びっくりこいた。

細く長く海岸の崖下に広がるおよそ23戸か25戸くらいしかない勝手に付けた名前の崖下村から町長が誕生した。
およそと言うのは殆どが顔見知りで数えた事がないし数える必要もない
一班がおよそ4戸くらいからなり4班位で構成されていると思う。
全体の集まりになるとそれでも、この人誰だろうと言う人がいる。
まさに今更聞けないのであるが、それでも何の不自由もない
増毛町民はおよそ4500人ほどいるらしいが そこの町長が黄昏た限界集落のここ崖下村から出た。
びっくりこいた。

駅と踏切と夕方は社会のるつぼと言っていいと思う。
クソガキの頃 踏切に立つと何度も電車に飛び込んでみたいという衝動に駆られた。
カウントするように聞こえる踏切のチャイム音に列車のドップラー音
どこに土があり草があるのだドブ川にはゴミが溜まる。
しょうないのでチョットグレてみるかと思った。
ガキの頃から加減のない俺だが、それでもとことんグレる事が出来なかったのは故郷の山河と多くの情けだった。
ハッキリ言って田舎の人間は都会の人間の半分も働いていない
都会で多くのものを犠牲にして働き日本経済を支えて働き多くの赤字地方を救っている。
都会では「 会社に出てきて面白くもね~ツラしてるなら迷惑だから出社するな 」と言われる。
それが田舎ではどっちが、お客よと言うくらいのブ~タレ、ツラが受付に座って銭を貰える。

いま誰にこの日本でメシを食わせて貰ってるかをもう一度考えるべきだと思う。
ここ増毛は観光地と思われてるらしいが俺には、そうは思えないし何しに人が来るかわからん
一次産業の増毛は観光客が来ようが来よまいが誰も困らん
ただし一次産業の町は殆どすべての人達はお客さんである可能性が高い
それも大都会で人間性を犠牲にして働いて税金を払ってる人達に感謝をしなければならない。

いま自分を安全地帯に置いておき都会の雑踏に紛れ居酒屋で呑む事をたまにやる。
そこで聞くのは北海道に一度行って見たいと言う声を聞く
充分企業戦士として働いた人達に夏の間だけでもゆっくり休んで貰えるような一次産業の北海道にするべきではないかと思う。
山菜採って魚釣って山に登って海を見て何も構わんが ゆっくりしてくれやと言う観光地でない一次産業の町が出来るかもしれない
なんぼでもある公共の空き地に勝手に野菜を作り漬物にして箸別川でシャケ釣って塩シャケにして都会に持って帰る。
町に一円も落ちんでも喜んでもらえる。
そんな期待を持たせる一次産業の町に一歩近づいたかもしれん

何やっても加減と言う事を知らない俺は一時これでもかと言うぐらい写真を撮った。

そんな時に滝川駅前の鈴蘭通りの、これでもかと言うくらい寂れたビル前に止まっていた。
目の前の横断歩道を思いっ切り腰の曲がった、おばあさんが背中に小さなリュックを背負い杖を付いて歩いていた。
その身姿から国領か新城峠辺りから山超え谷超えして滝川に出て来た事を想像させた。
そのおばあさんの横に今風の二十歳位の若者が付いていて、おばあさんの手を引いていた。
その若者の優しい後ろ姿にカメラをダッシュボードから出しそうになったが
ちょっと違和感がありしばらく見ていた。

若者は肩には大きなカバンを担いでいた。
きっとこれから滝川駅からどこか都会に行くのだろうと想像出来た。
それをおばあさんは見送りに駅まで来たのだろう。
その若者の田舎の子と見えない見姿からは再度都会に出る事は容易に想像出来た。
俺は何が嫌いと言って足に合わない靴を履いてる奴が大嫌い 大都会をさまよい歩き、履き古した革靴が歩く度にカッポンカッポンと踵から外れる姿を見るのが大嫌い
その若者は頭と上はそれなりだが靴が苦労を物語っていた。
今どき車も無く駅に向かう。
おばあさんの手を優しく引き滝川駅に向かう姿に親はどこ行ったのだ。
今までなんど田舎の若者が都会の荒波に呑まれ潰されて行ったのを見た事か
落ち始めたら容赦がないのが都会なのだ。
最初は優しい若者と感激して写真と思ったが それはその子の苦労の始まりだったかも知れない
戻れ、お前のような優しい子は都会にゆくなと蹴り倒してやりたかった。

シリアに行った写真屋は
『 感激した最高の一枚はまだ一枚も撮っていない感動した場面は沢山見たが 』
と言った。
俺も感動する場面に沢山出会ったし生きていてよかったと思った事が何度もある。
滝川のマックスバリューでツナギを着て白い長靴を履いた、若い牛飼いの夫婦と思われる二人が相談するまでも無い安い食料品を相談して買ってる姿は凄く感動した。
それはその場に居た人にすぐ頼めば写真にする事は出来る、
でもそれは切ったらチが出る本物ではない 
今の瞬間を目に脳に日光写真のようにじっくり焼き付けて見ていたいと思うようになってから
それ以降あまり写真を取る事が無くなった。

俺は今でもシリアに行って溺れてる奴を冷徹にネガに写し込める事が出来なかった写真屋はほとぼりが冷めた頃にラクダに乗ってヒョコヒョコと戻って来るような気がしてならない。

働く姿は国を超えて美しい

働く姿は国を超えて美しい
TIGから半自動 全自動と進化するがどんな進化してもビートを綺麗に出すには人の手業
朝から晩までバケットに入り人と話す事もなく無心にビートを見つめ続ける姿は美しく
少しづつ形になってゆく

年端もいかない子にガス吸わせてキャ~キャ~ワ~ワ~とメデアと秋元康がバカを作る。
ジャーナリスト? 
まとめて腹切れ~腹
毎日毎日目の前に正当に評価されるべき人達が沢山いる。

『 柄く星日本はあっちとラクダ押す。』

覚悟して行った奴を利用して
馬ッ鹿じゃね~の助けに武器持って自衛隊を出す事を検討するらしい。
世界中に散らばってる仕事してる日本人を守り助けるそうだが、
その基準は
何人、人品は、

迷彩色を着た団体が一発でも撃ったら それは日本の軍隊で
撃たれた身内は何がどうであれ一度は仕返しを考える。
結果世界の現場に散らばり稼いでいる日本人が危険にさらされる 
救出される相手はそれに見合う相手なのか
危険地帯に行きたきゃ勝手に一人で行って泣き言言うな帰って来るな。

俺は今でも滑舌が悪く 言葉を喋れるようになったのは小学校に行くようになってからで
なぜ上手く言葉が出ないかは脳の問題と言うのはよく分かっている。
代わりにすぐ手も足も出た。
喧嘩に負けたら錬成館で鍛錬に行くを繰り返したので
イジメにはあった記憶はないが
上手くしゃべれない奴、滑舌の悪い奴は問題がある。
怒ってる時は10分は近くに寄らない方がいい、感情を自分でコントロール出来ていない

攻撃はアドレナリンとドーパミンがカクテルになって出るし
守りには過剰に反応する。
どっちにせ感情を自分でコントロール出来ない危ない奴は
人前に立たない、表に出ない、危ない所には近づかないのが
世の為、人の為、自分の為

感情を自分でコントロール出来ない奴にも、いい処は当然ある。
それは感情の起伏が激しい分 些細な事で喜び感激し 
喜びが安がりにお手軽に経験出来る。
堤防のコンクリーの隙間に去年と同じタンポポが咲いただけで感激して、その日一日が楽しい
『 タンポポに肥料をやるバカ野郎。』 

百田 尚樹『永遠の零』が実写化されるそうだが同じ時代を書いた。
浅田次郎の『シェエラザード』や『日輪の遺産』と読み比べると明らかに
百田 尚樹は目的を持って書き、官にすり寄る姿が透けて見れる。

言い出したら止まらん

最近 ダイゴとか言う芸能人は素晴らしいなと思うようになった。
それに比べ満州国の実力者で昭和の妖怪と言われた人の孫

お~お~い チョットまてよと言いたい。
記憶ではこれだけ自分の名前を連呼した総理は記憶にない
西郊通りのお好み焼きでもあるまいし
「 アベノミックスが~アベノミックスが~ 」
「 私の政権が~私の政権が~ 」
それが自分が標的になりそうになり命が掛かりそうになったら
「 我々は許しません 日本として戦います 」
「 国際社会と連携し絶対に許しません 償わせます 」
覚悟あって行った一個人の事を
一国の総理が感情を高ぶらせて
「 何があっても恨まないで 」
と言って行った一個人の事を
一国の総理が何をどう許さんのか どう償わせるのか

メデアも仲間だからか? ニュースで事実だけを流すだけで言いべ
毎日落語でも流し一切無視すれば
木で出来た家に住み生魚を食らい腹切り神風かと思えばソニーにホンダにトヨタ
不思議の国の日本人なんか誘拐しても使えん金にならんと思ったかもしれん
彼が望んでいない方向に向かっている。

何をどう許さんのか どう償わせるのか
口から出た限りは実現させる為のその手段は
一度口から出た言葉は呑み込みませんで 
その反作用は
いままで通り
『 私が決して許しません 』
と言えば男も上がったと思うのだが
一国の首相は防御システムが強固な官邸に住むのが最善と思うのに
なぜ?
いまだ官邸に入ろうとしないが
身に迫ったら官邸に入るかも
確かにいる危ない場面になるまでは威勢がよく実際の場面になったら
集合時間に来ない 行く時もうしろから来るタイプ

俺はどこの政党でも構わんしトヨタも乗ればマツダにも乗る。
イエス様のケーキも食えば柏手も打つし、おちょぼ稲荷に行けば揚げも供える。
イスラム教徒の〇〇〇チョさんとも普通に付合い嫌がる事はしないし言わない。
自分の名前を隠してまで、この国で生きて行こうとする半島出身の〇〇さんとも普通に付き合う。

イスラム国と名古屋殺人事件はリンクしてるのではないかと感じる。
19歳女子大生は簡単に言えばチに飢えていてシリアなどは憧れの地なのかもしれない
秋葉原事件を忘れていたが 望んだ事なのにまさかの控訴しているとは
いま世界中にそんな身勝手な奴は沢山いてイスラムは口実なのかもしれない
ナショナリズムに上手く乗っかり 
WW2に持って行ったのはボヘミアの伍長と言われた目じりの下がったヒットラーだ。

ヒステリー状態になって世界はどこに行くのだ。
せめて日本だけでも落ち着けと思うのだが
なにかスカンジナビアだったと思うが海に飛び込むネズミを思ってしまう。
恐ろしい事だ。
日本のすべての宗教や神は万民の幸せの為にあり根っこは同じと言うのは争いを無くすると思う。
ナンマンダ~ 右の頬を叩かれたら右の頬を? あら~は偉大なり~

たった数十年前は日本の天気は日本だけのもんだと思われていたのが
いまは南米の海の温度が世界の経済までを変える事があると分かって来ている。

この世での出来事は南米の塩水と同じですべては繋がっている。
投機株も私の損は貴方の儲け
貴方の不幸は私の幸せ 私の不幸は貴方の幸せ
順繰りですべての人が一遍に幸せになる事は絶対に無いだろうと思うが。

それでも性悪説は信じていないし 絶対悪などと言う奴に逢った事はないので、
いまだ信じてはいないが
見るかに悪い奴や話も出来ない奴は確かにいる。
それとてブチ殺したりはせん
どこか遠い国の話で気を付けろと言われたって
なるようになるしかない
商売の場合は注意はするが、かえって相手を疑る事による損失の方が遥かに大きい
見るからに疑り深そうな奴で金持ちを見た事は無いし
セコイ奴の財布にはセコイ銭しか入っとらん

現代のサムライかドンキホーテかと言う彼は絶対に生きて戻ると信じていたのに
予測では修羅を生きる者同士のどこかに分かり合えるものがあって
お互いのメンツも世間が忘れ、ほとぼりが冷めた頃にサバクにラクダと一緒に放り出されると思ったのだが
聞くところではイスラムでは
『 聖戦で死んだ兵士は天国に生まれ変わって
若い奥さん7人と宴会三昧 』らしい
彼にとっての聖戦は終わったが
明日何か一ついい事をしたら海流に乗って、いつか誰かにいい事がある。

民間軍事会社って何する会社 
戦前の児玉機関や里見機関みたいものなんだろか
太り目の川島芳子かなパッと見 あまり身体も作れていない人に 
軍事会社とはそんな簡単に出来るのだろうか
手にしてる武器だって高騰してるだろうに銭はどこから

タモなんちゃらさん言う元参謀の国会議員と一緒に写真を撮ってるが 
代議士や地方議員とそんなに簡単に会い証拠を残す写真を撮る事は出来るのだろうか

「 すべては自分に責任があります。 」
降ってわいたような現代のサムライ 
メデアによって世界中は釘付けになった。
山でも海でも覚悟があった! 
気が! しながら行って結果は回りを危険にさらす事は多い 
劇場型を見せられ五年前の一月を思い出し遣り切れない思いをした人達がいたと思う。

日本はサムライの国と思ってるらしいが最下級の日雇い出来高払いの足軽まで入れても江戸時代のサムライは一割にも満たない
殆どが一次産業の水飲み百姓で成り立っていた日本
川だの田だの自然が名前に入る人は由緒正しい百姓の出

絵を描く人と図に乗る人をひっくるめて絵図を書くといい 
あまりいい意味には取られない

国を揺るがせかねない集団的自衛権説明に持ち出した一枚のポンチ絵、
たった一枚の絵は中東訪問でまんま絵図になった。
偶然なのか

修理屋が見る231~232

国道231号線は留萌の元川交差点が終点だが起点は札幌で
時代の荒波をもろに被った道でもあるが現在は海の塩水をもろに被ってちょくちょく通行止めになる道でもある。
海沿いの道は多文化が入る入口でもあるが商売には不向きで小樽や室蘭と後退するのも早く
苫小牧や函館は長いほうと言っていいと思う。
231と232は内陸と違い店の商圏が半分しか無くさらに海岸隆起で使いづらい土地なのである。
ニシンが来て大儲けしたり交通の形態が変わる事などで突然寂れたりと周期が早いののも海岸町の特徴で231は依然そとう儲けたと思われる建物が突然の没落でそのまま化石か琥珀のようになって残っている。
反面時代や物が片側一列に凝縮してる地域で商売としては告知と物流はやり易い地域とも言える。
ハッキリとした物や文化の分水嶺がハッキリ見る事が出来る面白さもある地域と思うのだが
その為に地域事に鎖国をするのが将来の為になるような気がするのだが
最近気になってしょうがないのが何処にでもあるコンビニで隣地との距離が大きい北海道では近い将来コンビニ文化は海岸から終焉を迎えるのではと思っている。
理由は半分の商圏ではフランチャイズ料が負担になる事と。
大きくなり過ぎる事によるガタイを維持する為だけの管理の弊害が出る事は世の常なのだ。

代わりに生活必需品の物流のみを担う会社が出来ると思う。
どう言う事かと言うと今ある店の一角だけを管理して半分は地元の志向に任せ半分は流通業が管理すると言った形態が出て来ると思う。
例えば御冬などはタバコや生活必需品を買える店は一軒もないが今まで営業してた店舗があるので商品管理は物流業者がやって現在の店主は、お茶でも飲みながら店番でもすればいいと言った形態が横一列の海岸町は成立つのではないかと思っている。
集落事に食堂との併設のように他業種との併設が成り立つのが231や232号線ではないのかと思うのだが
と言うか最近の海岸の天気動向を見ると恐ろしい話だが地域住民も店を育て見直さざるを得ないと思う。

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フェデリコ・フェリーニ監督 ジュリエッタ・マシーナ アンソニー・クイン 道

修理屋が見る275

基本的には修理屋を稼業としてるが とう言うよりしていたと言う方が正しい
修理はまず現状に気付き原因を探す、そこから想像を働かし対処をする。
推理がゲームのようにピッタンコと言った喜びと使う人の顔が報酬となる。
どちらかと言うと銭は副産物と言っていいのが修理屋の醍醐味と言ってよく
使う人の顔の見える範囲の仕事が修理屋の面白さでもある。

小さな修理工場にゆくと今でもテーブルにお菓子が置いてあり 近在のお客が集まりお茶を飲み駄法螺を語って居る。
結果は修理代の内訳はサロンの会費を払ってるに近い店が今でも残っている。
現代ではある程度の技術力とサロンの会費を両立出来た工場だけが生き残ろう事が出来るのだろうと
思う、
樺戸本を読んでから最近時間があれば遠回りなるが275号線を走る事が多く
財務実態は知る由もないが国道275号線にはそうとしか思えない工場や店が多くあり
一つの商売の有るべき姿と成功事例として見ている。
12号線とははっきりとした違いを見る事が出来る。
多分275のサロン会費は米とか野菜ではないのかと思うのだが

職人と言う仕事は言葉では表せれない微妙な手捌きや六感などの世界で
修理屋は職人の分類には入らないと思う。
殆どが予習と復習で大概は左に回せば外れ右に回せば締まる。
それを頭で考えるようではマダマダなのである。
右ウインカーはどちらから見ても右ウインカーなのとネジを右に回してる裏の手は同じ作業なのに逆に回す。
乗り物を扱う修理屋は右左は身体が覚えていて右手が右と言う認識はあまりない
それが証拠に修理屋は右と左が分からない奴が多い
メシ食ってる最中に左右ウロウロ迷い箸をする奴は修理屋かもしれないぞ

修理は時間が掛かるか早く出来るかの違いくらいしか無く 時間が何年掛かって良ければ誰でも出来る作業でもある。
もっとも見習い工ならかなりケツを蹴り飛ばされる事にはなるが。

昔のメーカーは小さいがゆえに使う人と近い位置にあり市場調査もよくやり
作る側も喜ばれる物を作ると言う、それが良い物を作る原動力になった事は間違いない
返り見て、
機械組立工が兵器を作り 輸出し手にし使う人を想像などをしたりする事を考えると
日本人と言う作業員の人の根幹を揺るがしかねない仕事になる可能性もある気がするのだが

IMG_1585

動き流れるものは後ろ姿が華かなと思うようになりました。
永くないかもナンマンダブ~

三猿

20年前の1月17日は
達布川上から苫前霧立峠に抜ける冬期間閉鎖道路を迂回してトンネルを作る事前調査の雪崩と積雪調査で雪山に入り三日間の調査が終わり ベースキャンプに戻ったところ何かとんでもない大地震があったらしい知った。
あれから20年早かったような遅かったような
その2年前の丁度7月17日増毛祭りの酒を飲んでる最中に何か大きな地震があったらしいと言い
港の漁船が夜の海に津波を避ける為に一斉に沖に出ていった。
奥尻では30メーターを超える波を観測して当時増毛港も数隻の船が壊れるなどしたが
ここ崖下村は日方岬からの潮が巻く為に奥尻からの漂流物が溜まり人を探す人達も来ていた。

なぜあの時に
原発関係者は当時の教訓を学んでいないばかりか 
三猿野郎は目をつぶろうとしたのではないのかと思うのだが
自分を安全圏に置いてものを言うあざとい人達による原発事故は人災なのだょ。
やはり電気を沢山使う人の所に議事堂の地下にでも原発でも何でも作るべきだと思う。
それが嫌な奴は田舎に逃げればいいので一番の地方再生になるだろう。

俺自身の20年はそれまでの人生の中でも2番目に濃過ぎて、トマトジュースにカボチャジュースを混ぜ、そこに好物の鯖味噌をブチ込んだようなどんでん返しに挑戦し
力づくで物も環境も手当たり次第に壊れてゆき、自分自身を試され多くの教訓を学び
生涯の友が出来 数人の永遠の別れとを煮詰めた20年だった。