The Last of the ryo

ここに来た30年前に初対面で知らない奴にまで、ryoちゃんと何人かに呼ばれてびっくりした事があったが
嬉しかったここを終の棲家に決めた。


神も仏も幽霊も信じていない俺が墓を作って完成した。
ガキの頃はその日のメシも食えない その後は夕方になったら今夜は何処に寝ようかと言う生活も経験したので夕陽など見て綺~レ~などと思った事がないので場所選びは西向きはやめて東向きしたが狙った訳ではないが背後に後光が~
いままで数回海の散骨を頼まれて生前乗っていた船の操船をした事があったが
俺は海に散骨されるのは嫌で樹木葬も嫌なのだ生きた証を残したいので管理費の要らない
公共墓地に墓を作ったが手入れをしない墓は撤去すると書いてあったが
後継ぎがいない墓を税金を使いわざわざ撤去はする訳はないのだ、それは倒れた墓や大きな木が生えてる事からもわかる。
黄昏て数年後に消滅もありそうな町でも何かの事情で撤去などとあるかも知れんので
撤去など不埒な事を考えたらこの小じゃれた白い石の下は全部分厚いコンクリートで
費用はかなり掛かる様に作ってあるのだ。
八も俺も銭が仇の人生だったので完成前に払い早速週明けに墓開きと八の納骨をする
私も入れてと言う希望者も数人いるので死後の世界はハーレム状態なるのは間違えないのだ。
ナンマンダブ~ 色足是食う~ 右の頬を叩かれたら左の頬を叩け~ あらーは偉大なり~


内田橋 ここに三カ月ほど暮らした。

脳科学者じゃないけど人間はトコトン追い詰められたら脳内で記憶を消し去る事が起きるのではないかと思っているが
現代はSNSとやらナンチャラでそれすら許す事なく追い詰めていく社会になっている様に思える。
俺もこのブロブを書く様になってから記憶を甦る事が多くなってシマッてほんと皆にどれほど世話になって、迷惑や不始末をして生きて来たかを突然思い出し詫びで済むとは思えないが過ぎた事と耐えてる。
それでも書くのは見ていて呉れてるかはわからんが多少若い子達と関わりを持つようになって俺でさえ生きていると言いたいのだ。
能面は見方によって泣き顔と笑い顔が一緒になってるそんな感じでトコトン困ったら笑って誤魔化せが俺の信条でもあるのだ。
脳はそれを許す構造になってると信じている。
知らんけど

夏は海を走り回り冬は雪原を走り回りとやって来た俺の血統は絶えるが今までの人生でゆったりなどは無かったので悠ったりと悠大な暑寒別岳の麓で季節季節を味わって笑っていきたいと思う。
数人に俺には心が無いと言われて来てそれもあり悠の字を選択したが
他の墓にも一文字は多いが思うに最後のあがきで自分に無いものを書いてる様な気が~
真実一路を貫き通すなどは人間の一生ではあろうとは思えんのである。

もうバイクやスノーモービルで野山を走り回る事ないだろう
The Last of the ryo

2 thoughts on “The Last of the ryo

  1. 自分の最後の行き場所が決まり良かったですね。私もお墓の場所が決まっただけでもホッとした思いでした。その後お墓を建立しましたが、いつか墓誌に自分の名が刻まれるのだと思うと複雑な思いでもあります。私の弟妹はみなそれぞれ別なお墓に入ることになりますが、死後も仲良く一つのお墓に入れるなんて八ちゃんも幸せな人とつくづく思います。
    墓地にはお墓の掃除などでよく行くのでその折にはお参りさせていただきます。

  2. 2個下の八とは一緒に暮らしたのは10年ちょっとしかないけど食って
    生きていくには誰に付いていったら
    いいかを知るカルガモの子の様にニイチャンニイチャンと付いて来た八だったが
    八が40数年ぶりに北海道に戻ってここに来て3年
    まさか墓まで作って一緒になるとは想像もしなかったです。
    3年間本当にありがとうございます。

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