遠き島より椰子の実ひとつ

30フィートを超えないとボートとは言わんと言う人もいる。
確かに波長や対波性を考えた時にそうかも知れんが 
要は波のある時や波の出そうな日に海に出なければ済む話なのだ。
そこが遊びと職業の違いなのだ。
末席の端くれではあるが両方を見て来た俺には遊びには一定のルールがありどれほど知識を知ってるから述べたからと言って職業人には勝つ事はかなり難しいし命の掛かる浜で知識をひけらかす事はかなり恥ずかしい事だと思う。
メシの数なのだ。

なんぼ話し合っても分かり合えない人が一定数いる事は紛れもない事実なのだと思う。
海は歩いては帰ってはこれない 
一人を助ける為に見えない処で連絡掛かりや緯度経度の確認などやバックアップの待機に多くの人がいる事すら気付かない また見ようともしない人がいる。
まったそう言う人はそのまま何も気付かずに人生をあっけらかんと過ごしたりする。
いちいち裏の裏まで考えたら恐くて暮らせんと思うので気付かずに過ごす事は何も悪い事ではないと思うが
だが不備を指摘されたら一応考え 海に出るのは止めるべきだと思うのだ。

『 名も知らぬ 遠き島より 流れ寄る 椰子の実一つ 』
は愛知県伊良湖岬にゆくと歌碑が立っている 
伊勢湾や三河湾で
『 波をチャプチャプかき分けて~ひょっこりひょうたん島 』
などとやっていて伊良湖岬を出たら名も知らぬ椰子の実、のチョット困る状態になるが
北海道日本海側は何処もそんな海域なのだ。

お前だ お前の事だ~ ドンガバチョ~

昭和一合升

連休も中日になった。
連日誰かしら来てくれる 時代は確実に変って、
何処の誰か何をしてるのか一切聞かない事にしてるが 生まれてこの方悪事などまったく無縁と思えるこの人と俺はどんな繋がりなのかと自分でも思ってしまう人達も来る。


朝 目が覚めたらポストに置きメモと缶コーヒー 一瞬言葉を交わしただけなのでチョットビックリ 
字数にしたら半角を除いて30文字 缶コーヒーがタダの缶コーヒーではなくなった。

北海タイムスと加地外科の間に二軒続き長屋にあった闇米屋の婆さんがいた。
鉄屑や空き瓶を拾い雑品屋に売って( ちょっと頂いた物や横取りもある )帰り道に闇米屋でいつも持ち歩いてる小さな米袋に一合を入れて貰うのだ。半世紀を超えて一合升は本当に180.39ccか測ってみた結果は169.29 6パーセントほどが減額になっている 
木は古くなると縮小するのと淵を20回ほど叩くとかなり隙間が空く人生帳尻は合うのである。

俺は思うのだが、ふるさと納税や伊達直人の中に名誉も物も要らね~ょと人生の帳尻を合わせようとする人達が居ると思うのだが
俺の右足には当時飛び降りて錆びた鉄筋を踏み抜いた傷が今も20センチほどハッキリ残っている。

平成

なんかこのブログがおかしい事になってる全然関係ない会社が表示されるが
消す事が出来ない 
どっちにせ大して役にも立たんブログなので平成と共にブログを消してしまうかどうかなんとかせんといかんのだが・・・・・・やり方がわからん
いっそ全部削除か間違えて削除かいずれにせ整理をせんとイカン

昭和炭鉱跡地
 

NHKの大河ドラマは前作が終わってもしばらく見ない事にしてるが今年のはまだ一度も見ていない
朝ドラも次回作は最低一週間は見ない事にしてるが 今回は北海道と言うので二日目から見てしまった。 
去ってゆくものにたいしてたった一日で次の月曜日に何も無かった事にするように新しい番組を見る感覚がよくわからんのだ。
半年も見続ける朝ドラを見てる人が二回前は何だったか覚えてる人は居るのだろうかと思うほどすっかり忘れて見てしまう事になんか無情を感じるのだ。
テレビに映る新元号をバカ騒ぎで祝う群衆を見てもなんかこの世の無情を同じく感じるのだ。
俺にとっての平成はほとんどがここでの暮しと独り身に戻った時間だった。
思いかえせばこの閉塞された狭い土地だが次から次と揉め事が起きてやがて解決してと
それは様々な人達との出会いと別れで永かったような短かったような様々な事が起きた。
ただ昭和と違い力ずくで解決と言う事はなくなった平成だったが
土から染み出た水がやがて急流になり次はゆったり流れる河になってゆくそんな様を見るような昭和平成と過ごしたが最近はすべてが運命だったのだと自然に思うようになっている。

夜寝ていて誰かが部屋に居るような気配が一晩中していた。
一体誰なんだろうと朝になったらまた誰かの訃報を聞く事になるのかと考えたり何か不思議な感覚だった。
俺は平成になにを残したのだろうか 俺は一体どんな奴だったのか
ふっと20数年一番ながく暮らした逃げられた元嫁さんに聞いてみたくなった
が、やめた令状の令、令和は整理整頓の時代にしようと思うので逃げられてから25年過ぎた。
男の責任として何処かに再婚でもして幸せになって呉れるまではと思って来たが一番にコイツを記憶から整理しようと思う。

ノスタルジックイン留萌

港で待ち合わせをした。
待っていた相手はここでしか生きてゆけないと思わせる相手で親方から離れたら生きていけないだろうと思わせる連中だった。
親方は明るい元町でガキの頃から知ってる若い親方だが
仕事帰りの一杯か大きな鞄を小脇に抱えて夜の街を歩く姿に
頼って来る奴らの為にもいつまでも元気でいて呉れょと思った。


一面が真っ白な雪で覆われる冬が過ぎて春が来るとアチコチからゴミの山が出て来る
そのゴミの下には港湾荷役に使われた線路の一部がある
それももうすぐ雑草で覆われて見えなくなってしまう。

どんな人間にも心の何処かにゴミを抱えていて何処かに仕舞っていてふっとした時に出て来るのを押さえながら生きているような気がしてならない。
地域性がありそこから出なければ普通の事として過ごして居られるものを外に出たばっかりに
上を見てしまったばっかりに元に戻る事すら出来ない
それでも足掻いて足掻いて日々を暮らす人達の中に安らぎを覚える時がある。


大和路地トンネルビルが解体された。
 
この狭い場所に何人も何十人もの雑多な悲喜こもごもが詰っていたのに
こんな狭い場所だったのかと驚いた。

ここには昭和35年当時は路地トンネルがざっと4本ほどあって中でさらに路地に繋がっていて今でも二本が残っていて通り抜けるにはチョット心構えが要りそうな雰囲気がある。

35年当時は右側の階段を上るとさらに路地があった。


通りを挟んだ別のシマ
この界隈を離れて東に渡り北海タイムスと加地外科の間にあった闇米屋でたった一合の米を買う為に走り回った子供達がいた。
どんな奴でも食って生きてゆく権利はある、だが同じくどんな相手にも生きてゆく権利はある。

永遠のクズ 

頭がいいのと知恵との違いは俺自身の中では
頭がいいと言うのは頭の中で考える事で
知恵とは自分で考えて自分の手を使い完了させて初めて知恵と言われるような気がする。
一時期肉類がまったく食えなくなった時があったが 今も食べ物の命を考える事は他の人達に頼って暮らしている。
分業がいつの頃から始まったのかはわからないが末端の現場を見る事も無く、頭と手が分離し進んでいく
言いっ放し、考えっ放し、が人類の終末を加速させている事はほぼ間違えない

自分の親族を三親等も遡ればロクデナシや問題児はほとんどの人はいるのではないかと思う。
俺にもコイツとは近づきたくないと言う奴が二人ほどいる マッタそういう奴に限って冷たくしようが怒ろうが なぜかちょくちょく来やがる。
コイツは怒られる為に来るのかと思うほど来る度にツマらんのから大事(おおごと)まで揉め事を持込むのだ。
三親等身内にロクデナシが居るからと言って
そこら中にある齊藤姓を見るだけで吐き気がする 職業だけで吐き気がするなどと口にだし言われたら 
それを口にだし言う奴は相当の精神凶暴な奴で人間のクズであろうことは間違えない。


百田尚樹がハングル文字を見るだけで吐き気がすると言うのは、そう言う事なのだ。
百田尚樹殿には
言いっ放し、考えっ放しの日本のクズを飛び越えて人類のクズ

『 永遠のクズ 』 の称号を与えようと思う。

馬糞風


昭和60年 素手で作業する除染作業員

 
昭和60年 核で汚染されたロンゲラップ島を離れる島民
この事を第一当事者や科学者はどうとらえてるのか 己の気持ちの何処に落としどころを持って毎日メシを食うのか
結構頭のいい奴でもロクデナシは沢山いると言う事で バカが考える悪事はたかだか知れてるが
頭のいい奴が考える悪事は規模が違う。
 

昨日はバカデカイ ジーゼル、マニュアルシフト車が来たがアイドリングでもこれに轢かれたらチョットやそっとではすまんべなと思った。
今時の車は低速が効くので軽でもない限りエンストする事は無いのでマニュアルシフト車でも暴走する。 
確信犯以外に燃料も高い今時公道でアクセルをベタ踏みなど異常に操作する奴がいるのだろうか
アクセルペタルとEFIはワイヤーで直接連動してる訳ではないので途中に
ベタ踏み防止や異常な操作を制御する装置を入れる事は何も難しい事ではない
なぜ車メーカーは明日からでもしないのか不思議で仕方ない 
AI自動運転などは想定外の事故が起きた時に
その時までのんびり運転していた。
アクセルペダルから足を外す事すら出来ない運転者に自動運転を解除して手動に切り替える時にパニックになり制御出来ない事は目に見えてる。
自動運転など畑の端が見えない十勝の畑でやる事なのだ。
公道での自動運転など年寄にどんどん事故を起こして下さい 貴方だけはエアーバックで守りますから車はまた買って下さい と言ってるのに等しい

自動運転をそこまで考える頭がある頭のいい奴を沢山抱えてるなら なぜベタ踏み防止装置を明日からでも付けないのか理解出来ん
そう思わんかい 豊田 章男さん
「 アメリカには100年前、1500万頭の馬がいた。それが今は車に変わった。残ってるのは競走馬。変わらず残る車を、だか らスポーツカーを作っていきたい。… 」
馬が公道から消えたのはアスファルト道でシッポをあげてクソ垂れるからなのだょ~

北海道の浜は馬糞風が吹くと春が来たと実感したものだ。
人類を救うのは頭より知恵なのかもしれん

筑水キャニコムライガー

乗り物は空を飛ぶ物以外はスノーモービルから船までほとんどを所有し乗って来た。
バイクは750刀やTX650は一番長く乗り数年乗った 乗るのをすぐ止めたのがVFR750でなぜかと言うとかなりの高速でもスピード感が全然ないバイクで これはマズイとすぐ止めた。
身体のアチコチ切ったり貼ったりしながら事故に関しては
殴られるかも知れないが1センチ手前でも止まれば事故では無いと言う思いがあり 
歳食ったら乗り物は小さいに越した事は無いと思っている。
最後に乗ったバイクはスーパーカブで東北に行ったりした。車は現在はミニキャブバン


二年前に格安で買った車で他にハイゼットトラックが一台あるがエンジン音がもう~ダメ~と言っている。少し長い時間を使うと多少油の焼ける臭いもする。どちらも低速ギヤ付4輪駆動 

任意保険料が二台で約15万 燃料代が年間25万前後 車検費用が年間5~6万 原価消却損料は一台15万程度を見てる。
ざっと合計すると年間55万程度 これを月割りにするとざっと4,6万程度 
俺は思うのだが近場はバイクで遠くをタクシー代やバスに使ったら相当乗れると思う。 
そろそろ免許を返す準備をしようと免許センターに車の免許だけ返納しバイクの免許は残す事は出来るのか電話で聞いた。
結果はOKでバイクなら事故を起こしても自分だけで済みそうなのでいずれはバイクの免許だけにしようと思っている。
車の免許は修理工なのに20歳を超えてから取り大型免許はそれまでの運転の性格上絶対に誰かに迷惑掛けるだろうと取っていない 
俺は免許は原付、小型特殊。二輪。軽自動車、普通車などとそれぞれを独立させて個別に更新手続きをすべきで歳と共に車をドンドン小さくすべきと思うのだ  長野や鳥取などの山奥で鹿か猪しか居ない場所でも年齢に応じて車にスピードリミッターを付けさせる事も必要と思う。
それか最高時速15キロの筑水キャニコムライガーでも乗れって
4駆だしキャビンは付いてるし中々優れものだと思う。
いつかは筑水キャニコムライガーの中古を買おうと思っている。それまで頑張って製造して欲しい

足が悪けりゃ電動車椅子に乗れって思う。後はタクシーに乗った方がよほど経済的なのだ。
クソの役にも立たんプライドなど捨てれってハタリが迷惑だって
87歳は年代から言って何も無かった事に出来る記憶から消せる年代なっている。
残るはクソの役にもたたんプライドと誰それにこうしてやった俺は以前は官僚だった何々だったと言う記憶と行動
記憶を消してしまったからと言って責任は消えない家族にも賠償責任は及ぶだろう
事件の結審までに事前に財産の移転や自己破産では犠牲者は浮かばれんと思う


田舎者にとっては都会観光では車は止める所を探したり右折出来なかったりとかえって邪魔になり見たい処も行けない
都会は10分と歩かんでも公共交通があるので車での都会観光は邪魔になるのになぜ87歳になってまで車に乗るかわからん
操作技術が無くても乗りたいから乗る それは無免許とほぼ同じで犯罪ではないのか

帆待ち

あと少しで連休が来る無事に終わって欲しい
出来る事ならなくてもいいかとさえ思ってしまうのだ。
シーズン初めは海は歩いては戻れないと実感する船が必ず一隻か二隻は出て来る。
命への執着はどんどん薄れているのに海への恐さは歳を食うほど深まっている。
ボート屋にとっては高い銭を出して海に出ないお客さんほどありがたいお客さんはいないのである。
海に出ない事が最高の海上安全安心なのだ。


この冬の猛吹雪に一党一強の北朝鮮からの船と思われる木造船が漂着して来た。
まじかで見る船は想像より遥かに大きいがボロボロの木造船で、よくこんな船で波長の短い日本海で漁をするなと思った。
左右の舷は広がらない様に16ミリほどのボルトで留めてあるだけでボルトが切れた時には船はバラバラになるだろう。
同じ海でシノギをする者としてもし乗員が船内に残っているなら荼毘に付して国に帰してやって欲しいと切に願う。

海が開けて漁が始まった これは全部ザッパ魚で流通に乗る事は無い 分け魚にもならない箱代にもならないので捨てるしかない
北海道は広いその為に輸送費が掛かる市場まで50キロなど普通にあるが 
修理工兼そこそこの小商人(こあきんど)の俺にはなぜ道端で売らないのか不思議で仕方ないのだ。
よくはわからんが海で身体を張って生きる漁師は金の事を口にする事は何か卑しいと思ってる節がある 
それは職人と言われる人達にも共通する部分がある 
自分が作った製品をタダでやるから持って行けと言うが買うなら
『 俺からは言わんお前が値を付けろ 』と言う なら一円と言ったら怒らずに渡すのかと
小商人(こあきんど)の俺から言わせると だからいつまでも貧乏こいてるのだと
無意識のうちに原価計算を下手にする処に間違いがあるのではないかと思うのだが 
元々は捨てるものなのだホマチ銭なのだ。

『 このホマチとは帆待ちから来てると初めて知った それは宮津市由良港資料館で北前船の帆から来てると説明書きにあって知った 理由は大阪商人ならではでなるほど思った。ホマチ 』

50円でも120円でも買って貰えるならそれでいいと思うのだが子供に鉛筆を買ってやれるべと
段ボール紙に書いておけばいいだけと思うのだが
海ではクソの役にもたたんプライドがあるのか組合のシバリがあるのか
魚が口に入る それは安い魚しか買えない人を助ける事にもなり魚にとっても嬉しい事だと思うのだが

越冬ヌマチチブ

もっとも魚がどう喜びを表現するのか毎日水槽の魚を見てるがいまだにわからん

自民党パチンコ議連大臣うんざり

自分でもうんざりなのだ
俺は整理整頓が出来ない 最近つくづく情けないと思い始めてる。
思い当たるものは整理整頓が出来ないのは頭の悪さとある程度目鼻が付くと片付けずに次に仕事を移るからなのだ
後始末が出来ないケジメが付けれない奴と最近気付いた。

オリンピックに全然関心がない俺にとって復興とオリンピックがどう関係あるのかわからん
まず先に片付けるものがあるのではないのかと
原発さえ無かったならもっと早く始末出来たろうに

チェルノブイリが広大なロシアの何処にあるか知らんが後の無い俺ならロシア産も一向に構わんがもし子供や孫がいたらロシア産の食品は食わせない
WTO海外から見たら日本は狭すぎる島国だと思う。
政府も電力会社の人達も全員子供も含めて福島産を定価で買って食い続け
そのうえでの提訴だと思うのだが

自民党パチンコ議連の大臣が辞任した。
党首が決めた事にイエスとさえ言っていれば誰でも大臣に議員になれる事は
わかっていたがヤッパシなのだ。
安倍政権は地方の事など真剣には考えてはいないのだ。
そう言う人達なのだ。
うんざりなのだ。

鴨ネギ

ほんと忙しい 
その一番の理由は売りたいと全然知らない人からも連絡が来る為に売りたいと言う船の見積もりで地方に走る事が多いのだ。
売りたいと言う人が表れる時に不思議な事に一定の時期と流れがあり 
なにか太陽の黒点と関係があるのかと思うほど誰かが売りたいと言い始めると続く
この業界ではかなりの数の船を売っても来たが 買っても来た。
そこで感じた事はどんな場合も通用すると思うので残り少ない俺の戯言と思うがここで

親の稼業を全否定する者で現在 大金を持っている者は鴨がネギを背負っているように見えるのだ。
それはどんな稼業でもドロボウ稼業だろうがヤクザ稼業だろうが大社長稼業でも変らないだろうと思う。  その親の稼業でメシを食わして貰い学校にも行かせて貰い 育てられた事はほぼ間違えないのだ。
見ようとする者には見え 聞こうとする者には聞こえる。
一番傍にいてその親の苦労を全否定する者は何も見ていないに等しいし これからも何もみえる事はないだろう。  それでも元気のある者で一時的に金を持ってるのは逆起電流現象の様な気がしてならない
それは金を持ってる時から没落するまでの時間が短いのだ。
もう何度も没落ゆえに手放す事になったそんな船を買って来た。
船を最初に買って貰う時の商談で言葉の端々に親を否定する者は手放す時も早いだろうと感じる事が多いし その通りになる事が多い
物が動く時にすべてとは言わんが利益が発生する 親を否定する者は鴨がネギを背負っているように見えるのだ。
時節の見切りが出来ない 決断が出来ない者は損を上乗せする事になってゆく
鴨ネギにならないように親の生まれた土地を見てそこに素足で立つ事を薦める。


遥か向こうに見えるのは三頭山連山か
あまりいい取引にはならなかった早く帰ろう 
もう大した食いたい物もない銭もたいした要らない年寄にとっていい取引とは銭の過多ではない
気持ちよく終わるかどうかなのだ。