選挙最終日

「 再び強い国にする為に力を下さい 」
力を持つと言う事は何に対しての力と言う事だと思うが
相手が鹿なのか熊なのか人なのかで全然違う
この数年で3頭の鹿を跳ね飛ばしたがなんの罪の意識も鹿が可哀想とも思わない
そのまま道路に放置していたら次に来る車もただでは済まないと思い
道路端まで足を引っ張って道路から落とした
後で猟師のオヤジにその話をしたら半矢の鹿は最後の渾身の力で蹴られるから素人は止めれと言われた。
体脂肪ゼロの鹿に蹴られたらマイクタイソンか堀口恭司に殴られるのと変わらんので
撥ねたら面倒でも処理を警察に電話するのがいいらしい
軽は残価ギリギリまで修理代が掛かり来年から保険代が3万円上がるとの事でクッソ~1日82円だぞ~少し足したら毎日セコマのパスタが食えるとは思ったが
鹿が憎いとも思わないし絶滅せとも思わない
それは相手が鹿だからで奴らは奴らのルールで生きてる処に道路を作ったのだからと

そこそこのガタイはしてると思う俺は最初は小さなマスで積重ねて力を持つ事を目指してそれなりの努力もして来たと思う
が力だけに頼る事はやがて力も思考力も衰えて今度は逃げる側に回ざるを得なくなる
経験上積重ねるのは時間が掛かるが壊れる時は加速され一瞬で終わる事が多い
それは自分一人なら尻尾を巻いて逃げる事も河岸を変える事もなんの問題もないと思うが
なにをやって来たかが大問題でプーチン、ネタニヤフ、トランプなどは墓まで追い掛けられる事になる
圧倒的力を持つ者の責任はすべての万民を見る努力をしなければナンチャラに刃物になる事をリアルタイムで見せつけられている
過去にはヒットラーもムッソリーニも国民から熱狂的支持を得たがその数年後に世界を危機に落とし入れ
ムッソリーニは熱狂的支持者達に今度は逆さ吊りされヒットラーはいまだに骨を探され
両人共によそに作った愛人と共にクタバルも残された家族達は悲惨な運命をたどった。
明日で選挙が決まるが熱狂的な支持が危険な事は歴史が表明しているし
選挙結果のツケを一番に払わせられるのは鹿でも熊でもなくひとなのだ
それも弱い順番から

「熱狂的支持など尻馬に乗っただけだべゃ~」
いや~俺が言った訳では~なく馬と鹿が~馬が~鹿が~

半生を反省

後2日で選挙が決まる
どんな結果が出ようが国外にはいかないので受け入れるしかないが
何処に地球外生命体がいて混乱させてから地球を乗っ取りしようとしてるのではないかと思ってしまう
眼の前は海だがそこに火星から来て帰り損ねた者達がいる
ある時は湯でられある時は粉にまぶされタコ焼きとされてしまう。
そやつの反乱ではないのか

眼の前は海、後ろは農村でここに住んで30年
農家は誰に文句も言われる訳でもないのに毎日毎日決まった場所、決まった時間に水温を測り野帳に書き込む
漁師も誰に文句も言われる訳でもないのに大学ノートに気温、風、潮流れを書き途方もないほどある網目をサヤメていく
自分を厳しく律する事が出来ない者は農家や漁師どちらにもなれない

国民の代表と言われる人達の自分を律する事の出来なさ
またその程度の者が選ばれる事は国の民度のレベルが低下してるのだ。
なぜにそうなったかは世界中が経済経済と尺度を経済優先に置いた結果ではないのか
みな経済が良くなればすべてが解決されると思い込まされている
家の中は捨てる為に買ったのではないかと思う物が溢れていて
買ったはいいが使わないボートに建てても使わない別荘はそこら中に山ほどある
なぜに使われないかは、それを買う為に働き時間が無くなってしまったのだ。
物を買う事と持つ事
そこに銭を使い足りなくなると経済が経済が良くなればもっといい生活が出来ると思い込まされているのだ
その消費どころか使い切らない経済の為に物の取り合いになり戦争が起きる
結果は自分達の子供世代にツケを回してしまうのだ
「 経済で強い国を 」それでは弱い国を生む事になる
どうやったら相手を潰せるか勝を取り続けるかを考え続けた半生の俺が言うのもなんだが
絶対的地球に住む限りは強弱ではないもっと違ったものがあるのではと思うのだが
ひとに逢い交わす数う言の言葉に一番の財産はひとだとつくづく思うこの頃なのだ。

 
とうとう集落のひとが居なくなって集落会館を取り壊す事になった。
ここに来て人らしい暮らしに目覚めほんとうに良かったと思う。

ナマステー

ばけばけは物語とは思うが没落したトキ一家が暮らしていた遊郭があった川のこっち側は現在の和多見町で
明治以前は遊女を身請け出来るのは武士のみだったが維新後は町民も身請けが出来るようになった
俺は思うのだが武士の身請けとラシャメンとどう違うのだ
トキ一家に手のひらを返し石をぶつける
維新前はう~ん身請けした武士一家にも石をぶつけたのかな~
武士には石はぶつけはしないでしょう
それは日本には弱い者には石をぶつけるがクソ野郎のトランプには何をやっても言えないと言う文化がある事を見せた。
その弱い者に石を投げる心情や排外主義はほぼ同等の者を虐める事で自分の立ち位置を確認しようとする負け犬根性だと思うが
それが証拠に有色人には厳しいが白人に厳しいとはあまり聞かない

 
こないだ留萌生協で買い物していて知り合ったネパールから来たオヤジの店に銭を握り〆て中辛カレーを食いに行ってきた。
なんと言うのか知らんが米が美味かった。
ネパールもインド系アメリカ人のラムさんと同じナマステーと言うらしい

ばけばけを見いて何がショックかと言ったら棒手振りのシジミ売りが桶の蓋を閉める場面だった
松下幸之助はその著書の中で10銭の饅頭1個しか買わない人もその人にとっては大事な10銭で銭の嵩で分け隔てをしてはいけないと言っている
松下幸之助は商人はそのひとがその時その立場事情に組し寄り添う事で商いが成り立つと教えてる。

内地では宍道湖でも川でもシジミはそこら中にあるただ北海道と違い小さいが
せめて苦労人だろう棒手振りのシジミ売りはそっと余分に手渡すくらいが本来の商いだと思う
誰が石を投げたか知らないが子供だとすると親が話をしてるのを聞いて悪い奴と決めつけ石を投げるのだと思うが
親達の連鎖を止める為の思考力に問題があるのだ
あ~あ~貧乏に負ける奴にはなりたくない

雪の中から拾って来た木が濡れていてストーブで乾かして燃やすのだが
それがまった丸木は中々乾かないで
その木を燃やすので煙は出るわで人間燻製状態になってるが
俺にはこの貧乏生活が板に付いてるし大好きなのだ。
朝ドラを見てつい本気になってしまった。

経済とは政治とは

小泉セツの祖父 塩見増右衛門が陰腹を切った時の辞世の句
「君のため 思ふ心は 一筋に はや消えて行く 赤坂の露」

日曜討論をドタキャンして指にテープなど巻いて聴衆に見せたりしちゃって~
痛くても頑張る~私を見て~お涙頂戴~よ~三文役者~
このあざとさの先にある隠されたものに騙される者の気がしれん

 
いまは大成にゆくトンネルが出来たので行き止まり集落ではなくなったが
数十人が暮らす鵜泊集落の切通しを海沿いに10キロほど行くと太田神社がある。

 
太田神社参道途中ここまで命がけで登って漁の安全をお参りする集落のひとを思う。

国政選挙カーも来るかどうかもわからん鵜泊集落で水揚げされたわずかな魚は
70キロ先にある魚市場に持っていく為に
ここのヒラメの送料を引かれた手取り浜値は書く事は出来ないほどの価格しか付かない
だから海に出れる時は無理をしてしまう でもここも日本なのだ
経済は『利は元に有り』と言われるが現在では誤解され
元を叩く、パイを獲り合う、熾烈な競争で
その経済競争から外れる域内には未来はないと言われる
経済が競争なら政治とは万人に幸せがゆきわたる努力をするべきもので
それが無理なら政治家にはせめて誠実であって欲しいと願うのは無理なのか
本当に無理なのか、そうなのか経済とは商いとはいったい何なのだろうか
商人として修理工として考え続けて行きたいと思う

北海道西海岸には鵜泊のような僅かな浜値の魚を獲る為にチャッカ船に乗り
海に出て命を掛けざるを得ない集落は数ある
そこにもひとの営みがありひとが生きている
合掌

言葉や思考が軽すぎ

今冬の気候はちょっと違い雪が少ないのに寒い日が続いて
山から取ってる水パイプが雪の布団が掛かる前に氷点下5度以下になって凍ってしまった。
内陸から比べると日本海側は暖かく過ごし易いが雪が少なく寒い年はエライコッチャなのだ
たった2~3センチ降ると大騒ぎになる内地の都会とは大違いだが
その地その地に長い事続いて来た気象や地域性はその地にしかない苦労や喜びがあり
石破元総理選挙区の鳥取に「東京を真似したら」と総理は言ったが
同じ事を自分の選挙区にも言ってみたらと・・・・
よそ様には他の地域を真似れと軽々しく言う事ではない
誰かを見習いなさいと言う場合は、
苦しい状況でも頑張って成果を出してる相手を見習なさいと言っても
田舎に圧倒的有利にある都会を見習いなさいとは言うのは全然違う
一国の総理の割には言葉や思惑が軽すぎると思うのだが
旭川に札幌を見習いなさいと言っても物量も資金力も地政学的にも違い見習いようがない
それでもそこに根付き生活し努力してる人達をコケにしてる

日本は世界の中でも珍しい80年もの間戦争や紛争でひとを撃った事がない
それは偶然ではなく陰で多くの人達の苦労と努力があっての事なのだ。
「働いて、働いて、働いて、働いて、働いて・・・」子供のスローガンとしては面白いが
5回もクドイそれでは奴隷と変わらん
なんとその言葉を軽くマネする者の多い事か虫唾が走るわ
なんの為に働くの それは家族が食っていく為でもあり自分の人生を全うする為でもあるのだ
今どき釣りもする遊びもしないと精神が病んでしまう
仕事は楽しい事ばかりではないが楽しい面白い
タダタダ働いて精神を病んだりするのは本末転倒なのだ

信任して呉れと言った処で総理を直接選ぶ事は出来ないではないか
わずかな人数の議員とナンチャラ党員との闇で選んでいるのではないか
実際は働く前に放棄した なにせ言葉は軽く自分が自分がで
国民を顎で使えると思ってるフシがある

いつの世も危ない事ばかりだがひとつの危険回避方法として
男が女を騙す事は簡単で逆の女が野郎を騙す事も簡単だが
相手を知る時に同性からどう見られてるかは大事で
大昔~『娘三人あれば身代が潰れる』と言った名古屋時代に
仲人婆さん達が先輩の職場での様子を探りに来て言うには
『 男は男に惚れられてなんぼだからね 』と言う
常滑の出の職場の先輩を思いっきりヨイショして褒めちぎっておひねりを貰った事があった
その後はどうなったかは北海道に来たので知らないが・・・・・
偉ぶらずいい人だった

女の敵は女なのか初めての女性総理の割には閣僚に女性が少ない事や
丁寧な説明を省く為や思考の浅さや軽さをスローガンで誤魔化す事は
勤勉と言われたドイツを破壊したボヘミアン伍長がやって来た事なのだ
俺は女性が嫌いでも恨みもある訳ではないが
命まで掛かるどうにもならない事は笑って誤魔化せが俺の心情だが
どんなに笑っても目と手だけは誤魔化せない網を引く漁師の手も土をいじる農家の手も名刺で勲章なのだ
そんな訳で猛吹雪になる前に期日前投票に行って来た。

春夏秋冬

札幌に毎年恒例の挨拶に行って帰りは231か275かと迷たが当別が酷く231に変更し戻って来た
北海道はこの季節の格差があるから面白いのだが
地球上の都市が多いのはなぜか天候が安定した緯度ではなく北緯40度から50度に多くが集まっている
それは季節がハッキリしてるからではないかと思う
厳しい冬を乗り越え生まれる春に種を蒔き 身体を休め楽しむ夏を過ごし
収穫の秋を迎え厳しい冬に備える
先人の知恵と勤勉と努力がなければ次世代が生き残る事は難しい
その結果が北緯45度周辺に人が集まる理由ではないかと思うのだが
人生にもこの春夏秋冬があると思う
勝手に思うには春は27歳まで夏は48歳で秋は68歳までその後は冬の季節だと思ってる
生まれ出る苦労の春
何も恐い物など無いとバリバリ稼ぎ楽しむ夏
すこし物事を考える秋
次世代の栄養にする為に葉を落とす冬で人生終了
一番稼いだのも失敗をしたのも人生の夏の時期で失敗には人間社会で必ず相手がいて
大小はあっても許され励まされて今がある
その人生の貸借帳尻を一生掛けて合わせる事をしないと笑って終える事は出来ない

平成に入ってまもなく早朝に千歳から東京と日帰りで何回も通い最終便で羽田から飛び立つと
暗い東京湾に一ヶ所煌々と見えるのは24時間ぶっ通しシーリング工法で行われる
工事中の東京アクアライン風の塔だった。
その明かりを見て土方は頑張ってるなと思うのが唯一の救いだった。
いったいなんでこんな事が起きるのだと
渦中にある時は藁にもすがる思いで何処かに救いは無いのか何か
いい方法はないのかと毎日考え続けた日々
前の日に握った握りメシをベンチで食ってる時に腰縄に繋がれた者達を見て
お前達はバカなのかと涙が零れ落ちた毎回終わりの見えない日比谷通いだった。

いま時の行政は「なにかお困り事は悩み事はご相談を」などと各種相談窓口があるが
昨日のニュースを見て思うのは普通なら人生の夏を迎える45歳になっても
苦しめられ続けて来た彼が目にしたものは
その相談窓口の大元の親分が『 ハン・ハクチャ様に敬意を表する 』などと言っていたら
その時の彼の絶望感は痛いほどわかる
これはなんの因果も無い通り魔事件とは違うと言う事なのだ。
人生の貸借帳尻を合わせる努力をしないと春夏秋冬の人生を笑って終える事は出来ない事を示した。
量刑は変わらんでも控訴して政治家とは公僕とはどうあるべきかを世間に問い続けて欲しいと思う。

私って綺麗~

ワタシャ~不謹慎の塊なので昨日解散表明ニュースを見て思ったのは
昔し『私って綺麗~』と聞く女が居た事を思い出してしまった
あれは口元を隠した女が『私って綺麗~』と聞き
『綺麗じゃない』と言うと鉈だが斧だかで切られ、
『綺麗~』と言うと口を切られると言う口裂け女の都市伝説があった。
どっちにせこの女に出遭と不運で最後ロクな事がないと言う話だったと思うが
この話の怖いのは、えっと思うのは良識があるだろうと思われる人もその都市伝説を信じる人がいた事
私が私がを何度も連呼をし自分の為の解散で国費600億円
どっちにせ総理に選んだ時点で不運を招く女
う~ん口は・・・・・

身の回りにも稼ぐ以上に使う それも5年も10年も先の分まで先食いして
せめて欲しい物があるなら頭金を三分の一貯めて
それでも欲しい、必要と思うなら買えと言うが
リボ払いなどにハマり一生借金地獄なのにそれにすら気付かないで
結果は金が足りないと言う
その為には経済が良くなればすべてが解決すると刷り込まれ経済が経済がと言う
良くなればさらに良い物と消費欲求に回されるように誘導され生活はさほど変わらないで
笑うのは大企業だけなのだ
それは日本の借金財政も同じで北海道に借金で作る新幹線など要らん
新幹線は点と点だけがよくなり途中は端折られ人口が減っていく元になってるのだ
無料高速が延伸した丸瀬布を見るとよくわかる
いまは遠軽が終点だが浮かれてると丸瀬布の二の舞になる事は間違えないのだ
経済優先には様々な諸刃の刃が隠されている事を覚悟しないといけない

 
大成太田神社参道 参拝まで2~3時間崖を登らないといけない最後のひと踏ん張りあと少し
選挙の勝負に出る時に神仏に祈るのは勝だけの事をした人が祈るとご利益があるが
何やってもダメな者は反省せずに神仏に祈っても味方しません

選挙


この除雪機の走行側のベルトが外れで4日間も悩んでしまった
ここでの試運転では一度も外れる事は無く納めると外れる
戻って来てまた納めると外れるの繰り返しで何が悪いのかわからないとお手上げ状態に


同じ除雪機の在庫は沢山あるので部品を一式外して来て付け替えるが外れる

考えが詰まって来ると一人だけの考え方は水の流れと同じで考えも流れ易い処に流れ
方向や道筋が決まってしまい何度考えても同じ考えになるので休むのが一番
ベルトにひび割れがあったので交換したのが発端だが今まで何十台と交換して来て交換後に外れた事はない


それなのに
様々原因は考えられるがまず左右極端な原因を考えて潰していく
左にユーザーの使い方を疑うが今どきどんな使い方をしても外れる事はない
以前除雪機エンジンに水が入り始動しなくなる事があってなんぼ調べても悪い処がない
ユーザーが役立たずとの眼で見始めた時に
そこの孫が雪掻きを手伝いながら除雪機の空気取り入れ口に雪を押し込んでる場面に遭遇して一件落着になった事もあった。

左にユーザーを疑う右に自分を疑うと左右を攻めてひとつづつ潰していく作業をするのが
修理工の常套手段
考え方は右も左も否定はしないで中間を模索するのが難局に当たる心構えだと思う

交換をする前は外れる事は無かった
左は割れてるので交換したベルト 右は新品を付けたが外れ傷ついたベルト何十回も見て意外な盲点に気付く
結果は分解を5~6回やって隅から隅まで見て異常や組立に間違えは無い事を確認した
詳しく書くのは端折るが原因は今どきこんな事があるのかと言う原因で修理完了

物事を考える時は凝り固まった考えでなく自分の身を左右の言葉を聞く中間に置き考えるのは決して悪い事ではない
俺は中道連合はいいと思うが
人類史上戦争は経済が原因になり権力者と金を持つ者が戦争を起こし
貧乏人が一番に前線に立たされるのは紛れもない歴史上の事実
富の取り合いが戦争になる

金を持つと減らしたくないから変化を嫌い自分の富の守りに入るのが保守
奈良の女は20代からの高い支持率らしいが若者は事の重大さを分ってるのだろうか
選挙に行かない者は白紙委任状を渡したのだ政治家や国に何をされても文句を言う権利はない

ばけばけの橋

実在のひとをモデルした本やドラマはよく見る
最近は大河ドラマは見てなかったが、
今年は日曜朝の「商い世傳」と「豊臣兄弟」を見てるが
秀吉生誕の地は縁のあった栄生のすぐ傍の中村競輪場にあるので「豊臣兄弟」を見てる。
中村競輪場では予想屋の商いの方法を随分近くで見てその後の人生で参考にさせて貰ってる。
ひと言で言えば予想屋がそんなに当たるのなら自分で買う
それでも予想屋が商売になったのは方法があるのだが今は書かない
株も同じで量目の決まったパイを分けるのにわざわざ他人に教えはしないのに
儲け話で騙される者の気がしれん
自分の手と身体を使ってコツコツと稼いだ者がその同じ手で幸せを掴むのだ。


中村競輪場に行く人が栄生で降りて多く通る鳥居通りガード下

15日の朝ドラ「ばけばけ」を見て半分物語だと思って見てるが
実在の人物をモデルにドラマを作るのは難しいなと思った
トキの幼馴染の野沢サワが手土産にその辺りの花を摘んで持って行き
玄関先にある立派な花と自分の花を見比べて脇に捨てて家に上がるも
あまりもの違いに場違いを感じて帰る
サワを送るトキをサワが橋の上でここで買い物をして帰るからと
橋を渡ろうとするトキを制する

大橋川松江手間天神社

八雲の住居と没落前のトキの実家小泉家が有ったのは松江城傍の塩見縄手で遊郭が合った場所は大橋川を越えた和多見町なのであの橋は松江大橋だと思うが
上士の小泉家が没落したとは言え本当に川を越えた向こう側の遊郭があった和多見町の長屋に住んだのだろうか
その設定が崩れると遊女ナミと野沢サワとも友好が無かったと思うのだが
上士と下士と町民の身分の分かれ橋で町民を川の向こう側に住まわす事で殿様を守る為のひとつの道具として扱った時代を生きたサワとトキ
もう橋を渡る事を許さないサワの心境を思う時に自分がトキだったらどうしたろう

 
自然館ゴビウス 汽水域宍道湖に居るエイ

ここに移住して来て30年ひとは成長をし続けるのに変わらずにその地に居続ける事の難しさを思ってしまった。
作家兼脚本家はこの後どう始末を付けるのだろう。

直らんぞ~

幅1.1メーターの用水路を挟んだ処に昨年秋に小さな別荘が出来て
そこに空知の小中一貫校で学年がバラバラの仲良しの子達数人が毎週金曜夜になると宿題や勉強をしに来ていた。
いまは雪が酷くなったので来ていない
その子達は勉強に飽きると裏の山に登ったり海に行ったりして遊んでるのだが付き添いのとっちゃんはその傍で酒を呑むので誘われて何度か呑みに行ったのだが
え~え~こんな難しい事を子供が勉強してるのかと驚くばかりでたまに勉強を教えて貰ってた
三角形の内角和は180度だが定規を使い平行線を引いて簡単に証明出来ても計算式で証明するのは難しく答えを聞かないで自分で考えようとしてるのだがいまだ出来ていない
頭の悪い俺はつくづくエジプトに生まれないで良かったと思う
計算出来る者は板面で考えていても計算出来ない俺はムチでバシバシ叩かれクソ重たい石を朝から晩まで引き続けるのだろう

FF暖房でクーラー付きの別荘だが水道が無いので子供達が水を汲みにここに来るのだが
ひとりやたら礼儀正しい子がいてさすが旧産炭地と思う
いまの俺は銭も無いが、借金も無い、食う物にも困らない、マキは拾って来るが何不自由ない恵まれた生活をしてるのだが
世界中の年寄り連中が子供達の分まで先食いする事はあってはならないとつくづく思う。


次から次と除雪機の不具合が起きるが残存価格もあり泥沼にハマってしまった。
中々直らない場合は意外と簡単な原因の見落としが多いが
新車から見てる場合はいいが途中から変わると一から見るので大変でスクラップにしてしまえと思う
悩んだ時は原理原則に戻り右と左に極端な考え方をして原因を模索するのが修理工の考え方だが
その定理とか公理とかよくわからんが最近はそのわからんのが面白くて小学校に行ってみたいと思うようになった。