バイク屋もラーメン屋も裁判官でもなければ警察官でもない
バイク屋をやっていた時は内地からツーリングライダーが沢山来た。
昔は231が車一台通るのがやっとの狭い国道だった事と
故障も事故も多く旅先で手持ちが足りなく困った人も沢山いた。
多額だと電信で送って貰うか一旦バイクを置いて帰るしかなかった。少額だと一定のルールの元に貸すのだが貸す方にもそれなりの秘訣がある。
貸すと決めたら一切聞かない どの道は話が本当かどうか確かめるすべがない
借りるポイントは仕事に掛かる前に最初から幾らしかないと言う事
路銀やその他を他に置いて、これしか無いなどと言う奴には押して帰って貰う事にした。
そうして貸して来たが貸し倒れはあまりなかった。
相談事とはすべてを晒して相談するのが筋ではないかと思うのだが
留萌時代は斜め向かいに留萌署があったので ま~様々な奴が来た。
バイク屋一代記でも書こうかと思ったほどだった。
正面から私服で裏口も私服の車やバイクの荷台に布団積んだ奴など
様々だった。
バイク屋一代記も面白いがボート屋一代記はもっと激しい奴が多いので面白いと思うが
まだ生き残ってる人が多いのと
人様の事を書くには自分の事も書かんならんのでやっぱしヤメタ
今日から連休 昼酒でも呑もうかと思ったがラーメンが6割ほど方向性が見えたので
大量に作ってみようと思う。
エビの唐揚げと揚げたこ焼き、タコ唐揚げ試作などは本日からやってみる事にしました。
当分は金土日祭日のみ開店する事に
かなり前になるが任せていたラーメン屋に来た
お客さんが家族四人のラーメン代を記念硬貨で払った一家がいた。
そこの店長が俺に珍しい硬貨が入りましたと持って来た。
俺はその一家がどこに行ったか、どこに行くか聞いたかと言うと
聞いてませんと言った
それからしばらくして今度はお前が路頭に迷えと店は〆てやった。
その時の硬貨はいつか返そうと取ってある。
今度はいつまで続くか
ラーメン屋は裁判官でもなければ警察官でもない
誰が来て誰が食ってもいいのだ
美味いか美味くないかは人の好みだからどうしようも無いが
人としてあるべき姿があると思うのだが