すーぱーちゅうずで~

天候と段取りが悪すぎで船の上架もままならずで一週間休む予定だったが次々と予定変更で休みなど何処の話よと言う週なのだ。

昨日火曜日は誰とは言えんが北隣の元漁師のオヤジが朝こっ早くからここに血相変えて来た。
血相もなにも元々10年前からガンでもうダメだ~が口癖でヨレヨレだが眼力だけはあるので少々面倒臭いオヤジなのだ。
そのオヤジが言うにはゴミ箱の鍵を誰かが勝手に替えてしまって使えないと言う。 
俺はそんな気の利いた事をする奴ではないので後は3軒しかないので南隣のこれまた元漁師のオヤジしかいない 
こっちは荒海で稼いだ元北転船漁師で黙っていても少々凄味がある。
そっかシャッチョ~ではないのかと
おりゃ~おりゃ~と北隣の元漁師が南隣の漁師に怒鳴り込みに行った。

ゴミ箱の戸がバタバタするので南隣の漁師のカカァが取りあえず付けた南京錠が
俺に断りも無く取付けるとはなんだ~と怒りまくっている。
もっとも鍵を勝手に替えるとゴミ箱の戸が誰でも開かなくなるので そりゃ~もっともだが
カカァ~はカカァ~で元北転船漁師のカカァの意地を掛けて一歩も下がらないのである。
そもそも両者船員年金で銭も時間もタップリあるのがマズイのだ。
共同で使っていた南京錠を元漁師のカカァ~が無くしたらしいが そうは白状はしないのである。
ここのゴミ箱使用者は一軒減りまた一軒減りと今は俺も含めて三軒しか居ないので
南朝側か北朝側かさ~どっちに付く
自称余命は明日にも無くなる予定の北朝側元漁師のオヤジも最後の意地を掛けて朝こっ早くから一歩も下がらんのである。

歴史上両極の争い事はこの様に簡単で些末な出来事が大事に発展してゆくのだろうと思った
巻込まれる力の無いその他大勢にとってはエライ大問題なので
鍵の必要な南京錠はやめてカンヌキ方式がいいのではないかと提案した。
それならお前が付けろと言うご沙汰が下り このクソ忙しいさ中に留萌まで走って買って来た。

南朝側も北朝側も幾らしたとは聞いて呉れるが マッタどちらから貰うか三等分するかでまた争い事が起きそうなので
涙を呑んで自腹を切った。
そんと時だけ南朝側も北朝側も「 そっかありがとさん 」で一致
今までは拾って来たような板っこを打ちつけていたのに
カンヌキは560円だったが車の燃料代と商売人の時給の方が高いぞと思ったが平和の為にダンマリを決め込む
ゴミ箱所有者の役場に請求してやろうかとも思ったが面倒臭いので止めた。
平和維持など大した事ないのである。お互い面と向かって言いたい事を言って解決の道を探ればいいだけなのだ。
問題を拗らせるのは行政や政治に頼り過ぎ調子こかせるからなのだとスーパーチュウズなんちゃら言う選挙を見て思った。

続続自己責任

他人の事で物を言う者には三通りある。
「 知ってるからこそ 言う者 」
「 知ってるからこそ 言わない者 」
「 知らないからこそ 言う者 」

始末の悪いのが知らないからこそ言い、
その口からは経験していないからこそ出る 思い付きの絵空事を言いい 
その簡単明瞭な言葉に皆がひきつけられてゆく
その言葉の責任も取らない 
いかに覚悟があると言おうが現実に自分の命が掛かった場合は 
その覚悟など一瞬に吹き飛んでありとあらゆる神に命乞いをするのが人間だと思う。

実際に命が掛かった恐怖で身体が動かなくなると何時間ものあいだ一秒が目の前の事が
パラパラ画のようにスローモーで過ぎてゆく
その恐怖は経験した者にしかわからない
 
「 知らないからこそ言う者 」

ピンネに雪が

目が覚めたら11月だった。
今の時期は一年で一番忙しく 年々忙しくなってゆく なぜかと言うと一般では定年を迎えてノンビリが許される世代だと自分に言い聞かせて遊んでばかりで仕事を先送りしてるからなのだ。
キリギリス生活で食ってゆく為にそこそこに稼がんとイカンので
この時期は地方で稼いでる事が多いのだ。
俺は思うのだが70歳定年など政府が年金や社会制度が充実出来ない事を誤魔化すのと労働者を奴隷と思ってるからで
誰がそこそこに食う金があったらクタバルまで働きたいのか 
仕事には責任が付き物で仕事上で失敗しても下手すりゃ自己責任と言われかねないのに

以前は50歳で仕事を辞めるのが目標だったのにナンノコッチャ~


戻って来たら隣の家が解体されて無くなっている。
部屋からオーシャーンビューになったのだが今年からはきっと寒いだろう。
もう持っていても仕方ないのと無年金者に近いので周辺に持ってる使っていない土地を処分してるが価格はバブルに買った価格の七分の一を目安に売ってるが
バッテングするほど売れているのだ。 増毛の土地が売れないと言うのは高いからで安けりゃ売れるのだ。
目安は6万円あったら ここでは一月生延びる事が出来ると思って処分しているのだ。
へ~いらっしゃ~


厚田側から見たピンネの山々に雪が降った 北海道は一年の締め括りは10月だと思うのだが
それまでに冬籠りの準備をして春まで半年間ジッと辛抱なのだ。以前は雪が降るのが待ちどうしかったが今は雪を見るとムッタシくる。

暫らく大都会に居て少し稼いだので帰りはゆっくりと275線を通り帰るのだが夕方の帰路は戻りたくなくなる。
アクセルを踏む足に力が抜けてゆくのがわかる 
当別でうどん食って帰ろうとか浦臼で焼き鳥買って帰ろうか
下徳富で風花でお茶っこでも呑むか、とん太ラーメンでも食おうか雨竜のまこと屋のカツでも食おうかなどと思いながら頑張って走って帰ってくる。
食い物に執着があり様々な物を食ったが年食うと何食っても店の対応が一番の味付けになる。
それだけ年寄相手の商売は難しいのかも知れんが量はいらんし 愛想だけで逆にいい商売も出来るとも思うのだが

先延ばしした仕事もあと少しで終了するのだが
『 百里を行く者は九十を半ばとす 』 一番危ない時期でもある。 
うん待てょ~百歳まで生きると九十で五十歳て意味か~

ラーメン屋今季終了


この黄昏た場所で5月から一人でやった土日ラーメンが昨日で今シーズンは終了した。


週2日間の営業の為に前日金曜日に仕込みをするので営業60日 仕込み30日で計90日間働き
自分の人件費は取る事は出来なかったが水道ガス電気以外はすべて前金仕入れで残りはこれ
28、760円1日当りの粗利は429円 
減価償却はなし 奥消費も見ていないが試食と奥消費の区別は分けにくいので勘案はしないが食材は残り4日間では食い尽くせない
途中から掃除以外は自分でやる羽目になったが試行錯誤の繰り返しだった。
いいホタテが思う様に買えなかった事と原価率を考えた事が裏目に出て思うような味が出なかった。
終盤に入って一日の目標を20杯に下げて思い切って勿体ないがその日の食材は毎日その日に処分するようになって少しは思った味が出るようになったが
7か月間で出した杯数はおよそ1500杯×平均600円 計約90万 
自分の人件費を1日6000円と見た場合は仕込みも含め90日働いたので540.000円
自分の事を考えると全くの赤字
問題は1日でも30日でもスタート準備に1日掛かる事で毎日営業した場合は無駄が大幅に減る。
営業は1日40杯までは自分一人で充分出来る。
俺の場合は本業があるので土日しか出来ないが毎日専念したらもっと良い結果が出る事は間違えない
開店の為に150万ほどの資金があれば誰に文句言われる訳でないラーメン屋が人生やり直しには向いていると言う根拠になっている。

人件費の掛かるテーブル席は作らないメニューも増やさない 経費は徹底的に減らしその分材料費に掛け
仕入れ先と近所付き合いを徹底するこれに尽きるような気がするのだが

25年前に誰が今の状況を想像しただろうか 街中にはテレビ電話を子供でさえ持ち歩き
車などはタダで貰う事さえ出来 土地付き家さえも貰い手がいない
あと数年後には無愛想な店員や窓口嬢に変りAI嬢がお客を瞬時にヨイショしながら店番をして呉れるだろう。
物販業ももう店舗では利益は出ないだろう終わってしまった。

軽トラからキャンプ用の箱を降ろす為に通販で買ったスリングベルト 幅25ミリ 長さ4メーター 価格は一本540円
あまりに安く何が送ってくるかと思ったが 吊ってる最中に切れたとしても高さ5センチ程度しか上げないので問題はないが勧めはしない

超巨大企業の車業界でさえ危ない状況のなか生き残るのは超優秀な頭の持ち主か損得を優先するAIが関わらない損する業界以外は生き残る事は出来ないだろう。
損をする業界とは割に合わない業界で働いてもバカ臭い それも一人でチマチマとやり食っていけさえすれば良いと言う業界が残る可能性は多いだろうと思う。
もう地球全体が消費を中心に成長し続ける事は無理があると思うので
来年も楽しく悩んでチマチマとラーメン屋をやろうと思うのだ。
ラーメン一緒に食ったら親友らしいぞ 毎度ありがとうございました。

続自己責任

25日札幌に行って来た。
俺がいく場所はなぜか札幌市とは言うけれどここらの田舎より環境が悪い所が多い
そこは寂れたお寺がある拓北 札幌と言うより石狩と言った方がいい様な場末のほんと小さな孫請けなどが集まる処だった。
車で通り掛かりの一人か二人程度の鉄工場で見たものは今どきこんな作業方法があるのかと言う作業だった。

H鋼に手拭いをマスク代わりにしてエッチングプライマーを吹き付け塗装をしているのだ。
脳や肺に障害が残る半世紀前ならあったが今どき見た事がない 危険で決していい事ではない 
たった数千円のマスクを買わないのか知らないのか息苦しい為に使わないのか
今日さえ乗り越えればと言う刹那的な作業方法だった。
田舎なら当然誰かが注意するので田舎ではそんな危険な作業は見た事がない
都会の場末だからこそやってしまう作業方法なのだろうと思う。
発注者か元請けから下請け孫請けと行くと工賃は半分近くピンハネされるのはよくある事で
都会ほど末端の枝葉までの距離は遠く 防塵マスクすら買えないのか使わないのか分からないがそんな危険な作業が行われてゆく
数十年前にある大メーカーの枝葉の数物屋を一年半やった。
枝と葉っぱの違いは枝は残るが葉っぱは用が済んだらハイさいならとなる。
そこでは「 あまり儲けさせるな 言う事を聞かなくなる 」と公然と言う。
生かさず殺さずの状況を作り設備もろくにない環境でなにかあったら
自己責任 痛いのと弁当は自分持ちと言う。

なまじ札幌市と言うだけで地代も高いその高い地代を払う為に今日の日銭を稼ぐ   それがまた安い単価の誰も受けんような物を引き受ける元になってゆく
自己責任にもピンからキリまであるが
出来のいい奴は他っておいてもなんとかするが行政はそんな日の当たらない処にこそ指導して一緒に改善をするのが行政の役目だと思うのだが
自業自得、自己責任と四文字熟語で他っておけと言うのはあまりにもケチ臭い 


本文には関係ありません 六郷土手にて

もう充分働いた田舎に帰れと

自己責任

ここに来て2年後にマリーナーが出来た。
その後24年間に最初は隻数も多く 年平均4~5隻の船を曳航した 最初は記録していたが多すぎて面倒臭くなってやめてしまったが
3桁に近い2桁を無償で曳航してきた。
危険な海に遊びで出る事自体が自己責任だと思うのだが 
曳航する為だけに時間当たり80リッターも食う大馬力のエンジンを途中で焼付き今度は225馬力に交換もした。
俺の場合はせっかく曳航して来て一番ムッタシ来るのは当事者以外から出る自己責任論なのだ

現場から近い港でも平均して2時間程度の曳航などは当たり前にあるが 当事者はやっと地面に足を付けたと言う事だけで他の事など
眼中にないのが普通なのだが
野次馬が回りに聞える声で「 皆に心配掛けてツラッとして挨拶もしない 」と言う。
では貴方は心配以外は何をしたのですか 揺れる船から船に飛び移ったのですかと
他人の不幸で何か実際に不利益を被ったのですかと聞きたくなる。
自分は安全な処に身を置いてクッチャベル奴を俺は信じないし そんな奴を沢山見て来た。
実際に経験しない、した事もない窮地を想像出来ないからこそ出て来る言葉も沢山聞いて来た。

初期の携帯電話はバッテリーが長持ちしなく不必要に使う事を止めさせる為と万が一そのまま行方不明になった場合に食糧とさせる為にも残ってるエサが続く限り救助されるまで釣りをさせる。
それを見て
「 人に心配させながらノンビリ釣りしてやがった、」などと言う者もいる。
それは言う者の浅はかさで己のバカさ加減を言ってるのとかわらんのだ。
中には心配したぞと缶コーヒーなどを渡す者もいた。
たった一本の缶コーヒーで相手に対する態度がその人の人格を物語っているが
そんな人はえてして普通の人が多い 
ここでの経験から声の大きい者( 発言力のある者 権威のある者 )をそのまま信じる事はなくなった。
簡単に助けるから懲りずにまたやるのだと言うが
懲りずにまたやるかどうかはそれはやってみないとわからないし一度出たからには二次遭難を防ぐ為にもさっさと簡単に出来るならやるに越した事はない
一概には言えないが助けられる者は連絡が付く間は動かずに待つ事が二次遭難を防ぐ事になる場合が多いし
燃料も体力も消耗するのは動いてる救助側なのだ。

医者が腹切って縫ってる最中に無保険者で金が無いと分かっても縫う手を止める事が無いのと一緒で
自己責任はどんな場合も付きものとは思うが 
相手が誰だろうがどんな事情があろうが助ける事を出来る者がやればよく その事が自分に生かされてゆく
自己責任それは己に言い聞かせる事で他人様に言う事ではない

よく知りもせんで知らん人間のジャッジばかりしてるとそれなりの顔つきにも立姿にもなり臭いとなって表れてゆく

ナミアムダブツ~ 右の頬を叩かれたら~ あら~は偉大なり~


10年前に伊藤和也さんの御両親から頂いた写真

終活

嫁さんの務めは美味い物を食わす事もあるが亭主より長生きする事だと
残された永い付合いの友人をみてつくづく思った。 
これからどう生きてゆくのかと思うと何を言っても口先だけなのと慰めにならないので三日間無言を貫く
そこにいくと36回払いで買った新車レビンを3回払った時点で乗逃げして いまだに俺の姓を使い続けメールだけでどこに住んでるかわからん、逃げられた嫁さんは面倒臭い女だが生きていてくれるだけ有難いのである。

俺は早くから自分の葬儀のやり方を書いて残している。
無節操、無党派、無宗教なので喪服禁止出来れば仕事着で来て欲しい事と
斎場はここの集落の会館で行うと集落の皆に頼んである その辺は俺が若い方に入るので心もとないが
手にはKTCの10ミリスパナを握らせて欲しい事 工具さえあれば何処にでも行く事が出来るのだ
斎場には国稀佳撰と生ビールを積んで来てくれた人にガッツリ朝まで呑んで欲しい
今でさえも呑んでいて何が嫌といって自分が先に帰るのは構わんが先に帰る奴は嫌いなのだ。
滝川のコンパニオンのお姉さん達にも頼んであるので盛大に楽しく
かんかんのう~ きうれんす~ とカンカン踊りでもしてくれ~
と近しい人達には頼んでいる。


季節の変り目は仕事が詰まってしまうが全部今月中に片付け来月は最低1週間は休みたい再度コンブを返しに道東に行くか
舞鶴までフェリーで行き山陰に行ってみたい一月休めたら瀬戸内と山陰なのだが 
それも銭と時間と生きていてこその話なのだが
製作中の車はまだ時間が掛かりそうなのでミニキャブバンでゆこうと思うのだが
よく皆にアチコチ行って羨ましいと言われるが
一言 「 嫁も子供も捨てれ そうすれば遊び放題だぞ~ 家の明かりとストーブは自分で点けんとないが 」と

かんかんのう~ きうれんす~

諸行無常

今日は人妻だが友人と言っていい人のお通夜だった。

世界三大宗教はキリスト教、仏教、イスラム教だが
仏教は現世のうちはあまりご利益が無く あの世に行ってからご利益があるらしい 
一方キリスト教は現世で御利益を求める宗教で何かと言うと 
現世利益を求める 我をお助け下さい 罪深い我をお許し下さいと祈る。
トランプ大統領のように罪深さそうなオヤジなどには持って来いの宗教で
これはどう考えてもせっかちで身勝手な現世においては仏教に勝ち目はない
お経を聞いてもこれは有難いお経でと感涙するなどもない 
高い精神性を求める仏教でも現在においては葬儀の為の仏教となって行った結果がお寺離れを招いていると思う。
だが多くの人は生きてる間により良く生きようと思うのは自然で
お寺がもっと身近にあって現世の悩みや現世をどう生きるかと言った相談に乗る事によってお寺が生きて来ると思うのだが
いっその事 増毛地酒祭りかシャケ祭りでお寺の屋台でもだして人生相談などでもやったら 
仏教の社会貢献は現代において結構必要とされるかも知れん

俺のような節操のない無党派で無宗教は罪を犯した時は許し給えア~メンと言い 
来生やすでにいない祖先への頼み事はナミアムダブツと言う。
クリスマスにはケーキを食い 彼岸には休んで酒をカッ喰らう このいい加減さが日本人が宗教戦争をしない良さでもある。
今更日本人は日本男児はとか武士道などと言っても結構いい加減なのである。

遺影を見てクレヨンしんちゃんの真似を見る事も絶品のイカメシも食えないのかと思うと悲しくなった。
ナミアムダブツ~ ご苦労さん

遠島島流し希望

俺は神様はいないと思っている。
信じる人の信じるのを妨げたりはしないが
もしいるならどんな基準で人の生き死を選んでいるのか頭の悪い俺に説明してみれと思う。
まさか商店街のガラガラポンに白珠と黒い球を入れて回してるんでないべな
俺などより遥かに真面目な若い人の訃報を聞いてそう思う。
そんな無慈悲な神より近場の爺婆にこそ神が存在するのではないかと思うのだが


シーサイドラインから枝道を海岸に向かって入り数キロドンドン下がる行止まりの村 
西海岸と違い数軒しかない集落が何か所もある コンブ漁やシャケ漁があるからここに住むとの事だった。
絶対に車は道路以外に入る事はしてはいけない 広い処は漁師さんのコンブ干し場で車が入るとコンブに泥が付く


ここも数軒の集落で買い物は急な坂を登り数十キロ先にある釧路か厚岸に行くしかない一体どうやって暮らしてるのか不思議 
漁師のアニーは銀行など行った事がないと言う。
金が必要な時は妹に頼むとの事だったので漁協に溜まる一方だべ~と思った。


コンブが落ちていたので拾った長さが3メーターほどあった 
増毛に戻ってから聞くにはたとえ船揚場に落ちていても拾ってはダメらしい 
あまりにも長いので拾って持ち帰ってシマッタ
神様 ワタシは罪を犯しました増毛の浜風でカラカラに乾いてしまったが今年中に戻しにゆきます罪人をどうかお許し下さい。ア~メン


俺は思うんだが北海道は兎に角広い車中泊をしないではホテルの予約時間に制限されて行ける場所は決まってしまう。
そしてそんなに混んでる道の駅は網走と阿寒湖の近くの道の駅くらいで他には見た事がない
日本海側などはガラガラの処は沢山あり車で旅する時は冷蔵庫のスペースにも限りがあるので食い物は地元で買う事になるので少しは潤うし
大体本格的なキャンピングカーなど乗ってる連中は金持ちがほとんどなので使うに値する店があるなら使う事は惜しまないと思う。
大体が道の駅に地元店の案内が無いので地元店の案内があったら違うと思うのだが


厚岸までに寄り道に次ぐ寄り道で二泊三日で帰る日にちが来てしまった 
帰り道に探していた処を見っけ~ 海岸近くの沼地にどんな生物がいるのか興味があり降りて見る事にしたが
製作中のキャンピングカーに荷物を移していたのだが何時も通り唐突に出て来たので胴付を積んで来るのを忘れてシマッタ 沼を見に来たのに何しに来たのかわからん


厚内 老後はこんな店をやりたい 来たい奴だけ来い 買いたければ買えと

峠で車に異変を感じたタイヤがパンクしてるのだスペアタイヤを積む場所にヒッチメンバーを付けた為にスペアタイヤが無いおまけにポンプも忘れて来てる さらに携帯も電波圏外

漁港は漁師さんが網をサヤメる為にカッターは必需品で漁港にはカッターの刃は沢山あるのだ
後タイヤに錆びたカッターの刃が刺さっている
なんのコッチャ~でパンク修理キットで応急修理をして浦幌のスタンドまで走った

神がコンブ泥棒に罰を与えたのか 出来れば遠島島流しにして貰えると嬉しいのだが

釧路厚岸

俺は修理工でもあるが 
その時その時の大メーカーによって商売を叩き込まれた商売人でもある。
そこで感じた事は中小企業と大企業とは理念も方法も全く違うと言う事だった。
極貧も経験し人の何倍も人様に世話になった奴でもある。
その狭間で都合の良いようにアッチ転びコッチ転びと今日まで12回住民票を変えて来た。
もし極貧時代が内地時代が無かったなら もっと嫌な奴になっていただろう。
ツラもある日 富良野で呑んで居たら「 お客さん富良野の人でないしょ 」と言われるほどで 
それほどノンビリしたツラでもない


釧路港 イワシ旋網漁船団 でかいおよそ300~500トンはありそう こんな船があちこちに数十隻碇泊してる。


網を操作する為に小さな船を3隻づつ積んでいる この船は小さいがその場旋回など小回りが出来るように二軸になっている。


 北茨城 大津港 神栖 大洗 八戸など内地の港から来てもうすぐ帰るらしい


オシャレな漁船きっと船頭が若いのだろう
びっくりしたのはどの船も乗組員が若い事 20代後半から30代前半が多かった。


俺は人様を好きだの嫌いだのとあまり言えんが これは大嫌いな奴 なんで銅像になるか理解出来ない
仕事はぱっとせん女は泣かせるわ ろくた食わせもせんで女にたかる最低な奴 石川啄木
そう言えば昨年 函館の回転寿司屋の横にも居た。 
芸術か文学かわからんが理解をしようとも思わん
蹴りを入れてやりたいが相手は石なので痛そうでやめた。


サンマ棒受け漁船 早朝ここを散策していたら ショウゾウさん~ ショウゾウさん~と漁船員と思われるオヤジが声を掛けて来た。
日焼けした顔にサンダルにジャージでサンマ棒受漁かイカ漁の漁船員を絵に描いたようなオヤジだった。
俺はいつもの雪駄に革ジャンで近くに寄って違う事に気付いたのかアッと言うが
折角なので立ち話をした。
いまはサンマ漁船に乗っている事や先立たれた嫁さんに苦労掛けた事や沢山聞いた。
切ったらチ~が出るような無垢材のような化粧合板にはない日常にこそ芸術も文学もあるのではないのかと思うのだが

勝手に思うには悪い事する奴はどこかしら思慮や根性が足りないのではないのかと思うのだが
心入れ替えると決心したなら今そこにある山を越える根性と超えれないと思った時に他の方法を探す思慮深さが必要だと思う。
それには字を読む書く以前の教育が必要でその為の出資は必要なのだ。
出来のいい奴は他って置いてもなんとかするが皆が皆そうではない 
やはり水もやり肥料もやり育てる事が必要になってゆく
人生をやり直すにはラーメン屋は最適な商売と思うが 根性があったらこのイワシ船団もいいかもと思った。

甲板で獲れたてイワシを焼いて朝飯食ってる茶髪やピアスのアニ~達に
「 毎日イワシかい 」と声を掛けるとこれしかないと言う。