ここの後ろの崖はざっと見ると斜度45度、高さ50~70メーターほどで少し時化ると波が堤防を越えて来る。
田老の巨大な壊れた堤防を見た。
屋根しか残っていない壊れたスタンドの横で缶に入れて軽油を売っていたスタンドのオバチャン
他は誰もおらんのかと聞くと 
父さんは板に乗って行ってしまったと言う
缶から給油して貰ってる間涙が出た。

ここの高台までは俺の足で歩き約10分以上架かり裏の崖は登る事など出来ないし、
ましてや年寄は無理
ここの崖下村には車は6台ほどしかない 震災から戻って何度か俺の車で乗せる人数などをシュミレーションをしてみようと提案したが
お上の方針としてはと却下された 
真正のバカが言うには車で逃げる事は渋滞で流される危険があるとの理由だった。
真正のバカか
この黄昏たゾウモウ町の崖っぷち村にどこに渋滞するほど車があり津波にわざわざ下りて来る車があるのだと
総会で2回の提案後は言う事言った、もう二度と俺の車で逃げようとは言う事はないし
お前は他は置き去りにし自分だけ車で逃げるか泳いで逃げれ 戒名は卑怯者此処有士だな
底流にあるのはお上が提案するのは許されるが下々の提案は許さんと言う事だと思った。

その後お上か便所紙からハザードマップなる紙が送られてきた 俺は怒りに燃えてすぐストーブに掘り込んだ。
シャイトウサン俺は車に乗っけてくれと言って来た6軒は命に代えても何が何でも上にあげる。

高台には広い場所はあるが上に住もうとは思わん
他の人は分からんし最後の最後になったらわからんが
何があっても悲しまれる事も望まん。
何があるかわからん今は海と崖を見ながら、
どこかに他人事と思わんと日々毎日毎日恐怖を抱きながらは生きてはゆけない

151

残った者が後から四の五のと言うのは簡単
人生なるようにしかならん なろようになるのも人生
希望は役場も他人も作ってはくれん 自分で自分の手で作るしかない
地べたを這って日々一所懸命生きてゆく
それが去りし者への一番の鎮魂歌だと俺は考える。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA