追伸

留萌でイカが大量に獲れていた時には朝に入港するイカ船の
イカ箱を手渡しでする荷下ろしを手伝うとひと箱が貰えた。
次々と入港して来るので数箱はすぐに溜まり
大人の中に混じり小学生や中学生の子供達が数人いて
その子達はイカ箱を南岸の公衆電話の傍に積んで格安で立売をしていた。
今日その中の子の一人の子が立派に家族を持ってやっていると消息がわかり
逢った事はないが聡明そうな嫁さんと電話で話をした。 こんなに嬉しい事はない

次々と入港するイカ船のどの船頭さんは気前がいいとか漁が上手だとか言って入港する船を素早く見つけて走って行く
お母さんと二人っきりで暮らしていて
言う事も背一杯背伸びして生意気でいつも突っ張っていた子の顔がそのまま甦った。
嬉しいね~

公園の傍の住民は勿体ない事をした将来の喜び嬉しさを自分から芽を摘んだ。

シャイアン族に学ぶ

信州の公園の問題は人間は環境に慣れる。

ここは甘エビの産地で正式名称はホッコクアカエビと言い 英名ではアラスカピンクシュリンプと言う、

甘エビと名前を適当に変えただけで美味そうに聞こえるが中身はなんら変わらない
そのエビを獲る為に船団が何時間も掛けて漁場に通う。
船の中はジーゼルエンジン音とシャフト音や波にブチ当る音で凄いのだがその船の中でも慣れると寝る事が出来る。
人間は必ず環境に適応し乗り越えられるそう思わなければ生きてはいけない
今の環境もなんとかなるさと言う楽観視が出来ない者は自を消滅させていく
経験上かなりの問題は時と共になんとかなってゆくのは間違えない。
ならん時もあるがそんな時は一旦引く事も大事な対処方法だと思うのだが
どうにもならん事と闘いを始めるとその問題が小さな物でも気になり過ぎて些細な事まで拾ってしまい自分の中で増幅させて自分自身を壊してしまうのだ。

85歳のプロフェッサーは何でも突き詰めるのが生業かも知れないが
誰が言ったか、知らんけど
『 言うは水に流すがごとし 聞くは石に刻むがごとし 』
18年間も言う方も大変かも知らんが聞かされる立場はその何倍も辛いものがあり
言う方は自分の都合で決められるが聞く方は自分の気分や都合など一切お構え無しで聞かされるので辛さは聞く方が辛いと思うのだが
毎度聞かされたら聞かされる側はそれは騒音とたいした変わらんと思うのだが


上州月夜野町
毎度同じ事を聞かされたら 月夜の晩ばかりでね~ぞと言って見たくなるが
言えないのが聞かされる側の辛さかな・・・・

世の中 すべて自分の都合の良いようにはいきません
子供達に外で遊べと言ってるのは大人達でその遊ぶ場を取られたら何処に行ったらいいのやら
外で四季を感じる事は成長に欠かせない いい迷惑は子供達と思うのだが

85歳のプロフェッサーはこれからサッサと引っ越しせば良かったと思う日々が始まるだろう。
引越ししない訳はなぜに被害者の自分がと言う思いか、
何処に行っても音の種類が変わるだけで同じ問題が起きる可能性を感じたのか
「 すまんな~ 」
「 なんもだ~ 」
「 しゃ~ないべや~ 」
これがないと田舎では暮らせない 解決策は自分の中にしかない

私たちの最初の先生は、
私たちの心だ。 シャイアン族

他山の石

杉田水脈のニュースを見て思うのはこの人は中身に何もない事を自分自身がよくわかっているのだと思う。

プロとして業としてやってると常人では考えられないほどの速さで色々な事が頭の中を駆け巡る。
修理工の基本は起きた現象に対して原因を探り対策を講じて次回は同じ事が起きない様にして一件終了となる。
あくまでも基本だが使用に耐えられない設計なのか、材質なのか、設計を無視した使い方なのか
修理工なら仕事の事で聞いてやるから言ってミソと言われたら1時間や2時間などずっとクッチャベル事は出来る。
その辺に転がってるボルト一本でも
材質は、なぜに頭は6角なのか鍋ビスとは皿ビスとはピッチとは、と説明に1時間くらいならクッチャベル事は出来る。
水田水脈は議員として選ばれなければない立場なら記者団にマイクを向けられたなら宣伝出番が来た待ってました状態になると思うが、
水田水脈が気付いた社会現象に対してなぜそう言う発言になり、社会現象に対して今後の対策はどうするかなどと説明をする場になり
聞いて頂戴になると思うのだが
記者団の質問には毎回逃げ、ホントに掛かってる電話なのか毎度エアー電話で逃げる。
要は発言に対しても水田水脈は何も自分自身の考えや意見など無く
国会に着ていく衣装代を稼ぐ為に人を貶め、あざ笑い続け過激発言を繰り返す事で自分の魂も引いては身内も売り渡しているのだ。
そうなって考えると過激発言で衣装代とメシが当る哀れな人間で哀れな半生だと思うが
それでも自民党の比例順位が当選位置にあると言う事は自民党には必要な買物と言う事になる。

今年は何かと忙しく秋の旅行も等々行く事が出来なくなってしまった。
せめて年末年始は長く休み道南か青森に行ってみたいと思ったのだが
ここに来て重大なミスに気付いた。

最初に作った初代箱にソーラーパネルは横に張り付けたが行く先々で横に貼るのは効率が悪いドッタラコッタラと言われ

今年の3代目の箱はソーラーパネルを天井全面に貼り付けた。
発電量も大幅に増えて、うんうんよっしゃー!となったが
なんてこったここは北海道で屋根に雪が積る事を忘れていた
雪が降った今週はソーラー充電量が冷蔵庫やFF暖房を使うと全然足りない
もう一度バラシて張り替えるかしないと、冬は車中泊は危なくて出来ない事がわかった。
足元に雪がある今年3月に作ったのにまったくアホとしか言いようがない
ただ取柄は水田水脈先生と同じで中々懲りないのだ。

教えてくれ。
わたしは忘れるだろう。
見せてくれ。
わたしはきっと覚えない。
巻き込んでくれ。
わたしは理解するだろう。       ネイティブアメリカン

回転寿司占い

コロナに一度なった者はワクチン接種の副反応は結構あるらしいが早めにワクチン接種5回目をして日曜日から副反応で今回も結構来た。
大体が注射大嫌いどころか恐怖さえ覚える臆病者の俺が5回もブスブスと身体に針を刺すなど考えられない
人間の身体には内圧が掛かっていると思うが
それは黄河を羊の皮に空気を入れて渡ってる人達が居るらしいが羊の皮に針を刺す行為を想像してしまうのだ。
それでもワクチン接種をするのはひとえに昭和40年代頃に歌声喫茶と共に流行ったチェーンメール不幸の手紙の様なコロナ連鎖を断ち切りたいが為なのだ。
田舎に住めば公共性が大事で無視して自分だけがいいとはいかないし面白くない日々を過ごす事になってしまう。


宝引き 長生きの秘訣は適度なデンジャラスとギャンブル 田舎こそ地域を無視して生きる事は難しい

火曜日はやっと副反応が良くなったのでホームセンターに行って来た。
自分の物を買う時は何処で買ってもいいが仕事や設備などは元を取る事が難しい為に
今はネットで調べて現物を確認する為にここから65キロ先にあるホームセンターに現物確認をしに行きさらに戻って
取寄せる事が出来る物は留萌の資材屋さんに注文し配達をして貰うネットは何も安いとは限らないのだ。
ただ田舎なので現物が無く確認が出来ない事が大きい
そんな訳で滝川や砂川は風呂に入りながら頻繁に行くが月曜や火曜日に行く事が多く帰りにメシを食ってと思うが食事の店は月火曜日は休みが多く中々好きには食えない

今はカツ丼が食いたい、なぜかと言うと先月鶴のオヤジにセーコーマートのカツ丼をゴチになり一緒に食ったが誰も来なくなった黄昏た時期だったので人とメシを食うカツ丼がやたら美味く感じたからで
滝川の目当てのカツ丼屋に行ったが休みだった。
仕方ない第二希望の天ぷらを食いに行くがそこも休み この月火曜日は休みの店が多いので諦めて
2年振りに滝川トッピーに行って1人回転寿司を食ったが中はすっかり変わって何やらタブレットで注文なのだがやはり面倒なのだ。
客は俺以外は誰も居なかったのでお姉さんに口頭で注文したが
いつも不思議に思うのは珍しい物は必ず何品か食う
回転寿司は沖縄本島より広い留萌管内に無い事もあり滅多に食わないので価格はあまり気にせず計算もせずに食うが
それでも何処に行っても支払い価格は2500円から2800円内で収まってしまうホント不思議なのだ。
普段暗算で損をするパッとせん頭が無意識で計算してるのか胃袋が計算してるのかなんでだろうと思う。

俺は思うのだが高い物から食うタイプと安い物から食うタイプが居ると思うが
俺は由緒正しい貧乏人なので安い物から食うタイプでイカ耳やホッキ紐が好きなのだ。
ホタテは飽きるほど食ってるので食わない
選ぶ物にも、その人その人で傾向があると思うので
会計はタブレットをレジに持って行くシステムなので折角タブレットを使うなら
回転寿司で占う今日の貴方の運勢などが画面に出たら面白いと思った。
お付き合いしてる相席の方との相性は48パーセントなどと出たら
速攻別れるか運勢を変えるまで食い続ける事もあったりして売り上げ倍増も可能かもなどと1人崖下村に帰る道に思った。

北海道の回転寿司は何処も美味い 頑張れ北海道資本の滝川トッピー

畜生道を考える

旭川や滝川に積雪があってから一週間後にここが雪が積るのだが同時に降って溶ける気配はない
珍しい事なのだ
以前は9月に除雪機やスノーモービルの一括仕入れをしていたので測候所に行って毎年の積雪予報を聞いて調べていた。
その予測はかなりの確立で当たり1センチ降ると1万円儲かると豪語していた時があった。
雪は降水量1ミリが新雪換算にするとおよそ8~10倍になり一晩の降水量が10ミリなら10センチの積雪になる。
それも朝に戸を開けた時点でムッタシ来る一番心理的な積雪は15センチ超えとなり除雪機販売業としては待ってました状態になり押せ押せとなる。
今の場所に移ってからは業態も変わったが除雪機に食わして貰った事は間違えない

除雪機も後半は耐久消費財ではなくなり消耗品となって各メーカーは使用年数を設定し始めた為に費用対効果を考えると諦めた方がいい場合が多くなってきて修理工としてはサッサと諦めて解体する事が多くなって来た。


畜生道とは輪廻転生の中で何に生まれ変われるかを言う
人間として許しがたい行為や生き方をしする。 これは思い当たる節が多々あるし
人倫上許せないような間がらでの色情。これはないがすぐ人を好きになる惚れっぽい性格なので可能性はある。
よって俺は畜生に生まれ変われる可能性は大なのだが
畜生と言ってもタヌキやクジラなど様々なのだが考えようによっては人間よりいいかもと思える時もある。
この言葉がいつの時代に始まったかは知らんが動物は最悪と考えていたなら現代よりいい時代だったのかも知れない
現代では動物以下の職場や生活と言うのもよく聞くが
「 過ちを見てそれを正そうとしなければ過ちを犯した者と同罪だ。」オマホ族

俺がもっとも生まれ変わりたくない物は除雪機で
秋に物を何処に置いたかも忘れて除雪機でガンガンとぶつけ羽根は曲がる自分の頭がぶつかる夢を見そうになる。
オイルもろくに点検せずに使う、
小型除雪機はオイルポンプが付いていない為にオイルが少ないと傾けて使うと焼付く事はよくあるのだ。
使った後に燃料も入れずに置きタンク内は結露をおこすわで
知る限りでは除雪機ほど過酷な使われ方をする機械は知らない
そんな訳で畜生道より除雪機道に落ちる事だけは避けたいのだがすでに解体しスクラップにした除雪機は数知れずなのだ。

昨シーズンは積雪がありすぎて小型除雪機では対抗出来なかったので今シーズンは2段オーガーでジーゼルエンジン仕様に買い替えた。
中古なので減った羽根には8ミリの鉄筋を等間隔で溶接した自分の機械を直す時はほんと楽しい
一言言われたら10倍にして返し一発は3倍にして返す少々元気過ぎた時も修理工をやっていたから元の道に復帰出来た。
俺などは超幸せな分類に入るだろうと思うが
残りの人生畜生道に落ちいるより除雪機道に落ちんようにせんとイカン
ナン~マイダ~色足是食~ 右の頬を叩かれたら左の頬を、、、、、

畜生道を生きる女

雪が降って来た 例年は旭川や滝川が先に降って積り始めてから日本海側が降るのだが
今年はどうも違う様だ。

この除雪機が販売されたのが1978年で自社製品を作る前はアメリカのTORO製を輸入し販売していた。
俺の知る限りでは除雪機はこのメーカーが耐久性や整備性などの面から見ると
一番で除雪機と言う機械がどんな状況で何処で使われるかを良く知っている。
それは北緯44度10分に常設研究施設を持っているからだと思うし最初に北海道に似た広い土地で作られたTORO製を販売した事で広い国土がゆえに整備は持ち主がする必要があった事も大きく影響してると思う。
その土地にはその土地ならではの理由と機械があり
除雪機を試作品から使用し見続けたが良い物を1台や10台を作るのは割と簡単に出来ると思うが、
良い物はコストが掛かる為にそれを商業ベースに乗せ作り続ける事は難しい
機械メーカーはあんな良い物を作ったのにメーカーが消えてしまうと言う事はよくある話なのだ。

末端の販売店サイドも良い物を作るメーカーは取引条件も厳しくなり資金力や販売力もそこそこに持つ必要が起きて、
たとえ売りたいと思っても売る事が叶わなくなり販売店から脱落する事なども起きてしまい良い物だから売れ続けるとは限らない
その為に「 悪貨は良貨を駆逐する 」事が起きて来る。
これは一番最初に使われたのはイギリスで経済の法則となっていたが現在は経済の法則を超えて使われる事が多い

少数民族や少数者や弱い者をあざ笑い続ける水田水脈がなぜに衆議院議員で居られるかは比例代表制選挙で選んでもいないのに自民党順位が高い位置にあるからでそれは自民党には必要とされるからなのだ。

水田水脈先生は人をあざ笑い続ける事で生計が立ち、立場を維持し続ける事が出来る畜生道を生きる女なのだ。
子供を産む事を生産性で語るのは養豚業のオヤジなら真っ当な意見ではあるが相手は人間なのだ。
この様な悪貨の見本の様な畜生道思想を持つ奴には今もアイヌの人達と一緒に暮らす北海道に足を踏み入れて貰いたくないと思うのだ。

インデアン嘘つかない

「 インデアン嘘つかない 」昔なんのCMか思い出せないがそんな言葉が流行った事がある。
アメリカ大陸におよそ1000万人いたネイティブアメリカンが
西も東もわからんスットコドッコイのコロンブスにインドと間違えて発見されその後50万人まで激減させられる虐殺の歴史でもある。
さらにスットコドッコイにインド人と間違えられインデアンと名付けられてしまう。
思うにインデアンはなぜに嘘付かないと言われるのかは狩猟民族だったネイティブアメリカンは自然が相手だったからだと思う。
自然は人間と違い早々簡単には変わらない、
変わらない相手だからこそ嘘を付く必要が無かったのだ。
その為に白人によって騙し討ちされる事が多かった。
それは同じ狩猟民族のアイヌも同じで嘘を付く騙すなどと言う必要がそもそも無いのだ。
1669年アイヌのシャクシャインの戦いでは疑う事もなく出掛けた手打ちの酒宴の席で松前藩によって謀殺され以後アイヌは和人によって搾取され続ける事になる。
その歴史は大小はあってもネイティブアメリカンとさほど変わらないのではないか
大自然を相手に生きる者は小手先の浅知恵などは通用しない真っすぐにやるべき事をやっていく
現代では考えられないが


現在のウポポイになる前の白老アイヌ民族博物館で手渡しの踊りウポポ

広大な大地に豊富な資源を持った嘘付く事も策を弄する事も必要がない民族は滅びる運命にあるのかも知れない
そう思う時に現代に生きる者はせめてこうありたいと思うのだが、、、、、、、

生きとし生けるものに敬意を示せば、
彼らは敬意を持って答えてくれる。 アラパホ族

これらの言葉はいつの時代に発せられ原文は何語でどう書かれてるのか
コロンブス以降なら大変な苦労の中で正気を保った事になる。

知識は過去、知恵は未来

感染確認から11日が経過しほぼ元の状態に戻ったが、少し動くと息切れがし休憩する。

出歩き禁止期間もお蔭様で何不自由もなく過ごした。
一番酷い2~3日目もなんとか自分で起き上がる事が出来たし頂きものでメシも食う事が出来た。
差し入れと4回撃ったワクチン接種のお蔭だと思う

感謝する理由がわからないのなら、
間違いはきみの中にある。ミンクアス族

ワクチン接種は1人1回あたり7000円ほど掛かるらしいし今回の飲んだ薬も8万ほどするらしいがどんな理由なのかすべて無料なのだ。
ハッキリ言ってコウモリの精霊には捕まっても仕方ないし覚悟もしていたが
400坪ほどある仕事場でたった1人で終日滅多に人に逢う事もなく仕事をしているのとメガネが曇るのでマスクはしない
初期の頃は相対し確認してからマスクをするのは相手をバイ菌扱いをする様で嫌だったし
突然の来客があったとしてもマスクを広い何処に置いたかを探す事が多いのだ。
もはや5人に1人の感染状況ではもう防ぎ様が無いのだが、費用は一体誰が払うのか

ネイティブアメリカンは言った
地球は親から与えられたものではない。
祖先からの授かりものでもない。
子ども達から借りているのだ。と

この言葉を借りると子供達がツケを払う事になるのは間違えない
そうならない為に早く手を打つ必要があるだろうと思う
サラリーマンに課税する事は簡単だが それでは弱い者いじめの様なのだ
最低限食うに困らない程度に国民皆に年金制度を充実させたうえで
企業増税と相続税と累進課税をもっと進める必要があるだろ
食う心配がなければ誰もが早く身体が動くうちに使い切ってジエンドになろうと思うのだが
今一度知恵を

知識は過去だ。
知恵は未来だ。 ラムビー族

 

や~何も出来ない状態で色々考えたが
ネイティブアメリカンと言われる人たちの名言が
一体どこからこの様な名言が生まれ残されていったのか そちらの方が凄いと思うのだ

ネイティブアメリカン達は年に一回、かなやま湖レイクサイドの様な処に集まり
各部族が皆で焚火を囲み強いテキーラなどを呑みながら
名言発表会などをするのではないかと想像したのだが
『 よう~酋長 上手いこと言ったな~座布団一枚~ 』などと
そうでもなければ名言がこうもスッキリ残り言い伝えられるモノなのだろうか
羽根の付いた白い帽子などを被り机に座ってこんなのはどうだろうと発表するとは思えないが

日本で言えば同じ様な狩猟民族がアイヌだが
アイヌにも名言と言うか言い伝えはあるのだが これほど決まり胸に落ちる言葉は少ない
土地の広さか人数の違いなのか
何にでもすぐ影響されハマってしまう性格なのでしばらくインデアンを思考する事になりそうなのだ
思うに様々な民族が集まるアメリカだからこそ残り伝えていったのではないかと
単一民族など偏屈爺になりそうで大した面白いものでもないのだと思うのだが

コウモリの精霊

今年は部屋の中にどれほど居るのだと思うほど部屋の中がカメムシで一杯だった。
先週は朝、眼が覚めると喉が痛い、きっと寝てる間にカメムシが口の中に入ったのだろうと思っていたが
午後になっても喉の痛みは取れず何かおかしい いつも行く病院に電話すると薬局から検査キットを買って検査せと言う
留萌の薬局の駐車場で念の為に二度検査するが結果はコウモリの精霊が俺の体内入ったと出た、
咳もひどくなり声も出なくなり喉の中は


毎日がこんな感じになってしまった。

当日夜遅く電話が鳴り郵便受けに薬を入れたと診療所から連絡があり
翌日からは安否確認と酸素濃度を測る機械が送られてきた。

容態は急変するのか、何かの後遺症が残るのか、
誰かに移していく事の無いように臨時休業の案内を玄関先に書いてぶら下げた。
一人暮らしなので部屋に閉じ籠る事にしたが
それからは一生忘れる事は無いだろうと思うほどの日々を過ごした。
玄関先に次から次と何かしらの物がメモやショートメールを残し毎日誰かが置いていって暮れるのだが
これらの品々は貼紙を見てから4~5キロ先にある店まで買いに戻らないといけない

アラバホ族は言った。
「 真の思いやりがあれば沢山の言葉は要らない 」と
近江三方良しからここに移住して来たパン屋は甘い物や栄養ドリンクやポカリスエットなどの入った袋や
地元でないので滅多に逢う事のない的屋さんが
この数年間はコロナの影響でタカマチが立たずに自分でさえやっと息をしてるのにカルピスやミカンなどが入った袋を玄関先に風で飛ばされない様に袋に石を乗っけて置いていってくれた。
皆のお蔭とワクチンを4回接種していたので少し良くなり始めた時に
セコマの豚丼と卵焼きと山田錦のワンカップ!一式を貰った。
他にも皆から色々貰ってなんと言う事だ 皆はネイティブアメリカンなのかと思った。

チェロキー族は言っている。
生まれた時、
きみは泣き、世界が笑った。
だから死ぬときは、
きみは笑い、
世界が泣く人生を生きなさい。 と

60歳定年は正しい


先週仕事でアチコチ走り回った時に
少し寄り道してこの露天掘りの山の下にあるラーメン店に初めて寄ってみた。
興味を引いたのは営業時間で11時から午後2時まで その前でもスープが無くなったら店は閉めるらしい
その為にわざわざ行ったからと言って食えるとは限らない
この日本で一番人口が少ない市と言われる町で、その営業方針でやっていけるのかが興味あった。
ここの市は人口3200人 飲食店は7軒 457人に1軒

到着は12時半でその後2人入店した時点で閉店 後は肉屋営業のみだが誰も並んで待ってる訳でもなく何十人とこなしてる様には見えなかった。
少々疲れたオヤジがやってるのかと思ったが若い人だった。
ラーメン屋の設備は店の売上や大小にあまり関係なく必要な物は必要でそれならば回転をよくするほど歩留まりもよくイケイケドンドンでいけると思うのだが
何か確固たる信念があり営業してる風だった。
数日忙しく この日も朝からろくに食っていなかったので大盛を食ったが
ラーメンはその店で普通に出てる物を食うのが一番なのだが その日は大盛を食ったので それがこの店の味なのかの判断は難しい

この空知旧産炭地周辺にはえ!ここにラーメン屋がと思う店が数軒あり何か街とは違う営業方針があるのだろうと思う
黄昏た町でもその地域その地域の味と営業方針があり それを一見さんが評価をする事は大きな間違えだと思うのだ。

メンテナスが条件の耐久消費物を売る商売は今年で終了しようと思ってるのにホント何かを始めたら止める事は難しい
ウラジミール、プーチンも今頃は後悔しているだろうけど習近平に見せつける様にプーチンとロシアは叩かれ続けるだろう。

以前は毎年10台前後は組んでいたが数十年ぶりに組立作業をしたがこれを収めたら数十年は使用されるだろうからメンテナスの引継ぎも必要になってゆく
エンジンは4サイクルになりキャブはEFIになり何もかもが新しくなった様だが
そのメーカーの伝統と言うか基本は脈々と受け継がれ流れは早々は変わらないので3日間掛かって組む事が出来た。
何を組んだかは内緒

船は見ただけで自分の手で動かそうとは絶対に思わないがこれ位の物ならもしかしたら動くのではないかと思わせるのが間違えの始まりで諸元表にはなぜか重量記載はなく
手で無理に持ったり移動させようとして身体アチコチ痛く歩くのがやっとの状態になった

よく働けるうちは働いた方がいいと言うが俺はそれは年金を払いたくない国に騙されてると思っている。
同じ物を作っても仕事と趣味では精神的負担は全く違うし若い時の一日と還暦過ぎての一日は全然違う
食い歩くのは楽しいが歳食うとその食い歩きすら出来ない事に気付いた。
大体の店は11時頃から営業するので昼にラーメンを食って3時に天ざる蕎麦食って夜は海鮮丼と一杯とやれたのが一日3食食うのがやっとなので出先に行って食いたい物が腹に入る隙間が無くなっている
さらに味に疎くなって色彩感覚もオカシイので還暦で定年退職と言うのは正しく身体が動くうちに遊び
逃げられない様に奥さん孝行をした方がいいと思うのだが