天ぷら蕎麦断念

腱板断裂と言うあまり有難くない病名で厚別に通っている。
午後2時からの診察で遠い処から来るからと気を使ってくれたのだと思うが片道130キロ程度なので北海道としてはさほど遠くはないが
同じ北海道でも不思議な事に同じ距離を走っても北に行くと遠いと思う人が多いのか
崖下村に来るのも南から来る人は時間よりかなり早く来る人が多く、北から来る人はちょっきり来る傾向がある。
午後2時は半端は時間なので早朝に出て江部乙、新十津川、砂川とアチコチの三日月湖を見て南下する事にしたが
札幌直通の南下はいつもは231号線を通るのだが12号線を南下した事は数十年ない
どんな事になってるのかと12号線を南下してみた。
あちこちの三日月湖を見ていて時間が過ぎて三笠道の駅で丁度昼になったのでラーメンを食う事に
すると有名店が岩見沢にあるらしいので行って驚いた。
わかりづらい処にあるのに12時前で外まで行列が出来ている。
中に入って二つ驚いた、
ひとつはカウンター席だけで儲けるラーメン屋のセオリー通りなのだ。
これは背中に並ばせる事で食ったらサッサと出てけと無言の圧力で回転率を向上させるが
田舎では絶対にやってはイケない手法でもある。
田舎でラーメン屋をやる時はどんなに美味いと店主が思ってるラーメンでも歩いて来れる地元客を8割入れなければどんな店も続かないしラーメン屋をやってる意味もない
その為にも地元や家族客が長居出来るテーブル席が必要なのだ。
二つ目驚いたのはスタッフ全員が女性で若い
接客もこれは何処かで見た記憶があった。
何処で見た雰囲気の店だったか思いだそうと記憶を辿って
12年前晩秋に自衛隊は戦わない為にあるのだと言った戦車隊のノーファイト号を思い出した。
いまさら言ってもせんないが幾つもの予兆とターニングポイントをスルリスルリと交わし進んで云った。

36号線の夕暮れの沿道に立つ制服姿の人達の振る赤い誘導灯
送り火を今でも思い出す
あの時の帰りに涙と一緒に食った千歳のラーメン屋と遥かに離れたここのラーメン屋のオペレーションがそっくりなのだ。
そのまま夜間飛行で空に飛んで行きそうなオペレーションアナウンスで
ラーメンを食って気付かれないようにそっと席をたった。

江別に入って そう言えば江別市では石狩川と千歳川の合流地点の江別河川防災センター以外で立ち止まった事がない

時間もあるし川向こうの江別駅に初めて行って見る事に
これまたビックリ時間が止まってる様な空間があった。


休憩時間中の店の前で花の手入れをしてるお姉さんにこの界隈の説明を教えて貰った。

看板は横文字ばかりで日本語でさえやっとなのでなんて書いてるかわからんが
どうもビストロ、カフェ、スープなんちゃら言うお洒落な店だった。
中にどうぞと言って貰ったが俺には超場違いな雪駄に土方、歳三風の風体なので遠慮させて貰った。
しかし以前に熊に遭遇した時に運転してる自分の顔がドラコレに写ってるのだが
その顔を見ると歩く凶器とまでは言わんが、どう見ても目付きも風体もロクデナシ系なので自分でも改めて驚いている。
ビストロ、カフェ、スープなんちゃらの店主そんな俺に懇切丁寧に教えて呉れてありがたい事なのだ。
肉系は一切なしのベジタリアンの店らしいので焼肉をタラフク食った後にいつか来て見ようと思った。

ドンドン札幌に近づくにつれてブラックホールかダークマターのように周辺を食い潰し終末に向かうような都市を見ると
これは実は生活の利便性だけではなく何か全然違った力学か何かがありそうな気がしてならないのだ。
それはしばらく2週事に札幌に通う事になったがそれ以外では崖下村での生活で充分満足してるし充分食って行っているのだ。

最低賃金と同額ラーメン食ったので天ぷら蕎麦1100円は食うのやめた。

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