ナンマンダブ~

9月18日は網走に行って漁師さんの船に乗せて貰った 
今年どんな訳か飼育してるカレイが全滅して飼育は一回は諦めたが定置網に入ったカレイやウグイは雑魚飼料として扱われるので
また命をとも思うがどっちにせナンマンダブ~と思いまた貰って来て飼育してる。
今度は淡水の水槽に汽水域を作ってみる事にしたが方法は水槽に窪みを作って底から濾過ポンプで汲んだ水をまた直接底に戻している。
塩分濃度は1パーセント以下だが若干あるかなという程度になっている。
排水口には海水浴に来るのか淡水の魚が寄って来る。

今さらだが年金の足りない分を稼がんといかんので将来を見据えて新たらしい仕事をしようと10月2日からまた十勝方面に行って来た。今年はこれで4度目になる。
行くたび思うのは日本海側と東側は何もかも違い過ぎて学ぶものはあまり無いが一定の成果は出そうなのだ。
東海岸側の奥地の人はこちらと違いこんな断崖絶壁の山奥にこんな豪華な家がなぜあるのだと言うほどある。
また使っている機械や設備も比べようがない 農家は客土や開墾で漁師は養殖等で代々地道にやって来た結果なのだと思うが
同じ道路を何度も走ってやっと気づいたのはの西と東では天塩山系を境に森の深さが違う この森の深さと農業や漁業は密接に繋がっているのかしれないと思い始めた。
そもそもの基盤が違うのだと

狩勝峠から東側を見る。
先人はこれを開拓したのだから凄い根性 当然犠牲もあった。

狩勝峠保線区殉職者の碑 犠牲者17人と書いてあったがなんぼ数えても数があわん 何かの怨念かと思い

なけなしの100円を置いてナンマンダブ~と拝んで再度よく読むと二人合祀とあるので合計は19人
保線で19人なら作った建設当時は相当の犠牲者は居たのだろうと思う
北海道の道路や鉄道やダムはタコ部屋の歴史でもある。
JR石北本線や今は車はほとんど通らないが333号線はよく知られてるが根室本線でも同じではないのだろうか
タコ部屋は日本人労働者も居たが朝鮮半島労働者も多く居た
現在も保存されてその姿を見る事が出来るのは朱鞠内湖の
光顕寺、笹の墓標展示館に詳しく書いてあり そこに大学ノートが置いてあるが遺族のハングル文字を多数見る事が出来
中には遺骨を朝鮮半島に返してくれた事に感謝の言葉もありあまり恨みつらみは書いて無い
あれ~この人に逢った事があるという人の名もあった。

初めて光顕寺に入った時は身体全体が震えた。

今回の釧路十勝詣でで一応の成果をみたが後は短時間でどう利益成果を上げるかは劣化が始まってる俺自身に掛かってくる。
 30年後は何歳かな~と 
(人の生死が係る問題に どこが戦闘地域か私に聞いたってわかる訳がない)と言った人の息子
キャ~キャ~と選ぶ方も劣化が始まってる。 

人類皆兄弟

年齢的にもうないべと思う呑み会が終わった。
一人ではほとんど呑むことがない俺は酒はある程度は本性が現れるとは思ってはいるが
呑む相手を選べる立場なので付き合いの酒も呑まんので嫌な酒呑みに遭った事があまりないが
これからはじっくりと呑むようにしたいと思うようになった。 


「 ここに郷土あり 」栄井 直蔵著

を知らない人がわざわざ読んではどうかと届けて頂いた。
留萌や増毛の郷土誌で内容は幕末から始まりかなり面白いのだが
どこかの学校図書館所蔵の本で廃校とともに廃棄される物だったらしい 
著者は明治44年生まれで出版は昭和45年 書き出しも内容も明治の人らしい淡々と進む内容で専門書に近い
この難しい本でもっとも興味を抱いたのは本の最後に図書館の貸し出し表が付いていて
貸し出し 6の6 帯出者氏名 某何某 貸し出し期間 12月15日 返却日12月19日とあり内容と難しさからか
借りた者はたった一人しかいない 
当時の12月と言えば真冬である家に籠る事が多くなるその時期に借りている。
雪国の子は感性が鋭くなるが 過程がそれがまた面白い
多分想像するには小学校 6年6組だと思うのだが 発行日が昭和45年なので小学校6年でこの難しい本を某何某は4日間で読み切ったのだろうか
昭和45年というと北海道には居なかったが書いた人物より この難しい本を借りた某何某に興味をひかれた。
う~ん~某何某はフルネームでわかるので誰かに聞くだけですぐわかると思うが小学生でこの本を読もうと思う その人物が面白い
この本を頂いてから何度も眺めたがつくづく思うのは歩いてもわずかの留萌管内の地域にミステリーが一杯詰まっているのだと思った。
面白いな~と思いながら仕事していたが
ほぼ毎日宛名書きをしてるがふっと都道府県から始まりたった4行から5行程度の書き出しでその人にたどり着く
酔っぱらった頭に浮かぶ なんなんだろうこの宇宙観はと

ナカヒロさんに告ぐ

俺が告ぐなどと言う場合はほとんど喧嘩を売っている。
グレタ・トゥーンベリちゃんは俺もグレテるのでグレタちゃんと呼ぼう。
グレタちゃんはこの世に人として生まれて16年まだざっと5840日しかたっていない子供なのです。
グレタちゃんも地球生命はやがてマントルに飲み込まれて消滅するだろう言う事は分かっていると思うが
それまでに人間の手で出来る事はやろうと今の暮らし方を見直そうょと言ってるのです。
「  そういう声が聞こえてきそうだ。小童は意地悪く、それ、毎度まいど、聞くセリフなんだけどね、という。」
「 個人のヒステリー的な環境意識はせめて1千万人単位に広がらないと意味を持たない、とするならね。」
とここだけを捉えて言うなら間違ってると思う。
現在過半数の人達がたった一人が行っても何も意味が無いと選挙を棄権して来た結果が現在の政治状況を作ってきた
「 せめて1千万人単位 」はどうもそこに繋がってゆくのではないかと思うのですが

生産された食料のうち廃棄される食料は日本で年に2000万トン弱、11トンダンプ180万台分も廃棄されてるのにその日食う物に困ってる人がすぐ傍にいる現在の状況は異常だと思っている人は多い
何か行動を起こそうと思う時はすべては思いが先に来るのではないかと思う。

背中に粗末な食糧を背負って家族の為に字国領から往復3日も掛けて暑寒の山々を超えてニシンと交換に増毛と行き来をしたのはついこないだの事なのだ。
グレタちゃんは今の多くの矛盾がある中でももう少し謙虚に出来るところから見直さないかと
見直してみないかと皆にみなさんに問いかけてるのです。
たかだか16歳の子の発言にその方法論を聞くことや
誰かが何かを発言した時に「 だったらこれはどうなのよ 」と問う事は
すべての人の発言を封じ込める事になってゆくと俺は思うのだが

俺にラーメンを作って欲しいなどと誰も思ってはいないし原発どうしたら処理出来るか、いいかなどと誰も聞いてはいない 
それより目の前にパンクした原付バイクのパンクを直せと、
さっさと動かんエンジンのプラグでも交換せんかいと言ってるのだ。

誰でも見れるブログを書くと言う事はほぼ公人に近いと思うしその書く事には責任が付いてくるし
よっぽど酷い意見以外は無視する事は許されないと思うのだが
やっと新しいパソコンでこのブログをトトハフの文ちゃんのお陰で書く事が出来たバンザイ~
小休止

儲けまっせ~

今からわずか30年前は請求書一枚書くにもカーボン紙を挟み手書きで書き切手を貼り道路を渡りポストに投函しに行った。
現在は請求書すら来ないメールで来てオートマチックに口座から引き落とされてジエンド
誰か忘れたが有名な科学者が数十年後は一日3時間程度働けばいいだろうと言ったが
現実はとてもそんな状態ではない日々時間に追われそれでも稼ぎはそれほどでもない
一体便利になって余裕は出来たはずの時間と銭は何処に行ったのだ。

20数年間二輪業界に身を置きそこそこの成績を上げた。
日本の二輪業界は世界のビックスリーで世界のビックスリーのうちNO2とNO3に販売する為の戦略講義を何度もクドイくらい受け現状分析と予測販売方法を勉強させられて来た。
その世界のビックスリー手法はここで書く事ははばかれるほどでビックリする事が多かったが実に参考になった。
やがてバイクなど一度も乗った事がない者がビックスリーの中枢におさまり始めて崩壊が始まり現在に至る。
その販売手法は全人類に身の丈を超えた欲を持たせる事に尽きる。
現在はバイクの原点は原付バイクで余計な排気量は悪なのだと思うに至った。

石で作った道具でコツコツ生きた石器時代がおよそ200万年続き青銅器時代が5000年ほどありその後鉄器時代が続くがその速度は加速が付いてゆき
ライト兄弟が空と言えるかどうかわからんが1903年に取りあえず飛んでからわずか66年後に月に人類が降りたった。
そのわずか42年後に福島で原発事故が起き現在も後始末は出来ていないのに
原発はさらに稼働させようとし後始末は誰かに未来の子供達に頼むわと言う。
崩壊は人類の手で加速的に始まっている 

地球45億年のうち氷河期や星が衝突したりと何度も地球崩壊の危機がありながら生物は乗り越えて来たが
初めて人間の手により地球崩壊の危機が始まっている。
これは科学が進歩する同時に人間の劣化が始まっている事を示している。
さらにロケットで人工的に流れ星を作りたがってる奴がいるが頭大丈夫かと

もし宇宙に神と言う者が存在するなら現在の地球の状況を病んでいると思うだろう
地球から人類を排除しない限り地球の健康は取り戻せないと思ってる場合は一番手っ取り早いのはウオーだろう。
それでも地球上に1人でも残ると現在の科学を伝承しそこからさらに崩壊が始まるだろうと宇宙の神は考えているかも知れん
その為に人類史上最低レベルのトランプ始めロクデナシ政治家達をセクシーに地球に送り込んで来たのかも知れん

 
儲けるのが好きな奴は金額より想像し予測しその結果に近づく過程と成果を楽しんでいると思うので
新たな価値観と富の再分配の累進課税を徹底する事は必要と思う。

地球の未来はグレタ、トゥンベリちゃんと宇宙人トミー、リー、ジョーンズに聞いてみんとイカン

俺が言うのもなんだが

パソコンがおかしい 
チョ~笑える~とか面白いとかでなく調子が悪い そろそろ世間から隠居を宣告されてるのだと思う。
定価拾数万円のパソコンも買っても使い方がわからんのでドブにブ投げるかと思う。
買った店に聞いても慣れるしかありません~ね~と言うし
ウインドナンチャラテンは使い方がわからんしこれが最後の投稿になるかも知れんのだ。

最後かも知れん投稿に
俺の回りにいるネトウヨとか嫌韓とか言う お方達は内に問題を抱えていると思われるフシが多々あり
もっと大事にするものだけに絞りすっきりした生き方に替えた方が楽なのにと思ってしまう。

行った事も知合いも居ないのに嫌韓になるのはネットに毒されていると思うのだが
不思議なのはどんな意見も韓国が嫌いと言う話以外はネットで袋叩きにするその有様は その時間と資金は何処から出てるのか不思議なのだ。
まさか公開の必要の無い内閣官房機密費かと思ってシマッタぜ
どっちにせ自分で知らん相手を回りの出所のよくわからん意見に左右されて袋叩きにするこんな状態を許せばやがて
住む処が違えば叩くと言う方向にいくしガキのイジメの構造となんら変わらんと思うのだが
実際に沖縄など行った事も無い人間が沖縄をメチャクチャに叩く 
メデアやネットを使った その手法を許せばそれは明日は我が身に降り注ぐかも知れない
自分に降り注ぐうちはまだいいが自分が知らんうちに加担してしまうかも知れんのだ。
もっと自分の目と耳と肌感覚を信じて足を使い足元を見て
自信が持てる範囲まで
見栄もプライドも捨てて日々の生活を縮小して暮らしてはどうかと
八月四日のNHK放送を見て 数時間で行ける範囲の雨竜や北竜を徘徊して回った結果思うようになった。
世界も大事かも知れんが目の前の些細な事を大事にする事が結果
自分の幸せにも回りの大事な人の幸せに繋がると今更ながら思い始めたぜ~まったく
粗暴で家族を持たん拒否した俺が言うのもなんだけどさ~


尾白利加字国領から信砂御料国境と繋がり佐呂間地方と繋がり火曜日から二日掛けて佐呂間町栃木地区を一目見たいと行って来たので
一応の完結としようと思う。
感無量だった。

ネットニュースナンチャラが見るのも物凄く嫌いになり出してるし 
そんな訳で丁度パソコンも風前の灯なのでいい塩梅かと思うが~
請求書手書きも面倒だし~アッタラコッタラ~ドッタラコッタラ~

喧嘩両成敗 踏み台編

ほとんどすべてと言っていいほど構造物は強度と弱さを兼ね備えている。
弱さは弱度とは言わんそれは、
しなやか、と言い 嫋やかとも、靭やかとも、撓やかとも言う。
その強さと弱さの相反するものを持たない強度一辺倒の物は倒壊や自己の重みを支え切れずに自ら破壊に繋がってゆく
自然界ではよく柳に枝折れなしと言い 普通に目にする物は踏み台で
踏まれる部分は小さいが下が大きくなっている。
足蹴にされ踏み付けられ座られる事で存在する意義のある踏み台は実際はその大きさよりさらに大きい者を支えている。
風呂屋のケツに敷く芸術品のケロリン椅子から踏み台まで真四角は無いし真四角は転倒などを招き危険なのだ
さらにケロリンは片付ける時にも便利と言う構造を持っているとそんな訳なのだ。

全体的に見ると力を受ける先端部分は小さく下にゆくほど大きく強度を持たせる。
そこには材料コストと言うものもあるが斜めに作るには技術的難しさがあって
いまはキャドなどと言う物があるので原寸は書かんらしいが
昔しは大きな構造物を作る工場はそれと同じ原寸を書く為に工場の二階全部が原寸場になっていた。
原寸を細分化してブリキ板に写しポンチを打つのだが大きな現場はその現場を渡り歩く流れ者ポンチ打ち職人が居たほどなのだ。
それほど斜めの構造物を作る事が難しかったのだ。
それでも余計な強度は危険を招き要らない 強度と弱さは一体なってこそなのだ。

その構造物は鉄塔であり電柱であり外からの風など外圧を受ける物ほど外圧を受けるしなやかさを持っている。
同じ材質を持ち噛み合う歯車でも力を逃がす構造になっていてそれは相手の力を100パーセント次の歯車に力が伝わらない構造になっている。
それでもいけない時はどちらかの材質を変えるなりして作ったりする。

一つの構造物に二つの矛盾する強度と弱さを持たせる事は大事な事で人間でも中に矛盾する強度と弱さを持ってる人ほど全体的に見たら強い人なのかも知れん
などと思ってシマッタ。

喧嘩両成敗 3 

独断と偏見だが内地の山奥で他県の者と結婚する事がないと思われる山奥まで旅して歩くと一定の顔立ちを持つ人達を多く見る地域がある。
どうもそれは石川県から和歌山に掛けての地域に多く感じるのだ。
元々はおよそ1万8千年の縄文時代があり それを渡来人が大陸から渡って来て縄文時代の駆逐が始まった。
その渡来人のベルト地帯が工業化されなかった地域に今でも残ってるのではないかと考えている。

広島県 比~ナンチャラ 名前忘れた

日本は弥生時代以降アメリカ軍の駐留以外に他国の軍隊が入って統治した歴史は無い

隣の国の日韓を考える時に家と家として考えると
隣家の夫婦喧嘩に隣のオヤジが包丁を持って仲裁に入り そのまま家に居座って
その家の娘にちこう寄れと酒の酌をさせたと同じ事なのだ。
俺なら命ある限り姉や妹に酌をさせたそのオヤジは恨み命は狙うだろう。
俺は日本酒しか呑まんが一緒に呑んだ人は見てると思うがたとえ店であっても手酌でしか呑まん

統治された記憶を持ってる人達が居る限り他人の家に乗り込んだ事は詫びておかなければいけないし自分の命も子孫の命も危ない事になる。
いっその事ダメ元で中東テロリストの様にトコトンやってしまえば遺恨も残らんのかも知れんが
稲作文化圏は耐える事が出来る。
その耐える事によって胸の内に遺恨がいつまでも残ってゆく事になって行く
いまだかって隣国韓国の人が日本のビルを爆破したとか飛行機を落としたとかは無い
それどころか日本に遊びに来てせっせと稼いだ銭を惜しげもなく使って呉れる。

韓国は言葉は悪いがハッタリ状態で胸の内を聞いて呉れよと言ってるのにすぎない
ここの崖下村にもそう言う嫌われオヤジが居るが
由緒正しいらしい弥生人の俺には釣った魚を持って来て呉れる。
まだまだ記憶にある人達が生存してる現代において
隣国に、隣の家に武器を持って統治した事は間違えない
それはせめて記憶にある者が在命のうちは聞く耳を持ち続ける事が大事な事なのだ。
何度も言う
いまだかって隣国韓国の人が日本のビルを爆破したとか飛行機を落としたとかは無い
それどころか日本に遊びに来てせっせと稼いだ銭を惜しげもなく使って呉れるのだ。

鉄塔などボルト数本外すとすぐ倒れる。
世界中をざっと見渡して稲作文化圏にはテロリストはいないが
それは胡坐をかき同じ釜の飯を食い酒を呑み胸の内を聞き続けると言う事がとても大切な事なのだ。

人の話も聞けん者には指導者の資格はない 腹を召され

喧嘩両成敗 2


一回づつ表に出て跳ね上げ式のドア開けて出入りが面倒なので後の窓ガラスを外してそこから後ろの箱に出入りしている。

冷蔵庫を壊さんように跨いでオッコラショと出入りする この間の壁がボルト止めならなんぼ楽かと思う。
腹は出てるが身体は結構柔いのだ。

最近車メーカーやあちこちからアンケートだとか送られて来るが
ふっと思うのはアンケートに書き込む事はもうすでに過去の事で自社の車や製品を使ってる人の大勢はどうなってるのかを調べてるのだと思うが
買ってしまった大勢が決まってしまったものを今更調べてどうするのだと思ってシマッタ
俺は貧乏人なので買ってしまった物は自分なりに合わせて使うしかなく
それもまた結構面白いのだ。

未来の事これからの事はまだ芽が出ていない状態か二つ葉が出た瞬間にこれは実を付ける葉か実を付けない葉かを見分けるに等しいと思うのだが
そう思うとアンケートの中の極少数の意見の中にしか未来はないのかも知れない
その極少数意見をこれはイケルかもと見分ける目が必要になってゆく
そうでなければすでに過去の意見や後ろ向きの意見に縛らてゆく事になって
10年20年と売れ続ける商品は作れない
売れない商品を作る事は大量廃棄に繋がり未来には決していい事ではない

現在の日韓関係は誰かを恨む事で自分の立場を維持しようとしてる。
その状態は両方の下品な政治家達が人気投票に近い支持率はすでに過去の事になってるのに 
次世代の子供達に渡さなければならない未来を人を恨む事で摘み取ってゆく
そんな人間が指導者として存在する事がすでにそいつは末期症状を向かえている。
AKBだか何だか知らんがそれとたいした変らん支持率と言う人気投票で一喜一憂する政治家の姿がさもしいのだ。


何もする気が起きないが時間が空いたので月曜日からまた釧路から網走と道東に行って来た。
居酒屋で客 二人が韓国はどうしようもないドッタラコッタラと話をしていた。
貴方は韓国行った事はありますか 韓国人の知合いは居ますかと聞いてみたかったが
二人相手の喧嘩は勝てないので言葉を呑んだ。
こんな場末の居酒屋でもそんな話題が出るようになった事は両方のでき損ない政権の策略で罠なのだ。

いま大事な事は韓国からお客が来なくなった売り上げが減った困ったと言う、
場当たり的な事ではなく
人間として付合い50年先100年先を考える事だと生クジラ食いながら思った。

今回は厚岸のスーパー福原でクジラを買ったが安くなっていた。
花咲カニは価格が高騰していて仕入れが出来んそうで何処に行っても売っていなかった。
残念~無念~

続 等価交換

京急線のようになったらどうすれば良いか関東圏の合材ダンプ乗りに聞いてみた。
関東圏の道路は北海道に比べると4車線から終戦直後の道までなんの脈絡もなくメチャクチャだそうだ。
現場までの地図と別に手書きの地図が渡されるそうだがコンビニとガソリンスタンドは出来てはすぐ消えてが激しく そこら中にあり目印にはまったく当てにならないと言う。

合材ダンプは毎度変わる現場が狭い道の場合はダンプが2トン車とか指定されるらしいが間違えて指定されずに11トンが配車されて狭い道にぶつかって延々とバックする時があるらしい
そんな時はパトカーを呼びバックを先導して貰うのが一番だと言う。
多少怒られるが切符は無いそうだ 
都内のパトカーにしたら田舎から来たダンプのバックの先導などほのぼのとした いい一日だべ~

同じトラック乗りとして身に詰まされるものがあると言っていたが
4軸は都内走行には向かないと言う 
やはりプロは見てるものが違う それ以上はまだ推測域なので省略しよう。

困った時の為に税金を払ってる。


運転手さん さ~田舎に帰ろう~合掌

等価交換

遥か昔仕事が無い冬期間は鮮魚運搬トラックに乗った。


11年前に大井川傍の昼は食堂 夜はスナックで釧路から来て帰っていないと言うダンプ乗りの彼が切々と歌う
 吾亦紅 
ちびた靴に年から年中着た切りスズメ 車持込庸車ダンプの可処分所得は時給1000円以下 
じゃ~やらなけれ言いべと言うのはそれでは誰がジャリを運び誰が砂を運び建物は誰が作るのか
最後はダンプを東南アジアに売って釜ヶ崎に山谷にと流れ着く
そうなる前に身体が動く内に少しでも田舎の役に立つうちに田舎に帰れと思う。

シワ寄せは弱い処に弱い処にと寄せてゆく 車の中での生活は人間性を破壊されてさらに弱い子供達にといく
田舎者の俺達に出来る事はバカと言われようが何と言われようが声を掛ける相手には声を掛け続け
都会しか生活出来ないと言うのは間違えだと言い続ける事だと思う。
サクランボもぎから魚網外しリンゴもぎと田舎にこそ人間らしい暮らしが待っている。

言いたい事は一杯ある。