棄権は危険

商売をやってく上で常に心掛けるのランチェスターの法則で占拠率なのだ。
まず勝てそうな小さい戦場(商圏)を想定して そこで40パーセントの占拠率を取る それは路地通りでも町内でもどこでも勝てそうなら構わない 勝てない場合は戦いの場を小さくする為に撤退などは常識
大事なのは勝つ事で勝つ為の方法を覚えて身に付ける。
勝つ為の法則を身に付けたなら今度は場所を次に広げてゆく
では勝つ為にはどうするかそれは釣りと同じで撒エサをばら撒く 撒くエサは何がいいのかその時に場が小さいほど効果は大きく効果もわかりやすい
例としてここにあるマリナーはあるメーカーのボートが多く エンジンは黒いエンジンが圧倒的に多いさらに船種にも偏りがあり馬力にも偏りがある。
ある一定の船種が増えると大概のユーザーは危険な海で冒険を犯そうとは思わない
それは他の陸上の機械でも安定を願えば願うほど同じ事が起きてゆく
一方価格を下げる効果もあるが管理する側は部品のストックや技術的なものが管理しやすくなってゆき
商売敵が倒れてくれ独占した暁には好き勝手にやって元を取ろうと思っているのだが、、、、
これはどって事ない機械だからいいが

これを国に置き換えると政治家もランチェスターの法則を気にしており常に撒エサを撒いている。
それが功をほうし占拠率40パーセントを取った時には独裁者が出て来る。
アメリカもロシアもしかり中国もしかりで独裁者は常に景気という甘いエサを独占出来るまでエサを撒き続ける。
日本は他国の独裁者に比べたらマシで平和ではないかと言うが

どこの国でも独裁者が最初に行うのは撒エサと公私混同に私の妻などと身内贔屓の恥知らず 
それはやがて周りは殿の顔色ばかり見て忖度に走る
どんなに景気が良くなろうが独裁者になりそうな者は小さな芽のうちに摘み取る必要がある。
独裁者になりそうな者の特徴は自分に都合の悪い質問や状況にはキレる。
キレやすい者は起きてる現象に対応する能力に欠け頭の回転に問題があり やがて暴力や力に過剰に頼るようになり危ない
だから与党だろうが野党だろうが過剰な占拠率や国民をダマす者はどんなに功績があろうが許してはならない
その為に選挙は棄権してはならない

震災

通常空気中を動く移動する物であれば100馬力で時速100キロ出るとすると倍の200馬力にしても200キロは出ない
せいぜい120キロか125キロ程度が目安になってゆく 最初に中々スピードが出ない物は惰性が付くとその後は割と少ない馬力で回り移動し続ける。

震災で何が大変だったかは原発が一番の問題ではないかと思うのだが 7年立ってまた稼働させようと思ってる人達に対案も無く文句言ってばかりでも仕方ないので
この科学の時代に俺は思うのだが電気を一番使う場所の東京など原発を必要と言う連中に提案があるのだが
いい案だと思うのだが
原子力潜水艦に使うような小型原発を必要な人達に格安で販売したらどうだろう 事故があったらドローンで持ち上げて無人バックホーで使用してる横に穴を掘り埋めてコンクリートで固め 汚染されたバックホーも自ら穴に落ちるように設計する。
 金もあるしそれは嫌だと言う奴は小型なのでロケットでイスカンダルのさらに向こうまで飛ばしてしまう。スターシャのもの憂い顔は多少ひっかるが無視
そうなるとすべてがガッテンがゆく自分さえ良ければ他人はドンでもいいと言う街や家がハッキリする。
これは沖縄の問題にも繋がってゆく

自分の持てる能力より大きいモノを作った事が問題なのだ原発はドンドン小型化して必要とする街に一台の時代が来るかも

もう一つの案はかなり真面目 それはすべての速度を落とす事 空気中の速度を一割落とすとそれに必要なエネルギーはおよそ4倍は節約できる。
そうすれば原発は要らなくなってゆく 過疎と高齢化が始まってる北海道に大した役に立たん新幹線などはどれほど電気を食ってるか ましてやリニアなど止めておけと年寄は思うのです。
ここに毎月一回水道の集金に来る元オネエチャンがいるが そいつが過疎田舎で暇なのでそこら中で油売ってるのでゆく先々で逢うのだ 
タダでさえ一ヶ月は早いと思ってるのに月に三回も見たら脳内時間が進んでしまうのだが
奴は好むと好まらざるに関わらずアナログな方法で独居老人の見回りも兼ねてる事になる。
スピード狂った経験者の俺が言うのもなんだが、速度上げる事は地球を小さくしているのだ。

昨日はKATUNORIの遺品整理の下準備に札幌に行って来たが不思議な感覚に陥った。
田舎に居たら大きなガラスを見る事は無いのだが都会にゆくとこれでもかと言うほど大きいガラスがそこら中にある
ガラスはどんなに透明でも向こうとこっちは全然違うし向こう側とは多少大きさも変って見てるだろう
上手くは言えないが勿体ない事に五感を使った実態を見ていないのではと
何が悲しくてわざわざ3Dとかで景色を見んならん狂っていると思ってしまった。

最近下屋にハマっているし東北のどこか忘れたが雁木通りをまた見てみたいと思っている。

人相について

人相は大事で考え方や行動が顔に表れて来る。
最近は俺の人相がなんか変わってシマッタ
若かりし頃は近所の紡績工場(こうば)の前を通るとキャ~ 目が逢ったら子供できちゃうう~と言われるほどだったのが
北海道で吹雪に立ち向かって生活してるまに眉毛は吊り上り、目が悪いのがほんとに目付きは悪くなり肌は塩シャケ状態で商人の顔ではないツラやガラが悪くなったのだ。
そして我儘になって来てる終盤に入ってなんとかせんとイカンとは思うのだが
土曜日に弔い酒を兼ねて元ギャルネエチャン達と留萌で呑んでいたらシャッチョ~と声が掛かった、呑んでる連中殆どが大なり小なり元シャッチョウなのでまさか俺ではないべと思ったが
よく見ると同じ崖下村の住民だったが留萌の街で悪相にまだ声を掛けて貰えるだけマシかと思った。
雪が溶けたら崖に咲く山桜を見ながらゴザ敷いて呑みましょう。

最近の政治家はほんと人相が悪い そのまま極道と言っても通るほど人相が悪い
それに対して役人は日本を支えてゆくと言う気概を持って仕事をしてるからなのかそんなに悪相はいなく 
やってる事や職業が人相に表れてゆく例だと思う。
殆どの争い事は常識は非常識に負ける 常識として当たり前と言う事を破り裏を掻く事で勝利する。
それは歴史が証明してる尾張の桶狭間での戦に代表されるように裏を掻く常識をひっくり返す事によって事をなす
やがてそれは悪相となって顔に表れる。
裏を掻くには充分な準備と綿密な計画が必要でそう簡単には裏は掛けない そういう奴はやがて悪相になって人様から警戒されて最後は惨めな最後になってゆくはずだが、、、、、
どうも現総理夫婦は違うらしい

常識とはそこそこになぁ~なあ~に守っていればお互いに丸く収まると言う 
その土地風土に永い事掛けて積重ねて来て出張った処は角が取れ足りない処は埋めてゆくその土地の慣習や空気なのだ。
特に雪国は一般常識は命を守る事に繋がってゆく 南が吹いたら危ない雨返しを言っているしお互い様と言う常識が吹雪での凍死を防いできた。
それは昔から交通機関の無いおよそ30キロ区間を歩いて通学したり仕事で渡った人達がいた稲田線でも凍死をした人を聞いた事が無いと老人は言う。
いま一度先人の知恵と常識を聞く耳を持ち聞くべき時なのかも知れない
長野の隠れ里を訪ねてゆく旅から戻ったら 少しは悪相が良くなってるかも 合掌


空がなぜ青いのかそんな事は知らなくとも知る必要もないがその時その時に一生懸命に生きた人の魂はガンタの柄に汗となって染み魂となっていつまでも確実に残る。
触ってみたかった。 

ちょうどTAKAMIを思い出しながら博物館でCB450クジラを見てる時にKATUNORIがいってしまった。
二人で分けて食ったパンを昨日の事のように思い出す。
なんで俺より若いのにドンドンいってしまう。
石井と三人で昔のようにそっちでバイクに乗ってれ

金がなくやっと手に入れたバイクを自分達の手に油を染みらせ直し
XS650が走りエルシノアが走るCL72があと追う。T20がオイルを撒きながら走る。
過ぎ去った人生はあまりにも早く短い このブログを書く理由がまた一つ減った。
きっと俺はもうここから動く事はないだろう逢いに来てくれますか

ここは何処私~だあれ~

最近まで移動時に使うNTTモバイルなんちゃらを使っていたが採算が取れないとかで廃止になった。
たった2年で廃止するなら最初からするな機械まで買ったのに迷惑だぞ~とNTTは辞めて
うんで今度は日を跨ぐ時はタブレットとか言う物を使っているがどうも上手く使えないので長野にゆく前に試しにアチコチ走って見てる。 
が~コイツはマズイと思い出した。道中を覚えないし楽しめないのだ。
これは何度言っても一面真っ白で物標の少ない冬山で道を間違える奴と原理は一緒だと気付いた。
カラ松の木を見たら右に曲がれ赤松は左に曲がれと教えても一人になると何処かに行って行方不明になり全体を危険に落す奴と原理は一緒なのだ。
海霧の時はゴメの後を追うと助かるなどと信じる奴を作る原理とたいしたかわらん

知ってる事と自分の手で実際に出来る事は違うと言う事を命の瀬戸際まで気付かない奴を作る機械と感じた。

こんな奴にハマったらイカン 数回使ってパタンと閉じてるが電源を切る方法がわからんで
いつまでたっても右です左ですと息も絶え絶えにクッチャべっている。
ほぼ99害あって利は一利程度と思うので使うのは良い時だけにしようと思っている。
コイツにも一利があるので休みに運勢で方角を見て一利を探しに適当に東に行ってみた。

で着いた先がここ 何にでも感動する俺はこんな近くにこんな施設があったとは大感動

縄文土器と擦文土器がずらり


明治初期の入植達 いつも思うのだが昔の男は顔が端整で綺麗なのだ何か修正してるのか 

廃校の中が教室事に年代を遡る展示になっていてどん詰まりは調理実習室になっていた いつも通り越していた廃校がこんな事になってるとは大感動 全部見るのは一日掛かるだろう。
さらに入館料が地元民以外でもタダだぞタダ~

タダが必ずしもいいとは限らんがタダで公開して20年以上たつらしい 地元に力のある証しか

さ~次はメシにラーメンを食う処を検索し行ったが 何やら趣味でやってるラーメンでこだわりましたと言ってる。
コジャレタ店まで行って いつまでも趣味でやってれと却下 ラーメンは貧乏人の栄養補給の食い物でドンブリ抱えて新聞読みながら食う食べ物なのだょ~ 
白いうわっ張りを着て努力と辛抱に辛抱をかさね やっと店を持ちましたと言う、うどん屋や食堂のオヤジの足元にも及ばない 
ラーメン屋店主は元はどうもならんバカ野郎で暴走族で元バイク乗りと大概は決まってるのだょ~
それだけにラーメン屋は人生再起には持って来いなのだ。
俺は能書きタレてるラーメン屋が大嫌いなのだ。
男なら黙って一品ださんかいと店を素通り

でまた検索すると近くにバイクの博物館があるらしい で又また右だの左だのと機械に指図されながら着いた先は冬季休業中だったが 
除雪してる若いアニ~に聞くと見せてくれるとの事で中に入ったが
これまた凄いの一言 この田舎でどうしてこんなにバイクを集める事が出来
さらに動かす事が目標だとの事で綺麗に整備されている。
実際に乗ったバイクやなぜここにあるのだと思うバイクなど凄い
TAKAMIが乗っていたCB450クジラがあった なんか色々思いだしジ~ンときた。
過ぎ去った人生はあまりにも早く短い 感動のあまり写真を撮り忘れた。

以前は胸が震えるほどの感動が一杯あったが 
コンビニで後ろから来る人の為にドアを押さえてるニッカポッカのニイチャンや何気ない日常に
大感動したりしたが最近はそれが無いのだょ~
どうもパソコンや動画のせいではないかと思い始めてる。
戸を開けよ世界は広いと豊田佐吉の生家の戸に書いてあった事を思い出した。
旅に出よう旅に 

日本品質らしい~

不思議でしょうない
昭和45年頃 借金の為に数物屋になり朝から晩まで毎日毎日同じ物を一年半溶接をし作り続けた。
 画像はまったく関係ない大田区六郷土手にて

同じ物を数作る時に気を付ける事は外径寸法を正確に作る事でそれが狂うと入らないなど作った物が本体に取付が出来なくなる。
溶接の場合は突合せで溶接する事が多いが突き合わせる部分が平らでない場合は隙間を埋める為には強度が要らなければアンコを詰めるか強度が要る場合は部材のどちらかを削り溶接する。 溶接面間に隙間を作る事は最悪の溶接になる。特に局面がある場合は突合せ部分を最初から削る事を想定して最初から厚みを持たせる事はよくあった。

局面がありながら削る事が出来ない一番の理由は材料費をケチったか軽量化をする場合
馬力÷重量=速度 で重量が増えると速度は落ちる。
最初に速度ありきで重量を落とすのは強度が不足する それを補うのは職人技になってゆくが
現場を知らない設計者が出来ない図面を引く事があるのではないのか
現場は全体原価など そんな事はあまり頓着が無く 自分の作った物の心配の種を減らす為にどちらかと言うと過剰強度になってゆく
昭和の頃は現場の職人は旋盤工や製缶工からして気難しく乱暴者が多く 出来ない物を遣らせられるとそれならテメーがやって見れと遮光面も皮脚絆も設計者や図面屋にブ投げる者が多かった。
そこには設計者と現場の距離の近さがあった。

当り面を削らなければ溶接出来ないとなると手間と強度不足の心配が起きるので当然に現場から声が上がってる。
その声は設計者まで届いたのか 設計者は現場を見る事はなかったのか 
速度÷馬力=重量ではなかったのか
さらに発注側≧下請けではなかったのか
TIGを一度も握った事が無い 見た事も無い者がその組織の頭に居るのではないのか

8ミリを半分弱も削る事が本当に現場の裁量だけだったのか 
それなら削った分は外径寸法は変ったはずで 分業制のボルトなど取り付くはずは無い
設計図は誰が引いたのか不思議で仕方ないのだ。

どこかに現場より設計者が上と言う意識があるのではないのかクソの役にもたたんプライドなど捨てて現場を見ろ

見ようとする者に見え聞こうとする者に聞こえる。

現場は自分の今やってる仕事が終わりもせんうちにたった数秒で自分のまったく知らない処で自分の仕事の評価を株価と言う形で評価され稼ぎを横取りされる。
自分の手を油で汚さん者が現場をネタに数百倍数千倍と言う金を手にする現在バカらしくて
なんの根拠があって物作り日本 日本品質 出来るちゅうならテメ~がやって見せろアホ 
誰が一体設計したのか JR≧川重≧現場 かな

生涯現場に居た本田宗一郎は退陣する時に全従業員の手を握りたいと新幹線と飛行機を使い
全従業員と握手をした。
地方工場の一人が油で汚れた手を洗いに走った時にその手がいいのだと言い手を握った。

自分のこと 2

会社は株主の物であって働く者や社長のものではないらしい
で跡継ぎが無く会社を清算する場合に社長が全株を持ってる場合も
その場合も全部の会社財産を売却し銭にして社長兼株主に返さないといけない 会社の一部に住んで居る場合は立退き売却するか その建物を社長が買取らなくてはいけない その時に社長が買う価格は全国一の下落価格の実勢価格ではなく3倍もする評価額で買わなくてはいけない さらに売買なので消費税が発生する。
かくして登記変更や消費税が莫大に掛かり払えない場合は差し押さえて貰うしかないので廃業
即ホームレスになるしかなくなるのである。
誤魔化すと懲役もあるのだ。
それを避ける為に一旦誰か赤の他人に一円で売却してツラこいてそこに住み続ける事も出来るが
それとて自分の家に住むのに相当な登記料と銭が掛かるので万全の策ではない 
ましてや若いネエチャンならいつ気が変わるかわからん危険があるのだ。
かくして泥棒~犯罪者と言われようが何とでも言えのこのバカ野郎どもと 
自分一代で築いた家に住み続けるしかないのだ。
国は罠に掛けようと一円で法人に出来ますよ~
貴方も今日からシャッチョさんですょ~などと言うが調子こいて法人などにしてはいけない。

明日はどこの旅の空

網は入ってるがまだプリズンウインドではないホテルの防火窓から


何気に下を見ると隣のビルの窓に何か書いてあるぞ ネエチャンのレスキューコメントか~事件か~
と思ったら由緒正しい四文字熟語 平仮名だが!
「 ごーんめん 」と書いてある日本ではまず日本文化のスミマセンと謝る事から始まり 何が何だかわからんでもスミマセンで終わり事件になりかねない事も未然に防ぐスミマセン大変便利な言葉なのだが
「 ごめんね 」の場合は事件性に乏しく
これは本心から謝る言葉ではなく軽く その場が過ぎてしまえばOKと言う場合に使う。
例としては逃げられた古女房から若いネエチャンに乗換えた時に一生懸命作った、クラムチャウダーを古女房の茶碗蒸しを思い出しながら食った事がバレテしまったりした時に使う。
たいした反省してない、ごめんね、なのだ。
窓の住人はきっと下手な日本人より日本人ぽい義理と人情のトミー・リー・ジョーンズかも知れん

自分のこと

旭川通いが増えさらに南に東にと何かに付けて忙しい 旭川にゆく時でさえ途中で一度後ろで寝る事が多くなった。
EIJIからわけて貰った車は二台ともラジオを一度も聞いた事ないし聞こうとも思わない 
昔から初めての場所のはずなのに来た事がある 見たような気がすると言う事が多かったし
最近は何度も通ってる道中の景色がよく見える。
身体の中の遺伝子が太古からの何か道を探してるような気がしてならないのだ。

およそ人類300万年の歴史の中で仕事と言うものが発生したのは数千年前だと思うのだが
それ以前は自分か家族が食う為に動く 誰かの為に動き対価を貰う事は仕事になる。
仕事は誰かに仕える事で誰かの役に立った度合いに応じて相手の知と時間を貰える。
殆どのものは時間を買う事に繋がってゆき高いものほど早く着き早く作業が終わる。
そのなかで知と時間もある意味結構重たいので運びやすい貨幣が現れるのは 
人類300万年の中でそれはせいぜい古代エジプト程度もので日本では価値の裏付けに乏しい怪しい和同開珎が廃れ渡来銭が渡って来たのが たかだか1000年ほど前で北海道でもあちこちから出土している 
函館でも正式にはなんと言うのか忘れたが銭を紐で結んだ大量の銭がカメの中らから発見されている。
銭は使われて初めて銭で 貯め込むのはせいぜい精神安定剤程度の役にしかたたん
仕事をした結果が銭になると言うのは精神安定剤を必要とする者のする事でやはり若い者は仕事をする自分以外の誰かの役に立つ その結果に相手の知と時間を貰う、その相手の知と時間も誰かから頂いたものになる そこに足して次の誰かに手渡しをするその関係は対等であると思うのだが
そこを端折ってナンチャラコインで楽して稼ごうなどと思うと自分の価値と時間は銭となってカメの中にタンマリあるが どことなく虚しい寂しい人生になってしまうと思うのだが
ナンチャラコイン騒動は若い人が多いらしいので思いっ切り損して欲しいと願わずにはいられない
自分の対価をその程度で終わらすか生かすかは自分の素手に掛かっている。
素足を大地の土に付け素手に風を感じ油を染みらせてこそ生きてる意味があると思うのだが

北海道は太古から現代までと博物館と資料館の宝庫でこんな土地も珍しいのではないかと思うので
おりゃ~思うのだが北海道の博物館は暖房なんかいらんから年中無休がよろしいかと

なにせ国税から一人株主であろうが休業法人会社の施設に住んだり個人営業する事は泥棒と同じで
「 税務署の机の上にあるパソコンを私が家に持ち帰るのと同じ 」
と言われたのでもう仕事せんで良いのだょ~
佐川だせ~と言いそうになったが仕返しが怖いのでホームレスとなって今年は遊びまっせぇ~

下屋


すが漏りは一か所だけ水の道を作りそこからどんどん流せば解消する。
すが漏りの為に雪おろしをする事は必要なくなったがパイプの設置場所は窓を避けたのだが南に移動してしまった。
日によっては4~5日でガラスが割れそうになる ツンツンと突いて落とすのだが一気に落ちてくるかも知れんと思う緊張とワクワクする。
そう思ってツンツンして下敷になった人は多いだろうと思う。ま~それはそれで

数時間もの連続運転が難しくなったので いま行っておかないと後は難しいかもと
もっともいつもそんな理由を付けてあちこち遊んで歩いてるのだが
毎日長野の地図を見てあ~でもないこうでもないと思案してる。長野は周辺を8県に囲まれている 日本列島の中でも珍しい県なのだ さらに山のツネで集落が別れ川の流れと共に発展して来てる山一つ越えると違う文化圏があると思う。その変り目をこの目で確かめてみたい
きっと長野のどこかにいまだに隠れ里がありそうな気がして
なんか考えるとワクワクするのだ。
村で一番小さな店でメシ食って酒呑んで村の古老の話を聞いて一日の予算は8000円あれば充分なのだ。 
今回はラーメン作りのヒントになるかも知れない北海道では見る事が中々ない下屋の効能と構造と変化を見ながら一週間ほど掛けて太平洋側に抜けてみようと思うのだが
仕事が落ち着く3月が待ち遠しい
都会の人にはわからないかも知れないが雪のある地方はやっぱり爆発するような春3月末辺りがなんと言うのかいいのだ。

小さい男発見

 交際してる女に貸した400万を返せと言ったらしい そんなセコイ男など俺のまわりではあまり聞いた事がない
そもそも銭を都合出来たから貸したのだろう別れた女から金を取り戻そうなどとセコイ 
そんな男もこの世に居る事をぜひ逃げられた嫁さんに知って欲しいと ついセコさでは負けていない俺は思ってシマッタ。 
子供がいないのでどんな子でも見ると将来が楽しみなのだが そんな子達もいまやいいオヤジになってる。
どうして交際してる女の子供の成長を楽しみ手助けする事を喜べないのか不思議でしょうがないのだ
セコイ何もかも上も下も小さい小さすぎる。
まったそれを週刊誌にペラペラと喋り週刊誌も取り上げる事は最近の週刊誌は書いてもいい逆らわない適当な相手を探し袋叩きにするのが趣味なのか
もっと叩く大物がいるだろう。
そんな所に努めて本当にいい人生だったと言って棺に入れるのか
当然売上が上がるからやってるのだろうが買う方も買う方で都会に居たらそれくらいしかやる事が無いのはわかるが くだらん週刊誌でウンウンとうなずきネットか何かでさらに袋叩きにして輪を掛け再起のチャンスさえも奪ってしまう。
見ず知らずを叩いてそれで自分には何かの利益は有ったのか 只々後悔と後味の悪さしか残らんと思うのだが
まったく都会に住んでいるとゲームと袋叩き以外する事なく暇なのか
どっちにせ隣のガキでもない全く関係ない人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られてクタバッテしまえ
人口比でどこの都道府県が一番週刊誌が売れるてるか調べてる奴はいないのか


スガモリが全くしなくなった屋根からオーバーハングした雪がいつ落ちるか楽しみにしてる。

朝から雪掻きはせんといかん 今日も崖の上に住むオジロワシは元気か点検せんといかん 
隣近所の爺婆の機嫌は取らんならん 
マキを焚いてるのでマキはわらんならん 春になったらゆく川や沼の様子もあれやこれや考えないかんし貰った魚はさばいて干さんならん
雪が溶けたらフキノトウを天ぷらにして食わんならん 田舎に暮らすと忙しくて大変なんだょ まったく


大釈迦村徳長 店の中はチョットした寄合所と言うか待合のようになってる田舎の噂の発信地兼お裁きの場かな?グフフ~
田舎に暮らしたら長い物には巻かれろ 情に竿さすな 爺婆には逆らうな