隼イチロー

野球もオリンピックにも全く興味がないが
野球選手として身体に恵まれてると思えんイチローの引退ニュースを見て気になった事があり引退会見ノーカット版を一時間半見た。
『 測りは自分の中にある 』と言ったが一時期俺もそう思った時期があった。
それは比べるものが無い事で際限無い道に入る事になってゆく
稼いでも稼いでも際限なく稼ごうとする。 
『 測りは自分の中にある 』これでいいと言う事がないのだ。
今でさえも年から年中仕事をして気持ちも身体も完全に休む事はほぼない 
さらに稼ごうとする。
終盤に入って何か見落としたものはなかったのか それで良かったのかと時々思う。
イチローは自分でも言ってるが監督にはなれないだろう。
鳥の王者は大鷲だと思うがイチローは隼と思った。


広島県か岡山どちらかの道 
戻って振り返ると昨年の長野県はもう一度走った道を走る事が出来るが 
今回はカーナービに頼り過ぎて何処をどう走ったかわからないのだ。
文明は少しづつバカになるかも

跡の祭り

巷では跡継ぎの不足で仕事の廃止などが取り沙汰されているが
人間歳を必ず食う事 体力が落ちる事 今現在の状況を想像も想定も準備もまったくしていなかった。
今更手遅れだが遅くとも30年前に早ければ40年前には想像くらいはしておくべきだったと身に染みて知った。

チャンスは何度もあったのに もし30年前にいまの様に歳を喰う事を考えていたなら一生楽に暮らせるモノは残せたと思うが後の祭りどころか跡形も無い 跡の祭りなのだ。


3月2日 神仏の通る道 昔から3と言う数字にこだわる俺はもう一つなにか通りそうだと思うのだが


桜か何かわからんが花が道々に咲いている。 梅とも桃とも違うような


中海に浮かぶ島 なにか有難いご利益がありそう


宍道湖自然館 ゴビウス 宍道湖は汽水域だがほぼ海と変らん魚が居る
カスベが泳いでるにのはビックリ 海から遡上するにしても途中に中海湖がある 
上層部塩分濃度が0,5パーセント 下層部1パーセント 海が3.5なのでカスベが居てもおかしくないかも知れんが川口から10キロ以上離れているのに
知らないだけかも知れんが北海道の汽水湖でカスベは見た事が無い 

海はある程度海底の状態は想像出来るが川や湖は何があるか分からんので不気味なのだが若ければ潜って見たいと思った。。

 

ライギョに鯉 他にウナギなども居る。道内の汽水湖をかなり見て回ったがこれだけ雑多な魚が居るとは北海道ではあまり考えられない
北海道は思うに積雪がある為に一気に真水に替わる事で塩分濃度が下がり海の魚が嫌うのかも知れない 一度誰かに聞いてみたいと思った。


水族館も見たし 出雲の縁結びなど全く縁も用事も無いし 夜は走りたくないので早めに広島に向かって走るが広島県境に近づくにしたがってまた家の様子が変って来た。
今度は白い壁に赤い瓦が多くなる ほとんどと言っていいのはなんだべと何か訳がありそう


霧切谷パーキングで車中泊


途中のスーパーで半額で買った惣菜とうどんで夜食
不思議で仕方ないのだが 
日本昔話では山姥が居て
『 だんな~さん~~今夜は何処にお泊りで~ 』
と婆様は後ろ手に包丁を持っていそうな なぜこんな山奥にと思う所に突然店があったりする。
なぜ北海道では店が存続出来ずに無くなってしまうのか不思議なのだ。ここだって雪は降るだろうに 
理由がわかれば逆に巻き戻せばいいだけと思うのだが・・・・・・跡の祭りか~

鳥取県


3月2日の海に潜りサザエを獲って来るとゆく80歳の浅海漁師 
留萌周辺の浅い海はほとんど潜ったと言っていいが一定の年齢になると潜ると頭が痛くなり潜れなくなると思うのだが
準備してる時に年齢を聞いてしまった。
「 まだまだ~東北では90でも潜ってる人がいる 」との事だった。
サザエの店頭価格は一個150円ほどだった。


こっちは5~60代くらいと思うがクッチャべってばかりで中々海に潜りにゆかない
素潜り漁師は男ばかりで海女さんは見えなかった。
ウエットスーツは浮力があるので浮いて来ないように鉛の重りを付けるので何かあっても浮いて来ることはない それが危険なので自分の浮力にあわせた一息分の微妙な調整が必要になる。
男に生まれたら泳ぎは必須科目で元々羊水の中を泳いでいたので泳げると思うのだが 


80歳ドンドンゆく
鳥取は母親の生まれた土地でいったいどの辺りだったのかと聞いておけばよかったと思った。
どんな苦労をして100年も前に一家して酷寒の北海道に来たのかきっと海辺でないだろう思う。
叔父さんは大変な真面目な人でその息子さんも超の付く位真面目な人なのだ。
母も堅物で曲がった事が大嫌いだったがあまり怒られた記憶は無い
どうしてこんないい加減の見本のような父親と一緒になったかと何度も思った。
親父に散々苦労をさせられ次は息子達に言葉に出せないほどの苦労をさせられて結局はいい人生と言えなかった。
 生きてる間に親孝行らしい事を出来たのにしなかった、本当にすまなかった、申し訳なかったと心底思うのである。

在所は海辺ではないだろうからと山に入ってみる。

県道を左にどんどん入るとまるで日本昔話のようなこんな一体どうして生計を立ているのかと思う集落が沢山ある。
山に入れば切り立った空の狭い土地 海に出れば砂が舞う海岸 鳥取県のGDPはそんなに高い位置にはなかったと思うが
方々の県に行ったが ここは暮らすには大変と思う場所は長野県の比ではない
鳥取に比べると北海道や東北はパラダイスと感じてしまったが人間の幸せは小さく切り取った50メーター四方の中にも充分あるような気がしてならない 


島根県に近づくと屋根に鯱が付いているし何か高価そうな瓦なのだ 屋根にいったい幾ら掛かるのかと思うほど立派な屋根と瓦が多くなる。
暇そうな店を見つけては入り幾らもしない物を買いクッチャべるのだが どうも鳥取県人は島根県が嫌いそうなのだ。
それは言葉の端々に感じる事が多かった。

明治以降より江戸時代の方が遥かに永いのだ さらにあらゆる情報がゆっくりと伝わる昔は情報は土地や時節によって脚色され篩に掛けられて流れてゆく 現在より遥かに中身の濃い裁量のあった時代と言っていいと思う。
現在は県割りになったがその時代の藩割り意識が今も残っていたとしても何も不思議はないのだ。
島根は至る処に『 神仏の通る道 』と書いてあるが全国最下位グループの鳥取県にしたら
神も仏もあるもんか『 おもしゃくない 』と言うのもなんとなくわかる。 

観光地の行政主導の箱物はロクタものがないのはどこも同じだがあせってるのか箱物がやたら多いような気がした。

なめたらあかん~♪ VC3000

余部から横にそれて片側は断崖絶壁を軽でないとチョット恐いなと思う道をドンドン登る。
梅か桜かなんかわからんが もはや木に花が咲いている内地の林相は北海道とは全然違い生えてる木では標高を中々判断出来ない 
それだけ北海道は気候が厳しいと言う事だと思う。
九十九折をもう500は登ったかと思うあたりに人家らしきものバス停もあると思ったら
御崎地区分校があってビックリしすぎて写真を撮るのを忘れてしまった。

登り詰めた所に集落があった。なんで生計を立てるのか網などがあるのでどうも漁師だと思うが今いいとして昔は毎日浜にどうやって降りるのか ほんと凄い処にある御崎地区


平家の落武者が住んでるらしい 
今から1100年も前でも源氏も相当しつこくかクドクドと落武者狩りをしたか 滅びゆくものにたいしての哀愁か美学なのか半官贔屓なのか平家伝説は方々にありいまだに語り次がれる。
義経が増毛に来るわけね~べと思うが増毛にも義経が住んだ洞窟がある。


その平家集落にある余部灯台 標高284メーター 日本一高い所にあると書いてある。
あれ~島牧村にある茂津多岬灯台にも日本一と書いてあったぞと思ったが
ま~どっちにせ大したかわらんし困る事もない
ここの凄い処はすぐ傍に集落が有る事が凄いのと登って来るのはこちらの方が危険度は遥かに大きい


ここは矢引和尚の居た処と書いてある 由緒正しい処なのだろう。

まず北海道では考えられない処に人が住んで居る なぜなんだろうといつも考えさせられる。
それと山の常を一つ越えると漠然とだが全然違う感覚になる事が多い
内地の人は500年位前の事でもついこないだの事と思ってる節がある。
あの山の常を超えた所にはロクな者はいないと 競争心と言うか警戒心があるような気がしてならない
よくよく聞くと500年前の戦国時代に山の向こうの奴らに騙された調略にハマったと
あいつらの歩いた後にはぺんぺん草も生えないと言うのは今でも普通に聞く事が出来る。
裏切られたとかご先祖様が討たれたとか言ったりする。
その話は上杉謙信廟や真田村に行った時も当時の事を昨日の事に様に聞いた。
余所者に聴かせる話なのか本心なのかはわからないが 
そう思うとたった70数年前の事で現在も真偽のほどはわからんとしても存命してる人がいる朝鮮半島との問題も聞く耳を持ち 何も出来ないでも聞くしかないのかも知れないが
聞いて呉れないならさらにダダをこねる子供の真理なのかも知れない 
誰であろうが話をしてるなら聞く姿勢と対話の道は閉ざすべきではないと感じた。

これほどこじれた原因は出来不出来はあっても国民に選ばれた相手にたいして
「 取り消しません~ 」
その舐めた態度にあると思うのだが


これ全~部~墓 内地日本海側の田舎には家の傍に墓が兎に角多い それも嘉永とかなんかわからん年代も多く見る事が出来る。
毎日墓参りをしてたら恨み辛みも新鮮かも


家から持って来た酒とスーパーで買った豚肉に一玉50円のうどんを食す 何も身体を動かさないので道中の食事はほとんどこれ 冷蔵庫を駆動させるバッテリーがダメになり買ったのは痛かった。

煙り草

俺にもし取り柄があるなら もうひとつはタバコをまったく吸わない持った事すらない事だ。

今日手紙が来た Tkamiと一緒に昇った裏山の夢を見た 誰かが手を延そうとしている。
もう体力的にも資金的にも無理なのだ。
でもお前が生きていたなら一緒に手を差し出せたかもと夢の中で恨んでいた。
誰かに引き継いでほしいと思ってるが一円にもならんで出る一方で勧める事は出来ないが
頑張れ 一緒に頑張るべと言える子供達が出来る。

なんでお前たちはみんな早じになのだ。
青虫がたかった腐り掛かった枯草に火つけた煙を吸い込むタバコだと俺は思っている。
それにしても毎回住所も宛名も違ってるが届く 
俺の事など間違えてもどうでもいいが・・・・・・・・・
郵便屋のニイチャンもこのクソ寒い冬もバイクで配達を頑張ってるので
届くからま~いいっかと思っている。
もう一回寝よう。

余部橋梁

俺にもし取り柄があるなら ひとつは年金を満期掛けていなかったので 年金や不労所得は月々18、000円しか貰っていない事なのだ。
それでも日々の食う事に困る事はない 冬期間の収入源は時給換算にすると230円ほどをコツコツと稼いでいる他にはなにせここは食糧生産基地みたいなもので貰い物が多い
財布も口座も二つに分けて一つは生活費一つは仕事用の銭を入れて毎月20日には生活費6万円を生活口座に振り込むが毎月余るのだ。
現金主義など仕組みは色々あるが長くなるので端折ってっと

平成は確信犯の社会保険事務所や食品偽装から耐震偽装と振込詐欺と次から次とあったがバイトテロなどと言うレベルではなかった 
それでもまだ日本品質などと言ってるのは他と比べたら少しマシと言う程度のものなのだ。
誰かが陰腹でも切って止めるか意にそぐわない事に手を染めるなら野に下る覚悟が無いのが一番の原因だと思う。
仕事だと言うが一旦チャラにして仕事を失っても場所によっては食うには困らない場所はここを始めに結構あるのだ。

一番は入る金より使わない事と現金主義を徹底する事だと思う。
物を買う時は安い時に買うのは当たり前で 大損の穴埋めに手放し今は株は持っていないがこれは株でもなんでも何かに投資する時の大原則なのだ。
速攻的に通常以上高くなるから儲かるから買うなどと言うのは詐欺に逢うか大損をする事になる。
一定数しかない札を誰かが一人占めしたら他には回らんのは常識で株などで儲けたなどはほんの一部で宣伝でしかない 
その方法手段はなぜかよく熟知している。

分別付く歳になってまでやってはいけない事をやって
他人のたった一度の人生をふいにする事はないと思うが


宮津線 水戸谷川橋梁 ここらで京都府ともお別れ京女と出会いでもと思ったが ここらは京女とは言わんらしい 
能登半島周辺から和歌山周辺に掛けて女性の顔立ちに特徴がある人が多いような気がしてならない


北前船で使用した進路を指し示すコンパス 由良港資料館


余部橋梁 使用後は切って文鎮にされて一本1800円だった。おいおい全部切ったら幾らになるのよと思ったが買ってしまった。
途中で車の予備バッテリーを交換してシマッタ マイナス6800円+マイナス1800円 残るは3万弱


余部橋梁 やたら高いが


行き止りまで登り続けるが 出た処がびっくりポン 
いままでカーナビに散々文句たれてスミマセン

3月


一生のうちに一度はここに来ようと決めていたのだ 舞鶴に上陸してここに来るまで連続運転が出来ずに中2日間も掛かってしまった。

2月27日から28日と2日間 雪の中にもぐってヒッチメンバー取付をした。
かなりの台数のヒッチ取付したが リバイバルした新車に旧型と比べておやっと思ったが説明書通り取付けて確認をし完了したのが28日夕方4時 すでに荷物を積んでいたミニキャブで
1年間コツコツと貯めた100、000円を持って無くなるか呼び戻されたら帰って来ようと崖下村を出発
車に乗ってすぐ腰に痛みを感じ始めて歩くのもやっとだった。
2日間も雪の中に寝たのがまずかったのかも知れんが どうせフェリーは寝てればいいのでそのまま決行 

2月28日午後11時頃 小樽を出港し3月1日午後9時頃 舞鶴着  小樽でラーメンとフェリーでメシ二食とフェリー代金30530円を払ったので帰りのフェリー代を除き使える銭は4万弱になった。遊びはすべて現金で支払う。
毎回なるべく国道は走らんようにしてるので店が無い事が多く舞鶴のスーパーで半額食糧を買い冷蔵庫に詰め込んで舞鶴港で車中泊

内地は暖かく雪は全く見る事もなく作業服の下にTシャツと腹巻と雪駄で充分で
たった1日で不思議な事に身体も頭の中身も雪の事を過去の事として綺麗さっぱりすっかり忘れているのだ。
俺だけの特性かあれっと思うほど楽な生活に順応してるのだ。
これが内地から北海道と逆だったらどうなんだろうと思ったが
忘れてしまう事はいとも簡単に出来る事がわかった。

核融合には懲りてるはずの日本がいったいどうしてしまったのか
再度核融合に頼ろうとしてる。
マンハッタン計画に関わった多くの科学者は原爆はハッタリに使うべきで実際に日本に使う事を
反対して
『 フランクレポート 』として提出されたが時の為政者達によって広島に原爆は投下され計画は遂行されていった。
カーチス、ルメイと同じく確信犯なのだ。


安寿と厨子王丸 これはこれで可哀想な話だが忘れても大した困らん
う~ん 被害者の像はよくあるが被害者が居れば加害者も必ずいる加害者の像を見た事が無い像~ 
う~ん 自分の代で完結できるものはそれでいいのかも う~ん


宮津で北前船航海安全 奉納絵馬これとほぼ同じ物を増毛で見た記憶があるが思い出せん これも思い出せんでも大した困らん
説明のただし書きにはちょっとビックリだったが!

E=mc2

そろそろ最後の内地ゆきになるだろう 完結編として人類として生まれたので 
3月3日この回廊を歩いて降りた。

すすり泣き以外は言葉を一言も発する事もなく歩く人達がこの回廊をめざしてあるいてゆく 
人種も日本人、アメリカ人、中国人と様々な国の若い人達が予想に反して多くいた。


無差別殺人にもっとも効果のある候補地として選ばれた都市群 効果を確認する為にこれらの都市は以前から通常空爆を控えたと言う。ラットだったのだ。 


ずる剥けになった皮膚に水を掛けて貰う為にしゃがみこむ子供達

金融工学も核融合も人類がもう少し大人になってから手にすべきものだったのだ。
幼児に自分の身を守れとトンプソン・サブマシンガンを預けたに等しく常識があれば誰がいったいそんな事をするのだろうか
核融合をルーズベルトに進言したアルベルト・アインシュタインはのちに
「 科学技術の進歩というのは、病的犯罪者の手の中にある斧のようなものだ 」
と言った。
ここでE=mc2方程式に出逢うとは思ってもみなかった。
人類360万年のうち3599886年はこの方程式が無くてもなんら困らんで生きて来れたのだ。

人類はもう足るを知る時に来たのではないのか

眼が疲れた。

申告がやっと終わった。終わるまで手が付かずに残った仕事をせんといかん

左右の眼の視力が極端に違う為に電卓の打ち間違えが激しいのだムッタシ
しかし電卓を叩き続けて不思議で仕方ないのだが 
どうしてマイナス×マイナスはプラスになるのかいまだに平方根がわからん
借金に借金を掛けたらチャラになるのか 借金に現金を掛けたら借金になるのか
よくわからん わからんでも大した困らんからいいかと思ってるのだが

俺に常識があるどうかわからんが
ニュースでしか知らんがアメリカの大統領もかなり非常識だと思うし北朝鮮委員長もかなり非常識だと思う。
この非常識と非常識を掛けるとプラスになるのだろうと思った。
世界平和がもうすぐそこまで来てるのか知れんと思うと
税金位払ってもいいと思って一週間掛かった仕入れと経費の見直しは止めて申告は終了
消費税から始まって燃料税 自動車税 固定資産税、税、税と粗利のやや三分の一を持っていかれる。

頭のいい奴や強い奴は他っておいてもやり過ぎるだけやって生きてゆくが弱い者は誰かの助けがいる。
人間界の政治とは弱い者を助ける為にあると思うのだが 
たいした払ってないが税金もそうあって欲しいと思うと払い甲斐もあるってもんだ。

南青山

南青山のような高貴な人達が住む場所に児童相談所を作るのは俺も反対なのだ。

人の性格はどうやって作られてゆくのかと考えた時に 6人兄弟に育った中でただ一人 整理整頓が出来ない字を正確に書けない 8すら正しく書けない。
身内に暴力を振るい続けながら外に向かっては借りて来た猫だった実兄と末弟 世間を恨む事で自分の立位置を確認する姉 
貧乏だったゆえにクタバッテしまった妹 不幸を口に出したら不幸になるとその時知った。 
自分が世間並の生活が出来ないのは社会が悪いらしい事を言っては家族を捨てて何処に行ってしまう実父 ただ一人厳格なゆえに金を稼ぐ子を嫌った可哀想な母親
自分にコイツラと同じチ~が流れてると考える事すら恐かったが
救いは求めた者により多く与えられると思っている。その方法が正しいのかどうかわからんが前に前にガムシャラに進むしかなかった。
それを教えて呉れたのは祭りに神社下に掛かるタダで見れる芝居小屋と電気屋の店頭でタダで見れるテレビに映る藤山寛美が先生だった。
『 おっかさん~ 』と 現在多少芝居掛かってるのは当時の名残なのかも知れない
環境が性格を変えてゆくのではないかと思うのだが

修理工になると決めて行った先が良かった アニ~がこの本を読めと薦められたのが鉄道日本車の自動車工学だった それ以来づっと買い続け読める字だけを読み500冊以上は読んだ。
読んだ者と読まない者はハッキリとした差が付く事を知った それは同じ修理工でも指名が付く事になってゆき お客さんに感謝の言葉を貰う事になる。
それは衝撃で人に感謝される事がほんと嬉しかった さらに別の本を買って読める字だけを読んだ。
途中寄り道して再度修理工になろうともう二度と道は間違えないようにしようとこの本に誓った。
油虫と言われる修理工の良さは直して感謝される事もあるし自分の両手が何かを出来る。
と確信した時に貧乏や境遇に負けない自信が付いた。

俺は思うんだがマッチを擦る火が付く それはすべてが自分の知ってる範囲で自分の手を使い汚して何かが変わってゆく事を実感出来る事が大事ではないのかと思うのだ。
身一つで一から出来上がってゆく事が実感出来る場所が必要だと思うのだ。

ここにはマリーナーがある 皆の憧れのボートの傍には朝からバカ騒ぎするオヤジ達がいた今はそんな連中は少ない
どんな苦労を重ねて買ったかは船には書いていない これを買う為に友達も無くしましたと言う者もいた。
月曜日からは必死に稼がんならんその上でのバカ騒ぎなのだ。

最初と最後の最初と中間が抜けて最後しか見えない そんな場所が苦労の真っ最中の子供にとっては良いとは思えんし南青山では無いような気がしてならない
誰かが言っていた ここはもっと稼げる場所だから来るなと!
それならその場所で稼いだ金を使って いっその事ここ北海道に港区の出先を作ったらと思うのだ。
海はかなり綺麗だし食うには困らん なんなら土地を進呈しようではないか