初物ウニ丼食った。


ウニ丼をゴチになってしまった。

昔ここに新興宗教の婆さんに虐待され育てられた子がロクな教育も受けれずに悪事を重ねたあげく都会からここに連れて来られた。
当時は休憩時間になると上の者が交代で缶コーヒーなどを皆に差し入れたが
その子はいつも缶コーヒーを一息で飲みほした。
ところが自分で買った缶コーヒーは一日掛かって飲むのだった。
なぜそうするのかと聞いた時に貰った物は返せと言われるかも知れんから飲んでしまうが自分で買った物は返す必要がないと言った。
その子は何か美味い物は自分で抱えて持って行き誰も居ない所で隠れて食っていた。
ウニ丼はその子の大好物だった。

今頃何処でどうしてるやら堅気の仕事をしていて呉れたら嬉しいのだが
あれから十数年まだ顔を出せる状態でないのだろう。

辛抱する木に・・・・


337を小樽に向けて走っている。この337は小樽から各地に向かって荷物が配送されてゆく為にトラック専用道路と言っていいほどトラックが多い
いまやトラックは16メーター20トン積みなど普通にあり その間を走るには流れに乗るしかない それはトラックは車高が高い為に乗用車とは違い遥か先の交通状況と先を走る車がその後どう動くかを長年の積み重ねで予測できる為に二手も三手も先が見えてる事と
重量がある為に空けている車間距離にそこに目先の事だけで割り込んで来られてもトラックでは我慢しかない
一定数のドライバーは用心に用心を重ねても
海は自然が相手で予測は出来るが
車は予測不可能な走りをする車は沢山あり そいつらが相手ではいつかは事故は起こすだろうとその時は仕方ないと思っているらしい
俺も重量がある船の下に潜るなど割と危険な仕事だと思っているが それもいつかは一回くらいは下敷きになるだろうと思って来て・・・・・ 
その時はその時と思って覚悟して来たが 危険な稼業をしてる人達は腹を括って日々過ごしているが、
評論家と言われてる人達やド素人のSNSとやらなどの覚悟とは鯨と鰯ほどの違いがある。


この羽根はオトンルイ風力発電所だと思うがそうだとしたら一本の長さは25メートルある それにヘッドがおよそ6メーターあるので被さるが30メーターはあるだろう休憩中なのかと思って動く処を見て見たいと思ったが深夜まで動かないのか
幾ら待っても動く事はなかったので諦めて出発~


何がどうなってるんかこのターンテーブルにも発電機が積んである。
この275を走ると言う事は苫小牧にでもゆくのだろうか

いまやコロナでもエンジンでも技術の世界は日進月歩で素人は見るのは勝手だがあ~だのこうだのと口を出す事は控えた方がいいかと
コロナも科学者を信じて今は我慢して辛抱して待つしかないのだ。
アホのマスクやGOTOトラブルに使う銭があったら回して貰いたいと思ってる医療関係や科学者は多いだろう。
「 辛抱する木に花が咲く 」枯らしたらアウト 水をやりましょう。

いざ塩ラ~メン


ひと月の予定はまずこの携帯のカレンダーで日祭日を確認してホワイトボードに予定を入れるがなぜか俺の携帯のカレンダーは7月20日が休日になって後は土曜日まで休日はない
これが先週は実際には23日から4連休だったこれがすべての誤りの元で開陽台に遊びに行ってる場合ではなかった。

ここには欲かいた奴から売れ残ったマスクを買ってやったりとしたが必要な人にやってもまだ百枚以上が残っているが
安倍晋三はこれからまだマスクを8000万枚をまた配布するらしい  
それをするなら医療用のマスクを医療機関に現金を付けてサッサと送れって
人の税金を使いきっと表にだせない裏があるのだろ。
この狂気の政権が続く限り壊滅するまで悲劇は繰り返されるだろう。
選挙を棄権し狂気のアベ政権に白紙委任した者にも責任はある。


DF140馬力
船外機は海水を汲みあげて冷却をしているが卑金属と貴金属の接合部分の電蝕は現在では安価な方法ではまだ解決はされていない
対策は水洗いを徹底するしかないが内部は洗う事は出来ても外観は中々難しいので防錆スプレーを頻繁に掛けて防水膜を張るしか安価な方法では現時点ではない


DF150馬力 冷却水が上がらんと斜里から持ち込まれる。
4サイクルになってから2サイクルと違い排気ガスにエンジンオイルが混ざる事が無くなった為にドライブシャフトが噛み込みが多く外れない事が多くなった。
最悪はドライブケースを壊してドライブシャフトを切断して外すしか無くなるので
5~6年程度で何もなくとも外しグリスアップする事が必要だと思う。


ついでにジンク交換をする。

最初は各ホールは塞がっていたが取っても取っても塩とアルミの化合物が出て来る。
船外機は塩との闘いでこれが解決されたなら最高のエンジンだと思う。
車をバッテリーを付けて電源を供給しながらボンネットを開いて潮風の吹き付ける浜辺にひと月も置いて置けばタダではスマンだろうと思う。

ブログを久しぶりに書いていたら塩ラーメンが無性に食いたくなった本日は定休日なのでこれから小樽に塩ラーメンを食いに行ってこようと思う。

富良野に

目の前を走る札ナンバーの小さな商用車は出は札幌だとしたらここからやや200キロある そこにこの小さな商用車に載る商品を運んでも幾らにもならん
一袋100円程度のポテトチップスだとしたら140サイズで50袋にもならんだろう
それを小売店に降ろして売って歩いても稼ぎは高々知れている。しかし実態は商用車に乗る人達はそんな人達が多いのだ 俺の処にも毎月小樽からビスや小物の資材屋さんが来るが ひと月の買い上げ金額が1万を超える事など珍しいのだ。
俺もお金を稼ぐ事がどれほど大変な事かは知ってはいるが 
バブル期に一回の取引が数百万から千を超える取引をすると下準備もあるが粗利も大きい それに慣れ切ってしまうと元の感覚に戻る事は中々難しいがその苦労をたまには我が身に置き換える事が出来なくなっていては男としていけないと自分に言い聞かせているのだが・・・・・
仕事してる車は先に行かせろ 早く着いて家族にも逢いたいだろうし足を伸ばして休みたいだろう。

何度も38号線を走ってるが気になって仕方ない場所があった東山を過ぎた処に同じ小さな家が5軒ほど建っているが、この空の狭い場所でどうやって生計を立ってるのか不思議だった。耕耘機が数台置いてあるがどれも年代物で今時は使わないだろうと思う物ばかりだったが、その日は雨除けのテントが掛かっていたと言う事は使われている物なのだ。
丁度人影が見えたので止まって話をしてみた。

耕耘機を置いてある処が旧国道であった事や向かい側の山奥で一家で農家をやって散々苦労をした事や今は富良野市街に住んでここで趣味で野菜を作っている事などを沢山話をしてくれた。

新ジャガだと言って持っていけと貰ってしまったのでフクハラで買った総菜とカップ麺を置いて来たが大層喜んで呉れた。
同じ家の謎は解けた昔は東大演習林の官舎だったそうで今は皆出て行って売り家になっている家もあった。

新得から北落合、南富良野

アホのミックスGO,TOトラブルキャンペーンが始まったが 遊びにまで税金をバラ蒔くなど考えられない 貧乏人からも集めた税金で食らうメシはさぞかし美味いだろう。
メシは自分の財布に見合ったものを心置きなく食うのが美味いと思うのだが 
50年以上様々なバイクを乗って来たがバイクはカーブを曲がる時にはハンドルを切らないで車体を傾ける事で曲がってゆく バランスを崩した時にハンドルの小手先で回避をしようとすると脳と身体の遅れが出る為に小手先での回避はタイムラグで余計に危険を招く 
そんな人は鼻からバイクに乗らないか上手になるまで自分に見合ったスピードとバイクで走るのが一番賢いと思う。
小手先アベ政権はこのままでは国民にとってリスクが大きいサッサと降りろ。


芽登発電所 この山の上に川か湖でもあるのだろうか 下から見てるとそうは思えない

名寄の道の駅で車中泊したが名寄道の駅の隣が十勝や釧路地方によくあるスーパーフクハラや大衆食堂があって食料調達には便利なのだ。


新得で珍しい いすゞの6気筒ジーゼル4輪駆動トラック 山奥の工事現場につい最近までよくあった。


狩勝峠越え
この商用車はよほど急いでるのかこの濃霧と雨の中でずっと後ろを迫って来て先に行かせたがかなり危ない

札ナンバー商用車 誰かコロナで危篤にでもなったのか事情もあるのだろうが前の車もサッサと避けてやりゃいいと思うのだが濃霧で先が見えずに右に出ては対向車でブレーキ踏んでは元に戻るを繰り返し結局は俺も追いついてしまった。煽り運転と前の車が申告すれば煽り運転かなとも思えるが免許取消=無職になる可能性は大きい 
俺の以前の事は棚に置いてすっかり人間が出来た俺が後ろから見てるとトロイのに避けない前車でどっちもどっちだと思った。


すっかり雨の区域は通り抜け落合から右折して北落合を通り南富良野道の駅に到着 大型バイクの集団が居た川崎や大宮ナンバーですぐコロナは大丈夫かと思ってしまった。
ゴミゴミした首都圏よりはいいとは思うがこれから超えるであろう狩勝峠は酷い濃霧と雨なのでコロナを洗い流して頂戴と思いました。
皆ヘルメットには動画用のカメラが付いていたが
俺もアチコチゆくが旅はフォトでありムービーではないと思うのだ。
隙もなく連続するのでなくその一枚一枚の行間を自分なりに繋いで行くのが面白いと思うのだが 
人生も旅も隙間なく記憶していたら恥ずかしくて外は歩けんぞ~

開陽台から

色々考えもあり10万は貰って使ってシマッタが
俺が考える補助金とはそもそも国民が国に託した金であり それは有効に使われなければならない
政治家の様に恥かしげもなく自分の私利私欲の為に使う事は許されない 
こうしたら皆が良くなるとアイデアと実行力はあるが銭が足りない所に助け船として支援するのが正しい補助金の出し方になる。
その理念がないからアホのマスクになったりコロナバラマキツアーになるGOTOナンチャラなどと訳のわからんロシアンルーレットに使われてしまう。

人間の修理屋と機械の修理屋の大きな違いは
機械の修理屋は金を出せ~後は黙って直るまで待って居ろ!なのだ。
人間の修理屋は貴方がまず頑張りましょう 私達はお手伝いをしますょ~なのだ。

これは病気なのだ補助金を一番に使われるべきは病院や研究機関に使われるべきなのだ。
一日も早い収束と先の見える辛抱が与える経済効果は計り知れない。


どんどん東にゆく

開陽台から白い点々はベコ 十勝地方は乳牛を多く見る。


開陽台 本州ナンバーのバイクが4~5台来ていたが 車は道内が殆ど
道内はこのほぼ360度見渡せる場所は何ヵ所あるが ここは車で簡単に行く事が出来る。キャンプでテント張りが可能 ここの場所があるという事を知ったのは
内地にいる時で北海道に戻る事があったらいつかは行って見たいと思っていたが
すっかり忘れていて本棚にあった本で突然思い出した。

 

鶴居村から阿寒湖に抜ける 鶴見峠 カーナビの音声ガイドも道の全くない処に誘導しようとするし装備なしで行くのは止めましょう~

ジャリ道は15~20キロほど続く途中ハンドルが取られのでほぼ4駆で走る。
空が狭く18時なのに暗い 北海道は道を間違えたと思ったらすぐ戻る事が肝心で
いつか何処かに出るべ~と進むと内地と違い通行止めが普通にありそこから戻ると真っ暗などもある。

なぜか内地は北海道では考えられない奥地でも人が暮らしている。
それもたまに小さな子が歩いていたりと不思議で仕方ない 座敷わらしとも思ったりもするのだが。

いざ開陽台へ~

月曜日に部品発注が終わりしばらく待機の状態になって色々やらん事は沢山あるが・・・・・
ええ~え~そんな店はあるんかいと言う話を聞いたのと
雨竜町出身の橋本編集長が「 開陽台はいいょ 」
と言った言葉を数十年ぶりに突然思い出し初めて行って見る事に


遠くは佐幌岳の麓からも汽車で学校に通う子達にタコ焼きを一個でも売って呉れる店が 38号線のある駅前にあるとの事で行って見た。
おそらくこの店だと思うが残念ながら高齢らしく閉店していた。
タコ焼き一個など焼いたらガス代にもならんだろう 間口は二間 北海道では小さな建物になる。
その一個は厳しい冬も汽車で通う子供達にどれ程の励ましになったのかと思うと
商売の鏡だと思う。

今アチコチからなにかって言えば金には色は付いていないコロナ商売持続給付金を貰えと言って来る。
銭は額に汗して稼ぐから価値があるのだ 貰い癖は習性になりその姿は孫子にまで祟るぞ~
GO、TOナンチャラも貧乏人からも集めた税金使ってまで遊ぶなど何が面白いのだ。

マザーテレサは言った。
行動に気をつけなさい それはいつか習慣になるから と
「 神かまうな 仏ほっとけ 」の無信心者の俺さえもが思うのだから間違えないだろう。


山部の外れにある駐車帯で車中泊をして夜明け前に開陽台に出発 この38号線はまだ無料高速が無いせいか39号線の大雪国道と比べるとまだ集落が残ってる処が多い
231号線はバイパスが出来た途端に集落が機能しなくなってタマゴ一個買うにも50キロ先にいかんとなくなってシマッタ集落あちこちにある。
隣の留萌は無料高速が全線開通してシマッタがこれから各地の轍を踏む事は間違えないだろう。
なんの本だったか忘れたがある研究では道路幅が6メートルを超えると道路向かい側は同じ商圏には入らないと言う。
すべての道や交通機関は首都圏に早く行く為に作られていて
それはストロー効果を生み出し地方の衰退を招いているのだ。


俺の手作りキャンピングか~は燃費を稼ぐ為に屋根を低くしてる効果かリッター18キロ走るデフロック付き軽トラにしてはいいと思うがなにせ北海道は広い途中で給油をする時は言っちゃ悪いが出来る限り小さなスタンドで給油する事にしてる。
螺湾のスタンドのオヤジは
「 この古い給油機は50リッターと給油スピードが速く効率がいい 」
と折角言って呉れたが 次の客はいつ来るのかとう~んと考えてしまった。

邂逅

通常機械の場合は部品はそこにしか付かないし嵌らない
ギヤトレーンやリバーシブルなど同じ部品の場合でもマジックなどで番号や印を付けて元の位置に戻す。
以前の大型重機などの場合はホイルナットでさえも番号をふって元の位置にナットを付けたりして他の組み合わせなどないのだ。
それが完璧な正解作業となる。

俺は自分の人生に後悔はないと思ってるが それはそう思いたいと思う願望なのかとも思う。
ここ数日は自分が試されてるのではないかと思う偶然が続き やっぱりなる様になってシマッタ
機械と違い人間は無限大の組み合わせがあり何が正解なのか分からないし自分がクタバッテも気付かない事も沢山あると思う。
なにが正解が分からないと言う事はなにが誤りかも分からないと言う事で人それぞれの生き方と組み合わせがあり
他の人の行いにそれは誤りだとかドッタラコッタラ言う事は出来ないのだ。
俺には毎度貰い物だがその日食うコメもあり12畳と狭いが足を延ばして寝れる場所もある。
それだけで充分幸せなのだと
ここ数日は誰にも迷惑を掛けないのなら他の人が口を挟む事ではないのだと思い知らされた。

今はどこの空の下で寝てるのか
こんな偶然もあるのかと思う石狩川と雨竜川をまたぐ江竜橋に続く道路をとぼとぼと歩くオヤジに4年振りにまた再開した。
お礼にと玄関先の雑草をむしって片づけてまた歩いて去って行ったオヤジに蚊取り線香を持たせてやればよかったと後悔した。

愛我無罪

機械の事しか知らない、それもほんの一部しか知らないが機械でさえすべての現象は因果と原因がある。
漢字文化の隣の中国には愛国無罪と言う四文字熟語があるらしい
では自分の命を我を守る為の行いは無罪になるのだろうか その線引きは何処にあるのか
子は親を選んで生まれる事は出来ない その親が早くに亡くなってしまって親戚をたらい回しなった場合や
育児を放棄してしまったり 一人しかいない親にロクデナシの愛人が出来てしまった場合など
その時に子が自分の命や我を守る事をした場合は、その行為はどんな時も無罪になるのだろうか

児童相談所さえも大した当てにならない時代に自分の命を守ろうと口に入る物を求めて手に入れようとする行為は何処から何処までが許され、それはいつまで許されのか
表面的には豊かになった時代ではあるが そんな子供達はすぐ傍にゴロゴロと居るのだ。
その中で何が出来るのか
溺れている者に無防備に助けに行ってはいけない抱き着かれ共倒れになるのは
数々の水難事故で証明されている。
出来る事は訓練を積むか その辺りにある浮く物を投げてやるか
もしくは声を掛けてやるしかない
声は届こうが届かないが構わないのだ その声を掛けようとする気持ちがいつか実を結ぶ時が完成される時が来るかもしれない。
俺には虚構の世界としか思えない芸術に完成品などないのと同じだと思うが
ところが珠に本当に無垢の人を完成されたと思う人を二度ほど見た事がある。
一度は望来のお多福で見た少し知恵遅れと思われるカップルが美味しいね美味しいねと言いながら食べてる姿は荒れた心を我に返すほどの姿だった。

良くも悪くも誰にもなんの影響も与えない そんな者になりたいと思う様になったが俺にはどんな事をしても絶対に、完全に、、無理だが
せめてクタバる時には「ありがとう」と言ってクタバリたいと思う
今週はそんな事を思ってシマッタ 
ナンマンダブ~ アラ~は偉大なり~ 右の頬叩かれたら左の頬を叩き・・・・・ア~メン

費用対効果

『 ね~ね~アンタ~あの酔っ払いに修理は出来るの~夏も人生も短いのョ~』
『 いつも呑んでるわけではね~べ~ 』
『 だって行くたんびに呑んだくれてるょ~ 』
と休日にしか来ない人の声が聞こえて来そうな日々に耐えながら費用対効果に悩みに悩んだ。

日曜日は全船帰港を見てから呑み始めるのでありますが
さらに今週日曜日は20数年前にこんな日が来る事など想像も出来なかったKが家族を見せに来た。
その場に居た漁師のタカさんがタラ鍋を作ってくれた。
呑まずにいられようかと祝宴を始める事に
逆境だろうがなんだろうが守るべき人を持った奴は強い
親方、親方と言う声に酒が少し塩っぱい味がした。


ひと月ほど悩んだV6修理も目鼻が付きほぼ完了した。
特別骨董的な価値がない機械物は闇雲に費用の掛かる物は新品に交換した方が良いに決まっている。
実際に使用される機械は費用対効果が求められて年数のたった機械は機械の残りの年数といつまで海に出れるか自分の残り年数と修理代との兼ね合いは大事な要素になる為に悩む事が多いし
年数がたったエンジンはボルトは外れないで切れてしまう確率が多いその為に中々作戦が立たないのだ。
大事なのは機械などではない家計の為に諦める事も大事なのだ。
OEMもあるこのエンジン系列は結構な数を売っていてサービスマニュアルはボロボロになるまで読んだ。
悩んだ時はやはり本の方がいい、違う項目でも一枚づつめくる事でひらめく事もある。

たとえ修理を諦める事になって船を手放しても付き合いが変わる訳ではないと言った。
その船主の嫁さんが来る度に持って来て呉れるニギリメシは何よりも美味いのだ。