スーパーキャリーX

時間とはなんと残酷なと思う時がある。もの凄い勢いで自分を通り越してゆく
それも踏み付けるように過ぎ去った数十年の速さと これから来る待つ時間の長い事 
今の今も過去と未来の瞬間にいる。
まるで回転寿司で大好きな寿司ネタが価格を考えてる間に通り過ぎてゆくように早い
大間の山本さんの様に「 やいや~や 」と
なんでこんなに早いのだろう、たいした事をしてこなかったからだろうか 
たいした事を成し遂げた人は過去の時間も永いのだろうか
すべてではないが大概の事は時間と銭が解決して呉れると思っているが
渦中に居る時はそれが見えて来ない その過酷さ残酷さは経験した者にしかわからない


保険料などの維持費を節約する為に車を一台に減らした。
待ちに待った今度の車が来た。
最初の目的の車はこれよりちょっと安い車だったが低速ギヤ付にしたらこれしかなかった。

びっくりアクセルにベタ踏み防止装置が付いている。だが前後に障害物が有る事とハンドルが真っ直ぐでないと駄目らしい 若かりし頃ならすぐ試してみるのだが最初の最後になったら勿体ないのでやめた。
この車にした理由は青天井で荷物も積める事と車内で仮眠が取れる事 マニュアル5速シフト4輪駆動で低速ギヤ付
この車にして今まで何を見ていたのかとびっくりした事は足元の広さ
昔の車はトラックにただ屋根を付けただけがバンだったが 
キャブバンは乗り心地を重視してるのかホイルベースが長い トラックは小回り重視かホイルベースが短い結果は
今はトラックもバンも姿は似てるがフレームからして全然違うのだ。これは狭い処に入る事が多い俺にはピッタリ


これもラインが少量生産にも対応出来るようになったからなのだと思う。
走りがこれが軽かと思うほど走り音も静か 荷物は滅多に積まないので早速タイヤを145/13R80にしてホイルも中古のアルミホイルに交換した。
多少変速比は変っただろうし回転する物の重量一グラムの差は燃費に大きく影響する。


運転席もシンプル これは年寄りには大事な事でハンドルに色々なスイッチがゴチャゴチャ付いてるのは事故の元になる。
早速インパネを外そうと試みるが爪が折れるのも恐いのでもう少し後で外して見ようと思う。

この車を設計した者はこの車は素人によってキャンピングカーにされる事を想定していると思う。
軽トラキャンピングカーは道の駅にゆくと俺の様に安く旅に出れさいすれば外観などどうでもいいと言うのからこれが素人が作った物かと思うほどの出来栄えの物まで沢山出逢う。
高度に完成された現代の車に素人が何か手を加える事が出来ると言うのは現代ではあまりないが
その緩さはこれからの時間の楽しみにもなってゆく

ついでだから運転席と荷台の間仕切りをボルトオンで外せたら結構軽トラキャンピングカー目当ての人に売れると思う。
俺は間仕切りをジグソーで切り取ってやろうかと思って事前に陸運局に相談済で次回車検は車体歪み検査が出来る日本では千葉にしかない陸運局車検場に持ち込もうと思っている。

グルジ~イ~ながくない~かも~

町の健康診断にまたひっかったので素直に昨日30日は医療センターに行って来た。
M壁がドッタラコッタラと読めない字で書いてある マッキンレ~の絶壁かと思った。
インドか何処か忘れたが自転車だって食ってしまうオヤジが居た もっともその後どうなったかはわからんが
そこまではいかんが俺の胃は何でも消化する。胃カメラでも消化しようとするが歳食ってカメラに負けてグルジ~イ~かった。
重い病気になった事は無いが超臆病なので多分治療には耐えられないだろう 検査結果は次回に持ち越し 自己満足だがもう充分に生きた、
ただ預かってる物もあるので後始末だけはしたいので残り期間を知りたいのだ。

最初に超臆病な事を告げていた担当先生は
「 組織検査結果を見ないと分からないが大丈夫 」と一言

自分では忘れているのかも知れんが世間を恨んだ記憶は無い 
他の何かを恨む事は相手が変らない限り自分にツキは回って来ないと言う事なのだと色々な人に教わった。
それより自分で出来る事をして状況を変えていった方がいいと俺も思う。
いつの頃からか手当たり次第に食う為に次から次となんでもやった その中で現在は空腹に悩む事もなく食って楽しく暮らす事が出来て余裕すらある。 
余裕は気持ちの安定を生みほんの些細な事に反応しなくなる。
俺の場合はその余裕はどうやって作るかは稼いだ銭より使うなと言う事で銭が無ければ高い車も要らん家も家賃さえ掛からないなら狭くても一向に構わん
都会では難しい事なのだろうが田舎ならそれも可能にして呉れる。
ここまで書いてホントなのだろうかと思い直してみる 

陽と日影 裏と表 作用と反作用 の様に俺のせいで陰で泣いてる者が居るのかも知れんが
それにしてもなんで俺がこんな幸せな暮らしが出来るのか
何が良かったのか自分でもわからんのが本音なのだ。
川崎事件を思う時に10年間も座して考え続けた結果は見知らぬ相手の人生を突然奪う事しかなかったのか
旅に出ると言う選択肢はなかったのか 
人生とはそれは毎日が旅だと思う 旅とは人に出逢う事なのだ。 
何も相手と話しをせんでも人の一生懸命生きてる姿を見るだけで嬉しし楽しい
こっち側にいる者として何が出来るのかわからんが
出来る者が出来る事で相対してゆくしかないのかと
ここまで書いて何も無い 混乱している 難しい本当に難しい


土日はラーメンの日 25食分をいまは鶏ガラと豚骨を時間も火の強さも分けてスープを取って営業直前に混ぜている今回で3度目だが少し先が見えた気がする。
俺は思うのだが人生をやり直したかったらラーメン屋はいい選択肢だと思う。

亀の甲より年の功

エビ地酒祭りも終わり一段落したが 
祭りの期間中はここの崖下通りは一方通行になるので暇なのだ 今回は頑な爺が居た為に自分の住んでる場所に入るにも国道を数キロ迂回をしないとなかった。
毎度の事だが村内には通知は無い 有ったのかも知れないが俺は聞いていない。
この崖下村に住んでる者は入れると思っていたが 俺はガラが悪いからか高齢の警備員が頑なに入れようとしない
本部の責任者に言ってくれと言う。
俺は今すぐ本部に高齢警備員爺が自分で連絡せと言うが 
まったこの爺がやり手爺で所々を聞えないフリと次々と来る車に対応する為に話を赤い棒を振りながら背中を見せて話を中断させるのだ。
 人生の先輩だけあってまったく上手と言うか、そのスッ恍けた態度にクソ頭に来た。
ムッタシ来て高齢の警備員に久々にかなりの音声で言ってシマッてから諦めて迂回したが
走り始めて後ろを見ると白いキャブバンが一台侵入していくではないか
俺の怒りはマックス、最高潮、見た事は無いが瀬戸の大潮小潮の大潮状態
すぐ戻って高齢警備員爺に言ったらツラこいて あの車はすぐそこの会社だからいいと言う。
俺の一軒隣なのだ ただ車に看板があるか無いかの違いだった。
怒りまくった俺は車で道路を封鎖して爺をやり込めたが 敵もサルものでびくともせん
では早く早くあの車に付いていって下さいと 
俺のボロ軽トラが道路を封鎖して渋滞してるので早く早くとせかす。
少し落ち着いて考えると俺も爺なのだがあれほど上手には出来ない それから坂を数百メーターほど下ってここに着いたが 
このクソ熱い中で立ちっ放しで本部の指示通り真面目に交通整理をする爺に精神のダメージがドッタラコッタラとなったらイカンと思い
缶コーヒー二本をこれで機嫌直せと差し入れしてヤッタ 
その時だけは本州より熱い炎天下で立ちっ放しで働く すっ呆け爺~は満面の笑顔でや~や~ありがとう~ありがとうと受け取った。


数年前に銭が無かったので原付バイクで行った秋田男鹿半島

先週はいい事がひとつ 少し寂しい事がひとつ 安寿と厨子王並みのかなり悲しい事がひとつ
高齢警備員のように亀の甲より年の功 俺も爺になったのだ 
これからは何か相手に背中で見せるものを探そうと思った。 

自己申告主義

ザキトワの無免許運転はもうオリンピックの限界と無駄を表したのだ。

昨日21日は8年間手間だけで役所も俺も一円にもならんなんと無駄な事がと思い続けた問題に一定のピリオドが打たれた。
役所の担当者によって状況がたった本紙と複写の紙二枚でまったく変わった。
役所は基本的には自己申告主義で自分で難解な法律を調べて自己申告をしなければ何も変らないと言う事なのだと思っていた。
俺は面倒臭い事大嫌いだし自分で調べるなど弁護士でもあるまいしヤッテられないと言いなりで従っていたが
昨日は綺麗なお姉さまが分厚いファイルを抱えて現われた。
ファイルを見ながら「 これでは実体がありませんね 」と現金ではなく帳簿上のたったの数十万の放棄と紙二枚に理由と自筆署名捺印をする様に言われて十数分で8年間の無駄にピリオドが打たれた。 
今までは窓口で数年間訴え続けた事は一体なんだったんだと言うほどあっさり終了。
役所の浮いた手間と俺の浮いた精神的負担と手間は何処かに寄付でもしよう。


昔し冬の荷物運びの作業中にチーム全員猛吹雪に巻き込まれて何処が道なのか身動き取れなくなった時の画像
これすら当時は楽しんで仕事をしていた。

俺はブッ叩かれようが埋められようがクタバラないが経験上強い者 それは自分の限界を試すように弱い者を踏みつけてゲーム感覚になってやり過ぎるほどやってしまう。
政治と役所は強い者を押さえ弱い者を助ける為にあるべきと思うのだが
弱い者は窓口の担当者で運命も変わる者も居る事を示した。

もうすぐ納車らしい

ロクデナシと言われた俺が言うのもなんだが狂人を国政に送り込んだ大阪維新の会が謝罪するのはロシアではなく元島民に根室まで行って土下座して謝罪すべきで 
それが人の道と思うのだが

リトルボーイ( 広島原子爆弾のニックネーム )

一年の大半の仕事が終わった。
後は10月まで食ってゆくのもやっと言う程度の仕事をこなすだけなのでノンビリと言いたい処だが
待機と拘束時間は何も変らないので三日以上もここを離れる事は許されないし何事も無ければ無報酬になるので食糧を確保しつつ何をして過ごすかが課題になっている。
そろそろ稼ぎからして車二台所有は贅沢と思うのと軽トラックは座席ポジションからして少し走ると疲れるので一台にまとめる事にした。
条件は車の中で足を延ばして寝れる事 除雪機が積める事  維持費の安い事と幅が狭い事
四輪駆動で低速ギヤ付でリクライニング付 入口と天井の高さは130センチ以上 希望の車は軽ではまったく無い 


 多少の悪路も戻って来れる事
出来る事なら15インチタイヤのスズキのジムニーのキャブバンが欲しいのだが無い無いのだ。
冬は除雪機整備をするので室内と入口高さが130センチあればいいのだが それも無い
折角作った軽トラ用キャンピングカーも長距離は身体が痛く使われず置いてあるだけになってるし
ほんと車選びは難しい  
実感のある500円程度の物を買うにはやたら慎重になるがナン万円と付くと思考回路がパンクするので無駄な買い物がやたら多いのだ
そんな中で選んだ一台がまもなく納車になるらしい
らしいと言うのは装備品は何も無いので色も納期も一切お任せになっている。
急がせても製造ラインのスピードが速くなる訳でもないし 色も派手な色も散々乗ったし
装備サービスと言っても原価がある事だし 出たとこ勝負ホイはまいどの事
気に入らなければ切ったり穴をあければ済む事 
止まってたって陸の上だべや~ 

丸山穂高2

点検整備でなく故障を直す方の修理工を半世紀以上もやってると故障がメシの種になっているので誰かが壊れて困って呉れないとメシが食えない。
故障が起きる⇒原因を探し特定する⇒バラす前に対策を考える⇒費用対効果を考える⇒印度を渡すか直すか⇒どっちにせ説得に掛かる⇒捨てるか直すか作業に掛かる⇒
これを毎日繰り返し闇雲にバラしたりはしない問題と対策がメシの種
狂人の頭の中を考えると

北方領土を取り返しに一体誰が戦地に向かうのか 戦線布告した途端に圧倒的国力の違いのロシアから迎撃ミサイルの数以上のミサイルが根室や釧路に飛んで来る。
アメリカは島などなんの利益にならんと絶対に助けには来ない
俺なら間違えましたと無防備の民間人地域に一発打込む
実際にロシアは無防備の旅客機を撃ち落としている 稚内で大韓航空機 最近ではウクライナでマレーシア航空撃墜
戦闘部隊は犠牲が出ようが必要経費でしかない 世論を厭戦気分にさせるには民間人の犠牲が一番の費用対効果なのだ。
よしんば宣戦布告をせずに卑怯者と言われて急襲闇討ちを掛けて領土を戻したとしても74年前の日本人が受けた事と同じ事を現在の島民にする事になる。
それをしないからこそ日本人なのだ。

島国の日本と違いロシアはアムール川の川中の中心を境に
やり手婆のような中国や
隙あらばネズミのようにカジって見ようと手ぐすね構える中東諸国や
理路整然とやり込めようとする黒縁メガネでタイトスカートOL風の北欧
などの国々と地続きで接する常に緊張状態のロシアの危機意識の高さ 
そのロシア国民を占領下に置いて一緒に暮らすには安全保障上の莫大なコストが掛かる。
大勢の犠牲者を出し莫大な維持コストに見合った費用対効果は果たしてあるのか
見返りは海洋資源と日本人の意地と政治家の得点だけではないのか

もし話合いで戻って来たとして 日本中に村ごと消滅してしまった処は一杯あるのに
北方領土で生まれた者達を追い出し一体誰がそこに住み暮らすのか
魚も獲れて自由往来が出来るようにするのが現実的と思うのだが


そもそも誰の領土だったなどと言い始めたらそれはネアンデルタール人かホモサピエンス様の物だったのだ。
近い処では縄文人の物で
気持ちの落としどころは戦争さえなければと戦争そのものを恨むしかないのではないのかと思うのだが
時間が解決していつか笑ってあんな事もあったなと笑える日が必ず来る。 
その為にも非人道者にはなってはいけない

丸山穂高

俺は酒呑む奴は嫌いだったのと煙草を買いに冬も夏も何キロ歩かされたので煙草は吸った事がないが酒は呑むようになってシマッタ
若い時は一升くらいは呑めたし、かなりの酒豪のうちに入ると思うが
酒での失敗も結構ある 
酒は普段から隠していた考え方やその人の本心を暴くので酒の呑み方である程度わかる。
それでよく酒を呑まない奴は信用出来ないなどと、のたまう方も居るが俺は酒を呑む奴の方が信用出来ない
なぜなら酒のせいにして逃げるからなのだ。
それは酒豪と言われる俺でさえ許される訳がないと言い聞かせているので
ある時を境に数十年飲酒運転をした事は一度もない。

昨日15日はロシアハバロスクからアムール川沿いを千キロほど下流のある田舎に向けて船外機が数台行った。
一台は250キロもあるホンダOEM115船外機と160キロの船外機 どちらもEFIで調子はいい 
事前の打合せではトラックに乗ってフェリーで来るはずが
ハイエースで来た どうやって積むんだとしばし悩んだが俺とロシアの若者と二人で持ちこの車に積み込んだのだ。
日本の若者なら無理~ムリ~無理~とか言ってハナからやる事は無いだろう。
ロシア人はタッパはそれほどはないが作りが凄い それは初対面の握手でわかる。
この若者は初対面だが他国に来てる事をしっかり認識して郷に入っては郷に従えをキッチリと守る。

ロシアは日本の何百倍あるのよと言う国土にたった1.4億人しかいない 国土全部が過疎なのだ。
そこに日本の中古機械がドンドン輸出されてゆく 国土が広い為になんでも自分で直そうとしドライブシャフトすら切って繋ぎ直そうとする。
北海道が過疎などと言うのとは桁が違い過ぎるのだ それでも高価な船外機を買い使う経済力があるのだ。

いま日本ではそこら中にボートが放置されている 親が歳食って子供にやると言っても熱いだの寒いだのと軟弱な事を言って親から貰い身体を使い海に出ようとしない 
結局ボートは家に持ち帰るにも大き過ぎて放置されている。
バイクも同じなのだ使える物が貰い手もなく放置されている。
それは日本の若者が身体を使う事を嫌がってる事を意味する。
日本がロシアと戦って領土を取り戻せると思っている事と
普通に生活していた親も子もある相手の頭をブチ抜き脳味噌を地べたにバラ撒き 
女子供を凌辱する戦争をする事を
北方四島やサハリンから戦争によって嫁や子供が口に出せない事をされながら命からがらで戻った人達に面と向かってまた戦争をしようと言う。
頭の中身が狂っている ぜひ狂人の親の顔を見てみたいと思う。

平和は三世代続ける事はかなり難しい事を狂人の丸山穂高は見せつけた。

母の日

妹はクタバッタが他の5人の子を飢えさす事もなく育てた母親は偉大だった。
言葉が7~8歳になっても遅く頭も悪い俺は学校にゆく事は苦痛でしかなかった。
ある言葉を切っ掛けに学校に通う事を勝手に免除してしまった俺はさらに字も読めない書けない状態になったが
今の市立病院とバイパス道路の間に大きなコンクリー製のタンク群があった そこでの鉄屑拾いや開運町での空き瓶を拾い西田商店に持って行って買って貰いアチコチにチョコまかと稼ぐ事を覚えた。
一向に稼ごうとしない実兄に替わって
その稼いだ金を母親に持ってゆくのだが鳥取出の厳格な母親でもその金を受け取らなければ
たった一合の闇米すら買えないのだ。
冬を過ごす暖房の為に薪も石炭も買えない一家は人造石油にゆき沢山落ちていたコークスを袋一杯詰めて持ち帰って冬の燃料にする  
副港の原田木材に行って原木の皮を剥ぎ冬の燃料にと
好都合な事にアチコチにゆくには学校などノンビリ行ってられないのだ。
母親は子から金を受け取る度に自分の不甲斐なさを突き付けられる様に感じたのだろうと思う。
母親はあきらかに俺を嫌っていた。
母親に気に入って貰えるように媚びるようにさらに稼ぐ、
まるで虐待を受ける子のような その悪循環に落ち入ってしまったのだろうと今は思える。
やがて言葉の遅い分力に暴力に頼る癖が付いていった。
母親には一度も怒られた記憶がない
その母はいつも「 悪に強い者は善にも強い 」と言った。
母は辛抱強くそれから そこそこの大人になるまで十数年も待つ事になったが当時はどうやって苦労して稼いで来るかわかっていたのだと思う。
それでも受け取らねば一家飢え死に状態にしてしまう父親
父親には本気で殺意を持った事は何度もあった。
やがて限界を感じ親元を去る決心をするがそれは正しい判断だったと今でも思っている。


母の日に
俺は男で立場は違うが ふっと桜木紫乃の本日開店を思い出した。
桜木紫乃にどうして書く気になったのか聞いてみたいと思った。

何かがおかしい

なんか世界中が悲惨な事故事件が多いような気がしてならない
原因はなんなんのだろう。
平和が三世代続くと言うのは珍しい事なのだが それは後において

以前に留萌のバイパス道路で神居岩に行く道を
前から来る大型が通り過ぎるまで右折の為に停止していた。
その時に後ろから某建設会社の普通車に追突された。
その衝撃で前方から来た大型トラックの前に押し出された その頃はモトクロスをやっていたので反射神経も0.1以下で反応でき今よりはかなり良かったので
アクセルを吹かし大型トラックの前をすり抜けに成功
乗っていたのは軽キャブトラックでその後は何度も夢に出るほどの恐怖だった。
右折など毎日ある事なのでまた同じ事が起きたらどうやって防ぐかを考え続けた。

対策は
右折停止する側は進んで来たレーンなりに真っ直ぐ停止する事でハンドルも安全を確認するまで右に切らずに真っ直ぐしておく。
真っ直ぐ停止する事で顔は前方に向く為に前から来る車もよく見える。 
さらに追突された場合はハンドルを右に切っていない為に真っ直ぐ前の空いてる場所に進む事になる。
前方から来た車は停止してる運転手の顔がどっちを向いてるかである程度の今後の動作がわかる。

これはバイク乗りの必見で必ず右折待機中の運転者の顔を確認しながら交差点は進まなければならない
運転者の頭が動いたら危険
右折の為に斜めに停車する事は二車線を塞ぐ事になるのだ。
俺は車同士なら100/ゼロなどありえないと自分に言い聞かせている。

以前は請求書もカーボン紙を挟み手書きで切手貼りポストに行って投函した。
工具も格段に進化して大幅に時間は短縮されているのに兎に角時間が無い 
なぜ不思議で仕方ない
原因の一つは先進国や大企業は正当な対価を払っているのか
粗末な安全策もロクに取っていない現場が存在する事を見てもロクに対価を払ってるとは思えない
同じく10連休は大企業だけで下々は鼻から無かったのだ あっても手取りが減ってそのシワ寄せが明けに来たりする。
その穴埋めに60過ぎてもせわしなく働く
 
普段のせわしなさが前を見る余裕すら奪ってゆく

修理でさえ一か所に5人のメカニックが居たら それぞれが一件事に10分間考える事は50分のロスと
考えるのはチーフメカニック一人でいいと言う考え方が何も考えない日常を生む出してゆく
何かがおかしい

金メダル以外はメダルでないと言い切る 
そこに勝つか負けるしかない発展途上国の選手など眼中に無い 
勝か負けるか 金を持ってる者か持っていない者かしかない
何かがおかしい

今朝食ったメシさえ忘れて思いだせない 
それでも70歳まで働けと言う年金も支給しないと
何かがおかしい

自分に実害も無い殴られた事もない相手や国をクソ味噌に叩く 
それは自分自身の内に問題がある事を見つめようとしない
何かがおかしい

世界中で正当な対価が払われていない 誰かがよっこしている。
正当な対価があったら後は使う者の知恵と見識に掛かって来る。
鼻から普通の国民と
自分以外の有色人種は三等国と思ってる事が
世界中が最近の悲惨な事故事件を多くしてる気がしてならない

ただ有名と言うだけで買ったり喜ぶのはもう時代遅れなのだ
自分の眼で見て触って考えて財布を確かめて買う 買った物は永く使う時代が来た。

遠き島より椰子の実ひとつ

30フィートを超えないとボートとは言わんと言う人もいる。
確かに波長や対波性を考えた時にそうかも知れんが 
要は波のある時や波の出そうな日に海に出なければ済む話なのだ。
そこが遊びと職業の違いなのだ。
末席の端くれではあるが両方を見て来た俺には遊びには一定のルールがありどれほど知識を知ってるから述べたからと言って職業人には勝つ事はかなり難しいし命の掛かる浜で知識をひけらかす事はかなり恥ずかしい事だと思う。
メシの数なのだ。

なんぼ話し合っても分かり合えない人が一定数いる事は紛れもない事実なのだと思う。
海は歩いては帰ってはこれない 
一人を助ける為に見えない処で連絡掛かりや緯度経度の確認などやバックアップの待機に多くの人がいる事すら気付かない また見ようともしない人がいる。
まったそう言う人はそのまま何も気付かずに人生をあっけらかんと過ごしたりする。
いちいち裏の裏まで考えたら恐くて暮らせんと思うので気付かずに過ごす事は何も悪い事ではないと思うが
だが不備を指摘されたら一応考え 海に出るのは止めるべきだと思うのだ。

『 名も知らぬ 遠き島より 流れ寄る 椰子の実一つ 』
は愛知県伊良湖岬にゆくと歌碑が立っている 
伊勢湾や三河湾で
『 波をチャプチャプかき分けて~ひょっこりひょうたん島 』
などとやっていて伊良湖岬を出たら名も知らぬ椰子の実、のチョット困る状態になるが
北海道日本海側は何処もそんな海域なのだ。

お前だ お前の事だ~ ドンガバチョ~