全休だい~

雪が降るまでは毎週月曜日午後からと火曜日は休もうと決めていたのが
段取りが悪く中々休めないでいる。
何か最近急速に段取りが悪くなり手間取ってばかりいる。
オマケになぜか左側ばかりで何かが起きる。目が悪いのが原因と思うが左側にある物を壊す事が多くなっている。
元々壊すのが大好きなのだが
キーボードの上にコーヒーカップを落としてシマッタ
さらにコーヒーがキーボードにタップリと掛かってしまったのでダメ元で分解して水でジャブジャブと洗ってみた。
数日たつが使えてるぞ
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先週火曜日は「 かりん舎 」と言う所から「 樺戸集治監 」の改訂再版本が送られて来たので
樺戸集治監を見学に行って来ました。
怖いですね~ほんと怖かった。
俺はエラそうな奴が頭ごなしに言う事は何でも疑る性格でさらに言われた事に
「 ハイそうですか 御もっともです。」と言う事は殆どナイ
それが危ない所から生延びる秘訣と思っている。
言われた通りやってオッチンだ後に自己責任がドッタラコッタラと言われないですむし~
そんな俺はこの時代に生きていたらかなりの確率で樺戸の土になったと思うのです。

IMGP7674
ここはなぜか建物外観以外は撮影禁止 
博物館では今どき珍しいが何か、あ~霊~れ~が写るのかも知れない怖いですね~

明治の頃に作られた集治監は明治維新関係の政治犯が多かったそうだが
展示されてる資料によると殆どが強盗と書いてあり政治犯と言う項目はない。収容者の犯歴もかなり怪しいと思うのだが
収監者に五寸釘の寅吉とか熊坂長安などがいた。

明治15年には837人の収容人数に対して在監中に死亡した人数は119人にのぼり
さらに大正6年に廃監になるまでに1046人が亡くなっている。別に驚きはしないが死亡原因に斬殺41人などと言うのもある。
斬殺後は見せしめの為にそのまま放置したそうだ。
多めにみても廃監した大正8年はわずか95年前で爺様の時代になる。
この見せしめの為の遺体の放置はさすが新政府の手口と言うか会津戦争の時にも老若男女問わず犠牲者の埋葬を禁止し半年間も路上に放置をした 
会津戦争もタカだか146年前の話なのである。
同じ日本人同士でさえ戦争という揉め事をひとたび起こすと、それなりの位にあるもでさえ異常な行動に出るのは常識と思わなくてはいけない
日本人だから武士道の国だからと根拠の無い確信を持つ事は危険だと言う事がわかる。
では人としてどうしたらいいのか
それは実際の修羅場になったら、たいして当てにならない確信だとか信念だとかで固まらない事だと思うのだが
敵の確信や信念などはこっちにしたらどえらい迷惑なのだが逆手に取られる事にもなる。
大体にな確信だとか信念だとかを人様に押し付ける奴に限って
『 お~お~自分の足跡を振り返ってミソ 』と言う奴が多いし俺も大いに反省してる。
経験上命が掛かるほどの大事(おおごと)になる場合も転換するチャンスが何度もあったのにジエンドに巻き込むのは確信を持ったとか信念の人だとかが先導してロクタ事にならない確率が多い
セコク生延びる為には自分自身に臆病にあれと思うのだが

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この林に逃込み暑寒岳山系を山越えして増毛まで逃げた人がいたそうだ結局は増毛で捕まり記念写真を撮られた後にめった切りに遭う。
写真ではそんなに悪そうに見えなかった。

北海道のタコ部屋に繋がって行くだろうと思う樺戸集治監の時代は
由緒正しい総理の、ヒ~イ~爺様の時代だった。
昨夜は残業して今日の分は片付けたので、さ~今日は全休だ~どこに遊びにゆこうか

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