231号線戻り 

ウクライナ戦争で兵士が「 自分達の土地を守る為にそして国を守る為に戦う 」と言ったが
ヨーロッパは最初に自分達の土地が来て次に国が来るのなら
国の為にはクタバリたくないが自分達の顔の見える地域の為には命も掛ける事はあるのだろうと思った。


「あざれあ」は待機船と勘違いで積込船は「はまなす」で速力30、5ノット 普通のモーターボート並みの速さ 総トン数16,897トン
「はまなす」の積載コンテナは158台で待機中のエンジン付きの冷凍コンテナが多くきっと水産物や肉製品が多いのだろうと思う
農水産物は苫小牧東港が多いのだが苫小牧東港で積み切れないコンテナがこちらに回ってきてるのだろうか
北海道は食糧自給率が200パーセントで人の口に入れる為の日本の食糧基地なのだ。
その食糧基地には放射能関連施設は要らないのだ。 言っちゃ悪いが
たかだか数百人規模の自治体がもっといい生活をしたいから放射能関連施設を呼び込もうと言うのは北海道全体や食料安全保障を考えた時には「 自分達の土地を守る為に戦う 」と言っても北海道民は要らないのである。
ここ崖下村がある町から見たら放射能関連施設を呼び込もうと言う村は可能性も現在の所得も遥かにあると思う。
電気は離れた所に作ると電圧降下もあるし原発は一番使う土地に穴でも掘って作っとくれ


今回の無人航送車は下の甲板になった 一段上の甲板は坂がきつく角度もある為に桟橋のジョイント部分にボートトレーラーは引っ掛かる時があるが今回は楽に積めた。
ブイブイ言わせてるシャコタンブギ車は桟橋に引っ掛かるぞ~高いマフラーがあ~あ~と

23時30分、出港で積込は21時からで暇だったので小樽を散策したが
並ばないと食えないと言う境町の回転寿司屋も三分の一程度しかお客は入っていなかったが地元民御用達の塩谷のそば屋は12時で半分以上の入りだった。
この地元民御用達メシ屋はラーメン屋も含めて売上の計算方法は12時から13時までの時間帯の入数×4.5倍が大体の一日の売上になる。

スペイン風邪からインフルエンザーと次はコロナで次は何があるかわからんが確実に言える事は周期が短くなっている。
原因は人的交流が盛んになった事もあるだろうが、もっと他の事もありそうな気がし
商いのやり方も変える必要があると感じた。
地元に顔を向けた商いをするか
半年稼いで後の半年~寝て暮らす~デカンショ~観光客価格を設定するか
デンカンショ価格は観光客をヨイショするのは今のSMSだかなんだかムチがあるので難しいので小さい店はやはり地元回帰になってゆく様な気がしてならない
これからは観光客も地元民の小さな店の設備の片隅に入れて貰うと言う考え方にならなければ一見さんお断りも出ても仕方ないのかも知れない

22時積込完了 片目が悪く夜道は極力避けたいので向かいの24時間営業のうどん屋に行って食ってセコマに行って一杯呑む酒とツマミを仕入れて朝帰る事に
駐車場に戻ると隣に神戸から来たと言うハイエースオヤジが居て俺の車を見て車検はどうしたのだとか色々質問責めに逢う
待ってました!良くぞ聞いて呉れた状態になり一方的に説明してシマッタ


早朝 今は行政によって地名を浜ナンチャラに変更されてしまった熊礁を走る。
そこで生まれ暮らした人がいる地名を変えてしまう事が歴史ある小樽でも起こってしまう。
なんてコッタ


若かりし頃 安城辺りの一号線でトラック運転席に運転手が挟まれた交通事故に遭遇して怖そうなオヤジに道路交通整理をさせられた事がある。
その時に向かって来る車の運転手は自分を見てるのだろうか止まって呉れるのだろうかと恐かった。
俺は思うのだが排気ガスを浴びながらハタ振ってる人に対して早く安心させる為に止まる時はハザードを付け
反対車線に出る時は右ウインカーを出してやったらいいべやと思うのだが

待ってる時はこの旗振り人はこの排気ガスを浴びながらの過酷な仕事が終ったら
ビールを呑むのか焼酎を呑むのか家族はと
地元で暮らす人達の生活を想像しながら旅をすると旅の幅もぐ~んと広がると思うのだが

帰りたくないが次の仕事が詰まっているので嫌々渋々崖下村に戻る事に

ミッション完了


これを内地まで運ぶ事に 先月の送りは散々苦労したが

船を送る方法は色々 業者に任せるか、自分で運ぶ場合もフェリーで運ぶか、トラックで陸路を延々と走るか
これはトレーラーに乗っているので一番安い方法はフェリーを利用するのが安いが特殊貨物なので料金はやたら高く
無人航送でも車料金の倍以上でプラス燃油サーチャージで合計十数万円になり
海を挟むと言う事はそれだけ割高になるのだ。
これがもし極東に送るならもっと遥かに安く済む方法はあるのだが

極東貿易拠点は小樽、新潟、富山は盛んだがロシア行はほぼ全滅で
残っているの足場を日本にも築いた者が残っているが多くのロシア人は国に戻っている。
知合いには絶対に戻ってはいけないと言ってるのだが
彼らはマンションの最上階に住むのがステータスで性格上
宵越しの銭は持たね~と言う江戸っ子気質が多く 国内のロシア人の多くは困窮してるらしい
そんな訳で枝葉の末端の俺も落ち込んで苦しんでいる。

一度も逢った事の無い相手に高額な物を送る場合はお互いに危険が伴うが連携が上手く行くと陸送経費が安く済むが
メールでのやり取りで相手をどう見分けるかは それはお互い様でお互いにそれは長年の感しかない
相手が何に乗って様が自宅がデカかろうが逢っていないのでハッタリは関係無く、
それは実際に逢って取引より緊張も伴うが見た目に誤魔化される事が無いので逆に楽かもしれない
逢う時は着てる物や顔より目と手がポイント
見えない分だけ普段の生活態度は行間に見えて要注意人物はわりと分かる。
普段から人が見ていなければ端折る者はダメ それは裏と表が滲み出る危ない!
一方的に話す者も相手を一方的に利用する事が多くダメ危ない!
相手の時間をタダと無視する者はダメ危ない! その他様々六感あるが
買って送金する方も物を送る方もお互いにそれは長年の感しかない

運ぶ日時はそれはお上が首都圏に集中してる27日しかない 早朝3時に崖下村を出発してびっくり
231号線が日中より車がやたら多く シャケ釣りなのか雄冬や各地の漁港は車を止める処もない
まった今年はシャケが多い
それでも231号線はいいが5号線は何かと様々に危ないので6時には5号線を抜けてしまいたいと向かう
小樽に着いてさらにびっくり運河で沢山の人がシャケ釣りしてるのだ。
江戸川で釣りしてる人を見た時もびっくりしたが基本的には釣った魚は食う物と思っている。


いつも通りここでメシを調達と思ったら市場だけ臨時休業
23時積込までかなり待機時間があるので


ここに初めて来て見た 怪しい立ち入り禁止標識を無視して降りたろうかと思ったが
今日は相手先に届ける責任を果たす為に断念


向こうに怪しいデンジャラスな建物が見える 行って見たいが以前初詣に行った瀬棚の太田神社並みの危険度が気をそそるが


イカン 行かんと責任を果たすのが先と断念してまた坂を登って小樽に戻り回転寿司を食いに行く事に

似た者同士 


北緯44度50分 川に穴を開けてドライスーツを着たダイバーが潜り川底の各所に設置してある測量機器を回収する。
厚い氷の上とは言え一人のミスが全員を奈落に落とす。
オレンジ色のライフジャケットを着た若き代人さんは必ず現場を自分の目と手で確認する。
今まで様々な代人さんを見て来たが最高の代人さんだった。

冬は30年近く 冬山や雪原にスノーモービルで測量機器や様々な荷物を運搬して来た。
日本列島はL型になり東京あたりから南北ではなく東西に延びている為に東京以西は土地ごとの季節の感覚はあまり違わないと思うが
北海道は緯度は凄く気になる。
崖下村は北緯43度51分だが一度変わると118キロ北極に近くなる
緯度が1度変わると気候はがらりと変わり北緯43度で暮らす者は44度に行くと指先は動かなくり細かい作業は出来ない
44度辺りを超えると金属を不用意に触ると手は金属に瞬時にくっついてしまい剥そうとすると手の皮が剥がれる。
わりと長い事各地の冬を見て来たが 寒さはその土地を守る者には有利に働き 攻める者には不利に働く

ウクライナは北緯44度から52度に広がり北海道では稚内が45度辺りになりウクライナの冬は相当厳しい事が想像できる。
今の戦争は2月辺りに決着を見るのではないかと思う
根拠は生まれた場所に居る者と外から攻める者の違いで、寒さが守る者に味方をするのではないかと思うのだが43度に住む者が稚内にわざわざ攻め込んで金属のトリガーに掛かる指先を温め温めしながら侵攻して
その見返りは一兵卒には何があるのだろう それもいつ終わるかわからない そんなのはバカらしくてやってられない
そうなると攻める側は日々刹那的な行動になって行く事は当然あり それが戦争の実態なのだと思う。

ウラジミール、プーチンはレニングラード攻防から何も学んでいないのではないか
レニングラードに攻めたヒットラーはボヘミア伍長と言うあだ名がありごく普通の家の出自で立ち位置が上がるに付けて強烈な劣等感を持っていたのではないかと思うのだが
この境遇はスパイになりたかったと言うウラジミール、プーチンもよく似ている。
今崖下村で起きてるK.H紛争を見ても似た者同士は喧嘩になる
その前のT.Sゴミ箱奪回大作戦紛争もそうだった。

多少の劣等感は誰でもあると思うが強烈な劣等感を持つ者は権威や肩書にすがる
そう言う人には平和の為に1票を入れてはいけません

それにしてもテレビでウクライナ戦況分析する専門家達はなんか共通する独特の雰囲気があるぞ

可哀想な人

旭川の病院に行った帰りに旭川の出口に近い某有名ラーメン店のすぐ隣にあるこじんまりとしたラーメン店に入ってみた。
中に入ってびっくり満席でデカいテレビの真ん前しか空いてなく結構な時間待たせられた。

テレビで正直者がバカを見るドッタラコッタラ言っている。
ナンノコッチャとテレビを見ると代議士が統一教会の事で正直に申告した者がバカを見ると言ってる。
その代議士は可哀想にどんな酷い親に育てられたのか
俺が中一で親元を離れ名古屋に行く為に留萌駅を離れる時に偉大なる母親は俺に言った。
「 皆さんに可愛がって貰いなさい 」と それ以降適当なお調子者で通しているがもう一つは
「 馬鹿と言われても正直に生きなさい 」
と中一でも字もロクに書けない親も兄弟も認めるバカなので
悪事は相当頭が良くないと貫徹は出来ない 俺には無理、
バカが一人で生きてく為にはやはり正直に生き回りに世間に認めて貰うしかない
偉大なる母親の言いつけはあまり守ってはいない それは末端の枝葉の貧乏人だからまだ許されると思うが

国民の為に身命を賭して尽くすと誓った、
代議士はバカと言われても国民には正直に、誠実に、バカ正直に尽くすべきではないのか
この代議士達はいったいどんな親に育てられ どんな酷い境遇に生きて来たのかとびっくりこいた。
う~ん 真(まこと)の親を知らんから統一教会に真の親を求めたのか!
可哀想な人達なのだ・・・・・・
代議士など責任重大な仕事はやめて自由人になったらいいのになどと思いながら
ラーメンはう~んこれは俺の好みかもと思って旭川醬油ラーメンを食った。

ラーメン屋から12号線を江丹別に抜けて湯内ダムを見てからアチコチ彷徨いながら夜に戻って 今日食った店を検索してみてびっくり評判がいいのだ。
店主は一人で店を切り盛りしていて満席になろうが一杯づつ作りレジに3人並ぼうが手は止めないでラーメンを作る。
それはそれで店主の方針なのでいいのだ 急ぐ人は次回から行かなければ良いだけの話なのだ。
食べログのクチコミにボロクソに書いてる人が居るが 俺はその人の他店にも書いてるクチコミを必ず見る。
そう言う人は何処の店でもボロクソに書いているが、
この人も物事にマイナス面しか探す事が出来ない可哀想な人なのだと思う。


留萌港に巨大な風車の羽根 全長は50メーター以上ありそう と言う事は直径100メーターを超える。
一番先端は少し風が吹くとプルンプルンと震える
この柔軟さが本体を破壊から守るのだ。プルンプルン

帰りたくね~なと思いながらも明日からはここ留萌港で仕事が詰まってるので湯内ダムと雨竜川を見て仕方ね~なと崖下村に戻る。

 燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや

札幌は味噌ラーメン系が多く旭川は醬油ラーメン系が多い
およその分水嶺は砂川、深川辺りではないだろうか
白湯に何も入れないで味噌を入れて飲んだ場合と醤油を入れて飲んだ場合はどちらが飲めるかは個人差はあると思うが味噌は万能調味料で何にでも合う。
その為に味噌ラーメンは多少の違いも許してしまう醬油ラーメンが美味い店は味噌ラーメンも美味いが
味噌ラーメンが美味い店は醬油ラーメンも美味いとは限らない。
さらに食い歩く事を趣味にしてる者はベロが日々進化している 迎える側も日々進化をし続けるか変えないかの選択を迫られる。
ラーメンひとつ取っても何処の地域で誰に向けて営業するか 生業としてやっていこうと思うと難しく頭が下がるのである。

ましてや一国の指導者となると途轍もない重圧と高い志が必要なのだが
憲政史上最長と決まったらハイ辞めます~ハァ~なんじゃそれなのだ。
8年間の長期政権がもたらした弊害は桜や森友だけでなく、信介爺直伝のエセ宗教を使い自分の派閥を増やす為にフル活用して来たと想像出来る。
その後ろめたさを隠す為の右翼的言動を行い さらに隠し玉に使われたのナンチャラ水脈やナンチャラ早苗でこちらの言動にも何の一貫性も志もないタチの悪いタダのヒステリー婆なのだ。
交渉事で何も生まない守りに入った場合は言動に一貫性を持たせない事で長引かせ根負けさせる事は交渉術の一つの選択肢で悪質と言っていい

もうひとつは官僚機構をイエスマンに入れ替えて優秀な志や人材は死に追い込んだりした結果はロクデナシが残ったとみていい
その長期政権の残したロクデナシ達を一掃し入れ替えるだけでもまだまだ時間が掛かるだろう。
もし前総理や長期政権の残党が新総理になっていたなら統一教会やオリンピック問題や実は長期政権で国力が落ちて円安なってる事すら隠し騙されていたろう。
そう思う時に岸田首相が安倍長期政権の問題を表に出し右往左往する事は決して悪い事ではない

出来たばかりの政権の支持率などせいぜいラーメン屋の食べログの星の数程度の物しかないのだと思うのだが
星の数よりメシの数で場数を踏んだ町のラーメン屋が続くには凄い努力と理由(わけ)あるのだ。

留萌線廃線まじか

釧路の帰りは糠平温泉を通り上川に抜けて戻り旭川でもう一泊と思って糠平に向かう。


帯広から十勝三股に行く士幌線跡

糠平温泉郷にある上士幌町鉄道資料館 ボタンを押すと当時の映像とアナウンスが入る。
この映像を雨の中カワサキ緑のEX250Pで旅する
彼に出逢い言葉を交わせただけで今回はいい旅だったと思える若者と一緒に並んで見る。

ここだけでなく昔の映像と喋りを聞くと俺はなんか悲しくなるのだ なんでだろう士幌線が廃線したからだろうか
HNKの昔の映像を見てもそう思うのだ。
他の人は知らんが この時代も俺は食うのがやっとだったからなのかと思ったりする。

ここで不思議な事があり当時は請求書を一枚書くにもカーボン紙を挟み電卓で計算して切手を貼って封筒に入れて
ポストまで投函し集金に行った。
それが今じゃ項目を入れるだけで計算され請求書がプリントアウトされるかメールで終わり集金すら行かん
時間は大幅に短縮になったがそれでもクソ忙しいし収益も大したかわらん
収益が変わらんのなら週休4日になっても良さそうなもんだが一体どうなってるのだ。
タイムイズマネ~が本当ならその浮いたマネ~とやらは何処に行ったのだと、
どうも誰かに騙くらかされてる様な気がしてならんのだ。

釧路から白糠に掛けては廃工場や離農地がなぜこんなにあるのだと言うほどある。
農業や商売など夢を描いて始めた者や食って行く為に始めた者などいたと思うが
それが続かないで離農や廃業をしなければなかった原因は何処にあったのかと思考する時に半世紀に渡って商売をし今まさに終業を迎えようとしてる俺はなんの為にやって来たのか振り返るのはとても大事な事に思うのだが

終業をしなければならない大きな原因に夢と希望を与える事が出来なかった後継者問題は大きい
廃業は一代目が散々苦労して開拓した物がすべて地に帰る事になる
それは一代目が掛けた労働力や資本の元を取る事すら出来ないで唯々苦労に苦労をして終わってしまう事になりかねない
これは鉄道線路も同じで時代の流れと言って役目は終わったと言って 廃線をしてしまっていいのだろうかと
言う疑問と重なるものがあると思うのだ。
士幌線など道内には木材切り出しの為だけの路線は沢山あったが設備費と木材販売利益だけで貸借は吊り合いせば良かったのだろうか もっと違ったものもあったのではないかと

高度成長経済時代が1955年頃から始まった事によって農業政策も変わり工業生産物を輸出して農産物は安い国から買えばいいべやとなり
農村の次男、三男を金の卵と都会へと向かわせる人口流失が画策され便利な生活と三種の神器を手に入れたが
都会の貨幣経済によって代わりに自分の時間を売り渡して来た。

今になって思うのはもっとゆったりと流れる時間が必要でなかったのかと思うのだが
資本家と労働者と言う二極対立によって労働者にリゲインを飲ませ24時間働け、遊ばせてならんとやって来た結果が現在に到ったのだと思うのだが
三種の神器を買う事が自体が目的になり自分の時間を売り渡した次は車と物に依存させる事によって経済は回り楽も出来ると言うのは少し違うのかも知れん
ここ崖下村にも自転車しから乗らん一生をせいぜい数キロ内で終わる人達が居るが
それが毎日が楽しそうなのだ。
なんかよくわからんが留萌線ももうすぐ廃線なるが廃線と人々の意識や生き様や幸せは連動してる様に思えてならないのだ。

旭川に一泊しようと思っていたが日本海側暴風警報が出たので崖下村に戻る事になった。
いまや世界中の気象は連動していると誰でも知っている。
数百年後には地球上の人の思いや生き方や幸せは連動してると数式で証明されるかも知れん

塩分と言葉使いには

車を三年越しで正規に車検取って燃え尽きたのか最近は何処も行く気になれなかったが月曜日から釧路に呑みに行って来た。

釧路港はこの釧路川に沿ってありここは港と言っていい
車を止めた場所は市営駐車場で一泊1600円以下でトイレも完備して管理人もいて車中泊が出来る、
この閉鎖されたホテルの裏は昔は船員相手の飲み屋街でここに止めて裏の飲み屋街に呑みに出掛けた。
まったく知らない場所で呑むのは違った話も聞けて面白く
吞みに行くのは楽しく呑む為でお姉さんを触っていけません 場末の飲み屋さんのお姉さんは自給1000円程度で
自前の服を触られるとクリーニング代も掛かり少ない給金がさらに減るのです。
香川ナンチャラさんは苦労したらしいがその苦労が身になっていない
俺が思うにはやはり人は顔に出る香川ナンチャラさんと越後の付き立て餅の高橋英樹を比べると顔に品がなくコマーシャルなどで重要しされて来た事が不思議に思うのだが
コマーシャルに起用したメーカーは見る目が無かった自業自得


港町で育ったので懐かしくこの雑然とした処はどことなく性に合い落ち着くのだが
さすがに全く知らない処ではベロンベロンになるまで吞む事はなく節度を持って呑む

北海道の中心地はここ十勝で農産物や水産物の自給率200パーセントもあり北海道経済を引っ張っていて
札幌はその生産物を回して利益を頂いていると思っている。
そう考える時に核の処分場は北海道には要らないのである。
原発は電気を一番使い必要としてる場所に穴でも掘って作るのが送電などの無駄も無くたいしたいいと思うのだが

この時期釧路では日本海側では見る事がない大型巻網船団が全国から集結している。

船上では沢山のロープやワイヤーが動いていて整理整頓が出来ないと命の危険すらある、その為か知合いの漁船員は皆整理整頓が上手
さらに狭い船内で長い期間一緒に暮らす為に人間関係も上手に出来ない者は漁業は出来ない
一見漁師は板子一枚下は地獄などと言って毎日吞んだ暮れてる荒くれ者が多そうだが実際には居ないとは言わんが
広く騒音が酷い船上では小さな声では届かず言葉はきつく感じるが荒くれ者は少ないのである。

「 お兄さん何処から来たの~ 」
「 俺か~焼尻島と天売島が見える処から来た~ 」
「 焼尻の羊がなぜに美味いか知ってるか 」
「 それは生まれた時はメ~メ~と鳴いていたのが塩分の多い草食って高血圧で短気になり天売に向かってテ~メ~と鳴く頃には食い頃なのさ~ 」と
塩分と言葉使いには気を付けましょう。

呑みに出て面白い話を聞かせて楽しく呑ませて楽しい夜でした。ハイ

味より愛嬌かな

日曜日は9時4分に電波圏外から着信があった
アンテナから12~15海里離れると電波圏外になるが通話は出来なくても着信表示はある。
途切れ途切れの通話では異音がするとの事だったが
アウトボード艇はエンジンストップだけで済むがインボード艇はドライブシャフトの破損があった場合は浸水する事もある。
木は木自体に浮力がある為に木造船は沈まない FRP船も中に浮力体を入れる為に浸水しても滅多に海底には着底はしない様になっている。
その為に20トン以下の小型船の事故は大概はひっくり返り船底を見せて漂流し発見される事が多い

カリブ海や地中海で木造船が沈んで発見されるのは木と船の浮力以上に欲張って財宝を積んだ結果沈んで着底してしまったのだ。
佐渡から金塊を運んだ船は沈む事を想定して金塊だけは回収出来る様にロープを引きながら出雲崎に向かったそうだ。


出雲崎はやたら獄門跡がある 金を運んだ船なぞ沈めて船頭がのこのこ帰った節にはスミマセンでは済まずに獄門に!

船は常にこの浮力にたいしてこの構造と決まって作られるので海底に着底と言うのは珍しい分類にはいる。
少ない経験ではあるが実際に浸水し着底と言うのは見た経験がない
今年知床沖で着底した船は浮力以上に金儲けと言う欲を積んだと言っていい

まったくもう土曜日は店の前の歩道で蛇を見たのになんてコッタと電波圏内に入るまで戻る様に言って出港準備をして救助待機に入り電波が繋がるのを待った。
その後自力で戻るとの事で二時間後に一旦解散し
俺はラーメン屋に戻ったが山でも海でも要救助者は一人でもその数倍、数十倍のスタッフが待機に入るのだ。
今まで二桁の曳航を経験したが一旦動き始めると銭金ではない、もうそれは誰の為でもない自分に対する意地と一点あがりのゲーム感覚なのだ、
だから助けてやったと言うのは全然違い 誰かに手を差し出すのは自分の為で美味い酒を呑む為なのだ。


忠犬 今年行った南木曽 時間が立つのが早すぎてもう随分前に感じる。

すっかりラーメン屋の手順は狂いに狂いナンノコッチャと言う状態だったが
ラーメン屋はホタテラーメンが完売してシマッタ
ラーメンで生計を立ててる人には本当に申し訳ないが
店が忙しくなる事は望んでいない 安定した美味いラーメンが作れればそれで満足で目的も達成なのだが
最近のラーメンはどうしても納得がいかないのだ今月に入り札幌や旭川とそこらじゅうのラーメンを食い歩いてるが
人の作ったラーメンは旨いなと食うが有名店は土台が違うので参考になるものはさほど無かった。
そんな中でも地元に常に並ぶラーメン屋があるのだが、それはそれと思っていたが
先週地元のお姉様達が麵屋田中商店行け行けと言うので初めて食いに行ったが中に入ってびっくり
え~え~この田舎でこの設備と初めに驚く その後も参考になり今週から麵屋田中商店のやり方をパクッて自分の店のオペレーションを変えたが朝に出鼻を挫き売上はあったが結果は散々で
折角来て頂いた方に申し訳ないのである。
来週こそ美味いラーメンをと思うのだが

昔工具を持って現場を歩いていた時に栗東の山奥や三重の山奥で袋麺をゆでてネギを添えて普通に出す店があったが
それはその店の方針で別に何の異論もない
もうこうなりゃ~味より愛嬌かなと思ったり~

ニギリメシ

ワクチンを撃って副作用に苦しんだのは今回はほぼ36時間程度で終わり前回より短い
ファザーを3回撃ち4回目はモデルナで注射接種時間も短かったが
一番の原因は前回は食う物が無かったが今回は食う物があった事だと思う。


二日にまたがり苦しんで寝てる処に朝こっ早くから様々な人が来て早朝から起こされた。

土曜日早朝は常にブチ切れてる土方のプッツンオヤジに起こされ、これを飲めば治ると置いて行ってくれたが・・・・
コーラーや炭酸はゲップが出る度に喉と顎が痛く一本呑んで終了
九州筑豊から北海道旧産炭地に来たプッツンオヤジとは縁あって付合いは30年以上と永いが俺に対しては切れられた事はないが何度か仲裁には入った事はある。
プッツンオヤジの土方グループは出逢った時は5~6人程のグループだったが一人減り二人減りと亡くなって
やがてプッツンオヤジ一人になってしまって、何んでよ、何んでよ、と肩を落とすオヤジを何度も見て来た。
そのプッツンオヤジは切れたら自分でもマズイと思いホローする為か車には冷えた飲料水が沢山入っている。

本当は優しいオヤジで身体が弱ったヨレヨレった仲間を海を見たら元気が出ると山を越えて毎回乗せて来るのだった。
九州筑豊にもスルメがあるかどうかわからんが人の付合いは噛んで噛んで味が出るスルメの様だと思うのだ。
ただしスルメと付き合うには丈夫なアゴと歯が必要なのである。

今回はカップ麵を大量に用意して籠城作戦を準備したが苦しんでいる時はカップ麵は半分も食い続けられない事がわかった、
あれは健康な時に食う物だと


土曜日にニギリメシを3個貰った。
海が時化ない土日は毎回ニギリメシを3個持って来て呉れる綺麗なお姉さんが居るのだが
関節が痛んでカップ麵は半分も食えないのにニギリメシは2個を一気に食えた。

俺は食えない時期を経験したせいか食料は一気に食う事は出来ずに必ず残す癖があるのだが
後で食う一個が格別に美味いのだ。
時々なんちゅう性格だと思うのだが、この由緒正しい貧乏根性は治る事はないだろう。

幼い時に育児放棄を経験した子と一緒にいた時期があったが その子は必ず賞味期限を見る子だった。
その後も数人を見て来たが食事の仕方は様々だったが皆自分の身を自分で守る事に必死だったのだ
諦める事なく新天地を目指して欲しい
北海道の緑の大地 青の大海原は来るもの拒まず それが出来る大地なのだ。

コロナワクチン撃った。

金曜日午後からコロナの注射を打った。
夜中に関節が病み始めて朝には起きる事が出来なかった1回目2回目はなんともなかったが3回目は二日間苦しみ物を食べる事も出来なかったので
今回は簡単に食えるカップ麺を大量に買い込んで用意した。

回りでコロナに感染した人達は2~3日苦しかった程度と言う、だったら予防ワクチンで苦しむのと大したかわらんのではと思うが
俺が思うにはこの曲が流行った頃にもう一つ流行ったのが字もろくに書けない俺にも来た
不幸の手紙でコロナは不幸の手紙と同じで
予防ワクチンを打つと言う事は自分の為もあるが自分から連鎖拡大させていくチェーンメールを断ち切る行動だと思う。

2日目の夜になっても関節が痛むがこのまま寝ていたら寝たきり状態になるのではないかと思い無理くり動く事にして何か出来る事をせんといかんと思い起き上がった。
この具合悪いのは機械だったらアッチバラシこっちバラシと何かしらの行動が出来るが
人間の連れ添いが居る者なら自分より他の者を見る方が辛いと思う。
今週もいく旭川の整形の先生の右腕内側、鶏手羽で言えば最初にかぶりつく手羽元あたりに
たった今抜糸したと言う様に縦に10センチほどの傷とどす黒く腫れた傷跡があったが
これは集金先の背中の刺青ほどの効果があり 俺はすごく丁重に治るもんでしょうか、と聞いた。
その先生は「 私は魔法使いではないので何もかも良くなる事はありません 」と言ったが
ふんふん、なるほどその傷は自分でぶった切って治療して失敗コイタのですねと思った。
ふっとこれが外科だから外から見えて凄いが歯医者さんだったらどうなんだろう
連れ添いが歯が痛いとなったら、
あ~ん~アン~タ~と無防備に口を開けてる連れ添いをどんな思いで治療するのだろう
やはり特別な感情を抱くのだろうかと考えてしまった。
それともチャンと歯磨きせんからよ!とサッサと土方がコンクリーを砕く様に削岩機を掘り込んで済ますのだろうか
その状態により今夜のメシが変わるのではと