回る~回る~下北半島

道具と機械の違いは道具は直線的に動く事が多く
機械はクルクル回る物が多いと思う。
車輪は回り、キャタピラも回り、モーターも回り、除雪機も回る。
その回る中で一番凄いなと思うのがコレ

むつ市に近い黄昏た道路縁の水たまりに2機ド~デンと捨ててあった。

こちらはもう一機の回転翼部分 ヘリコプターを見る度に回転翼の構造一体どんな構造なのか不思議でしかたないのだ。
ジェットタービンは数万回転で回っているがこのメインローターは4~500回転程度しか回っていないらしい
数時間飛んでその数百万回回っているうちの一回でもコッキと音がしたら即墜落、ジエンドになる
それが一度も無いのだから作ってる人達や整備士は凄い

道路縁の水たまりに捨ててあるんだからこんなチャンスは滅多にないぞ ヘリコは整備する為の足場が機体に付いて誰でも登れる、
よじ登ってやろうかと思って辺りをそ~っと見渡すと木の陰に地味な服着たアニ~がハシビロコウの様に気配を消しながら飛び道具を持って立っていた。
ここは海上自衛隊 らしい国相手にはマズいので登るのは諦めた。

空を飛ぶ事を最初に考え、成功した人は俺は鳥を見てでなく二階からペーパーが落ちてゆく姿を見て空を飛べるかもと確信したと思う。
二階からヒラヒラと落ちるペーパーにちょっとの何らかの力を与えれば空を飛べるかもと思っただろう。

ウイッキペデアとやらで確認をして見るが今は何かに付けてネットで検索が出来るが
それはとても危険な事だと思い始めた ウイッキペデアには結構寄付をして調べた回数と寄付額を割ると一回数十円にはなってるだろう。
お手軽に調べれるネットは加除式なっていて
知ってはいるが自分では出来ない 出来ないが知ってはいる
の状態を作り始めて人間の血が通わずただ知っている状態ではないのかと思い始めているので今は滅多やたらに見る事は無くなった。

自分の目で見る肌で寒さを感じる
「百聞は一見にしかず」なのだ
そう思うとヘリコの整備士達と違い何回も同じミスをする政治や児童相談所や警察が事件を未然に防ぐ事が出来ないなどは
知ってはいるが血が通っていないのだ。
回りにいる人達で何も知らない、此処しか知らないコレしか知らないと言う人達は本当は凄い人なのかも知れない

俺は最近は物忘れがひどくメシ食う事さえも忘れてしまう。
その為にネットで字を確認したり数字を確認したりするが
あれ~そうだっけと思ったり再確認したり新たに思う事があったりする。
ネットを闇雲に信じるとトランプを信じる狂信者の様になってしまう。

忘れる事はもしかしたら自分の考え方をリセットして新たな発見の旅に出る事かも知れない
う~ん そう思うとノーベル賞を貰ってるのは、ややボケ掛かった年寄りばかりだぞ~などと・・・・・・
そ~言えば絨毯に乗って空飛んでのは千夜一夜のアラビアのアニ~だぞ~などとまたまた深く浅く考えてしまった。

「 下北のサル 」ともお別れしてここでヘリコを見ていたら暗くなって来たので何処かで寝ようと寝グラを探す事に

函館カネ長と大間のグリーンストアとスーパー佐藤で買って来た食材を食う
今回はフェリー代を抜いた燃料込み3万円で全行程を回るので贅沢は敵
シャケハラセ醬油漬けは初めて見たし食ったが酒のつまみにピッタリ

下北ホイ

コロナがまたぶり返している。
あのな~銭も無い借金が1000兆円ある国から金を貰って遊ぶっておかしいと思うのだが
人気取りに出す方も貰う方も、そんな乞食根性だから増えるのは当たり前
結果増えましたトラブルキャンペーンは止めますとなる事は目に見えてる。
どうせ税金を使うならお取り寄せご当地グルメに補助金を出す方がいいと思うのだが
食材を出す方は地元の包装などの資材屋から航空便の航空会社や生産者から助かるべ~
旅館は以前来て呉れたお客さんに自慢の食材を送るなど
旅行代理店は各地の情報を持っているのだ取寄せ代行でもいいべや~と思う。

下北半島陸奥湾側はこんな寒村ばかりだが近年は魚が結構沢山獲れるらしくここで小さいタイがサンマより安く一匹60円位で売っている。

仏が浦 登ったり下りたりと結構難所で対向車に要注意

ここのサルは世界でも珍しい北限のサルでスノーモンキーと呼ばれているそうだ。
思うに俺がサルより圧倒的に勝ってる部分は何処だろうと考えると大した無い
この山で暮らす事も出来ない 木も登る事も出来ないしいて言えば国民健康保険証を持ってる位で
車の運転は自分の足でコキコキと漕ぐ車を持ってるサルもいるし自転車だって乗る。

冬山はスノーモービルで結構登ったが、そっち方向は何か悪い予感がすると言う時がありそれが当たる。
だが頂上から見てると悪い方に悪い方にと危険な方を選んで進む奴もいる。
そういう奴は自然界を相手に遊ぶ事は止めた方がいい
悪い予感と言う奴はえてして当たるが 良い予感は希望が入り過ぎて当らん
そう思うとサルには希望と言う概念は有るのだろうか
などと深く浅く考えていたら
ここまで来てタダで見れるサルに夢中になり仁愛の里 佐井でナンチャラ丼を食うのを忘れていた事を思い出した。

突然 道の駅が目の前に現れる わきのさわ道の駅
中に入ると客は誰もおらん売店に若いネエチャンとニイチャンが店番をしてる。
思うにサルが自動扉のボッチをチョコンと押して入り万引きに来るのを見張っているのだと思うが山奥と思ったが売ってるのは海産物が多く、小タコの燻製を買った。
ここは山奥かと思ったらすぐ海に出た。

蛎崎ナンチャラの領地で菅江真澄がドッタラだったらしいこの菅江真澄は客人として松前方面でも居たと何処かで見た。
俺はたいした興味はない

空飛ぶ物はガス欠イコール墜落

車で旅に出たら燃料はこれ以上小さいスタンドは無いべと言う処を選んで入れるが
むつ市城ヶ沢字下前田2-1で、何処でもこぼれてもいいから満タンにと言うが
ゆすってまで入れるスタンドに初めて逢った。
エンジンは止まってるのにグラグラ揺れ始め おお~地震か何が起きたのだと思ったが
兄弟らしい二人で一所懸命ゆすって入れる。
揺らして入れると車のタンクはかなり余分に入る。
1リッター余分に入っても売上は130円か150円位 元請けにやや8割持っていかれたとしたら手元に26円から30円そこから電気や経費を引くとなんぼも残らん こぼせば言われる。
それでもゆすって入れる。
俺はこう言う実直な姿が好きなのだ。
この実直な姿を見れただけで下北半島に来た甲斐があった。
また来るわと言って銭をホイと払った。

下北半島に入る。

3日11時大間着岸 この大函フェリーは大部屋は乗船して案内は右に誘導されるが左を希望してすぐ右手階段を上ると
そこに言うのも変だが船首に小さい大部屋があって、そこからは左舷も右舷も両方の景色が見える
ただし船は船首が一番揺れる。
大間は以前は原付バイクで来ていて受付を済ませて表に出るとバイクは風で吹っ飛ばされていた。
なんかいつ来ても風が強い印象がある。

北海道は函館湾を挟んで東は恵山、西が松前だが家並みは全然違う。
恵山は北海道らしいごちゃ混ぜだが松前は東北日本海側によく似た家並みが多い
日本の家並みを見る時に気象庁が出す天気予報分類地域で見るとそれぞれの違いがハッキリとわかる。
その地図分類を見ると天気圏と文化圏は連動していて
読んだ事は無いが川端康成の
「 トンネルを抜けるとそこは雪国だった 」や
田中角栄の三国峠を越えると「 そこは突然の晴れだった 」
など天気が人の気持ちを左右し家の作りなどにも大きく影響しているので天気予報分類地域を横切る旅は面白い

結構アチコチ行ったが一番贅沢な旅はバスや電車に乗る歩き旅だと思う。
次は自転車で次はバイクなのだが、まだ稼がんならん身には歩き旅は贅沢過ぎて中々出来ない
そうこうするうちに長距離を歩く事が出来なくなって来た。
歩いて思うのは現在の道路は歩行者の為には出来ていない処が多く
歩道は車道の付録でオマケなのか歩道は車道側に斜めになってる場合が多く長距離は年寄りに結構大変
路側帯しかない処はまだ凄く車道は排水の為に左に傾斜が付いているが路側帯ラインで傾斜がいきなりきつくなる。
さらに何故かわからんが内地は側溝にフタが無いし側溝ギリギリに塀が立ってる場所が多く
内地では雪の降り初めになると側溝に自転車やバイクが落ちてる。
前輪がハマってサカさまに立ってる姿は北海道か見たら凄く面白いと思ってシマッタ。
もっと歩きやすい歩道が出来る日も近いだろう。

俺は挨拶がうまく出来ない 出逢は何かしらコッ恥ずかしい気がするし別れは後ろ髪を引かれ
去る方も置いて行かれる方も何度も経験したが
気付いたら日常の時間と言うのが一番かなと思う。
そんな訳で朝になる前に立ち挨拶などせん
大間は酒を置いて来たし次は佐井に向かう。

早速 北限のサル
なに照れるんだ~こっち向け~

ここにも

去る

北海道の鹿の様に何処にでも居る訳ではなさそうだが津軽海峡生物分岐線ブランキスト線を実感する。
それにしてもタダでサルを見たのは数十年ぶりだぞ~
もしサルが天候不順で飢饉になった場合にサルを助ける為にエサを与えた場合は
強いサルがエサを独り占めするのかボスサルが弱いサルに分け与えるのかどんな事になるのか興味がある。
そう考えたら面白過ぎサルのボスと言うくらいだから分け与える確率は高そうだが
エサを与える事は自然界の摂理に違反する事になりはしまいか
その自然界を壊してるのは人間なので当然の行いなのか

俺は今でも返還の要らない休業補償は反対でこれからも数年毎に
何らかのウイルスは発生するだろうその度に銭をバラ撒く事は難しくなる。
足りない税金は弱い獲り易い処から盗るのが税金で大企業はあのトヨタでさえ2009年から5年間税金を免除されていた時期があったのだ。
一方庶民は2037年まで復興特別税を払い続けないといけない
さらに今回のコロナでまた特別税は盗られるに決まっている。

本当に困っている者に的確に行く様にする事と取り合えず食える者は辞退をする事が必要なのだと思う。
なぜそうならんのかは、それは政治家の自分の保身の為、政権の保身の為に税金を使うからなのだ。
空前の377兆円内部留保を取り崩す民間同士の助け合いと知恵がいま一番必要で
機械が病気になったら機械の医者は黙って修理代出して待ってれなのだ。
人間が病気になったら医者は貴方も頑張りましょう私もお手伝いしますなのだ。

サルは
厳しい環境の北限のサルなら飢饉の時はどう行動するのか
一体どうなるだろうと考えていたら
なぜか突然あのボクシング協会の男ナンチャラのボスを思い出した。

いざ下北半島 2


ここ崖下村もそうだが函館も無人の古い家が沢山ある壊すにも銭が掛かるしそれで壊す費用で土地は売れるかと言ったら売れない
俺は思うのだが近い将来市街地は見直されると思う。

内航船ヤード 年から年中船で暮らす人達がいる。
やがて退職し陸にあがった時に安い家賃の集合住宅は必要になって来る。
その時に日本は建物がコストの関係かみな同じ方向に向いて建てられるが これから高齢者が増えて来る時にお互いの安否確認が出来る様に中庭を中心に建てて回廊を作り生存確認と交流が必要になって来る。
中庭に行けば毎日宴会が行われてるのは想像するだけでも楽しい


大函フェリー乗船 船代10800円
悪い癖で乗ってる車の数と乗客をざっと数えてしまった一航海売上ざっと50万くらいしかない 日に2往復4航海で売上は200万 これでは大赤字でまたいつ休止になるかわからんぞ~
帰りは陸路が短い八戸から苫小牧か秋田から苫小牧を考えていたが
やめてまたここに戻り函館から増毛まで7時間掛けて走る事にした。

ヨットは雑種船で権利船 ヨット帆船に優先権があり他の船は軍艦であろうが避けなければならないが~
港内は帆を出来る限り畳まねばいけないし港内とは堤防の内側だけではない 何処から何処まで港内かは各港の港内案内図があり大概は堤防の外に外国船の為の検疫錨泊地があり そこも港内なる場合が多くそれぞれの港の港内航法がある。
北海道は海難審判所が函館だけにあり何か揉め事を起こした場合は
海には青切符も無ければ赤切符制度も無く一回事に送検と起訴が付いて回りそれは、それは、とても面倒な事になる。
軽微と言っていいんかどうかわからんが免許書不携帯も扱いは同じで各種違反の罰金額は車のおよそ10倍から20倍になり身柄拘束など普通

俺は思うのだが海の上って退屈で取締り側はオッシャ~オッシャ~針に掛かったぞ~と思ってる節がある。

いざ下北半島


どうせなら何かしらの役に立つ事はいい事だと思うが中にはそれでメシの種が減ると考える人もいる。
船を持ってる人に警告と言うか忠告を・・・・・・・
画像は5年前に売った50馬力の船外機で5年間で20時間も使っていないがインペラが変形した。
なぜそんな時間までわかるのかと言うとこのエンジンには使用状況を記録するコンピューターが載っている。
いまは小さな船外機でさえ行動は記録される ましてやプリウスなら余計細かい処まで記録されていると思うのだが役職と人間性は一致しない事を見せつけた。

この船主さんは元炭鉱夫で現在も似たような仕事をしているバリバリのガッテン系で気になる事は他っておかない曲がった事が大嫌い
その船主さんがエンジン始動して水洗いキットで洗っている時にマリーナーのトイレまでシッコに行ったが
戻って来ると警告ブザーが鳴りっぱなしで見ると水洗いキットは振動で外れていたそうだ。

インペラは水を回すので水が無いとゴムが溶けてしまうし、あまり長期間乗らないエンジンは圧縮側の羽根は固定され固まってしまう。

機械は使われる事が前提で作られているので使う事で寿命が延びる事と
どんな機械も動いてる間はシッコに行ってはイケマセンと言うお話です。


飛入りの仕事を片付け着いた先が函館
当時は違った名前だと思ったがシェラトン函館 ここで今は超有名な作家が駆け出しの頃に逢って、それ以降は何かと影響を受けて来た。

俺はいつも思うのは義務教育だけは行け!行かせれと
それも小学校だけは何がなんでも行けと思う。道を踏み外した子を数人見て来たが、
その子が立ち直れるかどうかは読書き算盤が出来るかどうかで特に書く事が出来なくても字が読める事が大事で
親にも見捨てられ放棄されても字が読めるとその後どうしたら良いかは沢山の本に書いてある。
普通は少年院に入る子は相当ワルだと思われがちだが ロクにメシも当らず腹透かし食う為に万引きでも少年院に入る事はよくある事なのだ。
それは親が引取りを拒否したり身元引受人が居なかったり新興宗教で神がドッタラなどと言うのもあった。
中で初めて字が読める書ける様になったと言う子もいた。
どこの出であろうが国であろうが一概に一纏めにしてしまう事は自分の想像力の欠如と経験不足と悪意でしかないと
二十数年前ここのホテルに来た時の事を思い出した。

港か何処かで車中泊をして明日3日あさ9時にフェリーで大間に渡る。

今期仕事完了

途中に様々な仕事もしたが一番永い修理工を半世紀以上やって来たが修理工は常に自分のやった仕事を説明出来る事が必要で
そこに納得して貰った場合のみ修理代を貰う事が出来メシを食って行ける。
説明はお客さんにか、新入りに教えるか、自分に対して次回に同じ故障が起きた時に対処する為に復習として自分自身に説明をきっちと出来る事が必要で
なんか知らんが叩いていたらエンジンが掛かった目出度し目出度し、
一杯呑むかでは終わらん

説明が出来ないと言う事は殆どが自分の事しか眼中にない場合が多く
恥かしながらロクデナシと言われた時期や少し外れた人達も見て来た中で
小ズルい奴は何人も見て来たが、こいつは大悪党だと言える奴には遭った事がない。
酷いこいつは人間ではないと言う書くにも憚れる凶悪事件の殆どが自己中心で自分以外には無く その考え方は外に向けても、自分自身にも、なんら説明が出来ないのではないだろうか

修理工に限らずに人間社会で生きてゆく限りは なぜこうなったかと他者に向かって自分がやった仕事の説明出来る事はとても大事な事なのだ。

主権者たる国民に納得できる説明が出来ない 説明する必要はないと言う。
自己中心的な考え方は相模原事件や座間事件など凶悪事件と根っこは大した変わらん
現代は一見殺人事件や犯罪が多い様な気がするが殺人事件は1950年代がピークで当時に比べると七分の一に減っている。
失業率と事件は必ずしも連動はしていないが
自殺者は同じ1950年代と比べ2000年代で倍に増加していて失業率と連動してる。
チッコイ枝葉の商売人から見ると商売の浮き沈みはあって当然で
どんな時も次回の為に肥しにして笑いにするのが商売人なのだ。
俺は思うのだが誰でも自分の時間を売っている商売人で
子供は将来の為に遊びを減らし勉強して時間を投資している。
今の失業の苦労は次回のメシの種に必ずなってゆく

臆病であれ修理工は自分自身にも他人にも説明を出来る様になれと教わって来た。
商売人はお客さんと肩をくみ半歩前を歩けと教わって来た。

電蝕で冷却水じゃじゃ漏れ
昨年の暖冬の影響で今期の仕事は少なくもう完了
少し休んでブラキストン線を越えてみようと思う。

豆腐半丁

口減らしの為に北海道から中一の10月に南光中学に転校したが驚きの連続だった。
伊勢湾台風で水が付いた北海道では考えられない隙間だらけのボロボロの校舎で雨が降ると教室移動に長靴が必要だったし夕方になると吸血コウモリの大群が校舎に戻って来ると言う恐ろしい校舎だった。
だが授業内容は北海道とは全然違い特に技術系の教室には旋盤からエンジンの実機など豊富にあって教える事も何が何だかわからんほど難しかった。
ここで初めて作用と反作用を習い旋盤加工も習った。
南光中学は伊勢湾台風被害の中心地になり生徒も食って行くのがやっと言う者が多かったが当時は中卒は金の卵で即戦力になる様に教育をしていた様に思う。
技術の泣きっ面ハンベの片桐先生は数学と物理は誰にでも考える事を止めなければ答えは出せると言われ
その言葉は一生の宝となって今でも考え続けてる。

ここに一丁100円の豆腐が半丁に切られて売っている。
店の桶に縦5個、横5個さて全部売ったら幾らになるでしょう。
半丁×5列×5列×100円=1250円 う~ん答えとしてはあっているが納得出来ん
さらにマイナス×マイナスはプラスなるなど答えとてしては合っていても納得出来ん
ロクデナシ×ヤクザの父さん=良い人みたいな答えになるが

数学はいつ頃出来たのかは知らんがエジプトのピラミッドは数学なしでは出来なかっただろうと思う。そう思うと古代から一以下の考え方は有ったのだろと思う。
日本にはこの掛け算と言う方式は近代になってから普及したのではないかと勝手に思う。

トヨタ産業技術記念館

さすがにこれは掛け算なしでは作る事は莫大な手間と時間が掛かる西洋の建物は掛け算を多用したと思うが
日本の建物を作る時は板に縦にイロハ~と横に一、二、三と墨で書いて ヘの三番などと言いながら家を建てた。これは曲線が多い城を建てる時もそうだったろうと思う。
たった板図一枚で建物を作った時代がつい十数年前まであったのだ
二千年何百年と長年養われた技術や文化がここ数十年で急激な変化をして当然反作用も起きて来るが
日本の文化は、ま~いっかと言う曲線と寛容の割り切れない言葉で伝える事が難しい文化なのかも知れない

0.5は一日働いてもコメ通帳で一合しか買う事が出来なかった俺に
元気かどうかたまには学校にこいと言って呉れたハンベの片桐先生を思いださせた。

腰巾着、茶坊主について思う。

義務教育は食って行くに忙しくあまり行っていないが
先月はじめて 1以下の0.5に0.5を足すと1になるのに0.5×0.5は0.25に減ると言う事に気付いた。
0.5でも実体は有るのになぜ減るのか不思議で仕方ない
誰かわかる人がいたら説明をよろしくお願いします。

機械物は何をメインにして売るかはメーカーのアフターサービスを重点的に見るし
その時の機械の信頼性や耐久性を見て決めるが
小さな田舎の店は販売する数も知れてるのでメーカーは一社に絞り
その中でも機種は3機種程度に絞る。
それは機械の中身を知る為にも特殊工具や消耗部品を在庫する為にも必要で売れれば何でもいいやとはならん
付き合うメーカーを決める一番大事なのは来店したメーカーの人間性を見る。
口ではなんとで言えるので初対面は一挙手一投足まで見る。
一番に見るのは車の止め方と次は顔と足運びで俺は結構あたる。
車の止め方のどうしょうもない奴は数年で居なくなり そいつの言った事は反故になる場合が多い

機械の寿命は最初に決められて作り永遠に持つ物を作るなどはチタンなど高価になるし長持ちし過ぎた機械その物が時代に合わなくなるなど無駄になる。
その決められた寿命を如何に持たすかは使用者と販売した側の問題になってゆく
特に海などで使う機械は故障即命の危険に繋がる場合が多い
その為に消耗品は一度外した物はたとえ使えそうでも再度使う事は無く
その時製品を作ったメーカーは潤沢な部品の供給を速やかにする責任と義務があり
そこで受け取った枝葉の販売店は初めて買って貰ったお客さんの命を守る責任を全うできる。

ただでさえ声は大きい無茶振り大好きな漁師に責められるの俺としては結構辛いが
その部品供給が数百キロに一店しか無い月に買う金額が足らんなどと言い営業所や拠点を引揚げるなどが起きて来るが
それは優秀な機械を作れば作るほど部品は売れなくなり買替えも無くなる宿命なのだ。

いまその時だけを見て社長の腰巾着の茶坊主が甘言して営業所のリストラなどが始まる。
腰巾着の茶坊主が見てるのは利益と金融経済の株価だけで
株価は短期で結果を出さねばいけない為に長期戦略をとる事が出来ない
その為に首都圏以外の地域の将来をおもんばかる事も出来ないのだ。
この小さな日本の敷地さえ保守管理を維持できないで日本製で世界に出るなどおこがましく
それが日本が他国に後れを取る事になってる事に気付かないのだ。

末端の営業所所長は会社の将来の為に本社に行って腰巾着の茶坊主を蹴り上げて来いと思うのであります。

旧型のコントロール関係の単純な接点式リレーが並ぶ これが厳寒期に接点に霜が付き作動不良を起こすが それは地域性があり川の近い場所など湿度が高い地域は起こり易い すべての地域で起こる事ではない 対策部品はメーカーから2004年に供給され交換したが大した変わらん

現在のリレーは船外機などで使う密閉式のリレーが使われているがそのタイプに交換するにはハーネスや電気回りを全部交換しないとない為に使えない
改良型のリレーをプチプチで包み温度を上げてるので余程条件が揃った日以外は作動不良は起きなくなった。
この故障は最初何が面倒かと言ったら 動かんと知らせが来て現地に到着するとエンジンの余熱でリレーの接点の霜が溶けて正常に動き始めるのだ。
それは次の条件が合うまで作動不良は起きずに次に
猛吹雪の日に行けば動くを何度も繰り返すメーカーに報告するも最初はスットボケた返答しかない

やい腰巾着×茶坊主
これが除雪機だからいいが船外機なら使ってる人はすでにいないぞと思うのであります。

共生か寄生


バラバラになった家族をもう一度まとめる為に商売をし始めたが俺が商売をする上でバイブルとして昭和45年からこの本を持っている。
自分で探し選んで買ったとは思えんのだが古書店南陽堂のオヤジに進められたのか忘れた。
オヤジは通りに面した処に座ってこれで商売になるのかと思うほど通る人といつも世間話をしていた。
この本「 道をひらく 」はこれから商売をしようと言う人に中古本を探して贈ったり読んでみれと薦めている。

売る側、買う側と言う時に圧倒的に売る側が強い立場にいる。
そうでない場合は早晩ジエンドになる可能性が強く
それは買う側に比べると資産は少ないかも知れんが売る側は売る物に圧倒的に知識や情報を持っている量が違う。
その知識を駆使する事で修理業は成り立ちメシも食えるし情報は今売るべきか待つべきか設備投資をするべきかを教えて呉れる。
決して買う側と共生ではないのだ。買う側を育て共に育って行くように見えるが
売った物で何らかの利便や利益をえらせてそこに寄生をしてるのだ。
その為にも売る側には強い倫理が求めらる。
この本「 道をひらく 」には実際に例を出しそう書いてあるが現在はその倫理すら儲かりさえすればいい倫理ナンノコッチャと言い売る側が忘れている企業が多い
コロナはそれをもう一度思い起こせと言ってるのだ。

近くの人達の湯治の為にあったはずの観光地は観光だけの為に巨大かし本来の癒しになっていないのではないか
忙しい時や家族のハレの日の特別な食の為の食堂もその重量を支える事が出来ない
北海道など店に入ったら自分一人しかいないと言う店はなんぼでもあり、それでも営業を続けている。
適度を越えてしまった店はいつも資金繰りに陥りやがてトホホになってしまう事は身をもって知っている。

人々の足になればいいと作り始めたポンポンバイクも巨大企業化し世界に羽ばたいてるが札幌を出て石狩から稚内までおよそ300キロ間に修理が出来る処は知る限りでは5軒しかない それも羽幌を超えると150キロ間一軒もない 小さな修理と兼業出来るはずのスタンドもろくにない
なぜそうなったかはメーカーの方針による処も大きい 人より鹿と牛が多い地方に過酷な販売条件を掲示し それをクリア出来ない店には一番困る部品供給をしないなどして締め付ける。
完成車のバイクなどは売れんでも元々爺のションベン程度しか利益がないので大した困らんが一度売ってしまった物をお客さんが維持する為の部品供給が止まる事は
壊れる物を作ったのはメーカーだが一番末端でお客さんに接する売った側の倫理の問題になって責められる。
日本で生産される製品のほとんどを海外で販売する様になったメーカーは誰にここまで育てて貰ったのよ 日本のユーザーではないのかと思う。
なにがメイドインジャパンと思うこの頃なのである。

このままでは海外製の社外部品が出てそれを買って一台出来てしまう日もそう遠くはなく
それは大企業の社長の茶坊主や腰巾着の官僚化で起きてる事で
何が大切かを考えなおす切っ掛けになりそうだと思うのだが

町長アンタは間違っている。


ラーメン屋今期終了 常夜灯だけ

俺だったら文献調査だけで20億を懐に入れて逃げ切るなど見せ〆の為にも許さん
道路作る学校を手直しするなど国に頼み事が起きても
「 ハァ~何言ってる こっちの頼みも聞かん町になんでせんならん 顔洗って出成して来い 」
となる事は誰でも想像出来る。
一度でも文献調査に応募すると言う事はそう言う事なのだ。

対岸は泊村原発

積丹半島の泊村原発労働者は何処に住んで居るかと言ったら殆どが岩内町に住んでいて
朝の通勤時間帯になると岩内町から泊村に行く道路は結構混雑して殆どが原発に吸い込まれて行く
現在の泊を見ると店もろくにない その構造は幌延も同じなのだ。
そもそもがゴミも処理出来ん物を作る方がおかしい 現在のゴミを処理したら原発はすべて廃止すると言うなら少しはまともだと思うが狂っている。
現在の幌延を見る時に隣にある豊富町は520km2 幌延は574km2とたしたかわらん面積と黄昏た日本海側にあるが現在の人口は豊富町は3800人 幌延は2200人
だが町の中心地に入ると豊富町とは商業形態は明らかに違うと感じる。
幌延町の商業形態は小さな店がなくかわりに えっと思う誰を対象にしてるのと言うスーパーが一軒と飲み屋数軒とビジネスホテル数軒がある。
これは原発関連に依存した者は儲かりそうでない者は自然と淘汰された結果なのだと思うが
それは高齢化で人口は減っていった時に町の身の丈を越えたものは大きさゆえの経費倒れの為に撤退し結果は日用品すら買えなくなってゆく
それを防ぐ為には町に見合った商業施設の集約が必要で駅前の空き店舗に同じ形態の店が同居し商品も同じ物は置かないなど回転率を上げる事と留守番やチョット手が欲しいなど助け合う事が出来る。
それは高齢になってもなんとかやっていける可能性と店番によって店主の生き甲斐対策にもなる。


こんな騒ぎになる前の春に食った寿都カキ番屋吉野商店のシラス丼美味かった。

田舎にゆくとこれほど広い売り場は要らんだろうと言う店をよく見掛けるが
その広さゆえに商品の無駄や光熱費の無駄が生じるので空いてるスペースに違う店を入れるなどする必要が生じるのだが
それが出来ないのは店主の考えの固まりが阻害している様な気がしてならない
それは狭い町だからこそ起きる、お互いを商売敵と認識しチキンレースが共倒れするかクタバルまで続く

田舎の選挙で政策より相手を如何に倒すか相手より票を沢山取るかで
閉塞されどうにもならん田舎の普段の憂さ晴らしを選挙と言う水面下の祭りで鼻の穴を広げている様に見えるのだ。

話は本題に北海道は大事な食料生産基地であり そこに活路はありこれほど情報と流通が進んだ今 今後は生産物の少量自前加工も進んでゆき北海道ブランドはもっと進むだろう。
その時に自分で処理も出来ん放射能は害になっても利にはなる事は絶対ないし
寿都も神恵内も海続きの黄昏た日本海側のチマチマとその日生きる漁師を裏切る事になってゆき自分達以外の集落を消滅に進ませる。

商売も政治も下を見続ける事で成り立ち お客さんに国民に寄生する事で成り立つが寄生は宿主より大きくなる事は許されない
宿主を食い潰したその時は寄生はジエンドを迎える。
村長も町長もアンタは間違っている。