二匹目のドジョウ

仕事を休んで半年ぶりに石狩川周辺の三日月湖と沼に行って来た。
五月中頃はあちこちの沼では鯉の産卵が始まり大きな鯉が浅瀬に乗り上げて産卵行動をする。

そこで生えてるヨシを持って来て水槽に入れておくと卵が孵化するのだが
孵化した後のエサ管理が難しく中々大きく育てる事は難しい

産卵行動を観察してると柔らかい新芽のヨシの葉には産卵はしないが
なんで枯れたヨシの上に産卵するのだろう固くなったヨシに飛跳ねて鯉自身も傷が付いていくだろうにと思っていたが
新芽のヨシは葉が成長する事で水面から卵が出てしまう事がわかった。
凄いね~鯉は賢いのかそれとも
自然界は状況に適応しそれを確実に伝えて行ったものだけが残っていく仕組みなってるのだろうか
もう一つ不思議なのは北海道の三日月湖や沼などは草やヨシは沼の周辺に生えてるだけで水草は底には生えていない
沼はその面積に対して流入河川もほぼ無い所もあるのに酸素供給は一体どうなってるのかいつも不思議なのだ。
沼に居る魚は確かに酸素不足には強そうなのだが

小アカを10匹入れたが一年で3匹になった。
水槽に三日月湖から獲って来たナマズが居るので変わった色は目立つのかすぐいなくなってしまう。
人間によって色を付けられた金魚はもう人間の手を離れては生きてはいけない
沼に放された金魚が最初は釣れてもその後は数年で全く居なくなる。

俺は今まで趣味がメシの種になって行ってる。
バイクもスノーモービルも船も最初は趣味でやっていたのが販売したりと仕事になって行ったが
金が仇(かたき)となり同時に趣味仲間を失っていく事になっていった。
銭を稼ぐと言う事は何処かに差し出す物も必要なのだとつくづく思う時もある。
ここは海から20メートルしかないので中古のユンボを買って穴を掘り池を作り海水魚を養殖して釣り堀でもやってひと山当てようなどと思ったりした時もある懲りない奴なのだが
思うに儲けようとか儲かると思ってやった仕事はほぼ失敗に終わっていて
なんかエンジンの付いた物以外では儲けメシが食えた試しがないのだ。
俺が言うのもなんだが無欲の欲でなければ上手くいかないのではないかと最近思うのであります。

ウクライナはプーチンによって散々壊されたが その修理代は誰が払うのか
これからは賠償金を取る為の戦争が続き 結局はプーチンに払う意思など全くなく
ロシア国民が戦時賠償金を払う羽目になり
その方法はエネルギー資源や農家の穀物の買い叩きから始まり
第一次世界大戦後のドイツと同じ道を辿って行くだろう。
さらにウクライナが勝利した時に小さな国でも武器さえ持てば勝てると言う流れが出来て来る事が始まり恐ろしい事が起きていく

今回は相手が大国ロシアだった事と同じコーカサイドで西側が応援したが
柳の下に二匹目のドジョウはいない
今こそ教訓として観察ししっかりと見つめて検証し平和外交をしっかりとやって行く事が大事なっていく

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