我以外皆我師

ここ数日は目の前の港に車が落ちたのか、飛び込んだのか、
と思えばすぐ傍で船同士がガッチャンコ
まったく身の回りでも暗い話ばかり
なんか地球上が全部そうなのかと思ってしまう。

今のうちに食い物に未練を残さない様に食いたいものを食おうと
午前中は船のFRPの修理 これをやると体中がガラス繊維で痒くなるので午後から妹背牛の風呂に行く
北海道の食い物は最高だと思う
回る寿司でも内地の回らん寿司以上に美味いので
ついでに風呂のあと深川まで行って美味いと言う回転寿司を食いにいった。
食べログに店員の愛想が悪いと数人が書いてあったが
全然そんな事は無く俺には良かった。
「 しばらく内地に行っていたがやっぱり北海道の寿司は美味い 」
「 えっ何処に行っていたのですか僕は関西です 」と
食べログにマイナスを書込む奴は度胸がいいわ
自分の指標をしっかり持っていると言うか自分に絶対的な自信があるのだろうキット

 

 

風呂に行く時に竜西の500メーターほど手前で熊が全速力で道路を横断した。

北海道では食物連鎖の頂点に立つ熊は用心深く臆病な動物で人間を見たら逃げると言う。
この熊も一目散に左側の斜面を登って行った 車だからだろうか
鹿はそこら中に居ていっかた見るが鹿は車でも中々避けないので避けるのは
こっちで
逃げても道路から外れるとそこからしばしこちらを見ている場合が多い
もし俺が猟師だったら一発でジエンドになるだろうに
鹿は馬鹿なのか
それとも鹿はコイツは絶対に撃って来ないとわかるのか
行動としては鹿と熊のどっちが最善なのか
俺も臆病なので逃げる
誰も傷を付けずに逃げる事が出来るならそれに越した事はないと思うのだが

臆病以外にももひとつ俺は整理整頓がまったく出来ない
これはいつか使うかも!と思ったりと捨てる事が出来ないでドンドン溜まっていく さらに次から次と仕事や趣味でやりたい事が出来て掃除をしてる暇がない
ようは時間の使い方が下手でさらに欲張りなのだ

扱ってる物が金物だから腐る事はないが
それでも新品部品が中古部品に紛れ込んでしまうのはしょっちゅうで
どれだけ損してるかわからない
整理整頓が出来ない奴はもっとも修理業には向かない
何度止めようかと思った事か
それでも直した物が思った通り動く それは推理小説を読む様に面白いのだ。
それと整理整頓が出来ないのは何も物だけではない
人間関係も整理整頓が出来ないので一度付き合うと余程の事が無い限り永く
溜まる一方なのだ。
その永さは逃げられた嫁さんとは逃げられて30年になるが元嫁の家族と元義理の弟とも亡くなる前まで普通に続いていた。
別れる時に元嫁より先に再婚は絶対にしないと決めていたので
元嫁とは逢う事は殆ど無いが生きてるかどうかメールは年に数回はやり取りするグズでノロマな奴なのだ。

さらに整理整頓出来ない者は飲食業をやってはいけないのだが
ラーメン屋は掃除整理整頓を頼む為にいつも赤字だが
これまた様々な人を見るので面白いのだ。

検査

小型船舶検査を申請する者として北海道検査の実態を

ここも検査日は月に一回でここは札幌検査機構から一番近いルートを通っても約157キロあり
コース上に厚田検査、浜益検査、増毛検査、留萌検査、とあり検査が終わったら往復314キロ越を日帰りをしている。
なぜに検査員が日帰りをするかと言ったら一日も早く乗りたいと言う要望に応えて証書を発行する為に帰るのだ。

北海道は小型船舶隻数14000隻がありそれを函館支部と札幌支部で分けている。
想像するには大雑把に案分しても知床管轄の札幌支部の在隻数は12000隻ほどあり3年に一回の検査と他に機関換装や改造等の臨時検査があり
年に4~5000隻をわずか3~4人程度で雪の無い8カ月間だけ検査してるので
検査員一人が月におよそ150~200隻を検査してる計算になる
北海道は検査員には過酷で検査範囲が広すぎ期間も限られている為に隻数も集中するのだ。
ウトロ漁港は一番遠く片道420キロありコース上に斜里、ウトロ、小清水、清里、藻琴がある為に検査しながらウトロに向かう。

淡水湖やダム湖にある船も検査対象船になる。
現在では要望があれば余程外れていない場合は小さなボートでも山の中に有っても所有者の置いてる場所まで検査に出向くので実際の距離は更に多い
集合場所は港などが多いが待合せに時間を来ない奴や忘れていて
今すぐ行くから待ってくれと言う者までいて
その為に検査員は夜明けと共に自宅を出て来る。
検査を落とすと月に一回しかない為にシーズンを逃してしまう。
それで検査員に様々な代替え案を提示したり、脅したり、泣き落しに掛かり
ここで検査員も人の子となってしまう事もあるだろう。

船は船舶検査 車は車検があり
検査は犯罪捜査ではない ヒビや傷や隠そうとした部分を分解したり内張りを剥して検査は出来ない すべてを検査する事は出来ない
検査員とどんなやり取りがあったか知らないが
これを逃したら次回検査は来月になりシーズンを逃し経済的な損失が大きいので
俺なら「 出港する時は無線と衛星電話は必ず直しますので今はAUを 」
と頼み込み約束通り直してから出航する。

そもそも法廷備品も揃っていない船の検査を申請する船主に問題がある。
検査は船主が立ち会うのが原則で船長ではない

保健所の検査も消防検査も検査は検査があると言う事に意味があり
野放しにやりたい放題にはさせませんと言う意思表示なのだ。

俺は臆病で小心者なので船検を代行するとぐったり疲れて
その日の仕事は終業し代行料8000円を持って日帰り温泉に行く
検査員は検査は続きを終わったら証書発行の為に日帰りをする。

家宅捜査

家宅捜査は現資産の確定にもつながる。

久しぶりに大河ドラマを見ている。
その中で今の時勢に合わせて脚本を書き換えたのではないかと思うセリフがあった。
上総広常を「最も頼りになる者は、最も恐ろしい」と言って切り捨ててしまう。
これは自分と違う意見を言う者を左遷や閉職に追い込むなど切ってしまう事で自分の立ち位置や政権を守る事は現代でもよくある話なのだ。
それは自分の能力が回りより落ちてると知ってる者、自覚してる者が劣等感を持ちよくやる手なのだ。
強い劣等感を持った者は状況を見誤る その場を職を早く去るべきなのだ。
相手のヤジは許さんが自分はヤジるなど色々な行動や所作からこれは危ない
誰でもおかしいと思う事を平気でやってしまう組織を作り税金で桜を見る会など行ったり国会で112回も嘘を付き通した者もいる。
現在ではウラジミール、プーチンで自分の周りにいる世界を見れる状況を判断出来る者をライバルとして見て排除した結果がウクライナ戦争になっていく
それまでは世界では資源国として必要な国として扱われ 危機に陥れようとする国は無かっただろうに
国や組織を個人商店のオヤジ感覚で運営し結果は災難に引きずり込んでトンでもない事を起こしていく

遊覧船事故も同じ過程をたどっている。
実力の無い者を引き立てる事で意識を利用したのではないかと思われるからなのだ。
他に行き様がない未熟な者をヨイショして付けてはいけない業に付かせ
引き立てて貰ったと無理も引き受けてしまう構造を作ったのではないか

「一芸に秀でる者は多芸に通ず」と言う
すべてとまでは言わんでも何か一つ秀でた者は何をやっても上手な者が多い
溶接がやたら上手な者が全然違う海老の殻剥きが異常にうまかったりと
実力のある者は泥船に乗らんでも陸に上がってもなんとかなる者は多い

一見さんの観光客はその会社や責任者を見抜くすべも無く犠牲になってしまった。
これからは一見さんを乗せる船は個人使用の船とは分けて検査をすべきだと思う
膨張式救命いかだはそんな高い物ではないが取り扱いが難しいのでやはり定期的な訓練が必要で荒れた海では乗り移るにもかなり難しい
一番は人の命を預かるなら荒れた海に出さない その常識を守るその人間性に掛かってしまう。

悪い事は続く
一見さんにひと言で言うなら整理整頓が出来ていない汚い遊覧船や突然の濃霧にも対応出来ないレーダーも無い遊覧船には乗るな。
レーダー設置の電波法は国を侵略から守る為にそう甘くはない

家宅捜査を2

海に関わる者として自然は大きすぎて事故は完全に防ぐ事は出来ない必ず起きる。
その時に原因はなんだったのかを検証し探り自分だったらどうするかを考えて如何に被害を少なくするかを考えていく事に尽きるのではないかと思う。
今回はなしてどうしてと思う事や考えられない事も沢山ある。
後の為にも家宅捜査を早くするべきだと思う。

状況がわかるにつれ今回は海難事故と呼んでいいのかと思うほど酷く事件と言っていい
船検を厳しくするのは構わないがこんな人は想定はされていない
19トン以下の限定沿海小型船の船検では信号紅炎の代わりに携帯電話で代用が出来る制度になっているが
信号紅炎を二本持っていても誰も居ない処で信号紅炎や火箭を持っていても見てくれる者がいない処では役には立たない
役に立つのは携帯電話の方が遥かに役に立つのだ。
信号紅炎と携帯電話や無線などを持つのは法の為ではない自分の為であり他人の命を預かる者の責任なのだ。
ここでも大別刈から厚田まで約80キロ間絶壁に近づき過ぎると携帯は繋がらない場所は沢山ある。
いかに船検を厳しくしようが検査時に備品の貸し借りをしたりと検査後に下ろされたり無視されたら手の打ちようがないのだ。
国の制度は性善説にたち悪人に照準を合わせて法は出来てはいない
船にヒビや傷などが入ってる船は山ほどありコンクリートの岸壁に接岸する度に傷やクラックがつく
もし傷のある船は使ってはいけないとなると使える船は殆どない
問題はそれをどう思うかは船主や船長の問題なのだ。
これからは遊覧船はハッキリと船主は誰々
船長は誰々と船体に大きく書く事が必要になって来るだろう。

検査する側の国の責任を云々と言うが
法は民意や世相より後に付いて来るのが正常な形で
法が民意や世相より先に来る事は絶対にあってはいけない

ここで書く事は出来ないがなぜこんな事が起きて行くのだと思う大きな事故に遭遇した事がある。
その直前に別々だが二人から貰った酒を今でも口を切らずに取ってある。
事故には伏線があり その分近点をするりするりと交わして事故に向かって行く

あの時に時間が半日づれて居たら声を掛けれたと思い
立ち治るまで何年も掛かった。
気が向かなかったら気に入らないなら止めよう例え我儘と言われよう。

覚悟


用事があり二年ぶりに稚内に行ってきた。
前日から行きたかったが残った仕事があり断念
海は風が強く波もある。
今の時期は突風が多い時期で春の嵐とか春一番などと呼ばれている。

多くの人が
「 今の時期 北海道はまだ寒いから行くな 」と
引き止めればよかったと思ってるだろう
残された人達は時間を戻したいと玄関ノブに手を掛ける前に
電車に乗る為にホームで皆が前を向いて歩いている時に
時間を戻す為に雑踏の中で後ろ向きに歩いてるかもしれない
冥福を祈ろうが成仏してくれと言おうが何を言おうが亡くなった人は戻って来る事はない
生死が掛かる時は景色がゆっくりとスローモーションで動く
その中で残していく者を思い自分の事はあまり考えてはいないのではないかと思う。

第一当事者がこれからやる事は残された人達が
生きていれば当然あっただろう
賀状を貰い入学も祝ったりと普通の日常があったはずなのだ。
償いは訪ねて来る人をその地で待ち
残された人達の背中を、日常を、半歩下がって一生見守り続ける事ではないかと思うのだが
北海道に行ったきりになってる息子や娘や親の代わりになって状を書き続ける
季節を送る。
思い出すと嫌がる人も居るだろうでも、でも、なのだ。
自分が残された人達の運命を変える切っ掛けを作ってしまったのだ
あるかどうかわからんが一億や二億の銭で賄える事ではないし銭金で償える事でもない
これから生きて稼ぎ 銭を送り季節の品を送り忘れていない事を知って貰い
あった事を自分の身に刻む覚悟が必要ような気がしてならないのだ。
銭は暈(かさ)ではない爪に火を点し背一杯の金額が課された額で
送るにも振込では駄目でたとえ中の銭より送料の方が高くなっても字を書き封書でなければならない
ウトロ発の封書は潮の匂いを運び
それがいつか北海道に行ったきりになっている息子や娘や親からの状となり仕送りとなる日があるような気がしてならない

家宅捜査を


この湾(マ)の中間位に俺の住まい兼仕事場がある。
北から吹く風は波を起こし集中し盛り上がり堤防を越えてくる。

今までに3度これで終わりと思う事を冬山と海で経験したが様々な人に助けて貰い今も生きてるが
大小や物損か人損かはあっても事故は様々な原因で誰にでも起きる。
二度と起きない様に原因の追究と検証が大事
海は出なければ何も起きない
これは明らかに人災なのだ
その為には事情を聴くとかよりは家宅捜査をすぐするべきだと思う。
仕事となった時に民間であれば当然利益の追究があり
それが経済活動で感染などの危険を冒しても経済を回せと言う。
どんな仕事も経営者がどれだけ現場を熟知しているかが事故を防ぐ大きな要素になって来るのだ。

一度大きな事故に遭うとすべての人がとは言わんが
殆どがシッポを股に挟みブルブル震えている負け犬の状態に陥り身体が動かない状態が数カ月続く
生きて行く為にそれを克服するのは大変な事でなぜそんな事が起きたのか どうすれば防げたのか
その分岐点は降伏限界点は何処だったのかと再度向合う事が出来て当事者はやっと半歩前に進む事が出来る。
事故からはそう簡単に復帰する事は出来ないのに
それでもなぜ再度海に出て行ったか理由が知りたい
以前の事故修復に掛かった費用は誰がどうやって支払ったのか
会社は事故費用を船長に担保させてなかったのか

車も乗る 船も乗る 明日は我が身なのだ
誰かを巻き込まないか怖くて仕方ない 人間をやめようかと思うほど怖い

欧米か!


豊田名鉄駅前

毎日見るに耐えない様なニュースが流れてるが
あれっと思うのは日本は難民には厳しい国ではなかったのか
難民申請の認定率はたったの0.2パーセントしかいないが三河地方で電車に乗ると必ず結構な数の外国人が居る。
きっとその人達は技能実習制度と言う実態とはかなり外れた肉体労働者として日本に働きに来てるのだろうと思う。
俺の住んでるここでも漁業や水産加工業に従事してるベトナムや中国から来て真冬のケアラシが立つ海で夜明けと共に稼いでいる人達を
身近で見てる者にとっては至れり付くせりの今回を見るとあれっと思うのだ。
なぜ今回はこうも違うのだろう。
考えらるものとしては岸田政権だからなのか
それとも侵略してる相手がロシアだからなのか
北海道に住む者としてはウクライナの侵攻を許せば次は北海道となる可能性はゼロではない
ロシアの侵攻が失敗に終わって欲しいと日本も世界中も思っているだろう
住民を退避させて戦闘に入るならまた違った展開も起きて来る可能性を期待する後方支援なのか

それとも今回の難民がコーカソイドだからなのか
ネグロイドやモンゴロイドの難民は現在も沢山いるが受け入れには厳しい条件が付き
EUでも難民問題はそれが政権を危うくする大問題だったはずなのだが
ロシアと地続きのEU圏は明らかにロシアに勝って欲しくないと言う思いはあるだろう。

北海道は宗谷岬からたった42キロ先がロシア領で少しいい双眼鏡なら家々がハッキリ見える。
知床では知床岬からノシャップ岬を直線で横断すると即ロシアに拿捕される。
今回は全国アチコチの自治体が受け入れを表明してるが
北海道を念頭に置いた難民引き受けなのかと言うとそうでもないと思うし北海道のすぐ傍にロシア領があると思っていない自治体もあるだろう。
今回日本が難民を受け入れにすぐ動いた一番の理由はコーカソイドだったからではないのかと思うのだが
今更三大人種でもないが金髪をありがたがるのは何も千昌夫だけではなく
若い子まで綺麗な黒髪をわざわざ茶に染める日本人はコーカソイドに憧れがあり同じモンゴロイドを下に見る傾向がある。

モンゴロイドの俺の左目は角膜を傷付けた為に角膜が駄目で身体の抵抗力が落ちると見えづらく根本対策は角膜移植しかないと言われているが
成功率の高い日本人の角膜は長い事待つ必要があるが外国人の角膜はわりと早く出来るそうだが成功率がガクッと落ちると言われている。
DNAの中に何か受け付けないものがあるのだろうと思う。
もっとも後何年生きるかわからん俺よりは若い人に先にやって欲しいと思うので移植はする予定はない

日本は稲作文化圏であり長く無理せずに上手く付き合うには根っこの部分ではモンゴロイドが近いので
これを機に他の難民にも丁重に目を向けるべきだと思う。

日本には「 情けは人の為ならず  」と言う言葉があり
何でもかんでもコーカソイドをありがたがる日本人に向けて
「 欧米か! 」と言って稼いだのは北海道出身の漫才師タカアンドトシ

三河紀行 8 


平地の少ない内地では墓は何処にでもあり毎日見て暮らす処はよくある。
その墓も嘉永だとか元和とかも普通にある。
先祖を身近に感じると中には戦で騙し討ちに遭ったり残念な最後の場合は恨みつらみを思い出す場合もあるのだろう。
以前謙信廟を見た時に中に吉良上野介の墓があり説明して呉れた人に赤穂浪士の事を聞いた時に
「 あいつらはテロリストだ 」と言い その後の話でも 350年以上前の話でも う~ん結構引きづっているのだと感じた。
その辺りが北海道との違いなのかもしれない


越前加賀公園海岸
長距離を車で走ってると中々メシが食えない 営業時間が11時から開店の店が多く
その時間帯に合わせると混んでる時間帯に街中を走る場合が多く バックがしずらい車やキャンピングカーなどは駐車が面倒で諦める事が多い
勢いコンビニになったりスーパーでメシを買ったりする。
長距離移動の場合は一か所に絞って時間を合わせて走る事はやはり難しい
日中は景色を見ながら走り夜は道の駅で車中泊をする場合は道の駅の中の店も閉まっていて地元にまったく貢献しない場合も多くさらに
国道などは早朝は明らかに旅行客が捨てたと思われるゴミが沢山散乱している。
このままいくとキャンピングカーは嫌われ者になる日は近い

朝市と化した道の駅もありそれはそれで周辺客で賑わっている
北海道でも岩内や日高などの道の駅は街中にありメシを食って そのまま車で寝る事が出来るので地元のメシや酒を呑む事が出来る。
道の駅を長距離トラックドライバーの為か町の宣伝かなんの為に作るかと言ったハッキリとした目的がないと賑わるのは最初だけで後は維持費を町が出す一方になってしまう。
それに気づいた処はこれからは止めていく道の駅が多くなるだろうと思う。

高速や有料道路を使わないカーナビで走るとこんな処は普通に誘導されていく
古い町並みを見たい俺は構わんが
初めて地方に行くトラックドライバーはどんなカーナビ設定なのかと聞いてみたい

国鉄がもう少し賢ければ大動脈は一人で多くのコンテナを運べる列車で運び駅をハブにして後は小さな車で配達する事は出来たのではないかと思う。
ただでさえドライバーが足りない上に高齢化してるのに
たった4000人程度のここでも毎日何台もの宅急便のトラックが入って来る。
会社によっては大した荷物もないのに各社別々に路線を持ってるばっかりにカラでも走らんならん事も多い

昔のチッキの様に駅を集配場にして そこから配達集配などやったら軽貨物で充分で町の仕事も出来ると思うのだが
俺の寝てるベットから20メーターほど後ろがJRの廃線になった線路があり
地方で廃線を聞く度に何か方法は知恵は無かったのかと思う。


地方で燃料を入れる時は出来る限り小さいスタンドで給油をする。
ここから敦賀フェリーはすぐで4月2日乗船なので最後の給油になる。
給油もここまで無事走らせて貰ったから給油するか
これから走らせて貰うから北海道で給油するかで同じ給油でも少し違う。
高齢おばちゃんが出て来て北海道かいと聞く
わたしの親戚が美国に居て一度北海道に行って見たいと言った。
こう言う待ちの商売やってると売上ゼロでも店を休む事は出来ない
その為に地元で楽しみを見つける事しかなくなって来て仕事場がサロンと化すのだ。
そこでは小さな話を膨らませ盛って盛って同じ話が延々と続き旅人などいいカモなのだ。
旅人も笑いの一発も出ん様では唯々排気ガスを残していくだけになってしまう。
北海道人が内地の田舎に行って使えるギャグは
「 サルを見た 北海道はサルは金出さんと見れん 」
大概は喜んで呉れる。

イジメ

非常識と常識が戦うと常識は勝てない
それは当然の事なのだ常軌を逸しているロシア、ウクライナ戦争を見ても世界中の結構悪い奴も沢山いるだろう指導者、政治家でさえも誰もが
非常識な侵攻を許してしまった。

JR恵比寿駅がロシア語標記を隠したと非難されてるが
久しぶりに電車に乗ったが秒で動く鉄道会社の仕事は乗客を安全に適切な価格で運ぶ事が仕事なのだ。
その線路屋に世界情勢がドッタラコッタラと言い本来の仕事で無い事で右往左往させる非常識な奴の方が悪いのだ。
狼狽えてアタフタと紙を張ったり剥したりして当たり前なのだ。

旭川はここから1時間半でいけるしいい奴も悪い奴も知合いは沢山いる。
そんな近くでイジメが起きて亡くなってしまう。

学校は良識の場であり
人を見たら悪人と思え、隣の席の奴が、お前の財布を狙っているとは教えない
イジメ問題は良識、常識、性善説の元に成り立つ学校と言う組織の本来の仕事ではない
そもそも学校は隣人を疑う事を教える場所ではないし
善人出身の先生そのものが悪い奴に対処出来る様にはなっていないし
悪い奴に慣れてはいけない
イジメ問題をいつまでも学校や教育組織に解決を迫っても解決しないのではないだろうか

悪い奴には悪い奴の論理と訳があるが
多くの善人が普通の生活を続ける限りは
そんな奴の論理を理解したり共感する必要は全くない
学校は学校本来のやるべき事をやり
イジメ問題は二度と起きない様にまったく別の組織を作り対処する道を探すべきではないのかと思う。

ラーメン食わしてやりたかった。

三河紀行 7


北海道と東北の山は富士山の様に独立しそびえる山が多いが北陸道と東海道との間に東北道があり何処から見ても壁の様に山々が見え これが北海道との大きない違いではないかと思う。
シェルパ、テンジンの住んでいた村ではエベレストは登ってはいけない神の山だと言う
テンジンが登った事でエベレストは銭になる山として変わっていき多くの犠牲者が出て来る。
スノーモービルでそこらの山を散々登った俺が言うのもなんだが
足を踏み入れていけない領域と言うものがあってもいいのではないかと思う様になった。
モービルは目的に合わせて3機種5台持っていたが今年は水源地を見に行く為に最後に残していたBR250Tを車の改造費の為に売ってしまった。
もう二度とモービルには乗る事はないだろう S300からやや40年
冬山は恐い 山からは色々な教訓を得たが一番は自分の足で行った処しか歩いては戻れないと言う事だった。

何処を走っても山が壁になっている。
野麦峠で時間が掛かり高山に入ったの夜だった 駅に行って見たかったが
記憶にある高山とは全然違い車の量が多すぎて流れに乗れず駅処の話ではなく端折って飛騨の道の駅にゆく
なにせ左目の視野が狭く左折も大変なのだ そろそろ車での旅行は止めないといけない事を今回思い知らされた。

夜は走るのを止めて飛騨道の駅で寝ていたが
俺のキャリーはFFヒータが付いてる為にエンジンを止めていてもヒーターの音がするので車中泊は隅っこの車が居ない処に駐車をする。
明け方前の4時頃 その俺の車を挟む様に新型ハイラックスサーフやハィエーやなんかわからん車がドヤドヤと数台止まった。
エンジン音はどって事ないのだが話声がやたら聞こえて来た。
この夜中の話声は耳障りで気になって仕方ないのだ。

こそっと外を見ると若者が何やら荷物を積みかえて身投げがドッタラコッタラと聞こえてくる。
夕闇の日本海で身投げと言えば東尋坊か金大中事件である。
それもそこそこに聞こえる声で物騒な話が続き 離れてはいるがトラックや車中泊の車が居る中で うるせぇな~と思い始めた。
相手が自分より弱ければ見過ごすと言う事が出来ないと言う 都合のいい性格なのだが人数も多くさらに若い上に身投げがドッタラコッタラと笑って話す集団なのだ。
どうする このまま去るまで待つか注意をするか悩んだ。
注意して頭を踏み付けられるのも嫌だし顎の骨にひびを入れられるのも折角日本海で回転寿司を食おうと思ってるのでそれも嫌だし
しばし悩んだが
今までの人生でコイツは根っからの悪党だと思う奴に逢った事がないし
俺は根っからの商人兼修理工で交渉事には慣れている。

誰かに注意をする時に気を付ける事は注意する側は俺は正義の味方と言う正義の大看板を盾にしてはいけない
どんな奴にもそれぞれの考え方と理由がありまずは聞いてみなければわからない
言ってもわからん理解出来ない事はありそれは仕方のない事なのだ。
だが見過ごす事はその場では反感を持たれるかも知れんがその後に何年後か知らんがその本人に生きて来る事もある。

金大中の様に拉致されるのも怖いが思い切ってドアを開けた。
俺の車は中でとても人が寝てると思えない作りなので そこから人が出て来て相手はびっくりこいている。
「 あの~も少し寝て居たいのですが~ 」とスリスリと揉み手をしながら言った。
普段から人様に迷惑を掛ける奴は生まれてこの方
褒められた事や認めて貰った事も一度もないと言う奴は沢山いる
その相手には正義の大看板を背負っているからこそ下手に出る事が必要なのだ。
若者は「 すみません 」と謝る 若者の怪しげなクーラーボックスの中はバラバラにした遺体ではなく
ホタルイカで獲物を分け合っていたのだ。
ホタルイカがどっさり入っていて四方漁港に行くとホタルイカが網に身投げをする様に飛び込んで来て面白い様に獲れるのだと言う。
その様子をホタルイカの身投げと呼ぶと教えて呉れた。
日が昇ると身投げは終わるらしい
今から行っても獲れるかも知れんと言われ
その場を四方漁港を目指して脱兎の如く去ったのは俺の方だった。


残念 神岡鉱山まで来て夜が明けてシマッタ
それでも欲の皮が突っ張ってる俺は鹿部間欠温泉の様なオシッコタイムの後にひたすら四方漁港を目指し走るも
ホタルイカの身投げは終了していた。
浜にテントを張ったり車で住込んでいるのではないかと思う北海道の鮭釣りの様だった。

知多半島では生シラス丼を食って見たかったのに

3月30日に行った 師崎港
ここはシラス漁は4月1日からで生シラスは食い損ねていたので
今度こそホタルイカを自分の手で獲って生で食うぞと意気込んだが朝になって時間切れアウトだった。
後日聞くにはホタルイカは生で食ったらいかんらしい


初めて来たが一応富山ナンチャラ県民なので
どんな処なのか近くに行ってみたい気もしたが
顔を見せん、知らん、行かぬのが華なのだ。