『ユダヤの商法』を書いたのは日本マクドナルドの創始者藤田田
『華僑の商法』を書いたのは客家語など中国五大方言を話せると言う高木桂蔵
どちらの本にも共通するのは流浪の民となって理不尽、不条理、無理無茶にも耐え忍びに忍び
頭を踏み付けられても世界を彷徨いながら経済で台頭していった民族の話
いま世界はガザにしてもウクライナにしても非常識でも強い者には勝てない事を見せつけら
国際法違反となんぼ世界が言っても現状は国から脱出も出来ない弱い者が大量に犠牲になっている
ガザはハマスが口火を切ったがアラブ諸国ですら銃を持って一緒には戦ってくれない
ウクライナも援助はして呉れるが誰も一緒には銃は持たない事を見せ付けられている
世界で信じてはいけない一人に中さんが言った西洋花札トランプ
弱い者はたとえ理不尽であろうが耐え数十年数百年先を見越して日々の暮らしの中に生きる糧、
それは家族なのか縁あった人なのかを見つけて生きて生き続けるしかない
日本には口は禍の元と言い口に関する諺は多い、目は口程に物を言うとも言う
何でもかんでも勢いに任せて思ってる事を言えばいいと言うものではない
それを一番よく知っているのは商人(あきんど)で一言一言に家族のメシの加除が決まる事を身で持ってしっている。
いままでの失敗だらけの経験則で声の大きい者ほどいざとなったら居ないと言う事を何度も経験して来たし
大きな失敗はその時だけでなく何日何ヵ月も前から伏線はあって忠告や予兆を無視した結果が多い
耳障りのいい提灯持ちだけでなくその声を聴く事が出来る体制や環境が大事なのだ。
俺だったら何が何だかわからんが、あの時は酒が入っていてスマンと笑ってすぐ謝ってしまう
どうにもならん事は笑って誤魔化せが俺の心情で
謝ってる者を追い詰める事は今度は品格の問題になってゆくし
誰も本気で謝ってるなどと思っていない
簡単に謝る奴と勝った喧嘩はどちらも恨みを残し恐い事を身を持って知っている。
やってしまった事を埋めるには言葉より背中だと昭和男は思うのです。
奈良の女




































