どこの階層に身を置くかの選択を自分の意志で出来るなら社会には階層があってもいいと考えている。
年金は未納期間があるので貰っていないが、いまこの歳になってやっと自分の日々が幸せと毎日感じてる。修理と言うゲームを稼ぐ為にするのではなく食って行く為にやっている。
そんなに食わなくなったのと借金が無いので一つの修理をカバーを外し中をどんな事になってるかを見てゲーム感覚でじっくり楽しみながらやっている。悩んだら立ち止まり水槽を見て気晴らしをして見る事の出来ない沼や湖の中を想像してる。そんな好きな事をさせて貰ってる日々なので報酬は食うだけあれば充分なのだ。
朝九時頃の室蘭中央町
室蘭には資本主義の終わりと行く末を見させれたがこのまま残し利用したら一大観光地になるだろう。
仕事を好きで楽しみながらやれたなら報酬は少なくても車も家も小さくても満足度は大きくなる。余分に稼ぎ過ぎた銭は税金などの富の再分配に回す事が行き詰まった資本主義に代わる事が出来るのではないだろうかと思っている。 間違いは好きでもないのにバイクメーカーや車メーカーに就職したりする結果が偽装問題を起こしたり儲ければなんでもしてしまう巨大企業が増えてる理由ではないのか 衛星から見てもわかるほどの巨大重機で地球をガッポガッポと掘るがそれは限られた資源の早食いで破滅への道を進んでいる。
文字文化は持たなくても持続させ再生産される道をアイヌ文化によって教えられる事は多い
朝九時頃の地下商店街 品物はわずかだが食ってゆく事を楽しんでいる事がわかる。
なぜそんな事がわかるかって?ホワイ~?
それは蛍光灯の本数 近くに大型店があるが儲けを地元に落とす地元資本はやはり地元民も贔屓にして優遇すべきで大資本が地域の積み重ねを無視し他人の懐に手を突っ込む商売のやり方には限界が来てる事はイオンなどの大資本が赤字になってる事からもわかる。赤字になったら撤退すれば済む大資本はいいかも知れないが、そこに住み続ける者にとってはメキシコかどこかのサンチョだかパンチョだかの山賊とかわらん
物販大資本がこれからも生き残る一つの方法は過大な内部留保をやめて下々にも広く富の再分配をし昔ながらの問屋制度に戻り地元資本と強調する事も一つの選択肢である。
日本に数百年も続いた問屋制度だが大資本が直接販売するようになって数十年で行き詰った事からも日本には地域の悩み事相談から地域の防犯と何でも屋の小売店制度はこれからも必要だった事がわかる。
そんな事を思った三日間旅終了