三河紀行 6


野麦峠に行ってみる。

剣が峰の大日岳か大日岳だとしたら標高2500メーター
山を見る時に何処の山を見てもなぜか北海道の山とは全然違う様に見える。
北海道では一番高い山でも旭岳で2290メーターで横の広がりがない 内地では標高1500メーター位なら普通に車が走る道路が付いているが北海道では標高1000メーターを超えて道路があるのは層雲峡位ではないかと思う。
キャブ仕様のガソリンエンジンでは変調を来たす標高になる。

野麦峠5キロほど手前になんと集落がある 阿多野郷集落 現在の村民は居ても20~30人程度と思う。
生計は林業か越中から諏訪地方への昔の街道なので旅籠か木賃宿で生計を立てたのか
現在は年金で生計を立ててる集落だと思うがノンビリして良さそうと移住する人も居るかも知れんが
そこにはそこの年月があり都会から突然行って生活するのは問題が多い
俺は田舎暮らしの先駆けとしては田舎で暮らすには家を直す木を切るロープを使うなどあらゆる事が自分で出来る事が必要で
田舎者が都会で暮らす事は出来ても都会人が田舎で暮らす事は中々出来ないと思う。
さらに集落の事は冠婚葬祭も知らん顔は出来ない
寄合も手ぶらではいけない
集落すべてを面倒を見ると言う位の気構えと銭も必要になってくるし
地籍もゴロタ石を置いただけでハッキリしない場所ではジェロニモかアパッチ族の生まれ変わりかと思う婆様や爺様の先住民にされるがままなのだ。
集落の会合もまず長老が分かり切った事を話し、
それと同じ事を次の長老が一言一句違えず皆に聞かせ
次に班の長老が同じ事をシャベルまで誰も口を挟む事は出来ない
そうでなければ長老達はあ~う~で終わる日常で口を開く何かを言う事が無いのだ。
会合は会議ではなくレクレーション大会なのだ。
それでもいいと言う ヌる~い考えの者以外は田舎に暮らす事は難しい

学校か


村の守り神には逆らえませんがな~


ガビ~ンあと僅かで通行止め 戻る事に内地の林相はわからんが標高1500メーターは軽く超えていると思う。

山の雪が消えてる処とある処の境目は標高線を引いた様にハッキリとわかる。
盆地特有の現象なのか

アチコチ点々とした俺は思うけど住んでる処が一番
今住んでるそこで一生終えるのも素晴らしい事だと

三河紀行 5

4月1日 予定より早く用事が終り愛知県を離れる事に愛知県も田舎に行くと瓦屋根にはこだわりがあり小屋根と言うのか小さな屋根が付随してる。
いまで言うデコトラと同じ感覚なのだろうか
時間があるので岐阜県を回り一旦富山市に出てから海岸線を南下する事にして岐阜県を目指す。

中山道 中津川宿

馬込の宿などは以前に旧街道を歩いた事があるのでナンチャラ協会で疑問に思ってる事を聞いてみたがハッキリとした回答は無かった。
人通りもあまりない山道の街道を稼いだ大金をどう持って歩いたのか不思議なのだ。
両替商による送金手形があったのだと思うのだが それとて安全なものではなかったと思うのだが
街道特有の御法度があったと思うのだが中でも東海道と中山道では山賊は中山道の方が多いと思うので中山道は全然違う仕来たり御法度があったハズだと思う。
ここで3度目の挑戦の大平宿の入り口の場所を聞くが大平宿は聞いた事が無い知らんと言う。
北海道では買い物圏だが内地では60キロ離れた場所はすでに異国なのだ。
この辺りが北海道人との違いがあり道民は良くも悪くも土地に執着がない
プライド高めと思われる爺が本を持って出て来て大平宿と中津川の宿を一緒にするなと言う。
爺は「 中津川の宿は幕府が認めたパブリックなもので大平宿は木賃宿なのだ 」と
知らんかった中山道や東海道は幕府が認めた宿で誰でも泊まれなかったらしい
う~ん今で言う高級旅館の様な物でその辺の木賃宿と中津川宿を一緒にするなと言う事なのか
一度知らんと言った手前力んでるのかと思ったが内地の國境では現代でもよくある話なのだ。
先祖を身近に感じ過ぎるのもそれはそれで大変だなと思う。

時代はドンドン変わり付いて行ける者と付いて行けない者との乖離が大きくなってゆく
俺は今だにガラ携帯なので今回はガラ携帯ではフェリーにも乗れない ホテルにも泊まれない場合もある事を知った。
浜厚真から出るフェリーをパソコンで予約したが3Dカードがドッタラコッタラで支払いが出来ない為に現地でスマホで再度予約せと言われるが俺のガラ携帯を見て受付が
何処から来た田舎者かと言った顔で困っていたが窓口は悩んだ末に手作業で再度予約して乗船
豊田市の宿は宿帳にあるゴチャゴチャしたQRコードを読み取り宿泊完了になるとの事で
寝る事もスマホを持っていない田舎者は出来なくなりつつあるが
こうなったら意地でも使い続けると思うのであります。

南木曽 空き家
家の作りが今では防犯上考えられない作りだが昔だってそんなに治安は良くなかったし村まる事巻き込んだ事件は沢山あった。
今と何が違うのか
来るな来てみろ返り討ちにして呉れるわと思ってるのか
無手勝流の極意で無防備だからこそ襲えないのか
結構そこそこ危ない目に遭うと強そうで弱い奴は沢山いるし一見無防備に見えて強い奴もなんぼで居る事を知る。
プーチンの様に相手を見くびってはいけません
これからは北海道が標的になるとの論評が多いがロシアとの国境は函館に行くより近いここで今更実際どうするのよと思う。
核ミサイルを7000発も持っているロシアに対抗する核を長さ1500キロ幅200キロのこの狭い国土の何処に何千発置くの
地政学的に今更どうしょうもなく ある程度の海上と陸上での防衛以上は出来ないのだ。
それよりは一般住民はいち早く逃げる方法を考えるべきで空き地になった北海道はお互いにやりたい放題に気が済むまで空き地に撃ちまくったらいい

いつ来るか 来ない可能性が多いのに毎日恐怖感を持ってなど暮らせない
内地の安全な場所に居て北海道はもっと恐怖感を持てと言う奴らに虫唾が走るのだ。
戦争は政治の最大の失敗なのだ まずは政治で外交努力が一番先に来るのがスジなのだ。
戦争はどれだけ酷いか毎日見てるが平和の為なら二枚舌も使うヨイショもする裏も掻く
引き延ばし時が解決してゆく事は沢山ある。
敵地となった うどん屋が誰に使われようが当たりまで些細な事で
もともとロシアやプーチンにはそう言う危険性はあったのだ。
覚悟の無い うどん屋に言いたい うどん屋など呉てやれ北海道民を煽るなと


南木曽

江戸時代は木地師は師と付くだけに幕府から特別な待遇があったらしい

耕紡工房 この人里離れた場所にパン屋が
ここで大平宿は冬季通行止めで行けない事を聞いた。
親切に折角調べて貰ったのでパン買って食う。
三度目の挑戦で大平宿は諦める事にして高山に向かう。

三河紀行 4


道徳 色々訳あってここに14才から15才まで住んだ。

内田橋 この周辺は水産加工会社や小商いの水産工場が多くあって
道徳のすぐ傍にあり その後ここの川っぷちに日銭を稼ぎながら3カ月ほど住んだ。
ほんとここでの生活はその後に色々影響を受けているが まだまだ他人様に迷惑を掛ける時ではなく普通に懐かしいなと思う。
当時は銭もなく電車も乗れず何処に行くにも歩いて移動していた。

変わっていない場所が今でも残っている。
当時は銭が無いので熱田神宮に行きベンチに座って唯々時間を過ごしてい居た
当時と違い今は最低限の生活は出来ているしほんと感謝感謝しかない

改めて昔住んでいた場所を訪れると触れたくない事も多いが どっちにせ今の自分を作って来た事は間違えない事を確認する。
関わって呉れた人達が今は幸せな生活を送って呉れてる事を願ってやまない


俺が居た時は熱田神宮に宝物館など無かったと思うが あったので入場料500円を払って見学する。
その中でも剣の宝庫 草薙館は数々の真剣が展示してあり見応えがあったが撮影は禁止で唯一この体験コーナーだけは撮影OKだった。
大太刀は重量1.2キロあり真剣の大太刀を初めて持った
刀はカッパワれ無い様に鎖で繋いであるが
以前から真剣を持った経験者数人に聞くと真剣は重たいと言うが俺の感想は意外に軽いなと思った。
山や海にはよく行くので刃物は結構数持っているし大太刀と脇差の模造刀をある人から貰って持っているので大体の重さはわかる。
この人を切る為に作られた刃物は日本独特の型ではないかと思う。
入口に来館者を監視してるのか そこそこの年齢のオヤジがハシビロコウの様に椅子にじっと座っているのだ。
一日ずうっと座り続けて居るのも凄いなと思い
「 真剣は思ったほど重くありませんね 」と声を掛けた。
ハシビロコウオヤジは目がキラッと光り
「 それは心の重さです 」と何やら意味深な事を言う
「 真剣は人を切ると言う覚悟の重さなのです 」と
俺はそんな危ない物を持って歩いていた時代は危なくて安心出来ないと言ったが
その言葉にハシビロコウオヤジの目は更にひかり
「 江戸時代は鍔と鞘の穴を紙縒りで結んで簡単に抜けない様にして
一旦抜いた限りは相手の息の根を確実に仕留める事が出来ない場合は死罪になった 」と言い
刀は簡単に抜く事はないと言う。
その後もハシビロコウオヤジの話は理路整然と延々と続き聞いた。
仕事とは言え一日中椅子に座り続けるのも大変な事だなと思ったが呑み屋ではあまり逢いたくないタイプかもと思った。

人は真四角な重箱にキチキチに詰め込んだ きちっとし過ぎた性格は危ないなと毎日にニュースを見て思う。
重箱の隅に隙間があって揺れると中のあんころ餅の形が崩れる程度の性格が聞く耳を持ちまたその場に適応して やりたくない事は適当にずらしてゆく余裕を生むのかもと思った。
これから一週間後にはついでだからロシアは地球上から消えてくれと思い
武器援助をする国が増えるだろう。
もうプーチンの手は離れて戦争は一人歩きをし始めて恐いなと思い始めている。
刀は抜いたらイカン忍耐我慢も時が過ぎたら笑い話になるかも知れんし
その程度にせんといかんと思った。

三河紀行 3

吉良の仁吉は本名、太田仁吉と言う 二つ名はま~いいとして
たった180年前の実在の人物の歴史を寺社がこれほど変えるのもどうかと思うが
歴史は都合のいい方が書き換える事はよくある事なのだ 国会議員などそれなりの立場に居るいわゆる歴史修正主義者が真実の様に実しやかに発言する事に問題があるのだ。
真実はひとつとまでは言わんが出来る限り正確に記し残し後は解釈を読み手に任せる事も大事なのだ。
公文書破棄や偽造などに関わった議員や役人は腹を召されよ


豊田市名鉄駅前 ここを根城にしてあちこち行ったが物凄い考え違いをしていた事に気付く

閉鎖してる店がやたら多い ひどいのになるとビル丸ごと閉鎖もあったり
閉鎖した店に
この店の知合いが居たら連絡して欲しいと張り紙なども数件あった。
北海道に住んでやや40年数年になるが
豊田市はトヨタの本社があり他にも沢山の製造会社がある。
あまり名の知れていない会社でも建物の中で今現在働いてる人は俺が住んでる町の全人口4000人より多いだろうと思う会社が沢山ある。
そこで働いてる人達が一斉に退社し家路に付く時も自然の土も水も一切見る事は無い
仕事中も右手にはこの部品を持ち左手には工具を持ちと一日中行動が決められている作業員は無駄口など許されるハズは無く ラインに並ぶ人達にとっては一杯ひっ掛ける居酒屋は唯一のオアシスで癒しの場だったのだ。
俺が税金を掛けても自然は大事に守ろうと言う事と同じなのではないかと
そのオアシス癒しの場を残す事に税金が投入される事は必要だったのだと
今まで飲食店に税金を投入する事に反対だったが深く深く陳謝する。スマン

 

あさはサテンでモーニング400円を食す
これでも質素だとの事で実は名古屋のモーニングは岐阜県との県境 一宮や大垣は凄いとの事だった。
愛知県のサテンは何処も早朝7時など普通に開店してる。
昔の少々イカレた若者は喫茶店の事をサテンと呼んで
冷~子~などと言ってアイスコーヒーを注文した
懐かしさで胸が一杯になる。

昼はスガキヤ担々麵 490円

俺が考える旅とはその土地の人の話を聞く事だと思っている。確かに景色や食い物はあるかも知れんが景色など写真があり食い物など一人で食っても大した美味くない
食いながら話を聞く地元の方言を聞く その時間が好きなのだ。
それがどうだ黙食と言う早くコロナが終って欲しいと思う。

最近見直された 宿場 有松
これは保存がいい方だが朽ち果てた家は軒数あった。
先祖からこの場所に家を残された子孫は回りに合わさんとないし辛いだろうなと思った。

うだつと白壁 瓦はこの地方特有の白みがかった三州瓦
町並みは数百メートルで終了
次は3カ月ほど住んだ内田橋に行き その後に真剣を見にゆく

三河紀行 2

誰がどう見たって悪いのはプーチンだ 誰か狂ったプーチンにハンコでなく印度を渡す奴はおらんのか
自分達が選び作った怪物なのだ手段は色々あるだろう
このままではロシア国民の国民性が問われソビエト時代に戻る事は確実なのだ。

1キロ程度なら確実に狙え一般市民の背中越しに何処から撃って来るかわからん狙撃や一般住宅のそこら中から飛んでくる火炎ビンなど
戦う者にとっては兵士も一般人も関係ないのだ。
戦争とはそう言うものなのだ。
通常の喧嘩でも集団でとなれば状況は全然違い最初の理由は関係なく勝手に一人歩きをしてしまう。

その怖さを身を持って知らん奴は口先だけの勢いだけは元気がいい
118回も国会で嘘をつき続ける奴よりは今の政権は遥かにましなのだ。


北海道には無い たいら貝を買って初めて食ってみた。味はさっぱり味

伊勢湾は北海道と比べると獲れる魚種が豊富にある。

北海道はこれから鮭鱒や昆布漁や水産物輸入や生活物資輸出などで苦難の日々が続く
俺の処でさえ海外も国内向けもすでにそんな気分でないのか動きが悪い 10日間も休んでもさほど支障がなかったがそれも仕方がないのだ。

画像では飛んでいって数羽しか写っていないがもっと沢山のサギが水産加工場の魚を狙って集まっていた。
食って行く為にはプライドなんかクソくらえなのだ。


三州三河一色 ガビ~ンせっかく行ったのに定休日だった。
下調べ一切無しで何処にでも行くがいい面では予断偏見なしで見る事も面白いのだ。
漁が休みで少々ヤサグレた風の散歩中の漁師のオヤジ達に色々話が聞けて良かった
三州と言えば吉良上野介 塩の専売特許で赤穂と元々因縁があったらしいが現在は吉良の塩田は無く赤穂が塩で有名になった プッツン来ても判官びいきで後世には多少の役にたった。
も一つ知られたのは吉良の仁吉 近くだったので行って来ました。

源徳寺
義理と人情に生きてドッタラコッタラとよく言うが いっちゃなんだが義理と人情は両立しません
国でも同じで人情があったらジェノサイドは起きません給料貰ってる国に義理を果たした結果が戦争で起こるべくして起こったジェノサイド


侠客として後世に名を残したが ヤクザ家業の人達に弱い者に堅気には手を出すな一つの目安を与えてる事はいい事かなと思うが28才で鉄砲で撃たれさらに切られてオッチンでは勿体ないのです。

折角で身も蓋もないが18才の女房お菊は実際には居なかったらしいので
これは尾崎史郎のかっこつけ


嫁さんは逃げられたので元義理になるが村田英雄は元義理のオヤジによく似てる。

俺は思うのだが男心は男でなけりゃわからんと言う それは本当だと思う
一国の指導者の孤独や不安はバイデンならわかるかも知れんと思うのだが
プーチンとバイデンはなぜに会談しないのかダメ元でタイマンで話をして欲しいと思う。

燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんやか 鴻鵠安んぞ燕雀の志を知らんやかも

三河紀行 1


3月26日 23:30分発の敦賀行きフェリーに東苫港から乗船する。
着岸が遅れた分で出港も30分遅れで出港するが定刻で出港しないのは初めての事だったが帰りの敦賀出港は60分遅れで出港したがなんとなく理由がわかる。

仕事を過密スケジュールで片付け10日間から14日間の予定で豊田市を目指すが体力が落ちてるのか酷い船酔いで薬も効かない食ったら吐くで下船後も後遺症か2日間絶食状態が続き漁師は出来んとつくづく思った。

今回は今までと違い遠くに行けない待機なので豊田市周辺を離れる事は出来なかったので名古屋にも行ったが不義理と不始末中途半端の愛知県は今更顔を出せる処もなく三河周辺を回って歩いた。
自分の考えの浅さを知る事も何度かあったので良かったのかどうかわからんが
知った事はま~ま~いっかと思う。

28日 師崎漁港 豊田市からここに来るまでたった58キロに半日も掛かってシマッタ

最初の三日間はこの車をトヨタレンタカーで借りて移動した。
オートマはま~良いとして信号待ちでエンジンは止まるしウインカーはなぜかオカシイし新しい車には付いていけない事を実感した。
これは危ないと思ったのは左ミラーでギリギリの道を左折する時に小さな子供だったらミラーの裏に入ってしまうので左はフェンダーミラーの方が優れてると思う。

カーナビも次の信号を左折ですと言うがオイオイ道が旭川のロータリー状態で5差路6差路など普通にあり何処に行けばいいのだと迷ってばかりだった。

地図を見て走る時は主要道路を走り目的地に一番近い道を右折か左折一回程度で着くように走るのだが
カーナビはスピードが出る有料道路や高速道路は走らない設定なのでこんな狭い道を走る事がよくある。
北海道なら積雪で通る事は出来ないし雪のやり場が無いので家も潰れると思う。
処変わればなにもかも違うが
遥か向こうでも突っ込んで来る事は無く運転者は北海道と違いマナーは良く
割り込みも一台毎に交合に入れてくれる。

一週間の予定を車をボコボコにする前に3日間で返却して徒歩に切替えるが電車もコロナが怖いのですいてる時間帯で移動は行ける処も知れていたが
何十年振りの電車での移動はなるほどと思う事も多かった。
俺が言うのもなんだが愛知県は服装がイマイチダサいのだ。
野郎はボロ着ても馬子にも衣裳と言う 女を綺麗にするのは男の甲斐性なのだ。

停戦を

俺は男尊女卑とまでは言わんが男女は同じではないと思っている。
女のリスクは子供産む幸せもあると思うがリスクは確実に男より大きい
中には野郎より強いメルケルの様な女もいるがメルケルは首相退任後は潔く政界を退いて今は科学者の亭主と自分の人生を生きている。
一方糞味噌に言われて首相を止めても国会議事堂椅子に座り続けクッチャベル元首相もいる。
帰る家もない国会にしか生きる場所がない趣味は政治と言う偏狭な爺なのだろう。きっと

毎日テレビ画面から逃げ惑う女子供の姿が映し出され
この女子供に手を出す奴には吐き気がもようすほど険悪感を覚える。
皆自分の大事にしてる者に何かあったらプーチンは取りにはいけないから近い処でロシア人なら誰でもいいと思い始めるだろう
そこには復讐報復の連鎖が始まりそれが現実に起きている
戦争は超法規の世界で人の命を取る事が許されてしまう。
普段でもその時に自分の手に何を持っているかで刃物なのか飛び道具なのかである程度決まってくる。
アメリカでは自分自身を守る為に銃の所持が出来るが その守るハズの銃で年間2万人を超える人が犠牲になっていても
それでも一度持つと持たない時の恐怖を考えると手放す事が出来ない
これが過剰な武器を持つ事の現実なのだ。

一般家庭にでも自分の身を守る程度の武器は幾らでもあり自分が使うかどうかと言う自分自身の構えになっていく
修理屋などはドライバーの果てから拷問器具に使える物まで凶器は沢山ある。
俺なんかプラグの電圧は2万ボルトもあるのでコイツの手にプラグコードを持たせてセルを回してやろうかと思う奴や
正座させて膝にディープサイクルバッテリー を積んでやろうか思う奴も数人いる。
後は天井クレーンに逆さ吊りして足の裏をクスぐり笑う度に縄がドンドンしまってもいいかもなどと
すぐカッとなる性質で自分でよくわかっているのでカチンと来たら数秒だけ目を閉じる様にしてる。
それが結局は自分の身を守って来たのだ。

国とはいったい何なのか個人の命を何処まで差出し またそれに見合う値はあるのか小さな者の集合体が村で村の集合体が都道府県でその集合体が国だと思うが
その根本になる小さな者の命は国と天秤に掛けられるものなのか
俺なんか雪が降るからムッタシ来るが北海道はまあまあいいなと思う程度でましてや国に命までは掛けようとは思わない
守らんならん者の為に成り行きでそうなってしまう事はあるかも知れんが
そうなる前に荷物をまとめてまた身体を張って住める新天地を目指すだろうと思う
またそうでなければ行った先に失礼かと

時が


北緯45度 オトンルイ

優秀なスタッフが5人いたら冬は何処にでも行ける。
これは林業や冬山で稼いだ人間ならよくわかっている。
北海道でも北緯43度を超えた場合は時期は1月から3月なら直線で何処でも行ける。
川は埋まり地面は固まる雪上車が道を付けて行き
先導車が川に落ちない事を見届けてから次が進んでいく
計画的に進むには冬は何処にでも行けるが逃げるには冬は中々出来ない

もしロシアが北海道に攻めて来るとしたら冬で2月から3月しかない
上には上が居る事を知った30~40代だったら攻め込まれたら勝てるとは思えないのでサッサと逃げてると思う。
一対一になった時にプロの軍人に素人は勝つ事は出来ない
もし勝つ事が出来るとしたらそれは相手より優秀な武器を持つ事しかない
相手を仕留めたとしてもそれは自分の実力ではなく
実際に目を見て倒すとの違いがあり 武器の力が大きくそこを勘違いをしてしまう時に間違えが連鎖してゆく
よく居るハンドルを持つと性格が変わる奴やネットで性格が変わる奴と同じ事が起きると思うのだが
そのうちに遠隔操作のガンカメラを見る連中の様に一人ヒットし殺す度に歓声を上げる様になってしまうと思う。

どんな状況でも性格が変わらないと言い切る事などその状況になってみなければわからない
そんな事を考えると誰も傷つけづに逃げる事は手段としては上等な方に入ると思うが
一発発射するとその発射元はすぐに特定され何倍にもなって戻って来るが
もう先も見えて来た歳の今なら どうせ逃げるならダメ元で一発お見舞いしてからと思う様になっている自分に気づき
先の見え始めた年寄りも危ないなと思う。

起きてしまった戦争は一刻も早い停戦を願う事とプーチンとロシア人を分けて考える事も必要なのだ。
一緒くたに考えて国民丸ごと孤立させる事はしてはいけないと思うのだが
そう思う時にまだ残留日本人が居る稚内サハリン航路が休止になったが武器を運ぶ訳でもなく
一自治体が民民の袂を分ける事はすべきではなく
雪も降らん吹雪も無い中央の言う事などスッとぼけているのも一つの手段だと思うのだが
もっとも航路は赤字だろうからついでにと言う事なのかもしれないが
今だからこそ続ける事に重みもあると思う
航路を残しておきサハリンがロシア本土から生活物資が滞って住民が食う物が無くなった時には稚内とサハリンの距離はたった43キロ、23海里しかない米でもジャガイモでも送ってやるべきだと思う。
戦争はいつまでも続かない終わった時に稚内や北海道の立ち位置が変わって来る。

北方領土も今住んでる住民はどうするの追い出すのか、一緒に住むのか
一緒に住んだ先にプーチン一派に北海道侵略の口実を付けさせる危険性すらある。
自由交流が出来るなら名義がどなろうが決着を付ける事はどっちにせいい結果は生まない事を知るべきだと思う。
これこそ時が解決する事で火事場泥棒の様に今この時に議論する時ではない

陸上第二師団は時間稼ぎの為に全滅する師団と言われているがなんぼ志願したとは言え親も子もいる隊員をも守り切るのも政治だと思うのだが

嘘つきは泥棒の始まり

いままで戦争が始まるのは利益権益の為に始まると思っていた。
隣の芝生は青いと土地を分捕るか古くなった武器のバーゲンセールとばかりに武器商人の口車に乗って内戦が起きたりと損得で起きるものだと思ったが
21世紀にもなって個人がその椅子に座り続けたいと言う都合で戦争が起きるなどあるとは思わなかった。

民間人は襲うなと言う事は軍人は襲っていいと言う事だが
ロシアの場合は徴兵制度があり徴兵を逃れる為には勉学中とかオリンピックに出るとか何かしらの理由がいり
18歳から始まる無給の徴兵から逃れる事が出来ない者の多くは貧乏人の出が多く徴兵期間終了後も食って行く為にそのまま有給の兵士になって仕送りをしてる者が多いとサハリンからの帰国日本人2世から聞いた。
広大なロシアでもモスクワがある西側とシベリアがある東側では生活レベルに雲泥の差があるだろう。
装甲車の中で丸焼きにされる兵士も同じ人間なのだ。
火炎ビンを投げる側も背負って行く必要があり
何処かで区切りは必要とは思うがそれを忘れた時に戦争は繰り返されるのだ。
残された家族も侵略者としては死んだとは到底受け入れる事は出来ないだろう。
それが狂ったプーチンの為に何が悲しくて兵士が犠牲にならんのかと思う。
誰が考えてもロシアに差し迫った危険を感じさせる国は無かっただろうに
中国もしかりなのだ世界は中国製品が無くしては成り立たない処まで来ているのだ。
中国がこのまま安定して製品を出荷し続ける事を願っている者は多いだろう。
若い時は一本独鈷になる為に藤田田のユダヤの商法や作者は忘れたが華僑の商法などナンチャラの商法と言う本はよく読んだ。
その中国も楼蘭の美女が寝ていると言うウイグルを弾圧する問題も狂った習近平の個人の思惑と言うか都合で起きてるのだと思う。
どちらも絶対的な権力を持った者の狂気を感じさせてしまうのだ。

この損得も考えられない損しかない戦争を仕掛ける事や民族弾圧などは何十億人が住む地球をたった一人の狂った人間が核戦争にしてブチ壊してしまう事になりかねない事を毎日見せつけている。
日本もそうならない為には安倍晋三強権政治を繰り返してはいけない
政治家に私利私欲を捨ろうと言うのはメシ食うなと言うくらい無理な事なので対策は二大政党制で数年毎に政権が変わる事しかないのではないかと思う。
政策はどっちにせ自分に都合のいい政策しか受け入れられないのだ。
その為には政策がドッタラコッタラよりは人間性を重視する必要があり
前宣伝の何をしたいではなく過去に何をして来たかで選ぶのがいいかなと思うのだが

停戦協議を見て平気で嘘つく奴は治らない 泥棒の始まり

出会い系サイト

申告が終わった。
非常識と常識が戦ったら非常識には勝てない事を毎日見せつけられているが
その時代、時代で常識、当たり前は変わってゆく 日本でも戦国時代は一族根絶やしなど当たりまで常識だった。
時代は加速が付いて進み何処まで遡るかは大問題でガキの頃は極貧を経験して電気も水道もない時代を過ごしたが今の時代50年も戻ったら大変な事になるどころか
30年前の携帯の無い時代に戻ったら仕事など出来ないだろう。
プーチンは復古主義者らしいが日本にも復古主義者は沢山いるが都合のいい処だけが戻るなどそうは問屋は卸しません

伊賀上野城 延々と続く石垣だがこの石を積むにはどれだけ下々を泣かせた事やら
江戸城を作ったのは農民と言ったのは藤沢周平で家康と言ったのは司馬遼太郎

美しい日本を取り戻しましょうと言っても森加計程度で
強いロシアを取り戻すとか言った結果が現在に至る。

外板仮組が終ったので今度は申告に頭を悩まし行って来た。
何が嫌いと言って注射と役所くらい嫌いなものはない
税務署はオラ~払ったるぜ~と言う感じなのだが一介の修理工に対し相手は数字のプロで勝てる訳がない
田舎の木っ端役人がコイツ嫌がらせかと思うほど突っ込まれる時がある。

休眠会社を抱えてる俺は固定資産税を払うが減価償却費は認めて貰えない
ようは誰が払おうがカッパラッて来た銭でも税金さえ払えば税務署は文句は無いのである。
総額数ヶ月は寝て暮らせるほど払い その上にアッタラコッタラ言われるのはムカつくのだ。
その為に申告に行く時はズタズタの油まみれの作業服に破れたジャンバーを羽織って行き階段の途中で倒れ込んでやろうか思うほど足取り重く登っていく
受付は大概 何だコイツここは福祉事務所で無いぞと言う態度をする。
俺は相手を身なりで判断する奴は信じないし 身なりで判断はしない
それがまった面白いほど掌を返す様が面白いのだ。
その様は内地と比べると北海道は特に面白い 内地は鍬持って野良着を着てる億万長者は普通に居るので回りも身なりでは中々判断しない
黒田清隆を開拓使と仰ぐ北海道の役所はその辺は歴史の浅さがあるのかも知れん

メシを作るのも忙しくて面倒になったので先週は町の宅配弁当をいつもの役所用の格好で行って申し込んだ。
窓口で生活困窮者の弁当を頼みますと言った時に横に座ってる奴が来たか貧乏人と顔に書いてある態度だったが
俺は生活には困窮してるが食っていくだけの銭にはまだ困っていない

いま生活で最も困窮してるのは背中に貼る湿布が上手く貼れないのだ。
集金に来るネエチャンは貼らせろと言うが肌を見せて若いネエチャンに襲われても困るので断っているが
う~ん 困ったぞ~今までの人生で湿布など貼った事が無かったのだ。
そんな訳で出会い系本来の使用方法ではない邪な考え方で湿布貼る為だけに高齢者用出会い系サイトを見てしまった。