お父さんはどこをほっつき歩いてるのでしょう。

暗闇で踏み付けたノートパソコンが調子悪いがどうも踏み付けた事以上の事が最近内部で起こってるらしい

昭和をお父さんは一体どこに行ったのでしょう。
一 森村誠一ふうに記憶喪失で山谷に        
二 山崎豊子ふうにドブにハマってオッチンだ。   
三 松本清張ふうに綺麗なお姉さんに付いて行った。 

人間生きてゆくには政治家だけでなく大きな矛盾と闘っている。
裏と表 罪と功は生きてゆく限り付きまといそのギリギリの狭間を泳いでいる。
大体はいい事言う奴はアヤカンで作用が大きければ大きいほど反作用も大きい
自分で何か過ちを犯した時は一番に気付くのは自分で 
後はスッとぼけるか回りに責め立てられて気付いた振りするかでどっちにせ結果の責任はいつかは取らんとない
機械の故障も同じで早い方が被害も少ないが 
そこは人間のする事で見栄もあれば恥もあるが
見本となるべき政治家はそれではいかんのです。
メモは一体どこをほっつき歩いてるのでしょう。

みねこのお父さんは9月まで出て来んだろうが
今までの朝ドラは大概は成功組だったが今回は全然違うがどうでもいいような今回は面白いと思って見てる。
中東も北米も右も左も真っ暗闇の今こそ基本を修得したうえでの適当さいい加減さが必要なのだと思うのだが
 
お父さんはどこをほっつき歩いてるのでしょう。
昔は犬が行方不明なった時はその犬のゴハン茶碗をひっくり返しておけば戻って来ると教わった。

お父さんはどこに行ったのでしょう。

毎日がやたら忙しいそれでも毎朝テレビを見る。
基本的には役者や芸人と言う作りものの職業が超金持ちになる事を認めてはいないが初めて役者の演技を凄いなと思った。
これまでの経緯を語る主人公のみね子にレストランの女主人が「 そう大変っだのね 」と言った。
その言葉の自然さに凄い演技だと思った。

南光中学グラウンド横にある靴塚 ここの先生は生きてさえいたら学校などこんでも大した事ないと考えていたフシがあり稼ぐ為に学校などたまに行けばよく
伊勢湾台風の影響でボロボロの木造校舎で夕方になると大量のコウモリが校舎に戻って来るわ教室を移るにも靴履いて一回表に出ないとなかったし体育館も無かったがNHKの中学生日記の舞台になっていて実際の先生達が先生役をやっていた。
市内でも悪いと言われてるらしいがここに出会った事はその後の人生を生き抜く為に大きく役に立ったと思う。
ナンマンダブ~ 右の頬を叩かれたら~ アラ~は偉大なり~

修理工が長い俺は聞いたらもうスクラップだ諦めろとか直せとか何かしらの解決か回答をせんとイカンと考えてしまうが
実は聞いてやるだけで充分な事も沢山あるのだとこの歳になって分かった。
いつの頃か忘れたが『 同情するなら金をくれ 』言うセリフがあったが金の無かった時代だったので凄く嫌なセリフだと記憶に残っている。
セリフは時代が生み出すと思うがこのセリフを想いついた者の罪は結構重く
情を同じくするのが同情だと思うのだが同情は要らんと言うのは俺には理解出来ん

現在のイジメ問題などはイジメ自体は古くからあったがそれを回りで共有出来ていて強い者が仕返しと言う方法で相手に報復してバランスが取れていたような気がする。
相手の話を聞き共有する、して貰える事は大きいが聞く方に負担が掛かる事は数人の病院関係者のその後の代わり様を見ると確かだと思う。
まったコイツには何を言ってもいいべ~と思わせる奴や話やすい奴は確かにいる。

両隣はかなりの婆様だが旧国鉄、元線路にある雑草のフキを煮たりし何かしらの物を持って前を行ったり来たりするが数時間は戻って来ない
たいした役にも立たんプライドは捨て言う、自分の器のうちで聞く、たったそれだけの事が今の時代は忙し過ぎて中々出来ていないのかもしれない

俺には甲斐性がないから無理だから~

お父さん大変な事になっています。

ここに建物を建てに十数年前に来ていたゲンノで叩いてもびくともせんような大工の源さんがいつもは釘を入れる口に昼にはメシを口に入れ余程辛いのか涙をすすりながらテレビを見ていた。 
弁当箱の前にちんまり置いたテレビの何も作り物のドラマを見て泣く事はないべと思ったが
あまりテレビを見る事は無かった俺がそれ以来連続小説テレビにハマッテしまい
それ以後朝の始動時間が固定されて大層不便なのだが朝のコーヒーと連続小説テレビがセットになっている。
今の『 お父さん大変な事になっています。』は時代もほぼ同じで重なる部分も多い
琵琶湖湖西では飯場が朝起きたらもぬけの空で取残されたり
松屋町筋では夜具とわずかな着替えと後生大事に持ち歩いた南光中学卒業アルバムが部屋から出され廊下に放置されていてかなりムッタシ来たりと
大都会の街を彷徨った時を思い出した。

野郎はどんなに苦労しようが理不尽な目に遭おうがすべて身になるが女子供は違う。
どこの誰であろうが女子供も守れんような奴は自分の値打ちが下がるのだ。朝っぱらから地方出の女の子をあんまり苦労させんでくれとテレビに向かって頼んでいる。

商売人はあまり儲けなかった、チョット損したと思うくらいが長く続ける秘訣と思うのだが
昭和40年代の倒産は殆んど身ぐるみ剥がれ従業員も明日食う物さえ困るのが普通で
大将もお父さんも大変だったが高度な設備がまだなく腕で勝負だった時代だったので倒産後もどこかで引きのあった時代だった。
「 身に付いた技術は盗まれないのだから頑張りなさい 」と 
いつもメシを食わして貰った中村区栄生の姉さんに言われた言葉のおかげでいまも毎日がなんとか食って行ける。

すっかり不義理をしてしまってお詫びに行ったが行方はわからんかった。
いつか恩返しと思ったが代わりに目の前の事を少しでもと思っている。

お父さん美しい国が大変な事になっています。

大概は友人にはお互い相手の立場を考えて借金は頼まんし金も貸さんし金の絡む仕事は頼まん
それが本当の友人だと思うのだが
ズブズブ
人一倍美しい日本がドッタラコッタラ言う人が
スモモの木の下で帽子は散々かぶりなおすわ 
身内はズブズブに贔屓にするは あった事を無かった事にするわ 
これが美しいドッタラコッタラ言う人のやる事かと思うと顔を見るのも腹が立つ
病的なくらい相当切れやすい性格だと思うのだが
内閣にパットせん大臣を揃えるのは本当に自分だけで考えてるのかもっと大きな黒幕がいるのかと思うと少々恐怖を感じてしまうのだが

自衛隊の隊員は専守防衛で憲法9条もある不安定な立場にあっても国民を守る為に承知して入隊してるはずだが
安倍友学園に続きそのうちに私の軍隊と言いだしそう。
経済政策の為に海外まで行かせられる自衛隊の隊員もいいツラの皮だべ~
お父さん大変な事になっています。


船主が高齢で3年ほど使っていなかったエンジンの再始動がお父さん大変な事になっています。
EFIの高圧ポンプと噴射ノズルの固着でオーバーホールに多分北緯43度以北ではクソ高かった このエンジンのEFIモニターを見るアタッチメントを持ってるのはうちだけだと思う。
組んで落ち度が無いかモニターで再確認する便利と言えば便利だがアタッチメントとパソコン が無いと作業が出来ない為に一式持って道内をアッチ走りコッチ走りでいつになったら終わる事が出来るのか


231の浮世離れのお気に入りの一軒家

一国の官房長が勤務時間外の私人の個人情報を暴露するなど正気の沙汰とはとても思えないが
私人のおっか~はドシタドシタ
ガソリンも長い事置けば腐る。
お父さん大変な事になっています。

Mさんお久しぶり

休眠会社にさせる方法を教えて貰いようやく楽になったがその方法を教えて貰ったのも税務署
だが
もしここから出なければならなくなったら確実にチョット危ない考えになるだろう。

将軍様のロケットは日本海に向けてほぼ同じ方位で飛ばして方位は制御出来ているが
現在の飛距離で充分届く位置に在日米軍基地が密集してる沖縄がある事を誰も言わない
一発でも日本国内着弾したら確実に戦争になるだろう それなら初弾で相手の力を叩くのは当たり前で数少ないロケットで狙う場所はウシか鹿しかいない場所には撃たない
アメリカ人の多く住む場所で基地のある沖縄か東京と決まっている。 だから思い付きで行動するトランプでさえうかつに手が出せない
そんな危険な目に合わせてる沖縄を乱暴なやり方で辺野古移転を粛々と言うのは県民に恨みを残す危険な事と言うしかない
留萌支庁管内より小さい場所に在日米軍の70パーセントを置いてある。そこに暮らす人達の恐怖を誰もわかろうとしない。

他国に頼らずに自分の身は自分で守るのが基本だが
日本を守る為に米軍が必要と言うならそれは人口割にすべきで特に首都圏に作るのがスジではないか
北海道にも応分の分担と言うならまだわかる。
原発と同じで使うのは東京だが危険な事は嫌だと言う同じ考え方になる。
現在の技術なら首都圏に穴掘って作る事だって出来ない事はない
イジメは自分さえよければと他人を思う想像も出来ない それは親の考えが反映してる。

多くの県民が反対してるものを力で押し通し 片や身内は斟酌忖度と言うやり方で達成させる。
この身内を贔屓する恥知らずなやり方は韓国の歴代大統領となんら変わらんやり方で狂ってると言っていい
人格的に問題の多い内閣に囲まれた裸の王様でみっともないツラの安倍晋三には降りて貰うしかない
政治は片側に大きな力を持たす事は危険な事はよく分かったと思うのだが

将軍様が騒げば騒ぐほど安倍晋三政権は思った事が出来る 
二人して出来レースの絵図を書いてると思うのだが  

崖下村資本論とホームレス

休眠会社の決算が悩んで悩んでやっと終わった。
結果は俺は泥棒と同じらしい 休眠会社の一角に広さ13畳の部屋を作りそこ住んでいる。

元々は個人商店がバブルで調子こいて法人にしたのだが、その時に会社に建物も車も丁稚時代に買った工具も提供したが御代は会社から貰っていなかった。
と言うか金が無かったのと社員は殆んど全員箸にも棒にもからん奴ばかりで一週間に一回は事件か乱闘で結構楽しい思いはしたが
皆納まる処に収まり誰もいない平和な日々を迎えたが残ったのは結構な負債だった。
それをK女史と二人で残った資産を売りながら毎月ウン十万づつ返した。
最後に返し終わった時にK女史にもう借金はしないで下さいと言われたのが今でも耳に残っている。
修羅の会社で一杯苦労を掛けたK女史はその後退職して10年近くたつのに今でも毎年暮れになると寿司折を持ってお世話になりましたと挨拶に来る。
野郎どもはたまに右隅に赤い点が付いたハガキを送って来るだけ
まったく野郎はロクデナシの役立たずばかりなのだが
いつか塀の中でラーメン屋のやり方を教えてみたいそれがK女史の想いでもある。
どんな相手にも教えると言う事は教わる事でもあるのだ。

商売は借金は返せても貯金は出来ないと言われるが俺の場合は違った、
そのまま寝る間も惜しんで猛烈に稼いだが
ボートブームが去り毎期赤字の連チャン大手のメーカーでも廃業する状態になり稼いだ金は全部使い果たした時点で休眠会社になったが借金は一円残らず返した。
帳簿に残ってるのは社長の給料未払いやや15年分ウン千万だけだった。
それは会社に貸したままになっているので何も気にせずに事務所の机を寄せて、
そこに畳を二枚敷いて暮らし初めたのが最初で
そこに匠コーポレーションの社長のお情けで13畳間の部屋を作ってくれた。
そこからマタマタ運を引いて現在に至るが
休眠会社建物に住んで居るのは財務省国税局のナンチャラカンチャラが言うには会社財産を盗んだ行為で泥棒と同じだと言う。

休眠会社でも車税や固定資産税などの税金は掛かるがその原資はどこからかカッパラッテ払おうが誰が払おうが構わないらしい

制約の無い個人事業主なってからは黒字で税金も結構払っているが
どううするべ~海に飛び込んでも泳げるし高い所は登るにも見るだけで足はすくむし
そもそもカッとなったら何するわからん性格だったのが修理と言う仕事を続けさせて貰えた事と俺以上にカッとする連中に囲まれた生活だったので今日までなんとか来る事が出来たが
泥棒呼ばわりされるなら休眠会社建物に火を付けてエビ祭り終わったらホームレスになるしかない
さ~向かって来い 建物の回りにはマキは積んだ狙うのは誰か彼構わず首を狙う。

崖下村資本論とアンダーキャリッジ

かなり太った男だったが必死に逃げてるのにカメラマンは凄い 札幌の市内の階段や地下街を重いカメラを持って走っていても普通に画面を見る事が出来る。

何気にメシ食いながらテレビの音だけ聞いていたら播州弁が聞えてきた。
播州弁は極道の皆さんはどこの出自でも構わず悪用し一般人を脅す時や恐喝などに舌を回して使う言葉で恫喝にはたいした役に立つ。
さらに驚くのは身柄確保だけでなく播州弁でその場で取り調べまで始まるが
抜身のナイフだったら思わぬ結果になる可能性もあった。(極道の皆さんは他所の家に入って一番に警戒するのは台所、覚悟を決めた素人は恐いのを承知してる)
丁度共謀罪反対デモを警戒中で現場に居たのだろうが失言でもなんでもなくきっと一般市民を見る時に思っている言葉なのだろう。
一瞬寒気がした。
共謀罪衆議院通過


三沢航空博物館
商売は手取り早いのは自分で修練して作るより物を他所から仕入れてドンドン売れる事で
一番儲かるのは戦争
物が不良品だろうがなんだろうが構いませんどの道、ブッ壊すのだから

機械は戦争という狂気によって大きく進化するのは歴史が証明してる。

1930年代後半まで飛行機はのんびり車輪を出して飛んでいたのがスピード遅いイコール撃ち落とされ家族と永遠の別れとなる為に一番の空気抵抗になる車輪を格納するアンダーキャリッジが急速に開発される。
車輪を格納させる事は飛行機を空に飛ばす事より難しくWW2が始まるまでは殆んど手を付けられる事は無かった。
それがわずか一年で実用化されるが
またわずか4~5年でどうせ戻ってこんのだからと格納車輪など要らんべや~となって離陸したら捨てる車輪や元々車輪の無い実機が作られてゆく
空気の薄い上空1万メーターを飛ぶB29を向かい撃つ為にタービン技術の無かった日本は希薄燃焼ヘッドを開発した。
現在は各車メーカーが省エネの為に今頃採用してる。

確かに戦争は技術の向上はさせたが今頃言ってる省エネの何倍もの化石燃料を消費させた。
物が動く時に銭も動くいかに効率よく大量に独占して販売するか囲碁のように一発逆転を常に考えるのも
資本論の根幹

若い人達孫子(そんしではない)に平和な時代を譲る対策は物に価値観を持つのでなく足るを知る事
必要以上にやたらいい車や家などはある意味 埋める事の出来ない気持ちを物で埋めてる。
言ってみれば劣等感の表れ
物欲と劣等感とスケベの固まりだった俺だったから良く分かるのだ。

ナマンダブ~ ア~メン アラ~は偉大なり~

崖下村資本論と金色夜叉


冗談かよと思う様な少ない量の昼飯と夕飯セット食ってから

旭川のここに検査に行って来た。
前回は肺の検査をここで書いたら アチコチから連絡貰ったりわざわざ内地から見舞いに来てくれたが
丁度崖下村の会館掃除と宴会で末期の酒とばかりにガッパガッパと呑んでいる最中で心配で内地から来てやったのにとエライ怒られてシマッタ
絶対に病院の仕事は出来ないと再確認した大変すぎる。
美形のお姉さんが大腸洗浄に付き合ってくれたが、かえって上手く行かずにナンチャラ言う液体を7杯も呑んでしまった。
美形のお姉さん達は『 何照れてるんだこのクソ爺い早くせ~ 』と思ってると思う。

生まれて初めての検査でポリープが4個見つかりうち二個は年内に取った方がいいらしいが
一人暮らしをいい事にオラ~ヤギでネ~ぞと野菜大嫌いで暴飲暴食の見本のような俺がこの程度なら
折角検査でヒデイ目に遭ったので次の検査まで野菜食って根性でポリープを今月今夜のこの月夜まで俺が自力で消してやろうと思う。


そんな訳で道端でヤチブキを取って来て油炒めで食ってみた 結構美味い

資本家にお宮を横取りされた寛一は金貸しになったらしい そんな根性だからお宮に逃げられる。
売上が倍になったら固定費が変わらない場合でも給料は倍にはならない事は先刻承知
売上1000万 粗利200万で人件費など固定費100万で利益が100万出る場合
同じ施設で1500万の場合は粗利300万 固定費100万で純利は倍の200万出る。
これが過重労働の原因になっている。
儲かっても内部留保で人件費では分配はしない 
明日は負けて倒産かの恐怖が付きまとう常に戦いの中にいる商人の業と言っていい
生き残った経営者は戦いを勝を抜いた勝組で力の信奉者でもある。
数十年の経営側の経験から拡大戦略を止めると
財布に余裕が出来るのは 事実で
それを政府は景気拡大は魔法の杖でいかにもバラ色の未来が見えるように言っているが
拡大戦略は意外に経費が掛かり無駄金に終わる事が多い

現在は資本家側と労働者側に分かれると思うが常に戦っている 資本家側は戦いに慣れてる為に労働者側とは勝負にならないが数では負ける。
その為に景気と言うニンジンをぶら下げて票を集め政治を牛耳ろうとする。
結果は政治家などは人品卑しかろうが資本家の三百代言であればよいのだ。
ガン患者は「 働かないばいい 」と言うのは失言でも何でも無く本音なのだから謝る事は無い
本心を隠して謝るのはひでい~恥知らずの嘘吐きで、
ただただ来期も三百代言をやりたいだけなのだ。
自分さい良ければ東京でなければ震災ドント来い復興景気でガッパと儲けまっせと言うのも本音
数を持っているうちに争いに持ってゆくのも戦略のうち 責任は一票入れた側にある。

北前船

久し振りに沖から歩古丹などを見た。
5月の海況は漁師でさえ予測が付かない事があるほど30分単位で目まぐるしく変わる。

20日の午前中の海況が嘘のように穏やかになって往復約2時間30分でゆく時にやや70~80リッターの燃料を使ったが帰りの北上は春の潮と風に乗り40リッター程度で戻る。
この日本海側の風と潮が北前船航路発展の大きな要因になった。


瀬棚

日本海側海岸を見るに付け北前船の通った後はペンペン草も生えない事がわかる。
関西商人などが瀬戸内海を回り境、新潟と北海道に入り北海道と交易をしたが
アイヌとの交易などほぼ搾取に近い交易でその後はニシンをカスと呼び綿花の肥料にする為に大阪や四国などに運んで来る時は古着や綿を積んで来たのが北前船の役目だったが 
それはとても対等な取引と呼べるものではなかった。
なぜかアイヌ語地名は多くあるがコタン集落は西海岸側には残っていない

その後は内地の大手漁業が出張って来て利益と才のある者も内地に持って行き残されたものはザップンピュ~の黄昏た廃番屋だけになった。
これが北海道内でもたった山一つ越えたら経済が全く違う元になった北前船のほぼ実態なのだ。
西日本から見る北前船と北海道から見る北前船の立つ位置により全然違う光と影になる。
政治家がよく読むのは明治維新など時代の指導的人物をよく書いていた司馬遼太郎が多いらしいが
のちに司馬遼太郎は方針転換を図り街道をゆくなどを現地の商人や庶民目線から執筆してるが少々遅く途中でアウトに

物の公平な対価かどうかはその時その時で変わるのは仕方のない事だが
内地資本が北海道に支配人を置き経営をして引揚げる時に人財までを連れ戻る人の移動は後々にまでザップンピュ~の黄昏た大きな原因なったのでないだろうか
北前船景気に躍らせられる事の無かった東海岸や内陸と現在の西海岸との格差はその土地にしがみつくしかない者や百姓などの知恵と辛抱粘り勝ちと言う事なのだろう。  


ここに残る者は宝だと、

まだ崖の下に残る歩古丹学校跡を久し振りに見てそんな事を思ってシマッタ

落水

落水事故から二日たった 
20数年の間に年平均2~4隻が何かしらあって引いて来たりしたが経験上思うのは
手伝わない何もしない奴は声が大きい 
現場を知らないから思い付きでものを言う
それはニュースキャスター程度のレベルでかなり恥ずかしい事で
本当に思い願うなら口より先に身体か財布が動くべきだと思う。

船から船に飛び移るには工具を持参しない修理工などは口先三寸のタダ飯食いにしかならない工具はおよそ5キロある。
それを片手に揺れる海上で相手の船に飛び移る。

船から落ちた場合は自力で上がる事はほぼ出来ないと思った方がいい
陸にいて両手で自分の体重以上の物が持てない奴ははずみを付ける事も出来ない足を掛ける事が出来ない海からは上がれない
縄梯子やスイミングラダーがあっても下が固定されていない場合は両腕の腕力と訓練なしでは上がる事は出来ない

落水した場合は
敵味方問わず多くの若者を海の底に引きづり込んだ旧帝国海軍の泳法で千葉県安房地域に古来より伝わる古式泳法でなければ役には立たない!  
テレビで見る泳ぎ方はオリンピックだろうがなんだろうが それはタダタダ相手を記録で倒す競技でしかないのだ。
そもそも人間は有袋類で基本的には泳げるのが普通なのだが過保護と自信過剰で泳ぐ事が出来なくなっている。
泳ぎはなにもせず浮く事が基本で救命胴衣は衣服の一番上に着るのが基本なので救命胴衣は自前の物を持たなければない

ボートは安全性の観点からL/Wは3/1がほとんどだが漁船は作業をする事と造船場からの輸送コストの為に安全性は犠牲になっている。
業の場合は収益と安全性は合致しない全ての現場はそのせめぎ合いで
バカと煙は高い所に上がり必要以上に高い建物は作業員の危険の上に成り立っている。

小型漁船の横幅は運ぶ道幅に合わせ3メーター未満が多く浅海漁師の船は海の底を見る為に傾く事も必要でL/W、7/1や10/1以上などもある。
その為に横波を受けやすく常に転覆の危険と闘っている。
港の間口にいるタコイサリの船のそばを全速で走るボートを多く見るがそれは後を振りかえると自船の引き波でどれだけイサリ漁の船が揺れてるかわかるはずだが さっさと海は止めて山菜採りか陸でナンパでもしてれと思うのだが
引き波は船底の構造で決まり一般的にはボートは同じ大きさの漁船に比べて引き波は大きい

時系列でも何も出来ないかも知れないがこれからの若い人達が前に進む為に若い漁師は大きな教訓を残してくれた。