殴られたら痛いのもわかるが殴られた事は無い 
1から十まで行程はわかるが実際にやった事は無い
端折ってしまった行程は本当に出来るのか
頭のいい奴の中間を端折ってしまった事がメシの種を与えて貰うその他大勢の中で通用するかは違う問題になる。
Aaiとやらは最たるもんで自分の人生右左をそんなものに決めて貰う根性が曲がってる
性格に問題がありそうだが逢った事も見た事も無いホリエモンが凄いのは頭の良さにプラスして一つ一つを実践して確認して身に付けた事が凄い 

頭が良くて不遇の状態にあってもそれでも満足してるなら何も問題はないが
もし自分が正当に評価されていないとか なんで貧乏こいてるのかと思ったら
その他大勢の普通の常識を自分の手を汚して確認してみる事が大事と思うのだが
頭のいい奴が陥る上から目線で普通の奴には説明も面倒と言う態度が自分の今の苦境を作り上げてる事がわかると思うのだが
わからん奴にもキッチリと説明出来て自分の言ってる事が実践出来て一丁上がりで暮らしも楽になる。

おまえだおまえ 星の数よりメンコの数 わかったかタコ

言うは呼ぶ

なんでこんな処に来てしまったんだと思う、吉野、三ヶ日、湖西とあちこち工具と夜具を持って飯場を回った事があった。
危険なトンネル現場などはきちきちの決め事に従うか埋められるの覚悟で逆らうかだったが今振り返って思うのは一分の理があった。
メシに汁掛けるな、夜口笛吹くとヘビが出る、洗濯物夜干すな、手に物持って話すな、夜爪め切る 下見て話するな、などなど上げたらきりがない言葉や行動にいつも気を付けないと物が飛んで来て身体をかわすと周辺の物が壊れるので身体をかわす事は許されなかった。
本当の反省を示す為に小指がない奴などはゴロゴロいた中で
災いを呼ぶような言動を深く慎めと言う事を身体で覚えろという事だった。
それは危険な現場では自分一人では済まない事を意味し人として最低限の相手の命を守る事にも繋がる。
身体を張った現場で言うは呼ぶと教えられた。
人の生き死が掛かった事を軽く言ってしまう それは失言でもなく本心なんだよ
マザーテレサはこう言っている。

思考に気をつけなさい、
それはいつか言葉になるから。
言葉に気をつけなさい、
それはいつか行動になるから。
行動に気をつけなさい、
それはいつか習慣になるから。
習慣に気をつけなさい、
それはいつか性格になるから。
性格に気をつけなさい、
それはいつか運命になるから。

真正の馬鹿に付ける薬はないが生き死が掛かる人の上に立つ人間が深く深く反省ならどこか身体にしめしを入れた方がいいと思うのだが
その傷を見る度に思いだすが不思議に反省が本当に身に付いた頃には消えるかも

交通事故の示談で俺で良かったょ!これで済んだなどと言う奴もアヤカン


すっかり綺麗になった一色

邂逅

先週はビックリの一週間でまさかと思うような週だった。 
今や距離が広さの基準にはならない、時間が広さの基準になって新幹線を作る事によってさらに日本を狭くして多様な価値観を変えてしまう それでも日本が狭いとは思わないが出会うはずの無い人に逢ってしまった。
俺はここに書く人は殆どが実在の人物で人類の歴史の中でもわずか50~70年で名前もわからないがどこか記憶に残って欲しいと思う人を書いている。
車が頻繁に通る道路で真剣になってトランシットを覗く人、排気ガスに晒されながら旗を振り続ける人 寒い海で工事をする人 小さな身体で上野駅のホームでひたすら掃除をする人など想い込みの激しい俺はその姿に感動をし書いて来た気がする。
状況が許せば極力声を掛けるようにして来たが書くと相手に告げる事は無い、そのほんの数行の人が訪ねて来てくれた。

もう一つはある方が鳥は一夫多妻型もいると教えてくれた。
鳥は数の少ない卵を温めながらエサ取るなどどうしても辛抱強いオスが必要なる為に一夫一妻型にならざるをえないが中には裏を掻いてとんでもない奴がいると教えて貰った。
典型的な奴はオシドリらしい卵を産んだら子育てはしないでどこかに逃げ毎年離婚結婚と新しい相手を探す。
形態は乱婚型で誰かにソックリではないか進化の過程でそうならざる得なかったのだろうがチャラチャラったオスは相手にしたらイカン。

もう一つは噂ではクタバッた事になってるらしい、日曜日にあれ生きてるのかいとしつこく言われたが噂の元になった土地も違う二つの事柄とそこまでやるかと言う事を誰かが無責任に話を繋げたのだろうが誰かが傷ついたらケジメは付けて欲しいがたいした事ではないので先はどんなになるか楽しみにしてる。

うどん屋がヒントになったホタテラーメン 麺は140グラム ホタテ 二個入り 
足がチョロット写っている お姉さんの努力と犠牲の元に出来た。
留萌から増毛線の汽車が廃線になって ここに通う時間帯がまったく合わなくなってしまった。
その為にここに着いても営業時間まで待機時間になってしまったし帰る時間もバスしか無く時間がまったく合わない。
その待機時間と帰る時間の分を払ったら営業は出来ないので待機時間に時給は払わないがそれでも良いと言う。
待機時間が暇なのでと試行錯誤をして時給以下で食えるようにと700円で作った。
ラーメンは腹の足しにする為に安くてガッツリ食うもので高ければラーメンとは言わない
さらに産地ならではの何かしらの味があったらいいと思う。


育ててくれた人に孝行したいが銭が無い 
そんな時は近場の海を見せて美味いラーメンを食って貰う
心の広さは物では無い時間なのだ。

熱~て~熱~て

ここ数日の天候不順で外仕事が出来ない為に事務仕事をしようと思ったがチマチマと面倒なので先延ばしにしてと!これが間違いの元で春に出す請求書が暮れに出す元になったりするが
ラーメンを作ってみた新兵器を入れて5回目になる。

元々アクは取らなかったが4回目には徹底的にアクを取ってみる。
取ると決めたら悪だろうがアクだろうが泡だろうが徹底的に取って見た 量は36の寸胴で約一リッターほどになった。
食った結果はラーメンの味には少しだけ物足りない味になったので5回目は徹底的に寛容の精神で悪もアクも許しましょうとアクは一切取らないで混ぜる事もしないで量は寸胴半分の量でやってみるが暖かくなったので沸騰が30分ほどでと早くなった。

あとは弱火でトロトロと一切かき混ぜる事もなく16時間掛かり切りに

根コンブは沈みぱなしだが椎茸やネギなど浮いてくるものが多いので落とし蓋を使っている。
絶えず状況を確認だが手が熱~て~熱~て椅子を持込んで半分寝ながら夢うつつでやった。
今回はアクは一切取らないが透明なスープが出来た。途中まではアク取りも面白いので取りたくなるがじっと我慢する アクを取らずにいると毎回なぜか消えて透き通ったスープになる瞬間がある 
その状態は椎茸や野菜の匂いが素晴らしくいいのだが味は薄くラーメンには使えない
今回は火力を弱くしてその状態を保ったまま16時間掛かった火を止める勘どころは結構微妙な処があるのだ。
 
食ってみた!美味いのだ今までで最高の出来と言ってよく美味いのだ。
だがこの味を次回も再現出来るとは限らないしまぐれだと思うのだが何が良かったのか
このスープを使って以前からの海鮮ラーメンに挑戦したが何食ってるのかと銭掛けた割には美味くないのだ。
二兎を追う者は一兎をも得ずと言うが俺のやり方は調子の良い時に次のものを追うのが俺のやり方なのだ。
全てを掛けて地獄を見なければ成功せんと言う人もいるが俺はそうは思わん餓鬼になると見過ごすもの方が多いと経験上思う。
やってはいけない事もやるのが餓鬼のせいでもあり無理して経験せんでもいいと思うのだ。
そんな訳でラーメンも食い飽きたので、それでもやはり麺類は好きで地方にうどんを食いにいった。
今現在働いてる人が居たら殆どが年下なのだ大変だべな~と思うと、何か気の利いた事でも言ってやらなければイカンと思うので何かと立ってる相手にクッチャベルようになってる。
うどん屋で大ヒントを見っけ~

しかしいつも思うのだが、うどん屋のあの白い上っ張りはいかにも田舎から出て来て都会の片隅で岡持ちから掃除下働きと清く美しく苦労してますと言う様に見えてしまうのだ。
なぜなんだろう
ラーメン屋はどいつもこいつも昔チョット悪くて族なんぞやっていました、と言う感じが多いラーメンはアクが多いからだろうか?
ラーメンには誰にでも再出発を許す寛容の味がある。

晴天だ~出勤時間だ~続く