炎症

円章さんは樺太からの引揚者で美唄の炭鉱に住んで 厚岸のバサラン高校と言われた荒れた高校が初の任地で それから管理職にはならず生涯を一教師で通すと誓い守り通した炎の人なのだ。

頭の中身も外観もまったく違うが似てる所があるとしたら酒が好きで気が短く、すぐ腕力に訴えるところ 俺はかなり若いが腕力でも勝った為しがない
円章は初対面の人は必ずと言っていいほど喧嘩の対象にしてると思っても当たらずとも遠からずである。
その証拠に見てると初対面とは必ず握手をしようとする この握手という行為は外国が発祥で握手をすると相手の強さはある程度はわかり、中には別に相手が手に力を入れなくても一瞬にして力では勝てないと思う奴もいる。
握手は仲良しになりましょうという技法のように見えるが、まったく正反対で一種の喧嘩の作法ではないのかと思うのだが違うのだろうか
その証拠に外国の女では握手をするのを映画でも見た事がないような気がする。
同じ機械修理屋でもバイク屋の右手はプラスドライバーを握り続けて凶器と言っていいほど右手は強い。

俺は個人情報保護法など立法府の政治家がテメ~の悪事をバラされたくなくて立場を利用して作ったと思っている。
札幌で姉妹がクタバッタ時には役所も出来ない理由を都合よく個人情報を上げてるが ここまで来たら個人情報もやり過ぎと思う。
それは円章も同じで自分の身元を明かさない文書は価値が下がると思っていて住所を入れて文をすらすらと書いたが、たぶん、絶対に年賀状を期待してる部分も大きいと思うのだが

照れ屋の円章さんの口癖は『そこまで言わせるなや 』である。

円章から河村さんに

 
河村さんの
「仙台でなんとかやってます。ヨロシクお伝えください。。。。。。。。。。。。」が気になって全文をコピーと酒を持って行ってきました。

円章さんからの返信です。

円章から河村武典さんへ
あなたの人生体験にあって 私(円章)の存在がいくらかでもあっても生きていた事が嬉しかったです。
現在74歳 相変わらず 酒とダベリと体力強化(今はなるべく現状維持)の日々です。

あなたは仙台での生活は長いのですか? 
3月11日は大変だったことでしょう
とにかく生き抜いて下さい
あなたが卒業して 2,3年後に新聞部は総合賞を受けました。

お元気で!!
留萌市高砂町1丁目 田中円章

 

田舎の噂あることないこと


春の本格シーズン到来で疲れも溜まってるのかメシ食ったらすぐ寝てしまい 夜中に起きるを繰り返してる。
この夜中に起きるとあれやこれやロクな事を考えないで大変困る。
二度寝をしないように起きてるのもこれも大変

こないだ町内の電気屋のオヤジが10人いたら9人が俺を要注意人物と思ってると真顔で言いやがるので
誰がなんと言おうが我が道を行くで世間なんか知らん 神かまうな仏ほっとけの俺が
そういえば町内のガス屋の兄に~の顔も気になったし ガス屋の若い方は目を合わさんようにしてるしと思い始めたら気になりだした。
早すぎの虎の刻に起きるとロクな事がないと
気になって たまには世間の評価を見てみるべかとネットで自分を検索してみた。
自分の名前を入れて検索してみると 同姓同名が出ましたワンサカと出来の良さそうなのはまったく関係ないが中にはこいつはと思うものもあり気になった。

パチンコ発祥の地 名古屋のパチンコ関連詐欺で逃走中の○藤リョウ○ 確かにあの業界とは付合いがあって今でも年始の挨拶はしてるが俺とまったく関係ない
他には一字違いのこれはどこから元ネタが出たのかと思う事を書いた本があった。
内容が知りたくて図書館に行ってみようと思ったが忙しくて行く暇がないが
その本の内容がこうだ。 
フルネームの一字違いの○藤リョウ○と呼ばれるチンピラが足を洗い身分違いのいい女と郷里の雪国に帰ってラーメン屋をやると言う話 
逃げられた元嫁さんは俺には過ぎる いい女だった事は確かだが作家は浅田次郎
一字違いが臭いが、これもまったく関係ない
思い出したのが留萌の2チャンネル 書いた奴は察しが付くがくだらんのと小さい奴と無視
ほんとネットの世界も困ったもんだ。
ネットがはこびるこれからは、いままで以上に自分の見識を持たんといかんと思いましたマル

田舎はどこもそうだと思うが増毛は5千人もいるけど人口に比例して店が少ない 若い人にとってはある意味チャンスと思うのだが

町内に一軒しかない電気工事屋なので大事にせんといかんが こんど電気屋のオヤジに会ったら俺を要注意人物というネタの出所を身体に泊村の原子力電気でも流して聞かんといかん
と思っていたら眠くなった~

身勝手

身勝手の頂点に立つ国からのミサイルは13日金曜日にジェイソン・ボーヒーズの国にめがけて打ち上げられた。

かなり前に留萌の副港に掛る橋のたもとに軽トラックが目の前を突然横切り
歩道を乗り上げ橋の欄干にぶつかった。
たいした壊れていないのに若い運転手は下りてこずに運転席でうつぶせになったいたのを二人で引きづり出したが舌を呑みこんでいて うまく息が出来ていなかった。
この状態と同じ状態の奴を知っていたので口を手で開けたが手は思いっきり噛まれた。
しばらくすると救急車が来て救急隊員は自分の手の代わりにゴムで出来たステージドリルのような物を口に入れて名前と住所を確認していた。
あなたが~噛んだ 小指がイタイ~どころではなかったので、その時に手に付いたヨダレはどこで拭ったのか思い出せない。

俺は思うのだが自分に持病があってもバイクに乗るのだろうか
高い所に登る鳶職になるのだろうか 屋根屋になるのだろうかと思う。
どちらも何かあった場合は自分一人がクタバッテお仕舞いになるのではないだろうか
持病を持ってるから危ない事は嫌だが 鉄板に囲まれた車には乗るでは
身勝手と取られても仕方ない
ましてやラフタークレーンのオペレータなどは俺が現場代人なら必ずケリ倒してやる。 
最近はこの身勝手と思われる行動が目に付いてしょうがない

てめ~の家の雪は横に捨てる場所があっても道路によれよれの爺婆から若者まで
ママさんダンプでわざわざ雪の日に国道を横断して雪という障害物を道路の反対車線にまで出す。

冬は毎日通う国道231では増毛中歌から留萌市浜中までの区間で 
増毛町区域では毎度道路に雪を出す奴は4人前後 
留萌区域の礼受から礼受港まで11~12人 浜中では数える事も出来ないほどいる
住んでる人数も変わるが増毛区域と留萌区域と行政区で人数に大きな違いがあるのが面白い。

 猛吹雪の日にこんな奴らを曳いたら過失割合はどうなるのか
一度試しに。。。と思う時もある。ア-メン~
俺があまりにも身勝手な事をやっていたら小さ目の石をぶつけてもらってもいい

あ~無情


何気に朝の連続ドラマを『どんど晴れ』から見るようになってしまった。
どんど晴れは内容はたいした面白くなかったが

壬生義士伝の中で新撰組の吉村貫一郎の見た、『お山 』を実際に見てみたくて岩手に行き
お山の岩手山と菩提寺を見た。 確かに暑寒岳ともまた違う綺麗な山だった 
この辺りに住む者にとっては心の支えになる
お山になるのだろうと思いながら『どんど晴れ』見ました。

余談だが留萌の大町や本町辺りに行くと今でも岩手の訛りを聞く事が出来
いまのうちにあの界隈の路地を画像に残す作業をした方がいいと思っているのですが。

その後『ちりとてちん』で、うる~うる~可哀想にあの座布団が~とハマって見て
『てっぱん』は最初は港に飛び込み沈んだトランペットを拾ってくるなど
実際に港を何カ所も潜った俺があれはありえん 
うそ臭いと思って見なかったが
そのうちに、あのごついオヤジに相槌を打ちながら見てハマり

なぜか板チョコを手に一枚持って会いに来てくれた 
岸和田の隣の堺のやんちゃぼんずのヒデは今頃なにしてるべ~なと
『カーネーション』とヒデと重ねて見ていたらハマってしまった。

終了後たった中一日空けて今度は『梅ちゃん先生』
なんとも情も余韻も無しにたった一日で変わってしまう。
テレビの世界 作り物の世界は無情なのかと思って
一日見ないでいたが、焼跡のあの、ぼんずが気になりまた見続けてる。

HNKはテレビを持ってる視聴者から見る見ないに関わらず
銭を強制的に分捕ってるので ほぼ視聴者の意向は気にしなくてよい
その為に世の中の動きに左右されずに番組を作る事が出来るが
反面 NHKは世の中はこうでなければイカンとなにか道徳の本を読むような
お仕着せがましい処があると抵抗しながら見てる。

道徳本町のボロアパートに1年ほど住んだが道徳は身に付かんかったし
毎日アジのフライは道産子にはきつかった。

観光魚


小樽を見る限りでは北一ガラスの通りには冬でも確かに人通りはあったが
比較的新しい店が閉店してるところを見ると長い事 商いを続けてる
店は僅かしかないと思われる 。
値付けも明らかに観光客向けと思われる値付けで 
俺が貧乏だからかチョットやそっとでは買わないと思われた。
なんぼ利幅があっても物が売れない事には
利益もヘッタクリも無いと思うのだが 
8割を地元で稼ぎ2割を観光で稼ぐのが値付けも健全な物売りと思うのだが

新南樽市場は地元客用と思われ価格も安くカニなどは無かったが
見て歩いた市場の中では一番 人が多かった。
入口と言うか出口というか、そこに食堂があるのだが
浅草では1500円以上と思われるアナゴエビ天丼が750円
ザックリと数えると18人ほどが食っていた 普段の日でこの入りなので
たった3人で仕切っていたが売上は凄いと思う。
さらに凄いのは地元客と思われる人が 
表まではみ出しカツ丼やカレーを食ってるのが凄い
市場で散々、魚など食い物を見続けたら食堂に入りたくなるのも当たり前かと思ったが
かなりの稼ぎがあるし一番見応えがあったし勉強になりましたマル。

8日日曜日に毎年恒例のマリーナー利用者の講習会が町の文化センターであった。
200人を少し切るくらいの人が集まったが例年より30人ほど少なかった。
俺は人数をザックリ数えるのは早くて2000人位までなら、
誤差は僅かで、すぐ数えれる このザックリ数える方法はある自衛官に教わって
それ以来、鳥を数えたりラーメン屋の並んでる人数えたりと何かと役に立ってる。

昔は何が何でも前列に並ばないと気が済まなかったが、いまは必ず最後尾に並ぶ
毎年思うのだが200人近い人数でもまったく同じ後姿がないのが凄い 
などと考えていたらウトウトしてしまった。

ここもプライマリーバランスが崩れるのも時間の問題と思われるが
マリーナーは立派な桟橋もあるので 狭い港口を閉めて
海水魚の釣り堀にでもしてしまったらと思う。
そうすれば漁師さんも雑魚は投げていたので 
直接的収支も観光にとってもかなりの効果があると思うのだが
いかに観光と言えども町民以外にプライマリバランスを崩し続ける事は出来ない

最北の釣り堀 貸し竿はタダ 餌は松竹梅に分けて 
松は人間でも食える新鮮小エビ餌はキロ1000円
竹はオキアミ キロ500円 
梅はなんて言ったか 留萌の波打ち際を手拭ですくうあれ 100円
隠し玉に国稀の酒カス 駄目かな~

釣り堀にはヒネたチュンチュンやホッケを放して
次々と餌の売上を上げる。町にとってもいいと思うのだが
観光魚様~

味噌汁付きアナゴエビ天丼750円は美味かった。

小樽ザップンピュ~

俺ってほんとマヌケ、メヌケなら食っても美味いしなんとかなるが
マヌケはどうもならん 
小樽駅のランプが綺麗でいいなと思って写真をと思ったが カメラを
ホテルに置いたまま 小樽の街を探索に出てしまい何も残っていない

小樽の駅には数えきれないほどの昔の灯油ランプが飾ってあった。
切符切りのアニーが言うには なんでも北一ガラス製らしい 
北一で買えるらしいが、ひねたオヤジの性格で新品なら、
なんの縁も物語もね~いらね~や と買わずにきた。

小樽はひどい風と寒さで海はザップンピュ~
小樽駅のトイレに入り手を洗ったが 
一つしかない蛇口から、丁度よい、ぬるいお湯がでる 
こりゃ~一言、言わんと気が済まないと
わざわざ清掃のおばちゃんを探して言ってやった。
「小樽は寒過ぎて 水がお湯のように感じる 」と
「もともとお湯ですよ~ 」
「さすが北海道の人は暖かいね~ありがとう 」とまるっきり内地から来た
わけありさすらいの旅人風に言った。
今回の旅はこの一言で決まった。点数的には2回転宙返り

夜はネットで★三つのどこが入口かよくわからん店で寿司食ったが 
お~お~俺の味覚が落ちたのかと思ったが 
増毛は★を4個やってもいいと思った。
やたら背の高い兄に~に「苦労してるんだろう~」と言ったが
「いえみんな優しいから 」と「前略おふくろさんと違うのか~」と言ったが
兄にはよくわからんらしかった。
先輩格は日本料理は厳しいですけど。。。。。

その後にガラ空きスナックの綺麗なネエチャンで飲みすぎて予算軽く
オーバー ザップンピュ~

小樽

爆弾低気圧の中 遊びに行ってました。
季節外れの積雪の為に一度出したロードスターを引っ込め
ライトエースに乗り替え出発~それでも除雪をしていなくて走るのに
苦労してやっとこさ小樽に到着
外を出るなとの気象注意の中 小樽を数十年ぶりで市内を歩きました。
港にはしょっちゅう行くのだが
運河を超える事はなかったので 夜は路面が凍ってツルツルで危ない中
花園で飲んで昼は街中の市場の見学をして来ました。

小樽も増毛も町の古さを売りにしてると思うのだが 
小樽とは同じ土俵には乗らないと思う。
その中で観光で生きるにはどこか違いを出さないといけないと思うのだが

運河通りに、ある菓子屋の有名所(ゆうめいどころ)が作った一角だが、ひねくれてる、田舎者に取っては、やりすぎと思いました。
全国的に見ても海運業の交易の歴史ある小樽にあっては作りもの感がして馴染めなかった。
俺も反省~反省

地元の人御用立つの中央市場がガラ空きだった。 数十年前に行った時は空き店舗は無かったのにビックリ
空き店舗にあったコーナー広さは6畳間だったが、さすが老舗
中央市場ともう一カ所は大変参考になりました。

財宝はどこに


あの獅子脅しが出て来る 
頻尿の薬のテレビコマーシャルがなぜかむかつくな~と
思いながら夜中に目が覚めてシマッタ

この夜中に目が覚めるくらい始末が悪いものはない 
3月に天北原野から戻って
それから気にしすぎるのか 
悪夢のようなニュースが次々と飛び込む
九州ではダイバーが3人も一気に 
北海道ではスノーモービルが窪みに落ちて一人 
白老では船が転覆して3人も 
みな何かしら自分が仕事としてメシの種にした事ばかり
これらがどれほど恐いかは確立の問題で 
どれも何万に一人程度の確率しか持っていなかったり  
仕事としてはしていないのに これだけ事故が起きる。
おまけに三セット揃いの奴は滅多にいない 
まるで奈落に落ちる パチンコ玉でないか
 
だが現場ではそれほどの恐怖感は無い
恐いのは仕事が始まる前と終わった後で 
もっと危ない時の後の恐怖は結構なものがあり
時によっては夢でうなされる事もあり
そんなんで夜中に起きるのはアッタラコッタラと
考えてしまい非常に困る。

自営業が本当に恐いのは どんな危険仕事でも
仕事が今年もあるのだろうか、物が売れるだろうか 
来年もあるのだろうかと思い始めると本当に恐い
アスファルトを突き破る雑草のような 
崖に斜めに生える雑木のような俺でさえ恐い
ましてや派遣などといった 仕事の若い人はもっと恐いと思う。
早く夜明けが来て欲しい なんか陽を見るだけで安心する。

明けると4月1日だ。雪でも掘り返してフキノトウでも食ってみるか
ついでに埋まった アイヌの財宝でも出てこい!  

枝葉の相対商売について


先日長い事 言葉には言い尽くせないくらい お世話になった方が
とうとう廃業した。時代の流れとはいえ廃業は早かった。

小売業は貨幣が出来る前から物々交換という形であったと
思うのだが  
何千年と続いた小売業という形態が ここの百年くらいで
劇的に変化をしたと言っていいと思う。
枝葉の商売の原則は顔を見て商売をする ここに銭金に変える事が
出来ない価値がある。

そもそも貨幣は物々交換の物を持って歩くのが大変なので 
時の田舎の権力者が私貨幣として出し 金(ゴールド)や
生産力が裏付けとしてあって、
貨幣そのものが稼ぐという事はなかった。
それがいまは投機によって貨幣そのものに価値を付け 
ただ単に貨幣さえ持っていたら価値があると勘違いされてる。
実際はどんなに印刷した紙幣があっても原野の真ん中や使い道が
分からない者にとっては あまり意味がない 

やがて遠からず皆が気付き始め。
その時に延々と何千年も続いた小売業という商売が改めて
見直されるだろうと思っている。
すぐそこ10年以内まで来てる 価値の見直しの時まで生き延びる為に 
今はネットという商いに目を向けるべきだと思っている。
小売業にせ生産者にせ 個人営業者は最高の年金を貰っても月に6万2千円
しか貰えない
廃業するにしても売れ残った 廃棄する商品でさえ資産として計上され
税金の対象になるし 仕入れた時点ですでに消費税を払っている
それなら残った商品を息子なり娘なりがネットで売り少しでも
老後の生活資金か継続の手段として考えて欲しいと思って
ネットオークションを公開して来たが これは業種とやり方では両刃の剣に
なりかねない そんなんで そろそろ非公開にしようと思っています。
大雑把な感じだが どんな小さな小売業でも生産業でも、
もしネットで地道に売り飛ばしたら最低でも数百万から数千万はあると思うので
老後の資金にして欲しいと思っている。

ネットは場所も時も選ばないし 俺でさえ出来る。