雪掘ってさらに掘って

暖気の日は落雪の下敷きになる可能性があるので雪下ろしをしてはいけない
寒い凍える様な日に限界集落に彷徨う雪女の幻でも見そうな日にやるのがいいのだ。
ここは自宅なのでいいが冬山で気を付ける事は汗を掻かない事が肝心


これ全部の雪を一人で下ろしてるので最初に下ろした処がまた積ってしまうのでこの雪の中を毎日グルグル回って疲れ切っている。
町営の風呂にいくとルームランナーや筋トレ施設があるがわざわざ電気を使って運動をする姿を見て何処の国から来た奴だと思ってシマッタ


この中に船主に見捨てられた高さ2.5メートルほどのボートが埋まっている
北国の家と違い そもそもボートは真夏の海で水着のネエチャンを乗せる為に出来ているので雪の中で使う事は想定されていない
一番弱いの屋根で暖気が続くと危ない 船が可哀想なのでスコップで掘り起こして雪を降ろすのではなく回りに積んで屋根だけは出しておかなければならない


今度はコッチとアッチ


さらにコッチ
電柱が雪で押されて折れそう先月から電機メーター検針員が北電に合理化とかで首を切られ来なくなった
この雪の中で一軒一軒雪を搔き分けて歩いた検針員の怨念か この奥にある電気メーターが猛吹雪で吹き飛んでしまった
一応連絡だけは入れて置いたが誰もこんしメーターは自分の敷地内にあっても触る事はいかんらしい
ごもっともなのでほかって置いてあるが線が繋がってるので文化生活には何も支障が無いし自家発電を持ってるので好きにせ~と
左奥に見えるのは廃線になった国鉄線路
ふ~ん合理化ね~
この猛吹雪が続く黄昏た北海道西海岸の田舎の限界集落のさらに絶滅集落寸前の検針員の次の仕事は決まってないらしい

ケダ~モノめ~


クッソ~ 桁網の船からトロ箱一杯貰ったナメタカレイにカジカが
ナメタは納まりがいいので箱一杯は凄い枚数になる それを水が冷たいのに捌いて塩して干してそろそろ食い頃と行ってみると無い!ないぞ一匹も無い

下にはケダモノ達の足跡がそれもウサギかキツネか他に何かわからん足跡が無数にある。
魚を干す時もいい魚は一番上に上げて干して唐揚げか焼いて食うかとワクワクしながら下から順に食うのだ
それが日替わりで味が変わっていくのも楽しいのだが
俺は美味い物は最後に食うタイプで身の厚いナメタとカジカの身も食わないでケダモノに食われてシマッタ
クッソ~ケダモノ連中を殲滅してやろうかと狩猟のオヤジに頼んで罠をと思ったが

だいたいが美味い物を先にさっさと食わない いつまでも片付けない性格も悪いと思い
片付けと終活をやる事にしていたら
ヒトデナシと言われていた時代の写真が出て来た。

この時代は食うのと生きるのに必死でずいぶん皆に迷惑を掛けて、助けられて、来たと感慨にふけってしまった。
アーク溶接免許は2年毎に実技試験があり合格しないと更新されない為に特殊な製缶などの仕事はお払い箱になり寿町か西成のドヤになる時もあり関西のドヤに3カ月住んだが皆に助けられて現在に到るのだが今でもさすがに当時の事は書く事は出来ない


宝引き賭場開帳 貸元になって皆から分捕った銭はここ崖下村で使ってしまったのである。
もう今は殆どが鬼籍に入ってしまってる。


サハリン残留2世の人達
この当時は国民皆兵のロシアでは日本に帰国する残留日本人の息子達は
長男が終わったら次は次男と次々と人質同様に兵役に取られる為に泣く泣くロシアに子供を残して日本に帰国せざるを得ない人達もこの中にいた。
その後に合流出来たらしい
好戦的な連中に戦争のケツを一生拭く覚悟はあるのかと言いたいが経験上声の大きい奴は逃げ足は速い


ついでにシャケの頭を叩くゴムハンマーを振ります吞兵衛
呑んで吞みまくった人生
自分では素晴らしい人達に支えられた人生だった。

自分を振り返るとま~しかたね~やとナメタ盗賊どももこの厳冬期に必死なのだと殲滅作戦は諦める事にしたが
浜風でかるく干したナメタは美味いんだょな~クッソ~

スマートホン


スマホに替えてから一週間になるが何がなんだかサッパリわからん電話に出る事も掛ける事もやっとで
パソコンはマイツールから使い始めて40年弱になるがこのスマホと言うのはマイツールの何十倍も何百倍も違うまったく違った物なのだと思い知らされた。
タブレットもカーナビで使い始めて数年経つが今ではカーナビ無しは考えられなくなってシマッタ
旅先でカーナビを使う事は道を間違えないので時間の節約になるが
メシなどを食う時は有名店が出て来るのでひとつの流れが出来てしまい有名店は有名になる一方で並ばなくては食えなくなり
自分が掘り出す店などの面白さが無くなってゆく様な気がしてならない
ラーメン屋の場合は並ばせる事は出来るカウンター席のみにして丼を出すまでに時間を掛けて出せばお客さん詰まって並ばなくていけなくなる。
当然それ以外の要素はあるが旅行の旅先に出てまで並ぶ店だからと入る必要はない
スマホを手にしてから有名店とか有名とか言う言葉で検索上位に出て来る事になんかひっくり来ないで引っ掛かるのだ。

俺が考える旅の三大要素は知る、見る、食べる、で知る楽しみは大きいこれは一方的に見て知るのとは少し違い旅先で教えて貰い聞いて知る。
これはその時出逢った人によって大きく違って来るそれが旅の醍醐味でもある。
その為にも並ぶほど忙しい店や観光地では中々そう言う出逢いはないので地元民が行く店を探す事になるがスマホの普及でそれも叶わなくなるかも知れない
たまにもの凄い不愛想な人に出逢う事もあるがそれはそれで凄い人生を損をしてる
そこに気付かない可哀想な人だと思うし自分はそうはならん様にしようと思う。

仕事、銭を貰うと言う事は答えはひとつしかないプロとしては
持主の予算やそのモノに対する思いもある中で最適な答えはひとつしかない緊張がある。
何を見ても仕事でなければ自分で好きに解釈するもの勝手で旅は仕事人のその緊張をほどいて呉れる場でもある。
申告が終ったら旅に出ようと思うのだ東北か美濃か山陰かひと月休めるなら瀬戸内などと思っているのだが、、、、、、昨秋はとてもそんな時間は無かった。

横並びにされるスマホに振り回されない旅をしたいと思ってるが
いまはそのスマホに翻弄されている。

説明責任

タブレット修理不能で等々 ガラ携帯をスマホにする事になってしまった。
ここで大問題が携帯を使い始めて約30年にもなるがスマホは何が何だかわからん

買え替える条件は通話無制限これは救助には絶対必要
カーナビとして月に30時間程度使いたい ショートメールを使いたい カメラは使わない
これだけ
電話屋に行くが相手が何を言ってるかわからん
アプリって何よ ギガ!ガキはわかるがギガはわからん5Gって何よ ラインどこの川ょ
年金が2万以下なので予算は月々5000円以内で押さえたい
使えないと思うのでなるべく近くで調達したいと27年も使った電話屋に行くが対応する奴が変わる度に料金が跳ね上がり1万を超えた。
『 オラ~舐めってるんか~ 』と俺の心の中で叫んでいる。
説明もよくわからん
「 お前の親に説明する様に説明して呉れ 」と言うが専門用語ばかりで顧客を値踏みしてるのかと思ってしまった。
キックバックなどとわからん用語を使う奴は説明したくないのだ
戻しを安倍晋三先生は止めると話を出したらしいが
それはアガリを議員に戻さずに安倍会長が全部懐に入れる算段だったのではと

国会議員ではないので修理工は相手に説明を求められた場合は相手の年齢男女に関係なく相手が納得いく説明が出来なくてはいけない
相手がわかる様に説明するには自分自身が理解をしていなければ説明は出来ない
それが自分自身の技術の向上に繋がっていくのだと思うが

先月後半からいったい何をやってるのだと言うほどミスが続いているが大問題に気付いた
修理工を半世紀以上やってここに来てからは身体を張ってスノーモービルを使い冬山の荷物運搬を長い事やって来たし海での作業も色々やって来た
その自信が俺は間違える事は無いと言うおごりを生んで単純ミスが連発している。
元々頭が悪い事は重々承知してるが
修理工で良かった自分でおかしたミスは自分でなんとか出来る。


この下に下屋がありもう何処に雪をやっていいかわからん


吹雪はあるが海が見えるのは嬉しい
早く隠居して冬は瀬戸内の島の何処かに住みたいと思い始めている。

修理三原則

修理工の丁稚に入った時にガソリンエンジンの基本は
いい火花、いい圧縮、いい混合比、と教えられ次は
気付く事、対処する事、原因を取除く事 と教えられる
昭和時代はバイクメーカーは国内に200社もあったと言われ遅くまでは笠寺にホダカ穂高工業所などが残っていた。
修理の面白さはこの原因追及にありどうしても直らない時は左右両極端な意見を出して中心を攻めていく
気付く事、対処する事、原因を取除く事それを半世紀以上やって来て身に沁みついてしまってる。

重大事件が起きた時に弁護士の役目は極端な意見を出してその原因になったものを世間に公表する役目も持っている。
その為に極刑になっても控訴するのは二度と同じ事が起きないように被告人の権利以前に心情や経過を出し尽くす事が必要になっていくし事件を忘れない様にもする。

そこから普通の人達の日々の暮らしの中で何か出来る事はないのか何をすべきかを探る事も出来る
それが犠牲になった人達を無駄死にさせない事にも繋がっていく
被告人のその生い立ちは何世代前にまで遡る事も必要になって行くだろう
ひとつの事象には300の予兆があると言われている
さらに300の一つ一つにも300の予兆や事象がある。
いま日常の日々の目の前にある事は将来を暗示してる
そう思う時に凶悪犯と言われる者にもこの世に生を授かってからどこかに接点やターニングポイントが無かったのか
その接点やターニングポイントは幼い早ければ早いほどよく
その為に何が出来るかは出来る者だけが自分の持っている器量や職業を生かして
声を掛ける事が必要だと思う
知る限りでは自転車屋などは小さい子も大人もいくし時間の掛かる修理の間は声を掛ける事も会話も成り立つ
自転車はホームセンターが手を出してはいけない領域なのかもしれなく
街中の小商いが果たす役割は大きく
街の中に将来の為にも安全の為にも大手が手を出さずに残しておかなければならない職業や店や領域は沢山あるのだろうと思う。
苦しむのは何かある度に犠牲者だけでなく将来の為に商売人も我慢辛抱があってもいいのではないかと

奴隷について

ここは湾になってる為に波が盛り上り堤防を越えて来る
その堤防を越えて来た海水は道路排水溝が雪で詰まり道路は水浸しになってしまう
画像の崖の下が俺の住んでる処で冬は結構厳しいが家に籠ってるとどって事はない
冬はゆっくり休めって事だと思うが欲たかりなので稼いでしまう。

1万6千年も戦争は無かったと言われる縄文と現代に繋がる弥生の大きな違いは
分け合う文化と溜め込む文化と言っていい
狩猟が主だった縄文は保存が効かない為に獲った獲物は皆で分け合う事が必要だったが
一方米など穀物栽培は種籾を貯蔵する事が出来た為に貯める事が出来た


三内丸山 子供の副葬品 これを撮ったら光線の様なものが写ったひぇ~

ほぼ全ての物 魚でも肉でも物でも寿命があり消滅していくが
その中でも現代において寿命が無い物は金(カネ)で
金は寿命が無いそれは数字となって積み重なっていく
そこにどんなに積んでもこれでいいと言う歯止めが無くなる魔力がある。
紙幣や硬貨で持ってる場合は実感がわきこれだけあればいいべ~と言う安心感がわく
小判一枚13グラムだったらしいが千両箱は風袋も含めると
およそ18キロはあっただろうから
在所が蒲郡の次郎吉も越後屋にカッパライに入って18キロを小脇に抱えて塀を飛び越え
伝七親分から逃げ切れる体力があるならそのまま大工になって稼ぐか飛脚がいいと思うが
金が絡むと今度こそと思いドツボにハマってしまうのは現代でも同じ

現代においては金は銀行やキャッシュレスとやらで数字で保管なのでどんだけ持っても困らないがこれは恐い
数字の奴隷になる可能性が高いのだ。
奴隷は雇い主があって初めて成立ち現代においては奴隷になったその雇い主は誰なのだと言うとそれは欲望を管理出来ない自分自身なのだ。
自分自身を管理出来ない者はキャッシュレスなどやったらイカン
銭は自分の身体を使って稼ぎ手で持って使うこれが世界平和に繋がると思うのだ
世界はプーチンやネタニヤフや習近平など欲たかりに支配されつつあり
さらにトランプなどバカっぽいのが当選した暁には三バカトリオ誕生でどんな偶発が勃発するかわからん
次世代に平和を引き継がせないかもと言う恐怖がある。
日本ではその恐怖をあおるのは桜井よしこで恐怖と困り事は銭の種になるのは古来からの決まり
「 国の為に戦えますか 」
いまでも税金を払い充分戦っているそれをコケにしゃがるのはお前達だろうがと
俺の経験上いざとなったら普段声の大きい者が一番先に逃げる。


自分の行ける範囲で自分の身体を使って稼ぎ食っていく
そこに物々交換の物を背負って歩くのも大変なので銭があると言う程度にしておかないと
奴隷になってしまうと


これはいいと嫁に逃げられた俺は思う。

光陰矢の如し

こないだよく知っている某内地からジャガイモの後志に移住して来たと言うやたら元気な若い人に逢った。
若い二人を見送り俺にもあんな時代があったのだとなんか不思議な感覚に陥った。
俺がここに移住して来て30年で思えばあっと言う間の人生で
上手く説明は出来ないが過ぎた時間はあっという間なのにこれからの時間はやたら長い
同じ時間なのにその感覚が不思議なのだ。
毎日毎日仕事で疲れ切って寝ていた部屋の横にあった包里の踏切
カンカン鳴る音も列車が通り過ぎた瞬間にまるで何事も無かったように静まり返る。
音ばかりの音は聞こえるが姿は見えずの五月蠅い暴走族のニイチャンもビンビンバンバンとそれでも過ぎ去った後は何事もなかったように静まり返るそんな感覚なのだ。

それは過ぎた時間がいつまでも同じく残っていてはたまらん人生だと思う
あっという間の人生だった思える事は幸せな事で
たまに後ろを振り返る程度がよく
忘れると言う事は前を見て進み生きて行く為に大事な事なのだと思った。
人は眼も耳も鼻も前を向いて付いてるのはそれなりの意味があったのだと


港区入船

北海道は出来てまだ日も浅いがそれだけに誰でも受け入れる懐の大きさがあり
今となってはここが一番長く住んでいるがここでほんとに良かったと思っている
その土地に長く住むコツは年寄りの話はウンウンと聞いてやる事だと思うのだが

自民党と野党

金儲けが上手すぎる自民党が何もかもが悪い訳でありません

国をひとつの家族と考えた時に
頭がよく知識もあり先も見える為に一歩が踏み出せない事はよくある。
阪神淡路大震災の時の総理大臣は社会党の村山富市で初動の遅れを言われている
この頭のいいのを長男として

山からカキをカッパラって路地で売って銭にするなんでもやって銭にする
イケイケで塀の上を歩くのが自民党で次男とし

身体が弱く自立出来ない妹がいて身体が弱いと気も弱くなるのが普通なのだが
たまにはウナギを食わせろと言い兄弟から俺達でさえ食っていないと言われる妹


奥能登

これを一家と考えると弱いから悪いからと取除く事は出来ない
皆が持ち分を生かし一家を支えていかなければならない
足元の3寸角に上がっただけで見える世界が全く違う感じがするが
それが兄弟であっても見てる物も考え方も違って当たり前で
その違う人間が夕餉を一緒に食い
その日見て来た物を感じた事をそれぞれが雑談で言い合う事が大事でそこから一家をひもじい思いをさせない事に繋がっていく
食って行く為に身体の弱い妹を何処かにやってしまったら
それはもう一家とは言わない

目先の金儲けが上手い自民党と頭がいい先の先を見る事が出来そうな立憲民主党も野党も
一国の中でお互いの得意分野を生かし一家を支えて行かなければならないが
問題はこの長男と次男が選挙によって入れ替わる事がある為に欠点の探し合いになってしまっている。
得意分野をお互いに認め合い分担しあう事をしなければならないのだが
自民党も野党もそれほど腹が太くはない そのセコイ議員を選んでいるのは国民
ひとつの大震災が起きた時はそのお互いの得意分野が生かされる時だと思うのだが
資本家に太いパイプを持つ自民党は経済再建を
庶民の味方と言うのであればその見識を持って野党はきめの細かい生活再建と
自民党も野党も共同体で進まなければならないが
野党はどうも普段から庶民の懐に潜り込んで根付いた活動はしていない様に見えるし
野党として震災に出来る事をどう対処するかと言うビジョンも行動も無いように見える。
野党党本部の非常用食品を持って現場を見て長靴履いて自分の身体を張って柱の一本でもよけてみれと思うのだ
見ようとする者に見え、聞こうとする者に聞こえる そこから見えるものは必ずあるのだ。
口で言ってはいるが選挙の時だけで実際に懐に飛び込んではいないのではないかと見えるのだ。
庶民の味方の立憲民主党はグリーン車に乗ってはいけません普通車自由席に乗って
垣根のある家に住んでもいけません


新橋のカプセルホテルから
自分の生き様を変えないこいう生き方は俺は好きだが根性が無いので出来ない

続火炎土器考察

日本海は元々は宍道湖のように閉塞された海水湖でその為に海水型珪藻土は日本海側に多く見られ稚内でも産出される。
氷河期に陸地を渡って来たモンゴロイドが縄文人の元で氷河期が終った事で陸地が消え独自の縄文時代を築いて来たと考察する
氷河期が終った時に宗谷海峡や間宮海峡が出来て対馬海流が起きすでに海岸隆起で出来ていた能登半島は対岸から対馬海流に乗って来た人達によって石川や富山などに辿り着いた人達が住み着いた場所になって行ったと思われ
そこから温かい南の現在の滋賀や濃尾平野に移動した結果が信長や秀吉や家康などを生んで
近代ではトヨタやホンダ、ヤマハ、スズキ、キャノンと日本の中心を作って来た。
もし能登半島が無かったとしたら対馬海流に乗って来た人達は東北や北海道に漂着しただろうから現在の日本はまた違った状態だったかもしれない

漂着した中でも新潟に着いた人達は信濃川と言う途中で千曲川と名前を変えながら流れる日本最長の川を遡り甲府まで行きそこら僅か100キロ程度で太平洋に到達出来る場所まで行っただろうと思う。
信濃川で多く見つかる火炎土器は縄文時代に日本列島統一を目指した証拠なのかも知れないと思っている。


だいたい人様を統一するなどプーチンもネタニヤフも揉め事の種で大きなお世話で不安や困り事は銭になるのは古代から変わらないのである。

縄文時代の天の恵みにもっぱら頼り狩り主体のナントカナルベ~と言う生活から米1粒が600粒に増える稲作文化になってその不安は増大していく
1粒が600粒に増える種は資本主義の原点でそれは皆が皆よく年の種籾を持っていては資本主義の貸借表が成り立たないのである。
言ってみれば困る奴がいないと資本主義が成り立たない
その困る奴を作る為には散財させるのが一番で贅沢こそ美徳と囃子立てる事が行われて来たのだ。
その最初の象徴が火炎土器ではないかと思うのだが
穀物をネズミにかじられない様にと入れて置く土器本来の使用方法から中に火種か何かを入れて
厄~災難~飛んでいけ~ヒェ~ナンチャラカンチャラと言って振り回したのが火炎土器でその為に下が細くなってるのではないかと考察するのである。
現在の資本主義の代弁者でもある自民党はまさしく妖しい妖術使いでさらに杉田水脈などは
怪しさ満開なのである。
話はまったく変わるがそうとでも思わないと自民党と裏金は納得は行かないのである。
物余りの資本主義の次に来るのは自己完結型の質素倹約の縄文時代型ではないかと

毎日が猛吹雪で掘立の竪穴住居穴籠りの状態になり俺の中に縄文のチ~が甦るのである。

軽自動車と火炎土器


フロントのコイルスプリングを変える事にした。
今までのスペーサーを噛まして車高を上げる方法では雪国では耐えれない事がわかった。
時代は変わり昔は車高を下げる事に躍起になったが今は車高を上げる事に躍起になってかなりの銭を使って様々部品を交換して失敗してとその額は10万を超えてしまった。
まさか車高を上げる時代が来るとは!


スプリングコンプレッサーが無いので縮めて結束バンドで固定して取付ける。
軽のスプリングだと3本もあれば充分


毎日猛吹雪の中と狭い中で取付完了
スーパーキャリーは頭が重たいので
これで車高は3センチ上がるらしいが実際にはそんなに上がっていないがタイヤを13インチ付けてるので少しは良くなったと思う。

今までの経験から冬山や雪原でも常に戻る事を考えて行動するのが原則
仕事での冬も海もひとりの失敗は皆を危険に遭わせる臆病であれ臆病者に油断は無い
『 自分の足で進んだところしか戻っては来れない 』
これは鉄則で他人に頼った処で例えばヘリコプターで運んで貰ったりとそこで何かあったら自力で戻る事はかなり難しい
この車は副変速機とデフロックが付いてるので自分で進んだ処からバックだけは出来るので選んだ。


トヨタ博物館 スバル360 1958年モデル 重量 385キロ

スバルは数台乗った事があるがこれはね~屋根は紙を圧縮した厚さ3ミリ程度の紙の板に塗装をして付いていたので
古くなるとフニャフニャになり窓開けて早く走ると屋根が取れた。

今あるメーカーが認証がドッタラコッタラと騒がれているが俺が思うには
軽自動車の本来の二輪車と普通車との間にある車と言う役目から離れていると思う
軽はスピードも制限して高速は走れないなどと規制してそれに応じた車体強度にして価格も下げてやった方がいいと思うのだが
あちこち車で車中泊をしながら走ってると内地は軽でなければ走れない道路はまだまだ沢山あるので軽自動車を本来の状態に戻す事もあってもと思うのだが
昔は車検も無く免許証も360cc免許があって16歳から乗る事が出来て排気量無制限の自動二輪免許を取ると軽自動車にも乗る事が出来た。
年齢が高い人でどうしても車が必要な地域に住む人には速度制限をした車が必要かも知れないと思うのだ
ちなみに軽はバタバタと呼ばれていて人にぶつかったら車もベコベコになりタダでは済まなかったが
ぶつけられた人は運転手を引きづり下ろしボコボコに恐い時代でした。

車本来の荷物運搬や遠くにいく手段から
自分自身の足りない部分を補填する物になった時点から車は別の道を歩み始めていったのだ。


中越十日町市博物館 火炎土器

火炎土器は新潟信濃川流域で沢山見つかったそうだが
これを初めて見た時はなぜここにとビックリこいて腰を抜かしそうになった。
土器本来の役目から火炎土器に移る事と
1万6千年も続いた戦争が無かったと言われる縄文時代衰退から現在に続く弥生時代への移行とは重大な関係があると思うのだ。
軽も独自の物であるべきだと思うのだが